No.007『思惑』
「おいおい、一ヶ月も経っているのにランキングで50種類超えている組いねぇのかよ。原作知識あるのに弛んでるなぁ、全く」
「他力本願の私達が言う台詞では無いですがね。まだ正確に誰が誰と組んでいるのか判明していませんので、指定カードを複数で分散させているとランキングなんて宛になりませんがね」
同胞によるハメ組の筆頭に立つ二人は懸賞の街にて以前と同じカフェで一息付いていた。
二人の甲斐甲斐しい努力あってか、グリードアイランドで活動する仲間は若干増えており、情報収集も少しだけ捗っていた。
「BランクとAランクのカードは埋まってきましたが、Sランクとなるとまだ誰も入手していないカードが多いですね。SSランクは現在全滅状態です」
「開始一ヶ月ならそんなものか。それにしても本当に『神眼(ゴッドアイ)』は便利だなぁ」
「自力で見つける努力をしない私達には若干宝の持ち腐れですがね」
Sランクの呪文カード『神眼』は、使用したプレイヤーはNo.001から099までの全てのカードについて『解析』と『名簿』の効果をいつでも得る事が出来る。
一旦ゲーム外に出ると効果が失ってしまうが、クリアするまでグリードアイランドに篭りっきりの彼には関係無いデメリットである。
――No.001から099のカードが出揃った時、彼等は外で待機しているプレイヤーを全員呼び込んで呪文カードを一気に独占し、呪文カードで全てを奪う。そういう手筈になっている。
考えて見れば、大多数の人間を危険溢れるグリードアイランドで待機させる必要なんて無かったのだ。
事前まで情報を与えず、対策すら立てられない間に電撃戦で片付ける。それが彼等ハメ組の新たなクリア方法だった。
グリードアイランドに来る事すら拒否していたメンバーもこの仕上げの作業に協力する事を承諾している。
原作のハメ組の敗因の一つに、全ての指定カードが出揃っていなかったという事があげられるだろう。最大の敗因は獅子身中の虫(爆弾魔)だが。
「バッテラ氏がグリードアイランドに懸賞金を掛けたぞ。本体に170億、クリアデータ入りのロムカードに500億ジェニーと原作通りだ。グリードアイランドの本体回収も何件か先を越されたが、二つほど新たに入手出来たぞ」
「そうですか。少しばかり速いですね。同胞のプレイヤーキラーによる大量殺戮でグリードアイランドの情報規制を早めたのですかね? 持ち主を失ったロムを大量に入手する機会が増えたからか、それとも外にいる同胞の干渉か。……ふむ、スタート地点に見張りを何人か回した方がいいですね。近い内にバッテラ氏から大量のプレイヤーが送り込まれて来るでしょうし。――爆弾魔がいつ頃からグリードアイランドに来たのかは不明ですが、邪魔されても困りますしね」
原作ではバッテラ氏はグリードアイランドが発売して一年後に懸賞金を掛ける筈だが、意図せずして原作改変が成ってしまったという処だろう。
(まぁ元々原作前にクリアしてしまおうとする私達の言える事では無いですね)
新規プレイヤーが大量に送り込まれて来る事自体は脅威ではない。多くの雑魚は原作より悪質なプレイヤーキラー達の餌食になるだろう。
自分達はその哀れな撒き餌が喰い千切られる様を高みの見物をしつつ、プレイヤーキラーの情報を出来る限り集める事に専念すれば良い。
外と内の現状報告が終わり、優男は紅茶を口にする。クリアする目処が完全に立っているのだ、後は待つだけで良い。勝利を確信しながら彼は微笑んだ。
「それにしても不思議ですね。テキストを見れば一目瞭然でしょうに。――どうして誰も彼も『離脱(リーブ)』で現実世界に帰還出来るなんて疑いも無く思い込めるんでしょうね」
「おいおい、此処でその話かよ。誰かに聞かれたら大事だぜ? その救いようのない愚鈍さのお陰で救われてんだからよ、俺達二人は」
――原作のハメ組との最大の差異は、リーダーと副リーダーが共謀して他のメンバー全員を謀ろうとしている点に尽きる。
少しでも頭を働かせれば、同胞が数十人集って原作のハメ組を再現するという行為そのものが成り立たない事ぐらい解る筈だ。
