「……あれ?」
一本に束ねた髪を解き、寝る前に停止させている呪文カードを確認していると、少女は『城門(キャッスルゲート)』という呪文カードを見つけた。
ランクはF、カード化限度数は200枚であり、150枚ほど彼女の手元にある。
「他プレイヤーからの近距離通常呪文を一度だけ防ぐ? こんなカード原作であったけ?」
ぽりぽりと頬を掻きながら、少女は一度深く考える。
あったものは仕方あるまい。開き直って本を開き、二十枚ほどフリーポケットに入れた。
これで『離脱』で全てを失う危険性は回避出来るが、それは同時に此方からの『離脱』も防がれる可能性があるという事を示している。
(少しばかり基本戦術を見直さないとねー)
明日になったらもう一度全ての呪文カードの効果を確認しようと決める。
今日だけで四割程度のオーラを消耗したのだ、完全な体調に戻るには二日ほど時間が必要である。
(……全く、憎たらしいほど燃費が悪いのよね、これ)
腰元に揺れる銀時計を憎たらしげに睨みながら、少女は溜息吐く。時計の針は止まったままである。
――水見式で自身の系統が特質系だと解った瞬間、少女は思わず絶望して死にたくなった。
他の系統は最低でも強化系を60%まで習得出来るのに対し、特質系だけは唯一40%だからだ。
単純な式で計算しよう。例えば同レベルの強化系能力者と殴り合いになったとする。
その強化系能力者は強化系を10レベルまで習得し、当然の事ながら100%の精度で行える。
しかし、特質系の自分は強化系の念を4レベルまでしか習得出来ず、更には40%精度まで落ちる。
肉体の強さとオーラの量は同じと仮定し、10レベルの強化系攻撃を100とするならば、特質系の自分は4レベルの強化系攻撃は40まで落ち、更に40%まで精度が落ちる。 つまり、最終的には16となり、同格相手でも強化系能力者とは6,25倍ほど差が付いてしまう。
(クロロが単純な殴り合いでゼノとシルバに苦戦するのは当然と言うべきか)
今更その事で悩んでも仕方ないが、生まれ持っての資質ながら恨まざるを得ない。
――強化系が理想だった。もしそうだったのならば、今の彼女が抱える問題の大部分が解決され、グリードアイランドをクリアする手間なんて発生しなかったのだから。
(……詮無き事ね。今はクリアする事のみ専念するか)
休養している間に独占されている指定カードが一組に集まっていれば楽なのだが――何て自分に都合の良い事を考えながら、少女は心地良く眠りに付くのだった。
No.015『四つ巴の攻防』
「どういう事? それに『幽霊』って……?」
「――『闇のヒスイ』の時と同じですね。本に頼らずカード化を保てる念能力者が、少なくとも今のグリードアイランドに一人いるのですよ。しかし、よりによって『一坪の海岸線』をどうやって――?」
「『闇のヒスイ』?」
喚き叫んで自らの思考の渦に没頭するリリアとは裏腹に、マイには一つ心当たりが見つかった。
(三日目の時点でアイテム化した『闇のヒスイ』をあの三つ編みおさげの女は大量に持っていた! 最速で『闇のヒスイ』を独占したのは間違い無く彼女――ならっ!)
十中八九、あの少女が『幽霊』であり、彼等三組が手にする筈だった『一坪の海岸線』を独占している事になる。
まさに最悪だとマイは毒付く。実力で上回っているだけでは飽き足らず、呪文カードで奪えない相手など悪夢でしかない。
本に頼らずカード化を保つとはそういう事だ。
そしてマイの他にもう一人、『幽霊』の正体に辿り着いた者がいた。
(――やられたっ! 方法は解らないが、間違い無くアイツの仕業だっ!)
マイはあくまでも推測による消去法に過ぎないが、彼、コージは彼女が本を出さずに呪文カードを使った光景を目の当たりにしていた。
というより、あの時点で気づくべきだったのだ。あの彼女が本に頼らずカード化を保つ反則手段を持っているという死活問題とも言える重要さに。
(どの道、アイツとの直接対決が不可避になったって事か。上等だぜ!)
漲る戦意を抑えつつ、コージはまず混乱する場の収拾を付ける事にした。
「とりあえず、引換券を『複製』しないか? 一応これでも戦利品なんだし」
あの彼女が『一坪の海岸線』を独占している以上、引換券の価値など紙切れ同然だが、建前上はこれを手に入れる為に三組が集まったのだ。
不穏な事態になる前に、三等分して別れるのが最善だろう。
だが、それに待ったをかけたのはミカだった。
「いや、ちょっと待てよ。もし一つ枠が空いてカード化されたら、その順番はオリジナルの引換券からだ。誰がそのオリジナルを手にするんだ!?」
これが『一坪の海岸線』ならばオリジナルとコピーの違いも余り無かったが、引換券になると話が大分違ってくる。
騒乱の原因に成り兼ねない事を今気づくなよ、と空気の読めないミカを内心毒付きつつ、コージは溜息を吐いた。
「……俺達は最後で良い。オリジナルのカードを何方の組が持つか、穏便に話し合ってくれ。あとそろそろ一分経つから、引換券を一旦本に入れた方が良いんじゃね?」
「……あっ、それもそうでしたね。ブック」
リリアは本に引換券を入れ――ポケットから何かを落とす。
からんからんと、二つの球体が壁の隅に転がり落ちる。
(リスキーダイス!?)
