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惑星KL-38の空はいつも赤茶けている。 見渡す限りどこまでも広がる荒野は、クラリスの気持ちを暗く落ち込ませてくれた。
今日も朝から村の外れにある森で、薬草を探しに行かなければならない。 珪素樹の赤い堅い皮を超硬化プログナイフで剥ぎ取って薬草を集めるのは、クラリスの細腕では辛い。
幹はクラリスの腰より細いくせに、宇宙的エナジーを取り込んで成長する珪素樹は飛来する隕石を受け止めて平然としている程の頑丈さだ。
木々の生える密度は視線がかなり先まで通る程度だが、足元は根が張り巡らされているせいでひどく歩きにくい。
火花を散らすナイフをゆっくり珪素樹に押し込んで行く。 力加減を間違えばナイフが折れる。 一瞬も気が抜けない。
珪素樹の表皮をえぐり取るように切り開くと、びっしりと生えたコバルトブルーのカビによく似た薬草が見つかった。
一日でほんの小指の先くらいの量を集められられればいい方だが、今日は当たりを引いたらしい。
ナイフの高振動機能をオフにして、クラリスは薬草を削ぎ落とし始める。 当たりを引いても、嬉しくはない。
力はいらないが、今度は細かすぎて精神的に疲れてくる。 息を止め、クラリスはシャーレ型密封容器に薬草を集めていった。
このうんざりするような仕事を明日もしているだろう。 一年後も、十年後も。 きっと、死ぬまで。
代わり映えのしない人生は、クラリスに重苦しい倦怠を感じさせていた。
きっと交易惑星のような大都市に行けば、村一番の器量よしである自分は華やかな世界に行けるはずだ。 しかし、両親がそれを許してはくれない。
いっそ村が無くなってしまえばいい。 クラリスは思った。
「やあ、お嬢さん」
クラリスの視界の外に一人の男が立っていた。 人が隠れられるほどの太さはない珪素樹の影から、ぬっと顔を出す彼の頭には天を割らんとするばかりのモヒカンが生えている。 視界に入っていなかったとはいえ、宇宙動物を避けるためのポータブル動体センサーは持っている。
しかし、頼りになるはずのポータブル動体センサーは、何の反応も示さなかった。
「こ、こんにちは……」
森や山で会えば挨拶をするのは礼儀である。 しかし、それは平地の礼儀とは意味合いが違う。
助けが来ない場所で知らない誰かに襲われるのは、死を意味するだろう。 法も倫理も届かない場所だ。
つまり、森や山での挨拶は「私はあなたに危害を加えません」という表明なのである。
故に、
「こんな所で女の子一人で歩いてちゃあ、危ないぜえ?」
危険なモヒカンは挨拶などしないのだ。
「そうだぜ、俺らが送って行ってやるぜ」
「ひいっ!?」
背後から突然、聞こえた声に振り向けば、また別のモヒカンが立っていた。 汚らわしい欲望をクラリスにぶつけようと、いやらしい笑いを浮かべるモヒカンはクラリスの恐怖を煽る。
「いい事言うじゃねえか、兄弟。 俺達が連れて行ってやるよ…………天国になぁ!」
「いやぁ!」
クラリスは走った。 この恐ろしいモヒカン達に捕まった末路など考えたくもない。 どちらに行くと考えた訳ではなく、ただモヒカンのいない方向へと走った。
しかし、
「ヒュー! 情熱的だねぇ」
気付けば、男のむさ苦しい汗と凄まじい垢の臭いに包まれていた。
正面に立っていたモヒカンの胸に飛び込んでいる自分を発見したクラリスは、一つの噂を思い出した。
「まさか……あなた達はディメンションモヒカン!?」
「おっと、俺達も有名になったもんだな」
「まったくだな、兄弟!」
ゲラゲラと笑う彼らは近隣の星系を荒らす、名が売れ始めている星賊団であった。
最新型の二次元跳躍装置を用い、何人もの星間カウボーイ達を返り討ちにしている。 逃げようとしたクラリスがディメンションモヒカンの胸に飛び込んだのは、二次元跳躍で先回りしたためだろう。
あらかじめ二次元の写真などに収めた場所になら、跳躍が出来るのだ。 僅かなタイムラグで条件次第ではキロ単位で飛べる。
つまり、クラリスはどれだけ走ろうと、モヒカンからは逃げられない。
「あ、ああ……!」
「その嫌そうな顔が可愛いねぇ」
「兄弟はマジで外道だな!」
「おいおい、それはお前もだろ、兄弟」
「違いねえや!」
ナイフを取り出す事も忘れ、クラリスは震えていた。 ただの乙女が、このような恐るべき悪漢に立ち向かえるはずはあるまい。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げるクラリスに、モヒカン達はごくりと唾を飲んだ。 地面に突き飛ばされたクラリスは、にじりよるモヒカン達に脅えるだけだ。
虚しさを覚えるほどの平穏は、もはや乙女の手から零れ落ちてしまったのか?
