Chapter4 Fresh Blood Shrine第19話 加速し始めた日常Date:2月5日 火曜日 ─────第一節 黒い太陽──────────熱いどうしてこんなコトになったのか。フトンをかぶって、目をとじて、ちゃんとおやすみなさいと言ったのに、つぎにやってきたのはマッカなけしきだけだった。うるさくて、熱くて、目をさます前にお母さんが起こしてくれた。よるなのにとても明るい。お父さんがだき上げてくれて、ごうごうともえるロウカを走っていく。─────苦しいお父さんを見た。 止められた。いなかった。お母さんといた。 約束をした。いなかった。─────痛い外もうちのなかと変わらなかった。みんなまっか。 ぜんぶまっか。 どこもあつい。だからあつくないところに行きたかった。“そこ”に行けと約束したから。─────目が痛いなきながら走った。うちに帰りたかった。けど、うちがどこにあったのか、もうわからなくなっていた。だから走った。“そこ”にいけばきっとみんな“そこ”にいるっておもったから。─────体が痛い走っていた足がおそくなった。歩いていた足が止まっていた。うしろをふりかえる。おうちもみえない。お母さんもお父さんもいない。─────怖いいたい。 あつい。目がいたい。 目があつい。頭がいたい。 頭があつい。腕がいたい。 腕があつい。足がいたい。 足があつい。体がいたい。 体があつい。いたい、いたい、いたい、あつい、あつい、あつい。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。いきをすうとノドがヤける。そこにいるだけでこわれていく。足が重い。それが仲間にしたいとツカんでくる人たちのものだってわかった。そらには太陽が見える。………みえる?おかしい。よるだったはず。太陽が黒い。………くろい。ぼくは関係ない。ぼくはヒトなんだ。にげなきゃいけない。こわい。あの黒い太陽がコわい。あのカゲがコわい。アレにつかまったら、もっとこわいところにツレテイカレルだケなんダから。ダカラ───ニげた。────空を見上げる。いずれ雨が降るあの灰色の空に手を伸ばし、そしてゆっくりと手は落ちる────どうして────“あの写真”が引っ掛かるのだろう?─────第二節 忙しない朝─────「─────っ、あ」目が覚めた。体が少し重い。頭痛が酷い。体が熱い。暑い。熱い。「冬………のはずだけど」小さく呟きながら周囲を見渡す。そこには誰もいない。昨夜は夕食の後に一悶着あった。………部屋の問題である。凛はずかずかと家の中を散策し、気に入った離れの部屋を発見して侵略していった。まさに侵略者といっていいような姿である。が、もう彼女が泊まることは家に来た時点で決定していたし、離れの部屋は比較的快適に過ごせる空間ではあるので問題はなかった。強いて言うなら侵略するその態度に少し頭を抱えたくらいである。問題は残る三人。鐘と綾子の部屋をどうしようか、という話になったときにセイバーが出してきた提案。『護衛がしやすいように同室で休むべきです』この発言を聞いたとき、士郎は口に含んだ茶を噴出しそうになった。つまりは士郎の寝室にセイバー、鐘、綾子、士郎の4人が一緒に寝るということである。『待てセイバー!それは無理だ、絶対に!』まず空間的な問題として士郎の寝室に4人も寝れるほどの広さはない。いや、無理に詰めれば4人寝れるかもしれないが、そうなると別の問題がより肥大化してしまう。士郎の精神的な問題で、寝れるほどの広さがあったとしても精神面で眠ることができない。うんうん、と横で聞いていた綾子と鐘もうなずいていた。『ですがシロウ。私はマスターである貴方を守る義務があります。睡眠中はその典型と言ってもいいでしょう。加えてヒムロとアヤコもいる。一か所に居てくれた方が護衛はしやすいのですが』セイバーの言うことはもっともだろう。