第16話 暮れ泥む冬の空4番選択 (※おまけ有 そのため通常の約1.8倍とかなり長い話となっています。あと一部多少ネタ含んでます)─────第一節 魔術師と魔術使い─────「決めた。結界を張ったヤツを見つけよう」そう言って校舎の中を散策することに決定する。それもこちらから相手を見つける手段がない以上、向こうからの接触を待つしかない。相手が士郎をマスターだと知っていなければ意味がないが、こちらはまだ可能性がある。昨日の巡回で多少なりとも効果があったと信じたい。セイバーが言うには、サーヴァントも連れずにマスターが出歩いていれば、他のマスターは必ずなんらかの行動を起こす、と言っていた。日中はそんな気配は微塵も感じられなかったが、陽が落ちようとするこれからの時間なら接触してきてもおかしくはないだろう。綾子と鐘の様子を見に行ってもよかったかもしれないが、それぞれ部活があるし部員もいるだろうから一人になるようなことはないだろう。バス停に行くにはまだ早すぎる。予定の時間まで一時間もあるのだ。セイバーだってまだ来ていないだろう。「─────」ここからは細心の注意を払わなければならない。最悪のパターンはノーアクションでサーヴァントからの襲撃を受けること。この手を取られたら全力で逃げるしかない。サーヴァントの力は今までの経験からいやというほど思い知らされていた。しかし逃げるだけなら何とかなるかもしれない。ランサーからも辛うじて学校から逃げ出せたのだから。それに今朝知ったマスターとしての切り札………令呪の使い方。これを使えば逃げずに対処は出来るだろうが、あくまでそれは最終手段として取っておく。まずは適当に周囲を散策する。主に窓から下を覗いて、不自然な人間がいないかどうか。普段人があまり入らないような場所に目を向けてみる。しかし、やはり普段通り人はいない。ところどころ特に不自然に感じるところを記憶しながら校舎内を散策する。結界が張られているとわかっていても自分では壊すことができないのが歯がゆい。屋上。先ほど鐘と一緒に居た場所。上から下を見下ろすには絶好の場所だろう。先ほどと同じように不審者がいないか探す。が、やはり見当たらない。グラウンドでは陸上部が走ったり跳んだりしている。鐘もまたその中にいた。その姿を一瞥して再び校舎の中へ戻る。上の階から順番に見て回る。不審者、不審物。何かあったら………と思って常に注意を払っているが見事にスカしている。「…………今日はいないのか?」そう呟きながら開いている教室を見て回る。が、誰もいない。廊下に戻る。外はすでに茜色の空となっている。夕日は地平線に沈み始め、あと一時間くらいすればすっかり暗くなるだろう。いつもの鞄ではない鞄を手にぶら下げながら階段を下りようとする。その時、がたん、と頭上で音がした。「?」何の音かと思って頭を上げる。そこには「…………」上の階へと続く階段の踊り場で仁王立ちしている遠坂 凛が立っていた。おかしいな、と考える。4階は一通り見て回ったが人の気配はなかったし事実誰もいなかった。だが、それほど驚くこともなかった。士郎が別の教室に入ったときに彼女が上にあがって階段で鉢合わせしただけだと思ったからだ。しかし。その考えは一瞬で破棄させた。セイバーが言っていたことを思い出す。自分が一人になったとき、相手は接触してくる。今はまさにその状態。「まだ『こんにちは』の時間よね、衛宮くん。………少し、時間はあるかしら? ま、ないって言っても無理につくってもらうけど、ね」残陽はその人の影を後光のように美しく照らし上げ、微かに窺える表情は天上の笑顔。その立ち姿はさながら女神のような振る舞いだろう。しかし、今の士郎にはそう映らなかった。何も知らなければそう映っていたかもしれないが、士郎は知っている。彼女だとは思っていなかったが、タイミングを考えるとそう考えるのが妥当だろう。「────ああ。こんにちは、遠坂。俺も少し話があるんだけど、時間は………いいよな」そう精一杯の強がりを口にした。上と下。反するカタチで相手の瞳を睨みつける。こうやって対峙していても、士郎は信じられなかった。成績優秀、穂群原一の優等生、憧れの対象たる遠坂 凛が、こちら側の人間───魔術師であり、聖杯戦争の参加者───だったなんて。否、それはどうでもいい。信じられなくとも理解は出来る。こうして相対している以上、彼女がマスターである事はほぼ間違いない。この学校の中に敵のマスターがいると知った時点で、それが誰であろうと受け入れる覚悟は出来ていたのだ。だから今の士郎は冷静でいることができる。士郎は何も知らない部外者ではなく、知った上でここにいる当事者なのだから。だが彼女がこの学校に結界を張り、何も知らない他の人達を巻き込もうとしている事だけは、信じたくはなかった。「へぇ? 結構冷静ね。私が何で声をかけたか、判ってるってことかしら?」「…………そのつもりだ」「…………でもその割にはサーヴァントも連れないで出歩くなんて正気?」感情の無い声が聞こえてくる。「見ての通り、俺は一人だけど? んで、遠坂には俺が気が狂っているように見えるのか?」内心の焦りを見せないようにできる限りの演技をする。こんな言葉を言ってくるということは近くに彼女のサーヴァントが存在しているのだろう。今は姿が見えないがどこで見ているかわからない。となると、これは不利である。が、まだ自分のやれるだけのことは全くしていないのでまだセイバーは呼ばない。「………そう。考えがあって………てコト。じゃあ、素人魔術師の衛宮くん? その考えってものを訊かせてくれるかしら?」