No.006『波紋』
「クソクソクソクソッ! あの女めえぇ……!」
文字通り眼を真っ赤にさせてミカはひたすら憤っていた。
クルタ族の緋の目のモデルはナウシカの王蟲らしいが、まさにその通りであり、近寄り難い危険色を発していた。
「五月蝿い、何時までも女々しいぞミカ。あと無駄に緋の目状態になっているとオーラが回復しないぞ」
「戦いもせず降参した君には言われたくないなぁ!」
「身動き一つ取れず、寝込んでいる分際で良くまぁ威張れるもんだ。それだけは関心するぜ」
ギャンブルの街ドリアスでの借宿にて、マイ・ミカ・ガルル組は休息を余儀なくされていた。
ミカは全オーラを使い果たして動けないが、怪我は無く、右腕の刺創と処々蒼痣になっているマイは見るからに気落ちしている。
「クァー」と外から慰めの鳴き声が生じる。彼女の怪我が完治するまで念獣『迦具土』は消せずに居残る。
存在しているだけで彼女のオーラを消耗してしまうので、普段よりも回復が遅れるだろう。こればかりは強大さ故の誓約と諦めざるを得ない。
「ま、オーラ消費が激しいのは前々から解っていた事だ。ただ単に怒り狂うんじゃなくて、この敗北を今後どう生かすかが問題だろ?」
「……っ、ふん。君にしては建設的な意見じゃないか」
怒りの矛先は三つ編みおさげの少女に向いているので、珍しい事にガルルの意見がすんなり通った。
ガルルは少し毒気を抜かれる。自信満々で慢心が些か過ぎる彼にしては珍しい傾向だった。
「あれだ、全開状態じゃオーラ消費量が多すぎるから部分展開とかどうだ? ISみたいに」
「IS? よりによってISだってぇ!? 巫山戯ているのか、君はっ!」
未だに緋の目だったミカの瞳が更に濃くなる。
同じようなロボ物に見えて、やはりこの手のジャンル(萌え患者とコジマ汚染者)は相容れないかとガルルは深い溜息を吐いた。
「僕の『飛翔装甲鎧(ネクスト)』をあんなものと一緒にされては不愉快だ! ああ、不愉快だとも!」
同属嫌悪とは厄介なものだ。客観的な視点は排除され、理性で物事を判断出来ない。
人間大の大きさで纏っている時点でISと一緒だろ、と本音で突っ込めば取り返しの付かない事になるだろう。
ガルルは面倒なので素直に折れる事にした。其処等辺のジャンルをとやかく突っ込んで薮蛇を突付く真似などしたくない。
――それに思い入れのあるミカと違って、全く興味の無いガルルは最初から理解などする気にもなれない。
「解った解った。もう二度と言わないからそう怒るな。それなら近接武器だけじゃなく、射撃武器を具現化すればどうだ? 自動追尾のミサイルとか贅沢言わないが、散弾とかあるだけでも違うだろ? オーラ消費量が余計増えるが、戦術は広がるぞ」
「――その発想は無かった。偶には役立つ意見を言うじゃないか! 見直したぞガルル!」
「……あー、それは喧嘩を売っているって事で良いのか?」
呆れ果てて怒る気力さえ湧かない。この男が自分の事を一体どう思っているのか、一回解剖してみたい気分だ。
「そうだとも、結局はオーラが尽きる前に仕留めれば良いだけの事! クク、待っていろよ、三つ編みおさげの少女! 次は必ずや雪辱を晴らしてくれるぅ! う……」
またオーラ切れとなり、昂奮状態になっていたミカは力尽きて気絶した。
戦闘中は反則的な体質とは言え、不便なものだとガルルは初めてクルタ族の体質に同情した。
「……国宝級の馬鹿だな。付ける薬もありゃしない」
しかし、馬鹿は馬鹿故に立ち直るのが速い。
その反面、今まで一言も言葉を発さず、暗く俯いているマイは身体的にも精神的にも重傷だった。
「マイ、傷の具合はどうだ?」
「……大丈夫、腕の傷以外は対して酷くない」
大抵の事は人並みにこなすが、一度転んだらどん底まで転がり落ちてしまう。それがマイという人間を端的に現す言葉だった。
こうなってしまってはガルルではどうして良いか解らない。
何を言っても逆効果に成り兼ねない。少しでもいつもの調子に戻って欲しいと、ガルルは細心の注意を払う事にした。
「ごめん、なさい。私が手を出したせいで、指定カード三枚も失って……」
「気にするな。あんなのすぐに取れるし、命の方が遙かに重いさ。それにこの序盤で一番注意すべきプレイヤーが誰なのか、判明しただけ儲け物だ」