だがそれに屈してしまっては、いろいろとまずい士郎は必至に何とかしようと説得を試みる。空間的な問題をセイバーに伝えて上で『三人にはなるべく近い部屋を用意する。だからそれで勘弁してくれ』加えてこの家の結界も説明してなんとか静めることに成功した士郎だった。結果セイバーは隣の部屋。鐘と綾子はそれぞれすぐ傍の部屋という采配となった。どちらもすぐに駆けつけることができ、かつどちらもすぐに逃げてこれる、という配置である。「………メシ、作るか」気だるい体を起き上らせようと動かす。が………「あ………れ?」思う様に動かない。頭もぼぅっとして浮いているような感じである。「うわ………体、きもちわる………」汗をかいていたこともあって、今すぐにでもシャワーを浴びたくなってくる。が、そんな事をやってられないのも事実。時刻は5時40分。少し寝坊である。なんとか布団から抜け出し、着替えを済ませるために服へ手を伸ばす。と、ここで手が止まった。「…………藤ねぇと桜にはどうやって説明をすればいいんだ………!?」非常事態発生エマージェンシーである。昨日はもういろいろありすぎて考えることすらなかったが、今日から朝だけではあるが二人がやってくる。隠れてやり過ごすことなんてできるわけがない。となるともう開きなおって説明すればいいのであるが問題はどう説明するか、である。「まさか聖杯戦争のことを説明するわけにもいかないし………」うーん、と唸る士郎だったが「─────痛って………」頭痛の所為でうまく考えが纏まらない。加えて朝食の準備もしなくてはいけない。いつもよりも人数が多いため当然ながら量がいる。つまりはそれだけ時間がかかるのでいつもより早く準備をしなくてはいけない。「まず、顔洗って………すっきりさせて………作りながら考えるか」傍に置いてあったタオルで体の汗を拭きとって着替える。気だるい体を引き摺り、洗面所へと向かう。「………何で寝たのに疲れてんだろ」ボヤキながら洗面所へとつながる戸を開け、洗面所で顔を洗う。と、そこへ声が聞こえてきた。「………お。衛宮か。早いな」洗うために下へ向けていた顔を僅かに横へ傾けて入ってきた人物に目をやる。美綴 綾子だった。すでに制服に着替えている。「おはよう、美綴。美綴も朝早いんだな。よく眠れたか?」バシャバシャと顔を洗いながら尋ねる。その背後では洗面台が空くのを待つ綾子が。「ああ、お陰様で。いつもとは違う雰囲気っていうのもあった所為か少し目が覚めるのが早かったけどね。ま、問題はないよ」顔を洗い終えた士郎は洗面台を綾子に譲り、顔を拭く。まだ頭痛は治っていないが、先ほどよりはマシになった………と思う。「そうか、そりゃよかった。これから朝食の準備するから少しだけ待っててくれ」「衛宮、あたしも手伝おうか? 一応この家に泊まらせてもらってるわけだし」そんな申し出を受けた士郎。5人+2人の朝食を準備するとなると一人ではきついだろう。「そうだな、手伝ってくれるなら助かる。朝も忙しくなりそうだしな」「ん、わかった。ちょっとしたら手伝いにいくよ」洗面所で顔を洗っている綾子と別れて居間へ入り、キッチンへ向かう。昨日の夕食の残り分がまだ少しだけ量があったが、流石に7人分を賄えるほど残ってはいない。これは昼食用へと回し、朝食を新たに作る。「………7人って。昨日までは二人だったのにな」食材を取り出しているところへ「───おはよ。朝早いのね、アンタ」見るからに不機嫌そうな凛がやってきた。その姿を見て唖然とする士郎。「と、遠坂?……………何かあったのか?」いつものその姿からは想像ができないほどの姿だったのでそんなことを尋ねてしまう。想像できない、という点では昨日からすでにイメージとはかけ離れていたのだが、これはこれで別の衝撃である。「別に。朝はいつもこんなんだから気にしないで。………早く目、覚ましてすっきりしとく。綾子たちもいるからね………」幽鬼のような足取りで居間を横切っていく凛。