「申し訳ありません、騎士シグナム、高町一尉」
車を駐車場に止めるや否や、建物の中からシスターシャッハさんが飛び出してきた。相当慌てている様子を見ると、さっきの話の中に出ていた危険人物は、まだ見つかってないのかもしれない。うぅ、やだなぁ……。
「状況はどうなってますか?」
「特別病棟やその周辺の封鎖と避難は済んでいます、今のところ飛行や転移・侵入者の反応は見つかっていません」
「外には出られないはずですよね、それでは手分けして探しましょう……シグナム副隊長」
「はい」
現在の状況を聞き終えたなのはさんが、シグナムさんを呼ぶ。すると車の中ではタメ口だったのに、まるで偉い人にするみたいに敬礼して、なのはさんに返事をした。
「シグナム副隊長はシスターシャッハと建物の中を探してください。私はななせと中庭や周辺を探します」
繋いだ手に力をこめながら、なのはさんは言った。多分それは、私の事を絶対守ってくれるっていう意思表示なんだろうけど。こういう時にあの斧を使いこなせたら、こんな風に怖がったり、なのはさんの足手まといになる必要なんてなくなるんじゃないかなぁなんて思ったり。
でも今はまだ私なんて、ただ念話ができる幼児でしかないんだから。心苦しいけどなのはさんに守ってもらって、お仕事の邪魔をしないようにしなきゃ。
シスターシャッハさんは私を連れて行くのは危ないって言って、なのはさんの提案に反対してたけど、なのはさんは自分が責任を持つからって押し通した。朝に私を呼びに来た時にしてもらいたい事があるってなのはさんは言ってたけど、してほしい事ってどんな事なのかがちょっとだけ不安になる。まぁ、私にできる事ならちゃんとやり遂げたいとは思ってるんだけどね。
二人と別れて、私となのはさんは手を繋いだままゆっくりとした足取りで中庭へ。前にこの病院に来た時も思ったけど、緑が多くて入院患者も気持ちよく過ごせるだろうなぁなんて思えるいい立地環境で。こんなところに危険人物が迷いこんだら、そりゃシスターシャッハさんも慌てるよね。
「さて、ななせもちゃんと探してね。私達が探しているのは、ななせと同じ年頃の女の子。金髪でななせよりほんのちょっとだけ背が高いかな」
なのはさんから聞かされた危険人物の特徴に、私はきょとんとしてしまう。私と同じ年頃って言ったら、幼稚園生くらいだよね。そんな子にどうしてここまで厳戒的な措置が取られているのか。私には理解ができない。
そんな私の様子を見て、なのはさんが声を落とす。その子は人工的に生み出された魔導師なんだって。そういう意味では、私も一緒なんだけどね。フェイトさんのそっくりさんのクローンな訳だし。
<そう言えば、キャロちゃん達から私と同じ年頃の子供を保護したって聞いたんですけど、もしかして……>
「そう、その子が今探してる女の子という訳。一応検査も済んでるはずだし、私はそこまで脅威には考えていないけどね」
なのはさんがそう言って肩をすくめると、ゆっくり歩きだそうとする。すると、近くの植え込みから人影がバッと飛び出してきた。
金髪で青い靴と入院患者が着るみたいな病院着って言うのかな、それを身にまとった金髪の女の子。私とだいたい同じ年頃で……あれ、さっきなのはさんが言ってた保護した子にそっくりな特徴なんだけど。もしかして、当たり?
