第15話 攻略戦Date:2月4日 月曜日─────第一節 学校=登校──────────光が射し込む。閉じた瞼越しに感じる光は、朝の到来を告げるものだ。布団にもぐった体に寝返りをうって、光から逃れるように顔を隠す。「ん─────」まだ眠気がとれない。日の光や外の寒さからして時間は5時半………といったところだろうか。「─────」セイバーを離れに押し込めて結局寝たのは2時を過ぎたあたり。3時間程度しか寝ていない。加えて昨日は休日だというのに一日の4分の一をただ歩き回るだけに使い果たした。そして戦闘。今日くらいはあともう少し寝てもバチはあたらないんじゃないだろうか、なんて思いながら重い瞼を開ける。「…………あれ?」霞んでよく見えなかったが、ここにいてはならないような人がドーン!と布団の横に鎮座していたような気がする。「………………」そういえば心なしか人の気配がする。じーっと見られていて落ち着かないというか、それはつまり─────一人の筈の部屋に誰かがいるってこと。「……………!!!!」言葉なんて出ない。ガバッ! と起き上ってすぐさま距離をとる。見えたのはセイバー。しかも浴衣姿でもなく喪服姿でもなくドレス姿。起きた横にドレス姿の美女がいては流石に言葉も出ずに驚くのは男性として間違ってはいないだろう。「せ、せせせせせ………セイバー!? なぜに俺の部屋にいるんだ? 昨日ちゃんと案内もしたろう!」「それなのですが、昨夜も言いましたがやはり問題があります。部屋には案内されましたが、あの部屋はシロウの部屋から離れすぎている。貴方の身を守るには、常に傍に控えている方が適切です」「常に傍にって…………!じゃあ何か? 寝る時も一緒の部屋で寝るってことか?」あはは、そんなまさか なんて思いながら尋ねてみるが「はい、その通りです。マスターを守るなら同じ部屋で夜を過ごした方がいいでしょう」はい、爆弾発言。理性にヒビが入りました。「 」言葉は出ない。現在理性を補修中。─────補修完了。同時に問題発生。「? シロウ、どうしましたか?」「…………あー、いや」修復した理性が再び警鐘を鳴らす。そう、今日は学校。学校なのだ。今まで普っ通に『あ~明日は学校だな~』なんて思っていたが学校なのである。つまりはそういうことである。ご理解できるだろうか?「シロウ、貴方の顔色が優れないようですが何かあったのでしょうか?」そうかそうか、俺はそんなにも顔色悪いかー なんて無駄に考えながら「いや、その。言い忘れてたことがあるんだが」正座をして向き合う。さて、どうやったら理解を得られるだろうか?―Interlude In―「…………ぁ」ベッドの上で目を覚ます。見渡すは自室。何ら変化はない。額に手を当てて、未だ鳴り止まない心音を静めるために瞼を閉じ、深呼吸をする。「やれやれ………まさかあたしが悪夢見て跳び起きるなんてね」夢に出てきたのは昨夜の出来事。ただし、夢の中には衛宮はでてこなかったが。逃げ回るあたしに鎖付の釘のようなものを投げつけて足を束縛し、その所為でこける。それでも逃げようと必死に起き上るが両手を鎖でくくりつけられて身動きがとれなくなってしまう。あとはもう襲って来たやつの好き放題。こけた際に頬に擦り傷を負うが襲って来たそいつは嬉々としてその傷を舐めてそのまま─────「…………シャワー浴びてくるか」なんていう夢を見たんだ、なんて思いながら自室を出る。軽くシャワーを浴びて悪夢の所為でかいた汗を流す。気分もだいぶ落ち着いてきた。「………衛宮がいなかったら夢の通りになっていたかもしれない、ってことか」その可能性はあった、というより十分すぎるなんて言葉を通り越してもはや確定していたと思う。そう考えると昨夜衛宮と会ったことは幸運だったと言えるよな。勝手に朝食をとる。あたしの親は基本的に放任主義。だから親が朝起こしに来ることはない。朝食も自分で用意して勝手に食べる。弟もいるがうちの学校にはいない。来年に入学するみたいだが。「………ま、昨日もお礼は言ったから別に問題はない………んだろうけども」何となく締まりが悪い。というのもあんな夢を見てしまった所為かはたまた“あんな事をされた”からか。