第37話 幕開けは暗闇の中2月8日 金曜日─────第一節 死からの救い手─────「………………………」「──────────」とある小さな公園。そこはかつて鐘と士郎がイリヤとともに過ごした事もある公園だった。周囲には住宅が立ち並ぶが、これでもかと言うほどに真っ黒だった。まずこの時間帯では誰も起きてはいないだろう。そして起きていたとしても助けなど期待できない。何せ相手は魔術なのだ。この周囲の人間が例え拳銃を持っていようが敵う道理が存在しない。公園の中央に座り込んだ二人の意識は朦朧としていた。足を動かそうとしてもうまく力が入らず、身体は冷えていて震えているくせに体の中は異様に熱くて嫌な汗までかいている。その間にもどんどん力は抜けていき、肺は酸素を欲しがるかのように息遣いを荒くさせていく。それもこれも全て彼女達を囲むように展開されている魔術の所為だった。「美綴………嬢、平気、か………?」意識が定まらない中、隣で同じようにいる綾子へ声をかける。目を閉じていた綾子はゆっくりと、目を開けるという行為すら喜ばしくない状況で視線を隣へとやった。「………アンタ、は?」長ったらしい言葉を言う体力があるなら、最低限の言葉だけ交わして残りは体力温存に回す。ほとんど効果はないだろうが、それでも口を動かすことすら今は億劫だ。鐘に問い返した綾子だったが、返答がない。それでどっちも余裕などない状況だということを改めて理解した。「─────ただの………囮、か」「………そうだろ、ね………。きっと─────ただの餌だ」こうして意識を保っていれているのが何よりの証拠だった。二人はサーヴァントでなければ魔術師ですらない。何もしないで意識を保てるわけがない。「何を………やっているのだろうな、私達は………」恐らく………いや、確実にここにやってくるであろう人物を想像する。たったそれだけで心が痛む。自分がこれほどなく惨めだと呪うこともそうないだろう。陸上や弓道などやっていようが、魔術に強くなるわけでもない。「………なに、あれ」時折咳き込みながら、黒くなった場所を注視する。………というよりは、それにしか視線がいかなかった。「キャス………ター………。私達を………」死神の様な黒い影を纏った、童話に現れるような姿がそこにあった。鐘は見るのは三度目、綾子は見るのは初めてだったが、聞いたことはある。『キャスターが人の命を考えて魔力を採取するという考えも捨てた方がいいわね。それこそ魔女らしく、徹底的に搾り取るっていう考えでいくほうがいいわ』「─────遠坂の奴、こん な時に、トドメを刺すような………言葉を 思い出させてくれちゃっ てさ」二人の周囲に実体のない黒い靄が現れた。それらは気体のまま収束し、まるで黒い影の真似事をするかのように触手のカタチへと変わった。そして─────「─────………!?」「─────………!!」二人の悲鳴が重なった。悲鳴………と言っても大声で叫んだわけではなく、息を呑むような悲鳴。助けを呼ぶにはあまりにも小さい悲鳴。だが、今の二人にそれはできない。触手は二人の両足に触れただけ。それだけで体が熱くなり、オカシクなっていく。それが“生命イノチ”を吸い上げてる熱さだということを気づくのに、数秒すらいらなかった。「────や、ぁ────」視界が黒くなっていく。まるで弄ぶかのように、味わうかのように、ゆっくり、ゆっくりとオカシクなっていく。息が浅い、呼吸ができない。意識が遠くなる、けれど逃げられない。「あ………、ア゛─────ヴ………あ、………は」いきがあ吐き気がするさい、呼吸が吐き気がするできない。いき吐き気がするがあ気持ち悪いさい、呼気持ち悪い吸がでクルシイきない。いキミガワルイきがキミガワルイあさキミガワルイい、こきクルシイゅうがアツイできキミガワルイない。いきキミガワルイがキミガワルイあさキミガワルイい、こクルシイきゅタスケテうタスケテができタスケテなタスケテいタスケテ。『──────────投影トレース』いきタスケテがあタスケテタスケテ、こきゅタスケテうタスケテがタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ────「「えみ、や………!」」─────助けて「完了オフ!