No.012『十四人の悪魔(前)』
「一つ提案があるんですが、良いですか?」
グリードアイランドから帰りたくても帰れない者を七人釣って集め終わった後、彼等の内の一人が発言を求めた。
「先に私達数合わせのメンバーを選出し、先にリタイヤさせて欲しいのです。途中で気が変わって選出されても困りますし、揉め事を少しでも減らしたいと思うのですが? その条件なら、貴方達が目的のカードを入手するか諦めるまで付き合いましょう」
プレイヤー名はアルト、白髪の長い髪が特徴的な、蟻一匹殺せないような優男だった。
「おいおい、それだと折角調べた最初の七種目が変わっちまうだろ?」
当然の事ながらロブスは真っ先に難色を示すが、他の六人はそうではなかった。
(いや、ナイスだ。コイツの提案、むしろ俺達に好都合だ。先に七人リタイヤさせれば、レイザーは人数の都合上、最初からドッチボールを選択せざるを得ない……!)
コージを始めとする転生者一同はほぼ同じ結論に辿り着く。
それならば、勝つ可能性がある八人の中から選出する必要無く、八人全員でドッチボールに行ける。
残り八人になった時点でレイザーがドッチボールを提案しないなら尚の事御の字、そのまま八勝出来る可能性すら出てくる。
「俺達は構わないぜ。どの道、相手が不利になれば違う競技に変わるだろうしな」
「何方にしろ同じ結果だ。僕も構わないよ」
コージとミカは数合わせの優男の提案に賛成する。
賛成ニ対反対一となれば、ロブスは渋々折れざるを得なくなる。
「やれやれ、信頼して良いんだな?」
『――それにしても大胆不敵というか、命知らずだよね、君。今のレイザーに挑むなんてとてもとても』
その台詞の真意を、コージは今この瞬間知る事となる。
「何だ、ソイツらは?」
「っ! へ、へい、頭。俺達を追い出したいそうです……!」
「くくっ、そうか。もう来やがったのか」
不似合いな帽子を被った海賊役の部下は、明らかに恐怖と畏怖を抱いて慎重に接している。
その海賊の船長に対面した一同も、同じ反応を取らざるを得なかった。
(あ、あれ? レイ、ザー?)
金色に染めた髪を逆立て、悪寒が全身に駆け抜けるほど強烈な殺気を振り撒く、凶悪な殺人鬼が其処に立っていた。
(やばい、このレイザーは『アイツ』以上にやばい……!)
常に笑顔を絶やさなかった原作との余りにもかけ離れた齟齬に、コージ達は思わず固まる。
レイザーらしき男は自分達を品定めするように見渡し、顔を歪めて笑う。哀れな獲物にその末路を自ずと思い知らせるが如く。
(ああっ! ちょっとちょっと、ジンさんが捕まえて死刑囚になって雇ったばかりだから……!)
(原作ほど人格者でも無いし、手加減なんて最初から期待出来ない……!)
額から玉粒のような冷や汗を流しながらユエとアリスは小声で話す。
さながら蛇に睨まれた蛙であり、生きた心地が全くしなかった。
(……こりゃまずいな)
(ど、どういう事よ? ガルル)
一瞬にして彼との実力差を実感して慄くコージ組に対し、マイ組もまた同じ結論に至った。
(十二年前だから原作よりかなり弱いと思ったんだが――とんだ見当違いだったな)
(はっ、ただ外見が過激なだけじゃないか! ガルル、もうビビったのかい?)
(その震える手を止めてから言え)
原作でのゴン戦でも手加減していたとは思えないが、今のレイザーは間違い無く、最初から殺す気で掛かってくるだろう。
「早速本題に入るが、勝負だ。互いに十五人ずつ代表を出して戦う。一人一勝、先に八勝した方の勝ちだ。勝負のやり方は俺達で決める」
レイザーは笑っているが、眼が欠片も笑っていない。
「……おっと、それでお前達が勝てばこの島を出て行こう。どうだ?」
誰一人無駄口を叩く事無く、彼の言葉を遮る事無く、説明は淡々と進んでいく。
(うわっ、明らかに設定上の台詞を杜撰に言い捨てたよこの人!)
