No.010『静寂』
あいーーーーん、と気怠いほどまでに桃色の空気が漂う恋愛都市アイアイにて、その空気を覆すほど重苦しい雰囲気を纏うプレイヤーが居た。
「恋愛都市アイアイ、この都市の攻略に最も手っ取り早い方法がまさか――『移り気リモコン』なんて……!」
序盤からランキング一位を保ち続けるトップランカー、バサラはこの世の終わりの如く、深い絶望をまき散らしながら膝を地に付いて項垂れた。
「何て身も蓋も無い……! クソッ、この都市作った製作者出て来いよっ! ぶっ飛ばしてやる!」
全身包帯の男も建物の壁にほぼ全力で殴りつけて陥没されるほど冷静さを欠いており、何故二人が此処まで取り乱すのか、最後の一人である彼には全くもって理解出来なかった。
「……いえいえ、レイザー級の念能力者がいきなり出て来られても困りますよ? それに楽が出来るならそれに越した事は無いと思いますけど?」
手の平サイズの『移り気リモコン』を眺めながら、黒髪紫眼の青年は物凄い疲労感を漂わせていた。
No.028『移り気リモコン』はランクBの指定カード、その効果は他人が他人に抱いている十種の感情を十段階の強弱で操作出来るものである。
その十種の中には恋愛感情も含まれているので、この都市をクリアするに当たってこれ以上最適のカードは他に無いだろう。
「ルルっ! オメェは性癖が超変態だけど外見だけは美形で、能力もこれ以上無く変態だからそんな事を言えるがな、オレはな、オレはあぁ――!」
「解るっ、解るぞお前の気持ち……! ルルはとりあえず謝りやがれ!」
嗚咽すら零す全身包帯の男にバサラは「うんうん」と頷きながら同意し、自分に見苦しいまでの敵意と嫉妬を向ける。
まるで意味が解らぬ状況に、彼は更に混乱する。
「……えぇー? あの、お二人さん? 目的と手段の優先順位が逆転していません? 過程や方法など、どうでも良いと思いますけど?」
例えるのならば、頭を抱える彼は完璧なセーブデータを外部から持ってきてCGを全部見て満足するタイプ、バサラと全身包帯の男は過程を楽しむタイプである。
「五月蝿いっ! その『移り気リモコン』をこっちに寄越せっ! これは使用禁止だ! 未来永劫、過去永劫に!」
「あ、ちょ――何の為にアイテム化したと思っているんですか!? ああぁ!?」
奪い取った『移り気リモコン』をバサラは即座に踏み潰して破壊してしまう。
交換店で買えるBランクとは言え、買うとなると1000万前後の代物が一瞬にして塵鉄に変わった瞬間である。
「今この時ばかりはお前は敵だ、ルルッ! 絶対にお前より速くこの都市の指定カードをゲットしてやる!」
「城のお姫様のハートを掴むのはオレ達だぁ!」
何だかとんでもなく下らない感情で結託しているなぁと客観視した後、彼は最後に爆弾を落とした。それも『貧者の薔薇』級の。
「まぁ、それはどうでも良いですけど、何方が先になるんですかねぇ?」
――結局、この都市のSランクの指定カード、お姫様が飼っていた『カメレオンキャット』を最初に入手したのはルルと呼ばれた青年であり、彼等の友情が本気で壊れかけたとか何とやら――。
「おのれおのれおのれぇ、既にカード化限界だと!? 一体何処の何奴だ! 『名簿』使用、No.099! ぐ、三組だとぉ!?」
「ミカ、呪文カードを無駄遣いするな!」
苦労して手に入れた『メイドパンダ』がカード化せず、マイ・ミカ・ガルル組は何度目か解らぬ落胆をまた味わったのだった。
「最近多くなって来たね、入手出来てもカード化限度枚数に引っ掛かる事」
がっくりしながらマイはカード化しないパンダを撫でる。ちなみに『メイドパンダ』のカード化限度数は6枚、実に独占しやすく、嵩張らない数である。
「カードの独占を狙うのは他の組も同じ事だろうよ。そろそろ他の組との対決がメインになるだろうな」
「ふん、出揃っているなら問題無い。全部力尽くで奪ってしまえばいいんだ」
良くない傾向にガルルは懸念を示し、対するミカは自信満々にそんな事を言う。
またしても二人の対立の要因が出来てしまったと、マイは『メイドパンダ』のフカフカな体毛に抱き着きながら溜息を吐く。
「良くまぁそんなに強気になれるものだ。我々はたった一人のプレイヤーに破れた事をもう忘れたのか?」
「ふん、ランキングの上位から常に外れているあのおさげの少女などもはや眼中に無し! それにもう一度出遭ったらこの僕が返り討ちにするまでよ!」