全投影連続層写ソードバレルフルオープン!!」─────第二節 闇の中の光─────真夜中の公園。周囲は住宅が立ち並ぶというのに、人の気配が全くしない。公園の木々は、まるで死んだかのように夜の闇に溶けこんでおり、公園を照らすはずの小さな街灯はその役目を忘れたかのように点滅している。公園の中央に二人は互いの体を預けるように座っており、そして倒れた。足元には黒い靄のようなモノが蠢いている。それが黒い影のモノとは違うと認識できたが、同時にひどく黒い影と似ているということも認識できた。そしてそれに纏わりつかれている二人は見るからに衰弱していっている。そんなものを見せつけられて、平静でいられるはずがない。即座にその傍にいる、黒い陽炎に向けて城で体現してみせた剣の降雨をやってのける。イリヤは眠っているが、魔力は流れてきている。言ってみれば擬似サーヴァント状態。イリヤに心の中で改めて感謝し、剣を連続投影射出する。降り注ぐ剣の数は十六。三を鐘に纏わりつく黒い靄へむけて、三を綾子に纏わりつく黒い靄にむけて、残りの十を黒い陽炎であるキャスターに向けて投擲する。突き刺す剣一本一本が確実に目標に向けて飛来していく。衝撃の余波で黒い靄が消失し、二人のすぐ傍に六本の剣が着弾する。その剣群の中心で力なく倒れこむ二人を見て、歯を食い縛る。今回もまた間に合わなかった。その事実が士郎を蝕んでいく。「美綴!氷室!」同時にキャスターを串刺しにしようと飛来する剣は、直撃することなく十の剣全てが地面や木々に突き刺さった。ゆらりと消えたキャスターは士郎の上空へと現れた。そして。「 」何を言ったのかもわからない。ただ今ある事実として「………!こいつら」公園に入り込んできた士郎を包囲する形で竜牙兵が現れた。数にして三十弱。一体一体は強くないと言えど、これほど集まってしまうと脅威。だが、泣き言などいうつもりは毛頭なかった。「邪魔だ、この!」強化、投影を使い最短距離を進むべく目の前に現れる竜牙兵のみを潰していく。左手に持つ黒の短剣で敵の攻撃を払い、右手に持った白の短剣で斬り上げる。竜牙兵の首を刎ねて潰すと同時に一歩前へと出るが、更なる竜牙兵が攻撃をしかけてくる。「はぁっ─────!」高速で腕を返し、上方よりクロスさせるように斬り落として両断。すぐさま眼前に剣を構えて突進をかける。大きく振りかぶった竜牙兵の攻撃を両剣で防ぎ、上へと弾き飛ばした。同時に左右後方より近づく二体の竜牙兵。それを「この………!」両剣を返して即座に坂手持ちに切り替え、左右の敵へと突き出して串刺しにする。引き抜くと同時に崩れ落ちる竜牙兵に目もくれず、再度攻撃を振り下ろそうとしている竜牙兵の懐へと飛び込んで、左右より坂手持ちのまま一閃した。腰あたりより崩れ落ちる竜牙兵を蹴り飛ばし、なおも前進する。「投影、開始トレース・オン!」自分の周囲に四の剣を展開し、前方よりわずかに逸れた左右へと射出する。四の剣がそれぞれの竜牙兵を刺殺すると同時に、逸らした正面の敵を斬り崩して突破する。前進する士郎を止められない竜牙兵が次々に粉塵と化していく。「─────っ!? くっ─────」だが躍進は続かない。上空より放たれた一発の魔弾が士郎の足を止め、即座に竜牙兵が前後左右から襲いかかってきた。袋叩きにされそうになるが、両手の剣を振るい近づいてくる竜牙兵を壊していく。「え………みや………」士郎が竜牙兵との戦闘で、どんどんと埋もれていく様子が見える。それを二人はただ見ていることしかできない。自分の無力さ、無能さが、落ちていく意識を無理矢理留めている。「あ─────ぐっ!?」ガン! と頭部に竜牙兵の攻撃が落ちる。衝撃でバランスを失いかけたが、歯を食い縛り右足で力強く踏みとどまった。が、一度崩れた情勢を覆すことは容易ではない。「は、─────っつ!この………っ!」腕や足、背中や腹、頭部や首に攻撃が加えられる。急所となりえる頭部や首は何とか防ぎつつ、双剣を振るう。姿勢を低くして被弾率を何とか下げ、敵の防御を斬り崩し、竜牙兵を破壊していく。「ぎっ─────」しかし妙な話ではあった。竜牙兵の力自体はほぼ問題はない。実際強化と投影を使う事が出来る士郎にとって、この程度の力ならばなんら敵ではない。言うなら数。