などとユエは思ったが、当然ながら怖いので言葉に出して突っ込むなど出来ない。
「えーと、質問ですけど、私達が負けたらどうなります?」
それでもユエは恐る恐る質問する。一応何らペナルティ無く帰れる事は知っているが、違っていたら怖すぎるので聞いておく。
「くくっ、死んでいなければ無事に帰れるだろうよ」
嫌になるほど凄惨で凶悪な微笑みだった。一同は揃って身震いする。
(やべぇ、生かして帰す気更々ねぇぞコイツ。アイツの言っていた意味ってこれの事かよ!)
もっと解かり易く言ってくれとコージは文句を言いたいが、本人が此処にいないので言いようがない。
殺伐した空気に飲まれ、誰もが萎縮する中、一歩、自らの意思で踏み出した者がいた。
「すみません。先に良いですか?」
「何だ?」
「数合わせの足手纏い七人、先に選出してリタイヤしたいのですが?」
のほほんとした雰囲気を崩さず、殺気立つレイザーにアルトは微笑み掛ける。
(コイツ、グリードアイランドから現実に帰還したい奴の癖に度胸あんなぁ~!)
この極限までの空気の読めなさにコージを含む一同が関心する中、レイザーは一際大きく笑った。
「――そうか、そんなに死にてぇのか」
レイザーから強烈なまでのオーラが放たれる。
アルトを除く数合わせのプレイヤー六人は腰砕けて地に座り込んでしまい、これから挑まなければならない八人のプレイヤーは一斉に退き、最大級の警戒をもってレイザーを睨み返した。
「オレのテーマは八人ずつで戦うドッジボールだ!」
レイザーの背後から1~7番の人型の念獣が具現化される。
放出系能力者でありながら、苦手な分野である筈の具現化された人の念獣を此処まで精密に操れるのは脅威以外何物でも無い。
「ルールを説明しよう! ゲームは1アウト7イン(外野一名内野七名)でスタートする! 内野が0になったチームの負け! コート内の選手は敵の投げたボールに当たればアウト、外野に出る! ただし、スタート時に外野にいた選手を含め、たった一人、一度だけ内野に復活する事が出来る! ――ボールに当たって、生きていればの話だがな」
有り難くない注釈が最後に取って付けられ、殆どの者が無理だと自己判断する。
「武具の使用とかはどうなってますか?」
「念で作り出した道具のみ可能だ」
そのどうでもいいルールはドッチボールでも有効だったのか、とユエは少し落ち込む。
(うぅ、私の大鎌は使えないって事ね……)
(私の『炎の円環』はOKって事ね。人数の関係上『迦具土』の方は使えないけど)
ユエは渋々、背中に背負う大鎌を地面に置き、ドッチボールのコートに足を進める。
正直この死刑場じみた体育館から逃げ出したい気分だが、流石にレイザーが丸くなる十二年後まで待つ訳にはいかないし、どうせ挑戦するならこの一度で終わらせたい。
「さて、誰が外野に行く?」
「私で良いかな?」
青い顔をしながらも、ロブスは取り纏め役を行う。
真っ先に手を上げたのはマイであり、他に手を挙げる者はいなかった。
外野に居ても内野に居ても、レイザーの球による危険性は大して変わらないからだ。
「ああ、構わないぜ」
レイザー側からは『No.1』が外野に行く。
「それでは試合を開始します。審判を務めますNo.0です。よろしく」
一際真っ黒の念獣がボールを持って取り仕切る。
話し合いの末、スローインにはガルルが、レイザー側は背丈が一番ひょろ長い『No.6』が進んで行く。
「スローインと同時に試合開始です。レディ――ゴー!」
(さて、始まりましたね。果たして現在のトップランカーであのレイザーに勝てますかね?)