もうすでに起きてしまっている士郎に見つかるのは仕方ないとして、同じ女性である二人にはなるべく見られたくないようだ。「………脱衣所の洗面台を使うならそこの廊下から行ったら近いぞ。………顔洗いたいだけなら、玄関側の廊下に洗面所がある。あと言っておくと脱衣所の方には美綴がいる」「………じゃあ玄関側のを使う」どこまで話を理解しているかわからない態度で手を振りながら廊下へと出て行った。時刻は午前5時50分。凛としては少し早起きであるが、その理由に先ほどの言葉が関係しているのだろう。(………昨日遠坂が二人の起床時間聞いていた理由がそれか)昨日の出来事を思い出しながら納得する士郎だった。再びキッチンへと向かい合って朝食の準備をする。「………頭、痛いな。薬飲むべきか………?」相変わらず頭痛がして体も少し重い。浮いたような感覚も感じられる。できることなら薬に頼りたくはない士郎ではあるが、頭痛が酷いために物事に集中できない。「もしかして………風邪ひいたのか? 俺。」風邪をひくような体ではないつもりではいたが、この状況は如何ともし難い。はぁ、とため息をついたときに「何? もしかして風邪なのか、衛宮?」居間に入ってきた綾子が尋ねてきた。タイミング悪く、士郎が呟いたときにはすでに襖を開けていたのである。「─────む。いや、それっぽいかな、って話であって風邪を引いたとは言ってない」「無理するなよ、衛宮。人間、体が資本なんだからさ。無茶して倒れられたら衛宮に申し訳立たない」「心配してくれてありがとな、美綴。俺は平気だから朝飯作ろう」調理器具を取り出していく。今朝の献立は鮭のムニエル・ピーマンとレタスと鶏肉炒め・トマトと胡瓜のサラダ・キャベツの味噌汁に白米と比較的ヘルシーに仕上げる。で、これとは別にセイバーの昼食も用意しなければいけないので結果8人分となる。「白米はもう炊飯器で炊きあがるから置いといていい。俺はムニエルと味噌汁作るから美綴は炒め物頼んでいいか?」ちなみにサラダは昨夜のうちに作って冷蔵庫に入れてあるので調理は不要である。「ん、わかった。まな板と包丁借りるよ」キッチンの一部を借りて綾子は野菜を切り始めた。自炊したこともある、というのは伊達ではなくなかなか上手に切っている。「ふうん………。美綴、結構うまいんだな」横目で観察しながら鮭を焼いていく。「ま、あたしが得意なのは大量生産できる食事だけどな。カレーとか」「カレーか。合宿とかではほとんどお決まりのメニューだな」そんな会話をしている最中に凛が居間へ帰ってきた。「あら、二人で朝食作ってるの? 綾子」「おはよ、遠坂。人数多いし朝は忙しいから手伝った方がいいかなって。あ、ちなみにあんたの分も作ってるからな?」「別にいらないって言ったのに………。ま、いいわ。用意してくれたなら食べるわよ。当然の礼儀だし」そこへ次に入ってくるのはセイバー。こちらは寝起き、という雰囲気ではなくいつも通りの姿である。「おはようございます、リン、アヤコ、シロウ」「おはよう、セイバー。今起きたの?」「いえ、少し前から起きていました。先ほどまで精神統一のために道場にいました。声が聞こえてきたのでこちらへ戻ってきたのです、リン」「へぇ、朝からそんなことしてるんだセイバーさん」感心したように綾子が言う。確かに普通の人間が早朝に起きて道場で精神集中、などはしないだろうし士郎なんかがやると眠ってしまいそうである。「おはよ、セイバー。もう少ししたら出来上がるから茶でも飲んで待っといてくれ」「わかりました。………しかしシロウ。体調がすぐれないのですか? 顔色があまり良くないようですが」「あ、やっぱりセイバーさんも判るんだ。ほら衛宮、あんまり無茶するなって」「何? 士郎ってば体調崩したの?」三人の視線がムニエルを作っている士郎に向けられる。が、当の本人は別に慌てた様子もなく「いや、体調崩したってほどじゃない。ちょっと頭痛がしてぼぅっとする程度だから、熱だってあったとしても微熱程度だと思うぞ。