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No.29950の一覧
[0] LV.1の村人が旅をしたらどうなるか?(SO3)[シウス](2011/11/06 21:05)
[1]  第1話 日常の終わり[シウス](2011/09/28 22:54)
[2]  第2話 一人旅[シウス](2011/10/16 01:40)
[3]  第3話 セラ、初めて刺青をする[シウス](2011/10/16 01:41)
[4]  第4話 スケルトン[シウス](2011/11/06 21:05)
[5]  第5話 リビングアーマー[シウス](2011/11/06 21:07)
[6]  第6話 漆黒騎士 部隊長アデルの記憶[シウス](2011/11/06 21:08)
[7]  第7話 再会[シウス](2011/11/27 20:57)
[8]  第8話 エッタとグレッド[シウス](2011/12/03 18:04)
[9]  第9話 危険なスライム[シウス](2011/12/03 18:12)
[10]  第10話 アーネスとアミーナの過去[シウス](2011/12/04 21:58)
[11]  第11話 透明な猛獣[シウス](2011/12/17 15:47)
[12]  第12話 食肉植物[シウス](2011/12/26 22:24)
[13]  第13話 アミーナの行方(前編)[シウス](2012/01/04 16:09)
[14]  第14話 アミーナの行方(後編)[シウス](2012/01/04 21:08)
[15]  第15話 突撃! 貴族宅[シウス](2012/01/22 17:40)
[16]  第16話 結末[シウス](2012/01/22 17:04)
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[29950]  第3話 セラ、初めて刺青をする
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/16 01:41
 ボーグル・リーダーの死骸は持って行かれたが、ボーグル・ソルジャーは残っていた。二人は疲れた身体にムチを打って血抜きし、それを解体した肉の塊をいくつか作った。食いきれない分は焼いた後に乾燥させて保存食にするとして、夕食の分には色々と趣向を凝らしてみた。
 趣向とは言っても、二人して料理が作れないので、各種調味料をまぶして焼いただけであるが、久しぶりに食べた肉は格別に旨かった。―――ただしボーグルの肉というのは、やはり牛や豚はもちろんのこと、山羊や鹿の旨みにすら届かなかった。
 食事の後は軽く水浴びした。
 もっとも、セラは昨夜のように裸になる気は無かった。さすがに初対面のこの男をそこまで信用するには、まだ早すぎだろう。いつ覗かれるか分かったものではない。
「ま、しゃーないか……」
 セラは呟いて、Tシャツとハーフパンツを脱いだ。胸回りをチューブトップ・ブラ(バンダナを胸に巻いたようなもの)、下半身を厚手のドロワーズだけの姿になる。その程度の露出にも耐性が無いのか、アーネスは顔を紅くし、目を泳がせていた。
「あ、あの……セラさん? 一体何を……?」
 彼女は脱いだ服を掴み、湖に盛大な水柱を立てながら飛び込み(この辺りの湖の淵は、周囲が岩石に囲まれていて、浜辺のようにはなっていない)、水面から顔を出して答えた。
「どうせ服は洗うつもりだし、だったら全部は脱がずに泳ごうかと思ってね。アーネスも泳いだら?」
「あ、ああ……」
 と、こちらはハーフパンツ1枚になって水面に飛び込む。まだ完全には日没しておらず、したとしてもすぐに暗くなることはないので、しばらくは泳いでいられそうだ。
「アーネスって泳ぎが得意なのか?」
 彼の泳ぎようを見ていたセラが問いかける。
「ん? ああ、そうだな。生まれはペターニなんだ。で、街の近くの大きな川でよく泳いだりしてたから、泳ぎにはそれなりに自信があるんだよ」
