翌日起きた俺は嫌々ながらも服を着替えて、食堂へと向かった。食堂へ着いた俺を出迎えたのは、予想に反して何時も通りのメンバーに何時も通りの雰囲気だった。……あれ?昨日あんだけガン見だったから何かしらのアクションは来ると思っていたのだが……。あれは皆の中では無かった事にしてくれてるのかな?凄い気になるが「昨日アレどうだった?」なんて聞ける筈も無く、俺は黙って黙々と出された食事を食べるしかなかった。あ、咲夜さんこれ美味しいです。パチュリーは朝サラダだけというのは健康に良く無いと思います。美鈴は逆に野菜も食べて下さい。フランはお口の周りを拭くからジッとして!……ていうか昨日コケた時にうったスネが滅茶苦茶痛ぇ……
その後日課である朝の太極拳運動を皆でして、ちょっと一休みと、紅茶を妹達二人と一緒に飲んでいると、門番隊所属の妖精がやって来て正門に客人が来ていると教えてくれました。管理人さん来た!!これで終わる!!と思ったのも束の間、来たのはチルノと名乗る妖精だという事だった。誰?妖精?
詳しく話を聞いてみると、どうやらその妖精は正門に来るや否や「ここの主人を出せ!!」と大声を上げ続けているらしく、本来ならば美鈴が即座にブチ殺すのだが一応引っ越しての初日だったので「殺っても大丈夫?」という確認作業だった。
なる程な。美鈴さん……良く確認してくれた!!何時もなら「別に好きにしたら?」って話なのだが、ここは平和的に行くしかない。そもそもスペルカードに肯定的な俺が殺戮に許可を出す訳には行かぬ。美鈴的には初日だし一応聞いとくか。くらいの思いだったのだろうがナイスでしたよ!!
しかしそうなると俺が正門に行かねばならないのか。妖精に呼び出される吸血鬼ってどうよ(笑)。いや流石に俺も妖精如きには負けないけどさ。んーー、しかしまぁ行かなきゃ駄目か。基本イエスかノーかで答えねばならない所が当主の辛い所だな。ノーと答えた以上、尻拭いは俺がしなければならない。俺は仕方なく席を立って正門へと向かう事にした。
はい、正門に着きました。見ると二人の少女が美鈴によって足止めされています。いや、実際に止められているのは一人だけなのだが。
「アンタがここのボスね!!アタイと勝負しなさい!!」
小さな青い女の子が俺の姿を見るなり凄い剣幕で騒いでます。おぉ元気に飛び跳ねちゃって。
これはアレだな。若い時に良く有る万能感だな。幾ら何でも妖精が吸血鬼に敵う訳ねーじゃん。普通に考えれば分かる筈なのに、こうまで自信満々に言えるとは。その証拠に隣りの緑の女の子は必死になってこちらに謝って来ています。きっと俺が気分を害して青い女の子を殺してしまう事を恐れているんだな。顔で分かる。しかし緑の子が頭を下げる度に、納得がいかないのか青い子が更に大きな声を上げています。すると美鈴がそっと近付いて来て、彼女達は紅魔館の直ぐ前に有る湖で暮らしている妖精達だと教えてくれました。ご近所さんという訳か。じゃぁ仕方が無いな。お兄さんが一つ助けてやるとするか。
「フフフ。元気なのは良い事だが、もっと周りを見なければ駄目だな。私でなければ今頃君は死んでいたぞ」
「フン!!口だけなら何とでも言えるわね。本当はアタイにビビってるんでしょ!!」
なる程。これは重症だ。
「いやいや、考えてもみたまえ。君は妖精。私は吸血鬼。種族が違うのだから、これは仕方の無い事なのだ。決して君が弱いという事を言っているのではない」
「大丈夫。アタイ最強だから」
「いや……だから」
「吸血鬼の癖にグダグダうるさーい!!アタイはアンタを倒して最強っていうのを皆に認めてもらうんだから!!」
