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No.30503の一覧
[0] CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ― 【五世界混合異能混成バトル】[数札霜月](2013/05/08 15:49)
[1] 第一章 1:異世界生活三日目[数札霜月](2012/04/10 22:12)
[2] 第一章 2:魔術講座[数札霜月](2012/02/02 21:52)
[3] 第一章 3:出会いと遭遇[数札霜月](2012/02/02 21:53)
[4] 第一章 4:世界拡大[数札霜月](2011/11/13 13:29)
[5] 第一章 5:第一世界エデン[数札霜月](2012/04/10 22:14)
[6] 第一章 6:驚異の落下物[数札霜月](2011/11/14 09:51)
[7] 第一章 7:悪意の足跡[数札霜月](2011/11/15 00:00)
[8] 第一章 8:集積演算[数札霜月](2012/04/10 23:18)
[9] 第一章 9:交錯する世界[数札霜月](2012/02/02 22:02)
[10] 第一章 10:強者襲来[数札霜月](2012/04/11 01:13)
[11] 第一章 11:強者の定義[数札霜月](2012/04/11 12:17)
[12] 第一章 エピローグ[数札霜月](2012/02/02 22:12)
[13] 第二章 1:第二世界イデア[数札霜月](2011/12/08 22:37)
[14] 第二章 2:彼女の逃走[数札霜月](2011/12/08 23:41)
[15] 第二章 3:秘密の森[数札霜月](2012/02/12 22:30)
[16] 第二章 4:二人の襲撃者[数札霜月](2011/12/11 11:55)
[17] 第二章 5:夜の始まり[数札霜月](2012/02/12 22:31)
[18] 第二章 6:彼女の闘争[数札霜月](2011/12/12 22:45)
[19] 第二章 7:価値ある存在[数札霜月](2011/12/14 10:16)
[20] 第二章 8:たった一つの大切な理由[数札霜月](2011/12/14 14:12)
[21] 第二章 9:人間の証明[数札霜月](2011/12/15 09:36)
[22] 第二章 エピローグ[数札霜月](2011/12/15 09:40)
[23] 第三章前編 1:第三世界アース[数札霜月](2012/02/11 21:31)
[24] 第三章前編 2:吉田家[数札霜月](2012/02/11 21:32)
[25] 第三章前編 3:どこの世界にも属さない者達[数札霜月](2012/02/11 21:32)
[26] 第三章前編 4:刻印使い畑橋耕介[数札霜月](2012/02/11 21:32)
[27] 第三章前編 5:歴樹祭り[数札霜月](2012/02/12 22:33)
[28] 第三章前編 6:持ち込まれた法則[数札霜月](2012/02/12 22:35)
[30] 第三章前編 7:失われた時間[数札霜月](2012/02/11 21:32)
[31] 第三章前編 エピローグ[数札霜月](2012/02/12 22:37)
[32] 第三章後編 1:九月一日[数札霜月](2012/08/02 21:29)
[33] 第三章後編 2:七つ目の不思議[数札霜月](2012/08/05 13:06)
[34] 第三章後編 3:もう一人の戦士長[数札霜月](2012/08/07 09:14)
[36] 第三章後編 4:異世界人のジェンダー論[数札霜月](2012/08/08 13:02)
[37] 第三章後編 5:来るべきその日に向けて[数札霜月](2012/08/08 23:29)
[38] 第三章後編 6:驚愕の宴[数札霜月](2012/08/09 23:52)
[39] 第三章後編 7:十月四日[数札霜月](2012/08/10 20:47)
[40] 第三章後編 8:潜入精神[数札霜月](2012/08/11 00:00)
[41] 第三章後編 9:敵はハマシマミシオ[数札霜月](2012/08/12 23:54)
[42] 第三章後編 10:過去VS未来[数札霜月](2012/08/11 17:27)
[43] 第三章後編 11:ハイブリット・プラン[数札霜月](2012/08/12 23:51)
[44] 第三章後編 12:状況を打開する最強の力[数札霜月](2012/08/13 01:20)
[45] 第三章後編 エピローグ[数札霜月](2012/08/13 23:19)
[46] 用語解説:刻印編 その一[数札霜月](2012/09/05 15:59)
[47] 用語解説:魔術編 その一[数札霜月](2012/09/15 10:30)
[48] 第四章 1:第四世界ウートガルズ[数札霜月](2013/05/08 17:31)
[49] 第四章 2:再び異世界へ[数札霜月](2013/05/20 01:41)
[50] 第四章 3:レキハ島[数札霜月](2013/06/07 20:12)
[51] 第四章 4:囚われの十三人[数札霜月](2013/06/28 10:33)
[52] 第四章 5:潜入の手口[数札霜月](2013/10/23 23:16)
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[30503] 第三章前編 5:歴樹祭り
Name: 数札霜月◆0cb3e27c ID:d0be26ce 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/12 22:33
 店に入って受付で名前を告げ、教えられた番号の部屋を目指してエレベーターに乗る。
 覚えたばかりのこの世界の数字の中から指定された階の番号、五を押し、数字のランプが移り変わっていくのを見ながら、その帽子を目深にかぶった男はエレベーターが五階につくのを待った。
 やがて扉が開き、男は数字が割り振られた部屋がいくつも並ぶ廊下に歩み出る。それぞれの部屋から聞こえる音楽や歌声を聞き流し、ドアのガラス越しにのぞく中の人物たちの盛り上がりを横目に見ながら、男は探している人物のいる部屋を探しだした。
 ノックもなしに部屋に入ると、マイクを握っていた青年がこちらを振り返る。

