第24話 変革へのシナリオDate:2月6日 水曜日─────第一節 淡い色の夢──────────ふと目が覚めた広い夜。見渡せばそこは見覚えのある武家屋敷で、そんな中に一人だけ仰向けで空をぼんやりと眺めていた。周囲には誰もいない、人の気配もなければ小鳥の気配すら皆無だった。一人でぼんやりとして縁側に寝転がっていたのだが、そのまま寝てしまっていたらしい。月が近く感じる。それだけ周囲が明るく見える、ということ。これだけ明るいとここがまるでどこかのステージの上にいるようにすら感じられる。けれど、このステージに幕はない。あるものはこの家と月だけで、いるのは自分ただ一人。他は誰もいない。─────なんて、静かだろう。誰もいない。独り。「どうしたの、─────?」声が聞こえた。「え………」そこに居たのは子供。誰? と思った。そんな疑問が浮かんだと言うのに、疑問として感じなかった。縁側に座って話をした。あの時と同じように、何でもない話をする。今までのことや、これからのことが話題にあがったのは多分、本当にわずかな時間だったと思う。「じゃあね、─────」また会おうね、なんて言いそうな、そんな軽い声でその子は去って行く。止めることはできないし、止める理由もない。けれど─────なぜか手を伸ばしていた。届かないのに、手を伸ばしていた。それを見た子供はたった一言「また、会おうね」そう言って消えた。風に浚われたように、一瞬で消えた。─────第二節 騒がしくも日常の朝─────朝5時20分。まだこの時間帯は薄暗く、気温も低いため布団の外はかなり寒い。そんな中で目覚ましが鳴る。止めようと手を伸ばすが届かない。そのように置いたから。仕方がなく布団から出て時計を止めて、周囲を見渡す。「寒い………」今すぐにでも布団に戻ってしまいたかったが、それをすると昨日の二の舞となる。いくら朝練がないからと言っても、二度寝をしては彼の手をまたも煩わせることになる。そもそも早く起きたのだってこの所為である。流石にこの時間帯なら起きていないだろうと考え、寝間着のまま廊下へと出た。私は今やどこにいけば何があるか把握したこの和風の家を歩いて洗面所へと向かう。その際に居間の傍の廊下を抜けるのだが、居間には明かりはついていなかった。寧ろ朝練がないのだからこれが普通だろう。洗面所へとつながる戸を開ける。顔を洗って意識を覚醒させて、着替えて─────と、そんな事を考えていたのだが………「へ………?」「え………?」目の前の彼の姿を見た瞬間、すべて吹き飛んでしまった。「ひ、氷室!?」「~~~~!?」バン! と勢いよく戸を閉めて背中を預けるように凭れかかる。目の前に飛び込んできた光景は、恐らく彼が風呂から上がった直後のものだったと思う。腰回りにタオルが巻かれていたのがせめてもの救いだった。「ちょ、ちょっと待ってくれ!今着替えてるから!」中から聞こえるように言ってくるのだが、あまりに唐突に映像を見てしまった所為でまともに理解できなかった。心臓の鼓動がやけにうるさい。「お、落ち着け。落ち着くんだ………」背中を預けたまましゃがみこんでしまう。出来る限り何も考えないようにして目を瞑る。はぁ、と深いため息をついて気持ちを落ち着かせる。「氷室? もう入ってきていいぞ」そんな彼の言葉が聞こえてきたので、ゆっくり立ち上がってノックをする。無論、入っていいと言っているのだからノックをした後はそのまま入る。中にはちゃんと服を着た衛宮がいた。「お、おはよう、衛宮」「あ、ああ………」どうしても少し直視できなくなってしまう。それは彼も同じようで、ドライヤーを取り出して髪を乾かし始めた。私も洗面所に向かいあって顔を洗う。ちょうど、ドライヤーの音が聞こえなくなる時に顔を洗い終えたのだが、鏡に写っていた顔はまだほんの少し顔が赤いようにも見えた。