「大ちゃん!!早く早く!!」
私は大ちゃんの腕を掴みながら、低空ギリギリを最大戦速で飛んでいる。木々達が目の前に現れては消えて行った。このルートは既に何度も通った道だ。例え目を瞑っていたとしても、木にブツからずに目的地にまで辿り着く事が出来るだろう。しかしアイツ等は違う。少しスピードを落として飛ばなければならない筈だ。そこだけが、今私達に残されたアドバンテージだった。私が少しだけ身体を右にズラすと、その場所をカミソリのように固くなった御札が通過して木に突き刺さる。本来スペルカード戦での追撃は厳禁だが、それは殺す事が駄目としか明言されていない。奴は事故を装っているのか。もしくは妖精ならば死ぬ事は無いと屁理屈をこねる気だろうか。……まぁどっちでも良い。付いて来い愚か者どもめ。直ぐに本当の恐怖がどんな物かを味合わせてやる。
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あー、良く寝た。俺はベッドの上で上体を起こし、背伸びをする。……目の前に紅い霧が有った。俺は窓からそっと外を覗いてみる。外では美鈴が門番をし、咲夜さんが庭を掃いていた。妖精達も皆普通に仕事をしている。誰も霧を気にしていないようだった。というより、むしろ霧なんて無い感じで動いてるな。まぁこんだけ室内や外が霧で覆われまくっていたら、本来ならば直ぐに異常事態が発生しました!!と報告が上がって来る筈。それが無いって事は、これは俺だけに見えているという事になる。やっぱり一日では治ってなかったか。
馬鹿な事するんじゃなかったなー。「文々。新聞」に「遂に来るか!?幻想郷でも日食発生!!」という記事が載り、どうしても見たくなった俺は日食グラスを五枚重ねにして太陽を直視してしまった。見た瞬間に俺の目は燃えたね。日食グラスくらいじゃ駄目かー……。あ、ちなみに「文々。新聞」は正式に我が家でも取る事にしました。幻想郷にはテレビが無いので、情報を得る為には新聞しかないんだよね。何処のを取るかなーと思っていると、幻想郷最速を名乗る人がわざわざ取材に来てくれたので、最速とかカッコ良いしそこで良いや。という事になりました。主要メンバーには当然一部ずつ必要だし、妖精達もテレビのように同時に見る訳にはいかないから、休憩室ごとに五部ずつくらいは必要で、秋様達のも考えると、やっぱり百五十部くらいは必要だよね。神社には多めに置いといて参拝客には無料で読めるという風にしていたら、人里で新聞を取っていない人達も参拝してくれるようになるかもしれないし。
記者さんにそれを伝えると「あやややや、百五十部!?い、印刷間に合うかしら……」と言われていたので、迷惑料として少し高めに買う事にしました。そしてその結果起きた事がコレという訳。流石に太陽は格が違った。吸血鬼の力を持ってしても一日では治らぬか。
目が覚めたのでとりあえず服を着替えた物の、まだ若干朝食の時間には早いな。もう少し横になるか。と、服にシワが付かないように注意しながらウトウトしていると、突然の爆音によって引き起こされました。な、何だぁ!?
