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No.30361の一覧
[0] 上書きされたエリュシオン【異世界召喚・ロボットもの】[三郎](2012/02/01 18:47)
[1] 1-2[三郎](2011/12/28 18:32)
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[6] 2-2[三郎](2012/05/16 20:17)
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[30361] 2-2
Name: 三郎◆bca69383 ID:7344717f 前を表示する
Date: 2012/05/16 20:17


 集落の朝は頗る早い。
 陽一が嫌々寝床を這い出る頃合にはほとんどの住民が活動を始めており、集落の中に見える人影はまばらであった。
 男たちの姿が見あたらないのは、恐らく狩りに向かったからだろう。何せ、備蓄食糧の確保は死活問題だ。収獲が無ければ明日にも飢えかねない状況下において、それ以外に取り得る選択肢はない。
(とすれば、女子供は木の実の採集といったところか?)
 答え合わせはすぐに行うことができた。
 中心部の広場に、木の実を詰め込んだ籠を頭上に乗せて、幼子を連れ歩く一団が見えたからだ。
 彼女らの表情は暗くない。自らに課せられた役割を無心に果たしていた。
「……前向きだな」
 風土の培ってきた気質と言うものだろうか。
 悲観主義よりは余程良い。活力は未来を生む。
 少なくとも今の自分よりかは未来への道筋が開けていることだろう。帰り道を塞がれて、この世界――いや、時代にたった一人で放り出された自分よりは。
「ああ……駄目だ。後ろ向きになっている」
 額に拳を当て、自戒する。
 次いで、決まり悪そうに彼女らから視線を外した……が、
「……っ」
 程なくしてその表情を凍り付かせることになる。
 見えたものは時間の停止した廃墟。そして、“巨人”の残骸。血の通った人々の営みとは相反する、積み上げられた瓦礫の山であった。
 そこかしこに見て取ることができる戦禍の爪痕。
「そうだ……この村は襲われたんだったよな」
 炭化した木材も、巨大な足跡に蹂躙された地面も、木々や建造物に遮られることのない直射日光さえもが、先日の悲劇を彷彿させ、陽一の心を深くえぐる。

「俺がもっと早く助けに入れていたら……」
 戦場跡を直視できず、口惜しげに俯く。陽一はいたたまれなくなって、逃げ去るようにその場を後にした。
 村外れを当てもなく歩きながらも、視線は無意識に見知った少女を捜し求める。
 脳裏に鳥の尾羽のような髪をなびかせて、凛とした表情で周囲を引っ張る彼女の姿が浮かび上がった。
 彼女はどんな気持ちで今を過ごしているのだろうか。
 探しては見たものの、見える範囲に彼女……カカティキは、見つからなかった。使えるものを選び探して鳩首《きゅうしゅ》する人々の中にも、食料を寄せ集めて雑談をする中にも見当たらない。
 どうやら村の中にはいないらしい。男たちと一緒に狩りに出ているのだろうか。陽一の口から自然とため息が漏れ出でる。
 一目でいいから、彼女の顔が見たかった。
 知り合ってほんの数日しか経っていないと言うのに、近くにいないと心細く感じられる。
 やりきれない気持ちを打ち明けたい。慰めでも叱責でも良いから、彼女の声が聞きたかった。

 その後も暫く歩き回り続ける。
 いい加減足が疲れ、喉が渇きを訴えてきた頃合のことだ。流れる水の音が耳に入ってきた。
「近くに川、流れていたのか」
 川の水は透き通っており、青色に染まった水底が見えた。
 どうやら、飲料に適した水であるようだ。
 小川の水を両手で掬い取り、顔を濯《すす》ぐ。森林の流水特有の冷たさが、くしゃくしゃになった気分を忘れさせてくれた。
 そのまま水を口に含もうとして、躊躇う。
「生水、どう考えても大丈夫じゃないよな」
 少し表情を歪めて思案する。
 故郷を出る時、一応のところ念入りな予防接種を受けてはいた。が、それでも寄生虫の類を防ぐことはできないし、チフス等の感染症にかかる恐れも否定できない。
 第一、ここは陽一のいた時代とは異なるのだ。インフルエンザが時間を経て徐々に変異を繰り返していったように、病原体自体が大きく変容している可能性すら有り得るだろう。
 不安が堂々巡りになりかけたところで、
「まあ、良いか」
 考えても仕方がないことに気がついた。
 よくよく考えてみれば、陽一は既にこの時代の住民と接している上、彼らの歓待も受けている。
 なったら、なったでその時のこと。陽一は小川の水を喉に流し込んだ。
 喉が潤い、気持ちが落ち着く。このまましばらく時間を潰そうかと考えかけた、その時であった。

