No.019『脱落』
独特の飛翔音は呪文カードによるものであり、コージ達は咄嗟に身構えて予期せぬ来訪者を迎える。
「お前は確かガルル、その腕……!?」
現れたのは血塗れで満身創痍のガルルであり、彼の左腕は上腕部まで欠損していた。
「……バサラ組に挑み、敗れてこの有様だ。話を聞いて欲しい……!」
「それより怪我の治療が優先よ! 出血死するわよ!?」
ユエとアリスは慌てて本を開き、応急処置に必要な包帯などの道具のカードを取り出し、てきぱきと処置して行く。
「……ブック、っ、あの馬鹿野郎ぉ――」
本を開いたガルルが、泣き出しそうな声で呟く。
彼の本の一番最初に乗っているミカの名前の横のランプは、暗くなっていた。
また、仲間同士の位置を常に共有する為に彼等三人はお互いに『追跡(トレース)』を使っている。
マイの現在位置は先程と変わらない。敵に合流されたのに関わらず――。
「……ミカは死亡、マイは奴等に捕まった。恐らく相手に操作系能力者が居たのだろう。これで俺達の組は脱落だ。その前提で共同戦線を組みたい。――マイを、何としてでも取り戻したい」
涙を流しながら振り絞るように叫ぶガルルに掛ける言葉が、コージには思い浮かばなかった。
もしも自分がユエとアリスを失ったとして、今の彼のように冷静に助けを求められるだろうか?
恐らく出来ない。復讐の念に捕らわれ、怨敵の下に勝てぬと解っていても報復しに行くだろう。
「ジョン・ドゥ組に出遭った事は? あと彼女が『幽霊』の正体だという事は?」
「……出遭った事はあるし、アイツ以外在り得ないと確信している」
ガルルは「そうか」と相槌を打つ。
「――奴等、バサラ組は彼女より遙か格上の念能力者だ。オレが戦ったのはロブスに化けていたヨーゼフという男だが、オーラの総量といい、その念能力といい、化物と言っても差し支えない」
「アイツよりも……!?」
「まともにやり合えば、間違い無く殺されるだろう。原作の爆弾魔で、サブとバラも一流の念能力を持っていると考えれば良い」
今まで彼女が最強の敵と断定していただけに、コージの動揺もまた大きい。
そんな使い手が三人組んでいるとなれば、自分達と同等の実力を持っていたガルル組の敗北も半ば必然だっただろう。
「ヨーゼフの念能力は自身の肉体を自在に変化させる、奴自身は『千変万化(メタモルフォーゼ)』と言っていたか。ユピーのあれか、戸愚呂兄みたいな奴だ。細胞すら変化させられるのか、毒に対する耐性すらあった」
ガルルは忌々しげにやり合った一人の能力を説明する。
恐らく変化系能力者であり、まともなダメージと成り得るのはコージの『念丸』か、ユエの大鎌による攻撃ぐらいだろう。
未だに『発』を作れていないアリスではどの能力者も厳しいし、残り二人の能力も現状では不明だった。
「マイの能力は竜の念獣を具現化させる『迦具土』と飛翔能力を持つ『炎の円環』だ。操作状態なら戦う事になるだろう。彼女の念獣は数々の誓約によって非常に強力だが、念獣が傷付けば彼女本体も傷付き、具現化している最中に彼女が傷付けば念獣も傷付く。――念獣を殺せば彼女も死ぬ。其処だけ特に注意してくれ」
ガルルは彼女の誓約を全て説明していく。
ドッチボールではその能力を発揮しなかったが、非常に厄介だとコージは内心毒付く。そんな相手を殺さずに御する自信は、生憎と無かった。
(……まずいな。アリスの怪我も治ってねぇし、バサラ組が予想以上の実力者だとはな)
才能面で見れば互いに変わらないだろうが、生きた歳月の違いが出たのだろう。
沈黙する彼等三人を見渡し、ガルルは悲痛な面持ちで項垂れる。
「……正直言えば、この四人で協力しても勝ち目は薄い。だが、何もせずともバサラ組の次の標的はお前達の組だろう」
「指定カードを独占している以上、直接戦闘は避けれないしな」
全面降伏か、徹底抗戦か――時間は無いが、今すぐ決断出来無かった。
「オレはあの少女にも共同戦線を持ち掛けてみようと思う。お前達はどうする? 自分達の命を優先するのならばグリードアイランドから早く脱出した方が良い」