答えなければどうなるかわかってるわよね? 士郎にはその言葉も付随されたように聞こえた。ここでやられる訳にはいかないし、そもそもその考えも隠すようなことではないので正直に話す。「………こうして一人になれば、俺がマスターだって知ってる奴なら向かってくると思った。んで、そいつに少し言いたいことがあったんだ」「なによ」棘のある口調。いつもの優等生然とした遠坂からはかけ離れた声色だった。が、そんな彼女のイメージ云々よりも今はこちらの方が大事。「遠坂。今すぐこの学校に張った結界を解除しろ」「─────はぁ?」「惚けるなよ。この学校に結界が張ってあることは知っている。どんな効果があるか詳しくは知らないけど、明らかに悪いものだというのはわかる。学校の人間を巻き込むようなマネはするな」精一杯、力を込めて凛を睨む士郎。彼女がサーヴァントと口に出して問い詰めてきた以上は彼女がマスターであることは揺らぐことはない。この学校にいるマスターは結界を張ったヤツで、つまりそのマスターは目の前にいる遠坂 凛だ。そう結論を導き出して凛に問い詰めるのだが…………「─────って………おい、遠坂?」目の前の少女から凍てつくような気配が周囲を覆い始めた。たらり、と何か嫌な予感に囚われる士郎。「───へえ、面白い冗談を言うのね、衛宮くん」パキリと。その凍てついた空間に亀裂が入ったような音が聴こえた。無論、比喩ではあるのだが今の彼女にはその幻聴すら聞こえさせるようなオーラを発していた。「え………えーっと? と、遠坂、さん?」今度は士郎が困惑する番だった。怒りに打ち震えるような様を見せる彼女が、左手の袖を捲り上げて中空にかざした。「………?」白く細い腕。女の子らしいその腕に、ぼう、と。燐光を帯びた、入れ墨のようなモノが浮かび上がった。「───な」令呪ではない。士郎は持っていないが、魔術師の証と言われる魔術刻印とかいうものではないだろうか。「説明する必要はないわよね?────あと、死んだら聞けないでしょうから、先に言っておくわ」「なにを…………っ!?」士郎が問いただす瞬間に、蟀谷部分に何かが掠った。ぱん、という乾いた音が二人しかいない場所に反響し、視線を後ろに下げてみると弾痕のようなモノがあった。否、弾痕と呼ぶにはそれは大きすぎた。拳大の焼き跡が廊下の床に亀裂を奔らせながら、ゆらゆらと煙を上げている。「は………?」「いくら素人っていっても、ガンド撃ちこれくらいは知ってるでしょ?」ガンド。北欧に伝わる呪いが起源。対象を人差し指で指差し、呪うことで体調を崩させる、というもの。そのフォームゆえに「ガンド撃ち」とも呼ばれる。「人を指差す行為は失礼にあたる」というのはこれが由来なのだとかいう話もある。以上のように本来は呪詛の類なのだが、強力なものになるとその魔力は魔弾と化し、物理的破壊力を伴うようになる。この強力なガンドは特に「フィンの一撃」と呼ばれる。(いや、ちょっと待て。それでも威力おかしくないか………?)自分の中にある僅かな知識を引き出して、今後ろにある弾痕と比較する。「私じゃない」凛は指先を士郎に突きつけたまま、そんな言葉を口にした。「………なんだって?」「結界を張ったのは私じゃないって言ったのよ。どこのどいつだかは知らないけど、この学校にはもう一人、魔術師がいる」てっきり凛が学校に結界を張ったのだと思い込んでいた士郎だったが、確かに三人目がいれば彼女だと断じる根拠はなくなるかもしれない。しかし。「証拠でも………あるのか?」嘘をついてる可能性もゼロではない。聖杯戦争という殺し合いに参加している以上、腹の探り合い、言葉の駆け引きはあって然るべきである。ましてや無関係の人間を大量に巻き込む結界を苦もなく張るような輩は、そんな嘘で心を痛める筈がない。だから凛の言葉をそのまま鵜呑みにする事はさすがの士郎にも出来なかった。「私じゃないって証拠はないわ。けどね、私は魔術師として外れた者を、目の前で堂々とこんな真似をする奴を許すつもりなんて毛頭ない。───遠坂の名に懸けて、この意志に嘘は絶対ないわよ」この言葉だって嘘かもしれない。けれど、彼女の真っ直ぐな目を見て、彼女の言葉が本心であり嘘偽りなんて欠片もないとわかった。少なくとも、人を躊躇なく巻き込める奴ができる目ではない。「…………。いや、悪い」両手を上げ、他意はない事の証とする。「そうだな、疑って悪かった。ごめん、遠坂」「────へ?」彼女の間の抜けた声が聞こえてきた。「だから悪かったって。遠坂はこの結界を張ったヤツじゃないんだろ? じゃあ俺はそれを信じることにする」士郎はむしろそうであって欲しいと願っていた。そこに見えた彼女の意志。ならば彼女を信じようと決めた。それなら凛と敵対する理由もないし、あわよくば協力してこの結界の主を探し出すことも出来るだろう。「………何? 私の言うことを信じるの?」「? おかしな奴だな。信じてもらいたいから言ったんだろ? 嘘じゃないってわかったんだ。だから俺は信じるって言ったんだ」躊躇いなくそう言う士郎を見て凛ははぁ、と小さくため息をついた。「ねぇ、アーチャー? こいつ、バカなんじゃないの?」「今頃気づいたか。私はこいつを一目見た時からわかっていたぞ」すぅっと音もなくアーチャーが凛の傍に実体化する。「アーチャー………!遠坂、アーチャーのマスターだったのか」「ええ、そうよ。驚いた?」それは驚くだろう。大橋でセイバーに攻撃を仕掛けたのはアーチャーと聞いていたのだから。「………まあ驚いたけど。今はそんな話じゃなくて、結界の話だろ。遠坂じゃないとするなら誰か心当たりがあるのか?」