第52話 戦いの果て2月10日 日曜日─────第一節 誰が為に立ち上がる者─────「キ─────」噴出される鮮血は地面に斑模様を描く。鐘、綾子、イリヤ、そして士郎すらもその光景に驚いていた。伸ばされた腕は真紅に染まり、そしてその先にあった筈の腕は。「キ、キキキキキキ─────!!」両断されていた。上空より現れた銀色の鎧が、あの一瞬の時間を以ってしてアサシンの腕を斬り落としていたのだ。「セイバー!!」「シロウ、無事ですか!?」アサシンと対面し構えたまま背後にいる士郎へと声をかける。ライダー達と戦っていた筈のセイバーが此方へやってきたのだ。「っ!? 待て、間桐臓硯!」「ぬ─────!?」逃げようとする臓硯を追う士郎。その行く手を阻むように蟲が這い寄ってくる。「くっ………この!」「シロウ、私が」地面を蹴ったセイバーが逃げる臓硯の前に着地し、有無を言わさず。躊躇うことなく、臓硯の体を横一文字に薙ぎ払った。「ぬ、う、なん、と─────!」上半身と下半身が完全に分断したにも関わらず、腰から下が見えない老人は、それでも何かを零しながら地面を這っていた。その光景。もはや人ではない。「やはり人間ではなかったな。リンの件もある。ここで消えてもらおう」這う老人にセイバーの剣が振り下ろされた。老人だったモノは斬られ、腐臭を放ちながら溶けるように消えていった。「シロウ、無事ですか………!?」消滅したことを確認し、セイバーはすぐさま士郎の傍まで駆け寄ってくる。だが、その右腕は無事とは言い難い状態である。セラの治療を終えたイリヤと鐘も近づいてくる。綾子は少し離れた場所にいるリズを抱えて此方へ向かってきていた。「待っててシロウ、今その右腕治療するから………」「あ、ああ………ありがとう、イリヤ」「シロウ、その火傷は一体………!? 先ほどの敵にやられたものですか?」「いや、セイバーさん。これはあの………ギルガメッシュにつけられたものだ。そうだろう?」鐘が告げる事実を聞き、セイバーの表情はさらに驚きの様子を見せた。「ギルガメッシュ………ですか!? まさかシロウ、一人であの男と戦っていたと………!? なんて無茶な………。どうして私でもアーチャーでも呼ばなかったのです!」「いや………セイバー、ライダー達と戦ってただろ。相手も二人なのにこっちに呼べば最悪やられるかもしれない。それにリズも助けてくれたから、なんとか無事だった」「それでもです、シロウはサーヴァントをなんだと思っているのですか? 今回は無事だったから良いものを、サーヴァント相手に、しかもあの男相手に戦うなど無謀もいいところです!大体あなたは私とバーサーカーの戦いのときも─────」「ま、まぁまぁセイバーさん。落ち着いて。あたしらも衛宮も無事だったんだし。あたしらを助ける為に体張ってくれたんだから、怒るとしたら負担かけたあたしらに怒ってくれないかな」「セイバー。確かに気が立つのはわかるけど、ちょっと静かにしてくれないかしら。私もちょっと疲れてるから治療に集中したいの。シロウのこの怪我だって簡単に治るわけじゃないんだから」仮に二対一でもセイバー達なら勝てると判断したならば士郎は呼んだかもしれない。それを躊躇ったのはセイバーの宝具がキャスターとライダーの前に敗れたからだ。そこから戦力を差し引いてしまうと敗北するかもしれない、という考えが浮かぶのは無理もない。「………申し訳ありません、シロウ。私があの二人に打ち勝っていれば、シロウがこのような怪我をすることもなかった」「いやセイバーは悪くないって。これだってアイツの攻撃じゃなくて負けそうになっての自爆で受けた怪我だし。俺が未熟だったからこんなことになったんだ」「………話の最中にいいかな、セイバーさん。遠坂嬢たちの姿が見えないが、先ほどの地響きといい、まだ戦っているのだろうか?」