このイベントを誘導した真の黒幕であるハメ組のリーダーであるアルトは興味津々と高みの見物と洒落込んでいた。
彼がやった事は一つ、非転生者と確定している四位の組に間接的に『一坪の海岸線』の情報を流した、その一点に尽きる。
入手方法さえ解れば後は勝手に攻略してくれる。思惑通りに事が進み、自分は数合わせの一員に紛れて情報収集に当たっていた。
彼にしてみれば、どう転がろうが自分に得にしかならない、刺激的な対岸の火事だった。
(あのレイザーを相手にして能力を隠すなど不可能でしょう。まぁ能力が不足している者が生き残れるとは到底思えませんがね)
試合開始の号令が掛かり、審判の『No.0』がボールを高々と上げ、飛び上がったガルルがボールを味方に弾き飛ばし、『No.6』は飛び上がりもせずに味方の陣に退いた。
「先手はくれてやるよ。それが最後のチャンスだろうがな……!」
外見はかなり違って殺す気満々だが、最初は原作と同じ流れとなった。
「ふんっ、その余裕、粉々に粉砕してやるよ!」
ボールを取ったのはクルタ族の民族衣装を着込むミカであり、全力の一投を現段階で一番がたいの良い『No.7』に向かって投げ、反応出来ずに顔面に激突――ボールは外野のマイがキャッチする。
「ふっ、まずは一匹!」
ミカは意気がって調子に乗るが、本当に反応出来ずに取れなかったのか、外野に出す為にわざと動かさなかったのか、恐らくは後者であろうとアルトは判断する。
(迂闊ですよ、ミカ君。レイザーの念獣は数字が大きいほど性能が良い。そんなのを真っ先に外野に送るなんて怖い者知らずですね)
それをガルルは指摘するが、調子に乗るミカは聞く耳持たずに次は『No.6』を当てて外野に送ってしまう。
(所詮は烏合の衆という処ですかね。レイザーからボールを奪い返す機会を自ら少なくしてしまうとは)
恐らく彼等ではレイザーのボールを正面から取る事は不可能だろう。
ならば、次善策としてレイザーから放たれるボールを諦め、念獣からのボールをカットすればいい。
一度外野を経由すれば威力が激減する事は原作のヒソカがその身で証明している。
「何だ、大した事無いじゃないか! 虚仮威しとはまさに君達の事だね」
「ミカっ、調子に乗るな! あれがこの程度で済む筈が無いだろう!?」
「全く、いつも口だけで五月蝿いね、ガルル。この調子だと僕が全員仕留める事になるよ?」
アルトの眼から見ても、真っ先に死ぬ人間だなと苦笑せざるを得ない。
「くく、弱い駄犬ほど五月蝿く吠える」
レイザーは嘲笑って必死に虚勢を張るミカを侮辱する。
そして少し突付くだけで挑発に乗るような隙を見逃すほど、今のレイザーは優しくないようだ。
――死んだな、とアルトはミカに先に内心の中で合掌しておく。
「気が変わったよ。まずは君から仕留めさせて貰うよ!」
「馬鹿っ! ミカやめ――!」
全身全霊を籠めて放たれた一投は、まるで原作の再現の如く片手で受け止められてしまい――間髪入れず、ミカの頭目掛けてレイザーの致死の一投が容赦無く返された。
「――っ!?」
意外と反応が良く、ミカは必死の形相で寸前の処で躱す。
危うく頭を吹っ飛ばされて脳髄を撒き散らしそうになったが、彼の短絡的な行動が招いた危機はこれで終わらない。
(うーむ、正直無理ゲーですね)
外野による超高速パスが繰り出され、内野の七人が翻弄される。
外で俯瞰する自分は何とかボールの軌跡を追えるが、中にいる彼等にとっては追い切れなくなるのも時間の問題だ。早くもアルトは諦め出した。
(この組で失敗となると、次はバサラ組に協力を取り付けないと無理ですね。彼等には渡したくありませんでしたが――)
超高速パスを捉え切れなくなり、背後を突かれたのはロブスだった。
