*東方二次創作です
*東方キャラ誰てめぇ状態
*剣客浪漫
*ちょっと鬼平
*史実とか気にしないで下さい
*こまけぇことはいいんだよ!
*中編予定
「さて、そろそろおいとまさせて戴く」
「鷲峯はん、こない夜遅くにではるんでっか?」
「ああ、何やら胸騒ぎがしてな。すまぬがこれにて御免」
「はぁ、そんならかまへんけど、これ、帰ったら飲んでくれなはれ」
そう言って、芦屋定信は鷲峯に綿入れの巾着に包んだ徳利を渡した。
夜はぐっと冷え込むこの時期に、火傷しそうなほど熱した熱燗はありがたい。
鷲峯はそれを受け取って紙入れを懐から抜こうとしたが、芦屋は慌ててそれを押しとどめた。
「ああ、あきまへん。鷲峯はんには毎度よおしてもらっとるさかい、こないなことでお代はもらえまへん」
「しかし、親しき仲にも礼儀ありというぞ」
「あははは、そやったら金子やのうて別のもんで返してもろたらええわ」
「そうか……では、有り難く頂戴いたす」
「鷲峯はん、気をつけなはれ、こないだまたぞろでましたやろ」
そう言って、芦屋は両手の人差し指を額の前につきだして「鬼」の真似をした。
掘りごたつから足を抜きながら二本差を腰に挿して、鷲峯は笑う。
「ああ、そちらは行かぬから、安心召されよ」
そう言って立ち上がり、玄関まで見送ってくれた芦屋とニ三話しをしてから「火盗」の文字が入った提灯に火を入れて屋敷を後にした。
黒の羽織袴に塗笠をかぶり、暗闇に沈んだ京の町を歩きながら鷲峯劔(ワシミネ ツルギ)は心の中で芦屋に謝りながらその足を北に向けた。
彼の足の向かう先は、近頃人食い鬼が出ると噂される一条戻り橋である。
芦屋が言っていたように、最近その付近で何度も人が惨殺されるという事件が発生していた。仏はどれも尋常ではない力で引き千切られ、全身の肉や内臓を欠損して発見されており、口さがない者たちは人食い鬼が下手人だと騒ぎ立てていた。
これが一件だけのものなら、物狂いがやったのかと思うところであったが、昨夜のものを入れればとうとう五度目と成る。
奉行所は仏がどれも貧しい農民や夜鷹だという理由で本腰を入れて動かず、ここでは外様の鷲峯がどうこう言ってもどうにもならなかった。
それならば、己の足で動く。
これは江戸の火盗改――特別警察火付盗賊改方として彼が学んだことの中で最も大きなことであった。
京の町の華やかなりし中心から離れるに連れ、道行く人の量はぐんと減りつつある。
昼間は与太話として笑い飛ばせる人食い鬼の話は、ぐんと気温が下がって細い三日月の頼りない夜闇の中では一気に現実味を帯びてくる。
町人は誰しも日が落ちると共に固く門扉に閂をかけ、しわぶき一つ漏らさぬように息を潜めている。
そんな中を、提灯一つの明かりを頼りに一条戻り橋まであと一町(約100メートル)といったところまで来た。
その耳に、確かに悲鳴のようなものが飛び込んできた。
その瞬間に鷲峯は健脚ぶりを遺憾なく発揮して走りだす。
「だ、だれかぁー!」
とうとうはっきりとその悲鳴が聞こえ、彼の目に腰が抜けたのか這いずって逃げようとする町人の姿と、その背後から迫る「闇」の姿が写った。
「火盗改である! 神妙にいたせ!」
低く鋭い声で怒鳴ると、町人は助けが来たと顔をほころばせ、闇夜になお暗い「闇」は戸惑ったように動きを止めたが、思い直したように町人の方に動いた。
「む、まずい」
このままでは自分が駆け寄る前に襲われてしまう、そう判断するや否や鷲峯は脇差を抜き放ってそれを投げつけた。
彼の投げた脇差は狙いを外さずに「闇」の中に飛び込むと、それは弾かれたように町人から離れて橋の欄干に叩きつけられた。
それを驚愕の視線で追っていた町人にまで駆け寄ると、熱燗の入った巾着を橋の袂に放り出し、町人を助け起こして提灯を下においた。
