人類の終末。それを肌に感じる世界に生きていた。
世界を埋め尽くす異形の怪物――アラガミたちに怯えながら小さな箱にはで細々と命を繋ぐ人類の最後の足掻き。その象徴たる存在として多くのアラガミを屠ってきた存在が居た。
神を喰らう者――
そんなゴッドイーターとして多くの仲間と共にアラガミと戦い続けた日々――フェンリル極東支部支部長のヨハネス・フォン・シックザールが企てた『終末捕喰』を利用した『種』としての人類絶滅を防ごうとした『アーク計画』やフェンリルの上層部が企てガーランド支部長が実行した人類の天敵たるアラガミを新型ゴッドイーターの感応能力で兵器化するという『新世界統一計画』といった大きな事件を経て、多くの出会いや別れがあった。
地球そのものがアラガミに『捕喰』されて滅亡するとされる『終末捕喰』。アラガミ同士が互いを『捕喰』し続けた末に現れる最大のアラガミ『ノヴァ』が引き起こすと言われる人類の黄昏。それが本当に起こり得るのか、誰も知らない。人間が知っていることはアラガミとの戦いは終わりがないということだけ。アラガミの身体は核を破壊されることにより霧散するが、その身体を構成しているオラクル細胞が再び再集合し新たなアラガミを形成するため、事実上地球上からアラガミを完全に駆逐することは不可能だ。ならばそのオラクル細胞を消滅させれば良いという案もあったが、そもそもオラクル細胞を完全に消滅させ得る方法がいまだ未発見であることから現実的ではないという結論に至っている。
もちろん、例え夢想だったとしてもアラガミの脅威から人類が解放される日を願ってゴッドイーターは戦い続ける。みんながみんなそうだったわけじゃないけど少なくとも俺や仲間達は希望を捨てずに戦い続けていた。それが俺の、俺たちの日常だった。
「それがどうしてこうなったあああああ!!」
気が付いた時にはすでに遥か上空から落下している自分が居た。
凄まじい湿気の靄を抜けると眼下に広がるどこかの森林地帯。アラガミの出現に伴い、そのほとんどがアラガミによって『捕喰』されて荒れ果てた土地となっている極東にはまず見られないほどの青々とした木々が生い茂っている。すくなくともフェンリル極東支部・通称アナグラと呼ばれる俺の帰るべき場所の近くではないことは確かだ。
「だああ、俺は落下型ヒロインじゃないんだぞ!!」
多種多様というか荒唐無稽にして複雑な進化を見せるアラガミを相手に戦ってきた俺は、こうした高所からの落下という経験は初めてじゃない。飛行タイプの大型アラガミと戦っていると稀に失敗してアラガミに剣を突き刺したまま上空へと連れ上げられることもあった。ゆえにこうした高所からの落下に対する対処法も自然と身についていた。周囲の天候はあいにくの大雨だが、問題なく落下中の体勢を整え少しでも空気抵抗による落下速度加速を防止する。そうしながら落下地点の状況を確認する。【ユニバーセンス】を用いて遥か下方の地形を感じ取ったと同時に複数の生命反応を確認した。
「この感覚はアラガミ? それに……これは、ゴッドイーターなのか?」
確認した反応は感じなれたゴッドイーターとアラガミのものに酷似しているが、どちらも微妙に違っている。
アラガミなら新種のモノであればこの違和感も頷ける。眼下に見え始める白い巨体。アルダノーヴァ系の男神型に似た形状をしているそのアラガミ?は、いままで見たことのないタイプだ。アラガミは常に進化し続ける性質があるため、俺が見たことのない新種が居ても不思議ではない。しかし、ゴッドイーターの存在を間違えるなんてことはありえない。長年共に戦ってきた仲間達の気配を間違えたりしない。それは相手が旧型でも新型でも同じこと。それなのに「似ている」としか判断ができないその者達はいったい何者なんだろう。
「って、そんなことを考えてる場合じゃなかったな」
不意に浮かんだ疑問は高所から落下中という現状を解決してからでも十分間に合う問題だ。
今は無事に着地することだけを考えよう。
「幸い丁度良いクッションもあるところだ。いくぞ、相棒!」
そう言って手にしっかりと握っている神機を剣形態に切り替え、装甲を下方に向けて展開する。巨大な剣の鍔元から瞬く間に盾が展開し、落下速度がさらに低下する。それと同時に凄まじい衝撃が装甲の向こうから襲い掛かってきた。