「おうおうおう!」
しかし、乙女の声に応える者達がいる。
威勢のいい、しかし、ニワトリが鳴いているかのような甲高い声。 真っ青な布地にピンクの桜が咲いている。 抗磁場アロハを身にまとい、気合いの入ったリーゼント。 ひどいガニ股で現れた男は、どこからどう見ても、
「てめえ、どこのチンピラだコラァ!」
「誰がチンピラだ! てめえマジ調子くれてっと、チョーパンきめっぞ? あ?」
まごうことなきチンピラであった。 クラリスの胸に、再び絶望が蘇る。
相手は悪名高きディメンションモヒカン。 助けに来てくれたナイトはリーゼントのチンピラ。 しかも、十八のクラリスより幼い顔つきをしている。
剥き出しの二の腕には、それなりに筋肉が付いているが、腕力やちょっとしたレーザーガン程度では、ディメンションモヒカン相手では話にならない。
どう考えても詰んでいる。
「てめえみてえに無頼の仁義を知らねえたこ助にゃ、この」
「黙ってろ、サブ」
何事かを喚こうとしたリーゼントが黙った。 それどころかモヒカン達の空気が変わった。 それは緊張の一語。
たった一言で空気を変えた男は、悠然と現れた。 怒りも喜びも苦しみも、クラリスは彼から感じられない。
黒染めの着流し。 懐に右手を突っ込み、彼は現れた。 着物にスペーステンガロンハット。
これほど不似合いな組み合わせはないだろう。 が、この男には不思議と似合う。
「で、でもよ、兄ィ! 俺はこいつらに仁義ってやつを教えてやろうと!」
「サブ」
喚くニワトリは、ただの一言で動きを止めた。
「俺は黙ってろと言った」
場が、男の色に染まった。 スペーステンガロンハットに隠れて目元が見えないが、その口元には笑いも怒りもない。 まるで静かな湖面の如く。 刻まれた皺は、深い。
「サブ、覚えておけ」
「へい」
「こいつらは無頼じゃねえ」
音は、しなかった。
腰にぶち込まれていた刀が、じっと男を見ていたはずのクラリスもわからない内に、鞘から抜かれていた。
「こいつらはただの野良犬だ。 野良犬に仁義は通じねえ」
男は言った。
「斬るしかねえんだよ」
ディメンションモヒカンを前に、男は何ら気負いを見せない。 見せる必要もない。
星渡りクジラがフルフラットハイエナに脅える理由があるだろうか?
クラリスの心に、希望が蘇った。
モヒカン達は呑まれていた。 自信満々に取り出した刀が、ただの刀のはずはない。
恐らくディメンションモヒカンだとわかった上で出てきた相手だろう。 二次元跳躍装置への対策をしていないはずがない。
『まだか、兄弟!』
『待てよ、もう少しで解析が終わる!』
思考を八千倍に加速するフラッシュシステムと、八千倍に加速した思考を他者に正確に伝えるシンクロプランターを併用し、モヒカン達は必死に打開策を考える。
彼らとて百戦錬磨の悪漢。 知恵の足りぬただの猪から死んで行く世界だ。 生き延びてこられたのは、情報を得てきたからだ。
八千倍の思考の中、のたのたと動く男。 その動きは全身を義体化している星間カウボーイ達に比べれば、遥かに遅い。
しかし、その動きがブラフでないとは誰が言える?