それだけが問題だった。今現在、士郎は囲まれている。ならば相手にとって絶好の機会であるはずだと言うのに、未だに士郎は生きている。士郎の能力の向上によるもの、と言ってしまえばそれまでだろうが、それでもこの数相手に生き残れているという状況がおかしく思えた。「─────っ! らあぁぁぁあっ!」一瞬脳裏に過った疑問だったが、即座に棄却する。今はそれを審議する場ではないし、それを審議する時間などない。もはや強化と投影によるゴリ押しで周囲にいる敵を破壊していく。「っ………!投影、完了トレース・オフ、全投影連続層写ソードバレルフルオープン………!」攻撃の勢いが弱まった隙を突いて、六の剣を投影する。上空に現れた投影品は雷の如く竜牙兵の頭上へ殺到した。砕ける音と共に竜牙兵はその姿を変貌させ、瓦礫と化していく。そうして。「氷室!美綴!しっかりしろ………この………!」倒れている二人の元へたどり着く。しかしまだ竜牙兵は残っている。否、増えている、と言った方が正しいか。キャスターが作り出す竜牙兵に際限はない。それこそ数だけが取り柄の兵隊なのだ。十、二十と言わず百、二百と用意することすら可能だろう。「衛………宮………」声を発した綾子を抱き上げて顔を見る。顔面は蒼白で、触れる肌の温度は明らかに人間のソレとは思えない。意識こそまだあるがいつ途切れてもおかしくはなく、人が持つはずの力すら弱弱しい。「──────────」そのまま右手で頭を抱き寄せて、鐘も空いた左手で起こして同様に抱き寄せた。この真冬の公園と魔術の影響がひどく二人の体を変調させていた。悲しみよりも、後悔よりも、先ず襲ったのは一つの感情。怒りだった。「──────投影、開始トレース・オン」周囲より襲いかかって来ようとした敵を真っ先に遮断する。大型の剣を複数展開し、侵入されないように剣による壁を作り上げた。「しろう………」「いい、二人ともしゃべるな。………休んでてくれ」二人の様子を見て、まだちゃんと意識があることがわかり、安堵する。だが、それに対して二人の容体は芳しくない。二人とも風邪で高熱が出た時のような気持ち悪い汗を流している。どちらも目に見えて歩けるような状態ではなく、回復にも相応の時間が必要だろう。「キャスター………!」上空を睨む。そこにいるのはまぎれもなくキャスターだ。周囲にいる竜牙兵はキャスターによって作り出される。ならば、キャスターを叩くことこそが一番の解決策。しかし剣ではあそこには届かない。「投影………開始」バチン!と魔術回路に火が灯る。電流が流れ、回路が発熱する。「工程完了………全投影、待機」現れるのは七の剣。その全てが黄金の王と戦ったときに記憶した剣。それら全てを上空へと向けて。「っ──────停止解凍、全投影連続層写!!」地表より発射された剣群はキャスターへと殺到する。が、そう連発していいモノでもない。イリヤになるべく負担をかけないように自分で補える部分は自分の魔力で補っているが、その大半はイリヤの魔力。最初こそ大量の剣を投影して牽制したが、それ以降はなるべく自分の魔力だけで戦えるように最低限の投影しかしていない。それで撃破できた竜牙兵なら問題ないが、しかし現実はそう甘くない。キャスターは軽やかに回避し、姿を眩ませた。「ごほっ………ごほっ………」体の痛みで咳き込む。息が少し荒くなってきたが、今はこの状況を打破するのが先決。そう考えた矢先のことだった。「………あれ?」キャスターが消え、同時に周囲を囲んでいた竜牙兵も一瞬で消え失せていた。その理由が全くわからなく、油断させたところで襲いかかってくるのかとすら考えるほどの静寂。いや、”あまりにも静寂すぎた”。「おかしい………なんでこんなに静かなんだ?」ここは森の中でもなければ、坂の上でもない。住宅が密集する中にある公園。どれだけ今が深夜だろうと、これだけバカ騒ぎしたのだから警察や付近の住人が様子を見に来るはず。野次馬すら出てくるだろうほどの騒音だったというのに、この公園には物音一つすらない。それが「──────」嫌な想像を予感させるには十分な状況だった。目を瞑り、歯を食い縛る。この周囲の住人も、二人と同じように冷たくなっているのだろうか。もしかするとすでに死人が出ているかもしれない。