「今日は早起きなんだな、氷室」先に元通りに戻れたらしい衛宮が私に話しかけてきた。流石の私も元に戻る。「昨日は君の手を煩わせてしまったからな。今日も同じことをさせてはまずいだろう」顔についた水をふき取って、髪を整える。もともと変に髪を弄ってはいないため、寝癖がつくこともほとんどなく、櫛を通す程度で済むのは朝の忙しい時間帯には助かるだろう。逆にセイバーさんのように髪を括っていると大変なのではないだろうか、などとも思ってしまう。「あれくらいなら俺は問題ないけどな。─────っと、じゃあ氷室も起きてきたことだし、お茶でも入れるか。朝練もないからみんなもう少し遅く起きてくるだろうしな」使っていたドライヤーを元あった場所に戻し、居間へ向かうために廊下へと向かう。「氷室、お茶入れて待ってるぞ」そう一言言って彼は廊下へ出て行った。「お茶か………」まあこの和風の家で、和風好みの彼が紅茶を入れるとは私も思わない。普段の朝は大抵がパンで同時に紅茶やコーヒーなどがでてくる。だから朝から和風の朝ごはんやお茶が出てくるというのは多くはなかった。「待っていることだし、早く着替えて居間へ向かうか」流石に寝間着姿のままで行くのは躊躇われた。温かいお茶を飲みながら他の人が居間にくるのを待つのもいいだろう。そう考えながら私は洗面所をあとにした。◆鐘が着替えて居間に向かったのは5時半。すでに急須にお茶は用意されており、キッチンには士郎が立っていた。「お、着替えてきたのか。テーブルにコップと急須用意してあるから、ゆっくりしててくれ。朝飯までにはもうちょっと時間がかかる」「ああ、わかった。ありがとう」コップにお茶を注ぎ、ゆっくりと飲む。熱すぎないお茶がこの寒い朝にはちょうどよかった。鐘が居間に入り、ゆっくりと時間が過ぎていくのを感じて約10分。居間に着替え終えた綾子が入ってきた。「おはよ、今日は早いんだね氷室」「おはよう、美綴嬢。そう何度も寝坊をするわけにもいかないからな」「おはよう、美綴。もうちょっとで朝飯できるからお茶でも飲んで待っててくれ」綾子もテーブルに座り、お茶を飲む。そこにセイバー、そして最後に凛がやってきたところに朝食が完成して食べ始める。が、士郎が何か浮かない顔をしている。「? どうしたのよ、士郎。自分の作った食事に満足いかなかったわけ?」凛が士郎の様子を見て声をかけてきた。「そうなのですか? シロウ、私はこの食事に何の問題もないと思いますが」「私も同感だな。何かおかしく感じる味付けはない」「あたしもだね。どうしたんだい、衛宮?」それぞれが士郎に声をかけてくる。「いや、何か忘れているような気がする………。こう、放っておいたら死に至る病巣を抱え込んでいるような、そんな不安」手に持っていた箸をおいて考え込む士郎。不穏な物言いに眉を顰めるセイバー。「シロウ、それは聖杯戦争に関わる事ですか。ならば一刻も早く解明を」「あ、いや。そんなんじゃないと思うんだけど………」考え込む士郎とその姿を見る三人がいる居間に「おっはよー!お腹すいたよー。あたしにも─────」バン! と勢いよく戸をあけてきたのは士郎の姉役、藤村大河だった。居間の光景を見て固まる大河とその大河の姿を見て固まる士郎たち。つまり、士郎が感じていた不安というものはコレだった。「ぁ─────うぅぅぅぅぅ─────!!!!」あ、やばいなぁ、とセイバー以外の面子がそう思ったときにはすでに時遅し。ドン! とテーブルを叩きつけると、傍にいた士郎に向かって吠えた。「ごらあぁぁぁ!うちはいつからこんな大所帯になっただよぉおぉぉ!!納得いく説明を希望うぅぅぅぅぅぅ!!」ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり、と顔を近づけて攻撃を仕掛けてくる大河。「痛い、痛い、いたいいたいいたい!