「あぁ、こんなところにいたの……心配したんだよ?」
声を掛けられた女の子は、警戒心丸出しでなのはさんの事を見てる。そりゃずっと誰かに探されてたんだから、見知らぬ人間が怖くなっちゃっても仕方がないと思う。
今一瞬目が合ったけど、この子の目の色って左右で違うんだ。右目はエメラルドグリーンっぽい色で、左目は明るい赤色。キレイでほんの少しだけ見とれちゃった。
ボーっとしちゃってたのも束の間、なのはさんに手を繋がれながら女の子に近づこうとすると、なんと一瞬の間に私達と女の子の間に、バリアジャケットを装着したシスターシャッハさんがいた。手にはトンファーかな、武器を持って女の子に対するみたいに立っている。
女の子の方も急に出てきたシスターシャッハさんにびっくりで、大きな目をさらに大きく見開いて、彼女を見ていた。なんだろう、私はこの構図を見て、何故だかすごく理不尽に感じて。思わずなのはさんの手を振りほどいて、シスターシャッハの横を駆け抜けた後、女の子の前で目一杯手を広げて立ち塞がった。もちろん背中に女の子を庇うようにして。
「あ、危ないですから、その子に不用意に近づかないでください! 早くこっちに……っ」
<シスターシャッハさん、そちらこそまずは武器をしまってください。怯えている女の子とお話しするのに、そんなものは必要ないでしょう?>
私が念話で言うと、シスターシャッハさんは困った顔をして、助けを求める様になのはさんへと振り向いた。そんな彼女になのはさんは苦笑いをひとつ浮かべる。
「シスターシャッハ、ちょっとよろしいでしょうか?」
「は、はい……あの、はぁ……」
戸惑うシスターシャッハさんの横を通り過ぎて、私と女の子の方に歩いてくるなのはさん。どうやらもう大丈夫そうだと後ろを振り向くと、女の子は尻餅をついたままの体勢で固まってた。おまけに目の端には涙まで浮かんでて、よっぽど怖かったんだろうなって思う。
「ごめんね、びっくりさせちゃって。ななせ、そこのうさぎさん拾ってあげてくれるかな?」
なのはさんにそう言われて、地面に落ちているうさぎのぬいぐるみを拾う。砂がついてたらいけないので軽くはたいていると、その間になのはさんが女の子を起き上がらせて、お尻についた砂埃なんかを落としてあげていた。
とりあえずぬいぐるみを返そうと近づくと、一瞬女の子の身体に力がこもる。なるほど、やっぱり自分以外の他人が怖いって思っちゃってるのかもしれない。ひとまず『敵意はないですよー』と示すために、にっこりとできる限りの笑顔を作ってうさぎを手渡してあげた。
「はじめまして、私は高町なのは、この子はななせっていうの。お名前、教えてくれないかな?」
「……ヴィヴィオ」
「ヴィヴィオ……いいね、可愛い名前だ。ヴィヴィオ、どこかに行きたかった?」
「ママ、いないの」
なるほど、ヴィヴィオはママが傍にいないから、ひとりで探しに外に出たっていう事なんだ。さっきのなのはさんの話だと、この子は人工的に作られたっていう話なんだけど、もしかしたら保護者から引き離されて実験体にされたのかもだよね。本当のお父さんやお母さんがいる可能性だって否定はできない。
でも、そんな不確定な話をして、ヴィヴィオに希望を持たせるのも可哀想だし。それになのはさんも『ママ』って単語が出た瞬間に、すごく痛ましそうな表情をほんの一瞬だけ浮かべた。この事に関しては、触れない方がいいのかもしれない。
「それは大変、じゃあ一緒に探そうか。ななせも手伝ってくれるよね?」
もちろん、手伝いますとも。私に何ができるかどうかはわからないけど、子供が親を求めているなら、お父さん・お母さんと一緒に過ごせる環境を作ってあげるのが大人の仕事だもの。形は子供でも、元一児の母として協力させてもらいます。
私がこくんと頷くと、ヴィヴィオもまるで釣られる様にこくりと頷いた。どうやらなのはさんは、ヴィヴィオの信頼をうまく勝ち取ったみたい。
こうなると病院にいてもヴィヴィオの不安を煽るだけなので、早々に隊舎に戻る事になった。ただなのはさんと私はヴィヴィオに手をしっかり繋がれたままになってて、仕方なく三人で後部座席へと座る。真ん中にヴィヴィオで、左右に私となのはさん。
そう言えば、ヴィヴィオとコミュニケーションをとるには、どうすればいいのかな。私は強制的に覚えさせられたから、ミッド文字も全部読めるけど、この子も同じなのかな。ただ今日はスケッチブックもペンも持ってきてないので、筆談は無理っぽいけど。
「あ、ななせ。一度ヴィヴィオに念話飛ばしてみてくれない? 多分、届くとは思うんだけど」