原作の彼等は500億という巨額の報酬が目当てであり、金は幾らでも分配出来た。同胞によるハメ組は現実世界への帰還を目的としており、『離脱』もしくは同じ効果を持つ『挫折の弓』での帰還枠は全員に等しく分配出来るだろうか? 答えは否である。
「誰も彼も自分が真っ先に『挫折の弓』で帰還する権利を得ていると思い込んでいる。実に滑稽な話だがな」
クリア報酬による指定カードの枠は三枚、一枚は『挫折の弓』で十人、もう一枚を『聖騎士の首飾り』にするならば、呪文カードで変化させた『挫折の弓』をもう一枚入れる事が出来る。
それでも一回のクリアで二十人、あと二回クリアすれば全員分を確保出来ると建前上説明しているが、一回のクリアで六十人以上必要なのに二十人しか報酬を得られない、更には一回のクリア毎に二十人のメンバーが減るとあっては、建前上の協力関係は最初から成り立たない。
――更に根本からこの前提を覆すが、『離脱』のテキストは「対象プレイヤー1名を島の外へ飛ばす」という簡素なものであり、『挫折の弓』で使える『離脱』も同様の効果である。
このカードでの『島』の定義は『グリードアイランド』以外在り得ず、それは島の中で使った場合も、外で使った場合でも変わらないだろう。
外で使った場合のみ『島』の定義が、この『世界』に都合良く変わるだろうか?
条件を満たさなかったカードは何も起こらず、ただ消えるのみ。
グリードアイランドに来ていれば嫌でも見慣れる光景だが、それが『離脱』でも起こり得る事だと何故思考が至らないのだろうか。
「指定カードを2枚無駄にしてでも手に入れる価値がありますからね、No.000『支配者の祝福』は」
よって騙されている事にも気づかない哀れな彼等を騙してクリア出来る機会は一回のみ。クリア報酬の2枚は望み通り『挫折の弓』と『聖騎士の首飾り』にしよう。
最後の一枚は彼等二人の本命である『支配者の祝福』――ただし『擬態(トランスフォーム)』したものではなく、本物であるが。
No.000『支配者の祝福』は城のオマケに人口一万人と城下町が与えられ、町の人々は使用者の作る法律や指令に従い生活するというものである。
つまり、絶対服従を誓う一万人の奴隷を手に入れる事に等しい。
これが外の世界でどれほどの利益を生むかは語るまでもあるまい。数年足らずでバッテラ氏の懸賞金の500億など単なる端金になるだろう。
更には『挫折の弓』で帰還出来ず、この世界での永住を余儀無くされ、絶望した同胞も彼等の王国に招き入れ、都合良く使ってやろう。利用されている事に気付かず、ボロ雑巾のように使い潰してやろう。
「おいおい、その顔は不味いぜ。本性が曝け出ていて、何処から見ても『魔王』じゃねぇか」
「おっと、いけませんね。暫くは私財を全て投げ売ってまで他の同胞を救わんとする『聖人』を演じていなければいけませんでしたね」
99種類の指定カードがゲームの盤上に出揃った時に、彼等主催の強奪イベントが強制的に開催される。
――グリードアイランドをクリアするに至って最大の障害は、或いはクリアに最も近いプレイヤー陣営は、雌伏の時を優雅に過ごす彼等なのかもしれない。
「Bランク、Aランクは大体集めたか」
海鳥の鳴き声が眠気を誘う海辺の街ソウフラビの喫茶店にて、バサラ組は一息付いていた。
「ったく、指定カードを分散させていてもランキング一位とはな。有名人は辛いな、バサラ」
全身包帯の青年は茶化すように笑う。他の第三者が見れば不気味な光景にしか見えないが、長年付き添う二人には彼の感情表現を深く理解していた。
「目に掛けていた組の収集速度が異常に遅いのが若干気になりますね」
「案外、指定カードの入手に本気で梃子摺ってるんじゃねぇの?」
参謀役の懸念に、バサラは想定した実力より下だったとばっさり切り捨てる。
今のグリードアイランドで指定カードを入手出来る実力者は彼等を除いて数組程度。それも漸く二桁に達したぐらいの組が大半であり、既に50種類まで揃えた彼等の敵では無かった。