話がずれかけたので軌道修正する。しかしそんな修正もアーチャーの前では無意味だった。「ふん、根拠もなく敵の言葉を信じるなど、莫迦以外がする所業ではあるまい。一目見て判っていたが、これで裏付けされたようなものだな」鼻で笑って見下すアーチャー。その姿がなぜか無性に腹が立つ。「お前………ばかばかって………!」士郎はアーチャーを一目見た時から合わないと感じていたが、ここにきてそれが明確になった。ここで文句の一つも言っていいかもしれない。が、ここは我慢して無視。所謂精神攻撃(無視)。「………で、遠坂。返事は?」「さっきも言ったと思うけど。もう一人魔術師がいる。この魔術師が誰かわかっているならこんな言い回しはしないわよ」「─────む。そうか。それもそうだよな………」そう呟いて考え込む。結局結界を張った主はわからずじまいだ。「………………」「………………」「な………なんだよ?」二人からの視線が妙に痛い。今日は何か無言のプレッシャーを浴びてばっかりだな なんて感傷に浸る。「アーチャー、帰っていいわ。私一人で十分よ」「何?」「私が引導を渡すって言ったのよ」「なら君がやる必要などないだろう。私が速やかに殺して見せるが?」アーチャーがそう言った直後、彼の手には二対の剣が握られていた。白と黒の夫婦剣。自然とその剣に目が惹かれる。不意にも美しいとすら思ってしまった。「必要ないわよ。それともアーチャーは私があいつに負けると思ってるの?」「まさか。奴に敗れるような君ではあるまい」「なら黙って帰る。“私が”決着をつける」やれやれ、という面持ちを見せてアーチャーは再び空に消えた。「………なあ遠坂、その消えるのってどうやるんだ?」「は?」何気ない質問だったのだが、どうやら凛にとっては意外な質問だったらしい。「え………っと、俺、変な質問したか?」「………ええ。かなりすごい質問したわよ、衛宮くん」そう言って降ろしていた指を再び向ける。「じゃあ、ど素人の衛宮くん。これから行われることはわかっているわよね?」出会った時と同じように、上と下という位置関係は変わらず互いを見据えている。ただ違う点があるとすれば彼女の指先が士郎に向けられている事と、その彼女が結界の主じゃないと判った事だけ。後者は士郎にとって朗報である。また新たに魔術師を探さなければならないから一概に喜ぶワケにはいかないが、安堵していた。ただ前者の、敵意満々で睨まれているこの状況をどうするべきなのだろうか。「その指、下してくれないか?」「却下。あんた、今さっきの会話聞いてたでしょ。それすら覚えてないとか言わせないわよ」「…………そこまで呆けてないけどさ。戦う理由がないだろ?」「何いってるのよ、やっぱりあんたバカでしょ」「バカって………いや、まあいいや。遠坂は結界を張ったヤツじゃないんだろ。むしろ止めたいとさえ思ってる。ならさ、遠坂と敵対するだけの理由がないし、それがないってことは戦う理由がないってことだろ」士郎がそもそもこの聖杯戦争に参加した理由が『狙われている氷室を守る』ためである。少し拡大解釈して『無関係な一般人を守る』ということでもある。つまりは巻き込むような奴を止めるのが士郎の目的であり、目的を同じとしている凛と敵対する理由が彼にはなかった。「言わなきゃわからないの? マスター同士が出会った場合、やることは一つ。殺し、殺されるのを了承してこの舞台に立っているのだから───」「ま、待て!俺は遠坂とは戦うつもりは────っ!?」「貴方にはなくても!!」ドンッ! とガンドが発射された。うわっ! と咄嗟に跳び退いて何とか回避する。「私にはあるのよ! 覚悟なさい、衛宮くん!!」ドンドンッ! と次は二連射。(まずいっ!)そう思って階段の前から跳び退く。「安心しなさい。殺すつもりはない!」ドドドドドッ! ともはや何発連続発射しているのかわからないくらいの発射音を響かせてガンドを放ってきた。「うおおおおおおっ!?」ガンド撃ちがどんなものか、というのは知識にあったがしかし。「ガトリング並とか聞いてませんけど────!!?」とにかく距離を取って隠れようと廊下を走る。壁や床に生々しく弾痕が植えつけられて、煙をあげる。「殺すつもりはない!? 当たったら死ぬぞ!」「大丈夫よ! 当たり所がよかったらね!」凛が廊下に出てくると同時に飛来してくるガンドの量が途端に増えた。まずい、と内心焦る。廊下は直線。隠れる場所がないし、体勢も立て直す必要がある。今は身体を強化していない。走りながら走っている身体を強化するのは中々に困難。一度停止して強化をすれば身体能力は向上するが、止まることは死を意味する。「とにかく!!」近くに扉の開いていた教室があったのでそこに逃げ込む。頭部を掠ったが直撃しなかったので本当によかった。「同調、開始トレース・オン!」自己暗示の言葉を発して自分の身体能力を強化する。少なくともこれ以上のガンド撃ちをされると通常の身体能力ではまず回避できないし逃げ切れない。「って………もう来たのかよ………!」走ってくる足音。辛うじて身体能力の強化には成功していたが、どうすればいいか、という思慮時間までは与えてくれなかった。教室の後ろの出口付近にいた士郎は前の出口に向かって走り出す。それと同時に壁を貫通して後ろの出口付近から放射状にガンドが放たれた。「見境なしかあああああああああっ!」強化された身体能力で一気に教室の前まで走り抜けて反転する。後ろの出入り口から凛が入ってくる。二人は前後の出入り口の扉に手をかけた状態。距離は約4メートル。