藤ねぇ、痛い!」「う、る、さーい!こんなに女の子が家にいるってどういうことなのよー!美綴さんに氷室さんに遠坂さん!?あと見知らぬ外国人の女の子!?あんたはどこのラブコメをしてるのよ!納得のいく説明をしろー!!!!」今度は士郎の首を絞めて前後に振ってくる。本気で怒っているらしく、自分が士郎の首を絞めているとは全く気が付かない大河。対する士郎は、息をとめられてどんどん意識が薄れていく。「ふ、藤村先生!首、首締まってますよ!」綾子が指摘するその時まで全く気が付かなかったらしい。パッ、と手を緩めて次は肩を持って前後に振る。「こらー!寝るなー!」「む、無茶苦茶いうな………!」咳き込みながら何とか大河の手から逃れる士郎。肩で息をしながら「説明しろって言って首絞める奴がいるか!それに説明聞くにも藤ねぇが落ち着かないと意味ないだろ!」「なにー!この口が生意気言う口かぁー!」「ってやっぱり聞く気ねぇだろおおぉぉぉぉぉ!!」そんなやり取りを見ていた凛が声をかける。「あの、すみません。早く藤村先生にお伝えすべきでした」「むっ」凛の方へ視線を向ける。一方の士郎はその隙に退散する。「実は、今うちは全面的な改装を行っているんです。古い建物ですから、そこいらにガタがきてしまっていて、改装が終わるまでホテル暮らしをと考えていたんです。そこに偶然通りかかった衛宮君に相談したところ、それはお金がもったいないからうちを使ってくれたらいい、と言ってくれたんです」「むっ………それは確かに士郎っぽい」「はい、あまり面識のない衛宮君からの提案だったので驚いたのですが、確かにホテル暮らしは学生らしくありませんし、お金も勿体ないです。それなら学友である衛宮君の家にお世話になったほうが勉強にもなる、と思いまして」凛の言葉を聞いてうなる大河。凛の優等生ぶりと返答の正当性も相まって反論できないようである。「は、話はわかりました。けど、遠坂さんはそれでいいとしても、美綴さんと氷室さんがここにいる理由は何? あとこの女の子も!」「それについても私が説明します、藤村先生」二人に食いつこうとする虎の行く手を阻む凛。「藤村先生、私は言いましたよね。『勉強にもなる』と」「? ええ、言いましたね」「衛宮君は学期末テストに向けて二人と共に猛勉強をしてるとのことなんです。二人の親御さんも了承をしていますので、確認してもらったらいいと思います」「え………そうなの? 親御さんも了承済み?」目を点にして二人に視線を向ける大河。そんな彼女に首を縦に振る二人。それを見た大河は再び唸り始める。「それってそれだけ士郎は信用されているってわけで………士郎の学力アップにも繋がるっていうことで─────」うーん、と難しい顔をする大河。親の了承も貰っているなら教師としてどうこうも言えないのも確かではある。「く………!三人のことはそれでいいとしても」「この金髪の少女はセイバーという子なんですが、私の海外の知り合いなんです。運悪く改装時に私を頼って訪れてしまい、ホテル暮らしをすることになってしまうところに衛宮君が声をかけてくれて。セイバーさんは見ての通り外国人なわけですから当然日本の家には興味もあるということ勉強にもなりますし、一緒にいるんです」「そ、そうなの………」士郎を問い詰めたその時の迫力はもうすでになくなっていた。まだいろいろと突っ込みどころはあるだろうが、大河がいくら突っ込んだところで凛が迎撃して終わるだろう。とりあえずはこれで問題はなくなったということである。その後いくらかツッコミを入れた大河であったが悉く凛に迎撃されて、朝食も相まって完全に静まった。もともと綾子とは顧問と弓道部主将ということで関係はあったし、鐘と凛は超優等生ということで結果として信頼したようであった。「そうだ、藤ねぇ。桜のことは何か聞いてるか?」「ん? 