この周囲一帯がそうであるなら、凛だけでは対処できない。「………言峰」聖杯戦争の監督役の存在に改めて気が付く。黒い影の件、ギルガメッシュについての件、この周囲の件について。話すことはある。聞くこともある。監督役なら知っている可能性もある。「けど、今は」二人を連れ帰るのが先。どうしてキャスターがいなくなったのかはいまだに理解できていないが、戻ってくる前に家に帰るべきだ。「美綴………背中に倒れてきてくれ。背負ってく」背中をみせた士郎に、ぐったりと凭れかかる綾子。汗ばんでいるというのに、その身体はやはり冷たい。彼女の腕を自分の首元へと回し、落ちないように背中を丸める。両手は鐘を抱えるために使うため、綾子を支えることはできない。「………っと。──────よし」流石に二人を抱えて帰るとなるとかなりの重労働になるが、泣き言は言っていられない。二人を落とさないように慎重に、しかしなるべく早く家へと向かう。背中に軟らかい感触が伝わってくるが、今はそれを気にしている状況でもなかった。「──────」公園の出口へと向かう。竜牙兵との戦闘で受けた傷や体力・魔力の消耗など楽観視できるものではない。それでなくとも今日はアインツベルン城で一悶着あったばかり。疲労はピークに達していた。「………冗談、だろ」目の前に広がる光景。何てことはない。つい先ほども同じ光景を見た。それが今背負ってる二人だ。「桜………」公園の出口で倒れているのは間桐 桜本人だった。─────第三節 タナトスの花─────時は少し戻る。◆―Interlude In―ヒタヒタと道を歩いていく“何か”。歩くたびに人を衰弱させ、そして殺していく“怖いもの”。………その姿を、少し遅れたところからわたしは眺めている。見たくもないのに、目を背けることもできずに眺めている。怖い夢。最近になって見るようになった悪い夢。昨日の夢はすごかった。もちろん、悪い意味で。意識を奪うだけならまだよかった。けれど、あの子は“人を食べてた”。9人。残すのがもったいないって言うくらい、綺麗に食べていた。その姿を、わたしはやっぱり少し遅れた所で見ていた。だから、多分今日もその夢の続き。でも正直に言うと、もうあまり怖くはなかった。一度見た。回数は一度だったけれど、その一度が長い。こうも長く見続けてると、慣れてくる。何より、あの子は悪い心を持っていない。アレはわたしたちとは食事の仕方が違うだけの、わたしによく似た何かだった。見覚えのある橋を渡って、ビルが立ち並ぶ街へと出た。ヒタヒタと歩いて、歩いて、歩いて。歩いてるだけで、人が集まってくる。何人殺しても。何人壊しても。何時間続けても。昨日も歩いてるだけで、食べ物の方から近づいてきた。最初は“吸う”だけだったけど、途中からめんどくさくなったんだと思う。“食べた”。最初はどうやって食べたらいいかわからなかったけれど、5人目くらいからコツを掴んだみたい。足元から引き寄せて、捩じ切る様に食べてしまえば、慌てる必要なんてない。足を食べた後は、腕を食べた。腕を先に食べないと、何かを投げつけられてしまうから。腕を食べた後は喉を食べた。声がうるさいから。あとは下からゆっくりと食べた。最後は頭。ゆっくりと、脳を、まるで人間がカニみそを楽しむように、味わって食べた。くすくす、と歌ってる。ゴーゴー、と歌ってる。今夜、その子は上機嫌だった。今まで何の感情も見せなかったクセに、今夜はとても嬉しそうだ。なんでだろう、って思う。でも、同時にそんなところにも親近感を抱いてしまう。わたしも確か、何か喜んでたと思うから。何かおいしいものを食べたような、何か求めてたものを手につかんだような、そんな喜びを感じてたと思う。だから、怖い夢も今日に限ってはあまり怖くなかった。なのに、「─────本体まで動いていたか。分身が動いた今夜は動かぬと思っていたが」怖い夢よりも、もっと怖い人に出会ってしまった。それを見て、逃げた。今まで怯えることなんてなかった“何か”が、怯えながらその人から逃げ出した。金色の髪と赤い瞳で、わたしと同じ匂いのする人。「さて? どこに向かうと言うのだ。どうやら、来た道を戻ろうとしていたようだが。………喰らう事が目的ならば新都こちらの方が効率がよかろうに」知らない。どこに行くかなんて、わたしは知らない。