「――ゃっ」
 掛け声と一緒に、何やら大きな物音が聞こえてきた。
「な、何だ?」
 音のした方を振り向くと、先ほどの瓦礫の山が見える。
 また、音がした。鈍い音だ。まるで何かを木にぶつけているような……。石斧で誰かが木の加工でもしているのだろうか。
 だが、入り混じる声色は幼さを残したハイトーンで、聞こえてくる音と並べるには少し可愛らしすぎる嫌いがある。

「一体、何だってんだ……」
 興味に駆られて瓦礫越しにひょいと頭を覗かせると、飾り布を頭に巻いた線の細い少女が、何やら紐のようなものを振り回していた。
「――ゃぁっ」
 彼女のことは知っている。クビャリャリカ・ケ・トーラ・アムタ。昨夜の宴会で、陽一に意思疎通を図ってきた少女だ。
 筋肉のついていない肩が息をつく度に上下している。その様子から普段あまり活動的な生活を送っていないであろうことは容易に予想できた。
 手に持っているものは、麻紐だろうか。植物を撚り合わせて作ったであろう紐をU字に折りたたんでおり、中心部は少し広めに編み込まれた布地が組み込んである。そこに収まっているものは……拳大の石礫か?
「たやぁっ」
 掛け声と共に麻紐を振り回した。重さに身体が引っ張られて、ぐるりと回って倒れこむ。
 何をしているのか、一目見ただけでは瞭然としない。
 今のところ、陽一の脳内ではハンマー投げ説が最も優位を占めている。競技の練習、運動不足の解消。彼女が? そんな馬鹿な。

「んん……。<不明>、<動詞>?」
 難しい顔をして、ぶつぶつと何か独り言を言っている。
 気を取り直して、鼻息荒く立ち上がり、
「ふんやっ」
 再び麻紐を振り回し始める。
 今度は横回転ではなく縦回転を試すようだ。農業用水を持ち上げる水車《ふみぐるま》のような、あの回転には見覚えがある。

「あれは……」
 陽一の脳内で、先日黒角たちが使用していた巨大投石紐《スリング》と彼女の持つ麻紐が重なった。もしかすると、彼女は投石を行おうとしているのだろうか。
 遠心力は徐々に増していき、やがて礫が放たれる。拳大の質量は何故か紐を宙になびかせたまま、天高く打ちあがっていき――
「うおっ!?」
 陽一の肩を掠め、真横ぎりぎりに落ちてきた。
 危機一髪とは、まさにこのことを言うのだろう。
 あと数センチ横にずれていたら、目も当てられぬ大惨事に発展していたであろうことは想像に難くない。
「……おいおい」
 背筋に冷たいものが走った。
 戦慄、と言うよりは生唾を飲み込んでしまうような呆れ交じりの恐怖を覚える。
 陽一は未だ枯渇していなかったらしい悪運に、思わず感謝の祈りを捧げてしまった。