「屯所まで行って誰ぞ呼んでこい! 良いな!」
「は、はい!」
町人は這いずるようにしてその場を駆け去り、鷲峯は三尺二寸の大太刀を抜き放った。
短めの刀が流行っている江戸期にあって、平安か鎌倉に逆戻りしたようなこの大仰な大太刀を、同僚たちは事あるごとに話の種にしたが、鷲峯は己の身長が六尺余り(180センチメートル)もあってか身の丈にあったこの刀を手放すつもりはなかった。
そして、その判断は正しかったと今日ほど痛感することはない。
「いたーいなぁ……この国の戦士は随分乱暴なのね。それに、強い」
闇の中から女の声がする。
声色だけを聞くならば、色町で客を引く女共のような艶っぽさがあったが、いかんせん幼い。
さらに、まるで声の一つ一つに滴るような「殺気」が否が応でも鷲峯を警戒させた。
大太刀を正眼に構え、丹田に力を込める。
「面妖な……姿を見せよ、妖めが!」
「ふぅん……」
感心するような声と共に、闇が消える。
果たしてそこにいたのは、背中まで伸びた麦穂のような色をした髪の少女であった。
異国の衣服を身に纏い、新雪のような色をした肌はしかし黒く変色した血で汚れている。
血色の両目と鮫の歯のような牙ばかりズラリと生えた口を見せてにたりと笑うその姿に、鷲峯は更に腹に力を込めた。
「あなたは、逃げないのね」
「笑止。己のような人食いの怪生を逃すことが出来るものか」
「へぇ……」
妖は心底楽しそうに笑って、己の土手っ腹に突き刺さっていた彼の脇差を抜き放った。
右手に握られた脇差にはベッタリと血が付いていたが、妖は何の痛痒も感じぬようにクスクスと笑った。
「人間が、大きく出たわね」
「鬼め、切り捨ててくれる」
「あなたにできるかしら?」
「場所が悪かったな」
「うん?」
「ここなるは一条戻り橋。かつて女生に化けた人食い鬼が腕を切り落とされて逃げ去った因縁の場所よ。だが俺は腕などと甘い事は言わぬ、その首まるごと置いていけ」
「…あなた、とっても美味しそうね」
「ぬかせ!」
踏み込んで上段から大太刀を振り下ろし、その一撃を妖は両手で持った脇差で防いだ。
素早く刀を引いて逆胴を放つと、ひらりと後ろに飛びすさってこれも躱される。
それに追い縋るように踏み込み、裂帛の気合を叫びながら切り込んだ。
だが、その幼い姿形からは想像もつかない怪力で振るわれる脇差がそれを阻む。
一度など、弾いた勢いのままに肩から当身を食らわせられ、相手が常人以上の体格であるでなければそれだけで意識を刈り取られていたであろう。
そのまま肩口に噛み付かれ、咄嗟に小柄から抜き去った小刀でその首筋を突き刺していなければ、今頃貪り食らわれていたかもしれない。
妖は驚いて飛び退って己の首に突き刺さった小刀を抜き去ると、モゴモゴと口を動かしてから橋の上に血塊を吐き出して忌々しげに彼の持つ大太刀を睨みつけた。
「ちっ、嫌な武器を持っているわね。随分、古い」
忌々しげにそう呟いて妖が半歩引いた、今まで見せなかった隙。
その瞬間に今まで上からしか切り込んでいなかった所を瞬時に切り返し、下段から掬い上げるように斬り上げた。
空気を切り裂くような鋭い切り上げは、妖の左手首を切り落とし、腹から胸にかけてを切り裂いた。
刀を振り抜いた刹那の瞬間、彼と妖の目線があった。
彼は妖の目に恐怖と苦痛を、妖は彼の目に透き通った殺気を見た。
「うっ、わあぁ!」
「むっ!」
突然目の前に闇が現れ、咄嗟に刀を晴眼に構えた瞬間になにか固いものが刀にぶつかって弾かれた。
その特徴的な金属音に、脇差を投げつけれたと直感し、鷲峯は大きく踏み込んで袈裟懸けに刀を振り下ろした。
脇差がなければ防げぬはず、そう確信して振り下ろしたそれは、宛が外れて空を切った。
「なんと」