桜ちゃんはなんでも風邪とか言ってたわよ。電話があって2日くらい休むって」「なんだ、そうなのか。ならこっちにも連絡入れてくれればよかったのに」そんな士郎の反応を見た凛が大河に尋ねる。「藤村先生、一つ尋ねてもいいですか」「ん、なになに?」「電話があったっていいましたけれど、間桐さんから直接電話があったのですか?」「いえ、桜ちゃんのおじいちゃんから電話があったのよ。桜の熱が酷いので二日ほど休ませていただきますって」「そう─────ですか」「?」凛の反応を見て少し疑問を抱く士郎。過去に間桐家に入ったことはあったが、そこに祖父がいたという覚えはない。桜と慎二の二人しかいなかったと把握していた士郎であったが、どこか別の場所にいた、ということもありえるだろう。特に気にすることなく食事を続けていた。─────第三節 気になる事─────朝食も食べ終えて茶碗も洗い終える。大河は職員会議があるとのことで、朝食を食べたあとにすぐに出て行ってしまった。士郎、鐘、綾子、凛の全員が登校準備を終えたので玄関へと向かう。「それじゃ、セイバー。留守番頼む。何かあったら電話するよ」「わかりました。もし事を急ぐ事態になればその時は令呪を使ってください」「わかってる。それじゃ行ってくる。戸締り任せる」「はい、気を付けて」玄関戸を閉めて家の外へ。すでに外で待っていた凛、綾子、鐘と合流しそのまま登校する。坂道は生徒達で賑わっていた。時刻は午前7時半。学校到着予定時刻は8時である。この時間帯は登校する生徒が一番多い時間帯である。そんな中こんな目立つ面子と歩いているものだから当然士郎達に視線が集まるのも無理はなかった。「…………」何か忘れ物をしたのか凛はさっきからずっと考え込むように黙っていた。「どうした遠坂。なんか朝食終わってから変だぞ? 何か口に合わないものとかあったか?」気にかけた士郎が凛に声をかける。朝食が終わってからちらり、と凛を伺っていたが様子がおかしく見えた。朝食を作っていた士郎にとっては朝食に何か問題があったのか、と考えるのは強引な話ではなかった。「え………? ううん、士郎の朝食は何も問題はなかったわよ」「じゃあなんでそんな難しそうな顔してるんだ? 何かあったのか?」「ううん、気にしないで。ちょっと考え事してただけよ」「ならいいんだけど」ゆっくりとした足取りで坂道を下って行く。「しかしこんなゆっくりとした朝は新鮮だな。あたしらは普段朝練があるし、バスに乗っての登校だしでこうゆっくり歩くってことはないから」「そうだな、昨日の朝はいろいろあった所為もあってゆっくりとした時間とは感じられなかったこともある」綾子と鐘の住んでいるマンションから歩いて学校へ登校するとなると、走って登校、或いはかなり早い時間に家を出る必要がある。当然そのどちらもやる必要はないので、必然的にバスを使う事となる。「どうなんだ、バス登校って。朝のバスとかってやっぱり混むのか?」「時間帯によるな。私や美綴嬢が乗る時間帯のバスは人は少ない。これがあと2本分程度遅れたら大混雑だろう」「そうなのか。やっぱり混むんだな、バス」そんな話を交わしながら4人は学校へと向かう。学校の校門が見えてくると共に生徒の数は増えてきた。そんな中で校門をくぐる─────「…………!」筈だったが、士郎は足を踏み入れた瞬間に胸を押さえつけて立ち止まってしまった。その顔には苦悶の色が窺える。「士郎、ちょっと、大丈夫?」「ん? どうかしたのか?」「衛宮………? どうしたんだ?」傍にいた三人が声をかけてくるが彼の顔から苦悶の色は消えない。「また………。っ────ここを通ると最近はいっつもそうだ。息苦しいっていうか………甘ったるい感覚がして、気持ちが悪い………」「甘ったるい感覚………? あたしにはちょっとわかんないな。氷室はどう?」「いや、私も特には………。