今この場にいない凛たちについて尋ねる鐘。先ほどの地響きを最後に音すら聞こえなくなったので、不審に思ったのだ。「そうだ………セイバー、遠坂たちはまだ戦ってるのか? なら今すぐにでも助けに行かないと。今どうなってるかわかるか?」「………キャスターは撃破しました。ライダーに関しては………対処がありません。─────いえ、正確には対処はあるのですが、それにはシロウの助力が必要となるのです」「俺の………? それに対処がないって。そこまで強いのか、ライダー」「─────あれは最早“騎乗兵ライダー”とは呼べません。正真正銘の“怪物”と言った方が正しいでしょう」怪物、という言葉がセイバーの口より出てくる。サーヴァントを以ってしても怪物と呼ばれるライダー。鐘と綾子が知る限り、サーヴァントというものは“化け物”と言っていい次元の存在だ。身体能力から始まり、人間離れした能力を数々持つ存在。そのサーヴァントであるセイバーが“怪物”と呼ぶのだから、ではそのライダーは一体どれほどまでに強いのか。そんな言葉を聞くと普通は怖気づいてしまうのだが。「………わかった。俺が必要だっていうならそこにいくだけだ。セイバー、案内してくれ」そんな色の片鱗を見せる事すらなく立ち上がろうとする士郎。だがセイバー自身がそれを止める。「いけません、シロウ。右手にいたってはイリヤスフィールの治癒がなければ二度と人の手として使う事のできないほどの怪我だ。確かに助力は必要ですが、そんな状態のシロウを連れて行くわけにはいきません」「………なら、右手が使えればいいんだな。イリヤ、右手が動く程度の治療だけしてくれ。それさえしてくれれば遠坂たちを助けに行くから。後は自分で何とかする」治療をするイリヤに告げる。だが、それに対して鐘はあまり良くは聞こえなかった。「衛宮、君ではその怪我を何とかできないからイリヤ嬢に治癒してもらっているのだろう? ならまずは自分の体の手当てを─────」「氷室」言葉が遮られる。治療されていた右手が動くようになったのを確認し、ゆっくりと立ち上がる士郎。だが右手が動くようになっただけであり、他の傷は癒えていない。右目は未だに瞑ったままだし、疲労が回復したわけでもない。「俺の体なんて後回しだ。今から遠坂を助けに行く。氷室たちは………そうだな、ここからなら遠坂の家が近いしそこに隠れててくれ。アイツの家なら俺の家と違って魔術的な守りとかあるだろうしさ。………行こう、セイバー。案内してくれ」しかし止まることなく、闇の向こうへと消えていく士郎とセイバー。消えていく姿。残された鐘と綾子は、ただその後ろ姿を見る事しかできなかった。─────第二節 桁の違う怪物─────セイバーの案内のもと、音も姿すらも見えない戦場へと駆ける士郎。そうして体に違和感を感じた直後。耳を裂くかのような爆発音と、目を潰すかのような閃光、そしてその後に伝わる地震のような揺れが襲いかかってきた。「っ!? なんだ!?」「シロウ、危ない!」地響きによって高さ五メートルを超える電信柱が倒れかかってきた。その頑丈である柱を彼女の剣が両断する。だが、本命はそれではない。両断したと同時に士郎を抱えたセイバーが一気にその場を急速離脱する。「………!?」跳びあがり、その眼下に広がる光景を士郎は見た。今さっきまでいた場所が“別のナニカ”によって上書きされていた。太さ数メートルはあろうかという太いワイヤーがそこにあった。「………な」だが、真に驚愕したのは次。そのワイヤーがまるで意志を持ったかのように士郎を抱えるセイバーを追ってきたのだ。それは決して太いワイヤーなどではなく。「くっ………!!」数十センチはある大蛇の集団だった。得物を見つけた大蛇は、その身をセイバーによって斬られるもなお勢いを止めずに前進してくる。この光景には流石の士郎も驚愕を禁じ得ない。