既に大切な仲間を失った彼には悪いが、コージは死が濃厚の勝負にユエとアリスの二人を巻き込む事など出来ない。
「……纏まらないか。お前達の結論は後で『交信』で聞こう。その時におさげの少女との交渉結果も伝えようと思うが、『交信』せずにオレの名前のランプが暗くなった場合は死亡したと判断してくれ」
そう言って、ガルルは自身の本からカードを取り出し、彼等三人から二十メートル離れてから唱える。
「『同行』使用、ジョン・ドゥ!」
飛んで行く彼をコージ達は見送る事しか出来なかった。
彼に協力したい気持ちはある。だが、自分だけならまだしもアリスとユエを死地に送る事は絶対に出来ない。
「アリス、怪我はどれぐらいで治りそうだ?」
「完治にはニ、三日程度。戦闘は大丈夫」
アリスはいつも通り強がるが、格上が相手では余りにも厳しすぎる。
幸いにも『離脱』は二枚ある。彼女達だけでも現実世界に避難してくれれば――。
「ユエ、アリス――」
「コージが戦うと決めたなら私も残る。アリスも同じでしょ?」
驚くコージに、アリスは当然とばかり頷く。
「いや、そうじゃなくて――」
「コージ。アンタ、自分だけ残って私達にグリードアイランドから出ろ、なんて言う気でしょ。絶対嫌よそんなの」
お見通しよと言わんばかりにユエは怒って言う。
ただでさえ少ない勝機をそんな事で零にするなと、ユエは叱咤する。
「アンタがする事は私達の安否を心配する事じゃなく、少しでも勝算を上げる方法を考える事っ! ほら、あのおさげの女に勝つんでしょ!」
その最後の言葉でいつもの調子に戻ったのか、コージは「おう!」と力強く頷く。
「つってもよー、一人しか能力解ってねぇじゃんか」
「正確にはマイを含めて三人、ルルスティが操作系能力者だとほぼ確定している。最優先で倒すべきは彼女……彼?」
アリスは冷静にガルルからの情報を分析する。
一対一で彼等が敗北した以上、一人に対して複数で挑むしか有効な策は無い。
ただし、相手の人数もまた四人、これにおさげの少女が加われば五人になるが――彼女が他の誰かと協力するとは思えない。何というか、そんな柄じゃない。
「敵を分断させる方法が必要って事か。他のプレイヤーを一方的に飛ばせて隔離する方法かぁ――」
コージは譫言のように呟きながら、自分達の能力じゃ難しいと判断しかけ――呪文カードや指定カードの存在に思い至る。
そう、此処には現実世界には無い便利な呪文カードや指定カードがあるグリードアイランドなのだ。
それを最大限に使わずして何がグリードアイランドか。上手く行けば分断して各個撃破出来るかもしれない。其処にコージは勝機を賭ける。
「そうだ、残りの呪文カードを整理しようぜ――って、何だそのジト目は! こ、この前みたいな事はしないぞ!?」
「裁判長、前科持ちの男が何とか言ってますー」
「……有罪」
「あら、痛々しい格好ね。何かの誓約?」
三つ編みおさげの少女はテラスの椅子で憎たらしいぐらい寛いでいた。
新たな着衣を新調したのか、ゴスロリ服は白を基調とし、赤いリボンと黒いリボンとフリルでコーディネートされ、黒のニーソックスになっている。
(腰元に揺れる銀時計だけは同じか)
お揃いのデザインの日傘をくるくる回しながら、片腕の敗残兵と化したガルルを見下して悠然と嘲笑っていた。
若干青筋を立てながら、ガルルは彼女に今までの経緯を説明し、協力を求めた。
「ふーん、それで共同戦線を組もうと。うん、興味無いわ。それに貴方のカードも取引材料には成り得ない。バサラ組から奪えば一手間で終わりだし」
「……説明をちゃんと聞いていたのか? コージ組が敗れたら、次はお前の番だぞ?」
少女の正気を疑いながら、ガルルは睨み付ける。
既に高みの見物に洒落込んでいるのか、彼女はまともに受け止めていなかった。
「だって、その話が何処まで本当か信じる根拠が何も無いもの。その腕も狂言で罠の可能性も無きにして非ずって感じだしー、本当でも何一つ問題無いしー」
退屈なものを見る眼で、少女は備え付けのテーブルにある飲み物のストローに口をつける。