「ひゃっ――<動詞。「誰か」に似た発音。恐らくは疑問詞>!?」
 顔を真っ青にした彼女が慌ててこちらに駆け寄ってくるが、瓦礫に足を取られて盛大にずっこける。受身の取れない前のめりの転び方だった。
「あー……大丈夫か?」
 痛みに顔を赤くしたクビャリャリカに、陽一が手を差し伸べる。
 彼女はその手を取って、
「<礼を言っているのだろうか。「ありがとう」の意?>。んん……ダイジョウブ、<疑問詞>?」
 鼻を痛そうにさすりながら、不思議そうな顔をする。
 陽一の発する言葉の意味を考えているようだ。
「ああ、ダイジョウブって言うのは……」
 陽一は今まで知り得た単語と身振りを使って、それが使われるシチュエーションをいくつか再現してみせる。
 彼女はふんふんと頷き、時折合いの手を入れては理解を深めていった。
 そのやり取りの中で陽一も有益な情報をいくつも入手する。
 どうやら、彼女らの用いる言語において、誰・何・どうしたなどの疑問詞は同じ言葉の語形変化によって成り立っているらしい。
 具体的には疑問を表す品詞は「何」でfu-ra。「誰」ならばfu-ra-u、「何時」ならばfu-ra-jaとなる。
 疑問詞についての理解が深まったのは大きな収穫であった。今後彼女らの言語を理解する上で、強力な武器になってくれるだろう。

 陽一の言葉を理解したのか、クビャリャリカは指先で自分の肩をトントンと叩き、
「ダイジョウブ?」
 心配げに問いかけてきた。
 指し示した肩は石礫の掠めた側ではない。一瞬呆ける陽一であったが、
「あっ」
 すぐに先日、異人の小剣が陽一の肩を貫いていたことを思い出す。
 痛みがなかったためにすっかり失念していたのだ。慌てて触ってみると傷口はすっかり塞がっていた。
(そう言えば、Totem内で突き刺されたチューブの痕も見当たらない。Totemには人体の自然治癒効果を高める何かが備わっているのか?)
 と、ある程度まで類推したところで、
(まあ、良いや。エリーゼに聞いてみよう)
 さっさと疑問を頭から追い出す。
 このまま未来技術の塊について深く追求したところで、明確な答えなどでないだろう。
 第一、答えを知るものが存在するなら自問することに意味はない。有限な時間を無駄にしようという気にはなれなかった。
「……?」
 沈黙を重く捉えたのかも知れない。クビャリャリカからこちらを気遣う視線を向けられていることに気づいた陽一は、大事無いことを告げるべく、少しはにかんで見せる。
「ああ、大丈夫。もう傷はないよ」
 すると、彼女はほっと胸を撫で下ろし、
「んんん。ダイジョウブ。キズ、何? ナイ、何?」
 更に続けて質問を重ねてきた。
 身を乗り出さんばかりの勢いにしどろもどろになりながらも、陽一はそれらに対して丁寧に答えていく。
「ああ、ナイっていうのは……」
「フムン」
 水を吸い上げるかのように新たな知識を得ていくクビャリャリカ。
 彼女がこちらの言葉を一つ理解する度に、異世界人であるという認識が薄まっていく。
 相互理解……懐かしい感覚だ。
(こうしていると、学生時代を思い出すな。海外の友人とこんな風に話し合って、答え合わせを行って……どんどん知覚できる世界が広がっていったんだ)
 井の中の蛙が大海へ飛び出し、冒険をはじめる心地とでも言うべきか。
 日本をはじめて離れた時のことが脳裏を過ぎり、陽一の頬はひとりでに緩む。
 そして――
「あっ」
 同時に思い出した。
 学生時代から自身の心に根ざしている、研究者としての本分を。
「そっか」
 そうなのだ。まだ、陽一は未だこの時代の何もかもを理解しているわけではない。
 この時代に存在する文明や、文化。そして、技術。自分が何故この時代に飛ばされてしまったのかも。帰り方が本当に存在しないかも。
 時間が不可逆などという定説は、現代科学が導き出した一つの結論に過ぎない。だが、未来科学ならばどうだろう? ここは陽一が想像もできないような科学技術が散在している時代なのだ!
 無いと決め付けるのは、全てを探しつくした後で良い。
 幸いにして自分にはこの世界を研究できるだけの経験と知識が備わっているではないか。
 目の前の闇が払われたような心地がする。見る間に晴れ渡っていく視野が小気味良い。
 鮮明な視界をもって現実に焦点を戻すと、クビャリャリカが自らの指を頬に当てて、可愛らしく首を傾げていた。

