Chapter9 March Au Supplice第56話 言峰 綺礼という存在─────第一節 終局への開幕─────ゆっくりと午後の陽射しは低くなっていく。冬の青々とした空は徐々に赤みを帯び、風はさらに身に染みてくる。新都の公園を後にした二人は、互いの考えを共有しながら街中を歩いていた。凛の行方については未だに見当がつかないが、互いに『彼女は生きているのではないか』という結論は同じだった。だが、とりわけ鐘が心配なのは士郎の体である。士郎の体には人ならざるモノが見えている。まるで剣が体内から出てきているかのよう。その範囲が戦闘を終える度に広がっているのが、鐘にとっては恐怖でしかない。範囲が広がる方向がそれをさらに後押しさせる。徐々に体全体に広まりつつも、その中で急速に上部方向、つまり顔や頭へと伸びているということに。それを見せつけられて、何も思わないわけがない。「………本当にどうかしてる。まず始めに行くべき場所があったのにな」ぽつりと、横に歩く士郎が呟いた。その姿は僅かにため息もついていた。日は傾き始め、新都に出ていた人々も徐々に数を減らしつつある時間。判ったことは自分がいかに頭が回っていなかったか、という事だった。「しろう、今はどこに向かっているのだ?」「教会。言峰教会っていうところだ。氷室は知ってるか?」「存在なら。けれど実際に足を運んだことはない。………しかし、なぜ教会に?」目的地は空き家ではない。もっと何らかの手がかりが望める場所。丘の上の教会にいる神父なら、凛の場所を知っているのではないか、と考えたのだ。「ああ、そっか。氷室達には言ってなかったっけ? あそこの教会の神父はこの聖杯戦争の監督役なんだ。一応戦況管理とかしてるみたいだから、或いは────」坂道を上りながらぽつりぽつりと会話を続けていく。だがここでふと気づいたことがあった。「悪い、氷室。その前に一つ謝っとく」「………? 謝る、とは?」顔を見て訪ねると、士郎は少し困ったような顔をした。困った、というよりは申し訳ない、という感じの表情の方が近いだろうか。「氷室、俺のこと下の名前で呼んでくれてるだろ? なら俺も氷室のことを鐘って呼ばなくちゃいけないんだけど、それはちょっと待ってほしいんだ」「別に私は………。どうしたのだ?」だがその表情も次には真剣な顔つきに戻っていた。「………けじめ、かな。まだやるべきことは残ってる。遠坂も桜も助けなきゃいけない。─────その時まで、待ってほしいんだ。自分の為にも、氷室の為にも」「─────」横から士郎の顔を窺っていた鐘はそれを聞き、一度目を瞑った。「ああ、わかった。なら、その時が来るまで私も衛宮と呼び方を統一しよう。これで対等だ、いいだろう?」「………ああ、ありがとう」お礼の言葉を受け取った鐘は、僅かに視線を逸らした後、話を元に戻した。もう少し余韻に浸っていてもよかったが、捕まっている彼女らの事を考えるとそうもいかない。或いは士郎もそう思って、前もって断りを入れたのだろう。「しかし………教会があることは知っていたが裏の顔が監督役とは考えなかったな。それを知っているということはそこの人とは面識があるのか?」「………ある。けど、正直にいうとあんまり関わりたくない。なんていうか─────ちょっといいにくいけど」「驚いたな。君にもそういう感覚を感じる人物がいるのか」鐘の知る“衛宮”士郎は学校ではブラウニーや便利屋などと称させるほどのお人好しだ。生徒会に頻繁に顔を出しては顔を出しては手伝いがてら、物を修理しているというのが学校内での多くの見解。そのため鐘の友人、蒔寺 楓からは『スパナ』などという愛称(というよりは馬鹿にしている?)で呼ばれていたりもする。「俺だって好き嫌いはあるぞ。─────けど、えり好みしてる場合じゃないからな」「多少の好き嫌いは我慢する、ということか。どういう人物なのか、簡単に教えてはくれないだろうか」街の喧騒から離れた郊外に建つ教会。