遠坂嬢、何が原因か君ならわかるのではないか?」「………そうね、士郎がこんな反応をする原因は知っている。今日はそれをどうにかするために学校に来たって言っても過言じゃないわ」学校の校舎を睨む凛の表情は険しい。「とりあえず人気の少ない場所で話しましょう。まだ8時─────ホームルームまでまだ30分ほどあるから少し行動するだけの時間はある」そう言って再び歩き出そうとした、その背後から「はぅあ!?」なんて素っ頓狂な声が聞こえた。「誰? 素っ頓狂な声上げた奴」凛がそう言って後ろを振り向く。士郎達三人も後ろに振り向いたその先にいた人物は─────「一成、どうしたんだ?」柳洞一成がいた。「朝から嫌な予感がしたと思っていたのだが………!まさか衛宮、遠坂と一緒にいるとは!」「え? いや、別に一緒に居ても問題は………」「ないと言い張るか!ええい、衛宮。毒がうつったか?今すぐ消毒してやろう。生徒会室で説法してやる!」「やめろ!なんで朝からお前の説法を聞かにゃならんのだ!っていうか説法聞いたところで解毒にはならないしそもそも毒なんてもらってない!」腕を取って無理矢理引っ張っていく一成とそれに引きずられていく士郎。それを唖然と見ていた3人だった。「って、これから話をするっていうのに連れてかれたら困るじゃない………!」独り言のようにグチを叩くが、その相手はもう校舎の中に入ってしまっている。「衛宮を貸してくれって言ったら貸してくれるんじゃないのか?」「無理ね………。私が行ったらまず解放しないわよ」その言葉を聞いて何となく理解する二人。『生徒会長』が『高嶺の花』を嫌っているという噂はあったが、あそこまでとは想像していなかった。「では、美綴嬢が彼を救出すればどうかな」「あたしが? 別にいいけど、またなんで」「なに、弓道部主将、ということでいろいろと生徒会メンバーと会う事もあるだろう? ならば、顔の判る者が行った方が効率はいいだろう」他意はない、と言ったうえで綾子に行くように催促する鐘。そんな彼女の言葉になるほど、と納得しながら生徒会室へ向かうべく歩き出す綾子。「? でもそれなら、顔の知っている氷室さんでもいいわよね?」綾子の少し後ろで歩く鐘に話しかける凛。彼女の意見はもっともである。そもそも生徒会室の『生徒会長』に用事があるワケであり、生徒会メンバーと顔見知りである必要性はない。それにこの時間帯は生徒会室には一成以外誰もいない。故に一成と顔見知りであれば鐘であっても問題はないのだ。「………少し気になる事があってね。先ほどはあまりの衝撃的現実に驚いて微塵の反応も見せなかったが今度はどうかなと思ったのだ」「? ちょっとわからないわね。それってどういう意味?」「さて、これはまだ噂にすらなっていない。かくいう私自身もまだ半信半疑の域を出ないものだから、これを機に少しは確証を得たいと思う訳だよ、遠坂嬢」メガネの位置を元に戻すように動かすその仕草に、キラン、という擬音が合いそうだと思ったのは凛だけだった。もっとも、それは凛しか鐘を見ていなかったから、ということもあるが。生徒会室に向かう。コンコン、とノックする綾子の目の前に現れたのは一成だった。「な………。ど、どうしたのだ?」てっきり凛が来たものだと身構えていた一成は思わぬ客に戸惑ってしまった。「どうしたもこうしたもない。衛宮いる?」ひょい、と中を覗く綾子。パイプ椅子が並ぶその部屋に衛宮がいた。「あ、美綴。迎えに来てくれたのか」「ん、まぁね。話もあるわけだからさっさといこう。─────ってことで、柳洞、あんたの説法はまた今度ってことでいいよな?」「え………あ、そうだな。十分言い聞かせたから残りはまた今度としよう」「いや、今度でも嫌だぞ………俺は」げんなりとした顔を見せる士郎に少し笑いながら生徒会室を出る綾子とその後に続く士郎。そしてその様子を少し離れた場所から見る凛と鐘がいた。