「あれ? そうか、もうこんな時間か。悪いね。ちょっと座って待っててくれる? 今中断するから」

「いえ、結構です。なにぶんはじめて見るので、見ていても飽きるものでもありません」

「って言われてもね。君の前で歌うのは気が引けるし、正直待ってる間の暇つぶしの部分が強かったから、特に続けたい訳ではないんだよね。ああ、何か飲む? メニューは……、読めないよね? アイスコーヒーでいいかな?」

「もらえるのならば何でも」

 そう言われて青年は壁に会った受話器を取ると、受付に飲み物を注文し、手元のタッチパネル式の機械を次々といじり始めた。途端に部屋の奥にある機械が音楽を奏で、その上にある画面に映像と字幕が現れるが、青年は一向に歌い始める様子が無い。
 やがて、頼んだ飲み物が運ばれてくると、それを飲みながらくつろぎ始める。運んできたアルバイトらしき男性も、中年の男と、青年が二人きりでカラオケボックスに入っているという状況に多少の疑問を覚えたようだが、すぐに考えるのをやめ、自身の仕事に戻ってしまった。

「なるほど。ここなら他人に話を聞かれる心配もない、ですか。個室で他人が入り込むこともない上に、音がほとんど外に漏れない」

「まあね。それこそマイクを使って大声で内緒話でもしない限り大丈夫だよ。来るときに分かったと思うけど、防音がしっかりしているからよっぽどの音量でもなきゃ外に漏れないし、こうして音楽をかけていれば大体その音に声がかき消される。まあ、本格的な内緒話をするには心もとないけど、その必要は今のところ生じていないしね」

「……して、要件は?」

 適当に会話したのち、男の言葉に固いものが混じる。青年はそれに少しだけ笑みを浮かべると、運ばれてきたオレンジジュースを少しすすって柔らかな笑みを浮かべた。

「まあ、いろいろあるけど、まずは君のことかな。怪我の様子はどうだい? 渦」

「もうほとんど問題ないかと」

 青年の言葉に、異世界人の能力者、『渦』は淡々とそう回答する。確かに見た限りでもどこかを庇っている様子も見られず、その体はいたって健康そうだ。
 だが、渦はつい二週間ほど前異世界イデアの小さな漁村で、この青年と付き合う中で知り合った男に仕事をもらい、その結果失敗している。そしてそれに伴い、彼は自身の拳を痛め、あばら骨にひびを入れられるという、この仕事を始めてからまれに見る敗北を受け取ってしまっているのだ。

「いやぁ、災難だったね。まさか僕もエイガ君があそこまでの無茶に君を突き合わせるとは思わなかったよ。君も断ればよかったのに」

「もらえるのならばどんな仕事でももらう主義ですので」

「相変わらず君は強欲なのか無欲なのか分からないね。まあ、君まで捕まってしまうのは痛かったから無事に帰って来てくれたのはうれしいな。君はエイガ君やマクラさんと同じく捕まっても問題ない人間だけど、それでも使い道は多い手札だから」

 何の邪気もなく微笑みながらそんなことを言ってのけ、青年は再びジュースに口をつける。渦自身もそれに対し何も言わない。それどころか、青年に対しても不満一つ持っていなかった。

「要件はそれだけですか?」

「まさか! 君にはまた頼みたいことがあるんだよ。……でも、まあその前に、聞かせてほしい話があるんだけど、いいかい、渦?」

「なんなりと依頼主殿。傷の手当てもしていただいていますので」

「依頼主殿、ね。その呼び方をする人間は君を含めて三人いるけど、君ほど私情を交えない相手は他にいないよ。
それじゃあ聞くけど、君が戦った相手が刻印使いだったって言うのは本当かい?」

 本来なら愉快な思いはしないだろう質問に、しかし渦は顔色一つ変えない。ただ自身の中で敗北したという経験をもらったと感じるだけだ。そしてだからこそ彼は淡々とした口調で「ええ」と短く答えてのける。

「今日呼び出したのは他でもない。そいつの刻印がどんな効果だったか聞きたいんだ」

 だが、そんな渦でさえこの質問にはしばし黙り込む。別に質問が取り立てて不愉快だったわけではない。ただ、

「それは、私にもよくわからないのです」

 考えてみても答えが出ていないというのが実情だった。

「詳しく聞かせてもらえるかな?」

 特に糾弾するでもなく、疑ってかかることもない青年に、渦は首肯しながら記憶をたどり、言葉をまとめる。ここで裏切りや情報の出し渋りを疑わないクライアントに、流石の渦も内心で感謝した。

「相手は十代半ばの少年。刻印の位置は額。刻印自体のデザインは……」

 言いながら渦は懐から手帳を取り出し、そのページの一枚に正方形と、そこから伸びるいくつかの線を描きだす。書き終えたページを破って青年に渡すと、青年は絵を見ながら小さく唸った。