「現状、注意が必要なのはギバラ組とジョン・ドゥ組だな。まぁどっちも単独のプレイヤーだが。明らかにカード集めよりもプレイヤー狩りに比重を置いてやがる。全く、何処のフェイタン・フィンクス組だよ」
溜息一つ吐きながら「お前も見た目的には旅団員と張り合えるがな」とバサラが笑いながら突っ込む。
彼等もプレイヤー狩りの分類に入るが、その目的は指定カードのコンプリートにある。ジョン・ドゥはとにかく、ギバラのような目に付いただけでカードを奪わずに殺すような殺人快楽者とは一緒にされたくなかった。
「遭遇さえしなければ無視で良いんじゃね?」
「そうですね、戦闘になっても旨味は欠片もありませんしね」
だが、同じプレイヤー狩りとは言えども張り合う義理は無い。殺しは手段の一つであり、目的では無いのだ。
「此処まで順調ですけど、一つだけ問題がありますね」
「――『闇のヒスイ』か」
バサラは懐からあるアイテムを取り出し、忌々しげに睨む。
それは彼等が苦労して手に入れた『闇のヒスイ』であり、入手してから今まで、カード化する気配は一切無かった。
「入手したのにカード化しないのはカード化限度数に至っているからです。しかし――」
「『名簿(リスト)』で調べても所有者0人か。バグか?」
現実世界のMMOなどではその手の不具合は日常茶飯事だったなーと全身包帯の男は懐かしげに回想する。
しかし、彼等の参謀役は険しい顔で顔を横に振った。
「考え辛いですね。このグリードアイランドを運営しているゲームマスターは方向性は違えどもジン級の化物どもですよ? そんな不具合があるならば即座に修正しているでしょう。これは我々の想像以上に、もっと厄介で深刻な話です」
全身包帯の男はチンプンカンプンだと言わんばかりに脳裏に疑問符を浮かべ、逆にバサラはその可能性に心当たりがあったのか、頭を掻き上げながら眉を潜めた。
「――念能力か」
「それはおかしくないか? 例えどんな念能力があっても『本』に頼らずにカードを保有する方法があるとは考えにくいが? だたでさえ不正防止で其処等辺の対策はガチガチだしな」
全身包帯の男は即座に自身の意見を述べ、その解答を彼等の参謀役が綴る。
「飛び切りの例外という事でしょうね、そのプレイヤーは。他人の念に干渉出来る除念能力者、可能性があるとすればそんな処でしょう」
「待てよ、除念でどうやってカード化の解除を阻止するんだよ?」
全身包帯の男は「むしろカード化が問答無用に解けるだろ?」と首を傾げる。
良くぞ聞きましたとばかりに、まるで物分りの悪い生徒に説明をする教師役のように彼は生き生きと教鞭を振るった。
「例えば操作系の話ですが、他人が操作している対象は後から操作出来ない。この速い者勝ちが成り立つ理由は、一度成立した念の効果を上書きする事が出来ないからです」
確か原作でもそういう場面があったなぁとうろ覚えながら全身包帯の男は納得し、無言で続きを催促する。
「――除念の定義は大小規模に違いがあれども『一度成立した他者の念を改竄する事が出来る』なのですよ。その結果の集大成が念の効果を外す事なので、除念=外すと短絡的に勘違いされているようですがね」
なるほど、やはり頭脳全般を担当する彼の説明はいつも通り解り易い。
「厄介極まる話だな。ランキングに乗らない『幽霊(ゴースト)』がいるって事か」
「グリードアイランドの呪文戦術の根本から覆る話です。『本』に入っていないカードを呪文カードで奪う事は出来ませんしね」
一通り説明が終わり、締めはリーダーのバサラが付ける。
「ようは幽霊が誰なのかを見極めて、殺せば良いんだろ?」
「ええ、その通りです。先にクリアされても堪りませんから、Sランクのカードを何枚か独占しましょう。そうすればいずれ――」
「幽霊が誰だか判明しなくても、いずれ向こうから仕掛けざるを得なくなるか。結局は今まで同じ事か。うんうん、単純で宜しい」
単純明快さを好む全身包帯の男をバサラは「お前変化系なのに性格強化系よりだよなぁ」と呆れながら笑い、彼等三人は和気藹々と午後の紅茶を楽しむのであった。