この程度なら気合いでなんとかなる」そんな会話をしながらでも調理する手は止まっていないのは日ごろの行いのおかげなのだろうか。対する綾子もこの程度は慣れている、と言った感じで野菜たちを炒めている。「ふぅん………なら心配するほどでもないか。─────やっぱりガンド受けた後に解呪もしないで強制的に体を酷使したツケかしら」ガンドの呪いの解呪は行ったのだが、酷使したところに入り込んだ呪いダメージまでは解呪が届かなかったらしい。ただそれでも少し違和感がある程度の微熱まで抑え込めたのは一重に凛の能力の高さのおかげだろう。解呪してもまだ呪いの破片が士郎の体調を変調させることができている、というのもまた凛の能力の高さの所為でもあるのだが。「ま、確かに普段よりかは思考能力とかに影響でるかもしれないけど何も考えられないってわけじゃないし学校に行っても問題ないぞ」「………まあ衛宮がそう言うなら大丈夫なのかもしれないけどさ。あたしとしては倒れるところは見たくないんだけど?」炒め物を皿に移しながら横にいる士郎に視線をやる綾子。そんな視線を受けながら士郎もまたムニエルを皿に盛っていく。「大丈夫だって。間違っても熱程度で倒れることはない。っていうか熱で倒れたことなんてないからな」「シロウが大丈夫だと言うならば、私からはこれ以上何も言いません。しかし体を第一に考えてください」「わかったわかった。さ、メシできたし食べよう。運ぶの手伝ってくれ」◆トゥルルルルルル…………と、各自が皿をテーブルに運んでいるときに居間に置いてあった電話が鳴った。「ん? こんな朝っぱらから誰だ………?」呟きながら電話の受話器をとる士郎。いや、何となく予想はできないこともないが。「はい、衛宮ですが」『もっしも~し!こちら藤村ですがー、衛宮士郎君ですかー!』「…………………………………………………………………」眩暈がした。頭痛がしている士郎にとってこの声と音量はかなり効いた。「………今の藤村先生か? ここまで声が聞こえてきたんだけど」「先日の人の声ですね。この早朝から何用なのでしょうか」「朝っぱらからうるさいわね………」つまり一番近い士郎にとってはこの上なくうるさかったのである。「………なんだよ藤ねぇ、朝から電話してきて!せめて声のボリューム下げろ!」『あはははは、ごめんねー。ほらよく言うじゃない、『腹が減ってはテンション高まる』って』「言わない。言わないし聞いたことない。で、何の用だよ。っていうか電話かけてきてるってことは家か? 朝飯あるぞ?」『そう、それ!それについていいたかったのよー』待ってました!と言わんばかりの声で『朝飯』という単語に食いつい来る虎。というよりここまでくると虎というよりハイエナ。『昨日テストの集計とかしてて寝るの遅れたっちゃわけなのよー。で、今さっき起きてこれから士郎ン家に向かってご飯食べてると朝練に間に合わないワケ!』「つまりは朝飯を弁当として朝練を監督している藤ねぇのところへ持ってきてほしい、そういうわけだな。言っとくが朝っぱらから出前はしてないから登校したときになるぞ」『できるだけ早くね!加えて昼食も持ってきてくれると先生は士郎を抱きしめてあげてもいいかなー』「いい、遠慮する。藤ねぇに抱き着かれてもうれしくない。………つまり今朝は家にこれないってわけだな、藤ねぇ?」『That’s right!さっすが士郎!お姉ちゃんの言いた事をすぐに理解してくれて助かるわぁ。それじゃよろしく!ブチっとな』ブツッ………ツーツーツーツー………受話器を持ったまま流れる沈黙。ゆっくりと受話器を元に戻し、視線を食卓へと向ける。「………美綴。悪い、そこの引き出しに頭痛薬入ってると思うからそれとってくれ」「………わかった。なんか………とりあえず、お疲れ、衛宮」「………ああ」流石に頭痛に耐えきれなくなったようである。─────第三節 慣れない朝─────朝の騒動が一通り収まり、テーブルに全て食事が並び終わる。