どうやらなのはさんも同じ事を心配してくれたみたいで、思い出した様にそう言った。ふむふむ、じゃあ早速飛ばしてみましょう。
<ヴィヴィオ、聞こえる?>
突然頭の中に響いた言葉に、びっくりした様子のヴィヴィオ。キョロキョロと周りを見回して、私の事を不思議そうに見てる。
「あのね、ななせは言葉を話すことができないの。だから、さっきみたいな感じでヴィヴィオにお話しすると思うんだけど、ヴィヴィオは大丈夫?」
「……うん」
どのくらい話を理解してくれてるのかはわからないけど、ひとまず了承してもらったのと、無事に念話が届いた事にホッとした。これでコミュニケーションに困る事はなさそう。言葉が通じれば、案外なんとでもなるものだと思うし。
ぽつん、ぽつんと自己紹介を交えながら他愛ない話を念話を交えて話しながら、隊舎への帰路を辿る。こうしてると、義娘が小さかった頃の事を思い出すなぁ。あの子はヴィヴィオみたいに静かじゃなくて、すごく騒がしい子だったから叱る事の方が多かったけど。当時住み込みで働いてた食堂のオーナーだった老夫婦が、本当の孫みたいに可愛がってくれたんだよね。私の事も娘みたいに接してくれて。大変だったけど、幸せだったなぁ。
隊舎に戻ってなのはさんの部屋にヴィヴィオを連れていって、なのはさんが『これからちょっと部隊長とフェイト隊長の三人で出掛けてくるね』って言い出したところから、大騒動が始まった。じわり、と瞳に涙をにじませて『いっちゃヤダー!』とぐずり始めたかと思うと、がっちりとなのはさんにしがみついて確保。どんどんヴィヴィオの中で感情が盛り上がり始めたのか、泣き声が大きくなる。
ひとまずなのはさんにキャロちゃん達4人を呼んでくる様に言われた私は、こっそり部屋を出ようとしたんだけど、ヴィヴィオに『ななせもいっちゃダメーー!』と引き止められてしまい、途方に暮れる私となのはさん。こっそりなのはさんが念話で呼び出したキャロちゃん達が部屋に来たんだけど、状況は良くなるどころか悪化する一方だった。というか、子守に慣れてない子達がぐずってる子供に接すると、緊張が伝わって子供側がますます不安になるんだよね。まさにその状態になっちゃって、にっちもさっちもいかなくなっちゃった。
さてどうしようかと、となのはさんと顔を見合わせてしばし、まるで天の助けの様に空中にウインドウが開くと、そこにはフェイトさんとはやてさんが映ってた。なのはさんが目で『助けて!』と必死に伝えると、ウインドウが空中からあっという間に消える。それから5分もしないうちに、フェイトさんとはやてさんは、なのはさんの部屋に入ってきた。
「エースオブエースにも、勝てへん相手はおるもんやねぇ」
しみじみと言うはやてさんに、苦笑するフェイトさん。とりあえずヴィヴィオの不安を煽ってる4人を遠ざけてもらえると嬉しいんですが。
「スバル、キャロ、ティアナ、エリオ。ちょっと4人とも離れよか」
まるで私の心の中を読んだみたいに、はやてさんがキャロちゃん達4人をヴィヴィオから遠ざける。それだけで、さっきまで火がついたみたいに泣いていたヴィヴィオが、しゃくりあげるだけになるくらいには落ち着いた。
そこをすかさず、床に落ちてたうさぎのぬいぐるみを拾い上げて、フェイトさんが説得を試みる。うさぎのぬいぐるみも使った視覚的な説得に、柔らかい口調と優しい笑顔も相まって、ヴィヴィオはなんとかなのはさんを解放する。かと思ったら、今度は私にぎゅうってしがみついてきた。あれ? なんだか友達っていうよりももっと近しい感じで懐かれてる?
まるで私を生贄にするみたいにして、そそくさとなのはさん達は部屋を立ち去り、ティアナさんとスバルさんはキャロちゃんとエリオくんの分の事務仕事を引き受けると一方的に宣言して、部屋を出て行った。ぽつんと残されたのは、ヴィヴィオと私とキャロちゃんとエリオくんだけ。
仕方ない、日ごろからエリオくんとキャロちゃんにもお世話になってるしね。ここは私が子守を引き受けましょうか。気合を入れて、ヴィヴィオににっこりほほ笑んだ。
<ヴィヴィオ、一緒にあそぼ!>
自分の中でテンションをMAXまであげて誘うと、ヴィヴィオは一瞬驚いた様子だったけど、くしゃっと表情を崩して嬉しそうに笑って、こくんと頷いてくれた。
キャロちゃんとエリオくんは顔を見合わせるとクスリと笑って、義理固く遊びに参加してくれた。ヴィヴィオがお昼寝して起きた後も、ずっと辛抱強く一緒に遊んでくれた二人に感謝。その間なんだか意味深な視線をエリオくんから何度か向けられたけど、なんだったんだろう。今度聞いてみようかな。