「学校行ったらもう一回礼は言っておくか」ないない、と思い出しつつも否定しながら朝食を食べる。―Interlude Out―「…………………………………」「…………………………………」士郎はいつもの朝と変わらずに朝食の準備をしていた。が、そこにある空気はいつものそれとはまったく違う。(視線が痛い………)タンタン、と音を立てて食材を切る最中、居間で行儀よく正座で待機しているセイバーはむくれっ面だった。『今まで通り学校に行く』。そう切りだした後のセイバーとの口論はずっと平行線のままだった。セイバーは勿論反対。昨日に学校にマスターがいて結界を張っているということが分かった以上は一人で行かせるのは危険だ、とのこと。しかし士郎には今までの生活がある。学校を休んだりなんかしたら姉役兼教師役の大河が不審に思うだろうし、ずっと家に居ては外の状況はわからない。それにセイバーと外に出る、というのはつまり敵に警戒をさせるという事でもある。無論それもいいかもしれないが、一人で外の様子を伺う、というのもそれなりの成果はありそうに感じる。加えて鐘や綾子の様子を伺うという点でも家に籠っている訳にはいかないし、結界の件も放っておけない。なにより『マスター同士の戦いは人目を避けるものなんだろ。なら日中は安全だ。よほど人気のないところに出向かない限り仕掛けられることはない』ということである。が、セイバーはそれでも安心できないと言う。確かに100%なんていうものは存在しないのだからそうなってしまうのも仕方がないだろうが、しかし。「セイバーを連れて普段の学校に行ける訳ないだろうにさ………」連れていけばどうなるかなど火を見るより明らか。多分校庭の端にある木に宙吊りに吊るされるに違いない。「シロウ、何か言いましたか?」「い、いや独り言。この豆腐固くて………」独り言がでてしまうほどの固い豆腐なんてあるのだろうか、なんて自分の苦し紛れの言い訳を思いながら弁明する。今日の教訓。セイバーは怒らせてはいけない。根に持つタイプであり、感情的になるのだから手におえない。しかも地獄耳。彼女相手に冷戦してはいけないだろう。「はい、おまたせ」食事で機嫌を直してもらおう、という考えではないがせめてもうちょっと丸くなって欲しいと思ってテーブルに並べていく。いただきます、と言って箸を持つセイバー。…………ドレス姿に箸。「…………合わない………絶対に合わない。早急にセイバーの普段着を用意するべきだな」呟きながら時計を見る。普段なら桜と大河がやってくるが桜は今朝は来ない。先日今日までは手伝いにこれない、ということを言っていたからである。それに合わせて大河もこない。『桜ちゃんがこないならその分私が桜ちゃんの分を───』『よし、じゃあ用意するのは俺一人分だけでいいな』『な、なんでよー!』こんなやりとりがあったため、桜が再び手伝いにくる火曜日………明日以降に大河もまたやってくるだろう。そして目の前にいるのはドレス姿のセイバー。二人には悪いが、今日二人がこなくて非常に助かったと安堵していた。(家にセイバーみたいなドレス姿の美女がいたら絶対にただじゃすまないよな)つまりは明日までにセイバーが着るものを用意する必要がある。「………氷室に相談してみようかな」まさかセイバーの………女物の服を男が買いに行くわけにはいかないだろう。加えて士郎はファッションには当然のように疎い。ならばセイバーが女性だと知っていてかつ頼めそうな人物は一人しかいなかった。「シロウ、一つよろしいですか?」「ん? なんだ、セイバー?」白ご飯を頬張りながらセイバーが尋ねてきた。「朝はヒムロとは一緒に登校しないのでしょう? ならせめて無事であるかどうかの確認は取ったほうがよいのではないでしょうか? そのための“ケイタイデンワ”ではないのですか?」「…………あ」すっかり忘れていた士郎。何かあったときのため、という名目で彼女の携帯電話の番号と自分の家の電話番号を交換していた。ちなみに士郎は携帯は持っていない。というより必要性を今まで感じなかったので買っていないわけだが。「時間は………流石に起きてるかな。電話かけてみるか」そう言って昨日メモした電話番号に電話をかける。