「……ヤイロヨイチ?」
「あ、いや。ごめん。君のお陰で大事なことを思い出したんだよ。だから……ありがとう」
 沈んでいた心が湧き上がり、明るさを取り戻した陽一は彼女に礼を述べる。
 きょとんとした彼女は、やがて微笑む。
「アリガトウ。アリガトウは分かる、です」




「私は黒角《ガグ・リャー・テア》の<名詞か>を<動詞>ました」
「ガグ……黒角のことかな。んん、黒角の真似をした、ってことだろうか。その投石紐は自分で作ったのか?」
 クビャリャリカの身体と紐を交互に指差し問いかけると、彼女は心なしか誇らしげに頷いてみせた。
「はい。私はこれをアムタで作りました」
「アムタ……で?」
 好奇心の赴くままに問答を繰り返したお陰だろうか、陽一は短時間で多くの語彙を学び取ることができた。けれど、未だ意訳できるまでには至っておらず、言葉の端々にクエッションマークが浮かんでしまう。
 陽一は思い出す。
(アムタって役職……あの婆さんみたいな語り部のことだと思っていたんだが。アムタで、とは? 解釈間違えたか?)
 眉根を寄せて、投石紐をじろじろ見ていると、
「もしかして、アムタ。何、ですか?」
「うん、正直お手上げだ。諦めて答えを要求したいな」
 合掌したまま首を傾げる彼女に向けて、陽一は恥ずかしげに苦笑する。
 散々に好奇心を向けられ続けてきた異文化交流は、ここに来て攻守逆転と相成ったようだ。
「ええと」 
 疑問を察した彼女は腰のポシェットを取り外し、それを陽一に差し出した。
 細く背の高い草で編まれた、細部にこだわりの見える一品だ。
 一部が赤い染料で染められている工夫にも感心させられる。陽一の住んでいた世界でも、街のバザールへ持っていけば、それなりの値段が見込めるだろう。
 恐らく、民芸品を好む観光客あたりが喜んで食いつくはずだ。

「これがアムタです」
「へ、これが?」
 思わず聞き返す。すると、クビャリャリカは指をピンと立てて、
「はい。アムタはサグになります。他にも、私が<動詞>いている、マヌにもなる、です」
 まるで中学校の教員がするみたいに、つらつらと説明してくれた。
「サグはポシェットのことかな。マヌってのは?」
「これです」
 陽一の問いかけに、彼女はきゅっと細くなっている足首を前に出す。
 陽一が足下に視線を向けると、突き出た足首は退散し、貫頭衣の裾の中へ退散した。代わりに揃ったつま先をトントンと浮かせて見せた。

 貫頭衣の裾からちょこんと覗く両足。
 狩猟採集の民らしからぬ傷のない足下は、ポシェットと同じ材質で編まれたサンダルに包まれていた。
「ははあ」 
 ようやく、陽一にも彼女の言わんとするところが理解できるようになってきた。
 つまり、アムタとは加工に適した植物を指し示す単語のことなのだ。陽一たちの住んでいた次代ならば、藁や麻と言った植物がそれに当たるだろうか。
「アムタは色々な“何”に<動詞>ます。だから、この<名詞か>は“アムタ”って呼ばれている、です。ええと、分かりますか?」
「ああ、分かる。つまり、君は……この草がアムタと名付けられた由来を話してくれているんだ。ならば、この名前には意味がある。その意味とは……」
 一息でそう続けて、答えを詰めていく。
 様々なものに変化できる草をアムタと名付けるのならば……
「“変化”か。いや、違うな。それでは君や昨夜のお婆さんがアムタと呼ばれている意味に繋がらない。ならば、“便利”? うーん……」
 ひとしきり可能性を挙げていき、やがて答えを見つけだす。
「そうか、“知恵”だ! アムタってのは知恵を指す言葉。だから、君は知恵者のクビャリャリカ! 賢いクビャリャリカってことなんだ!」
 答えを見つけ出せたことに感極まって喝采する。
 その声のあまりの大きさにクビャリャリカが、ひゃあっと声をあげて驚いた。

