SES計画の第一目的は、超がつくほどの精鋭兵士を養成し、それにふさわしい戦術機の改良あるいは新造を行うことだ。
だが孤立した精鋭を作ってそれで良し、というものではない。それだけでは、対費用効果が悪すぎる。
その成果を一般の国連軍やアメリカ軍……さらには世界各国の軍隊にフィードバックする事が、最終目標だ。
オリジナル武が自分の操縦ログを他の207B分隊の隊員に見せて、彼女らの急速な成長を助けたようなのをシステム化し何十倍にも規模を拡大したようなもの、といえばわかりやすいだろうか?
XM3が再現できれば手っ取りはやいのだが、それは現行技術の壁があって難しい。そこで――
「白銀少尉、データリンクは正常。記録装置も問題なし……出撃準備整いました」
「了解。内部からも確認、オールグリーン」
管制ユニットの座席に身を沈めた俺は、国連軍制式カラーの衛士強化装備に包まれた手を忙しく動かしていた。
F-15Eの搬入からきっちり一週間後、実働状態となった機体のチェックだ。
これまで何度かシミュレーター上で動かしてきたが、本格的な機動テストは今日の演習に合わせて行う。
さらに、機動データをより高い精度で収集する装置が機体各部に設置されたので、それも確認している。
戦術機の操縦は、大雑把にわけて三つのものから成り立っている。
衛士による直接操作、衛士の脳波や血圧等のバイタルデータを機体のコンピュータが読み取っての間接制御、そしてOSによる自律化された補助システムだ。
このうち、もっとも重要なのは直接操作だ。コンピュータが発展しているとはいえ、最後の判断は人間がやる必要がある。同じ機体でも、乗り手の腕によって大きな差が発生するのだ。
間接制御は、実は一番厄介な部分になる。生きている人間というのは、精神状態やその日の体調によってバイタルデータに変動が生じるのだから、敏感に設定すると誤作動を起こしやすい。
膨大なデータの蓄積から、汎用として通じる部分を抽出してコンピュータに覚えこませるのだが、データ記録容量などに制約があるからなかなか弄りにくい。
最後のOSによる補助・補正部分は、地味だかかなり重要だ。
なぜかって?
人間の技量というのは、一度鍛え上げても落ちるからだ。どんな凄腕でも、ブランクがあれば操縦カンを鈍らせてしまう。
衛士に限らず兵士には、腕を上げるための費用・手間と同じかそれ以上に、技量を維持させるコストがかかるのだ。
だが、機械は正常に動く限り、ど忘れというものとは無縁だ。
因果情報においてXM3搭載機と非搭載機の間に大きな差が発生した一番の原因は、ここかも知れないと俺は考えている。
機動データの共有により、OSの補助を受けて、衛士本来の技術以上の動きを機体にさせることが出来る。この機能自体は、従来型OS(つまり俺にとっては現行)の時代からあったものだが、OSとそれを動かすCPUの性能が上がっているため、より効果が顕著になったのだろう。
さらに、OSの補助が不適当だった場合は、任意にキャンセルできるしな。
だが、現状でXM3級の性能を持ったOSとそれに必要な機材を揃えるのは難しい。
多少でも現行のOSをマシにするために、俺が提案したのが、
『自動補助の手本・参考となる機動データを、より精密に収集する』
という、ある意味で工夫もへったくれもない手だ。
だが、それゆえに上に受け入れられ易かったらしく、俺用のF-15Eには記録装置や内部向けセンサーが追加増強されている。
「最終チェック終了。異常なし……少尉、お気をつけて!」
元気のよい言葉とともに、それまでポップアップウィンドウに映っていた整備兵の顔が消える。
基本的に軍内部では微妙な(さらには嫉妬を含んだ)視線を向けられることが多い俺だが、整備兵達からは『最新機材に公然と触れられる』余禄のお陰かあまり隔意をもたれていない。
正直、ありがたい。整備に手を抜かれたら、衛士なんぞ何もできないからな……。
俺は、網膜投影画面や通信系を整備用のモードから、いつでも出撃可能なように外部モードに切り返る。
目に映ったハンガーの光景は、かなり慌しいものだ。
一個連隊(108機)規模もの戦術機が出撃準備に入っており、一部は誘導を受けて外へ向かっている。
横田基地のハンガーはここだけではないが、他の場所でも似たような状況が展開されていることだろう。
1996年現在、日本帝国はついに学徒全面動員に等しい、徴兵年齢引き下げ案を国会で可決した。また、九州を対象に避難勧告が出た。