「ぶぐあぁっ!?」
「ロブス!?」
強烈な一投が彼の後頭部に突き刺さり、その威力のまま額を地に激突させる。零れ落ちた球を、外野に行く前にアリスがキャッチする。
遠目から見てもヤバい具合に痙攣しており、戦闘不能なのは言うまでも無かった。
「当たり処が良かったようだな」
「言い忘れましたが、プレー続行不能になる怪我をした場合、その選手は退場になります。外野としても内野としてもカウントされませんので御注意を」
ゲシシシと奇怪な笑みを浮かべて、審判の『No.0』が説明する。
試合は一旦中断し、意識を失った彼は海賊達の手によって退場となる。
こうなる原因を作った張本人であるミカに全員からの批難の視線が突き刺さる。彼は居心地悪そうに舌打ちした。
「アリス、ボール」
ぶっきら棒にコージは言い、アリスからボールを託される。
「君、そのボールを貸せ、今度こそは……!」
「やめろミカッ!」
此処まで無様さを晒してまで味方の足を引っ張ろうとするとは、彼等マイ組の真の目的は『一坪の海岸線』の入手の妨害ではと邪推してしまう。
尤も、これを意図的ではなく、無自覚でやっているのならば最悪なまでに性質が悪いが。
「この中で今以上の一投を放てる奴は居るか? いや、違うな。レイザーを仕留められる一投を撃てる奴は居るか?」
ほう、とアルトは関心する。
この最悪の雰囲気に飲まれず、まだ戦う意欲があるコージへの評価を少しだけ高くする。
「……っ、大口を叩いたからには、君にはあるのかい?」
「通用するかはどうかは試してみないと解らんがな。あともう一つ、レイザーのボールを受け止められる奴は居るか?」
ガルルは一瞬だけミカに視線を向け、外野のマイもまた彼に視線を向ける。
彼等の反応から無能の高慢頓痴気の彼にも奥の手があると言っているようなものだが、今一信頼に値しない。
「君次第だね。まずは証明して貰おうか!」
難有りの性格だなぁと分析しつつ、眼下に披露されるであろうコージの念能力に注目が集まる。
コージは『練』で大量のオーラを練り上げる。中堅のハンターと遜色無い凄まじいオーラは手に持つボールに籠められる。
――大きく振り被り、渾身の一投を放つ。
オーラが流星の如き尾を引いて飛翔するボールは『No.2』に衝突し、更には隣の『No.3』に衝突して外野に飛んでいく。
「『No.2』『No.3』アウト! 外野へ!」
これでレイザーのコートは残り『No.4』と『No.5』の三人、此方はコージ、アリス、ユエ、ミカ、ガルル、リリアの六人でボールは此方の外野、主砲の彼を上手く使えば或いは――。
「ちっ、思った以上威力がでねぇな」
それは他ならぬ、撃った本人からの感想であり、傍観するアルトも同じ感想であった。あの程度では今のレイザーでも呆気無く取られるだろう。
「ふん、まだまだ本気じゃないだろう? それともこの程度かい?」
「相変わらず口が減らねぇ奴だな」
ミカの減らず口を呆れながら聞き流し、コージはマイからの返球を片手で受け取る。
(放出系能力者ですね、彼は。ですが、単純なレベルの差もありますが、レイザーとは違ってボールに愛着も何も抱いていないのが威力の差に繋がってますね)
コージは更にオーラを練り上げて、ボールにひたすら籠め――今度は投げず、ぽんと宙に放り投げた。
何をやるのか、アルトは瞬時に悟った。同時に胸の奥から込み上がる懐かしさに、らしくないと苦笑する。
彼もまた、同じ世代だったが故に興奮を止められなかった――。
更にオーラを練り上げて、コージは『硬』をもって念の籠ったボールを蹴り上げる。
実在のボールを使うという差異はあれども、あれは仙水忍の『裂蹴紅球波』だった――。