「だめだな。刻印の形状から能力が分かるかと思ったけど。そもそもこれが何をイメージしたものかがわからない」

「刻印の形状からわかるのですか?」

「一応はね。僕らが力に発現するときに浮かぶ刻印のデザインって、願いに対するイメージに引きずられる性質があるから。例えば願いとして定番の不老不死を願ったりすれば、その人間が不老不死のイメージを抱く何か、不死鳥とかの形の刻印が生まれたりするんだよ。これは刻印の位置も同じだね。でも、この刻印のデザインは何を象っているのかもよくわかないな」

 そういいながら青年は渡された紙を自分のポケットにしまう。恐らく刻印の正体を浮かび上がる印から看破できるとしたら、この世界の知識に精通していなければ無理だろう。実際、渦には不死鳥と言う存在がよくわからなかった。

「こうなると後はその刻印が起こした不条理から効果を推察するしかないかな。さて、教えてくれるかい? そのよくわからない刻印の効力を」

「正確には断定しかねている、というべきでしょうか。その刻印使いの少年、戦ったのは十代半ばの少年だったのですが、その少年との戦闘で目についたのは、異常なタフさと、戦い方です」

「異常なタフさ、とは?」

「殴っても沈みません。何度も頭に拳を打ち込んだのですが、脳震盪を起こすどころか、ほとんどふらつきもしませんでした」

 渦の基本的な戦術は、能力によって不可避のものとなる拳を、相手の頭に叩きこみ、気絶させたり、脳震盪を起こさせたりして相手の自由を奪い、主導権を握るというものだ。しかしそれゆえ、頭に何度拳を叩き込んでも倒れない今回の相手にはその戦法は通じず、今回のように窮地に追い込まれることになった。もっとも、そもそも頭を殴られても倒れない人間など、渦はお目にかかったことが無かったのだが。

「戦い方の方は?」

「そちらのほうが刻印の正体に近いかもしれません。その少年、額に刻印を表しながら魔術を駆使して戦闘を行っていました」

「……なんだって?」

 魔術の行使。それは、第五世界オズに住む人々の代表的な種族的特徴だ。それに対して刻印は、アースの人間のさらに一部がごく稀に発現する異能である。どう考えても相容れるものではない。

「ということは、その少年の能力は魔術を使う能力ってことになるのかな? 他に何か特徴は?」

「加えてもう一つ。むしろ私はこちらの方に疑問を持っていたのですが」

「なんだい?」

「判断が的確すぎます。見たところ特に鍛えているというわけでもない、喧嘩の経験すらあるかも怪しい外見の少年だったのに、こちらの攻撃に的確に対処してきました。ダメージを的確に殺していたし、隙あらば魔術をぶつけてくる。おかげでやりにくくて仕方ありませんでした」

「……なるほど、それもまたおかしな話ではあるな」

 刻印使いは確かに驚異的な戦力を持ち得る。大量の保有魔力、倍加した身体能力、五感、魔力感覚。さらに加えて刻印の力。刻印は物によるが、効力によっては決定的な戦力にもなり得る代物だ。
 だが、一方で驚異的なのは刻印であり刻印使い本人ではないのが普通だ。そもそも異常な力ではあるものの戦うために目覚める刻印ばかりではないし、弱点と言えるものが全くないという訳ではない。
 そしてその弱点の代表格とも言えるのが、刻印使いとなるアース人のほとんどが平和な日本の一般人であるという点なのだ。
 刻印使いになるのは異世界に渡ったアースの人間の一部のみ。異世界に渡ることができるのはこのレキハの名を冠する土地だけで、渡る人間は必然的に平和に暮らしているこの街の住人だ。そうなると必然、強力な刻印に目覚めても、目覚めた当人が戦闘に関しては素人という事態がほとんどということになる。
 もちろん例外はある。例えば、スポーツとしての格闘技に手を出している人間や、警察官のように職業上訓練を受けている人間、さらには、素人ではあっても喧嘩の強い人間などまで含めてもいいかもしれない。
 だが、そう言った人間は大抵の場合ある程度体を鍛えているものだ。まったく鍛えている様子もないのに、よりにもよって渦のような接近戦を強制されるような相手と戦えるというのは納得いかないものが残る。

「あの少年は強い刻印の効力に任せて叩き潰すのではなく、ある程度の判断力を持ってしてこちらに対応していました。とても闘争に慣れているようにも見えないのに、です。これは明らかに異常でしょう」

 それゆえ明るみに出て来るありえない判断能力という名の異常性。明らかに身につけていないだろう力をふるうというのは確かに刻印の効力を疑うべき事象だった。

「なるほどね。君がその少年の刻印の正体を看破できなかった理由が分かったよ。確かにその三つを同時に網羅できるような願いって簡単には想像がつかないね。全体像もよくわからないし」

「もっとも、その少年に関わらず、刻印自体が私にはよくわかりません。物にもよりますが、応用が利きすぎる上にご都合主義が過ぎる。それこそ全知全能など願われていたら全体像など把握できない」

「まあそうだろうね。それが僕らの強みでもあるし。僕だって『自分の刻印』の力は悟られないように使ってる」

 人間の願いという様々な形を持つ者が源となっているだけに刻印の持つ効力は非常に多種多様だ。中には応用の幅がけた違いに多いものもあり、それはうまく使えば根幹となる願いを悟らせないように使うことも可能となる。例えばこの部屋にいる青年のように。

