前衛に立つ二機のF-15J 陽炎(国連軍塗装)が、突撃砲を乱射しながらバックジャンプする。スイッチするように前にでた後衛の同型機二機が、やはり砲撃を仕掛ける。
流れるような小隊連携によって、濃密な弾幕が形成された。いい加減に弾をばら撒いているように見えて、一射一射はかなり正確な狙いだ。
日本の戦国期を題材にした講談でいう、『車懸かり』のように隙がない。
「――やるな」
四機の集中砲撃を急速横転で回避する不知火の中で、その女性衛士は口の中でつぶやく。
失速して制御を失いかけるのを、機体の下半身をカウンターウェイトとして振る事で、バランスを滑らかに戻す。
露軍迷彩の機体にダメージはないが、それは訓練用の弾をお互いが使っているからだ。120ミリ砲弾が近接信管付の実戦用なら、至近弾だけで甚大なダメージを受けているだろう。
帝国軍人の中には、国連軍や米軍を侮る者が多い。
が、彼らは1970年代よりBETAと第一線で戦い続けている。実戦ノウハウの蓄積は、帝国軍の比ではない。
いや、世界水準で見ても、近年ようやく大陸派遣と言う形でデータを得始めたに過ぎない帝国軍は、前線・準前線国家というカテゴリーの中では下から数えたほうが早い『BETA戦争初心者』だ。
戦場を経験したベテランは決して多くなく、
『訓練校卒業仕立ての新米だけで、中隊を編成する』
という、軍事常識からすれば無謀としか言いようが無い行為も、大陸派遣軍はその場しのぎのためにやらねばならなかった。
そんな現実を、彼女は『身をもって』知っていた。
驕兵(=きょうへい。おごり高ぶった兵のこと)気質は、戒めなければならない。
米軍や帝国系以外の国連軍を潜在敵とみなすのなら、尚更偏見なく実力を知っておかなければ……。
目前の戦闘に対処するために頭脳と肉体を激しく酷使しつつ、意識の一隅では別の事を思考する。
ひとつ間違えば注意力散漫に陥る愚行だが、指揮官クラスには必須の技術だ。
「――碓氷、ついてきているな! ダメージは?」
瓦礫の陰に飛び込んで、さらなる砲撃をやり過ごしながら彼女はエレメントの不知火を呼んだ。
「はい、大尉。被弾なしで、今二百メートルばかり後ろの大岩を盾にしています。
……いい動きしますね。それに引き換え、さっきの部隊は新兵並でしたが」
網膜投影画面に映るのは、ショートカットの女性衛士だった。碓氷中尉は、片目を常につぶっているが、これは癖で視力に問題があるわけではない。
彼女らは、午前中に既にいくつかの部隊と演習メニューである模擬戦をこなしてきた。
「……組織の混乱がある。やむをえないだろう」
在日国連軍は本格的な体制を整えはじめた所だ。
国連軍の駐留は、帝国軍または在日米軍基地に施設を開放して受け入れる形で為されている……あるいは共同管理であったり、基地そのものの指揮権を丸ごと帝国から国連に渡す等様々だ。
過渡期にありがちな、管理責任を誰が持つかはっきりしないというような問題が絶えず、それは実戦部隊にも悪影響を及ぼす。
彼女達にとっても他人事ではなかった。
「事情を差し引いても、かなりだらしなかったみたいですが……」
「それを鍛え直してやるのが、我々の任務だ」
彼女は、碓氷が不満をこぼすのをたしなめつつも、その内心を思いやった。
碓氷中尉は、彼女が教導任務についてはじめて得た『教え子』だ。まもなく国連軍・岩国基地の教導隊に移籍することが内定している。
碓氷が望んだことではなく、帝国政府と国連との取り決めによる人材供与によって、だ。
帝国軍内では、国連軍移籍は左遷あるいは島流しと同視されている。
特に出世欲が強い人物ではないが、ストレスは溜まるだろう。
彼女自身もまた、国連軍兵士として横浜に赴く。
彼女の場合は、学者である旧友の伝手というやや特殊な事情はあるが……周囲からは、かなり引き止められた。
一年ほどの準備期間を費やし、資質ある候補生を選抜、最新設備を用意した国連の最高機密計画直属・衛士訓練学校の教官として招聘された――といえば聞こえばかりはいいが、階級は軍曹に一時的とはいえ降格するもの。
『尉官を下士官に落とすとは、国連は非常識にもほどがある』
『教官が軍曹であるべき、とは戦争映画でも見すぎたのか?』