ピィーー!!と館の中や庭などから、門番隊による警戒警報の笛の音が鳴り響きます。今の音は外から聞こえたようだが……。窓から外の様子を確認してみると、驚いた事に正門の姿が綺麗サッパリに無くなっていました。そして正門が有った場所には美鈴が一人で立っています。いや違う。三人だ。美鈴の後ろには庇われるようにしてチルノと大ちゃんの姿が見える。美鈴の視線の先には、手に何かを持ち、こちらに向けているエプロン姿の金髪少女が居た。
「ご主人様。侵入者の模様です」
ノックの音と共に咲夜さんが俺の部屋の中へと入って来る。さっきまで庭を掃いていた訳だから、時間を止めてここまでやって来たという訳か。
「確認している。随分と荒っぽい奴だな。侵入者は一人か?」
「現在判明しているのは二名です。詳細は不明。今は美鈴が対応しています」
咲夜さんの報告の通り、窓の外では金髪の少女に、巫女服を着た女の子も参戦して美鈴に攻撃を加えている。美鈴はチルノと大ちゃんを背後に庇いつつ、ジリジリと館の方向に後退して来ている。
「二人で一人を撃つとは随分な奴等だな。咲夜、直ぐに援護を」
「はい」
そう声が聞こえたと思った次の瞬間には窓が開け放たれ、戦線に乱入している咲夜さんの姿が有った。時間を止めて窓から出て行ったのか。開け放たれた窓を見て、俺は思う。あの咲夜さんが窓を開けっ放しで出て行く事は有り得ない。つまりこれはわざと開けっ放しにして行ったという事になる。少しでも能力を使う時間を短くしたかったか。普段口では何かと言っているが、やっぱり美鈴の事が心配なんだな。うんうん。良きかな良きかな。
と、俺もこうして何時までも見ている訳にはいかないな。恐らくレミリアやフラン、パチュリー達も直ぐに迎撃に出て来る事だろう。その時にお兄ちゃんは自室に篭ってブルブルと震えていましたでは、後で何をされるか分かった物では無い。怖いが二人ならば、俺は後ろで応援してるだけで終わるだろうし、そこら辺だけは安心かな。俺は鏡の前で少しだけ身だしなみを整えると、ドアの方へと向けて足を進ませた。
「そんなにお急ぎになって、何処に行こうと言うのかしら?」
突然後ろから声を掛けられました。振り返ってみると、何時の間にか部屋の中に管理人さんが立っています。流石咲夜さん並のチート能力を誇る人だ。神出鬼没にも程が有る。
結局あの後、俺は管理人さんに謝ろうと思って地元の人たちに管理人さんの事を聞いて回ったのだが、誰も管理人さんの住所を知らなかった。しかし聞く人聞く人全員が「あぁ、あのスキマ妖怪?」みたいな反応を示していた事から、恐らく余程の商才が有る人なのだろう。確かにこんな森の中の土地を所有している人だ。きっと俺には思いも付かないような凄いスキマ産業を思い付いていたに違いない。俺はさっそく彼女に謝る事にした。
「これは管理人さん。この間の事はどうも「この間の事はどうでも良いわ」」
すいませんでした。と言おうとしたらバッサリ斬り捨てられました。ヤッベー、こりゃ相当怒ってるかも分からんね。しかしこの間の事がどうでも良いと言うのならば、一体今日は何しに来たんだ?てっきり土下座でもしろ!!とでも言いに来たのかと思ったが。
「そうですか……。では一体今日は何のご用件で?」
「貴方の邪魔をしに。それと会話も出来れば嬉しいわ」
管理人さんはニッコリと微笑むと、そう言った。
何か話が突飛し過ぎて意味が分からん。邪魔と会話がどうすれば結びつくんだよ。
「邪魔……と言うと、私が今からレミリア達と合流しようとしている事に対してかな?」
「そうね。そう思って貰って構わないわ」
うわー、これはまた地味な嫌がらせに来たな。なる程。確かに彼女の能力は分からんが、咲夜さんのように時間を弄れる系統で有った場合、やり様は幾らでも有る。ドアノブを捻ろうとすると鍵が掛かっているとか、気付いたら足が紐で縛られているとか。
彼女はどちらかと言うと内政寄りな人なのだろう。皆にスキマ妖怪と呼ばれるようになる程の頭脳派なのだ。だからこそ吸血鬼で有る俺と直接戦うような馬鹿な真似はせず、吸血鬼の始末は吸血鬼にさせようという訳か。今俺がこの部屋に足止めされたらどうなるか。何でお兄様来てくれなかったの?→管理人さんに捕まって出られなかった?→管理人さんなんて何処にも居ないよ。嘘吐きは死んじゃえ or そんな妖怪一人も倒せないようなヘタレなお兄様なんて要らない。死んじゃえ。のどちらかになってしまうのは想像に容易い。今回一回きりとかならまだしも、今後もこんな事を続けられては即、死に繋がってしまう事だろう。これはマズいぞ。一体どうすれば……
