大義はなく
ただ友の為に
配点(本能)
百年戦争と聖譜に記された戦い。
自分は盟友である人狼女王の希望でジャンヌ・デ・アークの陣に参加した。
彼女達は異族の復権という目標を掲げていたが、自分はあまり興味がなかった。
人狼女王の頼みでなければ森に住み、男を誘って食らう生活を続けていただろう。
それが参加して良かったと思うようになったのはいつ頃からか。
自分達を率いるジャンヌとは種族こそ違えど幾たびかの戦いを経る頃には親しくなった。
彼女の清廉潔白な人柄を見習おうとは思わなかったが、身近で眺める分には面白かった。
彼女に従って騎士ごっこをするのも悪くないと思った。有り体に言えば彼女が好きだったのだろう。
しかしその関係は長くは続かなかった。彼女が英国に捕らえられたのだ。
大元帥リシュモーンは救出すべきと主張したが国王シャルル七世は聞き入れなかった。
ジャンヌの処刑こそ百年戦争における仏蘭西勝利の道をつけるのだと。
滑稽な事に、彼女と敵対した英国は処刑を厭い、彼女に救われた仏蘭西が処刑を望んでいたのだ。
――この身は獣である。
政治を理解せず、未来ではなく今を見る。
力こそ絶対と信仰し、本能の赴くまま生きる。
そしてなにより、狼は仲間を大事にするのだ。
まどろっこしい事はしない。国王の首根っ子を押さえて言う事を聞かせる。
決断すれば即行動。配下の半狼を率いて巴里を目指す。
オルレアンを解放したジャンヌを慕う者は少なくなく、彼等から国王がノートルダム大聖堂にいる事は掴んでいた。
朝霧の中を駆け、聖堂の広場まで辿り着いた時、風切音の連続が絶叫の重奏を生んだ。
濃厚な血の匂いが鼻孔を突き、並走していた半狼の身が崩れる。
音の方向を見ると聖堂の各所に配置された兵士が弓に矢を番え、こちらを狙っていた。
倒れた半狼は絶命していた。矢じりに銀でも使っていたか。
英国側にも人狼はいたし、仮に味方側であっても食人習性を持つ人狼は恐怖だったに違いない。だから対人狼用の装備を用意していたのだろう。
雨の如く降り注ぐ矢によって軍勢の多くは骸となり、残りも傷を負った。
嗚呼、情けない。女王の流体防御なら強引に前進出来たものを。
こちらの足が止まったところに隊列を組んだ槍兵が突撃してくる。
術式加工された穂先以外は脅威ではなく、人の体は脆い。
懐に飛び込んで腕を一振りすれば千切れ飛ぶが、如何せん数が多い。
一つ隊が全滅すれば別の隊が仕掛け、隙を見て誘導術式を仕込んだ矢を放つ。その繰り返しだ。
僅かずつだが体に攻撃が届き、致命傷には至らないまでも確実にこちらの力が奪われていく。程なく半狼は全員が討ち取られてしまった。
消耗戦はしばらく続いたが、不意に敵の動きに変化が生まれた。
隊ではなく、一人の男が飛び出してきたのだ。
聖術による加速は水蒸気を放ち、彼我の距離が瞬時に埋まる。
一方の自分は驚くほど動きが鈍っていた。呼吸は乱れ、足下はふらつく。
迎撃の貫手は空を切り、男が持つ槍の一撃が心臓を貫いた。
全身から急速に力が抜け、視界が霞む。
自分を刺した男が何か呟くが、既に聴覚は死んでいた。
返答の代わりに体に突き刺さる槍を更に深く沈め、男を引き寄せて最後に残った力で喉元を食い破る。
男の目が驚愕に見開かれるのを見て幾らか溜飲が下がった。
命尽きるその時まで戦意を失わない。それが矜持だ。
ここまでなのは無念だが、女王やジル・ド・レも座視する筈がない。
彼等ならきっと――
最期に呼ぼうとした名は臓腑から逆流した血に掻き消された。
歴史書曰く、クルトーという名の人食い狼が巴里を襲撃。多数の人間を食い殺すが、シャルル七世の信任を受けた警備隊長ボワスリエが相討ちになりつつもこれを退治。
恐怖に震えていた巴里の市民はこの英雄に惜しみない称賛を送った。
気高き一匹の狼が死に、しかしその命を賭した行動の真意は聖なる小娘救出に世論が動く事を嫌った王によって歴史の闇に埋没した。
勝利王シャルル七世を恐れさせた狼王クルトー。活動時期を調べたらジャンヌとどんぴしゃだったんでこれはいけると思った。
でもリアルのクルトーが暴れた頃のパリってブルゴーニュ派の支配下なんだよなぁ。
まあ、ホラの方じゃジャンヌの処刑直後に重奏神州崩壊があったらしいから色々ズレてたと解釈しよう。対英国の為に早期和解したとか。
ネイトのお婆ちゃんも襲名者だったのか気になる。
もし襲名者だったらラ・イールかなと個人的に睨んでるけど。