――因果情報通りならば、あと二年ほどで日本も直接BETAの攻撃を受け、記録的な大損害を出すことになる。
故郷の横浜や、そこに住んでいる人々も、かなりの犠牲を受けるのだ。
俺は内心、かなり焦っているのだが、現実は中々思い通りにいってくれない。
在日国連軍や米軍、それに帝国軍と斯衛軍は一応、合同訓練や演習を繰り返してはいるが……それは、協調のためというより面子をかけた競争、という面が強い。
オリジナル武の記憶によると各軍は、2001年下旬においてもかなりの強大な戦力を残している。にも拘らず、国民は大損害を受け国土は関東以西は壊滅状態。
普通なら、軍が壊滅して防衛力を喪失してから民間人が……となるはずだ。何かおかしな力が働いている、とかでなければ、まともな戦力運用ができず軍事上でいう『遊兵(戦闘に寄与しない無駄な兵力)』を多数作ってしまったのだろう、と考えられる。
現状、その最大原因と俺が予想しているのが滅茶苦茶な指揮系統だ。最上位指揮権がどこにあるのか、さえ不明確。
……非効率な迎撃で戦力を浪費するよりは、と軍が戦力の維持を優先して民間人を見捨てたケースもかなりあったかもな。
歴史に例が山ほどあるように、軍事的視点から見た必要性っていうのは、人道や「軍はこうあってほしい」という理想としばしば反するもんだ。
本日行われる定期演習も、はるばる他地方から部隊がやってきて参加する大規模なものだが、果たして実効的な能力向上に繋がるかどうか……?
国連軍のブルーカラーと、米軍のグリーン系統色が混在する、この基地らしい戦術機部隊が順次出発していくのを、俺はしばらく眺めていた。
俺は、部隊編成上はたった一人だし、機体も横田基地唯一のF-15Eだ。エレメントを構成する相方もおらず、戦力的には使いづらいことこの上ない。
F-15EのジャンプユニットはF-22等の先進第三世代機開発で培われた技術の恩恵を受けており、低燃費高速巡航を可能とする。
これはいいのだが、他の機体と連携を維持するのに苦労するのは明白だからだ。
俺の側が遅い機体に合わせれば、こっちの燃費が悪くなるし、相手が無理して出力を上げても同じ。何より、衛士にいらぬ疲労を強いる。
基本的に、同一機種かせめて似た性能の機体で部隊を編成するのが常道ってものだ。
さて今回の演習では、どんな任務を振り分けられるのやら……?
「――白銀少尉」
しばらく待っていると、HQから通信が入った。事務的な表情を作ったオペレーターと画像越しに目をあわせる。
「はい」
「出撃準備はよろしいか?」
「はっ」
「では、本演習における貴官の任務を転送する。送信パッケージ21、キーコードはN3」
「了解……受信しました。任務、確認」
送られてきた圧縮データを、あらかじめ決められた暗号キーで解錠する。面倒な手続きだし、BETAには無意味なのだが、対人戦で通信が傍受される可能性を完全に排除するわけにもいかないしな。
「命令を受領。白銀少尉、出撃します」
手早く命令内容を頭に叩き込むと、俺はレバーを握り直しフットペダルの感触を確認した。
誘導灯を振る要員の指示に従い、固定具から解き放たれたF-15Eを前進させる。機体各関節が、戦術機独特の駆動音を発っする。
俺は唇を舐めながら、ゆっくりとハンガーの出口へと向かった。
かつて『卒業試験』が行われた演習場に入った俺は、機体のレスポンスを確かめるための小刻みな動きを行いながら、指定ポイントに移動する。
ショートジャンプ、サーフィシング、咄嗟射撃動作、急旋回……一通り試す。
秋の晴天の下、F-15Eは力強くイメージ通りに動いてくれた。
「……いいな」
俺は、レバーから伝わってくるきびきびとした手ごたえに、自然と笑みをこぼす。
今まで使っていた練習機や、予備機のF-5とはあらゆる面で次元が違う。
特に、馬力に余裕があるのはありがたい。運動性なら、模擬戦で教官がやったようにある程度は腕や工夫で何とかなるが、パワーは機能以上に出すのは無理だからな。
ただ空力制御概念を大胆に取り入れた不知火に比べると、小回りという点では不満が残るが……これは開発の元になったドクトリンや思想の違いだからな……。
実の所、F-15Eは不知火とは技術的には近しい。どちらも、ベースは傑作戦術機F-15Cだ。兄弟……とはいかないまでも、従兄弟機と呼べるぐらいの関係にある。
が、作り手が違うとかなり差異のある操作を要求されるのだ。
あえていえば、不知火は達人好みで、F-15Eは比較的万人向けってところか?