と、彼女よりも富士の上官達が憤慨した。
だが、階級に拘るつもりはないし、何より招聘を決めた人物を良く知っていた。その人物なら、軍事組織の常識など、一顧だにしないだろうと納得したぐらいだ。
「――B小隊が配置についた。挟み込むぞ」
一個小隊同士の模擬戦。
彼女らは、部隊を二手に分けて挟撃を狙った。対する陽炎小隊は、分散した一方の不知火に戦力を集中して各個撃破にかかった。
だが、彼女と碓氷は射撃を回避でかわしてのけた。この時点で、勝ちは決まったも同然だ。
それでも、彼女は全力で敵を叩くつもりで、レバーをしっかりと握りなおした。
……ここまで相手にした国連軍(特に本国が健在な国家からの出向組)の部隊はだらしない動きをする者が多い。
技術はともかく闘志のほどが、なんとも物足りない。いたぶっていたぶって、ようやく必死に反撃する姿勢を引き出してから、撃破した。
安全な日本の、さらに後方配置である第二帝都周辺の基地群に配属されて腐っているのかもしれないが、そんな気分では実戦で泣きを見るのは彼らだ。
少しでも危機感を取り戻させるのも、教導の仕事だった。
が、この小隊は判断が早く、動きも良い。
各個撃破が失敗、と見ると素早く防御陣形を取っていた。前線帰り特有の『匂い』がする――たかが訓練、とおろそかにせず必死だ。
ならば、全力で叩き潰すのが一番の教育になる。そうすれば、勝手に学ぶのが死地をくぐった人間の、良い意味での貪欲さというものだ……。
「いくぞ、碓――」
回り込んだ不知火と、呼吸を合わせて突撃しようとした彼女の網膜投影画面の中で、突然、通信画面が開いた。
富士から帯同してきたオペレーターの血相を変えた顔が、大写しになる。
「大尉! 演習中申し訳ありません!」
「どうした?」
いきなりのことにも落ち着いた声で答えながら、彼女は手早く「訓練一時停止」の信号を僚機と仮想敵に送った。
肩透かしをくらって、陽炎の何機かがつんのめるように止まる。
「一個中隊分の不知火が予定外の行動を取り、国連軍の部隊と無断で接触しています」
「何?」
本演習の訓練区域・時間内では実戦的な教導を施すため、ある程度の自由裁量権が富士衛士に与えられている。
が、それを考慮してもきな臭さを感じる行動だ。
「通信は?」
「それが、元々この基地にいた衛士やオペレーター達が、談合してその一角を孤立させているようです」
オペレーターの気弱な発言に、彼女は舌打ちした。
『悪さ』をするときだけは、妙に所属を超えた連帯がいい――
「大尉、これは……」
さらに続くオペレーターの報告を傍受する碓氷の表情に、頭痛をこらえるような苦さが走った。
妙な行動を取った者達と、彼女や碓氷はウマがあわなかった。あちらが多数派だ。
第二次世界大戦における敗戦の始末をつけるため、宥和的な外交政策を取らざるを得なかった世代の苦労と忍耐に甘え、米国が同盟国に与えた恩恵の塊である戦術機に乗りながら、反米を吐くおかしさに気づかない連中。
我らこそ忠君愛国の権化・諸外国なにするものぞ、という気概は結構だが。その発露の仕方が他国他民族の蔑視であり、自分たちに同意しない日本人への排撃態度では……。
だが、今日日の帝国軍ではそういった手合いが、憂国の烈士などと自称して主流派閥を形成しているのが、偽らざる実態だった。
軍の上層部は、視野の狭い馬鹿のほうが『余計な事』を考えてくれなくて扱い易い、と思ってこの風潮を黙認している節がある。
帝国軍に限らず、軍事組織がその構成員に愚民化というべき教育を施す一面があることを、元来軍人志望ではない『醒めた』目を持つ彼女はとうの昔に察知していた。
あいつは有害な敵だ殺せ、と言われれば女子供だろうが丸腰の相手だろうが容赦なく殺害し、そのためには自分の命さえないがしろにできる兵士が理想なのだ。
緊急時に、いちいち「本当に攻撃していいのか」「排除するにしても、他に方法はないのか」「自分の命が惜しい」などの疑問を呈するような将兵は、命令側からすれば邪魔以外何者でもない。
そして、宿命的にそこまでの非情さや残酷さを要求されるのが軍という存在であるのも、また否定できない事実だった。
その軍に主導される現在の日本帝国では、一般義務教育でさえ……。