これは不味いと飛びすさると、闇が晴れて目が見える。
そして、妖の姿は何処にもなく、ただ切り落とされた手首と血の跡だけが残されているのみであった。
大太刀を構えたまま注意深くあたりを見回し、先ほどまで周囲を覆っていた何とも言えぬ「妖気」が霧散していることを確認してから、漸く彼は構えを解いて脇差を拾った。
彼の剛力と妖の怪力を持って打ち合ったせいか、刃こぼれが酷い。
研ぎ直す手間を考えてうんざりしながら片手で鞘に戻そうとして、それが出来ずに舌打ちをする。どうやら刀身まで曲ってしまったらしい。
仕方が無いので抜き身のままそっと腰に挿し、飛び散った血痕の中に転がる小さい手を拾い上げる。
まるで作り物のように綺麗だが、妖のものである。
「さて、首を刎ねるつもりだったが……これも因果かな。やはり手を切り落としてしまったか……うん?」
ふと、視界におかしなものが映る。
目を凝らしてみれば、そこには月明かりの下で怪しく光る金糸のような髪の毛であった。
どうやら、最後の袈裟懸けは後半歩の所で届かずに髪をバッサリと切り落としただけのようである。
鷲峯は手首と共に髪の毛も拾い上げると、懐から取り出した半紙に丁寧に包んだ。
もしもアレがまだ生きているならば、この手首を取り返しにまたやって来るはずである。
半紙に包んだそれを懐に戻しながら空を見上げると、満天の星空の中に誰かの狂笑じみた三日月が輝いて、冷え冷えとした空気が辺りを覆っていた。
やがて呼子の音と御用提灯の明かりがこちらへやって来る、どうやらあの町人は首尾良く何処かの屯所へ駆け込めたらしかった。
「やれやれ……徳川太平の世にあって、まさか鬼退治とはな」
人生、何が起きるやら分からぬもの、そう言って笑って、鷲峯はそう遠くないであろう妖との再戦を思いながら踵を返して徳利と提灯を回収し、駆けつけてきた与力たちの方に歩き始めた。
◆◇◆◇◆
現場に急行してきた与力達に説明をして、怪しむ彼らと一緒に屯所に向かい、その場にいた町人に証言をしてもらい、それでも納得せぬ様子の彼らを押っ取り刀で駆けつけてきた芦屋定信に身分を保証してもらって漸く一件落着し、一夜明けた今日。
京の町は御伽草子の中から飛び出てきたような鬼退治の話題に湧いていた。
一体誰が漏らしたか……おそらくは助かった町人がべらべらと喋ったのだろう、都中にばら撒かれた読売は大盛況で重版を重ねているらしい。
「鷲峯はん! ほんま勘弁しておくんなはれ、なんですのんこの読売は! 奉行所の与力がえらい顔で怒っとりまっせ」
「俺が書いたわけではない。奉行所の怠慢がどうの、火盗改がどうの、江戸にいる長官(おやかた)がどうのと、俺は何も言っておらぬからな」
「せやけどこの書き方やと、如何にも鷲峯はんがゆうたみたいやないですか」
「だから、知らんと言っているだろう」
いい加減面倒になって、鷲峯はそう言ってから湯のみの中身を飲み干して少々強めに盆の上へ叩きつけた。
場所は、いま彼が世話になっている芦屋家の縁側で、起き抜けにぶちぶちと芦屋家当主の定信に文句を言われていた。
まず、行かぬといったのに勝手に一条橋まで行ったこと、それにそこで鬼と斬り合い、挙げ句の果てには身分証明のために駆り出されたこと、昨日の晩はとにかく疲れているの一点張りでろくに話もせず寝床へ滑り込んだので、ここぞとばかりに追求された。
そもそも、屯所で鷲峯が己の懐にある手首と髪の毛を見せればここまでややこしくはならなかったのだが、鷲峯は火盗改として培った直感に従い「これは他には見せぬが良い」とひた隠しにしたのだった。
故に、人食い鬼は気の触れた辻斬りで、そいつと斬り合って脇差がボロボロになったから研ぎ直してくれと頼み、ついでに代わりを貸してくれないかと切りだす。