あとは食べるだけなのであるが………「氷室、起きてこないな。それに桜も来ないし」氷室 鐘がまだ起きてこなかった。時間は6時を10分ほど過ぎている。桜も普段この時間帯には来ている。しかし未だに来ないのでどうしたのかと思う士郎。「とりあえず氷室さんを起こして来たら? 朝練もあるんでしょ?」「………そうだな」……………。「何やってるのよ、士郎が起こしに行きなさいよ」「えっ、俺がか?」指名を受けて驚く。士郎はてっきり女性陣が起こしに行くものだと思っていたのだ。「士郎が守るって言って家に泊めたんだから、それくらいはしなさいって話。わかった?」「む…………そういうものなのか?………わかった。じゃあ起こしに行ってくる」そう言って居間から出ようとした士郎の動きが止まった。その光景を見て首を傾げる三人。「………なあ遠坂。おまえ、いつから俺を名前で呼び捨てるようになったんだ?」「あれ、そうだった? 意識してなかったから、わりと前からそうなってたんじゃない?」凛の言葉を聞いて思い出してみる。「………なってた。昨日からすでになってた気がする」どこからか、というのは曖昧で覚えていないがすでに昨日の夕食時には名前で呼ばれていた記憶があった。「そう。イヤなら気をつけるけど、士郎はイヤなの?」尋ねてくる凛の姿を見ながら友人、一成がかつて言っていた言葉を思い出す。曰く『魔性の女』だとか。士郎は少し同意せざるを得なかった。「………いい、好きにしろ。遠坂の呼びやすい方で構わない」「そ? ならそういうコトで」疑問を解決させた士郎は居間をあとにして鐘がいる部屋へと向かった。鐘のいる部屋は和室。当然、ノックできるような扉ではない。「氷室? おきてるか、氷室?」声をかけてみるが返事がない。時刻はあと少しで長針が3を指そうとしている。彼女も朝の部活があるのだからこれ以上遅れることがあると、それこそ走るような支度をしなければならない。「………優等生の氷室でもこういうことってあるんだな」鐘は学校のテストでも常に上位にいる優等生。それくらいは勉強があまり得意ではない士郎でも知っていた。「氷室ー? 起きてないのか?」声をかけるがやはり返事は返ってこない。女性が寝ているであろう部屋に入るのは憚られるが、こうしている間にも時間は過ぎる。部活に遅刻させてしまっては彼女に申し訳ないだろう。「………お邪魔しまーす」なぜか緊張して小声になる。襖を開けて奥に敷かれている布団を見る。少し膨らんでいるところからして、まだ眠っているようである。ふぅ、と少し気持ちを落ち着かせて周囲を見渡す。布団の“すぐ傍”に目覚まし時計が置いてあった。「なんだって時計をセットしといて………」目覚ましの時計は問題なく長針が3を指している。つまりは正常に動いている。となれば当然セットされた時計は時刻通りに鳴った筈である。にもかかわらず音が止まって鐘が寝ているということは。「─────止めて二度寝しちまったってことか」彼女が寝ている部屋は生憎と家の内側に属しているため朝日は直接入ってこない。隣の部屋から差し込む僅かな光が部屋を薄暗くしていた。おそらくはその少し暗い所為もあったのだろう。意外な一面を見た士郎は寝ている鐘に近づいて声をかけようとする。が、足音が気になったのだろうか。背中を向けていた鐘がごろん、と寝返りを打ち、士郎の方へ向いた。「ん…………」寝返ったときの動きでわずかに布団がめくれ、彼女が来ているかわいらしい寝間着が見えた。小さな吐息。様子からしてまだ眠っているようである。実に安らかに眠っていた。まるで眠り姫である。が、その姿を見た士郎はそうもいかない。「───────────────」思考が一瞬で漂白される。呼吸は止まり、わずかに差し込む光で見える彼女の姿を見て眼球は固定されてピクリとも動かない。今まで同世代の女性の寝姿など見た事がない士郎にはインパクト十分であった。