『まだか!?』
普段よりも遅い相方の解析を、今か今かと待ちながらモヒカンは叫んだ。 普段なら八千倍の体感時間の一秒で終わる解析が、終わらない。
『出たぜ!』
相方のモヒカンの義眼が鈍く輝くのを、頭部に設置されたモヒカン型レーダーが捉えた。
『結果は』
『あれは……鉄だ!』
『…………は?』
鉄とは何だっただろうかと、モヒカンは一瞬考える。 このご時世、鉄などという軟弱な鉱物を使っている加工品などは存在していない。
ご家庭で使われている分子結合阻害包丁にすら使われていないだろう。 鉄などではモヒカン達のトゲ付き肩パッドすら斬れはしまい。
『なんだよ、兄弟! ビビって損したじゃねえか!?』
『まったくだ、兄弟! 二次元跳躍するまでもないぜ』
モヒカン達はレーザーガンを男に向けた。 自動照準機能がコンマ以下の時間で照準を合わせる。
『これでくたばりやがれ!』
思考トリガーがレーザーガンのハイパーニュートリノを励起させ、銃口から思考加速されたモヒカン達でも義眼でも知覚出来ないほどの速度でレーザーが発射され―――
『お?』
『なあ、兄弟。 俺のレーザーガン、故障してるみたいなんだ。 トリガー引いても弾が出ねえよ』
『俺もだ、兄弟。 くそっ、ポンコツ掴ませられたか!』
レーザーガンが発射されれば、男はミンチよりひどい有り様になるだろう。 男はレーザーガンすら防ぐ装備を持っていない。
つまり、レーザーガンは故障している。
それは道理である。
『仕方ねえなあ。 俺が二次元跳躍して、ぶん殴ってくるぜ』
『頼むよ、兄弟。 俺はレーザーガンを検査するからよ』
モヒカン型レーダーにより、レーザーガンの内部を走査するためにモヒカンは男から視線を外した。
男はモヒカン達を倒せる装備を持っていない。 反撃を受けても問題ない。
つまり、レーザーガンの故障をゆっくり確認しても問題ない。
それも道理である。
「たわばっ!?」
血の臭いがした。
外した視線を男に戻してみれば、
「兄弟!?」
真っ二つであった。
脳天から股下まで、永遠に断ち割られた相方がすぱりと斬り捨てられている。
「てめえ、何しやがった!?」
「あ? 兄ィが斬っただけだろうが!」
「黙れ、サブ」
斬った? ただの鉄、せいぜい炭素が混合されただけの化石レベルの刀で? あんな物では下手をすれば、ただの布すら斬れない。
しかし、そのただの鉄で斬った。 斬られた相方の身体が転がっている。 斬れるはずのない物が斬れては、道理が通らない。
「何かすげえ秘密兵器を隠してやがるな……」
その秘密兵器は恐らく射程距離は短いのだろう。 そうでなければ、すでに自分もやられている。
近付くわけにはいかない。 そう判断したモヒカンは作戦を変えた。
「おい、待てよ。 ちょっと話を聞いてくれないか?」
「……なんだ」
ゆっくりと近付いてきていた男が足を止めた。 刀を上段に構える男の姿は、あの刀が秘密兵器を隠すフェイクだと見抜いているモヒカンの背筋にすら、冷たい汗を流させるほど堂に入っている。
「いやさ……」
モヒカンは僅かに爪先を上げた。
「食らえ、ティンダロスハウンド!」
宇宙を征服した人類は別の次元にすら足を延ばしていた。 その中で発見されたティンダロスの猟犬を調教した物がこれである。
鋭角から自在に飛び出す猛犬の鋭い牙は、さながらブラックホールのように全てを噛み砕く事だろう。
しかし、
「小賢しいんだよ」
モヒカンの足元から、疾風のように飛び出したティンダロスハウンドも、哀れ真っ二つ。
加速された知覚と、レーザーガンの弾丸にすら反応する高性能のレーダーでも捉えきれない何かが、ティンダロスハウンドの身を断ち斬ってていた。
「な、なんなんだよ、てめえは……!?」
そして、その一撃はモヒカンの意志も断ち斬る。 血に濡れた刀をぶら下げ、モヒカンに一歩、また一歩と近付いて来る姿は、もはやモヒカンがまだ無垢な子供だった頃、おばあちゃんに話してもらった悪魔にしか見えぬ。
「やめろよ……来るな……!?」
「悪党なら、悪党の仁義を通しな」
腰が抜けたモヒカンの前に、男が立った。 再び上段に構えられた刀。 振り下ろされる刀が、モヒカンには見えた。
「あ、本当にただ刀を振っていただけなんだ」
と、得心した時には、すでに斬られた後。
全ての道理を、男は斬り捨てた。
用語解説。
・二次元跳躍装置
二次元を媒体とし、特殊な粒子を用いる事により一時的に自らを二.五次元に落とし込み、二次元に収められた任意の地点に跳躍する。
なお、光速を超える事に成功した人類ではあるが二次元に入る事は成功していない。
・ティンダロスハウンド。
ティンダロスの猟犬を家畜化した物。 さまざまな犬種と掛け合わされた結果、見た目は極普通の犬。
しかし、身体のどこかに鋭角を作れば、そこから出現させられる高い奇襲性と鋭い牙は、かなり使い勝手がいい。
わんこの癒し系と暗器としての利便性はアウトロー達の間でブームを巻き起こしている。
なお今回、使われたのは野生のティンダロスの猟犬とは違い、出現時に色々なハーブの香りがするティンダロスハウンド・ハーブ。
・ディメンションモヒカン
ヒャッハー!