「ふーん……そういえば何で盗賊になったの?」
「親父が戦死、お袋が病気で死んだ―――ってのが3年前だ。そん時の俺は職にありつけなくてな―――たまたま街の酒場で『月影盗賊団』の連中と出会って、気が合ったからメンバーに入れてもらったんだよ」
「へえ……大変だったんだね」
「ああ。月影が摘発された時は『明日からどうやって金を稼ごうか……』って心配したが、近所の幼馴染みだった奴からアイテムクリエイター業者を紹介してもらってな。そこのボスのウェルチさんって人の下で、今は小間使いをしているんだ。まったく、あの人には感謝しても、しきれないな」
「ふーん」
「そーいうセラは、なんで旅なんかしてるんだよ? 最初に会った時に『追われてる』とか言ってたよな? ……まぁ、言いたくないなら別に構わないけど」
 セラは考える素振りを見せ、
「んー、アーネスになら言ってもいいかな? あたし、アーリグリフのとある村で育ったんだけど、最近になって分かったことがあるんだ。―――本当はシーハーツの貴族だったよ」
 アーネスは一瞬だけ目を見開いたが、セラの容姿を見てすぐに納得し、頷いた。
「…………そっか、大変だな。とすると、今は本当の親御さんに会いに行く旅の途中なのか?」
「うん、そう。でも住んでた村にも大切な人たちが沢山いるし、かといっても本当の親にも会いたい。だからこっそりと本当の親を観察して、本当の親元に帰るか、それとも村に帰るかを決めようと思ってね。―――あ、『追われてる』ってのは、いつも狩りにいくときの幼馴染みのメンバーのことだよ。結束力にはかなりの自信があるんだけど、今回は皆を出し抜いて出てきたからね。たぶん、今日くらいには、あたしが旅に出ていることに気付いてると思う。……そして絶対に追いかけてくるよ」
 最後の台詞には、絶対的な自信が伝わってきた。
 アーネスが問う。
「そっか……ま、努力しなよ。それはそうとして、一つ―――いや二つ聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「さっきウインドブレードの施術を放つとき、セラは『借りる』って言って、俺の手の平から放たれる寸前の術を持っていったよな? あれってどうやるんだ?」
 すると彼女はキョトンとした顔になり、
「どうするも何も……持ってた武器を借りるのと同じじゃない。あんたが投げようとしている石ころを、あたしが奪い取って投げる感じみたいな?」
「説明になってねぇよ。それともう一つ―――ボーグルの腹に手を当てて、そのまま体内に竜巻を発生させた。あれもどうやったんだよ? 俺も……いや誰でも似たようなことは思いついて、一度はやってみるんだよ。術が手の平よりも数センチ先で発動するなら、薄い壁に手を当てて呪文を唱えれば、壁の向こう側から術が出るんじゃないかって。でも実際は壁と手の平の間に、無理やり割り込むようにして施術が発動するんだよ。あの時は一体、どうやったんだ? 常識じゃありえねぇよ」
 しかし問いかけてみるも、セラは不思議そうに首を傾げるだけだった。
「うーん……こればっかりは何とも……。あたし自身は施術使えないのに何だけど……『才能』―――じゃないかな?」
「才能って……」
「なんていうかな―――アーネスが施術を放つときに、『何かのエネルギー』みたいなのが右手に集まって、そこから術が発動したのを見てたら、『あたしの方が上手くできそう』って感じたからやってみたんだよ」
 聞けば聞くほど常識外れの発言をするセラだが、アーネスは一つの可能性に至った。
「ひょっとして『血統限界値』が高いのか?」
「何それ? 血統―――何だって?」
「血統限界値だよ。大昔にシーハーツの国を作ったとされる聖女シルヴィアこと、本名クレスティア・ダイン。なんでシルヴィアとクレスティアっていう二つの名前があるのか知らないけど、その女の血を継いでいる量が多ければ多いほど、強力な施術師であり、同時に高位な貴族だと言われている。ちなみに現在、血統限界値が一番高いのはシーハーツのロメリア女王と言われている」
