ぷかぷか、ぷかぷか。頭の中に強制的に流し込まれる知識を、とりあえず大事そうなところだけピックアップしながら、私はガラスを隔てた向こう側をぼんやり観察する。
シャマル先生が忙しそうに、空中に現れたキーボードをせっせと叩いていて、助手の人達が5人くらい総出でそのサポートをしてる感じなのかなぁ。
一方ガラスの内側の私は、特殊な水の中で全裸でぷかぷか浮かんでいるだけ。あ、でも暖かいからお湯なのかな。
どこが特殊かと言うと、この液体は今の私みたいに筒の中で液体の中に沈んでいても、息が出来るというところ。いや、最初にこの筒の中に入れられて、足元からどんどん水位が上がっていく様子はとても怖かったけど。鼻の中に水が入ってツーンと痛かったり、耳の中に水が入ってきて耳が聞こえにくくなったりしたけども。
でも、もう2日もこの中にいれば慣れたものですよ。あとこの液体にはもうひとつ優れものな機能があって、外で操作すればこの液体を通じて、強制的に中の人に好きなデータを学習させる事ができるという、日本で売ればサラリーマンが飛び付きそうなびっくり便利なものだったりします。
『ななせちゃん。これから3日間とっても暇だと思うから、魔法のお勉強しましょうね』
初日にそう言われて、私はまるで脳に直接データが流し込まれる様に、魔法の基本的な事を強制的に覚えさせられた。
そもそも何で私がなのはさん達と別行動を取っているかというと、転移させられた後でシャマル先生が『じゃあ、このまま病院に行ってきますねー』と私の手を取って、ごく自然になのはさんチームから離脱したからだ。
部隊長さんは朗らかに笑って『気ぃつけてなー』と手を振ってくれたけど、他のみんなは突然の出来事に固まってたもん。きっとシャマルさんは凄腕の誘拐犯になれるに違いない。
そしてこの病院(なのかな?)まで一緒に来てくれた人がもう一人、紫がかった赤い髪をポニーテールにしている、シグナムさん。
もちろん別行動を始めて、彼女に名乗ってもらうまで名前も知らなかったけどね。コテージでも見掛けたけど、ちゃんとは話してなかったし。
キリリとした格好いい容姿をしてるけど(もちろん、女性としても美人さんなんだけど)、意外に面倒見のいい人で、移動の際は率先して私を抱き上げてくれた。
一応歩ける事は身振り手振りでアピールしたんだけど、シグナムさんは小さく微笑んで『まぁ、抱かれておけ。向こうについたら、お前には頑張ってもらわなきゃいけないのだから』なんて優しい言葉を掛けて貰ったり。百合の人なら惚れてしまうやろーって感じの中性さですよ。そういうケのない私でも、ちょっとドキドキしちゃったし。
でもそんなシグナムさんに、シャマル先生がちょっとだけお説教みたいな事してて。
「シグナム、お前じゃなくてななせちゃん。ちゃんと名前で呼んであげなさい」
「……なんというか、テスタロッサと瓜二つだからな。違う名前で呼ぶのがしっくりこないというか」
「んもう、フェイトちゃんとななせちゃんは別人なんだから。せっかくだから、空き時間にたくさん呼びかけて、慣れちゃってください」
シャマル先生がそう言うと、ちょっぴり情けない表情を浮かべたシグナムさんだったけど、生真面目に私の名前をたくさん呼びかけてくれた。その度にこくこく頷くのには疲れたけど、なんていうかキリリと隙がない美人なシグナムさんの可愛いところも見れたし。個人的にはとても楽しい時間だった。
えっと、なんの話をしてたんだっけ? あ、そうそう。魔法ってすごいなって事ですよ。私達が地球から転移した場所は、なのはさん達がお勤めする『時空管理局』の本局だったんだけど、異空間に浮いてるんだって。シグナムさんとシャマル先生に通称『船着場』というところに案内してもらったんだけど、そこにはまるでSF映画に登場する様な宇宙船がいくつか停泊してて、まさしく船着場……もしくは港って言っても差し支えはないかもと思った。