俺の不知火に対する経験は、オリジナル武を経由した間接的なものだから、間違っているかもしれないが。
そんな事を考えながら、目標ポイントに到達した。
「――あれか」
俺の視界に、一両の大型兵員輸送車が映った。そのボディには、衛生兵科を示すマークが塗ってある。
……BETA相手では、対人戦ならお互いが人道上条約を守るという前提の元で辛うじて期待できるような人命救助さえ無理であることは、いうまでもない。
だから、戦地で自力行動不能に陥った兵士を助けに入る場合は、例外なく戦闘救助(コンバットレスキュー)になる。
衛生科が、戦闘専門の兵士並に武装するのは、対BETA戦じゃ珍しいことじゃない。
過酷な任務をこなす衛生兵の中には、レンジャークラスの訓練を受けたつわものも多い。
が、そんな兵力があれば最初から普通の戦力として投入したい、というのが指揮官クラスの本音だ。
ある程度余力があって、かつ建前に過ぎなくても兵士一人一人の命を大事にする軍隊……アメリカ軍などでもない限り、専門の戦闘救助部隊を常設するのは稀なのが人類の現実だ。
そして、米軍を多数含みかつ後方地域である帝国駐留の在日国連軍には、一応、専門の隊が編成されている。
大型兵員輸送車は、内部に救急治療用の設備が積み込まれているタイプ。その周辺には、護衛らしい戦術機(国連軍カラーの撃震)が三機ほど警戒姿勢で立っていた。
ある程度接近した所で通信を開いた。
「こちら、白銀武国連軍少尉であります。コールサインは、ホワイト1」
いかにも適当にとってつけたようなサインだが、俺が決めたわけじゃない。司令部の指示だ。
「ボーグ=ブレイザー国連軍少佐だ。貴官が、増援か?」
「はっ。本『作戦』において、貴隊の指揮下に入るよう指令を受けました」
網膜投影画面に映ったのは、三十半ばを越えたぐらいの男性衛士だった。この時代の衛士としては、かなり高齢と見て良い。
白人系の彫りの深い顔と、細い目が印象的なそのブレイザー少佐に、俺は軽い違和感を覚える。いや、違和感の元は少佐本人というよりは……。
疑問を頭の隅に浮かべながらも、規定のやり取りを済ませる。
ブレイザー少佐のコールサインは、ホルス1。他の二人の衛士(いずれも俺より先任だ)がそれぞれホルス2と3。
護衛対象の兵員輸送車のコールがエンジェル。これを守るのが、俺達の任務だ。
(……ん?)
俺は、ふと眉をひそめた。何機もの戦術機が専任の護衛につく、というのはいくらなんで贅沢すぎる。通常ならせいぜい機械化歩兵ぐらいまでだ。米軍ですら、ここまでは滅多にしないだろう。
広域データリンクを参照すると、既に各部隊は対人あるいは対BETAを想定した訓練を開始している。
俺達も、早速訓練に入った。まずは、機体自身の出す音を極力抑えての、静粛警戒。
周囲には瓦礫や岩が無数に転がっているが、今のところ敵性反応はなし。JIVESの仮想敵を相手にしているらしい戦術機が飛び回っているのが、遠くに望めるぐらいだ。
HQからは特段の指示が入ることもなく、じんわりとした時間が流れていく。
いい加減、集中力が薄れてきたタイミングを見計らったように、ブレイザー少佐が通信を入れてきた。
「その新型の乗り心地はどうかね?」
自分たちは撃震なのに、新米の若造が新鋭。そういう妬みの類は全く感じさせない、落ち着いた声だった。
「はっ。良好であります」
だから俺は素直に答える。
と、少佐の口元がほころんだ。
「そんな機体を存分に乗り回せたら、楽しいだろうな……私達にはもう無理だが」
「……」
俺は、思わず首を傾げてしまった。確かに新型は充足が遅いが、機会があれば無理ってものでも……。
すると、少佐はまた口元の形を変えた。今度は、自嘲を示している。
「そうか、君は私達の事を知らないのだな。ほら」
画面の中で少佐は、自分の右手を振る。その動きが、どこか不自然だ――作り物っぽい。
まさか……。
「そう、我々は戦傷兵なのだよ。幸い、生体義肢との接続では衛士適性基準を満たしたが……それがぎりぎりでね。
短期ならともかく、長期戦になればまともな働きができなくなる。こうして、お情けで撃震に乗せて貰っているだけでありがたいぐらいだ」
「……は、はあ」
重い……重すぎる!