「わかった。模擬戦を中断、現場に急行し状況を確認する」
湧き上がる苦い思いを噛み潰しながら、彼女はオペレーターに言った。
話が「訓練」の範囲におさまってくれていればいいが――。
俺は、地面に落ちた長刀を、F-15Eのマニュピレーターに掴ませた。
撃破した不知火が取り落としたものだ。
元々もっていた突撃砲は、既に排除済み。
BETAによる滅亡の危機にあっても、人類同士の争いや陰謀をやめないこの世界だが。
わずかとはいえ、協力しあっている分野は確かに存在する。
代表的なのが、戦術機に使用される武器弾薬の規格だ。
マッチングやチューニングの問題はあるが、アメリカ軍製の武器を日本機が使おうと、その逆だろうと基本動作させるのに不自由はない。
BETA相手だと、湯水のようにという比喩が生ぬるいほど武器(特に砲弾類)を消費するからな……。あいつらは基本的にミンチにするまで油断できない。
その現実の前に、世界各国は国連規格での統一に応じている。
帝国軍機の特徴的な装備である74式長刀も、F-15Eで使用できる。
(さらにいえば、もともとの製作元はアメリカのメーカーだ)
戦術機黎明期から基本仕様が変わっていない古い武器だが、逆にいえばそれだけ信頼性が最初から完成されていた、ということ。
俺は、乱れた呼吸を整えながら、周囲を警戒する。
富士教導団衛士との間で展開された、模擬戦という名の実質的な喧嘩。
敵の不知火8機のうち、これまで7機(少佐に暴言を吐いた大尉を含む)を撃破判定に追い込んでいた。
が、そこにこぎつけるまでに、予備弾倉含めて手持ちの突撃砲弾を撃ち尽くしてしまった。俺の動きにそれなりに慣れてきた奴を落とすために、弾幕を張ったせいだ。
さすがにナイフだけじゃあな……できれば突撃砲も奪いたかったが、手近にあるものはみなJIVESが使用不能判定を下したものばかりだ。
ジャンプユニットの推進剤残量も、そろそろ心もとなくなっている。
常識外れのGに晒され続けた俺自身の肉体や神経にも、ずんとした重みのある疲労が溜まっている。
どんな凄腕だろうが高性能な機体だろうが、消耗を零にすることは不可能だ。
多数が少数に絶対的に優越する理由のひとつ。
覆すには、奇襲か速攻による各個撃破ぐらいしかなく、今のところそれは上手くいっていたのだが……。
「……どこにいきやがった?」
苛立ちまぎれに、俺はつぶやいた。
網膜投影画面越しに確認できるのは、機能を停止した不知火、荒れた表面を晒す岩、元はどこぞのビルだったらしい瓦礫――
最後の露軍迷彩不知火の姿は、見当たらない。途中までは、確かにレーダーに捉えていたのだが。
ステルス機能がない戦術機でも、廃熱や震動を抑え遮蔽物を利用することにより、隠蔽状態に入る事は可能だ。
が、この状況で、というのが不気味だった。
味方を全て失った以上、俺を焦らすぐらいしかメリットがない。むしろ、今のように休憩と武器補給の間を与えてくれるだけ、ということは承知しているはず。
今更逃げた、という事も考えにくい。そんな真似をすれば、軍人としての面子は丸つぶれだろう。
と、いきなり秘匿通信回線にコールがあった。
相手の表示を見て、俺は絶句した。最後の敵の一機からだったからだ。
いぶかしげに思いながらも、回線を開く。同時に、通信の発信位置を探るのも忘れない。
「君、強いな」
相手の第一声は、それだった。
ポップアップした画像に映し出されたのは、衛士というイメージとは程遠い細面の青年だった。
階級章は中尉で……俺より六つか七つぐらい年上か? 警戒しながら、用事は何だという意志を込めて睨みつけてやる。
「――おっと。さっきは国賊とかいって、悪かったな。あれ、本心じゃないから」
酷く軽薄な言葉に、俺は顔をしかめた。
罵倒に参加した衛士の一人に間違いはなかったはずだ。
「じゃあ、なんであんな真似を?」
「だって、空気読まないと周りから村八分にされるし。みんながやってたしなぁ……泣く子と上官には勝てないし」
「でも、少佐には……」
「所属が違う相手は別だろう」
今度こそ俺は絶句した。
よく外国人に「日本人ジョーク」として笑われる付和雷同や封建根性まんまじゃねーか!