「それにしても、随分気にするのですね。私が戦った刻印使いの少年のことを」

「まあ、どんな刻印があるかってのはその少年に限らずいつも気にしてるけどね。たまにほしい刻印なんかも現れるし。……それに、実はちょっと気になることがあるんだ」

「……気になること?」

 それまで無表情を貫いていた渦の眉根が、視認できるギリギリの大きさに動く。どうやら興味はあるらしい。

「実は最近僕の子飼いの刻印使いが一人いなくなってね。僕はそいつを【天井知らず(エスカレーター)】なんて呼んでたんだけどね。まあ、強い割に使えない奴だったから、刻印の扱いをミスって生身で大気圏突破でもしてのけたのかと思ってたんだ。でも、直前にそいつを押し付けたエデンを拠点にしてた連中は、そいつがオズのフラリア人たちに捕まったって言うじゃないか」

「それにあの少年が関係していると?」

 話題に上っている人物の刻印の効力にも、その扱いにも特に気にした様子も見せず、渦は淡々と青年の意図を探る。どうやら青年は使えないと判断している時点で興味を捨てたらしい。

「あくまで可能性の話だよ。その少年が守ろうとしてたって言う女の子、確か君が捕まえてエデンに送った娘だろう? その娘と一緒にいたってことはそいつもエデンにいた可能性が高いからね」

「あの少年の刻印がその【天井知らず(エスカレーター)】を下す刻印を持っていたと?」

「いや、それはないね」

 話しの筋から予測した渦の答えを、青年はあっさりと否定する。もしや件の少年の刻印が【天井知らず(エスカレーター)】という危機を排除することを願って生まれたものなのではと予測したのだが、どうやら相手はそうは考えていないらしい。

「確かに僕もその可能性は考えたんだ。だからこそ僕は今君に話を聞いて確かめようとしたんだしね。でもそもそもの話、もしもその少年の刻印が【天井知らず(エスカレーター)】を排除したいと願って生まれた刻印なら、そんなよくわからないものになるはずがないんだよ。【天井知らず(エスカレーター)】の効力は酷く単純でね。その癖魔術や生半可なタフさ程度で対応できるものではない。だからその少年を刻印に発現させたのはもっと別の要因だろう」

「では、やはり関係していないのでは? その少年では【天井知らず(エスカレーター)】に勝つことはできないのでしょう?」

「いや、実はそうでもないんだよ。【天井知らず(エスカレーター)】の効力は致命的な弱点があってね。それにさえ気付くことができれば誰にでも、とは言わないけどある程度倒せる可能性はあるのさ。まあ、僕はそれでもあいつとやり合いたいとは思わなかったけどね。勝てるかどうかは運次第ってところがあるし」

 そんな言葉を聞きながら、渦は少年の刻印が再びその正体を隠したような感覚を覚える。もしもその少年の刻印がその【天井知らず(エスカレーター)】とやらに対応したものなら、【天井知らず(エスカレーター)】の効力からある程度予測も立てられたはずなのだ。

「まあ、わからないものは仕方無い。この少年に関してはもう少し情報を集めてみることにしよう。それじゃあ本来に要件に移ろうか」

「仕事の依頼ですか? 今回はどのような仕事を?」

 先ほどまでの思考をきれいに棚上げにし、二人は次の話題に移る。今までにも数回行っている仕事の話に。

「なに、今回はそこまでリスクの高い仕事ではないよ。これから人と会ってその人を回収しなくちゃいけないからついてきて欲しいんだ。何の段取りもなくやりすぎちゃった人でね。おかげでこっちの対応が遅れてるから念のために、ね」





 八月はすでに二十一日目を迎えていた。
 ミシオの編入試験を四日後に控えた現在は、それこそ最後の追い込みの時期に入っていると言える。本来ならば勉強以外のことをしている理由もないその日の夕方、だが意外にも智宏は自宅の玄関口で人を待っていた。

「お待たせ~」

 背後から聞こえた母親の声に、準備が済んだことを悟り振り返り、そして絶句した。

「どうよトモ~。似合うだろ?」

 母親にではない。母親に両肩を掴まれ、若干顔を赤らめてうつむく浴衣姿のミシオにだ。
 紺色の布地に、朝顔の絵がプリントされた浴衣を身にまとい、髪型をポニーテイルにしたミシオの姿は、智宏自身言葉を失うほどに合っていた。以前からレンドなどと和服が似合いそうだと話していたし、イデアで彼女を治療した時にボロボロになった服の代わりに寝間着を着せたりしたのだが、今回のそれは本格的におしゃれをしているためかそれに輪をかけて美しく見える。

(うぉぉ……)

 智宏が内心で感嘆の声を上げていると、目の前のミシオはどんどん顔を赤くし俯いていく。ときより周囲を不思議そうに見回すという不可解な態度を見せてはいたが、どうやら智宏の視線に恥ずかしがっているらしい。