最強なのに最強なのを認めてもらうというのは、一体どういう事なんだ?と俺が不思議がっていると女の子は突然ポケットから紙切れを取り出し、こちらに見せ付けた。
「これがアタイのカードよ!!アンタも早くカードを出しなさい!!」
「カード?何の話だ?」
「何って……スペルカードよ。スペルカード。アタイは三枚だからアンタも早く三枚出しなさい!!」
ほぉ~。これがスペルカードか。……唯の紙切れにしか見えんな……。俺が興味深そうに見ていると、青い女の子も段々不思議な顔付きになって来ました。
「アンタ……まさかスペルカード持ってないの?」
「この付近に住んでいるのなら知っているとは思うが、昨日ここへ来たばかりでね。初めましてお嬢さん。私の名前はアルフォンツ・スカーレット。ここの当主をさせて貰っている」
俺が恭(うやうや)しく礼をすると、青い女の子の顔がキョトンとなってます。元気一杯なのも良いけど、こうして歳相応を顔付きを見るのもまた良いね。しかし直ぐに我を取り戻したのか、また身体全体でボディランゲージを表現し始めます。
「ズ、ズルい!!アタイが最強になるのを邪魔する気なんだ!!イジワルしてるんだ!!」
「いや、そういうつもりでは」
「じゃぁ今作って。アタイ待っててあげるから」
「と言われてもなぁ……」
昨日は概要を聞いただけで、実際どういう物なのかは検討も付いていない。まぁ魔力の弾を飛ばしまくって、見た目と機能性を両立させつつ、相手を殺さない的な事を言われていたが、そもそも魔力の魔の字も無い俺では弾幕どころか弾を数発撃つ事すらままならないのだ。一応念の為に美鈴の方に顔を向けてみると、少しだけ首を振り返された。流石の美鈴も昨日の今日では作ってないか。というか結局スペルカードに与するのかどうかは公式的には発表してないや。昨日のはグダグダで終わったから無かった事になってるみたいだし。
「ははぁん。アンタまさかカードが作れないのね?」
ギックゥ!!突然女の子がそんな事を大きな声で言い始めた。ヤ、ヤバイ。俺が魔力を持っていないのがバレたか?いやそんな馬鹿な。今までずっと誤魔化し続けて来たんだ。こんな短時間でバレる筈が無い!!落ち着け。クールになるんだ。
「ははは、何を馬鹿な。ただ……そう、昨日聞いたばかりだろ?概念自体はそれなりに理解してるつもりなんだが、結局どういう物なのかが良く分かっていなくてね。流石に引越し二日目で使う事になるとは思わなかったし」
ナイス俺!!咄嗟に口が回りましたよ!!
「へー……あ、じゃぁアタイが教えてあげる!!」
何……だと?マ、マズいぞ!!教えてもらう → 出来なくて死。教えてもらわない → 今直ぐ作って。となり、どちらにしろ俺に逃げ道は無い。い、一体どうすれば……
ん?いや待てよ。発想を変えるんだ。妖精が使う弾幕なんてたかが知れてるんじゃないか?妖精なら魔力もそんなに無い筈だし、頑張れば俺でも再現出来るかもしれない。俺はスペルカードがしたいんじゃなくて、スペルカードルールに従いたいだけなんだ。負け続けるのは問題だが、極論すれば勝ち負け等どうでも良い俺にとって、ここでカードを作っておくのはあながち間違いでは無いかもしれん。「最初に教えてもらったカードだからさ」とか何とか言っておけば、それを使い続けても文句は出にくそうだし。うん、意外と悪く無い考えかもしれないな。
「そう……だな。ではお願い出来るかな?」
「良いわよ!!その代わり今日からアンタはアタイの派閥だからね!!アタイに着いて来なさい!!」