「へぇ……確かマーブル伯爵からは『大貴族』って言われてたけど……」
「しかし血統限界値ってのは、あくまでも施術の威力に関してのことだよ。セラには感じられたっていう『何かのエネルギー』―――施力だと思うんだけど、それを感じ取れるかどうかは、さすがに貴族の血を引いてない俺には分からないな。それからさっきセラがやったのは『ひねり』っていう、施術の裏技だと思う」
 セラはまたもや首を傾げた。
「裏技なんてあるの?」
「ああ。一番有名なのは、1個の火の玉を飛ばす『ファイアボルト』だな。これに『ひねり』を加えれば、火の玉が複数に増えたり、巨大な火の玉、超高熱の火の玉、それから火の玉を回転させたり、スピードアップさせたり―――何なら火の色をカラフルに変えることもできるらしい。ま、俺には無理だったけど」
「……あたしって、そんなに才能があんの?」
 水に濡れた手を、目の前で開いては閉じてみる。そろそろふやけてきた彼女の手は、日々の畑仕事や、狩りで使う刀剣類を振り回すときに作られた豆でゴツゴツしていた。その手の平には、今は何の力も感じられない。
「……あたしもいつか、施術を学んでみようかな? なんか面白そうだし」
「何なら俺が施紋を彫ってやろうか?」
「―――え? 彫れるの?」
「おうよ。盗賊団『月影』は、『施術が使える』ことに憧れて入団してくる荒くれ者が多くてな。その中でも俺は、施紋を彫る仕事を親分から任されてたんだよ」
「確かに一度はやってみたいと思ってたけど……こんな不衛生な場所で刺青っていうのも……」
 アーネスは軽く笑って言った。
「大丈夫だよ。施紋を彫るときの刺青っていうのは、『施術を使って書く』という特殊な方法が編み出されてるんだ。普通の刺青でもできるんだけどな。ま、その最新のやり方でやれば、基本的には痛みは無いし、血も出ない。―――ただ、一生消せない落書きであることには変わりないけどな」
 言われて、セラは悩んだ。
 確かに幼少の頃から刺青というのに憧れていた。この歳になるまで刺青を入れなかったのは、いつかは自分も施紋を入れて、魔法じみた力を使ってみたいと考えたからだ。実際、シーハーツの秘技とも言われる施術は、世間に多く流出している。あの魔法じみた力をいつか手にすることができるならば、今は落書きまがいの刺青など入れない方が良いだろう―――と、ずっと思っていた。
 しかしこんなにもあっさりと施紋を彫るチャンスが訪れたとなっては、いま彫るべきかどうか悩んでしまう。
 彼女は恐る恐る訊いた。
「ねぇ……施紋って、どんな形のを彫るの? あと身体のどこに彫るの?」
「形は様々だけど―――人には得意な属性ってのがあってな、例えば俺は風の属性だから、『風を意味する施紋』っていうのを彫る。ほら俺の背中を見てみなよ。こんな感じの」
 その場で背中を見せるアーネス。そこには記号文字のようなのが10文字、横一列に彫られており、その中の一つを彼が指差す。
「施紋にも種類があってな。各属性のシンボルとなる一文字のどれかを入れただけで、その属性は使えるようになるから、基本的には全部の属性の施紋を彫る。だが同じ施紋を二文字以上入れても、効果はあまり無いな。それから個人的な属性ってのがあって、さっき言ったみたいに俺は風属性だ。だから全ての属性の中で、風だけは威力が高い。その代わり風の反属性である土属性は、心持ち弱い―――別に死ぬほど弱いわけじゃないぞ? あくまで心持ち―――ってか、人によっては苦にならないらしい」
 セラは納得する。
 アーネスは続けた。
「それから彫る場所だが、基本的にシーハーツ人で多いのは太ももだな。別にどこでも良いんだが、シーハーツの軍人は潜入任務が多いから、目立たない場所に施紋を彫りたがる。―――って、べ……別にあんたの太ももに彫りたいってわけじゃないからな?」
 その慌てようにセラはついつい噴出してしまい、そして覚悟を決めた。