あんなのが水じゃなくて、空間移動するとか、もう映画の域を超えてるよね。あれを見てから、とりあえず常識外の出来事を見ても『魔法だから』って流して、脳の平和を優先しようと思ったんだよね。じゃないと、どれだけ驚いてもきっと驚き足りない世界だと思うから。
本局からヘリコプターで近場の地上部隊まで送ってもらって(もちろん、前世も含めてヘリコプターに乗ったのは初めて)、そこで車を借りて2時間くらい走ったのかなぁ。だんだん自然が深くなっていったところに、目的地である病院があったんだけど。またこの病院が広いったらありゃしない。
聖王教会という所謂宗教団体が経営している病院だという前情報を聞いていたから、非常に生臭い考え方で『宗教ってやっぱり儲かるんだなぁ』とか明後日な方向の感想を抱いちゃったりしたんだけど、それはともかく。
ロビーで私達を待っててくれたのは、修道服姿の女性だった。明るい紫の髪をショートカットにしていて、この人も結構な美人さんだと思う。
「騎士シグナム、騎士シャマル、お待ちしていました。こちらが、お話にあった少女ですか?」
「ご無沙汰しております、シスターシャッハ」
「お世話になります、シスターシャッハ。ええ、今回保護しましたななせちゃんです」
シスターさんが話を切り出すと、まずシグナムさんが一礼しながら応えて、最後にシャマル先生が私をシスターさんに紹介してくれた。
後から聞いた話だと、シグナムさんはこのシスターさん――シャッハさんと仲が良いらしく、私達の護衛と彼女との間を取り持つ為に着いてきてくれたんだって。
私の名前を聞くと、シャッハさんは屈んで私の目線に合わせてくれて、にっこり微笑んだ。
「はじめまして、シャッハと申します。よろしくお願いしますね」
「あ、ごめんなさい、シスターシャッハ。ななせちゃん、喋れないんです」
自己紹介してくれたシャッハさんに、私がうまく言葉を返せないでいると、シャマル先生が慌てて補足してくれた。せっかく優しく話し掛けてくれたのに、申し訳ない気持ちになる。
「そうだったんですか……ごめんなさいね、私の配慮が足りなくて」
そんな事はない、と私は思い切りブンブン首を横に振った。どうやら熱意は伝わったのか、私の頭を撫でながら微笑んでくれる。
それからあれよあれよと言ううちに、この筒の様な装置がある部屋へと案内されて、あっという間に全裸にされた後に筒の中へ放り込まれた。そして現在に至っている。
おかげさまで、魔法については結構理解できたんだけど、私がイメージしてた魔法とはちょっと違うものなんだよね。
魔法って言われてすぐ頭に浮かぶのは、サリーちゃんとかアッコちゃんとかの願いを叶える系のものを思い出すけど、この世界の魔法は科学にとてもよく似たものだと思う。
術式と呼ばれる設計図通りに構成を組んで魔力を流すと、その術式によって空を飛んだり魔法で攻撃したりできる。家電とかもそうじゃない? 設計図通りに商品を作って、コンセントから電気を流すと動く。ちょっと乱暴だけど、そういうイメージでいると魔法に馴染みやすいかもしれない。
バリアジャケットと呼ばれる防護服とか、デバイスと呼ばれる補助装置についての話もあったけど、そこはとりあえず置いておくとして。ひとまずこれだけ理解しておけば、新しく魔法を習う時がきても対応できるんじゃないかなと自己満足。
『ななせちゃん、次はミッド語の読み書きいくからね。眠くなったら寝てもいいわよ、睡眠学習の要領で頭の中に知識はちゃんと入ってくれるから!』
シャマル先生の寝不足からくるテンションハイな声が響いた後、英語によく似た言語が頭の中に怒涛の勢いで流れ込んできた。うぅ、知恵熱でそう……。