「おいおい、こんな距離まで届くのか!?」
装甲の向こうに見えるのは眼下に居る巨大なアラガミ?から伸びる触手状の手だった。
凄まじいパワーだったが、いままで相手にしてきた大型アラガミたちの中にはこれ以上の馬鹿力で殴られたこともある神機の装甲はビクともしない。相棒が平気だというのなら俺も耐えて当然だ。アラガミ?の攻撃により、さらに落下が減速したことで自分の身体能力だけで着地することが可能な高度と速度になった。
「だったら次に考えることは、仲間を守る!」
まだゴッドイーターと決まったわけではないが、大勢の人間がアラガミ?と戦って傷付いているのは事実。それを見捨てるわけにはいかない。
俺の存在に気付いたと同時にそれまで交戦していた相手から俺へとその攻撃を集中し始めたアラガミ?は次々と攻撃を仕掛けてくる。
「この程度ッ、斬り抜ける!」
このまま装甲で防ぎ続けても十分耐えられるが何度も上空に跳ね上げられていたら下で戦っている人たちに被害が増えるだけだ。先にアラガミ?と戦っているゴッドイーター?の戦闘を見ればアラガミとの戦いに慣れているような様子には見えない。見れば負傷者の数もかなり多いのに誰一人【リンクエイド】を行おうとしていない。【リンクエイド】を行うだけの体力的余裕がないということだろう。新人教育の最中に新種のアラガミ?に襲われた、という状況か。
「うおおおおお!!」
飛来する触手状の腕を剣形態の神機で切り裂き、その反動を利用して他の触手を攻撃しながら一本の触手に着地する。それと同時にアラガミ?本体へと向かって触手の上を駆け下りる。
「このまま本体を――ッ、なんだ?」
駆け出した一瞬、全身を不快な波動のようなものが襲った。まるで第一種接触禁忌種のアラガミと戦ったときに感じる偏食場をとんでもなく強烈にしたような感じだ。むかしの俺なら身動きが取れなくなっていたかもしれない。しかし、ガーランド支部長の一件や度重なる禁忌種との戦闘を経験した俺にはこの程度の偏食場では集中を乱すことはできない。
「久しぶりの新種だ」
アラガミ?の攻撃を切り払い、装甲で防ぎ、ステップで避けながら本体を射程圏内に捉えた俺は神機を捕喰形態へと変形させる。
「思いっきり喰い潰せっ!!」
俺の意思に呼応して刀身から獰猛な捕喰者が現れる。神機本体の体積を遥かに上回る異形の顎が未知のアラガミ?の頭部を喰い千切った。
アラガミ?の身体を喰らったことで神機解放状態となり、一時的に身体能力が強化される。それを利用して追撃を加えながらようやく大地に足を着ける。予備動作無しのコンボ捕喰だったため、神機解放状態はすぐに解けてしまったが、頭部を潰せば大抵のアラガミは行動不能になる。あとはこのアラガミ?が行動を再開する前にコアを捕喰してしまえば勝負は着く。
「お、お前は――男?!」
着地と同時に次の攻撃へ移ろうとしていた俺を背後から驚愕の声が呼び止めた。
振り向くとアリサと同じ年頃の長い赤髪の女の子が倒れた女の子を抱きしめながら信じられないモノを見るようにこちらを見ている。倒れている女の子は腹部を切断され、今にも息絶えようとしていた。すぐにでも【リンクエイド】を必要とする状態なのに赤髪の女の子は呆然としているだけだ。初めての惨状に思考が停止してしまったとでもいうのか?
「何をしてるんだ! こいつは俺に任せて良いから早くその子に【リンクエイド】を!」
「り、りんく、えいど? それはなんだ!? おまえはパンドラなのか!?」
「【ぱんどら】じゃない【リンクエイド】だ! 早くしろ、仲間を死なせたいのか!!」
「わ、私には分からない。りんくえいどというモノならマリンを助けられるのか? お願いだ、マリンを助けてくれ!!」
縋るように叫ぶ女の子の姿に俺も愕然とした。ゴッドイーターであるのなら【リンクエイド】を知らないはずがない。初陣前に叩き込まれる基礎中の基礎だ。それを知らないと言われ、俺は改めて女の子たちの姿を見る。
「……腕輪がない?」
彼女達の腕にはゴッドイーターならば必ず装着されているはずの腕輪がなかった。それは彼女達がゴッドイーターではないという明確な証明だ。それにも関わらず、感覚ではゴッドイーターに近いモノを感じる。一体どういうことだ?