「─────で、何かわかったことは?」「─────確証にはまだまだ遠いということはわかったよ、遠坂嬢」─────第四節 破壊活動─────「この学校に結界が?」鐘がそう尋ねるのも無理はなかった。生徒会室から戻ってきた士郎と綾子と合流して、人気のない屋上へ。そこで話された内容は一般人である二人にはインパクト十分であった。自分たちが平然と通っている学校に結界が張られていて、しかもその結界は危険なものだという。これで驚かない方がおかしいだろう。「そう、今日はその結界を少しでも防ぐために活動しようと思ってる。─────で有事の事も考えて二人にはこれを渡しておくわ」そう言って手渡されたのは飴玉のようなもの。「? 遠坂、これはなに?」「それ、呑んでみて」「呑むって─────飴か何かか?」「あ、噛んじゃダメよ。呑み込んで」言われた通り、手渡された飴玉らしきものを呑みこむ。サイズは思ったより小さかったため喉につまる、なんてことは起きなかった。が、それでもこのサイズのものをそのまま呑み込むことはしないので手間取ってしまったわけではあるが。「………遠坂嬢、一体何なんだ?」「宝石よ」「宝石!?」しれっと答えてくる凛の言葉を聞いて驚く綾子。尋ねた鐘も驚いた様子を隠せなかった。が、当の本人は何でもないことの様に振る舞う。「あ、もちろん一般人用に調整してるから大丈夫よ。体に何ら不都合は与えないし、体内で消えるから問題はないわ」「そうなのか………。いや、それはそうとなぜ宝石などを呑ませた?」「さっきの結界の話は覚えてる? あの結界が万が一発動されてしまったら、魔術師である私達ならともかく、二人はそのまま倒れてしまいかねない。それを少しでも緩和するためのものよ」まあ、気休め程度にしかならないけどね、と付け加える凛。現時点でこの結界を完全消滅させることは難しいと判断した凛は、今後のことも考えて二人用に宝石を用意していたのだった。「ということは、仮に結界が発動しても倒れない?」「少しの間はね。けど、あくまでも宝石に込められた魔力で抵抗しているだけであって、綾子たちの対魔力を底上げしてるわけじゃないわ。いわば一時的なパワーアップってとこ」「ふむ………、ディフェン○ーやスペシャルガー○といった類のものか………」「氷室。それは恐らくポケ○ンをしたことのある人間にしかわからないと思う」綾子と鐘が何やらわからないやりとりをしているのを聞きながら士郎が尋ねる。「その結界なんだけど、わかったことはあるのか?」「士郎が校門で感じたように、結界の濃度は上がっている。ヘタするとあと2・3日で発動しかねない。だから、その期間を引き延ばすためにこれから結界の基点を破壊する。士郎にはそれを手伝ってもらうのよ」「手伝う………か。で、俺は何をすれば?」「とにかく基点である呪刻を見つける事。士郎的に言うと………そうね、より違和感が強いというか甘ったるい感じを受ける場所というか」「………たとえば、そことか?」そう言って屋上の床の一部を指差す士郎。そんな彼を見て「あのねぇ、そんな簡単に見つかるんなら私だって苦労は─────」呆れたような声でいいながら、それでも指差されたところに近づいて調べてみる凛。だが、そこを調べてみて、凛の表情が変わる。「………!これ─────」目を瞑り、右腕に魔力を込める。すると、床に白い魔方陣が現れた。「Abzug消去。 Bedienung摘出手術 Mittelstnda第二節」凛が結界妨害のための呪文を紡ぐ。それと同時に魔方陣は光り輝き、そしてガラスが割れたように壊れた。「…………今のが呪刻か、遠坂嬢?」「ええ………、そういうことになるわね」小さく息を吐いて立ち上がる。「士郎、あなた、こういうのを見つけるのは得意みたいね。ちょっと面白くなってきたじゃない」そう言って笑う凛には何かいい物を見つけたり、という考えが見て取れた。