「な………なんだよあれ!あれがライダーか、セイバー!?」すりつぶそうというのか、物凄い勢いで迫ってくる大蛇。あんなものに攻撃されてはひとたまりもない。「いえ、アレはライダーではありません。アレはライダーの所謂“一部”にすぎません。 本体は………あそこにいます」セイバーの視線の先。クレーターのほぼ中心部。そこに“小山”があった。今現在も背後より襲いかかってくる大蛇の群れが作る太いワイヤーの根本だ。それが一本ではなく、複数本存在し、それが折り重なる様に結果十メートルを超える巨体になっていたのだ。「─────あれがライダー………!? どうなって─────」「! 範囲内!?」突如セイバーが意味不明な言葉を発し、咄嗟に屋根を蹴ってその小山から距離を取る様に爆ぜた。同時、“小山”がゆっくりと旋回するが、その正面に立たないようにセイバーが高速で側面へと回り込んでいく。だがアレの正面に出ないように周囲を旋回するとなると、その旋回速度の数倍以上の速度で回り込まなければいけない。そうなっては当然アレに近づくことはできない。アレを倒しに行く以上、距離をとっていては戦えない。「セイバー! 回り込むのはいい、まず遠坂たちと合流して近づいて叩かないと………!」「リンたちと合流するのは確かに先決ですが、それ以上にアレの正面には立ってはいけません、シロウ」「………どういうことだ、セイバー?」「ライダーは“石化の魔眼”を持っています。正面に立ってしまうと石化させられてしまうのです」側面から背面へ回り込むように高速移動しながら、凛たちと合流を計るセイバー。学校での一面。慎二から綾子を助け出す際にライダーは魔眼を使用していた。士郎はそれにかかる前に屋上から飛び降りたおかげで難を逃れたため、それが“石化”だとは知らなかったのだ。「─────けど、セイバー。ここからあそこまで二百メートルはあるぞ? 流石に範囲外なんじゃないのか?」「………そうだといいのですが、どこまでが効果範囲か不明なのです。百メートルほど離れたアーチャーですら石化しかけました。対魔力の高い私ですら気を抜いてしまうと石化してしまう恐れがあります。リンやシロウ程度の対魔力では効果範囲内に入った瞬間に石化してしまいかねません」「百………!? そんな離れててもサーヴァントを石化させるのか………!?」セイバーの説明を受け、驚愕する士郎。それとほぼ時刻を同じくして、“小山”の上空にナニカが現れた。「あれは………」「アーチャー………!」無数の剣が青い軌跡を残すように降り注いでいく。弓兵の名にふさわしく、超遠距離からの狙撃でライダーを攻撃していたのだが。「あの蛇………アーチャーの攻撃を代わりに受けてるのか!?」降り注ぐ剣群は大蛇に刺さるばかりで、その本体らしき部位には一本も剣が通っていない。そして鳴り響く轟音。攻撃と防御を同時にできるライダー“だったモノ”が、攻撃を仕掛けてくるアーチャーの居る場所を同じ大蛇で制圧しているのだ。その度に攻撃を中断し、回避と距離を取るべく移動するアーチャー。明らかにレベルが違う。「─────セイバー、対処方法があるって言ったよな。………それは何だ?」「………アーチャーが出してきた案なのですが、私の『約束された勝利の剣エクスカリバー』で範囲外ぎりぎりの場所から攻撃を行い消失させるという単純なモノです。ですが………」「ですが………? 何か問題があるのか?」「私の宝具は地上に多大な被害を齎す。今クレーターとなっている部分だけではなく、恐らく人がいる区域まで巻き込んでしまう。威力を押さえれば免れることはできるかもしれませんが、倒せなければ本末転倒です」「そうか………確かにあれを地上に対して使うと危ないか………。でも俺ができることって─────」「セイバー! 士郎!」聞きなれた声が聞こえ、足を止める。