「は、はい。カシコイ……多分合っている、です。ただ、私だけがアムタじゃなくて、私たちトーラの人<民か?>がアムタって呼ばれています」
「私たち、トーラ……? あー、ちょっと待ってくれ。考える。すぐに答えを出すから」
 彼女の説明を中途で遮り、こめかみに手を当てて推理する。
 “トーラ”はアムタと同様にクビャリャリカの名前に付属していた単語だった。そこから考えてみるに、トーラとは……。
 しばし考え込んだ後、答えに思い至った陽一は自信ありげな笑みを浮かべて、答える。
「成る程なあ、分かってきたぞ。トーラは君の部族《トライヴ》か。トーラ族、知恵者のクビャリャリカ。ああ、うん。待てよ。そう言えば、カカティキも何か部族名を呼ばれていたな。確か、ケ・チナン……。と、すれば」
 好奇心が好奇心を生んでいく。陽一は新たに生まれた疑問を解消すべく、クビャリャリカに問いかけた。
「この集落は、トーラ族の村なのか。チナン族の村なのか。どう《フラ》なんだろうか。教えてくれないか?」
 陽一の質問に一瞬目を見開いたクビャリャリカであったが、やがてほうっと息を吐き、
「ヤイロヨイチ。貴方、私よりもケ・アムタ。とてもカシコイ、です」
 褐色に良く映える真っ白な歯を見せてくれた。
 それが笑顔だと気づいた時には、もう遅い。陽一の胸は早鐘を打ち始めていた。
「うっ」
 慌てて胸を押さえて、顔を背ける。
(いくら女日照りの二十代後半と言っても、こっちに来てから二人目だぞ……。あれか、俺は節操なしだったのか)
 自らのあまりの軽薄さに嫌悪し、表情を強ばらせる。
 撫子を思わせる淑やかな少女。化粧の発達した故郷の街を歩いたとしても、すれ違う男の大半が思わず振り返ってしまうに違いないであろう素朴な愛らしさが、彼女の全身から溢れだしている。
 そう、文句のつけようがない美少女なのだ。それもカカティキとは違ったタイプの。
 何時までも話していたくなるような安心感を得られる手合いと言うべきか。
 いや。だからと言って、少し接しただけで舞い上がってしまうのは宜しくないのだが。
(だって、明らかに年下だぞ。彼女……)
 故郷で育んできた倫理観に責められ、陽一は内心葛藤する。
 その様子を不思議そうに眺めていたクビャリャリカであったが、
「ところで……」
 鳶色の瞳に好奇の光を宿して、陽一の心をのぞき込むようにして、言葉を発した。
「ヤイロヨイチは、カシコイ、です。昨日、黒角のことも知っているみたいでした。もしかして、これも知っていますか?」
 言って、投石紐のようなものをポシェットと同様にこちらへ差し出してくる。
「え、ああ。もしかして、スリング……かな」
「<感動詞>!」
 口が滑った……と、後悔するより先に彼女の顔が、ずいっと寄ってきた。
 カカティキもそうであったが、この時代の少女たちは羞恥心という物がないのだろうか。
 パーソナルスペースがないのかよ、と狼狽えてしまうほどに距離が近い。
 彼女は目と鼻の先で鼻をひくつかせ、瞳をぎらりと輝かせている。
 先ほど陽一は彼女のことを淑やかな、と評して見せたが、それは誤りであったようだ。
 少なくとも興味のある事柄に対して、彼女は断じて慎ましやかではない。
「教えて下さい! すりんぐ、何? 黒角、何? ヤイロヨイチ、知っていること。何っ?」
「えっ? あ、お、うっ」
 口をパクパクさせながら、彼女の勢いを殺しきれずに仰け反り、困惑する。
 肉食の獣ですらかくや、と言わんばかりの勢いだ。
「と、とりあえずスリングから始めようか。……ってか、頼む。顔、もうちょい離してくれっ」
 言葉が通じなかったのか、彼女が取り合わなかったのかは分からない。
 彼女のパーソナルスペースへの侵入は、陽一がその肩を掴んで無理矢理離すまで――その行為ですら、陽一にとっては赤面モノの狼藉であったのだが――継続して行われた。