「じゃあ、あたしの太ももに彫ってもらえる? 全部の属性のシンボルを。目立たないってのはありがたいし、脚を見せるつもりのズボンを穿くときも、その方が艶かしいし」
 アーネスはしばらくポカンとし―――すぐに赤面した。
「ちょ―――いいのか?」
「うん。遠慮無くやって」
 
 
 
 
 
 数十分後―――湖から上がった二人は、洗濯物を手近な木に干し、昨夜のセラのように寝床も確保してから、二人して湖のほとりで焚き火に当たりながら、仰向けになったセラの太ももに、アーネスが筆で施紋を書いていた。
 服装は水浴びをしていたときの格好のまま―――特にセラは、これから施紋を彫るということに緊張しているのか、はたまたヒース以外の男に太ももを触られるのに恥ずかしがっているのか、彼女の露出している肌が、焚き火に照らされている以上に紅く上気していた。
 アーネスは最初こそ照れていたものの、彫り始めたとたんに真剣な表情になり、今は一言も発さない。
 一文字を彫るのに、およそ2分。
 アーネスが持っている筆には、施術師が施紋を刺青するための特殊な薬品が吸わされている。それを使って肌に直接かつ丁寧に書き、小さく呪文を唱える。これで2分。たったこれだけの動作で、皮膚に書いた施紋が、一生消えない刺青になるという。
「セラ……ごめん。ちょっどだけドロワーズを捲し上げるぞ?」
「う……うん」
 そう言って、半ズボンよりも少しだけ長いくらいのドロワーズの裾を上に上げる。
 彼は膝から上へと彫っていた。属性のシンボルとなる施紋は、地・水・氷・火・風・雷・光・闇・聖・負―――全部で10文字だ。本当はここに『無属性』と呼ばれる属性も存在するのだが、無属性のシンボル施紋は存在せず、10文字の施紋を彫ると、自動的に無属性を使えるようになるという。アーネスは片側の太ももに5文字、合わせて10文字というように彫った。
「ひゃっ! んっ………ああっ!!」
 濡れた筆で太ももを何度も擦られるため、そのくすぐったさに、つい口から変な声が漏れてしまう。
「エロい声を聞かせてくれてありがとさん……と。できたっ!」
 どうやら終わったらしい。
 セラは上半身を起こし、太ももに視線を向ける。そこには記号文字のようなものが片足に5文字―――両足を合わせて10文字描かれていた。しかしどうも刺青っぽくない。と思いながら触ってみると、指先から乾いた絵の具を触る感触が伝わってきた。どうやら皮膚に塗料が直接ついているらしい。
「……本当に刺青ができてるの?」
「大丈夫だって。なんなら洗ってみなよ」
 言われて、彼は水を吸わせた布―――雑巾みたいに汚れた布を差し出してきた。一瞬だけためらったが、自分のタオルなどに塗料が付いたら落ちないかもしれないと思い、仕方なく受け取った雑巾で太ももを拭った。
 皮膚にまとわりついた塗料が落ちる。すると驚くことに、真っ白な太ももの上に、僅かに白みがかった黒で刺青が成されていた。白く見えるのは、皮膚の下に刺青が形成されている証である。
 当然ながら、これは刺青だ。一生消えることは無い。
 少しだけ胸が痛む。魔法じみた力を持つ施術は、空を飛べる竜騎士と同じくらい、人々の憧れの対象だったはずだが、それでも生まれて初めて刺青をしたことに、今さらながら心が不安の声を上げているのだ。
 そんな不安を追い払おうとし、さっそく試しに施術を使ってみようと、手の平を正面に突き出し、意識を集中してみる。
 アーネスは笑って言った。
「あっはっは。確かにセラには凄まじいくらいの才能があるとは思うんだけど、そう簡単に施術は使えないさ」
「……どうやったらできるんだ?」
「まず一つ目。施術の威力は『知力』といわれる能力によるんだ。知力って言っても、単純に頭が良いとか記憶力があるとかじゃなくて―――何ていうのかな? 施術を『剣で斬りかかる』という動作に例えるなら、知力ってのは『筋力』に相当するんだ。そんでもって俺たち大人が、ある日突然に施紋を彫ったところで、生まれてからこの歳までベッドの上で寝たきりだった奴の筋肉が退化しているのと同じで、俺たち大人の知力ってのは果てしなく低い」