ライダーより死角となるそこに凛がいた。「遠坂、無事だったんだな………!」「何とかね………って、その顔と腕!どうしたのよ!」士郎の体を見て驚く凛だったが、それに返事をしていられるほどの余裕はない。「そんなのは後だ、遠坂。アレが何かはセイバーから聞いた。俺はどうすればいい!?」「─────っ、士郎はアーチャーと何とか隙を見て合流して。後はアーチャーの指示に従いなさい。正直ここで話し合っていられるほど余裕もないから!」「アーチャーと合流………」アーチャーと合流するということは、あの怪物の正面に出る危険があるということ。「─────わかった。アーチャーと合流すればいいんだな」令呪のラインのおかげで移動し続けるアーチャーの居場所はわかる。ならば問題はない。二人と別れ、地響きが鳴る方へと近づいていく。令呪のラインによる通信。互いが互いの場所を把握し、集合地点を決定する。対してセイバーはアーチャー達の時間を稼ぐべくライダー………ゴルゴンへと強襲する。「はぁっ─────」幾重にも重なった蛇たちを両断していく。蛇をどれだけ切ったところで本体にダメージは無いに等しいが、注目させるのであれば有効な手段ではある。戦闘の意識がアーチャーからセイバーへと切り替わっていく中、アーチャーと士郎が合流する。士郎の姿を見て、目を細めるアーチャーであったが今はライダーを撃破するのが優先。「アーチャー、俺はどうすればいい?」アーチャーが、夜空へ一発の信号弾となる矢を放つ。光る閃光。それを見届け、「貴様はここにいろ。私一人で事すめばよかったが、生憎と“彼女の本気の攻撃を受けきる自信”はないのでね。令呪のバックアップと貴様の力を使わせてもらう」言い捨てたアーチャーは、瞳を閉じた。何をするのか、という問いは最早不要だった。彼女の宝具を使わねば勝てない。けれど彼女の宝具だと無関係な場所まで被害が及ぶ。ならばこれから起こるソレは、失敗など絶対に許されない。「─────令呪、装填」士郎もまた、己の回路に魔力を通していく。残り少ない魔力。一体どこまでやれるかもわからない。だが、あのライダーは強力すぎる。(─────やれるのか?)そんな問いにアーチャーは答えない。そんな問いに士郎も答えない。「──────────」そこに言葉は不要だった。そう。いつだってそうだった。正義の味方を、誰かを守るということをする時。相手が自分よりも強いことだってあったし、敵が多いことなんて茶飯事だった。そこへ投げかけるのは『やれるのか?』という疑問ではない。敵は神代の怪物、生前のメドゥーサのなれの果て。名をゴルゴン。「きた………セイバー!」撃ちあがった信号弾替わりの矢が爆発する。ゴルゴンの目によって極限にまで重圧をかけられていたセイバーに凛の声と光が届く。すぐさま場所を移動すべく全力で重圧に耐えながら位置取りする。立つは正面。信号があった場所とゴルゴンを一直線に捉える。「………まるであの時と同じようだ」もっともあの時戦場は河で、クッションとなる物体は船だったが。ここは陸で、クッションの役目をするのはまさかサーヴァントとマスター。不安がないとはいいきれない。だがアーチャーが『君の元マスターを信じろ』と言うからには手があるのだろう。果たしてそのマスターとは自身も含まれていたかどうかは定かではないが。一気に魔力を込める。最優のサーヴァントという名を以ってして。「セイバー! 貴女の本気、いまここで証明してみせなさい!!」彼女の叫ぶ声を、その身で受け止めた。今日、この短時間で二発目。いくら凛とはいえ、この短時間で膨大な魔力を使われてはひとたまりもない。それを承知で命じる。この一撃に全てを賭ける。収束する光。星の輝きを集めた、最強の聖剣。「─────約束されたエクス勝利の剣カリバー!!!!」光の線がゴルゴンへと放出された。