No.013『十四人の悪魔(後)』
(先程を上回る申し分無い威力。これなら幾らレイザーの念獣と言えども――)
案の定、『No.4』と『No.5』が融合して更に強力な『No.9』となってボールを受け止めようとするが、予想通りボールを取れず――アルトの予想を外したのは、レイザーの念獣の身体を突き破った事だった。
(予想外の威力――? いや、これは……!)
念獣が霧散し、その背後に回っていたレイザーがボールを両手で受け止める。
ボールの余りの威力に外野と内野のギリギリのラインまで押し出され、されどもレイザーはギリギリの処で踏ん張り、押し留まる。
(わざと念獣を消した。その意図はボールの奪取及び不可避の速攻――!)
レイザーは即座に全力をもってボールを放り投げる。
言うまでもなく致死の一投、狙いは全力の一投を撃ち出して硬直しているコージだった。
(まずいっ! レイザーを倒せる可能性があるのは現状でコージ君のみ。彼を始末されれば勝ち目がまず無くなる――!)
躱せるタイミングでもなければ、オーラを振り絞って『堅』か『硬』で防御出来るタイミングでもない。
――唯一人だけ、その危険性に気づいていた彼女はコージを押し飛ばし、レイザーの致死の一投をその身で受けた。
「アリス!?」
一瞬にして遙か彼方の壁際まで吹っ飛ばされ、激突する。
あれは即死コースだなと人事のように客観視しつつ、ボールの行方を探し――よりによって、天高くバウンドしたボールは再びレイザーの手に納まっていた。
「ナイスリバウンド」
コージとユエは即座にアリスの下に駆け寄り、アルトもまた興味本位で赴く。
壁は陥没し、口元から血を流して気を失ったアリスは横たわる。明らかに戦闘不能だが、彼女は微かに生きていた。
「アリス、大丈夫か!?」
「揺さぶらない方が良いですよ。内臓が損傷している可能性もありますから。――驚きました。肋骨が何本か罅割れてますが、生命に別状は無いですね」
アルトは素直に驚く。最初から喰らう覚悟で『堅』で防御したとは言え、レイザーの球を喰らって生き残るとはそれだけで賞賛に価する。
彼女の生命を賭けた挺身は無駄では無かったようだ。
「解るのか?」
「ええ、そういう能力なもので。彼女の事は任せて下さい。――問題は、レイザーからボールを奪い返さないといけない事ですよ?」
ボールがレイザーの手の中にある事をアルトは然り気無く伝える。
最後の一人になったのに関わらず、レイザーは余裕満々にボールを指先で回して待っていた。
「ほう、運が良かったな。死に損なったか。完全な無駄死だと思ったが」
「テメェ……!」
レイザーの軽い挑発にコージは怒りを滾らせる。
今にもぶち切れて飛び出しそうなコージを制したのは意外にもミカであり、冷静さを取り戻す。
「コージとか言ったね。今以上のボールは投げられるかい?」
「あと一回だけなら可能だ、あの野郎に本気の一発をお見舞いしてやる。だが、正直レイザーからボールを取り返す手段が思い浮かばねぇ」
彼は「そうか」と呟き、その直後、今まで以上に強いオーラが漲る。
明らかに纏うオーラの絶対量が多くなり、彼の茶系色の瞳が燃え滾るような緋の目に変わった。
(あれが彼の念能力ですか――)
一瞬にしてミカは白銀の全身鎧を身に纏う。
明らかに格段に強力になった。そして今は緋の目が発動中であり、その特性である『絶対時間(エンペラータイム)』が効果を発揮している。
「上等だ。――汚名返上と行こうか。来い、レイザー! お前のボール、正面から受け止めてみせよう!」
「ほう、面白い……!」
レイザーは指を鳴らし、『No.0』以外の念獣を解いて分散していたオーラを自身に戻す。
桁違いのオーラが漲る。正真正銘、次の一投が彼の本当の全力となろう。
(この勝負、次の一投で決まりますね。その威勢と格好が虚仮威しでない事を期待しますよ、ミカ君)
荒れ狂うように漲る全てのオーラをボールに籠め、レイザーはボールを天高く上げる。
さながらバレーのスパイクであり、これが彼の本来の『発』である。
(果たして、クルタ族の彼でも一人で三人分(ゴン・キルア・ヒソカ)の働きが出来るかどうか……!)