「ふむ。それはつまり私と敵対するという風に受け止めて宜しいのかな?私としては管理人さんとは良き仲で居たかったし、今後もそう有りたいと思っていたのだが……」
困った俺は「秘儀!飴と鞭作戦!!」を発動させた。管理人さんが直接俺を襲って来ない所を見ると、どうやら管理人さんは俺が結構強めの吸血鬼で有ると思い込んでいる可能性が高い。そこで「今私と敵対したら襲い掛かりますよ?それでも良いんですか?」と軽く鞭を一発放った後に、「こっちとしては仲良くやって行きたい」という飴をチラつかせます。
更に管理人さんのイメージの中では、俺はきっと「強い、当主、金持ち」みたいな感じだと思うので、「今後も仲良くやって行きましょうよ」と商売人の面でのアピールも忘れません。きっと商才有る彼女の事だ。スカーレット家としての今後とは、当然「投資としての金銭的なやり取りも有る」と気が付く事でしょう。
まぁ実際には敵対され襲い掛かった所で、余裕で返り討ちだろうし、金銭的なやり取りも俺には全く決定権は無い訳なのだが、それは彼女の知る所では無い。最悪ケーキを持ってレミリアとパチュリーに頭を下げに行かねばならんな。まぁあれだけ皆が知っている商売人だったんだから、多分損する事は無いだろうけど。
「……貴方はこの異変に付いてどう思っているの?」
管理人さんは少し考え、神妙な顔付きになると、突然そんな事を聞いて来た。
「異変?当然解決するつもりだが、それが何か?」
そりゃ当然攻め込まれてるんだから解決するよ。何でわざわざ異変などという、カッコイイ言い方にするのかは分からないが。まぁ異変って言えば異変だけど。
「……なら教えておくわ。今回の異変はスペルカードルールが用いられている。けれど貴方はまだカードを持っていないでしょう?今貴方が行っても事態をややこしくするだけ。だから私が止めに来たの」
マジで?管理人さんの耳早過ぎるだろ。流石は天才商売人。情報戦で彼女に勝てる者は居ないのか。咲夜さんですら詳細は不明とか言っていたのに。
「その情報は確かか?」
「勿論」
マジかー。となると、確かに俺が今行くのはマズいかもしれないな。お兄様来た!これで勝つる!!→え?まだカード作ってないの?みたいな事になったら、俺は恥ずかし過ぎて死んでしまう。ありがとう管理人さん。恩に着ます。
しかし今日はここで管理人さんと喋るにしても、流石に毎回毎回喋ってばかりだと絶対に怒られるしなぁ。とは言え管理人さんがその気になれば、俺の邪魔をする事なんて楽勝だろうし……。うーん、と俺が頭を捻っている間も管理人さんはずっとニコニコとして立っています。怒っているのか、怒っていないのかが良く分からんな。少し探りを入れてみるとするか。
「ふむ。貴方が私の邪魔をしに来た理由は良く分かった。出来れば会話をしたい部分に付いても聞かせて貰えれば嬉しいのだが」
「そのままの意味よ。一度貴方とはじっくり話してみたいと思っていたの。丁度今は館の機能も止まっているみたいだし、時間も余っているんじゃない?」
うーん。話してみたいというのは、どうやら本当のようだな。となればあの方法を使ってみるか。
「なる程。大体の所は理解したよ。貴方の気持ちもね。……しかし私としても当主としてのメンツが有る。侵入者に門を破られているのに、「はい、そうですか」と言う訳にも行かないのだ。とは言え、私としても貴方との仲は大切にして行きたいと思っている。……どうだろう。ここは一つ共に折れて、今までの事は水に流し、無かった事にしては貰えないだろうか?そうして貰えるのならば今回は貴方の言う通り、話し合いに応じる事を約束しよう」
こっちとしては、どっちでも良いんだけど貴方の為を思って今回は従うよ!!でもその代わり今までの事は許してね!!という流れで行く事にしました。正直こっちとしては残るの一択なのですが、別に俺は行っても良いんだぜ?というニュアンスを醸し出し事で、前回の失態をチャラにして貰います。かなり都合の良い態度だが、管理人さんは俺の事を強い吸血鬼と思っているようだし、資金的な面でも余り邪険には扱いたく無い筈。俺としてもこれで許されれば、次からは状況を見て現場に向かうかどうかを決められてハッピーハッピーです。頼む!!なるべくパチュリーにお金出して貰うようにするから、これで簡便してくれ!!
