冬木市で殺伐としたアレコレがあったことなど全く知らない士郎は、ハワイでそれなりに浮かれていた。
当初こそ聖杯戦争の影にビクビクしていた士郎だったが、時間が経つにつれてハワイでの生活をエンジョイし始めた。
尤も、それは恐怖を乗り越えた訳でも度胸がついた訳でもなく、現実逃避に近い行動だろう。
少なくとも楽しんでいれば恐怖を忘れることも出来る。
相も変わらず、士郎はどこかヘタレだった。
ちなみに原作Fate屈指のヘタレキャラであるワカメは、バタフライ効果でマスターになるのを止めて真面目に学校へ通学中である。
士郎がそのことを知れば、嫉妬の余りワカメに殴り込みにいくだろう。
いや、士郎の戦闘力ワカメ以下だけど。
「しかしハワイは暑いな」
当たり前のことを言う士郎。
ブルーハワイ片手にアロハシャツを着てサングラスを掛けながらビーチを眺める士郎は正にハワイアン。ハワイアン士郎である。
学校が高校入試と中学入試の結果発表などでゴールデンウィークを超える長期休暇となっていたのが不幸中の幸いだった。
もし平常授業なら、士郎の出席率は大変なことになっていただろう。
「まさか……ロリブルマもハワイまでは来ないよな」
聖杯戦争は確か二週間もあれば終結する筈。
ロリブルマことイリヤの体は、記憶が正しいなら死んだサーヴァントのエネルギーだか魂だとかを吸収していっている内に限界がくるから、それまで逃げ切れば士郎の勝利だ。
士郎はさっさと潰しあえ、と冬木で戦争に励んでいるだろうマスターとサーヴァント達に念を送る。
ちなみに、件のマスターやサーヴァント達は皆このハワイに向かってきているので士郎の念は全くの無意味であった。
「…………そういや、ハワイでサーヴァント呼んだらステータスとかも変わるのか?」
サーヴァントは知名度によってその力が上下すると、ゲーム内で凛とかセイバーが言ってたような気がする。
そうなると、もしアーサー王をホームグラウンドであるイギリスなんかで召喚すれば…………もしかして無敵じゃないだろうか?
いや、しないけどね。
そもそも士郎はサーヴァントを召喚する方法を知らない。
「バーサーカーはヘラクレスだから、ギリシャか。ランサーはアイスランド……じゃなくてアイルランド。ギルガメッシュはFF……もとい中東のどっか。メドゥーサとメディアもギリシャ。小次郎がなんだか無茶苦茶強かったのも、開催地が日本だったかもしれないな。もしマダガスカルとかで召喚されたら小次郎なんてへっぽこなのかも」
仮想開催地をマダガスカルとした士郎のセンスはさておき、こう考えると知名度というのは結構馬鹿にならないものなのだろう。
もし織田信長とかがサーヴァントとして召喚されたらどうなったのだろうか、と士郎は妄想に耽った。
聖杯戦争に参加するのは断固お断りの士郎だったが、こうしてIFを妄想するのは結構好きだった。自分がその世界にいるとなれば猶更である。
「だけどサーヴァント……一口に英霊って言っても全然強くない奴とかいるよな」
英霊とは著名な英雄が死後になるもの、だった筈。詳しい所までは覚えていない。
だが英雄はなにも武勇に優れている者だけがなるのではない。
有名どころで例えば孔子なんて有名だが、とてもヘラクレスやクー・フーリンとガチンコ勝負できるとは思えない。三國無双じゃあるまいし。孔子ビームでも出さない限り無理だ。
英雄には戦士ではない政治家や芸術家に思想家、スポーツ選手……或いは宗教家だっている。
宗教家なら、まだ神秘と関係があるかもしれないが政治家なんて呼んでどうするというのだ。
孔子なんて呼んでどうする?
サーヴァントに儒教でも語る? アホだ。相手にされず殺されるのがオチではないか。
政治家召喚? 他マスターとの同盟締結には役立ちそうだが、戦闘力の欠片もない。
スポーツ選手を召喚? 聖杯戦争に金メダルなんてあるか!
「…………なんだか、触媒の大切さが分かるなコレ」
触媒なしでサーヴァントを召喚すると、その召喚者と性質の近い英霊が呼ばれる。
快楽殺人機である龍之介のサーヴァントが、ジル・ド・レェ元帥だったように。
しかし性質の近い英霊というのが、もし戦闘とは全く関係のない政治家や思想家だったらどうか。
これで国家元首のサーヴァントとかならまだいい。
どっかの征服王のように軍勢を呼び出したりする宝具をもっているかもしれない。
だが仮に、プロ野球選手などを召喚してしまったらどうなるのか。
英霊イチロー、英霊マツザカ、英霊オウサダハル、英霊ダルビッシュ、英霊ナガシマ。
「…………うん、絶対に勝てないな」
確かに彼等は強い!
日本球界にその名を轟かし、中にはメジャーにもその名を轟かした超一流の選手たちだ。
しかし戦闘力はない。ビームも出せないし、壁を走る事も出来ない。
聖杯戦争の内容がバトルロワイヤルではなく野球大会なら勝てそうだが、どこかのカーニバルなファンタズムでもない限りそれはないだろう。
「はぁ~あ、なんだかな」
青い空を見上げながら、士郎は呑気に考える。
その夜、ハワイで三人の人間が行方不明になったというニュースが流れていたが、士郎は大して気にもしなかった。
それが最大の死亡フラグ、黒桜の犯行だということに気付かぬまま士郎はグースカ眠っていた。
聖杯戦争inハワイ。
異色過ぎる戦争の火蓋が切って落とされていたことを、ヘタレ士郎はやっぱり気づいていなかった。
一方その頃、彼女達や彼等もハワイの土を踏んでいた。
そう例えばこの人。
「ハワイに麻婆はあるか? それとホットドックは」
「ホットドックは止めて下さい!」
或いは、こんな赤い人達も。
「うぅ、急な出費にエコノミーに座り続けたせいでお尻が痛いわ」
「凛、無料だからとジュースをがぶ飲みするのは如何なものかね。その……魔術師として」
また目下最大級の死亡フラグであるロリ娘も。
「フフフ、追い詰めたわよシロウ。絶対に逃がしたりなんかしないんだから」
「お嬢様、ところでブルーハワイというのはどのような味が」
「ブルーハワイ、エクスタシー」
南国の島、ハワイ。
この地にて、第五次聖杯戦争――――――開幕。
逃げなければ生き残れない! 君は逃げ延びることが出来るか?
後書き
リアルが多忙になってしまい、更新がかなり遅れてしまいました。
兎にも角にもこれでハワイにサーヴァントの皆さんが集結しましたね。ハワイの人にとっては傍迷惑この上ない事態でしょうがw
今回は触媒について焦点を当ててみました。ぶっちゃけ英雄と一口にいっても戦闘力皆無な英雄もいますし。そんな英雄召喚したらアウトのような気がします。触媒というのがどれほど重要かが分かります。