そして、レイザーの最大の一撃が放たれる。
その一撃は今までの一撃が児戯に等しいと思えるぐらい馬鹿げた超威力で、音を置き去って飛翔した。
「っ、うおおおおおおおおおおおおおおおぉ――!」
まずは第一関門、その超速のボールを臆せず正確に受け止める事に彼は成功する。
しかし、その段階で手甲が罅割れ、損傷して破損し、生身の部分にまでダメージが浸透し、胸板の装甲を削り砕いていく。
そして第二関門、ボールを受け止めた衝撃に負けず、コート内に留まる事。
それを各部位のブースターからオーラの噴出で相殺し、押し留まろうとしているが――拮抗は一瞬にして崩れ去った。
(――やはり無理だったか……!)
ミカは踏み止まれずに押し飛ばされ、コートの外へ吹っ飛ばされる。
――終わった、アルトが諦めた直後、ミカは背中の装甲部から極限まで圧縮したオーラを噴出させた。
「ぐ、ぬぬ、負けるかあああああああああああああぁ!」
吹き飛ばされながら、宙で何度も回転しながら受け止めたボールの桁外れの威力に抵抗し、自身の装甲を砕かれながらも、血反吐を吐きながらも彼は抗い続け――自分達のコート内へ、奇跡の帰還を果たした。
「さ、すが、僕。次は、君の、番だ――」
全身鎧が完全に砕け、緋の目が元の茶系色の瞳に戻る。
それでも彼は自らの手でボールをコージに受け渡し、尻餅付いて咳き込んだ。
「ああ、任せろ」
血塗れのボールを手に、コージは強く誓った。
(……ふぅ、何とか取り返したようですね。柄にもなく興奮してきましたよ。ですが、問題は今のレイザーを撃ち取れる威力をどうやって出すか――)
即席の『No.9』が緩衝材代わりになったにしろ、オーラを分散させた状態で本気の一撃を受け止められている。
さて、どうやって前の威力を更に上回る一撃を叩き出すか――。
「さっきやってみて解ったが、オーラを籠めて蹴り出すだけじゃ、アイツには届かない」
先程と同様――否、コージは自身の全てのオーラをボールに籠める。
先程より強大だが、これでは蹴る足にオーラを回せず、結果的に威力が落ちてしまうだろう。
「一人じゃ絶対敵わない。だからまぁ、役割分担だ。――ユエ、お前の出番だ」
全オーラを籠めたボールを中腰で構え、ユエの前に突き出す。
一瞬にしてユエとアルトはコージの意図を察した。つまり、原作でのゴンのやり方を真似るのだ。
「――うん、解った」
それもキルアのようにゴンのパンチを阻害しないように一切オーラを纏わないやり方では無く、放出系である彼が最大限の念を籠め、恐らく強化系であろう彼女が撃ち出すやり方である。
(確かに、これならばレイザーとて受け止められない威力を叩き出せるかもしれません。ですが、コージ君。一つ忘れてませんか?)