強化された士郎の身体能力ならばこの距離からのガンドはぎりぎりよけられるだろうが、ガトリング弾のようなガンドを全てよけきれるとは思わなかった。「逃げるっ!!」廊下に跳び出て別の階段の方へ全力疾走。「待てって言ってんでしょ───!!」廊下に跳び出た凛が同時にガトリング並の連射力でガンドを撃ってきた。というかもはや発射音がリアルな銃声にしか聞こえない。「冗談!あんなの相手にできるか! 戦力が違うぞ、戦力がっ………!」相手はガトリング並みの連射力を持ったガンドに対して、こちらは使えても強化魔術。他にも気配遮断や認識阻害など一見有用そうな魔術を使えるが、残念ながらこんな切羽詰まった状況で即座に使用はできない。そもそもそれらの魔術は士郎にはあまりあわない。使えるだけであって、使おうとすると強化に使用する魔力と時間よりも大幅にかかってしまう。「そこ、動くな────!!」「っ─────!?」もはや直感だけを頼りに狭い廊下を咄嗟に横に回避する。同時に。ばきゅん!! とこれまでの連射型の音とは違う不気味な銃声が鳴り響いた。「なるほどなるほど、ガトリングとは別に一発の威力重視も撃てるってわけか~」あははははーと直撃した壁を見る。明らかにさっきみた弾痕よりも大きい弾痕があった。「ふざけるなああああああっ!?」体勢を立て直して階段を跳び下りる。身体能力を上げたからこそできる『秘儀 階段全跳ばし』。一気に中間の踊場までジャンプで跳び下りる。「~~~~!!」足元から痺れやってきたが「逃がすか──!!」背後に現れた凛も同様にジャンプで下りてきた。が、彼女は士郎と違ってスカート。加えて全跳ばしなんてやるもんだからスカートがめくりあがりそうになる。「うぇ!?」「っ!」両手でスカートがめくりあがるのを防ぐがその所為で着地に失敗し、彼女もまた両足から痺れがやってきた。「こんの………!」ギロッ! と士郎を睨めつけるが当の本人は別のことに気を取られていた。「い、いや遠坂? 気をつけろよ? スカートの中、………見えるぞ?」カチリ。士郎君はたった今彼女の地雷を踏みました。「こ………殺すっ…………!!」ばきゅん!!「だああ!!」再び跳び下りて距離をとる。威力性のガンドを紙一重で回避してすぐ傍の教室へ駈け込む。再び袋小路。残された思慮時間は僅かしかない。その中で必死に考える。「そうだ………武器。武器があれば」そう言って周囲を見渡す。身を守るための武器。それさえあれば何とか切り抜けられる。と、ここで自分の握っているものに目がいった。「…………また鞄か」そして即席の武器。もう何度目の即席なんだろうか なんてため息をつきながら「同調、開始トレース・オン」本日二回目の呪文を唱えた。─────第二節 人間同士の戦い─────「あはははは!何それ!? 勇者ごっこのつもり!?」教室に入るや否や士郎の持っていたものを見て笑い出す凛。一方の士郎も自分のやってることに半ば涙を流しながら、しかしこれしか手段がないということで現在の状態になっている。左手に盾。右手に剣。否、補正しよう。左手に鞄。右手に箒。「ぷっく………くくく。笑い攻めって初めてよ。でもまさか、それで逃してもらえるなんて思ってないわよね?」左手が士郎に向く。「笑わせる事で逃がしてもらえるなら何度でも笑わせてやりたいんだけど?」じりじりと出口へと近づく。が、牽制のガンドを足元に食らい、動きを止められる。「ま、当然無理ね。さあ、もう後がないわよ。そんなもので本当に身を守れると思ってるわけ? 諦めて投降なさい」「断る。止まる気はないし、負けてやるつもりもない。それにこれで戦えないかどうかなんて、やってみなくちゃ判らないだろ?」お互い魔術師なんだからさ、と付け加える。凛は士郎が強化の魔術を使用していることに気が付いている。彼から発せられた魔術反応。階段からの跳び下り。そして彼の今の行動。ならばあの鞄と箒にもそれぞれ強化がなされているのだろう。となると、あの手に持っているのは間違いなく盾と剣。ならば近づかなければいいだけの話。強化されたとは言っても所詮は鞄。いずれ突破できるだろう。「ふうん、面白い冗談ね? お笑い芸人になれるんじゃない、衛宮くん?」ただし「生きて帰れたらの話だけどね─────!」ドドドドドッ!! と銃声が発せられる。それを盾である鞄で防ぐ。彼女が取った行動は完全な数攻め。とにかくうちまくって彼の鞄を壊し、足を止める。剣である箒ではこの数を迎撃しきれないだろう。ならばあとは壊れるまで破壊するだけ。「ぐっ………うううう!」対する士郎は劣勢である。彼女の連射するガンドは命中精度がいい。つまり、彼女が意図して指を動かさない限りほぼ着弾地点は同じである。故に幸運にも鞄で防御できた。これが命中精度が悪く、ブレるようなガンドだと鞄一つで防御はできなかっただろう。箒については彼女を攻撃するつもりは毛頭ないが、威嚇程度になればと思い武器を用意した。しかしこの距離だと威嚇も何もない。接近戦ならば剣に分があるだろうが、距離が離れていれば銃が強いのは当たり前だ。だが────「何も………鞄だけ強化したとは言ってない!」放たれる攻撃の最中に剣として持っていた箒を投げつける。「武器を捨てるなんて自棄かしら!?」それを難なく威力性のガンドで打ち抜く凛。打ち抜かれた箒は真っ二つに折れてしまった。「ふん、強化の魔術っていっても衛宮くんじゃその程度かしら?」「はっ!!」一瞬だけ止んだ隙に近くにあった机を身体能力で底上げした脚で蹴り上げる。「っ!」咄嗟にその机に向かって再び連射性のガンドを放つ凛。しかし貫通しない。「この………!なんで!」