「こうなれば、この朝の時間で潰せる分は潰すわよ。氷室さんと綾子は先に教室に戻ってて。私たちはホームルームぎりぎりまで粘ってみるわ」「ん、そうか………。わかった」「やれるのか? 衛宮」鐘が隣にいた士郎に尋ねる。凛からこの結界について聞かされたことは『発動してしまったら、体力を根こそぎ奪われて気を失ってしまう』というものだった。ストレートな言い回しである『発動したら最悪の場合は殺される』と言わなかったのは、言うことで二人を不安にさせたくなかったという配慮と、間違っても殺させやしないという決意でもあった。が、殺されるとは知らない二人でも心配になるのは当然であるわけで、鐘が士郎に尋ねるのも当然であった。「ああ。他にも不自然だと感じる場所はあった。この調子なら多分大丈夫だ」力強くうなずく士郎。それを見た二人もまた安堵した。「なら、あたしたちは二人を信じるかね。ま、そもそも命預けた身だし、今さらって感じでもあるけど」「そうだな。じゃあ私達は教室へ戻っている。何か手伝えることがあれば言ってくれ。できる限りは協力しよう」「ああ。ありがとな、氷室、美綴」そう言って鐘と綾子は屋上から去って行った。その後ろ姿を眺め、見えなくなったところで凛が話しかけてくる。「よし、じゃあ早速取り掛かるわよ。士郎、案内よろしく」◆────美術室「ここ?」「ああ、そこだ」「………ビンゴ!Abzug消去。 Bedienung摘出手術 Mittelstnda第二節」「まぐれ、ってわけでもなさそうだな」「みたいね。よし、次に行くわよ」◆────視聴覚室「ここの黒板?」「そう。その右端」「オッケー。………Abzug消去。 Bedienung摘出手術 Mittelstnda第二節」「よし、これで6個目だな」「まだ時間は5分ある。あと2個は行くわよ」◆────化学室「天井?」「ああ、この脚立にのれば届く」「じゃ、支えておいて。───Abzug消去。 Bedienung摘出手術 Mittelstnda第二節」「……………」◆────学校の壁の側面「大丈夫か、遠坂?」「ちょっと姿勢を変えないといけないから………士郎、ちょっと引っ張ってて」「わかった」「これなら………Abzug消去。 Bedienung摘出手術 Mittelstnda第二節」◆そうしてタイムリミットの午前8時30分が訪れた。破壊した基点は最初の屋上のものを合わせて9個。この短時間では十分すぎる成果であった。「ふふ…………」教室に向かう凛の顔はどこか嬉しそうだった。「どうしたんだ、遠坂。そんな顔して」「だってそうでしょ。この僅か30分足らずで9個も破壊できたのよ? もう信じられないくらいの効率の良さで」「まぁ………確かにそうかもしれないな」いくら士郎でも即座に違和感の強い場所を探すことはできない。しかし、先日凛と戦う前に学校内を探索していた士郎はその場所を把握していた。言ってみれば今日の行動は記憶していた場所へ凛を連れて行ったようなものである。故に、探す手間はなかったわけであり、結果として大量の基点を破壊することに成功したのだった。「結界を張ったヤツもまさかこの30分で9個もの基点を破壊されるとは夢にも思ってなかったでしょう。こうなれば絶対に何らかのアクションを起こしてくる筈」「尻尾を掴むチャンス、ってわけだな」「そういうこと」そう言った凛の顔はにやりと笑っている。「さぁ、出てらっしゃい。私にこれだけ面倒なことさせた罪………償ってもらうんだから」「う………その笑顔見てると背筋が寒くなるぞ、遠坂」「何か言ったかしら、衛宮君」「いいえ、なんでもございません」流石に人目の多い場所へ近づいてきたので猫の皮を被る凛。そんな彼女を横目に見ながら教室へと向かった。これから4限目まではいつも通りの日常の始まりである。