朝学校に行けば会えるだろうが、セイバーの言う通り確認は早いに越したことはないだろう。―Interlude In―ピリリリリリ………電子音が部屋に響いた。味気ない電子音。電話帳に登録していない者からの電話はこの音に設定している。「…………」歯磨きをしながら携帯電話にかかってきた電話番号を見る。やはり知らない電話番号…………ってちょっと待て。(この電話番号どこかで見たような…………っ!?)それが衛宮の家の電話番号だと気づいて即座に通話を開始する。『もしもし? 氷室か?』携帯電話にかけてきたのだから基本的に私が出るのが普通だろうに…………。そう思って答えようとする………が、歯磨き中なのでまともに会話できる状態ではなかった。洗面所に向かい、口の中の液体を吐いてとりあえず会話をする───『もしもし? もしもし?…………ちょっと、セイバー。氷室の反応がないん───』「待て、衛宮。私なら大丈夫だ。少し返事が遅れただけだ。心配しないでもらいたい」何やら大事になりそうだったので、とりあえず制しておく。『あ、氷室か? いや、すまん。返事がなかったからちょっと取り乱した』「いや、こちらこそすぐに返事が出来なくてすまなかった」というより、今回の件は完全に此方に非があるだろう。電話番号を教えてもらったのに登録し忘れていたのだから。『いや、まあこんな時間にかけてきた俺が悪いからな。ってもしかして何か取り込み中か? それなら切るけど』「取り込み中………といえば取り込み中ではあるが、特別大切なものではない。衛宮こそ何か用事があるから電話をかけてきたのではないのか?」取り込み中とはいっても歯磨き。時間もまだ余裕はあるので用件を聞くくらいは問題ないだろう。というより学校で話をすれば問題ないのでは? なんて疑問も過る。だが想像もしなかったような爆弾を彼は投下してくれた。『あー、いや。俺のは大したことじゃないんだ。氷室の声を聞きたかったんだ。うん、聞けてよかった』「な゛っ……………!?」何でそんなことを平然とっ…………!! と、危ない。落ち着け、私。まさか衛宮がそんなことを言うとは思わなかったがちゃんと意味を理解しよう。彼は昨夜このマンションの周囲を巡回していた。で、その結果私は問題なく朝を迎えることができている。そして彼は電話をしてきて声を聞きたがっていた。つまり、私がちゃんと生存しているかどうかを確認するためのさっきの言葉だ。うん、そうだ。そうに違いない。『おーい、氷室ー?』「っ───、何だ、衛宮? 私はちゃんと生きているぞ。怪我もないし変わったところもない。大丈夫だ」『そうか、そりゃよかった。悪いな氷室、取り込み中だったよな? 邪魔してすまなかった、また朝学校でな』「あ、ああ。また学校で」プツッ、ツーツーツーツー…………ふぅ、と小さいため息をつく。まったく、朝から脳を総動員させるような発言をしてくれたものだ。歯磨きの途中だったし、磨きなおす………って「何でしょうか、お母さん」鏡に映った母親がいた。声をかけながら電動歯ブラシを銜える。「いえいえ、ついに鐘にも“ボーイフレンド”が出来たんだなあって」「ごほっ!?」噎せた。盛大に噎せた。これ以上ないほどに噎せた。「あらあら、そんなに噎せちゃって大丈夫? 顔も少し赤いわよ、鐘?」「違………!───というより、どの辺りから聞いてましたか?」聖杯戦争に関しては会話をしてないからばれていないだろうが、やはり気になった。「うん? 鐘が慌てて携帯もって洗面所に行ったあたりからかな?」…………つまり全部っていうことですね、お母さん。「にしても鐘も変わった返答するのね? 『声が聞きたかった』って言ってきたのに『生きている』とか『怪我はない』とか『変わったところもない』って」もう会話内容もばっちりですね、お母さん。「…………言葉のアヤです」聖杯戦争についての会話だとは言える訳もないので、そう答えるしかない。そしてまさか娘である私が殺し合いに巻き込まれているとは微塵も考えていないだろう。「そう? まあ鐘がそれでいいっていうならいいけど。えーっと───こういうのってなんていうんだっけ? ツン…………」「失礼します!!」がぁーっと中断していた歯磨きを強引に終わらせて自室へ戻っていく。