確かにあの少女、明らかに偽名だが『ジョン・ドゥ』は一回もランキングの上位に上がった事は無い。
その点について、マイとガルルは強い不審感と疑問を抱いていた。
「其処なんだが、あのプレイヤーがその程度しかカードが揃えられないとは考え辛いのだが?」
「それなりの実力者でも一人でプレイするのは効率が悪いという事さ」
ガルルの疑問提起をミカは即座に一蹴する。
確かにグリードアイランドをソロでプレイするのはフリーポケットの上限が立ち塞がるので難易度が跳ね上がる。
自分で指定カードを収集せず、奪う事が専門ならこの遅さも納得が行くだろう。内心で何処か引っ掛かりながらこの話題を切り上げる。
「注意するべきはランキング初頭から今までトップを保つバサラ組だ。現在は79種類、ガードが堅くて情報が得られないが、かなりの実力者だろう」
「そうよね。あれだけ一位で目立っているのに、所有枚数は増えていく一方だし――」
ランキングで一位というだけで相当目立ち、他のプレイヤーからの妨害も多々あるだろうが、それを諸共せず一位に君臨し続けている。
最初から今の今まで独走状態のプレイヤーだ、間違い無く強敵と見て良いだろう。
「二位は俺達の74種類だが、三位のコージ・ユエ・アリス組が驚異的な速度で追い上げて来ている。今日の時点で71種類だ」
「え? 嘘、昨日までは66種類だったのに……」
AランクとBランクの指定カードの収集で頭打ちになると思いきや、勢いが止まらない。
原作に比べて自力でSランクを入手出来る組が多すぎる。負けるつもりは無いが、不安が過る。
ランキングの圏外だが、実力が上回るプレイヤーは少なくとも一組はいる。いや、他にいないとも限らない。
「出る杭など叩き潰せば良いだけの事だろう。何だ、ガルル。臆病風にでもまた吹かれたのかい?」
「直接戦闘は最終手段だ。自信過剰で慢心している輩よりは幾分もマシだろうよ」
確実な勝算が見えない中、ミカとガルルはまたもや口喧嘩し始める。
モフモフな『メイドパンダ』だけが、少しやぐされるマイの癒し要素であった。
「――残りはNo.001『一坪の海岸線』、No.002『一坪の密林』、No.017『大天使の息吹』、No.065『魔女の若返り薬』、No.073『闇のヒスイ』、No.081『ブループラネット』のみ。見事にSSランクで固まりましたね」
「例外はSランクの『魔女の若返り薬』とAランクの『闇のヒスイ』か。『闇のヒスイ』は爆弾魔達が独占していたから入手は案外楽だと思っていたが、逆に爆弾魔程の実力者でなければ入手困難だったか」
グリードアイランドが開始されて三ヶ月、予想以上のハイペースで末期に突入したとハメ組の二人は喜ぶ。
プレイヤーの質次第では数年は待つ事になるだろうと覚悟していただけに拍子抜けするほどの収集速度だった。
「Aランクならリスキーダイスと『宝籤(ロトリー)』のコンボで何とかなります。『魔女の若返り薬』は時間の問題でしょうね」
「だが、SSランクは簡単にはいかないぞ? 俺達にとって『大天使の息吹』は簡単に入手出来るが、他の奴にとっても一坪シリーズは最難関と見て良いだろうよ」
ある程度予想していた事だが、ゲームマスターであるレイザーとの直接対決で勝たなければならない『一坪の海岸線』とそれと同等の入手難易度と思われる『一坪の密林』が最大の不安要素であった。
「これ以上他の組にカードを揃えられても厄介です。指定カードの所有枚数が平均70種類の今が絶好の機会ですね。一つ、策を講じますか」
これ以上、だらだらと時間を掛けても他の組の指定カードと呪文カードを充実させても損しか無い。
ハメ組のリーダーは酷く歪んだ顔で邪悪に微笑む。所詮、他のプレイヤーなど自分達の掌で踊る道化に過ぎぬと完全に見下して――。
「くく、あはは、あーっははははははははっ!」
その日、あらゆる意味で例外たる三つ編みおさげの少女は高々に哄笑する。
「やっと手に入れた。あはっ、どれだけこれを追い求めた事か……!」
一枚のカードを眺め、少女は長年待ち望んだ玩具を手に入れた子供のように、想い人との逢瀬で愛を呟いた童女のように、その顔を光り輝かせていた。
そのカードは『魔女の若返り薬』であり、今し方少女が独占したものである。
「さぁて、少しばかり名残惜しいけど、そろそろ終わらすかね――」