加えて彼女の着ている寝間着が普段とギャップがありすぎて余計に緊迫してしまっていた。「─────っ」ここで失敗は許されない。今後聖杯戦争が終結するまでは彼女と一緒に住むことになるのだ。今後の活動を円滑に進めるためにも、ここは何事も無かったかようにこの部屋から出なければいけない。ここで鐘を注視していたことを彼女に知られれば絶対何か気まずい空気になりそうな感じがすると考えて、ゆっくりと近づいた足を後退させる。本来起こしに来たのだから彼女の肩に触れて揺すって起こせばそれで終わりなのだが、今の士郎にはそんな考えは浮かばない。微熱がここで少し思考能力を鈍らせているようである。(もう少し………!もう少しで安全圏へ離脱できる!)あと4歩。それだけ後退したら何事も無かったかのように襖を閉めて外から大声で呼べばいい。流石に彼女も起きるだろう。その間にも視線が鐘から離れない。逸らせばいいだけなのに離れないのだから性質が悪い。はたから見れば眠っている女性を見てドギマギしている男性、というどこの新婚、あるいはどこの変態か、と突っ込まれることこの上ない体裁となっている士郎。が、当の本人はそんなのには構っていられない。自分がまずい状況に踏み込んだと自覚がある分余計に焦ってもいたからである。しかし─────「ん…………」「…………ぁ」眠り姫の目がゆっくりと開き、正面にいた士郎を捉えた。起きてしまった。さすがに無音の足音で外まで出ることはできない。加えて最初の声掛けの所為で眠りが浅くなっていたところに人の気配。目が覚めるのは道理である。「─────」「─────」時間が停止して互いが互いを見つめ合う。時間はすでに4を指そうとしている。「お、おはよう、氷室。………今日もいい朝、だな」もはや見つかった以上は逃れることはできない。何とか体裁だけは整えようと挨拶をする。だらり、と嫌な汗がでてきそうであるが。というかその言葉はどういう意味だ。「…………衛宮?」寝起きの鐘はその声を聞いてはっきりと理解する。そして─────「っ!!??」自分の状況を確認して布団を被った。そんな彼女を見て余計に焦燥感が拭えなくなった士郎。「ひ………氷室? その、とりあえずもうすぐ6時半になるから起こしに来たんだけど………」「わ、わかっている。すまなかった。が、なぜ衛宮なんだ。美綴嬢でも遠坂嬢でもいいだろうに………!」「あー………いや、遠坂に『守るって言ったんだからそれくらい責任持て』って言われたから」「遠坂嬢か………」何やら含みがある声だったが気にしないことにする。というより昨日から行われてる凛の“鐘いぢり”をちょくちょく見かけるような気がする。「だ、大丈夫!別に変なことはしてない!本当にただ起こしに来ただけだから!」必死に今ここにいる理由を説明するが、雰囲気は変わらない。「………ではなぜ君はそんなところで固まっていたのだ?」布団の中から頭を出して尋ねてくる。その視線を浴びて顔を逸らしてしまう。「いや………気にするな」「………そういえば、先ほど言っていたな?」「へ?」目が点になる。何か言っただろうか?「………いい朝だ、とかなんとか。………私の寝姿を見ていい朝、というわけか衛宮」「 」どっと冷や汗が噴き出した。というか微熱が一気に高熱にまで上昇したんじゃないだろうか?対する鐘は鐘で顔が赤くなって怒っている………ように見える。「イ………イヤ? ソ、ソンナ他意トイウカ、変ナ考エハデスネ………」勿論士郎に他意はない。ただ場に困ったが故の苦し紛れの挨拶だったのだが、それが逆に首を絞めている事に今更ながら気が付いた。これではただの変態である。傍に置いてあったメガネをかけて再度士郎の顔を見る鐘。「そんなに見物だったか………私の姿は」何やら怒っていそうな雰囲気を感じたので言い逃れはやめる。というか一人眠る女性の部屋に男性が入ってきた時点で間違いだったのである。「………いや、本当にすまん。起こしに来たところで氷室が寝返り打って、服見えちゃって。