 クビャリャリカにせがまれて始まったこの姦しい異文化交流は、陽一が投石紐の使い方を実演する段になって突如終わりを迎えることになった。
「握る紐は両端を手放すのではなく、片側のみを放すこと。回転の力が正しく前方を向いているタイミングで放すこと……。それじゃあ、実際にやってみるから」
 陽一は、川向こうの森を凝視しながら投石紐を回し始めた。
 投石は印地《いんじ》などとも呼ばれ、古今東西遍く見られる原始技術と言える。
 ペリシテ人の巨人を倒した少年の例を見れば分かるように、道具さえ用意できていれば投石技術に力はさして必要ない。
 遠心力を殺さぬように心がけ、ここだと思ったタイミングで片側の紐端を手放せば良いだけなのだ。
 打ち出される礫の速さは時速にして100kmを優に越え、十分な殺傷能力を備えることになる。
 当然、事故があってはまずいため、人に当たる恐れのない場所を予め選んで実験を始めたのだが――

「あれ……?」
 陽一の手を離れた石礫が、綺麗な放物線を描いて森の中へと突き刺さる……と、そこまでは良い。問題はそこからだ。
 突如大地が音を立てて揺れた。
 それに連動するようにして、未だ健在であった大樹の枝々にて羽根を休めていた鳥たちが一斉に飛び上がる。
 石礫のせいだとは到底思えない。
 まるで何か迫り来る猛獣から逃げ出したような……。
 眉をしかめる陽一たちを再び地響きが襲った。
「こ、これは……っ」
 慌てる二人。
 揺れる大地に加えて、森の奥から突風が吹きつけてきた瞬間、陽一とクビャリャリカは色を失った。
 経験知が、脳に逃げろと警鐘を鳴らす。
 人工的な風は恐らく“機械”の息遣いだろう。ならば、この地響きは大質量の足音だ。
 正体を察した陽一は張り詰めた表情で叫んだ。

「Totemだって!?」
 瞬間、大きな影が木々を飛び越え、森の中から姿を現した。
 着地と同時に風が落ち葉を巻き上げる。
「クソッ!」
 陽一はクビャリャリカをかばうように前に立ち、突如現れた敵影を睨みつけた。
 白銀に光る外装。
 ところどころに直線の目立つそのフォルムは、曲線の多い外観をしている黒角と比べると、いかにも重機を髣髴させる。
 特にその傾向は胴体部分で顕著に見られた。
 頭部は小さな半球状で全体から見るとあまり目立たない。角度によってはまるで金属の箱から足が生えているようにしか見えないだろう。
 地面へ伸びる脚部は、着地の瞬間に折りたたまれたらしく、人体では有り得ぬ方向を向いていた。
 鳥の足のような形状とでも言うべきだろうか。関節が逆を向いているのだ。
 その全貌はあまりにも人体からかけ離れており、今まで見てきたTotemと比べても異様に映る。

(こいつは……)
 何かが違う。
 機械的な――陽一の住んでいた時代の残り香を漂わせる白銀のTotemを見て、陽一は表情を歪める。
 正体不明のTotemがその場に立ち上がった。
 間接部のモーター音だろうか。がっしりとした脚部から甲高い駆動音が聞こえる。
 ずん、と箱のような胴体を持つ鳥型Totemが前へ一歩踏み出した。
 瞬間、陽一は悟る。
 こいつを村に入れてはいけない、と。
「まずいッ、エリーゼ、リ・インカーネイトだッ!」
 懐からアマルン・アニルを取り出し、叫ぶ。
 じきに帰ってくるであろうカカティキの顔を怒りと悲しみで翳らせてはいけない。
 その心を代弁するかのように、山猫と化したエリーゼが吼える。
 百獣の雄たけびは背後に感じられた。 
 目の前に生み出される魔法陣。陽一はバネ仕掛けの玩具の如く、勢い良く前へ飛び出す。
「ヤイロヨイチっ」
 クビャリャリカの声を受ける受容する聴覚が巨人のそれへと置き換えられ、他の感覚も続いていく。
 やがて生まれる、10メートル超の体躯。山猫の瞳を煌々と輝かせ、巨人は咆哮した。