中尉の態度のあまりの軽さに、俺は思いっきり脱力感を味わう。
「それに、お前さんについて悪い話を聞いたのも本当だぞ? この基地に出向している帝国軍の将兵から、直接だ」
……どうやら、俺を良く思っていない連中が火種を撒いたらしい。
今になって気づいたが、これだけ大立ち回りをして横槍が入らないのはそのためか?
特別扱いに対する反感は、米系将兵だって共有しているだろうしなぁ……。
複数の原因で発生した頭痛をこらえながら、俺は、
「……で、何の用で秘匿回線を?」
と、聞いた。
「ん~……実は、最初は上官や同僚への手前、適当に戦って終わろうと思ってたんだけどな。
ここまでの力を見せ付けられたら――本気でやりあいたくなった。それも、五分の条件で」
「!?」
不知火が、ゆっくりとある瓦礫の陰から姿を見せた。
通信を入れている中尉の機体だが、そいつは持っていた突撃砲を見せ付けるように地面に置き、背中の長刀をゆっくりと引き抜いた。
――おいおい、国粋主義も大概だが、もっと古いのが出てきたよ! 今時、戦術機で……しかも長刀限定で一騎打ちか!?
「まあ、戦術的には無意味な行動だから、受けるかどうかはお前さん次第だ」
衛士の顔から、軽薄な気配が消えた。
いい加減な態度は、処世術ってやつか?
受けるべきか、受けざるべきか……悩む俺は、だからF-15Eの背後で起こる異変に気づけなかった。
「! おい、後ろ!!」
中尉が声を上げるのと、俺の視界がひっくり返るのは同時だった。
「うぐっ!?」
視界が回り、全身に衝撃が走る。
何かに足元をすくわれた乗機が転倒したのだ、と理解がおいついた時には、さらなる衝撃がきた。
全身をペイントと泥に塗れさせた富士の不知火が、F-15Eの胸部装甲を足で抑えていた。
……撃破して行動不能に追い込んだ奴が、何で!?
俺は、必死で頭を働かせてある結論に辿り着いた。
――いわゆる教導団というのは、精鋭の集団と言われるものの軍全体から見れば嫌われ者だ。
訓練相手の練度を上げるため、という正当性の元、かなりえぐい手段を模擬戦等で使うことが常態化しているからだ。
例えば、やられたはずなのに訓練管制プログラムに介入して復活する『ゾンビ』のような。
「調子に乗りおって……この国賊が!」
だが、一般通信から入ってきたゾンビ不知火の衛士――あの、暴言を吐いた大尉その人だ――の声は、どう聞いても教導のために泣く泣く……というものではなかった。
ぞっとするような負の感情を覚える言葉に、俺は咄嗟に長刀で不知火の足を払おうとしたが。
刀は、不知火の足を揺するだけだった。
……相手の機体にJIVESの効果がもう働いておらず、『長刀』は殺傷力のない訓練用模擬刀に戻っていやがる!