これまでに二度訪れた。一度目は一般人を助けるため教会に運んだ時、二度目は影に関する事を聞きに行ったとき。「いや、好き嫌い以前にあいつとは会うべきじゃないと思う。神父っていうけど、根本的に近寄っちゃいけないような気がするんだ」「そう思う何かを感じるほど、その神父とは会ったということか?」この坂道を上って行くのは二日ぶり。「今まで一度も寄りつかなかった事を考えると、頻繁に足を運んでることにはなるかな。………あの教会自体が否応無しに十年前の火災を思い出させるから」士郎にとって、言峰 綺礼という人物は苦手だった。だがそれとは別に、あの教会自体も苦手だったのだ。「そうか………確か、孤児を預かっていた、のだったか? なら或いは─────」(しろうが寄り付かなかったのも無理はない、か………)鐘は思った。ここにくるまでの彼の心境は理解していた。その悪夢を無理矢理に思い出させるような場所に行きたいとは、幼少だった彼でも思わないだろう。仮に鐘が士郎の立場だったとしても行こうとは思わない。そうこうしている間に坂を上りきり、一面の広場に出る。「…………」ここにくるのは三度目。黒い影の件でここを出る際、もうここに来ることはないだろうと思っていたのだが。「俺は中に入るよ。氷室は少し外で待っててくれないか?」隣にいる鐘にそう伝える士郎。だが、鐘はそれに首を傾げた。「なぜだ? ここまで来た以上は私もその神父を見ておく必要はあると思うのだが。それに衛宮はその男が苦手なのだろう? なら一人にするのは少し………」「まあ確かに苦手ではあるけども。一人で一回ここに来たこともあるし、心配しなくても─────」大丈夫と士郎が言う前に、開けようとしていた扉が重い音をたてながら内側から開いてきた。士郎と鐘の視線の先にいたのは、その話の人物。言峰教会の神父、言峰 綺礼だった。「言峰─────」「本来ならばこちら側から扉を開け、招き入れるようなことはしない。迷う人間が導かれる為に自らの意志でこの扉を開くのだからな。しかし扉の前で話しこまれてはその人間も入るに入れまい。些か、迷惑なのだが?」士郎の言葉に重ねるように言ってくる。相変わらず癇に障る口調で、しかし言っている事は正当性があるから性質が悪い。「く─────、悪かったな」言い返す事も出来ない以上、素直に非を認めざるを得ない。そんな士郎を横に、鐘もまた神父を確認する。特に何の変哲もないただの神父だ。それは間違いようのない事実ではある。が、その神父が放つ雰囲気というものがどこか威圧的なような感覚を感じた。もちろん気のせいと言われると声に出して反論しにくいのも事実だ。或いは神父という“神聖”に仕る人間の前では自分という存在も委縮してしまい、結果として威圧感を感じてしまうのか、とちょっと難しくも考えた。しかしそんな小難しい考えを放棄すると確かに“接しにくいタイプ”とも感じ取れた。士郎の事前情報によってそう感じてしまったのかもしれないが、そこまでは考えなかった。そんな鐘を一度見た綺礼は、やはり相変わらずの口調で士郎に問いかけてきた。「隣にいるのは“氷室 鐘”と見受けるが。………さて、彼女を連れてきたということは保護を求めに来たのかな。あれだけ凄んだ割にはあっさりとしたものだな?」そんな事を言いのける神父に思わずムッときた士郎。「誰がお前に任せに来たって言った。一緒に来ただけだ、保護してもらうために連れてきたわけじゃない」少し強めの口調で反論する。こんな苦手な、関わりたくない人間に大切な人を預けておく、という考え自体持ってないし、持ち合わせようとも思わない。が、その保護だなんだという話を全く知らない鐘にしてみれば疑問だらけの会話でもある。「そうか、ならばいい。その判断が正しかったか間違っていたかは終わった後にわかるものだ。─────それで? 今日は何しにきた。世間話ならば他でやってもらいたいのだが?」