「おいおいトモ。言葉を失うくらいってのはわかるけど、こういうときはちゃんと似合ってるって言葉にしてやるもんだぞ。ガン見してるだけじゃいろいろあれだし」

「うっ……。似合ってます」

「そ、それは、どうも……」

「まあ、言われていうようじゃ今さらだけどな」

 ニヤつきながら余計なことを言う母親を睨み、しかしすぐにその不毛さに気付いてため息をついた。この母親とくだらないことでやり合っても何の得にもならない。

「それにしても、浴衣なんていつの間に買ってたんだ? 最近ミシオは試験勉強で外出してなかったはずなんだが?」

「そんなのこの娘が来たその日に決まってんじゃん。普通の服と一緒に買って来たんだよ」

「……あのとき父さんに変なものを買ってくるなと念をされてなかったっけ?」

「ネタやコスプレに走るなとは言われたな。でも夏場に浴衣を買ってどこがおかしいんだ? んん? 言ってみなよ賢しい息子よぉ?」

「……とりあえず、そろそろ行こうか」

 この母親には何を言っても無駄だろうと判断し、智宏はミシオに出かけるよう促す。ミシオにとっても久しぶりに羽を伸ばせる時間だ。こんなことでその時間を浪費するのも馬鹿らしいだろう。

 ミシオが浴衣と共に用意された下駄を履くのを待って、二人揃って外に出る。

「行ってらっしゃ~い。ちゃんと楽しんで来いよ~」

 そんな母親の声を背に受けながら、二人は近くで開催される夏祭りの会場へと歩き出した。





 そもそものことの発端は三日前の夕方、買い物から帰ってきた母親が持ち帰った情報だった。
 八月二十一、二十二日の二日間の間に開催される夏祭り。智宏の住む家から電車で二駅ほどのところにある神社で行われるそれは、夜になれば多くの出店と共に花火も上がり、地元でも人が多く集まる夏の風物詩となる代物だ。
 智宏も最近こそあまり行っていなかったが、小学生くらいまでは親や友達と共に行ったことがあった。
 そんな毎年恒例とも言える夏祭りの情報を持ち帰ってきた母親は、案の定智宏とミシオに祭りへの参加を進めてきたのだ。
 もちろん、と言うべきか、智宏は最初反対した。試験の日は祭りの三、四日後に迫っており、今は少しでも時間が惜しい時期だ。試験が迫っている現在、夏祭りにうつつを抜かす時間はあまりにも惜しい。
 だが、それに対して、母親も負けてはいなかった。人生は勉強がすべてではないというよく耳にする言葉を声高に叫び、この夏休みと言うもの二人がほとんど家に缶詰になっているという現実をなぜか資料まで作って力説し、最後にはお前はミシオに勉強だけで夏休みを終わるような灰色の青春を送らせるためにこの世界に連れてきたのかと悪しざまに罵り、ついには夏祭り行きを了承させたのだ。
 ただし、負けおしみ交じりに弁解すれば、智宏とてただ単に言い負かされたから夏祭り行きを了承した訳ではない。確かに母親の言い分は珍しく正論だったと思うし、最後の言葉など自分が本来の目的を見失っていたと自覚させられたくらいだ。
 だが、それ以上に大きかったのが、ミシオの試験勉強が既にこれ以上ないほどの成果を上げていたという点だ。
 渡した問題集の問題に、九割九分正解して見せ、さらにわずかな間違いはそのほとんどがケアレスミスと言う状態。【情報入力(インストール)】した知識は、そのほとんどが完全な形で定着しており、【情報入力(インストール)】し直さなければならない知識もわずかしかないという状況だったのだ。祖母に冗談で明日試験だと言われた時は大慌てした智宏だが、今思えばたとえ次の日に試験を受けたとしても合格にまで漕ぎつけられたかもしれない。
 刻印と超能力の合わせ技を使っているとはいえ、ミシオの異常なまでの頭の良さ。それこそが今回の夏祭りに参加する決め手だった。




 祭りの正式名称が『歴樹祭り』であることを知ったのは、智宏達が祭りの屋台が立ち並ぶ商店街にたどり着いたときだった。
 元々は商店街の外れにある歴樹神社に奉納される祭りらしく、近くに張ってあったチラシを見れば昼間には小規模ながら神輿なども行われていたらしい。時刻が夕方を迎えた現在は、神社から商店街に展開される屋台の周囲で人がにぎわっており、実際智宏達もそれが目当てでここまで繰り出して来ている。

「そういえば歴樹神社って小学校のころに調べたことがあるな。フ、フー。確かこのあたりの土地を昔から守ってる鎮守神か何かが祭られてて、この神社の名前が歴葉って地名のもとになったって。ハフッ、ハフッ、むぐ」

「はむ、むぐ、むぐ。鎮守神って、コク、何?」

「ごくっ。確か、『人がその土地に住むときに、その土地の神霊が人に害を及ぼさないようによそから連れてくる神様』だったかな。要するによそからこの土地に出張してきた神様みたいなものだよ。実際、祭られてる神様もどっかで聞いたような、この国の神話なんかで良く聞くような名前だった気がするし。ちなみにご神体は御神木ね。フッ、フー」