俺は、完全に相手が『切れて』いることを悟った。
もうこれは、仮初にも訓練と呼べるような事態ではない。
「罪にふさわしい罰をくれてやるぞ、あの世で後悔するがいい!」
不知火が、ぐっと重圧をかけてきた。さしものF-15Eの複合装甲も、ぎしりという悲鳴を上げる。
「た、大尉!? やりすぎです、落ち着いてください!」
俺に一騎打ちを申し込んだ中尉が、呆然とした様子から立ち直り制止の声を一般回線につなげるが。
「うるさい! 貴様も非国民の与党か!?」
と、一喝された。
……中尉は、青白い顔で黙り込んだ。
いや、本当に上官の権威に弱いな! と、こんな状況にも関わらず俺は内心でツッコんだ。
そうしている間にも、F-15Eのフレームが不気味な悲鳴を上げる。
フレームは、かならずしも硬ければいいというものではない。
硬すぎる作りは、かえって衝撃や震動に対して脆くなるからだ。生産性や整備性も悪くなる。
まして機動砲撃戦を重視している米軍機は、Gや砲撃反動を吸収し続ける事を重視し、こういった継続的にかけられる物理的な圧力への耐性は決して高くない。
やばい――俺は、生まれてはじめてリアルな死の危険を喉元に感じ、ひっという呼吸を漏らした。
因果情報経由のものとは違った、生々しい感覚。
脱出する方法は、大事故の危険を承知でジャンプユニットを全開に吹かして、不知火を振り払うしかない。
こんなところで、こんな馬鹿な事で死んでたまるかよ……!
俺は、どうしようもなく震えだす腕を叱咤し、操作を入力しようとした。
その時、別の機影が俺の視界の隅に映った。
ずんぐりしたシルエット――国連軍塗装の撃震だ。ブレイザー少佐機だった。
置き去りにしたままだったが、ようやく追いついてきたらしい。
「貴様ら! おふざけはそこまでだ!」
状況を見て取った少佐の、先ほどとは別人のように厳しい叱責が通信回線から響く。
大人の忍耐というものも限界がきたようだ。当然か……。
「ここまでは、多少派手すぎた訓練で済ませてやるが……現場の最上位者として、命じる。これ以上、勝手な行動は許さん!」
撃震の装甲が、膨らんだように見えた――もちろん、俺の目の錯覚だ。
それほど少佐の怒気は凄まじいもので、俺は死の恐怖を忘れて動きを止める。
少佐の撃震から、機体を踏みつける不知火より威圧感を受けた。これは、修羅場を幾度もくぐった兵にしか出せない『気』って奴か?
だが、俺のせいでプライドがずたずたになり逆上している大尉は、機体を少佐のほうに向けて攻撃態勢を取った。
――駄目だ、完全に頭に血が上ってやがる!
もう罵倒をする言葉にさえ意識が回らないのか、大尉の不知火は俺の機体を蹴飛ばすようにして撃震に突進しはじめた。
まずい、まずい!
少佐の機体は訓練用装備しかもっておらず、大尉がJIVESを切っているから無力だ。
国連軍とは指揮系統が違うから、機体管制権に介入する手段が使えるかは不明だし、できるとしても到底操作が間に合わねぇ!
それほど、大尉の動きは鋭かった。
対して、少佐の撃震は動かない……戦傷の後遺症のためかもしれないが、どのみち撃震では本気になった不知火から逃走できない。
高度な技量を暴走する私情に委ねた衛士の意を受け、不知火は突撃砲を振り上げる。弾はともかく突撃砲自体は、実戦用と同仕様だ。勢いをつけてぶん殴られれば、ただでは済まない。
俺は機体を強引に立ち上がらせざま、不知火の背中に向けて長刀を投擲した。殺傷力はないが、脚の間にでも挟まってくれれば動きを妨害できる、という望みを託して。
次の瞬間、脳味噌をかき乱すような轟音が、センサーを震わせた。
戦術機は、正式には戦術歩行戦闘機と呼称される。
慣習的にかつての『航空機である戦闘機』の命名規則が継承されている等、航空機の影響を受けているのだが、やはり実体は別物。
そのひとつの例が、改修バージョン……制式採用機としての記録に残らない、ローカルな機体が多数存在することだ。
物資不足の前線では、戦車の装甲を転用して防御力を向上させたり、高射機関砲を固定武装として無理矢理くっつけたりといったタイプが見られる。
航空機でやるのなら、一から機体構造や強度の再計算が必要な無茶な改造も、対BETA戦兵器の宿命として短時間での改修に耐える拡張性を担保された戦術機なら、ある程度可能だ。