最大の不安要素を一つ残しながら、ユエは深呼吸すると共に『練』でオーラを練り上げる。
オーラの量はコージと遜色無いレベル、その全オーラを右拳に収束させる。お手本のような『硬』が其処にあった。
「行くよ、コージ」
「おう、ぶちかましてやれ!」
一人では敵わなくても二人ならば太刀打ち出来る。極限までオーラが圧縮された球を強化系能力者の最大の一撃が殴り飛ばす。
音速の壁を突き破って尚加速する剛球――二人の息のあった共同作業は、レイザーの球に匹敵する威力を叩き出した。
(――レイザーとて捕球すれば威力でエリア外に吹っ飛ばされるほどの威力――けれども、やはり、彼は捕りもしなければ逃げもしない)
瞬時にレイザーの構えがレシーブに変わり、全オーラを腕に集め――全身全霊をもって振り飛ばし、ボールをコージ達へ弾き返した。
アルトが足掻きようのない敗北を悟った瞬間、その刹那にも満たない時間の中、コージの言葉が耳に届いた。
「――だと思ったよ」
レイザーなら必ず弾き返してくる、そう信じていた。
だからこそ、彼はその先を行く。ボールが撃ち出された直後、彼は右手の人差し指を銃に見立て、レイザーに向けていた。
(本命は裂蹴拳ではなく、霊丸――!?)
ボールに籠めていた量と同じオーラが更に圧縮される。
なるほど、あれが彼の本命の念能力――確かに、あれをボールでやれば極限まで圧縮したオーラの密度に耐え切れず、ボールが破裂してしまっていただろう。
(おお……!)
斯くして撃ち出された霊丸は流星の如く尾を引いて飛翔し、レイザーの弾き飛ばしたボールと大激突する。
オーラとオーラの鬩ぎ合い、まるでドラゴンボールの最大の見せ場である『かめはめ波』の打ち合いを見ているような気分で、理由無く心が踊る。
いつまで経っても自分は子供なんだな、と疾うの昔に見失っていた初心をアルトの中に思い起こさせたのだった――。
「――あー、ボールが消し飛んじまったが、どう判定されるんだ?」
「最後にボールに接触したオレのアウトだ」
ぼりぼりと頬を掻きながら気まずそうに聞くコージに対し、レイザーは笑って答えた。荒れ狂うほどの殺意も凶暴さも、今は完全に消え失せていた。
「試合終了! ロブスチームの勝利です!」
高々と審判の『No.0』が主人の敗北を宣言する。
「よっしゃああああああああああ!」
歓声が上がり、彼等は各々で喜びを分かち合う。
一人一人は自分と比べて取るに足らぬ実力者なれども、協力し合えば自分を打ち倒す程の強さになる。
最後まで一人でしかない自分と比べて、良い仲間に巡り会えた彼等の事を、レイザーは少しだけ羨ましく思えた。
(……完敗だな。やれやれ、ジンの息子を待たずに負けるとはな)
ジンに敗れて以来の敗北であったが、全力を尽くした上での敗北がこれほどまでに清々しいものとは今の今まで思わなかった。
だが、同時に少しだけ悔しくもある。久々に一から鍛え直そう。曲がりに曲がった性根も、同時に叩き直してやろう。
レイザーは静かに笑いながら、そう決心したのだった――。
レイザー達が立ち去り、『一坪の海岸線』の情報を知る少女と共に灯台に登り、夜明けと共にカード化する。
オリジナルの『一坪の海岸線』をリリアが拾い上げ、同時に微動だにしなくなる。
「よーし、早速『複製』で――って、どうしたんだよ?」
コージが彼女の顔を覗くと、彼女はこの世の終わりを見たが如く驚き慄いていた。
「これは、一体何の冗談です……!? 何で、どうして『一坪の海岸線』の引換券に……!?」
一同揃って驚き、手に入れたカードを覗き込む。
SSランクでカード化限度数150枚、カードのテキストには「『一坪の海岸線』と交換する事が出来る券/『一坪の海岸線』のカード化限度枚数がMAXの時のみ手に入れる事が出来る」とあった。
「そんな馬鹿な――『名簿』使用、No.002!」
怪我を押して此処まで来たロブスが呪文カードを唱える。
その結果を見て、彼はわなわなと震える。どうしようもない怒りと絶望が、ぎしりと歯軋り音を鳴らした。
「……在り得ない。『一坪の海岸線』が、既に『幽霊(ゴースト)』に独占されていただと……!?」
彼の本の最後のページにはこう書かれていた。
『現在002『一坪の海岸線』を所有しているプレイヤーは0人、所有枚数は0枚』