「こんなところでする世間話なんてあるか。………聞きたいことがあってきた。ただそれだけだ」「ならば入口に立って話す必要はなかろう。もとより、私に話さずにそこで独白されても反応などできん。………奥で話そうか。聖杯戦争に関することだろう」カツン、と足音をたてて奥へと消えて行く。その後ろ姿を見ながら、鐘に呟く。「………とりあえず、あんな奴だ」「わかった気がする。………ところで衛宮、保護というのは何の話だ?」「─────ここの教会は聖杯戦争の脱落者、或いは無関係な人を保護するっていう役割もあるんだ。………保護っていうのは、そういうことだ」ゆっくりと教会内へ入って行く。その後ろ姿を見つめながら、ただ小さく。「─────ありがとう、しろう」誰にも気づかれないほど小さく、呟いたのだった。─────第二節 決定的な違い─────通されたのはいつぞやに来た一室だった。相変わらず何もない部屋だが、応接室というならば問題はない。しかしその部屋にワインの臭いが染みついているというのはどうかとも思うが。「さて、最初・前回と一人で来たワケだったが、今日は同伴者込み。それで、一体何の話かな」「遠坂についてだ」単刀直入に話を進めていく。与太話に華を添えていられるほど時間があるわけではない。それにこの神父相手に無駄話をしようとも思わない。「………それで? 凛がどうしたのかな」「判ってるだろ、監督役のアンタなら。遠坂が家に帰ってきてない。大橋でギルガメッシュと戦っていた筈だ。その後に連絡が取れなくなってる。………どうなったか、アンタなら知ってると思ってここにきたんだ」士郎の質問を聞き、僅かに瞼を閉じた。「言峰」「まず一つ。お前の口から“ギルガメッシュ”という言葉を聞いたのは初めてだ。お前はどこまで正体を掴んでいる?」「………あいつは前回の聖杯戦争の優勝者で、残り続けてるサーヴァントっていうのは知ってる。他にもアイツの能力も判ってる。けど、俺が知りたいのは奴の居場所だ。言峰、何か掴んでないか」「おかしな事を聞く。それではまるでギルガメッシュが凛を攫ったかのように聞こえるが? 殺されて連絡が取れなくなっている、とは考えないのか」「ああ、可能性としてはあるかもしれない。けど─────アンタのところに来て判った。やっぱり遠坂は生きている」「………どういうことかな」「もし仮に遠坂が殺されたっていうなら、その死体を監督役であるアンタが何らかの関わりを持って処理していないのはおかしい。アイツは死体処理なんてことまでするような性質じゃないからな。そしてもしアンタが処理をしていたなら、俺の質問にもっと別のカタチで答えたハズだ。前の黒い影の件のように。それがないってことは、処理していないってことで、つまり遠坂はまだ死んでないってことになる」「………なかなかの推測だ。だが“跡形もなく消し飛ばされた”だった場合もまた、私が処理に携わる事はないのだが?」「遠坂はセイバーと一緒にいたんだ、あの大橋で。もし仮にそうなるほどの戦闘なら大橋は確実に落ちてる。けど、大橋は落ちてなかったし、何より遠坂とセイバーがやられる訳がない」前回ここに来たとき。士郎は究極の二択を強いられていた。桜を救いたくばイリヤやセイバー達を見殺しに、それができぬならば桜を殺せ、という二択だ。冷静になった今ならば、この神父の性格も大まかにわかる。「─────なるほど、転んでもただではおきないということか。頭が冴えるな、衛宮士郎。その女のおかげかな」ちらり、と部屋の隅に立つ鐘に視線をやる綺礼。だがその問いには答えず、神父が答えを出すのを待っていた。「確かに、此方に遠坂 凛が死亡した、という報告は入っていない。そして報告には鉄橋にてギルガメッシュとセイバーが戦闘を行ったという報告も入っている。─────入っているからこそ、鉄橋の修復の指示を出せたのだからな」だが、と綺礼は話を区切った。