「あー、出会いが欲しい」
もうすぐ午後の講義が始まろうかという時間帯。人気の無くなってきた学食で魂からの欲求を漏らすと、向かいに座っていた友人が呆れた顔をした。
「あるだろ。出会い」
「ないだろ。女子率一割以下だし」
数年前に新設されたこの大学は、建物こそ「ここはアメリカか」とつっこみたくなるほど洗練されているが、内部は非常にむさ苦しい。
まあ工業大学なんてそんなものなのかもしれない。留学生も受け入れてるのに、当然のように野郎ばかりなのだから。
「しかも田舎すぎて近場に若者が集まる場所も無い。この大学無かったら潰れてるだろこの町」
「長閑で結構だ」
サラリと流す友人清家はいろんな意味でクールガイ。
その似合いすぎる眼鏡は伊達に違いない。いつかレンズを密かに抜いて、反応を見てみよう。
「あー寒い。心が寒い」
「もっと熱くなれよ」
おまえがな。
声が平坦すぎて一瞬元ネタが分からなかった。
「んー?」
午後の一発目の講義も無く、このままここで寝てようかと思い始めた所で、テーブルの上に置いていた携帯電話が震え出す。
誰からかと携帯を手に取るが、表示されたのは覚えのないアドレスからのメール。何も考えずに中身を開いたが、内容を見た瞬間に思わず背筋を伸ばした。
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2011/11/28 13:13
From ******@######.ne.jp
Sub 初めまして
清家さんから紹介されてメールしました。
伊沢ナミ。彼氏募集中の二回生です。
不躾ですが、今日の夕方にでもお会いできないでしょうか。
お返事お待ちしています。
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伊沢ナミ……。
学部が違うから滅多に顔すら見かけないが、かなり可愛かったはず。
「良し、これを見ろ我が友よ」
「ついに出会い系に手を出したか」
「ちげぇ!? おまえの紹介って書いてんだろ!?」
憐れみの視線を向けてくる清家に泣きそうになる。
紹介しといて何だろうその反応。俺の心を砕きにきているのだろうか。
「……?」
「無表情な中にほのかな疑問を浮かべんな。おまえの紹介じゃないのかよ?」
「紹介はした。勘違いかもしれん。気にするな」
「ものっそ気になんだが」
相変わらず何を考えてるのかよく分からない。らしいと言えばそうなのだが、微かに不安になる。
「まあいいか。返信」
「とう」
そして相変わらずボケが分かりづらい。
せめてエクスクラメーションマークくらいつけろや。
・
・←中黒(これの作者が話の区切りによく使う)
!←エクスクラメーションマーク(びっくりマーク)
「待ちぼうけをくらったわけだが」
「だろうな」
翌日の昼休み。学食の隅っこの二人がけの席にて、対面に座る清家はしれっと言いやがりました。
「中学生みたいな嫌がらせすんなや。レンズ叩き割んぞ」
「これは伊達だ。恋人に眼鏡も似合いそうだとプレゼントされてな」
無表情にのろける清家。そしてやはり伊達だったか眼鏡。
「嫌がらせになったのは俺のせいじゃない。彼女はもうこの大学には居ない」
「……は?」
言っていることがすぐには理解できず、間抜けな声が漏れる。
「やめたのか?」
「とにかく会いようが無い。彼女はもう……」
清家の言葉を遮るように、携帯が鳴る。
まさかと思い見てみれば、そこには期待した通りの名前があった。
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2011/11/29 12:27
From なっちゃん
Sub ごめんなさい!
昨日は都合が悪くて会えませんでした。
今日の夕方にまた待ち合わせしませんか?時間は……
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「何だよ。今日会おうってさ」
「ありえん」
喜んでメールを見せると、友人はいつも通り無愛想に否定する。
何この人。無表情すぎて恐い。
「大学やめたってだけで、まだ地元に帰ってなかったんだろ」
「……まあいい。気をつけろ」
何に気をつければいいのだろうか。実はヤバイ子なのだろうか、伊沢さんとやらは。
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・
・
「また待ちぼうけか」
「やっぱりなみたいな顔すんな!?」
翌日の学食。
相変わらずの鉄面皮に眼鏡を叩き割ると決意する。
「清家。おまえ何を知ってんだ?」
「実は……」
話し始めようとした清家の声をかき消すように、携帯の着信音が鳴り響く。
まさかとすら思わず携帯を開けば、そこには予想通りの名前と内容。
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2011/11/30 12:23
From なっちゃん
Sub 今度こそ
今日は絶対に会えます。
昨日と同じ時間に……
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「三度目の正直!」
「二度あることは三度」
清家のつっこみには聞こえないふりをする。
ここまでくれば意地だ。もしからかわれただけだったとしても、最後まで付き合ってやる。
「待ち合わせ場所はどこだ?」
「は? 何でそんなこと……」
「どこだ?」
重ねて問われ、思わず反論を止めていた。相変わらず無表情なのに、何故か有無を言わせない迫力がある。
結局待ち合わせ場所を告げた俺に、どこか納得したように清家は頷いていた。
・
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・
待ち合わせ場所は、町の中心部にあるスーパーだった。
