プロローグ
5月1日
私の朝は早い。なぜならばお兄ちゃんを監視しなくてはいけないのです。
「じゃあ行ってきまぁ~す」
「みうちゃん。今日の予定は?」
「いつも通りお兄ちゃんを登校まで見送って、その後ハーレム参号との接触に試みる!」
「気をつけてね~」
「は~い!」
私、『田中みう』は部屋の主であるマキちゃんを残してまだ朝日が昇ったばかりの外へと飛び出します。今日も良い天気。雨の日の監視は辛いものがあります。雨具を着ていても体力が削られるからです。逆に晴れた日の朝はさわやかさが心地いいです。
……そうお兄ちゃんを監視するのには……
なんとお兄ちゃんは私達が住むボロアパートから歩いて一分もしないこれまたボロいアパートに暮らしています。六畳一間の狭い部屋。バス、キッチン付きだけが良心的なその部屋に、今年の高校進学を機に一人暮らしをしています。
私はいつも通りお兄ちゃんの部屋、一階の右端101の窓際へと音もなく忍び寄ります。1階2階合わせても4部屋しかないこのボロアパート……壁も薄いので外からでも十分に話し声が聞こえますが、そもそも一人暮らしな部屋の中から話し声が聞こえること事態、普通ではないのです。
ひょっこりと顔を半分だけ出して窓から部屋を覗く私。カーテンがないことだけが救いです。もう分りきっていることですが部屋の中の様子を見て、口の端がギリギリと吊り上るのを止められません。
古めかしいちゃぶ台。起きたばかりでしょう。制服に着替えてはいますがボケーとした表情でお茶を飲みながらテレビ画面のニュースを眺めているのはお兄ちゃん。『田中正紀』という血の繋がった兄です。決してカッコいいとは言えません。だけど運動もできる。中学では野球で活躍していました。野球のことは分りませんがエースと呼ばれる人材だったに違いありません。なぜならお兄ちゃんだからです。深い意味はあります。
お兄ちゃんは強い! 喧嘩でも最強だ!(喧嘩したのを見たことはない)
お兄ちゃんは頭が良い!(中学では中の下の成績)
お兄ちゃんはやさしい!(去年の誕生日にプリンをくれた)
お兄ちゃんはかっこいい!(たとえ外見が普通でも私から見ればOK!)
これ以上は長くなるので省きますが」お兄ちゃんの凄さを簡単にまとめるとこんな所です。しかし……高校に入ってからはその類まれなる、神に愛されたとしか思えないステータスに新たな項目が加わってしまいました。
私的には複雑な心境になるステータス。そして世の男性からすれば誰もが欲しいであろうステータス。そう
お兄ちゃんはモテる……
「正紀さん、朝食は少し待っててくださいね。もうすぐ出来ますから」
私は玄関近くの台所へとお兄ちゃんを凝視していた視線を移します。
「いつもすいません、大家さん」
「いえいえ好きでやっていますから」
死ね! ……失礼しました。
台所で幼気な大根やキュウリといった生命体に、鋭利な刃のついた凶器を容赦なく振り下ろす残虐非道な女。長い黒髪を無駄に靡かせ和風美人を気取る女。大家という世間一般から見たら夢の様な職業を持っているにも関わらず、お兄ちゃんと同じ高校の制服を着ている女。学生風情に大家という職業が務まるのか、私は一度市役所なり弁護士なりに相談する必要があるかもしれないです。
大家……またの名をハーレム壱号と呼びます。ハーレム壱号は正直、私のような中学生から見れば羨むほどの美人ではありますが要はそれだけ。
「遅いぞ~! 早くしろ~! 我のお腹は食物をご所望だ!」
「うるさいですよ? あなたを大家権限で部屋から放り出しましょうか?」
「おいおい! 追い出されるのか私は~? 正紀助けて~」
「はは、大家さん追い出すのはどうかと……それにライラさんもあまり大家さんを急かさないであげなよ」
「は~い!」
「まぁ正紀さんが言うなら」
今までなんとか視界に入れないようにしていた女がお兄ちゃんにべったりとくっついてきた。とりあえず殺す……失礼。
ライラと呼ばれたその女、随分と小さな女……私は14歳の平均そのものな身長をしているのですが、それよりも小さな女、というか女の子。同居人のマキちゃんよりも小さいかもしれないです。よしかし、特筆すべきはそんなことではありません。名前からも推測できるでしょうがこの女……金髪なのです。というか外国人。ツインテールの髪型が似合う高校生がこの世にいるなど信じたくもありません。ですが居るのだから驚きというものです。小さな金髪ツインテール美少女高校生……どこのラノベだ! 二つの触覚を生やしたた小人然とした金色の生命体で充分です!
私は心の中でそう何度叫んだことか……。しかしこの女、自分のことを陰陽師などと言っているイタイ子なのです。イタさではマキちゃんに引けを取らないこの金髪ライラ、またの名をハーレム弐号といいます。
「正紀さん、ライラさんも、もうそろそろ小夜さん起こしてください」
「はい、おい小夜、起きろ朝だぞ」
「さよ~起きろ~」
「ネムイのです……まだネムイ……もスコしネさせて」
そして最後……ちゃぶ台の横に敷かれた布団、そこから顔だけを出している女……他とワザと違いを出すために染めたかのような茶髪、そして褐色の肌、しかし美貌は他と差異なし。その微妙に不自由な日本語も愛嬌があるなどと言う風の噂ですが、私は信じません。
私がこんな早朝から頑張っているのにこの女はまだ布団の中です。その褐色の肌よろしく土に埋めてしまいたくなりますが、お兄ちゃんに見つかったらヤバいのでまた今度の機会にしようと思います。
そしてこの女、小夜と言う名前からして日本人のハズです。怪しい女です。しかもこれも弐号と同じように自分はシャーマンなどとイタイことを宣言しています。 ならばやはり土がお似合いです。自然に還れ!
この土色がハーレム参号、今日の標的です。
お分かりいただけましたか? お兄ちゃんに群がるただの記号と化した生物たちを……私の目的は、大好きなお兄ちゃんをこのハーレム記号から守ることです……して今はその準備段階、情報収集中という訳です。
お兄ちゃんとハーレム記号たちが朝食を取り始めました。
私は戦慄します!
「朝ごはん食べてくるの忘れた!」
一時監視中断! 早急にマキちゃんのもとに帰還します!