光の中に消えて行く巨体。呑み込んだ光は衰えを知らず、突き抜ける。「アーチャー………令呪を以って命ずる」このままではこの深山町そのものが崩壊する。それを防ぐべく、ここに二人が存在する。「アーチャー! あの光を防ぎきれ─────!!!!」星の輝きがゴルゴンを飲み込んだ瞬間。アーチャーと士郎の前に計十四枚の盾が展開された。士郎と弓兵が知る中で最強の盾、熾天覆う七つの円環ロー・アイアス。それらを以ってしてセイバーの約束されたエクス勝利の剣カリバーを防ぎきる─────!!迸る光。周囲を巻き込みながら光がアーチャーと士郎のいる元へと到達する。そして。「ぐ─────ぅおぉぉっ!!」「ガ─────!!」受け止めた。突き出した左腕がブレる。治ったばかりの右腕が疼く。腕中の神経・筋肉・血管が暴れ狂う。弾け散りかねない意識を痛みで再覚醒させて、必死に耐える。「チ─────ィ!!!」持ちえる魔力全てを使い切る覚悟で魔力を込める。ここで耐えなければ、この街が消失する。彼女の攻撃で消え去るなどと笑い話にもならないし、あってはならない。「ぎ─────ア、 、─────!」響く衝撃が体を伝い、脳へと響く。消しゴムで消していくかのように、衛宮士郎の中身を白く変えていく。意識が消える。そこへ流れてくる大量の記憶の奔流。一体自分が何者なのかがあやふやになる。その奔流を掻き消すかのように痛みが白く塗りつぶしていく。その痛みが意識を呼び戻す。ゼロはイチになり、イチはゼロになる。繰り返される。剣が軋む。内面が裂かれる。口の中に血が混じる。思考が漂白する。散っていく花弁。士郎の花弁が残り二に対し、アーチャーの花弁はまだ四ある。勢いは若干死につつあるも、依然として脅威であることにはかわらなかった。─────第三節 輝きの向こう側へ──────────ここまで違う。これを耐えきらねばいけないというのに、己の花弁は隣に立つ者の半分。─────何が違う。風圧の中、もはや風とは呼べない、見えない鋼の壁が肉体を押しつぶす。眼球がつぶれる。骨が抜ける。逆流する血液。意識が漂白し、思考が漂白する。何の為に耐えているのか、何の為に敷いているのか。白くとける。体も意識も無感動に崩れていく。何が、どうして、どのように。なぜ、どこに、どうやって。薄れていく意識と視界。だが、その耳に、心に届いた言葉は。『──────────どうした、衛宮士郎。貴様の理想はその程度か』ありえないほど、心に聞こえてきた。ありえないような、幻を瞼の裏に見た。この、彼女の全力が生み出した風の中。人が立つ事などできない光の中。そこに立ち、その服をはためかせ、鋼の風に潰されることなく。『この程度で消える様ならば、貴様は掛け値なしの愚か者だ。私よりも劣る─────』顎に力が入った。ギリギリと歯を鳴らした。治癒された右手はとっくに握り拳になっていた。『ならば─────どうした、貴様は─────』「─────────────────────────」その声は蔑むように、信じるように。衛宮士郎の到達を。『─────ついて来れるか』待っていた。「 ─────ついて来れるか、じゃねえ」視界が燃える。漂白しきった思考に、意識に、色が灯る。何も感じなくなった体にありったけの熱を注ぎ込む。「てめえの方こそ、ついてきやがれ─────!」渾身の力を込めて、その赤い背中に叫び返した。◆ラインを通じて流れてくる。同じ人物。故に浸透は驚くほどに早い。流れを止める関はついさっき消した。異物が本体に混ざらないように努めていたモノはもうない。どんどん上書きされていくだけの内容。域に達していない場所まで一気に上り詰める。この近道は必ずこの身を壊すだろう。だがそれでも─────。「守ると、決めた」ならば壊れるわけにはいかない。その過程で力が必要だというならば、一気にそこまで駆け上ろう。