 ――試験型Totem、ラダマンティス……スタートアップ。戦闘機動態勢を取りますわ。搭乗者《マスター》、もうお加減はもう宜しくて?
 エリーゼの声が脳裏に響く。
「ああ、落ち込んじゃいない。それよりあいつから村を守るぞ!」
 ――何があったのか、良くは分かりませんが……前向きは美徳ですわ。かしこまりました。このラダマンティスの高レベルにまとまったスペックを存分に操ってくださいまし!
 陽一は小川を跨ぎ、一足飛びに白銀のTotemに向かって間合いを詰めた。
 まずは動きを封じ込めようと右腕を伸ばす……が、跳躍によってかわされた。 
 ……疾い。先ほど見せた動きから予想はできていたが、やはり黒角を上回る運動性能を秘めているようだ。
 着地した白銀のTotem。こちらの隙を逃さずに、その細長い腕が閃いた。
 鱗状の外装を持つ金属柱が空間を薙ぎ払い、こちら目掛けて襲い掛かってくる。
 ピシリと聞こえてきたのは音速を超えた音か。
 柔軟な軌道と言い、これではまるで鞭のようだ。

「金属製の鞭なんてな。威力の程は……知りたくもないッ!」
 陽一は強化された反射神経を以って、迫り来るそれを目視し、上体だけで回避運動を行う。
 腕が鼻先すれすれを掠り、火花が目の前に飛び散った。
 しかし、敵の攻撃はこれで打ち止めではない。
 通り過ぎた白銀の鞭が軌道を変える。
 鞭は縦に振り下ろされた。ラダマンティスの頭を地面に叩きつける心算らしい。
「ぐッ」
 陽一は大きく後ろに飛び退き、これを辛うじて避ける。
 ラダマンティスの立っていた場所が破砕され、周囲に土くれが飛び散った。
 攻撃を行った白銀のTotemは、跳ね返ってきた腕の勢いを和らげるべく、胴体部を回転させ始めた。
 ……つくづく、人間離れした挙動だ。何処からどんな攻撃が来るのか全く予想がつかない。
 戸惑う陽一。一旦距離をとり、体勢を立て直すことにする。

「エリーゼ、敵の情報を頼む」
 陽一の問いかけにエリーゼは答える。
 ――はい。敵は量産型Totem、TM04Lスプートニク。サテライト・アルファー社の開発した第二世代ですわね。拡歩《エクス・ウォーカー》の後継機に当たり、劣化複製人格はそのままですけれども、その分機械的なサポートが充実しておりますの。
「良く分からない。具体的に言ってくれ」
 ――操縦方式が異なります。前代《プライアー》を参考にして作られた拡歩やオリジネイトと違い、操縦桿による操作を受け付けておりますから、拡歩と比べれば、走行。跳躍。高速旋廻と言った遥かに複雑な挙動をしてきますわ。
「は、操縦桿?」
 エリーゼの説明を聞き、陽一は訝しげな声を返す。
 何故、黒角の後継機だとされながらも、操縦方式は陽一の知る現代にまで後戻りしなければならないのか。いや、それよりも前代とは……?
(いや、それは今考えることじゃない。まずは目の前の敵に集中しよう)
 気持ちを取り直し、身構える。
 それに分からないことばかりであったが、一つだけ理解できたことがあった。
 見た瞬間に感じた機械的な印象。あれは正しかったのだ。