「お前も判っているだろうが、昨日の戦闘は些か大きすぎた。一区画丸ごとクレーターになる勢いの戦闘だ。それを隠蔽しながら修復し、元に戻すというのは容易なことではない。当然人手も足りないのでな。凛が死んだという情報は入ってきていないが、どこに行ったか、という情報もまた入ってきていない。─────これが答えだ」神父より出された答え。つまりこの神父も居場所を掴んでいないということだ。「………そうか」これで完全にフリーになった。どこにいるのか、全く情報がないところから始めなければいけない。行先に暗雲が立ち込めてきたかとも思ったその矢先。目の前の神父はある言葉を口にした。「柳洞寺」「………柳洞寺?」「次の聖杯が現れるとすれば、それは柳洞寺だ。聖杯の出現場所は四つ。この教会、柳洞寺、遠坂邸、新都内のとある場所だ。何を目論むにしても、この戦争の目的が聖杯である以上全てはそこに集約される」「………つまりアンタはギルガメッシュもまた聖杯の為に柳洞寺に現れる、って言いたいのか?」「それが何より一番手っ取り早い、というだけだ。間桐桜然り、イリヤスフィール然り、その他聖杯を目的とする者然り。目的の人物達が一か所に集まってくれるというなら、そこに陣取っておけば相手が勝手にやってくるだけの構図だ」綺礼の言葉を聞いて考えに浸る士郎。士郎の目的は遠坂 凛の救出、セイバーの救出、間桐 桜の救出、そして聖杯の破壊である。それら全てを達成した先にあるものを士郎は目指している。故にこれらの目的のうちの一つでもかけてしまってはいけない。だがどれの目標を達成しようとしても、士郎の体は一つだけだ。全く別の場所にいる誰かを同時に助けることはできないし、守ることもできない。しかしこの神父の言う通り全員が柳洞寺に集まると言うのならば話は別。全員を助け、そこに現れる聖杯を破壊できるというのならばそこに行かない筈がない。「ギルガメッシュもイリヤを狙ってるし、桜も狙ってる節があった。遠坂達を攫った理由は判らないけど、過去にセイバーとの間で何かあったらしいし………」そもそも今現在ギルガメッシュの居場所を掴む手掛かりがない。そして目の前にいる神父もまた、その情報を持ち合わせてはいない。昨日の戦闘の隠蔽をしていたというならば、納得もできる。「………言峰、他に可能性のある場所っていうのは判るか?」「さぁな。だがキャスターの様に瞬間移動ができる、というのであればそれこそ可能性は無限だが、そうでないのであれば行動範囲も限られてくる。十中八九この街にはいるだろう。………もっとも、今のお前で見つけられるかは、また別問題になるわけだが」「いいさ、そんなのはこっちの苦労だ。話はこれだけだ、癪だけど世話になった。一応礼は言っとく」ソファから立ち上がり、背を向ける。今まで背後で二人の話を聞いていた鐘は立ち上がった士郎を見てもう話はいいのか、と目だけで尋ねてくる。士郎としては聞ける分は聞けたと考えているし、ここに長居をするつもりもない。「行こう、氷室」彼女の手を取り、戸を開けて中庭へと出る。相変わらず豪華な中庭を横目に外へ向かうべく長椅子が並べられた教会へと向かう。だがその背後。「待て。質問に答えたのだ、私からも一つ訊きたい事がある」同じく部屋から出てきた綺礼が二人を呼び止めた。去ろうとした足が止まる。気に食わないことなど多々あったが、それでも借りがあるのは確かだ。それがこれで帳消しになるのなら。「なんだよ、あんただって忙しい身だろ。俺達だって足踏みしてるわけにはいかないんだ。話なら手短にしてくれ」「なに。そう時間のかかる問いではない。いつぞやの答えを聞いていないだけだ」前回この教会へ来たとき、この神父は衛宮士郎に問いを投げた。桜を助けたければセイバーとアーチャーを生贄にしろ。それが嫌ならばイリヤスフィールを差し出せ。それも無理ならば間桐桜を殺せ。それでなければ鐘と綾子を含めた大量の人間が死ぬことになる。