「真面目に聞けッ! 奴等のオーラはお前をも遙かに超えているのだぞ!? それほどまでに奴等の『練』は――!?」
必死に叫ぶガルルとは裏腹に、少女はその腹を両手で抱え、じたばたとはしたなく足をばたつかせながら大笑いした。
何を根拠にこの少女が此処まで余裕なのか、ガルルには到底理解が及ばなかった。
「念能力者同士の闘いはオーラの多寡のみでは決まらない。それは君達の為の言葉だけど?」
やはり狂人との意思疎通は不可能か、とガルルは早々に諦める。
自分の命さえ度外視の者と組むなど在り得ない。そもそも今更彼女一人加わった程度で覆る戦力差でもない。何としてでもマイだけは――。
「――それにしても君さ、また逃げたんだね」
彼女の言葉の刃が、ガルルの胸の奥に深く突き刺さった。
「私の時もそうだったね。君は戦う事を選ばず、抵抗すらせず、私に無条件でカードを手渡した」
「……何が、言いたい」
先程の退屈な様子とは違い、少女は嬉々と邪悪に笑う。
目の前の娯楽を堪能するが如く、少女は彼の自覚せぬ傷を切開していく。
「――いつまで自分に言い訳するのかな? 君は最後に生き残った一人を助ける気なんて更々無いんでしょ?」
「っ、馬鹿な! オレはマイを助ける為に……!」
「他の組を扇動して頑張っているよねぇ。でも、自分は左腕をもがれたから、もう彼等とは戦えない。頗る丁度良い言い訳よねぇ」
左頬を釣り上げて笑う少女はスカートのポケットから一枚のカードを取り出す。
ガルルは咄嗟に後退し、『堅』の状態で待ち構え――そのカードの正体を目の当たりにして驚愕する。
「ゲイン――コイツの悪い処を全部治してやって。頭とか致命的だし、心とかもうとっくに折れてるだろうからさ」
カード化が解かれ、現れたのは女神じみた存在であり、「お安い御用」とその吐息と共にガルルの怪我は完治し、消えて行った。
「な……!?」
欠損した左腕が何ら違和感無く此処にある。その最大の違和感に動揺しながら、ガルルは彼女を見返す。
彼女が独占するSSカード『大天使の息吹』――超貴重な指定カードのそれを、少女は躊躇わず使い捨てた。
「さぁて、これで都合の良い言い訳は消えたね。頑張ってお姫様の救出とか殺された幼馴染の復讐とか励んで頂戴」
今の汗だくのガルルの表情を見て、おさげの少女は彼の心の葛藤を見透かして心の奥底から嘲笑う。
「――次にその不出来な顔を見せたら、私自らが殺してあげるわ。『左遷(レルゲイト)』使用、ガルル」
島の何処かに飛ばす呪文カードを唱え、目の前にいたガルルは何処かへ飛ばされる。
少女がジュースのストローを吸い、若干音が鳴る中、建物の影にいた彼はひょっこり現れた。
「どうして彼が立ち向かえないと判断したのです?」
「誰も彼も物語の主人公のようには振る舞えないって事よ――友人を殺された、片思いの女を攫われた。それで冷静に動ける人間はね、何処か歪に壊れているものよ。あれは何処も壊れてないもの」
確かに彼はあの重傷に関わらず、冷静に思考し、理性的に行動していた。
この異常事態に置いて欠片も揺らがぬ事こそ異常だと、言われた後にユドウィは改めて納得する。
「あれはね、慎重と臆病を履き違えている類の人間かな。安全策ばかり練って上手く立ち回れるけど、此処一番で最後の一線を越えられないタイプ」
自覚していないのが救い難いと少女はせせら笑う。
此処に飛んできたガルルの様子は、彼女が最も残念に思った討伐隊のプロハンター「ノヴ」の脱落した有様を強く連想させた。
「くく、貴女は残酷ですね。このまま挫折して生きるか、勇気出して死ぬか。そんな理不尽な二択を彼に突き付けたのですから」
「あら、十分優しいでしょ。欠損した腕をSSランクの指定カードを使ってまで治してあげたんだから」
オリジナルの引換券はあと十枚ほどあるので、かなり無駄遣いしても他の組に『大天使の息吹』が渡る事は在り得ないが――。
「そうだ、一つ賭けをしない?」
それでも、少女は淡い期待を胸に抱く。
果たして無意識の内に心折れている彼は、敵わないと認めた上で自身より遙かに強大な敵に立ち向かえるのか、その答えを見届けたくて――。