「生きているか、衛宮士郎」声が聞こえた。それが誰の声であるかは了解している。「ああ………なんとか」仰向けに倒れながら、その声にこたえる。エクスカリバーを防ぎ切ったあと、アーチャーは霊体化を余儀なくされた。単独行動スキルを持つアーチャーですら、それほどまでにぎりぎりだったのだ。少なくとも戦闘は不可能。衛宮士郎自身も魔力・体力ともに使い切り道路に倒れている始末だった。肩で息をしながら見えなくなったアーチャーに答える。その言葉を皮きりに、声が聞こえなくなった。気配も既にない。魔力回復に努めるべく、召喚された場所へ………すなわち、遠坂邸へと戻ったのだ。互いに無事だという事がわかれば、後は言葉を交わす意味などない。「ちょっと………俺も」休息を─────と、身にかけた強化を解こうとした時だった。夜空。仰向けに寝転がる士郎の視界の先に“異物”があった。とはいっても手を伸ばして届くような距離では決してない。常人が見上げて果たして認識できるかというレベルの異物だ。「─────」途切れそうになる意識をなんとか繋ぎ止めながらそれが一体何なのかを確認する。強化した目が捉える。最初は星かと思った。小さく輝くそれは、なるほど冬の夜空に輝く星に近い。だが、それの割には大きかった。十分小さいが、それでも星だと認識するには些か大きいし光も強い。では衛星か、とも考えた。輝く光と大きさ、それらを考えれば確かに衛星だと思ってもおかしくはない。しかし、ではこの目にとらえられる訳がない。「光」として衛星を捉えることはできても「形」として衛星を捉える事は出来ない。いくら強化で目がよくなったところで、地上から大気圏の衛星のカタチを認識できる筈がない。じゃあ旅客機か、とも思った。確かに飛行機ならばカタチを捉えることは可能だ。だがそれは違うと断じざるを得なかった。旅客機というものは「翼」が存在する。あの宙に浮かぶ物体はソレがない。「─────待て。アレ、どこかで………見覚えが………」頭の鈍痛が先ほどよりもさらに酷くなった脳が回転を開始する。あれには見覚えがある。一体どこで見たモノだったか。思い出す。思い出そうとして─────「つっ─────!」ズキン! と、脳が悲鳴をあげた。思い出せない。思い出すのに必要な集中力すらも、頭痛が邪魔をしてくる。だが一方で、アレに酷く不安を感じていた。あれは危ないモノだという不安。見ればゆっくりと移動している。その時点で星ではないし、衛星でもない。この数秒から数十秒で移動したことがわかるような衛星や星はない。そして旅客機だというならば、あれほど遅く移動はしない。あの移動速度はまるで何かに近づいていくような移動速度。この近辺に空港はないし、あの速度で移動する飛行機があれば間違いなく墜落している。「………教会の方に………?」目で追っていたソレは、視角によって見えなくなった。方角としては教会方面。「──────────」意味もなく、立ち上がった。アレが一体何なのか確かめる必要がある。そういえばキャスターはどうなったのだろうか。ライダーは撃破した。ではキャスターは?「………もしかして、今のがキャスターの………?」違う、という何か違和感がある。だがそれが一体何なのかがわからない。「桜………、キャスター達がいたんなら近くにいるかもしれない」疲弊しきった体を動かしていく。向かう先はあの浮遊物体が消えた場所。「ああ、くそ。判らないことだらけだ。こうなったら行ってやる………!」頭痛の所為でまとまらない思考。桜は助けなければいけない。キャスターかもしれない物体が向かったならば、そこに桜がいる可能性は極めて高い。ならば早く辿り着くべきだ。「────同調、開始トレース・オン」解きかけた強化を再び脚に行い、教会へと走る。体が動くことが不思議なくらい、走ることができた。