そう言うと物凄いスピードで館の中庭へと飛んでいく女の子。派閥……?町内会的な事か何かか?妖精達が政争をしているとも思えんし。ま、きっとその内他の妖精に「これがアタイの弟子の吸血鬼よ!!」とでも紹介する気かもしれんが、まぁ別に良いか。子供の遊びにいちいち目くじらを立てる事も無い。
「あー、美鈴。お茶とケーキの用意を頼む。後ついでだ。全員集めるか」
せっかくだし、このまま「弾幕ごっこ……良いんじゃない?計画」も始めるか。本当ならちょっとずつにそういう空気にして行くつもりだったが、やってくれるってんなら全員集めるか。もしかしたら誰かが気に入ってくれるかもしれないし。
美鈴に言付けした後、ゆっくりと緑の女の子と中庭へ向けて歩いて行く俺。名前は大妖精と言うらしい。「チルノちゃんがすいませんでした」的な事を言って来てくれたが、こちらとしても渡りに船だったので特に問題は無かった。それよりもゆっくりと徒歩で歩いている俺に文句言わずに着いて来てくれる方が嬉しかった。俺も飛べる事は飛べるんだけど、魔力が弱いせいかスゲー遅いんだよね。さっきのチルノちゃんクラスのスピードで飛ばれたら俺は多分追い付けんぞ……
ちなみにチルノちゃんは腕を組み、中庭で仁王立ちして俺達を待っていました。漢だな……。とりあえず妖精メイド達が運んで来てくれた紅茶等を飲みながら待っていると、ポツポツとメンバーが揃い始めて来たので始める事にしました。パチュリー等からは「妖精に教わる事なんてあるの?」と疑問の声を上げていたが、俺が「基礎は大事」という事で何とか納得させました。
「ふっふーん!!最強であるアタイがカードを見せてあげるから、その目をカッポじって良く見ている事ね!!アイシクルフォールEasy!!」
その瞬間、俺の目玉は本当に取れるかと思った。チルノがカードを提示し、その名前を宣言する事で突然両サイドに弾が発射されたかと思うと、有ろう事かその弾がいきなり九十度近くも方向転換をして、チルノの前方を襲い掛かるように密集し始めたのだ。更に恐ろしい事に密集している最中にも新しい弾をチルノさんは次々と発射して行く。マジかよ。弾数凄ぇぞ!!
もし俺があの中へ居たとすると……まず右手に弾を喰らいながら空いている前方へと移動するだろ?そしたらまた左右から迫ってくるから、また左肩に喰らいながら前へ行くだろ?そうするとまた左右から来るから~…………ん、あれ?いや、おかしいおかしい。チルノさんがそんなミスする訳ないよな。しかし……どう見てもアレは目の前が安全というか、弾が来ないような気がするんだが……
「どうか……しましたか?」
「あ、いや、少し……気になる事があってね。チルノの弾幕だが……あれは彼女の正面に届いていないのではないか?」
大ちゃんが話し掛けて来てくれたので、これ幸いと思った事を聞いてみる俺。
「やっぱり……気付きますよね」
と、少し悲しそうな顔をしながら答えてくれる大ちゃん。彼女はそれだけを答えるとまたチルノさんの方へと視線を戻し、その後に続く言葉は無かった。え?いや意味が分からん。何でそんな顔をしたの?少なくとも俺の質問が原因なのは間違いないだろうが……。あれか……?俺が変な質問をしたから失望でもしたのか?いやでも、どう見てもチルノさんの正面は安置というか、弾が来ないよな。しかし俺でさえ気が付く事に、これだけの実力を持つチルノさんが気付かないなんて事無いような気がする。大ちゃんも「やっぱり気付きますよね」なんて言ってたし、少なくとも大ちゃん経由で聞かされるよな。となると分かってやっている……
ハッ!!!
