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No.30429の一覧
[0] フリー・ジャンパー (ロウきゅーぶ!短編)[どぐまぐ](2011/11/07 02:44)
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[30429] フリー・ジャンパー (ロウきゅーぶ!短編)
Name: どぐまぐ◆07c9cbe6 ID:a3814377
Date: 2011/11/07 02:44


キュッ、キュッと体育館にバスケットシューズの音が響く。

2回フェイントを入れて、ドライブで切り込む。パサッとゴールネットを揺らす音が聞こえる。

ぼくはまたボールを取って、構えた。今度はレッグスルーをして、ジャンプシュートを放つ。朝のさわやかな陽気に包まれた体育館は、ぼくが発する音だけで満たされる。

きれいな放物線を描いたボールがネットに吸い込まれて、落ちた。

ぼくは、スポーツ少年で、小学5年生だった。



その日は春のうららかな空気に包まれた日曜日だった。

ぼくは一週間後に控えたバスケットボールの大会にために、一人で自主練をしようと、小学校の体育館に向かって走っていた。

日曜日の学校は、なんだかおとなしい獣みたいだった。普段が騒がしすぎるからかもしれなかった。

ぼくはバスケットにのめり込んでいた。レブロン=ジェームズのスーパーロングシュートを見て興奮したり、シャキール=オニールの文字通り、破壊的なダンク・シュートに魅せられていた。

幸い、ぼくの身長は小学生にしては、かなり大きかったのでミニバスケットのゴールくらいなら、なんとかダンク・シュートを決めることができた。ぼくは、ダンク・シュートが好きだった。

早くバスケットがしたくてここまで走ってきていたので、アップの必要は全くなかった。ストレッチをしてから、ボールを手にして、セット・シュートの構えをとる。左手をそえて、全身をつかって、シュートを放った。ボールは弧を描いて、バックボードにもリングにも当たらずに、吸い込まれる。ぼくは、シューティングが好きだった。

15分くらいシューティングをしてから、次の練習に移ろうとすると、体育館の入り口に小さな人影が見えた。目をこらしてよく見てみると、同じクラスで、女バスの湊智花がかわいらしく目を見開いているのが見えた。

大きな黒のスポーツバックにナイキのスポーツTシャツにスパッツ、そして、真っ白なバスケット・シューズという格好の湊が、こちらに向かって歩いてきた。

「よう」

「こんにちは」

湊は女の子特有のひかえめで、かわいらしい声で、挨拶をした。

「佐々木君も練習?」

「うん。大会近いし」

そっかあ、と言うと、わたしもいっしょに練習していいかな、と尋ねてきた。湊はとても魅力的だったし、彼女のバスケット・スキルは超小学生級だったので、断る理由は全く見当たらなかった。

ぼくは、ちゃんとストレッチしとけよ、と言って、再びセット・シュートの構えを取った。今度のボールはリングに弾かれてしまった。

するとストレッチを終えたらしい湊がヤマネコのようにボールに走り寄っていって、ぼくにチェストパスを出した。

「んじゃ、始めようぜ」

湊は、コクン、とかわいらしくうなずいて、ディフェンスの態勢をとる。儀礼的に、一度ボールを湊にパスする。ぼくの背筋が、ぞくり、とした。比喩ではなく、本当に。

トリプルスレットの構えをした僕の目の前には、自分より背の低い、小さな巨人が立ちはだかっていた。

ドリブルを始める。湊はジャブ・ステップには全く反応しなかった。それなら―― とぼくはフェイントを入れて抜き去ろうとする。身長差がある相手とのマッチアップは結構つらいのだ。パスの選択肢がない1on1では、特に。

一瞬だけ、湊の反応が遅れる。その一瞬を見逃さずに、ぼくはドライブで切り込んで、ゴール目がけて、体のギアをトップ・スピードまで持っていった。

湊は、どうにかして追いつこうとするけれど、あいにくの体格差で追いつけない。そして、ぼくのドライブは、自分で言うのもヘンだけれど、なかなかに鋭いのだ。

僕のレイアップ・シュートはリングを一周して、ネットに吸い込まれた。

湊のオフェンスの番になってから、ぼくは言った。

「言い忘れてたけど、オレ、ジャンプ・シュートは絶対に打たないから」

ぼくを見つめる湊の目が険しくなったけれど、知ったことじゃなかった。ぼくにだってそれくらいのプライドはあってもいいだろう?

ぼくはあまりディフェンスが得意ではなかった。というのも、単にぼくが忍耐強くないだけなのだけれど。

湊がゆっくりとドリブルを始める。この超小学生級プレイヤーは、まるでコービー=ブライアントみたいな激しいオフェンスをするのだ。

身長差をうまく利用して、ドライブで切り込んでくるだろうと考えたぼくは、腰を深く落として、じっと湊の動きをうかがった。

ふっ、と空気が動いた。湊はぼくの予想通りダックインで仕掛けてきたのだけれど、ぼくはその速さに全くついていくことができなかった。そして、教科書通りのきれいなレイアップ・シュートを決められてしまった。

それから三十分ほど、リトル・コービーとの1on1をして、ぼくたちは休憩をとることにした。湊は、やっぱり超小学生級のプレイヤーだった。

身長差なんかおかまいなしに猛烈に攻め立ててくるし、少しでも隙をみせると、スティールを取られる。

「佐々木君はおっきくていいなあ」

「まあね。ほとんどこれだけのおかげでバスケできてるし」

「そんなことないよー。普通にドリブルとかもうまいし」

しばらくああでもないこうでもないと互いの良いところについて議論を交わしていると、湊は再びぼくの身長のことを挙げて、こう言った。

「ダンクシュート見せてくれない?」

ぼくは少し戸惑ってから、いいよ、とうなずいた。ぼくはダンクシュートができたし、それを好ましくも思っていたけれど、見せびらかすつもりは全然なかった。だって、なんだかカッコ悪いだろ?