咄嗟に回避して再び士郎に視線を戻す凛。この行動はランサー戦と同じ。投げつけて視線をそちらに集中させて、自分は退避する。すでに凛の目の前から士郎は去っていた。実は箒には強化魔術を一切施していなかった。なので当然ガンドを受けて真っ二つに折れる。しかし凛は箒に魔術を行使していると思い込んでいた。その状態で箒が折られたのだから当然『威力重視のガンドなら容易く突破できる』と思い込む。そこに放たれる机。強化していないと思い込んだ凛は威力性のガンドではなく連射性のガンドでその机を迎撃しようとする。が、この机には強化魔術が施されていた。威力性ならば貫通したかもしれないが連射性のガンドだと盾である鞄と同様に貫通することはできなかった。故に迎撃できずに蹴られた勢いそのままで突っ込んできた机を回避せざるを得なかった。で、その隙をついて士郎は脱出。「やってくれるじゃない…………!」目の前で起きたことを即座に理解して廊下へ逃げた士郎を追う。◇「ここまで巧く行くとは思ってなかったけど、なんとかなるもんだ」階段を駆け下りながら、憤怒の形相をしているであろう優等生の顔を思い浮かべる。(………あれ、まるっきり別人だよな)昨日まで、というよりついさっきまで士郎の中にあった遠坂 凛像がガラガラと音を立てて崩れていく。そして今の彼女が素で、あの優等生然とした方が猫被りなのだと、なんとなく解ってしまった。二段飛ばしで階下へと足を急がせ、とうとう一階へと辿り着いた。人気は少ない。が、二階や三階のように無人というわけではない。近くに人影はないが、遠く、廊下の向こう側の方に薄く人の姿が見える。このまま人気の多いところまで逃げ切ってしまえば、流石の遠坂も追っては来ないだろうと思った───その矢先。「逃がすかあ!」ドクンッ と背中に何か熱いものが直撃した。「っ────!?」ガンドである。体を貫通しないところを見ると、比較的魔力は込められていないようだが、途端に体が重くなった。ガンドは呪い。体調を崩す病気のようなもの。食らった時点でそれは効きはじめる。強化を施していなければ一瞬で意識がブラックアウトしていたかもしれない。そして次にくる攻撃には反応する暇さえなかった。眼前に舞い降りた凛は口元に笑みを貼り付けたまま、士郎に向けてガンドではなく胸に寸頸を打ち込んだ。「がはっ!?」予期していなかった攻撃に思考は停止し、たたらを踏む。今現在士郎は身体能力を強化している。その強化したうえで怯んでしまった。凛もまた強化を使い、彼に攻撃を加えていたのだ。故に互いの攻撃力と防御力が上がった今、互いの強化魔術は意味を成さず、結果として生身で互いに打ち合っているのと同義となっている。「ぐっ………この!」何とか離れようと手に持っていた鞄を振り回す。だが、それを凛は難なく回避して、よろめいた士郎の意識を刈り取ろうと追撃をしかけた。ドコッ! と完璧に腹に入る。「は………ぐ………」呼吸が一旦止まった。しかし意識だけはまだ何とか保っている。とにかく反撃しなければ と思って闇雲に正面にいる凛を殴ろうとする。突き出された拳。しかし パァン! という音を立てて防がれた。対打を以って相殺されてしまったのだ。驚愕を隠せない士郎を余所に突き出された腕を使って凛は一気に大纏に持っていく。「な、え、………っ!」体勢を崩されて地面に叩きつけられた。倒れた士郎の上に座り込むように乗り、動きを封じる凛。そして眼前に指を突き立てて一言。「………チェックメイト」皮肉にもその言葉は先日ランサーの一件で使われた言葉。あの時は見事逃げきることができたが今回は完全に捕まった。捕まったうえで、彼女の指が黒く光る。「大丈夫、殺しはしない。けど………しばらくは眠っててもら………!?」言いかけた直後、凛はその場から跳び退いた。直後に近くに何かが落ちる音がする。見事なまでの攻撃二発と、背中からの叩きつけで意識は朦朧とする。一体何が起きて彼女が跳び退いたかわからなかった。何かが近づいてくる。その方角を見て、その姿を見て─────「………氷室?」そんな一言を呟いた。◇一体何の悪い冗談だろうか。午後6時前。私は先にバス停前にいたセイバーさんと美綴嬢と三人でまだ来ていない衛宮を待っていた。しかし6時になってもまだこないため、様子を見に帰ってきた。セイバーさんもついていくというようなことを言っていたが、平日の学校でそれをされては敵わない。美綴嬢と二人で探してくると伝えて彼女には待ってもらった。二人で手分けして彼を探していたところに聞こえてきた音。一体何の音かわからないまま様子を伺ってみると、そこから出てきたのは衛宮と、同じクラスメイトの遠坂嬢だった。跳び出て逃げ出してきた衛宮とそれを追いかけるように出てきた遠坂嬢。「何だ………?」二人が出てきた教室内を見て唖然とする。まるで戦闘の痕。壁には弾痕のような痕があった。そして理解する。これは魔術師同士の戦いだと。ならば遠坂嬢もまた魔術師で衛宮と戦っているということは容易に想像できた。「どうすれば………」いいのかわからないまま、とにかく階段を下りて行った二人を追う。とにかく衛宮を助けよう、 そう考えて階段を下りた先に見た光景はその衛宮が遠坂嬢の中国拳法にされるがままの光景。「チェックメイト」その言葉を発したと同時に彼女の指が黒く光る。その言葉には聞き覚えがあった。そう、その言葉はあの時の夜と同じ─────気が付いたときには手に持った鞄を遠坂嬢目掛けて投げつけていた。普通なら気づかないような、例え気づいても避けれないような距離を彼女はいともたやすくよけてしまった。遠坂嬢が離れた所で駆けつける。