「い、一応聞いておくが、君もスペルカードを?」
俺はなるべく声が震えないよう、細心の注意を払って大ちゃんに聞いてみた。
「いえ、その……私はまだスペルカードを作れる程の実力が無くって……」
「で、では、普通の魔力の弾なら撃てると?」
「え?えぇまぁそうですね。同じ方向で直線なら何とか十五発くらいでしたら連続で撃てますけども……」
や……やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!なる程。それならば先程の大ちゃんの言動にも納得が出来る。む、無敵じゃねぇか……やはり最強。
「え?今……何て?」
む?思わず声に漏れていたか。危ない危ない。心の声が表に出ないように常に注意を払っていたが、それだけ俺の中の衝撃がデカかったという訳か。
「いや……流石最強だな。と思っただけだ。言うだけの事はある」
「えっ……と……それってどういう意味でしょうか?」
ふふん。なる程。先程のお返しという訳か。俺が最初に言った事をまだ少し怒ってるんだな。まぁそれはそうだ。これ程の実力者を相手にして、少しでも弱いと疑いを掛けてしまった俺が悪いのだから。だからこれは仕方が無い。テストの採点と行こう。
「フフ、やられたよ。もし先程君達と戦えば私は負けていたかもしれないね。私の先程の言葉に謝罪を。そして君達に敬意を表しよう。君達は最強だ。文武共にね」
「え?あの……言っている意味が良く……」
何処までも白(しら)を切るらしい。恐らく聡い彼女達の事だ。俺が適当な事を言って誤魔化しているのかもしれない、と疑っているのだろう。まぁ確かに吸血鬼の中には虚勢を張るのが大好きな奴も居るからな。しょうがない。一から説明するか。
「そのままの意味さ。私もまんまと騙されてしまったよ。君達の策略にね。妖精だから、小さな女の子だから、と慢心している上位種族に対抗する為に考え出されたのかな?大変良く練られた案だ。素晴らしい。誰もが気付くその場所が、誰もが沈む死の罠へと早変わりする……初見ではまず見抜けまい。戦闘中ともなればもっと、ね。スペルカード戦という名前に目を奪われ過ぎていたようだ。本命はチルノではなく、大ちゃん……君だったとは。周りを取り囲んでおいての一点集中。お見事だった」
その通り。まさに天晴れな軍略だった。あの状況では誰もがチルノを倒そうと躍起になるだろう。そして見付けた一本の光明。誰でも油断して潜り込む。そこが蟻地獄とは知らずに……。気付いた時にはもう遅い。周りを見ればチルノの弾幕、正面には大ちゃんの連続魔弾。今になって思えばチルノの挑発的な態度も、なる程と言える。血気盛んな者ほど、あそこに飛び込むだろうな。自分の勝ちを確信して。憂さ晴らしをする為に……
スペルカードは同時には一枚しか使えないが、人数は特に決められていない。流石に一人を百人で囲んで等になれば非難も出るだろうが、彼女はか弱き妖精であり、自身もスペルカードが使えないとされる小さな女の子だ。その小さな女の子が一人加入した所で誰が責められよう。おまけにスペルカードを使っている少女も同じ妖精なのだ。下級妖怪だからこそ許される盲点。戦略の穴。もしチルノの誘いに乗っていたかと思うとゾッとする。
そんな事を大ちゃんと話し続けていると、突然横から声を掛けられた。
「今の話……ホント?」
チルノだった。どうやら俺は思っていたよりも長く大ちゃんと話し込んでいたみたいだな。チルノは少し疲れているのか覇気が無い。
「ん?あぁ聞いていたのか。嘘も何も事実だろう?全く、してやられたよ。一吸血鬼として賛辞を贈らせてくれ。君達は最強だ」
「アタイ……最強なの?」
「俺もその言葉に騙されたよ。てっきり君が実力最強なのかと思った。上手く騙したね。支援最強さん!」
確かに彼女は最強としか言わなかった。何に対して最強なのかは一切言わなかったのだ。彼女は嘘は付いていない。こちらで勝手に判断して動いただけなのだから、彼女は嘘吐きでも何でも無い。素直に賞賛の声だけが俺の心の中に残った。
気付けば周りではじっと此方を見ている派と、思い思いに弾幕を練習している派に分かれているようだった。ていうかフランの弾幕がちょっとおかしい。弾数さっきのチルノより既に多くねぇか?見間違いか?
結局その後は自主練習という形になった。というかした。全員で合同練習とかになると、一発で俺の駄目さ具合が分かるからな。予定ではチルノにスペルカードを教えてもらう筈だったが、最強に最弱は教えられん。という事で急遽俺は大ちゃんに弾幕を教えて貰った。……連続で弾を発射する方法とか。まぁ元々俺は魔力関係は苦手っていう設定を作っておいたから何とか皆にも誤魔化せた。力だけは種族並にあって本当に良かったわ。これで力も無かったら俺終わってたね。力だけは有るから、魔力も「へー、そうなんだー」くらいで済ませられてる。
チルノと大ちゃんも紅魔館を気に入ってくれたのか、帰り際には「また来るね!!」と言ってくれた。最強が懇意にしてくれるのは、俺としてもありがたいので勿論了承した。まぁ多分ケーキが目的なのだろうが……。今度来たら咲夜さんの紅茶も飲ませてみるか。あれは絶品だからな。