 近くに張ってあった祭りのチラシと、持ち前の知識をもとに一通り祭りについて解説すると、智宏は再び手元の焼きそばを吹いて冷まし、口に運ぶ。隣ではミシオも話から手元の綿あめに興味を戻したのか、再び手元のそれを口にし始めた。
 現在智宏達は、屋台の並ぶ商店街を半分近くまで進んできている。ここまで来る間にいくつかの屋台を冷やかし、そのうち食べ物の関係の屋台でいくつかの食べ物を買って、今こうして早めの夕食をとっているところだ。
 ちなみに買った物が、智宏がフランクフルトや焼きそばと言った食事的なものが中心であるのに対し、ミシオが買った物は綿あめにりんご飴、チョコバナナなどの甘味中心と言うあたり、買うものに対するスタンスの違いがうかがえる。

「あ、智宏、全部食べないで。そっちも食べたい」

「え? あ、ああ。そうか」

 どこかけ恥ずかしいものを感じながら、智宏はパックごと残った焼きそばを差し出す。受け取ったミシオは、一緒についている割りばしをそのまま使い、あっさりと智宏の焼きそばを食べ始めた。

「……ん。おいしい」

「そ、そうか」

「お礼に、食べる?」

 言いながら、ミシオは焼きそばの代わりに自身の持つ綿あめを差し出してくる。どうやらミシオには間接キスを気にする価値観はないらしい。それが彼女の世界のものなのか、彼女特有のものなのかは智宏には判断がつかなかったが。

「そ、それじゃあ、いただきます」

 気にしたら負け。そんな感覚を抱きながら綿あめにかぶりつく。下手な食べ方をすると口の周りがベタベタになるため、そちらにも注意を払い、内心からわき上がる恥ずかしさを押し殺しながら食いちぎった綿あめは、記憶にあるよりも甘いように感じられた。
 つくづく自分も単純だと思う。

「さて、腹も膨れたし、そろそろ食べ物以外の屋台を回ってみたいところだな」

「え? もう? 私はまだ気になってる屋台があるけど……」

「また甘味じゃないだろうな……?」

「だって、こっちの食べ物、珍しいから……」

 言われ、それもそうかと智宏も思いなおす。この世界、アースの日本とイデアのミシオの住んでいた国――話を聞くとテンライという国だったらしい――は確かに文化こそ似通っているが、だからと言って全てが全て同じと言う訳ではない。文明の発達もこちらより若干遅いし、同じ文化があったとしてもそれがメジャーなものになっているかもわからない。それに加えて、ミシオ自身もほとんど山篭りのような生活をしていた身だ。こちらの世界のものはさぞかし珍しいものが多いだろう。

「まあ、そこまで屋台を厳選する必要もないか。時間もまだたっぷりあるし、さっき話しに出た神社を目指す形で通りを進んで、その途中で見つけた店に財布と相談しながら寄っていく感じでいいんじゃない?」

「うん」

 智宏の言葉にうなずくと、ミシオは残っていた最後の綿あめを口に含む。近くにあったゴミ箱にゴミを捨て、途中のコンビニで買っておいたウェットティッシュを渡して案の定べたついていた手や口を拭かせると、二人は道の外れから再び屋台の立ち並ぶ道の中心へと合流した。

「トモヒロ、あれは何?」

 屋台の列を眺め始めてから、ミシオが新たな興味を抱くまでは思っていた以上に早かった。今度はどんな食べ物の屋台だろうと思いミシオの視線の先に目を向けると、そこにあったのは食べ物とは違う、しかし祭りの定番とも言える屋台だった。

「ああ、あれは金魚すくいだよ」

「金、魚?」

 どうやらミシオは金魚すくいを知らないらしい。それがイデアに金魚がいないせいなのか、金魚すくいが無いせいなのか、それとも単に有名になっていないだけで存在しているのか、はたまたミシオが知らないだけなのかは分からなかったが。

「やってる人を見ると判ると思うけど、水槽の中にいる金魚を、あの丸い奴、ポイって言うんだけど、あれですくってボールに入れる遊びだよ。ポイの表面に貼ってある紙は水に入れるとふやけて破れちゃうから、そうならないように気をつけながらじゃないとすくえない」

「すくった金魚はどうするの?」

「店にもよるけどたいていは貰えるんじゃないかな」

「へぇ……」

 小さく感嘆したような声をあげると、ミシオは金魚すくいの屋台をじっと観察し始める。どうやらかなり興味を持ったようだ。

(そういえば、昔うちでも金魚を飼ってたな……)

 最近こそあまり来なくなっていたが、小さい頃は智宏もこういった祭りにはよく参加していた。そして、そのときたいていこういった金魚すくいで金魚をもらっては、家にある水槽に入れて飼っていたのだ。金魚と言う生き物は意外に弱く、飼育法を間違うとあっさり死んでしまうのだが、それでもしぶとく何年も生き続けた金魚もいた。

(確かそのときの水槽が物置の中に残ってたはずだし、また飼うのもいいかもしれないな)

 ミシオの様子を見てそんなことを考えていると、隣で金魚すくいの屋台を観察していたミシオが屋台に向かって進み始める。財布から出した硬貨を屋台の主人に手渡すと、道具をもらって水槽の前にしゃがみこんだ。
 お手並み拝見、とばかりに智宏も背後からミシオの様子を眺める。
 ミシオはすぐには手を出さなかった。再び水槽の中の金魚に対して観察モードに入ると、右手にポイを構えて動きを止める。
 しばしの間があき、やがて目の前に隣の子供に追い散らされた金魚が一匹飛び込んでくると、ミシオは素早くポイでそれをすくい取った。ミシオのポイを三分の一も濡らせずに水槽を離れた金魚は、中でわずかに水滴を飛ばしたのちボールのなかに放り込まれる。
 あまりの早業に周囲が一瞬、静寂に包まれた。