さて、鷲峯は一晩経って考えた言い訳と経緯を説明しながら、これからどうしたものかと思案していた。
やがて引き下がった芦屋に再度謝って、鷲峯は昨夜と同じく黒い羽織袴姿で屋敷を出ると、懐に妖の一部を抱いたまま道を進んだ。
道に溢れかえる町人たちの口の端に登るのは、やはり昨夜の大立ち回りである。
何やら気恥ずかしい気持ちがして、鷲峯は近くの茶屋に入って二階の座敷を借りると、酒と肴を頼んで誰も来ないように言い含めてから、懐からそっと半紙に包まれたそれを取り出した。
包を開いてそれに触って、思わず鷲峯は瞠目する。
すでに切り落として一晩立っているにも関わらず、それはまるで生きているような暖かさと柔らかさを残していた。
切り口を見ると、骨まですっぱりと綺麗に切り落とされ、血はもう出ていない。
両手でそれを持って指を曲げてみたり摘んでみたりするが、やはりこれがすでに死んだ手首だとは到底思えなかった。
「ううむ……やはり妖か……」
手首を半紙の上に戻し、次は金色をした髪を取り出す。
サラサラと絹糸のような手触りで、満月の光をそのまま集めたような怪しい光沢を放っている。
障子越しの光にキラキラと煌めくそれに一瞬見とれて、鷲峯は思わず溜息を付いた。
「これは、妖のものといえども、美しいな……」
あの時は気が昂っていたせいで分からなかったが、そう言えば鬼の顔つきも非常に整った美しい造作をしていたなと彼は思い出した。
禍々しい血の色をした両目や、恐ろしい牙の生えた口元ばかり見ていたせいでそれほど印象に残っていなかったが、全体的な顔の造作は美人画に描かれてもいいくらいに整っていた。
それに加えて、この美しい髪の毛はどうだろう。
「うむ……桜は血を吸うと美しく咲くというが、コレもあれが人の生き血を啜ってここまで美しくなったものか……?」
そう唸って、そっと一つに束ねて手首と共に半紙の中に包み直した。
もし、一条戻り橋の鬼のように話が進めばいずれこれを取り戻しにやってくるだろうが、昨夜の顛末からも分かるように彼は待つよりも行動の人であった。
そのせいで長官からは「あやつには張り込みや尾行は向かぬな、あの上背と性格ではどうにも目立って仕方ない」と苦笑を漏らされる始末であった。挙げ句の果てには密偵や御用聞きの連中にまで「鷲と言うよりアレは猛牛だ」と囁かれていたが、いざ斬り合いとなると仲間の中でも手練の沢田小平次、小柳安五郎、酒井祐助と言った面々にも文句は言わせないほどの猛烈な働きをするのだ。
男性の平均身長が五尺程度のこの時代にあって、六尺あまりも上背のある彼はまさしく巨人のような堂々たる体躯である。
その鷲峯が野太刀のために編み出された薬丸自顕流をもって襲いかかってくるのだから、殆どの悪党は一合も打ち合わずにずんばらりと切り倒されるのが常であった。
それ故、何度も打ち合って曲がりなりにも「斬り合い」と呼べるものは彼も数えるほどしか経験がない。
その一つに昨晩の斬り合いが加わって、鷲峯は何やら腰の座らぬ思いがふつふつとこみ上げてきた。
あの鬼は今頃寝床で横になっているのだろうか?
失った手首の痛みに歯噛みして、復讐を誓っているのだろうか?
それとも……それとも……。
しばらくじっと考えていた鷲峯は、やおら面を上げてニヤリと笑った。
同心の木村忠吾に言わせれば「また厄介ごとを起こす顔だ」と陰口を叩いたであろう。
「……わざわざ待つ必要など無いな。探しだして俺が手首を返してやろう。……それと、髪を切ってしまったことを謝ってやらぬとな」
髪は女の命というし、そう独りごちるが、そもそも首を刈ろうとしていた男が言う台詞ではない。
が、それを指摘した所でこの男は「それはそれ、これはこれ」と真面目な顔で言い放っただろう。
鷲峯劔は腰に二本を挿すと、意気揚々と一条橋まで歩いていった。