俺は、どんな表情をしていいのかわからなかった。
そうだ、戦争になれば人間は傷つく。戦闘以外の訓練中にだって。
仮に擬似生体の手当てがついたって、全く元通りになるって例は少ない。かけがえの無いモノは、一度失えば戻ってこないのだ。
因果情報内の涼宮遥中尉のように、完全に衛士適性を失ったのも辛いだろうが、なまじ戦術機に乗れる力がある、というのも……。
つまり、俺を含めた厄介者が、臨時に護衛小隊に編成されたわけか。
「この撃震も、実は操縦系統が少し改造してあるものでね。前線の兵站を考えると、この点からもよろしくない」
俺が感じた違和感の正体は、少佐らの周囲に映る管制ユニットの仕様の違いだったらしい。
このとき、俺はかなり微妙な表情をしていたのかもしれない。
少佐と、その部下二人が愉快そうに笑い声を上げた。
「おいおい、そう深刻になるな。こういうお情けで軍に残っている老兵もいる、ということさ。もっとも――」
俺は、一瞬ぞくりとした。少佐達の目に歴戦の兵士以外何者も出せない、強烈な光を見たのだ。
「我々のようなポンコツ兵士でも、人類に対する義務を果たさねばならない時には、身を惜しむつもりはないがね」
だが、俺の見た『光』は嘘のようにすぐかききえた。
温和な声で、少佐は話を変える。
「……それにしても、白銀少尉は若いな。まだ十八にもなるまい? 十三歳になる私の息子よりは、さすがに年上だと思うが……」
若年志願兵として入隊し、スピード記録で任官した俺は、少尉としては驚くほど若い。
鍛えまくった体のせいで、ひとつふたつ年上に見られる事もあるが。
「あ、はい。今年で」
答えようとした俺の言葉を、耳障りな警告音が遮った。
咄嗟にレーダーを見ると、IFFで味方識別信号を発してない動体が接近してくる。
これは、戦術機……
F-15Eのレーダーは、最新鋭のものだからこのあたりの探知範囲は広い。その情報は、データリンクで少佐達にも伝わる。
「全機、警戒態勢! 前進し、正体不明存在を確認する」
少佐の指示に従い、俺達は兵員輸送車を守るべく機体をショートジャンプさせた。戦闘になった場合、すぐ後ろに護衛対象というのはかなりまずいからだ。
直援の機体を残したいところだが、接近する謎の戦術機は一個中隊ほどの数が捉えられている。こっちは四機だから、出し惜しみする余裕が無い。
「――見えた!」
数回、ショートジャンプして着地した後、俺の網膜投影画面に映ったのは――
肩装甲に映えるのは、赤い星のマーク。全身を彩っているのは、ソ連軍……ロシアンカラーといわれる、かつての帝国最大の仮想敵国でよく使われる塗装。
だが、在日国連軍にはソ連軍は参加していない。
何より、不知火をソ連軍は装備していない!
つまりこいつらは。
「富士……教導団!? 演習に参加してたのかよ!」
思わず驚きが口をついてでる。
開発部隊を含んだ、帝国の最精鋭。装備の良さを考えると斯衛軍より上の、文字通り最強集団……の、はずだ。
どういうことだ? 富士教導団が訓練に参加しているのは……ありえない事じゃない。在日国連軍は実質的な帝国軍の分派を含んでいるからな。それを訓練することもあるだろう。
だが、態度がよくわからねえ。攻撃してくる様子は今のところないが、こちらを遠巻きにする動きはどうみても好意とは逆だ。
そのうち、富士教導団の不知火の一機から、通信が入った。
「――白銀武っていうのは、どいつだ?」
冷たい敵意が滲むような声。他所属軍人に対する、最低限の前置きさえない。
名指しされた俺は、嫌な予感にかすかに身を震わせた。
「では、発動予定のプロミネンス計画に帝国は不参加、ですか?」
あからさまな落胆の声が、暗いハンガーに響いた。
「ああ……軍や議会の馬鹿どもめ、何を考えているのやら」
答える側も苦々しい思いを隠さない。
プロミネンス計画。
一度は却下したはずのアメリカのG弾使用路線を、国連が予備計画という名目で容認しようという態度に反発する諸外国が、対案的な意味を持って出したプロジェクト。
国家や東西冷戦の名残という垣根を越えて、世界規模で戦術機開発技術の交流を行い、現状を打破する高性能戦術機を並行して開発しようという野心的なものだ。
日本帝国も、G弾に反対する立場からこれに乗るのが当然だと思われたのだが……。
「国粋主義……あいつら自身に言わせれば愛国主義……によれば、不知火などで培った国産技術を他国に見せるのは、国賊的行為らしい」