フリースローラインに立って、息を吸い込んで、助走をつけ始める。力強くボールをつきながら、ゴールに向かっていく。リングにほど近い場所で体全身のバネをこれでもかと思うほど使って、ジャンプをした。

ぼくが両手でつかんだ5号のボールの手触りを感じながら、そのままボールをリングに目いっぱいたたきつけた。ガコン、とリングが揺れて、ボールが落ちていく。

ぼくはボールを拾い上げて、湊のほうを振り向いた。どうだった、とぼくは尋ねようとしたけれど、その言葉はぼくの口の中で、溶けてなくなってしまった。

湊は泣いていた。



ぼくの学校の女バスに6年生はいない。別に何か特別な理由があるわけじゃなくて、単に誰も入らなかったのだ。そこでキャプテンを任されたのが、バスケセンス抜群の湊だった。

普段はおとなしいけれど、バスケットのこととなると、彼女はすごく真面目だった。遅刻とか、少しおしゃべりをするだけで、怒ったりするようになった。

バスケのことになると、周りが全然見えなくなっちゃうの、と湊は言った。それを押しつけちゃったの、とも。当然のようにそういうのに反発するやつらがいた。その反発はだんだんとひどくなっていって、最後は、シカトになった。湊がなにを言っても無視をして、ミニゲームの時も湊だけにパスしなかったり、挙句の果てに、ボールをぶつける奴さえいた。最初は女子で、そのうち面白がった男子の一部もそれに加わった。

参加しなかった男子も、女子ってこえー、とはやし立てたけれど、その時ぼくはなにも答えなかった。ぼくは、そういうことが大嫌いだった。でもぼくはどうすればいいのか、全く分からなかった。ぼくはそんな状況に居る自分が、周りで見ているやつらと同じになってしまったみたいで、ひどくもどかしさを感じていた。

「わたし、転校するの」

ぼくはその言葉にうなずくことしかできなかった。湊になにもしてやれなかったぼくに、どんな言葉がかけられただろう?

ぼくたちの間に気まずい沈黙が流れた。さっきまで汗でびっしょりと濡れていたシャツが乾きだしていて、ぼくの背中にびっとりとはりついていた。

「なんか、ごめんね。こんな暗い話しちゃって」

ぼくはぶんぶんと首を横に振った。なんだか、話し方を忘れてしまったみたいだ。湊は、少しだけ泣きやんで、笑みを浮かべて、佐々木君は優しいね、と言った。

「バスケって、みんなでやるものなのにね。そのみんなと仲、悪くしちゃったら、全然意味ないのにね」

ふと、ぼくはさっきまで自分が安っぽいドラマの主人公のようにウジウジと悩んでいたことに気がついた。そうだ、ぼくは、そういう主人公が大嫌いだった。そして慎重に、言葉を紡ぎ出した。

「あのさ、たぶん湊は絶対、いいチームメイトを見つけると思うよ。俺、伝記読むのが好きなんだけどさ、エジソンって知ってるだろ?」

湊はこくりと、小動物みたいにうなずいた。

「エジソンは、頭が良すぎて、俺たちが当たり前だと思ってることは本当なのかって考えた。そのせいで、エジソンは頭がおかしいって言われちゃった。成果を出してる人は、傷つきやすいんだ。みんなと違うことをしようとするから」

ぼくは乏しい言葉を使って、必死に伝えようとした。だけど、ぼくが言いたいことは、うまく言葉にできない類のものなのかもしれなかった。

でも、湊はクスッと笑って、ありがとう、と言った。これまで見た笑顔の中で、とびきりの笑顔だった。ぼくもつられて、へらへらと笑った。

ぼくらは、小学生だった。うまく言葉であらわせないものは、行動であらわすことができたのだ。

「もっかい、1on1やろうぜ」



ぼくがシュートを外して、オフェンスが湊に移った。もうかなりの時間、1on1をやっていた。

そのときのぼくらの間には、学校とか、現実とか、そういったムダなものは一切含まれていなかった。ぼくらは最低の現実をぶち壊すことに成功したのだ。たとえそれが、一瞬であったとしても。

湊の目が、なんだかギラギラと光って見える。フェイントをかけて、ぼくを抜きにかかる。ほんのわずかの間、ぼくの動きが乱れる。湊は、まるで弾丸のようなドライブでつっ込んできた。

ぼくはなんとか体勢を立て直して、湊にくらいついていく。でも、湊はまるでぼくなんかいないように、鮮やかにロールターンを決めて、完全にフリーになる。本当に、フリーに。

そして、ジャンプシュートを放った――




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