彼の意識は朦朧としており近づく私を見て「氷室…………?」と小さく呟いただけだった。◇「衛宮!大丈夫か!?」想像以上の反応をされた鐘は彼を抱える。ガンドを直に一撃食らって、しかもその後に中国拳法、八極拳をもらってしまった。どれだけ強化を施してもガンドの呪いを無効化させるようのことはできないし、同じ強化を以ってして攻撃してきた凛の攻撃は軽減できなかった。「氷室さん─────か。そう、見ちゃったわね」少し離れた所から凛が駆け付けた鐘を見てそう漏らした。「─────遠坂嬢、まさか君が魔術師だったとは………」驚いた顔で魔術師、遠坂 凛を見る鐘。対する凛は特に驚いた様子もなく「そ、私は魔術師。そういうあなたも衛宮くんの協力者ってことね」そして指を向ける。その指は黒く光っている。「大丈夫よ、氷室さん。殺しはしない。貴女の方は記憶を、衛宮くんの方は令呪と記憶を消して終わらせるから」「な………え、令呪?」令呪。その言葉を聞いて思い出すのはセイバーとの家での会話。たしか令呪とはサーヴァントを繋ぎとめる絶対命令権だった筈。そして彼女は物騒なことを平然とした面持ちで言っていた。記憶を消す?「そ、令呪。それを剥がしてマスターの権利を剥奪する。神経も一緒に剥がさないといけないから想像を絶する痛みにのたうち回る事にはなるでしょうけど、腕の一本くらい、死ぬよりはマシでしょう?」そしてその言葉はさらに想像の上を行った。目の前にいるのは知っている顔をした知らない人物。そう結論が出るが遅い。冷たい目が鐘と士郎を見抜く。「じゃ、おやすみなさい、衛宮くん、氷室さん」ドン! とガンドが発射される。訳がわからないまま、しかし飛来するガンドを脅威と感じて咄嗟に士郎を抱え込むように下を向いて瞼を閉じた。だが、そのガンドは誰に命中するわけでもなく、士郎の持っていた鞄によって防がれた。「…………まだ抵抗する気なのね」「あたり前………だ………!」抱えられていた士郎が目を覚ましてガンドを防いでいた。鐘と一緒に立ち上がるが、先ほどまでの覇気はない。ガンドの呪いが効いてきているのだ。「抵抗するな、とは言わないけど。しないほうが身の為よ。じゃないと………本当に苦しくなる」息が上がっている士郎を見て少し俯きながら、しかしはっきりと宣告する。「けど………!俺はこれを放棄するつもりは………ない!」対する士郎は前を向いて、朦朧とする意識の中でもはっきりと答えた。「そう………。なら、徹底的に─────」『きゃあああああああああ!』「「「!?」」」悲鳴を聞いて三人が悲鳴の聞こえた方向─────非常口へと視線をやる。その傍に未だ残っていた女生徒が床に倒れる様を目が捉えた。「─────!」ふらつく体に鞭を打って走り出す士郎。「え、ちょ─────衛宮くん!?」「衛宮!?」「話はあとだ………!あの生徒を助ける!」それだけを言って走り出す。凛が見たかどうかは判らないが、士郎は見た。鐘ももしかすると見えたかもしれない。あの女生徒が倒れるほんの少し前。黒い影を────※おまけ11番選択「…………」陸上部が活動しているグラウンドへやってきた。相変わらず短距離走のエースさんが一年生を追いかけている。「─────いや、だからあれ止めなくていいのか?」昨日も思った事だが、今一度呟いてみる。だが、士郎の近くには誰もいない。彼の呟きに答える者は誰もいない。視線は走り高跳びの方へ向く。走り高跳びをしている鐘の姿を見つけた。「しかし氷室は─────」本当に楽しそうに跳ぶよなぁ なんて感想を漏らした。「衛宮くん、鐘ちゃんを眺めてどうしたの?」「っ!?」心臓が一瞬止まりかけた。慌てて後ろを振り向いてみると、陸上部マネージャー、三枝由紀香が立っていた。「あ、あ、ごめんね? 驚かせるつもりはなかったんだよ?」あったかオーラ全開で謝ってくる由紀香。「あ─────いや。大丈夫」ちょっと心臓がバクバクなっているのを感じながら「ところで三枝は何してるんだ? こんなところで」と、問いかけた。陸上部のマネージャーなのだから何か用意をしていたのだろうか、と思いながらその両手を見るが特に荷物らしい荷物は持っていない。「え………とね、遠坂さんを探してたんだ」「遠坂? 何か用事があったのか?」「うん、遠坂さんの近くに“白い髪の赤い服の男の人”がいたから誰かなって聞きたかったの」「…………?」由紀香の言葉を聞いて文字通りはてなマークしか浮かんでこない士郎。はて、学園のアイドル『遠坂 凛』の近くにそんな男はいただろうか?っていうかいたらこの学校の『遠坂 凛ファンクラブ』なるものが黙っていないと思うのだが。「え………っとそれ、どこら辺で見たんだ?」どこか………そう、新都の街中でショッピングでもしていた、なんてことになれば大ニュースだろう。しかし、そんな大ニュースならこの学校でもっぱら噂になっていそうだが………。「学校だよー」「─────は?」目が点になる。学校にそれらしい人物なんて見かけなかった。というか、そんな奴がいたら間違いなく教員たちがその男を捕まえているだろう。「むぅ?????」頭を悩ませるしかない。目の前にいる少女は少なくとも嘘をつくような人ではない。となると─────「三枝、それ、見間違いじゃないのか? 俺はそんな奴見かけなかったぞ、今まで」「あー、衛宮くんも信じてくれないんだー。けど、ちゃんといたよー」ちょっとすねたように顔を膨らませる由紀香。いや、信じるもなにも見たことないからどうしようもないんだけど……… なんて考えていると───「どうしたー、由紀っち?」「どうしたのだ、由紀香?」楓と鐘が傍に来ていた。