で、停止していたところで氷室が起きて以下略します」「ということはやはり私の服は見たのだな………」ジトリ、と視線を浴びてしまうが勘違いされないように誤解をとこうとする。間違っても変態レッテルは張られたくないし、侮辱するようなことも考えていない。というか生活一日目でそんなことを思われてはもう彼女に頭が上がらないです、はい。「い、いや。固まってた理由は『変』とか『似合わない』とかじゃない。そうだな………その、意外っていうか『似合ってた』とかそういう系統に入ると思う」言ったはいいが、また場が静寂に包まれてしまう。が、これは本心であり偽りはない。故に後は鐘の返答を待つのみなのだが、時間停止したように鐘からの返答がない。「…………そうか」少し間があったものの、ふぅ と一息ついて返答が返ってきた。「すまなかった、衛宮。私が起きるのが遅くて手を煩わせた。すぐに着替えるから待っててくれ」「ああ、わかった。メシ、用意してるからな」布団を被ったままの鐘のいる部屋から出て居間へと向かう。時刻は6時20分。今から出ないと7時の朝練には間に合わないだろう。「あら、遅かったわね士郎。何かあったの?」居間には凛とセイバー、綾子が朝食をとっていた。「…………いや、特に問題はない。返事がなかったんで少し手間取っただけ」座り込んで目の前の食事に手をつける。まあ間違ってもこの三人には言えない。少しだけ時間が経ってしまったが味噌汁は温かかった。─────第四節 代替とされた犠牲者─────時刻は午前6時半を少し越えたあたり。士郎と鐘はまだ食事をしていた。他の3名よりも食べ始める時間が遅かったからである。「じゃあ士郎、私たちは先に行くからね?」綾子と凛はそう言って学校へ向かった。弓道部には朝練があるのでこの時間帯に出ないと7時には間に合わない。で、一人にするわけにはいかないということで凛は綾子と共に登校したというわけである。「氷室は朝練大丈夫なのか? 大会近いんだろ? 練習とかは………」「ここからだと30分はかかるのだろう? 今から出ても遅刻してしまうし朝はキッチリ食べなければ今日一日の行動に影響もでる。幸い朝は強制参加ではないから問題はない」「………まあ氷室がそう言うなら」TVのニュースを見ながら食事を進めていく。芸能ニュースや天気予報、スポーツニュースと話題が変わっていき………『次のニュースです』画面が切り替わり、次のニュースへと変わる。『昨日夜、深山町の路地裏で女子高校生が倒れているのを通行人の男性が発見、警察に通報しました』映し出されるのは学校からそう遠くない位置にある建物の路地裏。『発見された女生徒は、穂群原学園の女子学生“蒔寺楓”さん ●●●●●●●●●●●●●●●●●で─────』眺めるようにそのニュースを見ていた二人は突然聞き覚えのある名前を聞いて固まった。セイバーも目を細めて、そのニュースを見ている。二人の箸は止まっていた。TVを注視する。そこに出ているのは紛れもない彼女の名前だった。『病院に搬送されましたが、意識は回復しておらず、また体に不自然な痕が残っていることから何らかの事件に巻き込まれたものとして─────』「蒔の字………」「なんで………蒔寺が」理由はわからない。しかしこの報道が嘘ということは考えられない。そしてここにいてもこれ以上のことはわからない。「氷室、とにかく学校に行ってみよう。何かわかるかもしれない」「あ………ああ」残っていた朝食を適当に片付けて学校に向かう。「セイバー。悪いけど、茶碗だけ洗っておいてくれないかな」「わかりました。シロウ、ヒムロ。二人も気を付けてください」「ああ………わかった。家は任せた、セイバー」「いってきます、セイバーさん」二人が駆けて出て行くのを見送って居間に戻る。TVにはまだ先ほどの続きが流れていた。『なおこの事件は最近三咲町で起きた“吸血鬼事件”と似ている部分があり、警察はそれらと関係があるかどうかを─────』