No.014『反則(2)』
事の始まりは彼等がレイザーに挑む数時間前、魔法都市マサドラの呪文カード屋にて行われた。
その日、『ジョン・ドゥ』という偽名を名乗る三つ編みおさげの少女は、非常に大きな鞄を背負って一番最初に入店した。
並ぶ人がまだ少ない午前七時の事である。
「カード化限界まで呪文カードを買うわ」
鞄から何故かアイテム化しない万札のカードを束のように置き、少女はそんな巫山戯た事をのたまった。
呪文カードの総数は5175枚、買い占め自体は1725万で事足りる。
尤も、これは現在プレイヤーの手に渡っているカードを除外した数字なので実際はこれより安く済むが。
「お、おい、待てよ小娘っ! それだと俺達が買えないだろ! さっさと必要分だけをフリーポケットに入れ――あへっ?」
後ろに並んでいた男性のプレイヤーは当然の如く文句を言い、物理的な手段で永遠に沈黙させられる事となる。
いきなり倒れ、額から夥しい出血を撒き散らしてゲームから消える。白昼堂々行われた余りにも唐突な殺人劇に後続のプレイヤーの理解が追い付かなかった。
「君も死にたい?」
「ひっ!?」
まるで塵を見るような眼で、手を煩わせるなと少女は笑う。
後続のプレイヤーが無様に逃げる様を眺めながら、一人だけ居残ったプレイヤーを冷徹に睨み付けた。
「見物なら宜しいかな? お嬢ちゃん」
「あら、此処二ヶ月間張り付いていたストーカーさんじゃない。呪文カードを全部店の外に捨てるなら良いよ」
無条件降伏を要求し、彼は迷わず本を開いてフリーポケットの呪文カードを掴み取り、外に投げ捨てた。
入り切らないカードは店を出た途端に消えるルールが適用し発動したのか、呪文カードはすぐに消失した。
「これで良いかな?」
「ええ。でも見物していても退屈なだけよ?」
「いやいや、十分刺激的ですとも。それでどうするんです? まさか呪文カードの独占だけでは終わるまい……!」
二ヶ月前から彼女を尾行し観察し続けたジャーナリストハンターユドウィには、彼女の念能力の正体が何なのか、大体掴んでいた。
そもそも相手が油断している時に『隠』で投げ放つ具現化した短剣とは違い、本来の念能力は最初から隠されていない。
――彼女の腰元に揺れる銀時計の針は、今はぴくりとも動かずに停止していた。
(特質系能力者――その能力は『時間』を操る事だろう)
水浴びの時でさえ身に付けている事から推測するに、常に能力の使用状況を暴露し続ける銀時計を眼下に身に付ける事が能力の発動条件なのだろう。
(この銀時計は半ば強制的に具現化した彼女の念能力の根源、破壊されれば能力そのものが使用不可能になるぐらいの誓約はあるだろうな)
後は一度に実行出来る事象は一つといった具合か。
今現在はカードの時間を停止させる事で本に入れずにカード化を保っている。
これがグリードアイランドにおいてどれほどのアドバンテージになるか――否、どれほどの反則行為に成り得るかは語るまでもあるまい。
「ええ、此処からが本番よ。結局は運頼みだけどねぇ」
買い占めしたカードを整理しながらも、少女に一切の油断も慢心も無く、虎視眈々と此方の隙を覗っていた。
一瞬でも見せたのならば、彼はこの少女に呆気無く殺されるだろう。
だが、それは楽出来るのならば楽しよう程度の意識であり、今の少女にとって優先順位が限り無く低かった為に『凝』を怠らぬ彼は死を免れていた。
「――『宝籤(ロトリー)』使用」
整理し終えた少女は右手に持った三百枚近いカードを一気に使用し、変わったカードを即座に検分し――店の外に投げ捨てる。
カードは瞬く間にアイテム化し、店の外に乱雑に転がった。
「はい、全部外れ。呪文カード頂戴。『宝籤』使用――外れ、呪文カード頂戴。『宝籤』使用――」
時折カードを引き抜きながら、三つ編みおさげの少女は全く同じ事を繰り返す。
「これは一体……?」
「指定カードでね、ソロじゃ絶対取れないカードが二種類ぐらいあるの。まぁだから、出るまでやるのよ。リスキーダイスのコンボじゃAランクまでしか出ないからねぇ」
しかし、幾ら何でもそれは――と言いかけ、彼女が持ってきた袋が眼に入る。其処には有り余るほどの現金のカードが入っていた。
「――六億用意したから、十八万枚分ね。幾ら不運の私でも流石に引けるでしょ」
「――斯くして全てのSSランクのカードは我が手に、と」
「くく、素晴らしいっ! 凡そ誰にも勘付かれずに独占を果たすとは! 貴女は余程他者の裏を突くのが得意と見える……!」
「唯一辿り着いた貴方に褒められてもねぇ」
くすり、と殺意を零しながら少女は嘲笑う。
運頼みの企みが成功して上機嫌だが、此処まで自分の能力の核心に迫ったプレイヤーを生かして帰す気は更々無かった。
「ブック――ゲイン」
だが、ユドウィの行動は彼女の想像の上を行った。
彼は自らの本に納めた指定カードを鷲掴み、何の未練無く全てアイテム化して見せた。少女は眼をまん丸にして驚いた。
「これで私はグリードアイランドの攻略から完全に降りました。是非とも貴女がクリアする一部始終をこの眼で見届けたい……!」
「貴方も狂っているわね、私とは違う処でだけど」
興が乗ったのか、少女から殺意が霧散する。
此処で彼を始末する事は様々な面で正しい選択だが、生かして置いた方が面白いかもしれない。
所詮、グリードアイランドなど彼女にとっては余興に過ぎない。遊戯は危険なほど面白く盛り上がるものだ。
「残りの指定カードは他の組が独占しているものとお見受けしましたが?」
「まぁね。三組に分散されているから少しだけ面倒だわ」
「独占した呪文カードを使えば至極簡単に奪えると愚考しますが?」
今現在で彼女はほぼ七割の呪文カードを一人で独占している。
圧倒的な優位に立ちながらも、少女は首を振った。
「それは『堅牢』を使ってない場合はね。それにこの呪文カードの独占体制も一枚のカードで御破算するしねー。指定カードを指定カードに入れないのも意外とリスキーなのよ」
「一枚の――? なるほど『離脱』ですか」
呆れるほど有能だなぁと三つ編みおさげの少女はユドウィの評価を更に高める。
彼女が殺害対象に認定するほどの有力なプレイヤーは、まだ彼の他にいなかった。
「そういう事。今日はもう疲れたし、これで休むわ。エスコートしてくれるかしら?」
「私め如きにその大役が務まるかどうかは解りませぬが、全身全霊を尽くしましょう」
????組
???????(♀12)
特質系能力者
【具】『十徳多忙な投擲短剣(ワンダフルナイフ)』
【特/具/操】『嘲笑う銀時計(タイムウォッチ)』
現在の指定ポケットカード
全93種類 170枚
独占した指定ポケットカード
No.001『一坪の密林』
No.002『一坪の海岸線』
No.017『大天使の息吹』
No.065『魔女の若返り薬』
No.073『闇のヒスイ』
No.081『ブループラネット』
残りの指定ポケットカード
No.016『妖精王の忠告』
No.035『カメレオンキャット』
No.080『浮遊石』
No.095『影武者切符』
No.098『シルバードッグ』
No.099『メイドパンダ』