ただ、今は逃げないといけない。そうだ、逃げよう。わたしは見てるだけだけど、見ているだけでも怖い。そうだ、先輩の家に行けばきっと助かる。わたしの家はだめだ。一度、この人を見かけたことがある。わたしの家は知られている。「聖杯の出来そこないを期待していたが、まさかアレに届くほど完成するとはな。惜しいと言えば惜しいのだが、」どんどん、と音がした。それと同時にその子が串刺しになった。赤くなる。いろんな剣が突き刺さってる。「選別は我の手で行う。死にゆく前に、適合しすぎた己が身を呪うがいい」………痛い。刺されているのはあの子なのに、わたしは後ろから見ているだけなのに。どうして見ているわたしが痛いんだろう。死んでいるのはあの子なのに、どうしてわたしが倒れてるんだろう。夢見ているのはわたしなのに、どうして─────「あ─────れ?」わたしが倒れてるんだろう。「ふん───まだ息があるのか、娘。………全く、今日は生き汚い人間と出会うものだ。あの贋作者といい、不敬の女といい」がんさくしゃ?ふけいのおんな?誰のことを言っているんだろう。だれの─────「あ」「いい加減目障りだ、女。これ以上、我の手を煩わせるな」―Interlude Out―こうして女の首は刎ねられた。体は串刺し。助かる見込みはない。「次は贋作者だな。………さて、言峰から聞き出すとでも─────っ!?」死体に背を向け、歩き出そうとした時。ぞくり、と戦慄が奔った。「くっ─────!」咄嗟に跳び退いて距離を取ろうとしたが、足が嵌った。同時に呑むような勢いで魔力が吸い取られていく。否、それだけではなく体すらも取り込もうとしていた。ギルガメッシュの腕が伸びる。その腕には鎖が絡まっていた。「天の鎖よ─────!」街灯や壁、鎖はありとあらゆる物に絡みつき、そしてありとあらゆる物に突き刺さった。そのまま、ギルガメッシュを持ち上げる。それはバーサーカーを留めるよりも遥かに力を必要とした。間一髪で呑まれるのを防いだギルガメッシュだったが………「チ………!雑種、貴様ぁ………!」魔力の大半以上を持っていかれてしまっていた。ビルの下には未だに女の死体が“立っている”。首はだらしなく垂れ下がり、体中に風穴があいている。だが、動いている。「消えろ!雑種!」王の怒りに同調したかのように剣群が襲いかかった。だが、それが着弾するよりも早く。「………!魔術師!」キャスターが女のすぐ傍に現れ、黒くなったローブを翻した。そして着弾するよりも早く。「逃したか………!」ビルの下には誰も存在しなかった。「我が殺し損ねた………だと………!」今日で何度目か。一番気に食わない贋作者以上に今の女が気に食わなかった。今すぐにでも追っていくところだが………「っ─────魔力が、足りん………」魔力と体力を大幅に削られた今、先ず回復を優先させなければいけなかった。◆「ほう。手酷くやられたな、ギルガメッシュ」教会の地下。そこで英雄王は魂を喰らっていた。「─────言峰か」一通り喰らい尽くしたあと、現れた神父を一瞥し、横を通り過ぎる。一応マスターではあるが、これ程信頼関係の薄い主従もあるまい。忠誠心も何も無い。ここにあるのは単純なる利害の一致だけだ。「あれほど静観していろと言ったハズだが」「戯けが、我に命令できる者などこの世のどこにも存在せん」英雄王、ギルガメッシュ。世界最古の王にして、世界を手に入れた王。故に彼に命令できる者などいない。「────間桐 桜はお前がしくじるほどのモノだったか?」「───想像以上、といえば想像以上だったか。よもやあそこまで完成しているとはな」ぎり、と歯を食い縛り、階段を上って行く。「奴は物を食らうように、この英雄王たる我を侵そうとした。ただの食欲で、だ」「………なるほど。それで魔力が枯渇したためにここに来た、と」思い出すのはあの光景。最初の宝具の投擲で、決まったと思っていた。否、あそこまで貫かれて生きていられる人間などいない。そこまで進んでいるとは思わなかった。助かったのは、あの贋作者との戦闘で少なからず油断が抜けていたからだ。アインツベルンの一戦では確実に油断していた。狂戦士とて例外に漏れず圧倒していた。だが、自分と同じ戦闘スタイルで投影してくる贋作者。