確かにこうなったのは彼女が原因だが、問い詰めれまい。相手が最高なまでに悪かったとしか言い様が無い。
正しい行動が必ずしも正しい結果を生むとは限らない。世の中は物語のような勧善懲悪で成り立っている訳ではない。
権力にしろ暴力にしろ――『力』が有りきである。
これ以上、引き摺っていれば悪循環に成り兼ねない。ガルルは半ば強制的に話題を変える事にした。
「それであの少女の念能力について何か解ったか?」
「……多分、具現化系の能力者。『隠』で見えなかったけど、何かを『迦具土』に投擲してきた」
「あれの甲殻を貫いたのか」
竜の念獣だけあって『迦具土』の防御力は非常に高い。
それを安々貫く攻撃手段を隠し持っている。『飛翔装甲鎧』を具現化したミカの防御力を貫く程では無いだろうが、中々に厄介な話である。
(それが本命の念能力とは限らない、か)
具現化系能力者は大抵の者は具現化した物体に厄介な付加効果を加える。
クラピカの五つの鎖が代表例だろう。一つ二つの誓約次第でどんな厄介な効果が付けれるか、想像するだけで頭が痛くなる話だ。
(相手の能力さえ解れば、幾らでも対策が立てれるが――当面は出来る限り出遭わないようにする事が最善か)
一人は生まれて初めて黒星を刻んだ少女に雪辱を誓い、一人は未知の脅威との遭遇を避け、一人は自らの思考の坩堝の陥る。
その三者三様のバラバラな思考は、彼等の関係を皮肉なまでに象徴していた。
頭部への回し蹴りを右腕で受けて踏ん張り、コージは膝打ちを繰り出す。
攻防力90ほどのオーラを集めた一撃はアリスの小さな身体を簡単に吹き飛ばし――否、それを考慮しても手応えが余りにも無い。
(直撃する寸前に膝を両手で取って、自分から飛んだ!?)
宙に舞い、前方回転の遠心力を利用し、お返しとばかりの踵落としが繰り出される。
神速の反撃、修行の成果あってか、オーラの攻防力移動も当然の如く間に合っている。右手に殆どのオーラを回し、その痛烈な踵落としを死ぬ気で掴み取る。
(~~っっ、危ねぇっ! 遠心力も加わって半端無い攻撃力! 掴んだ手がビリビリしやがるぜ。惜しかった、な――!?)
完全に掴み取って防いだ直後、踵落としを繰り出した右足からオーラが感じ取れず――本命とばかりに振り下ろされた左足に全てのオーラが集中していた。
――空中前方回転からの二段踵落とし。
複数の選択肢が刹那に浮かんでは消え失せ、コージは狙われた頭部に全オーラを集中させて踵落としを受けた。
「~~~っ!?」
攻防力移動が間に合い、直撃を受ける事を覚悟したとは言え、痛いものは痛い。
コージは身悶えながら、頭部から走る激痛に痩せ我慢していた。
「……っ」
この攻防に打ち勝って有効打を与えたアリスは追撃せず、自らの失策に顔を曇らせていた。
「はい、其処まで。アリス、攻め口は良かったけど、二段目の踵落としを『硬』にしたのは迂闊だったね。てか、コージ甘すぎー」
「つぅ~! しょうがねぇだろ! 修行で大怪我させる訳にもいかねぇしな、痛ってぇ……!」
――もう一つの足が叩き落とされる寸前に、コージには放出系の念を飛ばしてアリスを吹っ飛ばすという選択肢が存在した。
それをしなかったのはアリスが『硬』をもって左足を繰り出した事により、それ以外の箇所は攻防力0の状態になっていたからだ。
稚拙な放出系攻撃でも大ダメージを与えかねない状況故に、コージは敢えて攻撃を受ける事を選んだのだ。
実戦でこんなミスを犯せば、それは自らの生命をもって償う事となるだろう。
――特に、あの少女が相手ならば絶対に見せてはいけない隙だった。ぎしり、と歯軋りが悔しげに鳴り響いた。
「よーし、一休憩入ろうぜ。二人とも、先に温泉入って来い。オレが見張っててやるから」
頭を片手で押さえながら、コージはその場に座り込んで胡座を組んだ。彼女達二人が戻ってくるまで動かないという意思表示でもある。
「覗いたら殺すからね?」
「覗かねぇよ。良いから速く入って来い」
ユエの念押しといういつものやり取りを経て見送り、コージは重苦しい溜息を吐きながら寝転んだ。
疲労感で気怠いが、眠気は一切無い。恐らくはあのカードの副次効果でオーラと肉体の回復効果も増えているのだろうと勝手に納得する。
しかし、人間の生涯の睡眠時間は大体決まっていたような気がするが、その時間が過ぎたら自分は永遠に寝れなくなるのだろうか?