これらは、製造したメーカーからすれば保証外のものであり、建前上は禁止されているのだが……。
少しでも生存率と戦果を上げる、という人類共通の大義があるから、実質的には野放し状態だ。
このあたりの事情は、お堅い面が多い日本帝国軍とて例外ではない。
頭のかちこちな上層部や国防省のお役人の目を盗む形で、大陸派遣軍は帳簿外の改修機をいくつか保持していた。
日本帝国大陸派遣軍の主力は、撃震だ。
最新鋭機の不知火は、(陳腐化によるコスト高騰を危惧する声を無視して)順調に量産が進んでいるものの。
その配備は、教導団や本土防衛軍のエリート部隊……あるいは、政治的理由から国連に提供される分が優先され、派遣軍にはあまり出回っていない。
結果、補給や整備に用いる予備パーツも慢性的な不足に陥っていた。母機となったF-15譲りの優秀な整備性も、これでは発揮しづらい。
さらに、機体や部品自体が少ないということは、データやノウハウを蓄積するための『教材』が乏しい事にも直結したため、派遣軍の不知火評価は、
『安全な内地(日本国内)の、演習場での名機』
という皮肉に満ちたものだった。
最前線からの安全な後方に対する不信……「フロントライン・シンドローム」と、新造機ゆえの充足不足に起因するもので、必ずしも公正な評価ではない。
が、まったく根拠のない中傷とも言えなかった。
(余談だが、もっとも派遣軍内で評価が高いのは調達が減じられているF-15J 陽炎だ。
機体自体の優秀さに加え、その気になれば同じF-15系列機を装備する国連及び他国軍とのパーツや整備リソースの共有が利く、使い勝手の良さによる)
加えて、中国・韓国軍が共同し帝国軍が側面支援に入った大規模迎撃作戦『九‐六』の失敗(最後には、核兵器を投入することで辛うじて全面崩壊を防いだ)以来、大陸派遣軍は防戦一方であり、扱いづらい新型といえど遊ばせる余裕は全くなくなっている。
以上のような要素があったため、大陸派遣軍に送られた不知火のうち何機かは、破損ないし整備不良に陥ると早々に現地改修の洗礼を受ける事になった。
もとより、発展性を削り取った不知火である。改造は、かなり乱暴なもの。
そんな『元』不知火のうちの一機が、隠密裏に本国へ送り返された事を知るのは、一握りの軍人と企業家だけであった。
「うわあ……」
少し前に、プロミネンス計画への日本不参加を嘆く密談が行われた、あるハンガー。
そこに新たに納められた機体を見て、作業服姿の企業人は頭を抱えた。
「最前線の事情はわかりますが……ここまで弄られるとさすがに涙が出てきそうです」
その不知火は、外見からして元とは別物となっていた。
恐らく防御力を優先したのだろう、予備武器庫を兼ねている複雑な構造の腰部装甲は単純な装甲板に交換され、頭部の特徴的な二本角センサーも一本角にされている。
両腕の前腕部がやけに膨らんでいるのは、A-6系列の固定武装ユニットを強引に組み込んだため。投射火力は増強されているのだろうが、取り回しは悪そうだ。
戦車級にたかられやすい下腿部には、統一中華のF-16改修機・殲撃10型のものと思しきスーパーカーボン製のブレードが見られた。
他国もしくは海軍から分捕ってきたのか、それとも裏取引で融通させたのか? いずれにせよ、これだけで並の技術将校なら卒倒するだろう。
ほかにも細かい点を上げればきりがないほど『最前線好み』に弄られ、バランスは滅茶苦茶になっていた。
こいつを保有していた部隊では、『動かないよりはマシ』という割り切った扱いをされていた……。
「一応、基本フレームなどの部分は手付かずのはずだが……」
隣で見上げる軍人も、さすがに汗をかいている。
だが、この書類上は存在しないはずの機体こそが、彼らには必要だ。
公式ルートを通さず、それこそ裏取引で不知火の改良に必要なカネとデータを国連及びアメリカに出してもらおう、というのだから……。
「前線では、もう不知火とさえ呼ばれていなかったらしい。いわば、名無しの戦術機というわけだ」
軍人がため息まじりにそう零す。
「この……『ごたまぜ』をSES計画とやらに流すわけですね……」
応じる声が、ハンガーの冷たい空気の中でやけに大きく木霊した。