二人が話していたのが見えたのだろう。なかなかないツーショットだったので気になってきたのだ。「あ。あのね、衛宮くんも信じてくれないんだよ? 遠坂さんのすぐ傍に“白い髪をした赤い男の人がいる”って」「あー、またその昼の話か由紀っち。誰も見てないって、そんな奴」「えー? でも確かにいたもんー」どうやらこの話はこの二人にもしたらしい。うーん、と考え込む士郎。今までの学校生活の凛の周辺を思い出してみるが、そんな男がいた記憶など微塵もない。「衛宮」考え込んでいるところに鐘が話しかけてきた。「ん?」「少しいいか?」手招きをしてくる鐘。何事かと思って少しだけ楓と由紀香から離れる。「由紀香の言っているのはサーヴァントのことではないだろうか?」「へ?」予想外の発言。「いや、サーヴァントは英“霊”なのだろう? なら姿を消すことも可能ではないだろうか?」「う、そう言われるとそうかもしれないけど………」しかしそれだと矛盾が起きる。「じゃあなんで三枝は見えてるんだ? 見えないなら三枝にも見えないだろ?」「む─────確かにそうなのだが………」うーん、と二人してまた考え込む。その光景を見ていた二人は「「何の話をしてるの(してるんだ)?」」質問をしてきた。ひそひそ話をしているのだから当然気になるだろう。「ん? あ、いやその“白い髪の赤い男”のことで誰かなーって話」「そうだな。しかし誰か見当もつかないな」二人して考え込むが、その姿をみた由紀香は「鐘ちゃんと衛宮くんって仲がいいんだねー。付き合ってるの?」「!?」「へっ………?」何気ない一言が場の雰囲気を一変させた。「なんだとおおおお!?」「おぶっ!?」それを聞いた楓は素早く駆け寄ってきて士郎の襟を掴み、勢いよく腕を動かしてきた。「衛宮!いつから付き合ってた!いつからだ!答えろおおおお!!」「ちょ………!ま………首!首締まっ……… 、く、くるじ………!」「ま、待て、蒔の字! 君は由紀香の言葉を鵜呑みにしすぎだ!」顔を少し赤くして止める鐘。今朝の母親との一件がよみがえってきてしまった。そしてトドメをさすのは天然の由紀香。「だって、さっきも顔近づけて内緒話してたし、前は鐘ちゃんの手伝いしてたんでしょ? だからそうかなーって─────」「えーーーーみーーーやーーーー!」「く………!苦しい…………って!」無理矢理楓の手から逃れて距離をとる士郎。しかし目の前には楓の姿が。「逃がすかああっ!」「なんでそうなるんだああああああ!!?」追いかけてくる楓から逃げる為に全力疾走。「ふはははは!この『穂群の黒豹』から逃げられると思うなよー!」「こんなことで短距離走の能力を使うな!あと、それを呼んでるのは蒔寺だけだけどなっ!!」以下、逃げ回って振り切ったところで遠坂さんと合流しましたとさ。めでたし。めでたし。※おまけ22番選択「………さて、弓道場に来たのはいいけど」周囲を見渡す。そこに感じられるのは甘い違和感。この学校に入ったときに感じた違和感。それと同じである。否、それよりも強く感じる。「………気持ち悪いな」あまりこの辺りに長居はしたくなかった。しかし弓道部の様子を見にきたのだから何も見ずに帰るのは本来の目的と反する。「あれ? 先輩!」弓道場の戸が開き、出てきたのは慎二の妹、桜だった。「部室に何か用ですか? 先輩」「よ、桜。まあ用ってほどではないけどさ、久しぶりに顔見せようかなって思ったんだ。美綴にも調子を見てほしいって言われてたから」「ほ、本当ですか!?」士郎の言葉を聞いてなぜか瞳を輝かせる。ちょっとその勢いにのまれながら「あ、ああ。まあ嘘をつく理由もないし………。一応確認とってくれるか?」「はいっ! じゃあ主将に聞いてきますね!」再び弓道場の中へ戻って行く桜。「………桜、何か用事があったから外に出てきたんじゃないのか?」そう呟いて待つ事30秒後。「おー、衛宮。まさか来てくれるとは思わなかったな」先ほど別れたばかりの弓道部主将、美綴 綾子が出てきた。服装は制服ではなく弓道に用いられる服装である。「なんだ、美綴が『弓の調子を見に来てくれ』って言ったからきたのにさ?」「はは、悪い悪い。それじゃ、まあ上がってよ」靴を脱いで弓道場へ入る。そこには見知った顔もあったし、顧問の大河の姿もあった。「あれぇ? 士郎じゃない、どったの?」「調子を見に来たんだけど? そういう藤ねぇはちゃんと仕事してるのかよ」「むっ、失礼ねー。私だってちゃんと顧問してるわよ」そうですか、といって別れる。次に声をかけたのは桜。「よ、桜。弓の調子はどうだ?」「は、はい。え、っとそこそこです」「なんだそりゃ。まあ今日は美綴の様子見に来たんだけど桜の調子も見るよ。俺でよければ、だけどな」「そ、そんな!むしろ先輩に見てほしいです!」「お、おう………。そんな大きな声出さなくても聞こえてるからボリューム下げていいぞ? けど先客は美綴だからその後でいいよな?」「はいっ。じゃあ向こうで練習しながら待ってますね」とたとたと小走りに向こうに去って行く桜。周囲を見渡していない人物に気付く。「そういえば美綴。慎二はどうしたんだ?」「用事があってこれない、だとさ」やれやれ、といった面持ちで士郎の問いに答える綾子。「何だ、相変わらずか。最近はいっつもなのか?」「ん、そうだね。相変わらずめちゃくちゃさ。おかげでこっちは苦労してるよ。衛宮が代わりに部長になってくれるならあたしは大助かりなんだけど?」「よせよ………ガラじゃないって」和やかな会話ムード。二人に視線を向けている約一名はあまり穏やかではなかったが。「はいはい………。