(……す、すげえ……)

 理屈でだけなら、智宏も金魚すくいの攻略法と言うものを聞いたことがある。代表的なものだと、ポイに張られている紙で水を受け止めてはいけないというものだ。ポイに張られた紙は、水に入れると必ず脆くふやけちょっとの刺激で破れてしまう。しかし金魚をすくうにはポイを水に入れないわけにもいかないので、その対策として刺激の方を少なくするというのが簡単な攻略法なのだそうだ。
 具体的な方法としてはポイを表面ではなく、側面から水に入れる。水をポイで切り込むと言ってもいいかもしれない。そのやり方を、今ミシオは誰にも教えられず、初めてで看破して見せたのだ。
 それだけではない。今回ミシオは多くの金魚の中でも、比較的浅い場所に移動した金魚を狙っていた。しかもすくう際にポイをすべて水に入れるようなまねをせず、必要最小限の面積を濡らすだけにとどめている。ここまで来るとほとんど金魚すくい選手権に出ている選手のような腕前だった。

「獲れた」

「あ、ああ。すごいなミシオ。もしかしてやったことあったか?」

「金魚は初めて。でも磯で小魚を取ったりしたことは結構あったから」

「ああ、なるほど」

「逃げ込む場所が無い分、やりやすい」

「……」

 どうやら参考になる経験はあったらしい。だからと言ってこの腕前を当然とまでは思わなかったが。
 そうこうしているうちに、ミシオは再び一匹に狙いを定めると、またしても先ほどの早業で金魚をすくい取る。
 智宏が再びその手並みに感心していると、三匹目を探していたミシオが唐突に「あっ」と声をあげた。

「そういえばトモヒロ、ナイフか何か持ってる?」

「は? いや、僕は特に持ってないけど、なんで?」

「うん、獲った魚は早めに絞めて血抜きした方がおいしいから」

 瞬間、不穏な気配を感じ取った金魚達が一斉にミシオの近くから離れていく。のんびりと泳いでいた金魚が恐るべき素早さで水槽の中を泳ぎ回り、者によっては他の客の使うポイに向けて飛び込む者さえいた。だが、そんなことをされてふやけたポイが耐えきれるはずもなく、瞬く間に他の客たちのポイが全滅し、逃げ場を失い、動きを止めた金魚達をミシオが次々と狩り獲っていく。金魚達に救いはなかった。

「……この金魚って魚、どう料理したらおいしい? 小さいから、食べるところ少なそう……。揚げものなら頭から食べられる?」

「いや、あのなミシオ。こいつらは普通食べないぞ?」

「え? それじゃあ何のために売ってるの?」

 ミシオの言葉に、智宏は思わずため息をつく。
 周囲の客たちがドン引きし、金魚達が恐慌状態に陥るなか、漁村育ちのミシオに観賞用の魚と言う概念を説明するのは思いのほか骨が折れた。





 結局、十三匹捕った金魚は一匹も持ち帰らなかった。ミシオが食用の魚ではないと知った時点で興味を失ったからである。どうやらミシオには魚とは食べるものであるという意識が染み付いているらしく、それを払しょくできない状態では飼う気にはなれないだろうと判断した結果だった。
 もっとも、智宏自身金魚すくいは金魚を持ち帰るためにやるものではないと考えているため、それでも別にいいと思っていた。金魚すくいというものはゲームとして楽しめただけで金を払った意味はあるのだ。
 そもそも、屋台のゲームに景品を期待してはいけないというのが智宏の持論だ。
 金魚すくいの後にも、智宏はミシオと共に射的に手を出したのだが、景品は射的の鉄砲くらいではさっぱり倒れず、景品をもらうことはできなかった。一度など店主の鼻を明かしてやろうと、ミシオにテレパシーでこっそり照準とタイミングを指示させ、二人で同じ的に同時にコルク弾を叩き込んで見たのだが、それでも景品は倒れず、景品獲得にはつながらなかった。コンビネーションを褒められて景品として用意されていたキャラメルと貰う結果にはなったが。
 そうして屋台を順番に巡りながら、智宏達は遂に目的地と定めた神社に到着する。
 一応この祭りの主役であるはずのこの神社は、しかしその役割を昼間のうちに終えてしまったのか思いのほか人が少なく、今は屋台で食べ物を買った人々が一休みする憩いの場と化していた。
 ここに来る直前買ったたこ焼きでも食べようかと背後をついてきているはずのミシオを振り返ると、ミシオは入る時にくぐった鳥居に注目していた。