寂れた町の割には規模が大きく、屋上には子供向けの遊具が設置されている。
「で、本当にくんのかね」
清家にはああ言ったものの、内心ではまったく期待していなかった。
そもそも相手は、何故会えなくなったのかすら説明しないときた。信用なんてできるはずがない。
「ん?」
だけどきた。
それはきてしまった。
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2011/11/30 18:12
From なっちゃん
Sub やっと会える
そのまま屋上まできてください
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メールに書かれた通りにやってきた屋上には、日が暮れるのが早くなったせいか子供たちの姿は無かった。
一応灯りはついているが、小さな金魚鉢みたいなそれは頼りなく、照らし出された遊具がどこか不気味に見える。
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2011/11/30 18:16
From なっちゃん
Sub そのまま真っ直ぐ
本文はありません
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簡潔すぎるメールがくる。
空気が冷えて重くのしかかってきている気がした。
どっから見てんだ。
なんでそっちから出てこないんだ。
いたずらだと半ば確信していても、得体の知れない相手に警戒心は増すばかりだ。
「……」
無言でゆっくりと歩き出したが、周囲を警戒せずにはいられない。
何故ブランコがキィキィ鳴っているのか。
灯りが少なすぎて、滑り台の影の向こうもよく見えない。
俺を驚かせたいのならさっさとやってくれ。
「……何もないし」
滑稽なくらい身構えていたのに、口に出した通り何もなかった。
そして俺が落ち着いたのを見計らったように、次の……最後のメールはきた。
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2011/11/30 16:30
From なっちゃん
Sub 下を覗きこんでください
本文はありません
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「……下に何があんだっての」
目の前には緑色の網がついたフェンス。それに手をかけ地上を見下ろすが、伊沢らしき姿があるわけでもない。
もっと手前かと身を乗り出す。しかし体半分ほど出た所で、ぐらりと体が傾いた。
「え……?」
フェンスが外れたなんて理解する暇もなかった。
ただ落ちると思って血の気が引き、必死に手を伸ばしたけれど虚しく空を切った。
「……っ!?」
足を踏ん張ろうにも、既に足裏は地面を離れている。
嫌になるくらいゆっくりと、体の重心が何もない前へと傾いていく。
「おわ!?」
しかし突然腰の辺りから体が後ろに飛んだ。
誰かが引っ張った。助けられたのだと気づく余裕もなく、尻餅をついた体勢のまま呆然としてしまう。
「気をつけろと……言っただろう……」
かけられた声にはっとして顔を上げれば、そこには清家が居た。相変わらずの無表情で、しかしどこか焦りの見える顔で、息をきらせながらこちらを見下ろしている。
「清……家? 何がどうなってる? 伊沢は何がしたかったんだ?」
「知らん。それに知りようもない」
「ふざけんな! 本人連れてこい!」
「無理だ。彼女はもう死んでいる」
憎らしいくらいあっさりと、清家はそんな事を口にした。
「なん……」
「伊沢ナミは事故で昏睡状態に陥り入院、三日前に死亡した」
三日前。初めて伊沢からメールがきた日だ。
清家は伊沢の入院を知っていたのだろう。だからメールに疑問を持ち、翌日には事実を把握していた。
「じゃあ会えるってのは……」
「おまえが死ねば会えるな」
冗談じゃない。質が悪すぎる。
盆でもないのに死者が出てきて、しかもメールで殺人未遂。
寒いのに肝まで冷えて、額には冷や汗がびっしりだ。
「伊沢がおまえに興味を抱いていたのは事実だ。生きてれば、うまくいっていたのかもな」
「もういい」
これ以上はいい。
いろいろ腑に落ちないが、死にかけたせいで頭が回らない。
さっさと帰ろう。清家との話は明日でもできるのだから。
・
・
・
「……本当に何だったのか」
友人が帰ったのを確認すると、清家は疲れを吐き出すように息をついた。
以前伊沢ナミに友人を紹介したのは事実だし、事故で死んだのも事実だ。
だが幽霊なんてものが百歩譲って存在したとしても、メールなんて送れるはずがない。それに伊沢ナミの携帯電話は、事故で壊れてそのままだ。
一体伊沢ナミになりすましたのは誰なのか。
「そういえばアドレス……」
何度か友人のメールは確認したが、清家が覚えているのは「なっちゃん」という友人の登録した名前だけだ。
アドレスを確認すれば、案外自分の知る誰かのものと一致するかもしれない。
「……その前に説明か」
フェンスの外れた場所から下を覗き見ると、落ちたフェンスに気づいた人々が集まり始めていた。
とりあえずフェンスが外れた経緯くらいは、店員にでも伝えた方がいいだろう。
「ん?」
踵を返そうとした所で携帯が鳴る。
友人からだろうかとメールを開いた清家だったが、その差出人を見て固まった。
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2011/11/30 18:53
From 伊沢奈美
Sub どうして邪魔するんですか?
死んじゃえ
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その時清家の周囲に人は居なかった。
居なかったはずなのに。
トンと誰かが清家の体を突き飛ばした。