「って、それじゃダメじゃん!?」
「ああ、その代わりってのも何だけど、知力の成長は年齢に関係なく、努力しただけ上昇するし、絶対に衰えない。他にも知力は筋力と違って成長限界は存在しない。だから無限に上昇させることができるんだ。生身の人間がどれだけ身体を鍛えたところで、大岩を壊す事は不可能だ。でも施術ならば、壊すどころか蒸発させることもできる―――理論上はな。今のところ、そんな奴は出会ったこともないけど」
「はぁ……」
「それからもう一つ。知力によって、施術を発動させるのに必要な力が生み出される―――これを『施力(せりょく)』って言うんだ。これが体内を循環するのを感じ取れるようにならないと『ひねり』はもちろん、弱小な施術すら放てないけど―――セラはもう感覚で知ってそうだしな。あえて教えなくても、俺よりかは上手そうだし―――ああ、ちなみにだが人間の精神力は、施術でいうところの体力なんだ。だから施術を使えば精神力を消耗する」
 どうやら施術についての説明は終わりらしい。
 セラは疑問を口にした。
「ねえ、どうやったら今の自分の知力ってのは分かるの?」
 アーネスは何かを考えるように、
「そうだなぁ……やっぱり施術の威力で判断するしかねぇな。まずは手の平を前に突き出し、五指を閉じる」
 言われたとおりに右手の平を突き出し、五指を閉じる。
 アーネスの言葉が続く。
「今度は目を閉じて、右の手の平に、俺がさっき彫った施紋のうち、どれか一つが現れるのをイメージする。そうするとほら、頭の中に妙な魔方陣みたいなイメージが浮かんできただろ? あとはイメージと一緒に思いついた術名を口に出す」
「……ファイアボルト」
 次の瞬間、彼女の手の平に直径10センチほどの、陽炎のように弱々しく揺らめく火の玉が生まれ、放たれた矢のように直進して岩壁に当たって四散した。
 アーネスが口笛を吹いて笑った。
「ははっ! やっぱ凄ぇなセラは!! 俺でも施紋を彫ってから、術が放てるようになるまでに―――つまり施力が循環するのを感じ取れるようになるまでに一ヶ月はかかったってのに―――こりゃ本物の天才だな。あと今ので凡人と同じ、知力5前後だってのが分かったよ」
 しかしアーネスの言葉は、今のセラには届いてはいなかった。
 彼女は今、自分の放った施術に感動していたからだ。
「あはっ……!」
 自然と笑みが零れる。
 そして再び右手を前に突き出し、
「ウイングブレード」
 小竜巻―――昼間にアーネスが放ったのと同じくらいの大きさが、岩壁に向かって放たれる。
「グレイブ」
 地面が岩壁の前で隆起する。
「アイスコフィン」
 そのグレイブが分厚い氷に包まれる。
「サンダーボルト」
 さらにその氷の上から落雷―――今までで一番大きく発動した施術によって、氷だけが粉々になった。
 アーネスが呟く。
「あー、セラの属性は『雷』か。―――たしか『雷』は反属性が存在しないんだっけ? それに雷属性って、ただでさえ強いと言われる属性だし、ラッキーだな」
 全ての属性は公平だと言われているものの、雷だけは特殊な―――普段の生活の中で味わう事の無い苦痛を秘めているのだ。火傷や凍傷とも違う、全身に流れる不気味な感覚は、一度くらえば多少のトラウマにさえなりうる。
(……こいつはとんでもない才能だな。あと半年くらい修行しただけで六師団にも入れるだろうし、数年くらい修行すれば、団長の座も夢じゃないな)
 つい数時間前までは、共にボーグル・リーダーを倒した喜びを分かち合えてた仲だったはずの彼女が、いつか遠くへ行ってしまうかのような寂寥感。同時にもう少しだけ、一緒に居たいという思い。だが彼女のとなりに並んで歩くには、今の自分では力量不足だ。
(俺も施術の修行、真面目にやってみっか………)
 小さな決意を心に込めた。
 
 
 
 
 
 そして夜が明けた。
 時刻はまだ午前5時だ。夏は近づきつつあるものの、まだ少し遠い。なのでこの時間帯はまだ薄暗い。