それじゃ、あたしの射、見てってくれるんだろ?」「そのためにここに来たんだけどな? まあ俺も辞めて長いから今じゃ美綴の方が巧いだろ?」「ふぅ………皮肉? 残念ながらまだ衛宮に到達したとは思ってないけどね、あたしは」カチャカチャ、と準備を始める綾子。その姿を眺めながら「む。俺を高く評価してくれるのはうれしいけどさ、美綴も巧いんだからもっと自分に自信持てばいいぞ? 俺が見ても美綴は巧いって思ってるんだからさ。きれいなんだし」「………ちょっと聞き違えると、ものすごい恥ずかしいセリフだよな、それ………」ちなみにきれいというのはフォームが、という意味合いで言ったつもりである。矢を用意し、弓を構える。左手人差し指に矢をそえて、的を見る。イメージするのは常に的に当たる光景。集中して自分の世界に入る。周囲の喧騒は聞こえなくなり、見えるのは的とその数秒後の光景のみ。キリキリ………と音を立てて引いた矢が綾子の指から離れた直後、的に吸い込まれるように的中した。「─────」ゆっくりと構えを解く。集中していた世界がゆっくりと広がっていき、周囲の喧騒が入ってきた。「…………」その姿を見た士郎は何も言葉がでなかった。フォームがきれい、と言ったが想像していたものよりも遥か上をいっていた。「どうだった、衛宮?」凛、とした表情から一転、普段通りの表情をして話しかけてくる綾子。彼女は精神を統一し、自己の世界に入り込んでいた。射法八節に則った美しい姿勢。足踏み・胴造り・弓構え・打起しと流れるように体勢を作る。引分けで弓を押し弦を引く。会で引分けは完成し、離れで弓が放たれる。矢は的の中心に命中している。否、矢が的に当たることは予め決まっていたのだ。矢を放つ前から。そしてその後の残心。それがすべてを物語っていた。非の打ち所がない完璧すぎる射。少なくとも士郎はそう感じていた。「おーい、衛宮?」「………ん、あ、ああ。ごめん、ちょっと見惚れてた………」「え゛っ………」一転して顔が少し赤くなる綾子。そんなことは露知らず「いや、完璧だった美綴。弓道部主将っていうのも美綴なら全然問題ない。まったく、何が“俺に及ばない”だ。俺なんて超えてるんじゃないのか? 本当に」褒めまくる。「今みたいな綺麗で完璧な射をできる奴は、俺は美綴以外に知らないな。思わずきれいすぎて言葉もでないくらい見惚れたよ」ははは、と笑いながら賞賛する士郎。勝手にライバルだと思い込んで日々精進していた綾子にとって、素直にここまで賞賛されると悪い気はしない。加えて先日の一件で無意識ではあるが士郎を意識していたこともあって、ちょっと狼狽えてしまう。「あ、ああ。ありがとう………。衛宮にそう言われるとうれしいもんだな………」語尾がちょっと小さくなったが問題はない。が、「先 輩」綾子にかけられる声。「ふぇっ?」突然話しかけられて、変な声を出してしまった。「さ、桜か。どうしたんだ?」「先輩の射は終わりましたから、次私の射を見てもらいたいんですけど、いいですか?」にこり、と微笑む桜。何故か少し黒いオーラが見える気もするが気のせい、気のせい。「あ、ああ………わかった。そ、それじゃ美綴。また後で………」「う、ああ。またな」以下桜の弓を見ていたのだが、弓道部主将との一件を見ていた他の女子弓道部員から“なぜか”お誘いがあり、何やら不穏な空気が漂い始めたため目線だけで綾子に救援を求めた所それでさらに悪化。うやむやにしたまま主将と顧問に任せて弓道場をあとにして、校舎へと戻る。で、やっぱり遠坂さんと出会って、ガチバトル勃発。めでたし、めでたし。※おまけ33番選択「少し早いけど、バス停に行って待つか………?」階段を下りながらそんな思案を巡らせる。が………「………いや、早すぎるよな。セイバーだってまだ来ていないだろうし」まだ1時間以上残っている。今から行っても何もないだろうし、誰もいないだろう。「………一応、電話してみるか」一階に設置された公衆電話から家に電話をかける。コールすること3回。『はい、………もしもし』「お? セイバーか。俺だ、俺」『………申し訳ありませんが、オレオレ詐欺は受け付けておりません』なんでそんな事知ってるんだよ、と心の中で突っ込みながら「いや、悪い。士郎だ。衛宮士郎」『ええ、わかってますよ、シロウ。用件は何でしょうか? もしやサーヴァントやマスターが?』わかってるのかよ、と突っ込むがそれも言わないでおく。「あ、いやそうじゃない。セイバーはまだ家にいるかな、って思っただけだ。もしかしたらもう家を出ちゃってるかもって思ったからさ」『シロウの家からあのバス停までにかかる時間はそれほどではありません。私ならば5分もせずに到着できます』「そ………そうなんだ」改めてサーヴァントのすごさを実感する士郎。「じゃあ、セイバーは今なにやってるんだ?」『睡眠をとっていました。活動しない時は眠っていれば魔力は消費せずにすみますので』「そっか。昼メシとかはどうだった? 口にあったか?」『はい、シロウの作ってくれたご飯は非常に美味でした。あの和菓子というのも私好みでした』「そりゃよかった。で、今まで眠っていたというわけだな、セイバー」『ええ。あともう少し眠って時間が来ましたらそちらへ向かいます、シロウ』「ああ、わかった。それじゃバス停前で」ガチャッ と、受話器を戻す。会話を思い出しながら階段を上って行く。屋上についてグラウンドを眼下に夕焼けを見つめる。「やることがないと『くっちゃね』になるんだな………セイバー」仕方ないけどさ。その後屋上から降りてきたところで遠坂さんと遭遇して鬼ごっこ開始。めでたしめでたし。※どれ選んでも4番へ←