それを最初はただの偽物として駆逐しようとしたが、存外に粘る。出力を抑えたとはいえ、エアの攻撃を耐え、その後の攻撃は剣一本で防いでいたという事実。それを改めて振り返った時、腹立たしさが残った。殺しきれなかったのは油断があったからか、と考えた。その矢先の出来事がコレだった。「奴の僭越は、死すら生ぬるい。頭蓋を砕き、心臓を潰す。───が、今はそれをするにも魔力が足りん。全くもって腹立たしい一日だ」足が闇に呑まれた直後に、即座に神の鎖を伸ばし無理矢理引き上げた。足こそ無事ではあったが、保有する魔力の大半を持っていかれ、とてもじゃないがエアを使用できる状態ではない。霊体の状態なら逃げることすらできなかったか。実体を持っていたからこそ、僅かな抵抗ができたが反応があと少しでも遅れれば確実に呑まれていただろう。「チ………、よもやあの一戦がここに影響しようとはな」舌打ちをしてそのまま地下から外へとつながる戸へと向かう。それと同時に。「今から寝る。入ってくるなよ、言峰。例え貴様だろうと、貴様の飼い犬だろうと………入って来ようとその時は────殺すぞ」眼下にいる神父に警告を促し、地下をあとにする。その姿を見て、一度目を閉じ、背後にいる者へと声をかけた。「ランサー、どうだ?」すぅ、と現れたのはランサー。今まで姿を霊体化させていたのだ。「少なくとも、城で見た時ほど隙はねぇな。俺が実体化して攻撃しかけようもんなら、あの時見た鎖を即座に展開するだろうな。今の奴は」「そうか。契約破りの剣の原型とてあるだろう。────令呪を使ったとしても効果はないだろうな」かつん、とギルガメッシュと同様に階段を上って行く。もとよりここに用はない。近々閉鎖するモノだったのをギルガメッシュが取ったことにより、本当にここに用はなくなった。「まあいい。問題は間桐 臓硯か。………監視させている魔術師は悉く殺されている。………流石はマキリのご老人、と言ったところか」ライダーはバーサーカーとの一戦を境に行方不明。間桐 桜が空腹故に呑み込んだか、或いは単純に姿を見せないだけか。キャスターはランサーが森で確認した限りでは、黒化して使役されている。バーサーカーはギルガメッシュとの戦闘で退場。イリヤスフィールが魂を回収。セイバーは遠坂 凛のサーヴァントになった。アーチャーは今現在マスターはいないが、余り者の衛宮士郎と組むか。アサシンは間桐 臓硯と共に行方知らず。新都での殺人があることから、場所を転々としているか。「────臓硯はいらないな」そもそも前回の聖杯戦争で戦ったときから、不快な存在でしかない。また間桐 桜が黒き聖杯となり、あの影の本体を胎内に宿しているというのであれば。それを祝福するのが己が役割。「そこに臓硯の思惑が絡むのは非常に面白くない」ならば、ランサーを向かわせる、という手もある。しかし対ギルガメッシュ用に傍に置いておく必要はある。ギルガメッシュが此方の思惑にどれだけ気付いているかは不明だが、此方も死ぬわけにはいかない以上手持ちは揃えておいて損はない。「………ならば利用しよう。衛宮士郎………、思い出と言うものはどれだけ貴様を苦しませるか。それを楽しむのも一興か」衛宮士郎が間桐 桜を殺すという選択肢を取ったとき、その時は躊躇わずランサーを差し向ける。だが恐らくそうはならない。その理由が。「この報告書、ということだな。間桐桜を保護、か。すでに前例が二つあり、その二つもまた間桐桜の知り合い。そして彼女達は非情になりきれない。………それは衛宮士郎も同じ。此方に預けなかった時点で明白だ」或いは預けていた場合、先ほどのギルガメッシュによって殺されていたが。この事実の結果の先に見える可能性。「間桐桜が衛宮士郎達によって殺されることはないだろう。………仮に殺そうとしてもギルガメッシュがしくじるレベルだ。死ぬ前に取り込まれて殺される、か」そうなれば、黒き聖杯の完成もかなり近づく。サーヴァント二体を取り込む。そうなれば合計3体。いざとなればランサーを取り込ませるのもいいだろう。「どちらにせよ、当面の問題はギルガメッシュと間桐 臓硯か。白き聖杯の件もある。………臓硯には退場していただくほかないな」ギルガメッシュの動向にも目を光らせておく必要はある。一人思案しながら、神父もまた床へとついた。