「……良いわ。今までの事は無かった事とし、貴方とは初対面のつもりで接する事を約束しましょう」
いよぉっしゃぁぁ!!!!最大関門突破!!心の中でガッツポーズを取った俺は、そそくさと管理人さんの座る椅子を引いて促し、机のボタンを押して俺専属の妖精メイドに紅茶とケーキを持って来て貰う事にした。数人の妖精メイドが直ぐにやって来て、テキパキと用意をすると、また一礼して帰って行った。
「それで?どのような事から話しましょうか」
「……貴方の目から見て幻想郷はどうかしら?」
またいきなり随分とアバウトな質問が来たな。
「まだ見て回ってない方が多いので何とも言えないのですが……まぁ悪くないと思いますよ。私個人の意見としては大変気に入っている」
ていうか正直に言うと永住する気です。しかしこれを今バラしてしまうとレミリアやフランに殺されるかもしれんからな。あくまでも跡目を継いでから発表しよう。
「今後幻想郷はどうなって行くと思う?」
「どうなるかは分からんが、当然良くして行きたいとは思っている。先程も言った通り、私は幻想郷が気に入っているからな」
これも当たり前の答えですね。永住する気なんだから、当然治安は良い方が良いし、経済も活性化している方が好ましいです。
「貴方の妹達や部下の皆さんはカードを作っているようだけど、どうして貴方はカードを作らないの?」
「私としてもカードを作りたいのだが、何分私は魔力関係が苦手でね。まだ作れる程の実力が無いのだよ。恥ずかしい事だがね」
適当に言い繕っても良かったのですが、管理人さんとはこれからも長い付き合いになる可能性が有るからな。ここは正直に話して置いた方が良いだろう。レミリア達にもこれで通してあるし。
しかし何かさっきから変な質問ばっかりが多いなぁ。その後も「どうすれば幻想郷は良くなって行くと思う?」とか「幻想郷の駄目な所を教えて」とかの運営者の視点から見てどう思う?みたいなのばかりが聞かれた。俺がスカーレット家の当主だから、聞いて来ているのかな?実際に運営しているのはレミリアとパチュリーなのだが、それを言うのも恥ずかしいので適当に「経済を活性化すれば良いんじゃないですか?」とか「文明が古過ぎてヤバい」とかを伝えておいた。せめて電気くらいは欲しいよね。
管理人さんはその間も真剣な顔付きで、俺の話を聞いていてくれた。きっとまたスキマ産業の発想を得ているのだろう。新参者だからこそ気付く事も有るのだ。管理人さんはここに住んで長いみたいだし、そういう他者の視点を欲しているのかもしれないな。
しばらくそうやって話し込んでいると突然辺りを漂っていた紅い霧が晴れ、見慣れた部屋の情景が戻って来た。おぉ、やっと目が回復したのか。おのれ太陽め。やはり手強い敵であった。
「そろそろ時間のようね。今日はありがとう。お茶も美味しかったし、色々と考えさせられたわ。何時かまた私の家にも来て頂戴」
そう言うと管理人さんは立ち上がり、こちらに一礼して来た。女性だけを立たせる訳にはいかないので俺も急いで立ち上がったが、気付いたら管理人さんは居なくなっていた。来るのも突然なら、帰るのも突然だなー。っと、こうしちゃ居られない。もう遅いかもしれないが、一応今からでもレミリア達の下へと向かってみるとするか。俺はそう思うと妖精メイド達に後片付けをお願いしてからドアを開け、廊下へと歩みを進めた。