思い出す。あの時の神父ほど関わりたくない存在はなかった。逃げ道を全て塞いだうえで、今自分の立っている足場を爆破して奈落に落とすような話の進め方。あの時の神父の問いに答えることはできなかった。桜を殺したくはないし、イリヤを殺したくもない。セイバーやアーチャーを生贄じみたことなんてさせたくもない。もちろん今手を繋いでいる鐘と今ここにはいない綾子を死なせる気もない。だからこそ神父の問いに答えられなかった。後ろも前も、右も左も全てが奈落に通じている選択肢。そんなものを選べなんて言われて選べるはずもない。かといって立ち往生すれば今立っている足場も崩れ去る。あの時ほど精神的に追い詰められたことはないだろう。留まる事も進むことも戻ることも許されない。故に落ちていくしか選択肢がなかったそこに─────。「はっ─────」小さく息を吐いて、笑う。「悪いな、言峰」─────上から手を伸ばしてくれた人は、どこの誰だったか。「俺はお前が言ったどれの選択肢も取らない。桜は助けるしセイバーやアーチャーを生贄になんてしない。イリヤだって差し出さない。氷室や美綴だって殺させない。俺は─────全部を救う」はっきりと、あの時には出ることのなかった答えを、目の前にいる神父に叩きつけた。その答えを聞いた神父は、しかし表情など変えず、僅かな間を置いて無表情のまま尋ね返してくる。「全てを救う─────と、来たか。だがどう救う? 間桐桜は黒化し─────」「それについても考えがある。100%………とは言い切れないけど、それでも可能性ならある。俺はそれにかける」神父の言葉を遮る様に士郎は口に出した。もうこの神父が作るペースに巻き込まれるつもりはないし、あの時とは違い明確な意思がある。助けるという意思、守るという意思。そして“生きる”という意思。士郎の答えを受け、黙る綺礼。「つまり─────お前は救う者の為に奔走し、その結果自己が破滅すると判っていてもなお己の答えの為に救うということか」淡々とした声で、士郎の答えを吟味する。この男の思考回路がどうなっているのか、なんて士郎には判らないし、ましてや今さっき会ったばかりの鐘が知るべくもない。「─────とんだ正義だな。仮に救えたとして、では間桐桜はどうなる? 前回も言ったが間桐桜自身、そのような自分を容認できるのか? ましてやそこにお前がいないとなれば、いよいよ彼女は容認などできないだろう。その先にあるのは“死”のみだ。ただ救うだけでは結果は何も変わらん。お前のそれはただ“救った”という事実を作りたいだけの偽善でしかないが?」「おい」だが、今この男が言った言葉を士郎は否定しなければならない。「なんでアンタの中で、俺が死ぬことになってるんだ。─────俺は生きるぞ」「………なに?」「ああ、そうだ。生きたいって思えるようになったんだ。アンタの思考回路の中ではどうなってるか知らないけど、誰かの為に死んでやるつもりはない。誰かの為に一緒に生きて、自分の為に一緒に生きる。桜が助けを求めてるなら、桜を助けて俺も生きる。………俺の命は、俺だけのモノじゃない。それが判ったんだ。なら、破滅なんてしてやるもんか」答え。これが衛宮士郎の答え。救うという最初の目標は変わらず。けれどそこにあるべき自分を見つけ出した衛宮士郎の答え。そんな答えを聞かされた神父は「─────自分という概念を………」僅かに驚いた表情を作り、黙り込んでいた。正直に言ってこの神父が驚く表情を見れた事に驚いた。無表情、というわけではないが、少なくとも士郎はこの男が自分に対し驚くような表情を見せるとは思わなかったからだ。「─────ヤツは初めからあったモノを切り捨て、私には初めから切り捨てられるモノがなかった」「え………?」ポツリ、と綺礼の口から言葉が零れた。だがその言葉は目の前にいる士郎に宛てられたものではなく、無論その隣にいる鐘に宛てられたものでもない。いわば完全な独り言。