何故そんなものを――偶然ではない事と一瞬で悟り、視線を運命の賽を振った主に戻す。其処には顔を醜悪に歪ませたリリアが嘲笑っていた。
「『徴収(レヴィ)』使用!」
リリアとロブスの声が重なり、コージ組とマイ組からニ枚ずつ奪われ、彼等の本に納まる。
リスキーダイスと『徴収』のコンボは原作でも爆弾魔が使っていたものであり、彼等二人は指定カードを六枚入手した事になる。
「なっ、貴様ら――!」
彼等の敵対行為にミカは即座に反応して攻撃を加えようとするが、在ろう事か、彼等は灯台の窓を飛び越えて回避する。
「『再来(リターン)』使用! マサドラへ!」
落下しながら呪文を唱え、悠々と彼等は凱旋を果たす。
最初から彼等は『一坪の海岸線』を渡さず、此方の指定カードまで奪う算段だったのだろう。
「アイツら最初からっ、よくもハメやがったなァ……!」
「よせミカッ! 今はカードの確認が先だ!」
ガルルの言葉に全員が本を開き、奪われたカードを確認する。
(『魔女の媚薬』と『天罰の杖』――どっちもダブりだ。ユエとアリスは?)
(ちょっとちょっと、妙に冷静ねぇ。後でちゃんと話してよ。『湧き水の壺』と『酒生みの泉』、こっちもダブりよ)
(……ん、『黄金天秤』と『小悪魔のウィンク』)
骨折り損のくたびれ儲けとはまさにこの事だ。得る物も無ければ、失った物も微小に済んだが、原作のゴン達と比べれば何とも遣る瀬無い結末である。
ただ、それはコージ組の場合であり、マイ組の場合はもっと酷かった。
(やられたっ! 独占していた『妖精王の忠告』が……! 後は『何でもアンケート』も奪われた――そっちは!?)
(『大物政治家の卵』と『コインドック』、こっちは問題無いわ。……ガルル?)
(してやられた……! 独占していた『浮遊石』が二枚も。独占カードを両方共奪われるとはな)
これでマイ組の独占が崩され、『妖精王の忠告』と『浮遊石』がロブス組に渡ってしまった。
レイザー戦でオーラを使い果たしていなければ今すぐ『同行』で奪え返しに行く処だが、今では逆に格下と言えども返り討ちにされかねない。
その事が幸運にもミカの短絡的な行動を抑止させた。
「クソクソクソッ、あの野郎ォ! 巫山戯やがってェ!」
ミカは怒りに身を震わせながら、せめて相手の状況を調べようと『念視』を自らの本の最後のページに嵌め――今回の一件の最後の絡繰りに突き当たる。
「何だこれは――リリアとロブスが二人居る……!?」
彼のページにはリリアとロブスの同名のプレイヤーが二人存在し、一方はマーキングが黒色――つまり、現在はグリードアイランドの外にいるか、既に死亡している状態であった。
「――畜生っ! 一体全体どうなってやがるんだ!」
「全くですよ。恥を忍んでホルモンクッキーを食べた身にもなって下さいよ」
ランキング第四位のプレイヤーに扮して『一坪の海岸線』を独り占めしよう大作戦。ついでにリスキーダイスと『徴収』でマイ組とコージ組の独占カードを奪う手筈だった。
考案者はランキング一位に居座るバサラ組のリーダーであるバサラ、実行者は一旦『離脱』を使ってグリードアイランドに入り直し、名前を変更したロブスことヨーゼフ、ホルモンクッキーで性別まで変えたリリアことルルスティだった。
「此方も悪い知らせがある。恐らく『幽霊』に関係する事だ」
静かながら苛立ちを籠めて、バサラは憎々しげに『幽霊(ゴースト)』の名を口にした。
「呪文カードがほぼ買い占めされた。買えたとしても数枚で限度数になる」
「おいおい、このタイミングでハメ組の連中も動き出したのかよ?」
「いや、違う。連中すら今は混乱中だ」
着替えていつもの全身包帯の姿になったヨーゼフは疑問符を浮かべ、未だに性別が戻らず、元のダブダブの服を着ているルルスティは即座に勘付いた。
「そうか『宝籤(ロトリー)』! 本に頼らずにカードを持ち運べるのならば容易い話ですね。迂闊でした」
「ルル? 一人納得してねぇで説明してくれ」
ヨーゼフは彼、否、今は彼女の豊満で小さくなった身体を眺めつつ、説明を求める。
「リスキーダイスと『宝籤(ロトリー)』のコンボではランクAが上限、ですが、使わなければ運次第でSSランクのカードさえ出るのは原作で証明済みです」
「……原作でも『一坪の密林』はそれで入手されていたな。出されて『複製』か『擬態』で独占されたと? 確かにそれしか考えられないか。少なくとも『一坪の海岸線』は『幽霊』の手にある、か」
殺気立ちながら、バサラは忌々しげに吐き捨てる。
「最悪の場合、他のSSランクのカードも独占されているかもしれませんね。いよいよもって『幽霊』を見つけ出すしか無いようですね」
「それじゃ予定通りコージ組から独占カード奪取して誘い出しか? まぁ、あの程度の実力なら敵じゃねぇしな」
かかか、とヨーゼフは笑う。レイザーとのドッジボールで消耗している今、戦闘するには絶好の機会と言えるし、それが無くとも勝利する自身が彼等にはあった。
「……とりあえず、ホルモンクッキーの効果が切れるまで待って下さい。その間に妙案が浮かぶかもしれませんから」
「くく、確かに。そんな姿じゃ格好付かねぇよな! こんなに別嬪さんになってさぁ」
「笑い事ですか! ぐぬぬ、やっぱり飲むんじゃなかった!」
バサラ・ヨーゼフ(現在のプレイヤー名「ロブス」)・ルルスティ(リリア)組
現在指定ポケットカード
全86種類 122枚
独占した指定ポケットカード
No.035『カメレオンキャット』
No.099『メイドパンダ』
マイ組からNo.016『妖精王の忠告』No.080『浮遊石』二枚を奪取する。