「まあ、どちらにせよやることは変わりない」
 ――はい。敵は粉砕。けれども油断はせぬように、ですわね。
「言葉を取るなよッ!」
 再び大地を強く蹴り、スプートニクとやらの懐へ潜り込んだ。
 鞭は身体を屈めることでやり過ごし、お返しとばかりに足払いをかける。
 当然、これは跳躍によってかわされる――が、そこまでは織り込み済みの挙動である。
 陽一は背部ノズルの排気量を強め、一気に空へ飛び上がった。
『なッ!?』
 敵の驚く声が聞こえた。
 見る間に両者の距離が縮まっていく。こちらは短時間ながらも飛翔能力を備えているのだ。
『空中《そこ》はお前にとっての逃げ場じゃない!』
 陽一は雄たけびをあげ、敵の身体をがっしりと掴んだ。
『くそ、離せ! 異人がッ』
『すぐ、放すさッッ』
 足掻くスプートニクを、陽一は勢い良く振り回し始めた。
 先ほどクビャリャリカが投石紐で見せていたハンマー投げの要領だ。
 遠心力の乗った敵の身体が地面に向かって放り落とされる。
 白銀の彗星と化すスプートニク。
 機体は真っ逆さまに大地へと吸い込まれていき、直後破れ鐘《われがね》のような轟音が鳴り響いた。
『アァァッ!?』
 スプートニクが、悲鳴を上げる。
 びりびりと震える大気を機械の身体で感じ取りながら、陽一は人工的に生じたクレーターを見下ろした。
 どうやら、致命傷ではなかったらしい。
 クレーターの中心に張り付けられたスプートニクが、息も絶え絶えの挙動で上体を起こし、立ち上がろうとしている。
『そんな暇を与えるか!』
 陽一はノズルを調整し、スプートニク目掛けて急降下をかけた。
 今のところ、ラダマンティスのワンサイドゲームであることは明らかだ。だが、敵が単機であるとは限らない。
 偵察機ならば、ここで仕留める。先発隊ならば、後発部隊が来る前に勝負を決める必要がある。
 どちらにせよ、これ以上無駄に時間をかけるつもりはない。
 陽一は敵を踏み潰さん勢いで、相手に迫る。
 ラダマンティスの重量に落下の加速を加えた一撃……とどめとしては十分だ。
『くそ、くそぉっ!!』
 だが、着弾の瞬間、スプートニクが有り得ない動きを見せた。
 両腕を胴体部に格納し、そのまま大地を転がり始めたのだ。
『なッ!?』
 急降下の一撃は不発に終わる。
 スプートニクはそのまま川を横断し、命からがら村へと向かった。
『おい、ふざけんな!! そっちは――』
 陽一に戦慄が走った。
 クビャリャリカや村の人々の顔が思い浮かぶ。守るためにTotemに乗り込み、みすみす村への侵入を許すなど冗談ではない。
 更に深くなったクレーターから陽一は飛び出し、必死の思いで敵を追いかける。
 瓦礫山を横切って、村の中心部まで移動したスプートニク。
 ようやく追いついた陽一は、敵が体勢を立て直す前に慌ててその身体を組み伏せた。
『くそ、異人め。異人め! 出て行け。出て行けよーッッ』
『ああ、くそっ! こいつ、暴れるな!』
 暴れるスプートニクに馬乗りになって、何度も殴りつけては黙らせようとする。
「ヤイロヨイチ、そのテアは!」
 渾身の一撃を振り下ろす段になって、突如聞こえる少女の声。
 陽一は驚愕し、振り向いた。
『クビャリャリカ、危険だ! 離れてい――』
 ――駄目ですわッ! スプートニクから視界を放しては……っ。
 襲い掛かる衝撃に、頭が揺れた。
 直後、目の前が真っ白になる。
 全身が痺れ、機能が停止していくのが感覚で分かった。
(何だ! 何をされたんだッ!?)
 混乱する意識でエリーゼへ懸命に呼びかけてみるも、満足な反応は得られない。
 ――ビッ。ビッ……。
 ノイズが混じり、まともな言葉を発することのできないエリーゼの苦しげな声だけが聞こえてくる。
 どうやら、機械の意識を遮断するような……何かをされたに違いない。
(くそ……“大柄”を相手にした時は、こんなことなかったのに……!)
 落ちていく意識の中で、陽一は歯噛みする。
 この失態は致命的と言えよう。
 行動不能の間に、敵は再び息を吹き返すはずだ。
 ならば、起きた瞬間……何が待ち受けているかなど火を見るよりも明らかで――
「ごめん、カカティキ……」
 ほの暗い視界の中で、少女がスプートニクに向かって何かを叫んでいる。
 何と言っているのだろうか。……良く分からない。
 せめて彼女が無事でいられるようにと祈りつつ、陽一は意識を手放した。


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