まるで目の前にいる士郎らが見えていないかのような独り言だ。「結果は同じながら、しかしその過程が違いすぎた。ヤツの存在はあまりにも不愉快だった。ヤツの苦悩は明らかに不快だった。そこまでして切り捨てるというのであれば─────」だがその独り言に僅かな“色”が見えた。「だが、今のお前はヤツ以上に不快な存在だ、衛宮士郎」それは“怒り”だった。この男は持ちえることがないと思っていた、本当の感情が垣間見れた。「お前は私と“似ていた”。お前は一度死に、蘇生するときに故障した。後天的ではあるが、私と同じ“生まれついての欠陥品”『だった』」話が飛躍する。一体この神父の中で何と何が比較され、何と何が勝って敗北したのか。しかしそんな事を考え着くよりも前に、気がつけば足が一歩後ろへと下がっていた。意識して下げたわけではない。「ヤツとの違いは決定的だった。初めから持ちえないのであれば、何故私はこの世に生を受けたのか。その意味をただ問い続ける為に私はここまで犠牲にしてきた」「………言峰」「そうして得た答えが十年前の聖杯戦争だ。初めから無いものを捜そうとしたところで手に入ることはなく、ただ指の間を通り落ちていくだけ。それを理解し、己を理解したからこそ」意識して足を下げたわけではない、というのであれば。その足はいかにして下げられたのか。答えは単純明快。「しかしお前は手に入れた。“私と同じ存在”だった筈のお前は、数千という時間を重ねるわけでもなく、数百という試練を乗り越えるわけでもなく。………お前は、私の存在を否定した」目の前の聖杯戦争監督役、言峰 綺礼の威圧によるものだ。その威圧を受けながら、目の前の神父の言っている意味を理解しようとする士郎。だが、思考回路が読めない以上、どういう心境に陥っているのかというのは判らない。「氷室、ここから離れてろ………!」只ならぬ威圧を放つこの男を前に、背を向ける事は出来ない。そしてこの威圧を前に、これから起きることが予想できない。「別に私の存在を否定された事に対してではない。─────ならば私の今までの問いは一体なんだったのか。何の為に苛烈な訓練に没頭し、何の為に『代行者』までに至ったのか。“先天的”と“後天的”とではそれほどに違いがあるのか。………もはや私では問いただせない問いだ」だが、その予測できない事態も、次には容易に予測がついた。言峰 綺礼より放たれていた威圧は、違う二文字の言葉となって士郎と鐘に襲いかかってきた。元来どれだけ感応が優れていようと、それが一般人であるならば感知することはできない。しかし悲しきかな。士郎の後ろにいる鐘は、一般人でありながら既に一般人あるまじき経験を積んできてしまっている。だからこそ、目の前の神父が自分たちを『殺す気』でいるということが肌に感じてしまうほどに実感することとなってしまった。「言峰、お前………!」「やはり私の求める答えは………“この世全ての悪アンリマユ”以外に答えを出せる者はいない。何者にも望まれなかった者。後天的ではなく、先天的にして生まれ出る者。私が求めている答えを出す者はもはやアレのみだ」その言葉終了直後、綺礼の手に握られたのは一本の長い剣。いや、剣というにはあまりにも不向きな形をしている。剣として使えなくもないだろうが、恐らくは“刺す”ことに特化した剣だ。それが綺礼の両手に二本ずつ、計四本の剣が現れた。名を黒鍵こっけん。「その為にはやはりサーヴァントには消えて貰わねばならない。セイバー然り、アーチャー然り。だが今は─────」両手が大きく振るわれる。あれが形状通り刺突するに特化した得物だというならば、この距離は安全地帯にはならない。「っ!? 氷室っ、礼拝堂に逃げ込めっ!!」「─────!?」振りかぶられる。その剛腕は、寸分たがわず二人の元へと飛来する─────!!「お前達の排除の方が、先のようだ─────!」To Be Continued………