「そんな馬鹿な」
うめいたのは、ある著名な帝国の軍需産業の人間だった。着込んだ作業服は、油で汚れている。
元々、技術屋というのは国粋主義とは縁が薄い存在だ。
どこの国の何人が作ったものだろうが、良いものは良い。駄目なものは駄目。失格品に、愛国的だから仕方ないとかの誤魔化しが入る余地はない。
まして、戦術機技術においては開示がむしろ世界のスタンダードだ。
もし、1970年代にアメリカが『愛国的』に自国開発技術は他国に渡さん、とやったら……人類はとっくに滅亡していただろう。
潜在敵国である旧東側諸国にさえ、様々なルートで技術を提供したからこそ、日本は国産技術を研究する時間を得られたのだ。
日本自身も、F-15の最新技術徹底研究が可能という恩恵を受けている。
それに、技術者としては愛国主義とかよりダメージがある話だが、現行の国産技術は残念ながらアメリカ製品の模倣レベルを脱していない。
まがりなりにも一級品になっているのは、現場の生産者や将兵の献身によるものだ。そんな現場の過重負担に頼ったやり方が、いつまでも通じるとは思えない。
「軍の中にも、わかっている者はいる……だが、残念ながらそういった者達は窓際族だ」
技術者と話しているのは、軍服を着た壮年の軍人だった。彼の視線が、暗いハンガーの中に納められた戦術機を見上げる。
94式戦術機・不知火。それを改良するため、内部をばらしている最中の機体だった。
「この不知火は、異様に高い要求性能を満たすため、兵器に本来必要な拡張性を犠牲にしている。戦術機として、大問題だ」
戦術機は、不確定要素の塊であるBETAを主敵としているため、急にBETAの行動や性質が変わってもそれに対処できるだけの柔軟性を必要とされる。
F-4 ファントム以来、多くの戦術機に改造の余地がある部分が多目に残されたのは、そのためだ。
この意味では、不知火は自ら望んで袋小路に入り込んでしまっている。
にもかかわらず、帝国軍は異常なスペックを要求したのと同じ口で、不知火をさらに改良しろと命じてきた。
この全体的な視点を欠いた要求に、軍需産業が頭を抱えたのは言うまでも無い。
帝国軍人や役人の多くは、企業を言った事を実現する道具ぐらいにしか見ていないのだ。平然と無茶を言う。
一応、不知火の改良に取り掛かりはしたものの、予想通り難航している。
フレーム材質に関してはコストを無視すればアメリカを上回るものさえ作れるのだが、主機や駆動系パーツ……特に高出力低燃費の効率的なユニットについては、全くお手上げだ。
その軍需産業が、打開の望みとしたのがプロミネンス計画への参加だ。
アメリカは、G弾路線の邪魔になりかねないこの計画を妨害するどころか、自国最新技術を持つ企業の参画を認めるという、太っ腹で度量のある態度を示唆している。
恐らく国内企業救済という要求、そしてさすがにこれは開示しないと思われるステルス技術のアドバンテージに自信を持っているゆえだろうが、何にせよこの一貫性の無さは帝国にとってはチャンスだ。
だが、プロミネンス計画参加は見送られた。
帝国戦術機の現状を正確に把握し危機感を持つ企業人や軍人などの心ある人々は、落胆せずにはいられなかった。
不知火の抜本的な問題解決は先延ばしになるとしても、せめて今後予想される日本本土防衛戦には、全軍に供給できる改良型を間に合わせたい。
陽炎を改良してアメリカでいうE型基準に引き上げるような案もあったのだが、機体自体の調達が絞られた後だから無理なのだ。
「そこで、私なりになんとか打開策を探ってみた。これを見てくれ」
落胆する作業服の男に軍人が差し出したのは、在日国連軍の広報誌だった。開かれたページには、新品の制服に身を包んだ黄色人種の少年の写真が載っている。
「……これは、日本人ですね」
「ああ。実はこの少年、国連そしてアメリカが発動させている、あるプロジェクトに関わっている。その中には、新型戦術機開発も視野に入れられているらしい」
「それは」
「国連軍所属とはいえ、日本人が国連やアメリカにエリートとして認められて関われるのなら、馬鹿どもの拒否反応を抑える糸口になるだろう。
この計画に、不知火の改良案をなんとかねじ込めないか動いてみるつもりだが。どうかね?」
「SES……計画?」
帝国の反主流派軍人と企業人の密談を、カバーが外されて丸出しになったセンサーで、不知火が静かに見つめていた。