コージは怖くなったので考えない事にした。
(――『練』一時間は実戦での十分間。今のオレでは三十分でオーラが尽きる)
あの三つ編みおさげの少女にぶちのめされてから一ヶ月の時が経過した。
まず彼等が修行の為に入手した指定カードは三つ、自分の代わりに眠ってくれて二十四時間行動を可能とする『睡眠少女』、飲むとイメージ通りの肉体を得る事が出来るが殺人的に不味い『マッド博士の筋肉増強剤』、それと修行の疲れを癒す為という名目でゲットされた『美肌温泉』だった。
(『美肌温泉』は絶対別の目的がメインだろうなぁ。まぁ汗掻いた後の温泉は気持ち良いから結果オーライだけど)
コージは苦い顔をしながらアイテム化した『マッド博士の筋肉増強剤』のパッケージを睨む。
一日一錠、一週間飲み続けていなければ効果を発揮しないが、性質の悪い事に個人毎に嫌いな味に変化するという余計なオマケ機能付きであり、飲む度に何度吐きそうになった。
それでも四週間飲み続け、見た目は全く変わらないが、身体能力の向上に大きく役立ってはいる。
原作では軽視どころか注目さえ浴びなかったが、中々に侮れない代物だった。流石はグリードアイランドの指定カードの一つと言えよう。
(アイツの一戦から『念丸』の最大威力と速度がかなり向上した反面、全力で撃つと四発でオーラが尽きる。似なくて良い処が似ちまったなぁ)
更に鍛錬を積んでオーラの総量が増えれば四発制限も何処かに消え去るだろう、と自分の中で納得する。
(一発でも奴にぶち当てれば勝てる。だが、その一発が果てしなく遠い。その為に基礎能力の向上も同時進行でやった)
指先を銃に見立てて突き出し、夜空の月に向ける。
――其処にあれども決して届かない。ふと脳裏に過ぎった予感をコージは必死に振り払おうとする。
(オレはこの一ヶ月で、何処まであの女に近づけたんだろうか?)
「ぷはぁー、良いお湯よねぇ。疲れが取れるわ~」
指定カードNo.004『美肌温泉』は美肌に関する悩みを全部解決してくれる温泉であり、一日三十分の入浴で赤ちゃんのようなスベスベな肌になる、女性にとって夢のようなアイテムの一つである。
疲労を癒す効果などは直接無いが、気分的に晴れるので修行生活に大いに役立っていると言えよう。
(此処一ヶ月で、強くなっている実感はある。けれども――)
念の総量も身体能力も、一ヶ月前と比べれば格段に向上している。『流』も本気の動きに付いて来れるぐらい上達している。
だが、それでも――不意に、後ろからユエに抱き着かれる。
背後に忍び寄られても気づかないほど注意散漫になっていたと、アリスは自らの未熟さを内心叱咤した。
「アーリス。悩み事?」
「……うん。コージは『念丸』、ユエは『鎌威太刀』があるけど、私はどんな念能力が良いのか、それすら思い浮かばない。ユエはどうやって自分の念能力を決めたの?」
そう、自らの念能力。此処に至っても全く浮かばず、方向性すら掴めないそれが足を引っ張っていた。
「私? うーんとさ、私の場合は獲物有りきだからからねー。武器の間合いを広げたり、刃状のオーラを飛ばせたら便利かなぁって。それにゴンのジャジャン拳のグーチョキパーを参考にしたから案外簡単に型は完成したね。まだまだ完熟度は低いけどさ」
オーラを刃状に変化させ、その状態のまま放出させる。幾ら強化系で変化系と放出系が隣り合っているとは言え、両方を同時に実行するのは至極困難だとユエは吐露する。
「念能力なんて突き詰めれば自分が何をしたいかだねー。別に戦闘向きなのを必ずしも作る必要も無いと思うけど。ほら、ビスケのなんて超便利だったじゃん」
ビスケの念能力は確か『魔法美容師(マジカルエステ)』で戦闘外で多大に活躍出来る代物であり、念=必ずしも戦闘用ではないという事を示す教訓の一つだろう。
「でも、戦闘用の念じゃないと格上の相手には絶対勝てない」
オーラの総量で劣っているのならば、並大抵の攻防ではダメージを与える事すら出来ない。
今の自分が纏う最大限のオーラも、あの時の彼女と比べて、まだまだ劣る。
「……明確な目標を持つってのは悪い事じゃないと思うけど、さ。最近、コージもアリスもアイツの事にこだわり過ぎって思う訳」
後ろから抱き着いていたユエはアリスから離れ、夜空を見上げる。
ユエは手を天に差し伸べ、月を掴もうとする。当然の如く、その掌に納まるものではなく、その指先は空を切る。
「確かにグリードアイランドをプレイする上でアイツが一番の障害なのは解っている。でもさ、何だか悔しいんだ。アイツにばかり意識が行っていて、修行中もいつも上の空で――」
――目の前に居るのに、見てくれなくて。
それが誰の事を指しているのか、アリスは即座に思い至り――振り返って見たユエの顔は、真っ赤に茹で上がっていた。
「あ、あはは! 何言ってるんだろうねー私! 逆上せちゃったかなぁー、先に上がっているね、アリス!」
ユエは慌てて飛び去り、逃げるように消える。
残念な事に効果が出ない、三十分未満の入浴だった。