 アーネスは取ってきた薪を燃やしながら、昨日に手に入れたボーグルの生肉を焼いていた。―――正直、これほど水源のそばを歩いて旅するくらいなら、食器や鍋やフライパンなどを洗う事も簡単だったろうに、この二人ときたら食器や調理器具を何一つとして持ってはいなかった。
 代わりといっては何だが、調味料は豊富に持ち歩いていた。カルサアにて安価に手に入る塩や胡椒などの各種スパイス。そして昨夜は使わなかったものだが、アーネスが隠し持っていた調味料が姿を現すときが来た。
「なぁ、アーネス。さっきから肉に振りかけているその茶色の粉は何なんだ?」
 肉は長細く、適度な大きさに切り分けられ、木の枝などに刺して、火のそばの地面に突き刺してある。魚を焼くときも同様の焼き方だ。アーネスは自分の分の生肉に、小瓶から茶色の粉末を振りかけていた。
「これはグリーデンから伝わってきた『ショウユ』っていう調味料なんだ。本当は液体らしいんだけど、グリーデンでは乾燥・粉砕する技術が発達してるからな。これで腐りにくく、遠くまで輸出ができるんだ。ウェルチさん―――俺の仕事のボスの大好物なんだぜ? ついでにこっちの肉には『みそ』っていう調味料を塗ってある」
 見ると、こちらはしっとりとした茶色で粘土状の物体が目に付いた。
「……味見していいか?」
「おうよ。けっこうクセが強いけど、慣れたらヤミツキになる味だぜ! ―――先に言っておくが、ちょっとずつ舐めて味見しろな? 死ぬほどしょっぱいから」
「どれどれ―――ああ、なるほど。この『ショウユ』っての、塩辛い中にも旨みが凝縮されてるね。こっちの『ミソ』は―――おお! 辛い中にも甘味がある!! これ気に入ったよ!!」
 目を輝かせるセラに、アーネスは心底照れくさそうにしながら、セラの分の肉にも『ショウユ』や『ミソ』を振りかけていく。
 やがて肉が焼け、その辺の木から適当に取ってきた果物と一緒に食べ始める。
 質素ではあるが旨いので、そのうち笑みが浮かんでくる。これが一人で食べてては、決して笑みなど浮かばないだろう。自然と会話もはずむ。セラと行動を共にしながら半日しか経ってないが、アーネスは早くも彼女から離れたくないと強く意識する自分に気付いていた。
(―――確かに、惚れて当たり前なくらい、いい女だよな)
 美しく長い金髪に、真っ白い肌。スタイル抜群の超美人。貴族しか持たない美しさに反し、山賊のような口調と性格なのが、更に彼女の魅力を引き立てる。それに男口調かつガサツなところもあるため、男同士のような気楽な男口調で会話できる。それでいて昨夜、彼女の太ももを筆でなぞった時などには、女らしい艶かしい声を上げる。
 彼女の太ももに視線を向ける。今日の彼女は、昨日とは違う服を着ていたが、半ズボンの裾(すそ)から見えている太ももには、アーネス自身が彫った施紋―――いや、一生消えない刺青が堂々と姿を現している。
 『月影』をやっていた時のアーネスは施紋を彫る係りを担当していた。彼が『月影』に入った頃、先輩であった団員の彫り師から腕を見込まれて任された仕事だった。その時は男ばかりに彫ってきたが、昨夜初めて女に彫った感触は感動ものだった。刺青のある女の魅力と、何よりも自分の手で女に消せない落書きをしてやったという興奮があった。
「おい、聞いてるのか?」
 ふと見上げると、セラが少し拗ねたような顔で、アーネスを睨んでいた。どうやら彼女の太ももに見入ってたらしい。
「ああ。悪い悪い……」
「ったく、人の脚をジロジロ見るなっての。自分で書いたのが、そんなに心配か?」
「いや、脚に施紋を彫ってる女を見るのも初めてなんだ。今まで男ばかりに彫ってたから、なんかこう……新鮮なんだよ」
 思っていたことを正直に言ってみる。セラはニッと笑って、
「そりゃそうさ。美人は何を着ても似合うように、何を彫っても似合うもんさ」
 つられてアーネスも笑い出す。
 と、東の空から、焚き火の色に似た光が、大地を照らし始めた。日の出である。
 今日も暑い日になりそうだ。


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