そこまで思考が移ったと同時に優先すべきことを思い出し、俺は瀕死の女の子へと近付き手を伸ばした。
「ゴッドイーターじゃない人に効果があるのか分からないけど――」
色を失くした瞳が俺の姿を捉えたように感じたが、すぐに女の子は完全に意識を失った。もう時間がない。俺は女の子に触れていつもの要領で【リンクエイド】を行う。
「どうやら【リンクエイド】は通じるようだね」
女の子の身体が淡い光を発したと同時に【リンクエイド】が正常に発動したことを確認する。
切断されていた胴は俺から譲渡された活力を素にして女の子のオラクル細胞が活性化し、見る間に修復されていく。ものの数秒で女の子の身体は正常な状態に戻った。
「……ぁ、れ? わたしは……」
「マリン!」
身体の再生が完了すると同時に女の子の意識も戻り、赤髪の女の子が感極まったように抱きしめる。
まるで奇跡が起きたかのような反応に俺は彼女らがゴッドイーターではないことを確信した。頭部さえ無事なら即死でもしない限り【リンクエイド】で回復させることは可能だ。それは実戦を経験したことの在るゴッドイーターは当然として新人でも知っていることを知らない。【リンクエイド】が正常に効果を発揮したことを考えれば少なくとも彼女達がゴッドイーターと近しい処置をその肉体に受けていることは間違いない。もしかしたらどこかの支部でゴッドイーターに代わる戦闘要員でも育成していたのかもしれないと思ったが、それにしてはアラガミに対してあまりにも無力だ。新型のゴッドイーターも増え始めているこの時期にこれだけの数の代替兵を用意するならそれなりの成果を出してからになるはずだ。
「ああ、もう! わけが分から「危ない!」―― っと!」
頭を抱えようとした俺に赤髪の女の子が背後から迫る危機を知らせてくれる。もっとも背後の警戒を怠るようではゴッドイーターとして長生きできない。振り向き様に襲ってきた触手を引き裂き、神機を銃形態へと変形させる。
「この子たちがゴッドイーターじゃないってことは、もしかしてお前もアラガミじゃないのかもしれないな」
言いながら先ほど捕喰した際に取り込んだ細胞から神機内で合成されたバレットを装填し、引き金を引く。
捕喰したアラガミによって様々な特性を発揮するアラガミバレット。目の前に聳える巨体に向かって射出されたのは、白刃の閃光。射線上にある物質を問答無用で穿つ白槍が巨大なアラガミ?の胸部を貫き、その奥に隠されていた球形の器官を破壊した。これまでも多くのアラガミバレットを撃ってきたが神機連結解放もしないでこれほどの威力を発揮するモノは稀だ。おそらく球形の器官がこのアラガミ?のコアだろう。俺は対アラガミ討伐の定石と同じように露出したコアへ容赦なく捕喰形態を嗾ける。
「今度こそ、止めだな」
神機がコアを捕喰したと同時にアラガミ?の巨体はボロボロと崩れ始め、捕喰を完了した神機が素材となりえる物質を吐き出して剣形態へと戻った。
「これも見たことないタイプの素材だ」
神機から吐き出されたのは不思議な輝きを持つ綺麗な結晶体が三つ。
「見たことのない素材に、見たことがないアラガミに、ゴッドイーターと似た女の子か」
榊博士あたりに説明を要求したいところだけどそれは無理だろう。みんなに戦闘以外では鈍いとよく言われる俺でも予想はつく。
助けた女の子たちは【リンクエイド】を見たのと同じように俺が行った戦闘を驚きの表情で見ていた。その後方には多くの子が倒れている。ほとんどは死んでいるようだったけど、まだ間に合う子も居るかもしれない。これは相当な体力を消費するだろうと覚悟しつつ、俺は雨が止んだ空を見上げた。
「……君がそこに居ないということは、そういうことなんだよな」
暗雲の切れ間から覗いた白い月。
世界を救う為にシックザール支部長が生み出したノヴァと共に月へと渡ったあの子が居る証がその月にはなかった。
2064年第9次ノヴァクラッシュ――
本来ならば数多くのパンドラが失われるはずだった惨劇は、空より舞い降りた一人の少年の力により僅かに、しかし確実に結末を変えた。
英雄アオイ・カズハの再来。
聖母マリア・ランスロットの後継者。
これは、後にそう言った名で呼ばれることになる一人の少年の物語。