「やっぱり鳥居なんかも珍しいのか?」

「え? あ、うん。うちの世界にも似たようなものはあったから。多分それと同じものだとは分かるんだけど、やっぱり形とかが違う」

「そういえば、そっちの世界の宗教とかってどんななんだ? 日本と同じような環境だし、やっぱり同じように多神教なのか?」

「うん。でもこっちと違って、土地によって違う訳じゃないかな。海の神様とか、空の神様とかみたいに、ものによって一つ一つ神様が決まってて、それがどこでも共通だから」

 同じ多神教でも、日本の八百万の思想と言うより西洋の神話などに近いのかもしれない。

「あと、うちの世界の神様にはご神体いたいなものも、ないかな。さっき言ってたご神体って、神様が宿るもののことだよね?」

「ああ。そういえば社会系の知識と一緒にその辺の【情報入力(インストール)】もしたっけ」

「私の世界では神様は司るものにそのまま宿ってるから、ご神体みたいなものはないの。海の神様に祈るときは海に向って祈るのが普通」

「へぇ」

「あとは、関わりのある神様に守ってもらえるように、その神様にちなんだ名前を付けるっていう風習もあるかな。私の名前のシオって部分がそんな感じ」

「ああ、そういえばあの村の人達、海にちなんだ名前の人が異常に多かったな」

 恐らく漁村だったために海の神とのつながりを大事にしていたのだろう。海と関わりながら生きる漁師たちにとって海の神との繋がりは必須とも言える。

「そういうところでも違うことは多いのか」

「うん。だからこっちに来てから、珍しいものばっかり。機械は嫌だけど」

「……」

 どうやらミシオはこちらの世界に来てからすっかり機械アレルギーになってしまったらしい。イデアがこちらの世界ほど機械にあふれていたわけではない上にミシオ自身がほとんど山篭りじみた生活をしていたため、機械に耐性が無いのはわからないでもないのだが、今後アースで生活する上で流石にこのままと言うのはまずい。

「まあ、今は試験対策の知識で手いっぱいだから、試験が済んだらこっちの世界のこともいろいろ教えるよ。今はあの御神木のそばの説明書き程度の知識で好奇心を満たしてくれ」

 そう言って智宏はミシオを引きつれて説明書きの立札の前に進む。この世界の文字については試験勉強の最初に徹底的に【情報入力(インストール)】したので、ミシオも問題なく読み取っていた。それでも慣れない文字を読むのは時間がかかるらしく一足先に読み終えてしまった智宏はふと神社の入り口に視線をやってその三人に気がつく。

「おお、やっぱり智宏達だったか。お前らもこの祭りに来てたんだな」

 その内の一人、孝明がこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。Tシャツとハーフパンツ、そしてサンダルと言う夏らしい軽装で、頭と右手に屋台で買ったと思われるお面をつけていた。その背後からは先日ちらりと見かけた志士谷が同じような格好で立っており、その数日後に会ったばかりの畑橋の姿も見てとることができた。

「おう、お前らか、この前来てたって言う異世界帰還者は。んじゃ、まあ自己紹介だ。あたしは志士(しし)谷(たに)昇子(しょうこ)。大学二年だ。よろしく」

「吉田智宏です」

「ハマシマミシオです」

「はいよろしく。ああ、そうだ。それとあっちにいるのが――」

「姐さん、智宏と畑橋さんはこの前会ってますよ。って、ああそういえばミシオちゃんはあのときいなかったか」

「……そういえば」

 すぐそばでミシオが不思議な発言をするが、智宏は気にしない。と言うのも原因は明らかで、あの後帰った智宏が岩戸荘での会話を【情報入力(インストール)】で共有したためだ。恐らくミシオにして見れば智宏の視線であの会話を聞いていて、自分があの場にいたように錯覚しているのだろう。

「まあ、初対面だってんなら互いに自己紹介位しとけよ。おーい、畑橋さん」

 志士谷の呼びかけで、少し離れたところにいた半袖のワイシャツ姿の畑橋がこちらに気付き近づいてくる。呼びかけられる直前、少し落ち着きに欠けているように見えたが、こちらに来たときには既にある程度の落ち着きを取り戻していた。
 すぐに二人が互いに自己紹介を交わしあう。

「それで、智宏達はどうしてここに? ミシオちゃんは試験勉強だって聞いてたけど?」

「ああ、勉強のほうが順調なんで息抜きがてらこっちにな。そういう孝明達は?」

「え? あー……、えっとな」

「私が気を使ってもらったんですよ」

 なぜか困ったような表情を見せる孝明の代わりに、畑橋がこちらに口をはさむ。

「実は今日ここに来たのも、紀藤君と志士谷さんに誘われたからでして。よっぽど私が暗いオーラを纏っていたんでしょう。今日岩戸荘に立ち寄ったらそのときに……」

「畑橋さん。そんなオブラートに包まなくてもいいっすよ。姐さんが用事があるって嫌がってるのを半ば力ずくで連れて来てんですから」

 言われて志士谷の方を見ると彼女は悪気のなさそうな悪い笑みを浮かべて腕を組む。どうでもいいが腕によって持ち上げられた胸が男として反応に困る代物だった。
 男たちが三者三様の速度で目をそらす。

「そ、それにしても良かったんすか? 姐さんが強引に連れてきちゃったですけど畑橋さん用事あったんでしょ?」

「大丈夫ですよ。用事の方はまだ間に合いますし、それに用事のある方は目の前にいますから」

 と、それまで関わりもなかった智宏に、畑橋は突然焦点を合わせる。智宏が驚いていると、畑橋はその視線が間違いでなかったことを示すようにさらに言葉を続けてきた。

「吉田智宏さん。ハマシマミシオさん。お二人にちょっとお話があるのですが、よろしいですか?」


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