断じて私はそんな性格ではないです、お母さん!っていうよりお母さん、貴女はそんな性格でしたか?―Interlude Out―「ヒムロは無事だったのですね?」「ああ、最初返事しなかったのは何か取り込み中だったからみたいだ」最初の空気はどこへ行ったのか、普段通りの朝食を二人は迎えていた。ちなみに士郎は自分が放った爆弾発言の所為で鐘が大変なことになっているなどとは知らなかった。朝のテレビニュース。そこにはまたも新都の方でガス漏れの発生を伝える内容が。「また新都でガス漏れ事故か。なになに? オフィス街にあるビルで、フロアにいた五十人近い人達がまた同じような症状。帰りが遅い事に不信感を募らせた家族が会社に電話を入れてみるも、警備員はその惨状に気づかなかった………何だこれ、職務怠慢じゃないのか?」そう呟きながらテーブルのおかずをとっていく。が、その箸がピタリと止まる。「────ってもしかして、これ。聖杯戦争と何か関わりが………?」学校に張られた結界。あちらがどんな効果を持っているのかはまだよくわかっていないがよいものではないと直感が告げている。学校の結界同様この時期、このタイミングで起こり続けている事故。この状況でこれが聖杯戦争と無関係だと確信出来るほど士郎は楽観的ではなかった。「セイバー、どう思う?」「………無関係とは思えませんが、確証もありません」確かに現場に行ったわけでも犯人を見たわけでもない。故に断ずる事は出来ない。「ほぼ確実に他のマスターの仕業だとは思います。ですが今シロウが気にするべき事は学校に張られた結界の方かと」「───それはわかってるけどさ」新都で起きているガス漏れ事件は不定期で場所もバラバラ。士郎が知りうる中では規則性なんて見当たらない。そんな『次はどこで起きるかわからない事故』よりも『自分が通うべき場所に張られた結界』が一体何なのか、というのを突き止めるのが先決である。あそこには士郎だけではなく、一成や桜、大河に綾子に鐘と無関係な人が大量にいる。何も害がないものならばそれでいいが、どうも害がないとは考えづらい。早急に調べる必要はあるだろう。「ちなみにシロウ。学校に行かないという選択肢は?」「それはない。結界は調べる必要があるし、氷室や美綴だっている。また狙ってくるとも限らないんだから学校にはいくよ」きっぱりと答えた。それを見たセイバーはやれやれ、といった面持ちをした後に真剣な顔で真っ直ぐ見つめてきた。「わかりました。マスターがそう言うのであれば従いましょう。ですがシロウ、いくつか言っておきたいことがあります。よく聞いていてください」セイバーはそう言って士郎の左手…………令呪を覆う様に手を重ねた。「マスターが問題ない、というのであれば私は信じるしかありません。ですが、約束してください。危険を感じたら必ず呼んでほしい。シロウが私が必要だと思えば、私に伝わります。間に合わないと判断した場合は、令呪を使ってください」「ああ、約束する」「そしてもう一つ。日中、人前では流石に相手も動かないでしょうが、念のため常に周りには気は配っておいてほしい。最も危険なのは日が暮れ、一人になった時です。私が敵ならばシロウが一人になっていれば必ず接触します。ヒムロのように様々な想定をして、冷静にいれるように努めてください」「ああ………わかった」彼女の真剣を真剣に返答していく。言葉にすると短いが、その意志ははっきりとくみ取ったし、互いに真剣だということも伺い知れた。朝食の後片付けをして、支度をする。とは言っても昨日は自分の鞄を見つけられなかったので別の鞄になるのだが。「じゃ、行って来る。留守番頼む。帰りは………そうだな部活が終わる6時前くらいに学校近くにきてくれたらいい。また氷室を送るからな」「わかりました、6時ですね。場所は昨日のバス停でよろしいのですか?」自分が持っている鍵を渡す。スペアは桜が持っているので自分の鍵を渡すほかはない。「ああ、そこでいい。じゃ、鍵。家出るときは鍵かけてくれ。あ、あとここに木刀あるから家出るときに持ってきてくれるとありがたい」玄関すぐそばに竹刀袋に入れられた木刀を用意していた。これで昨夜までの失敗を繰り返さずに済むだろう。ちなみに学校には持っていかない。持っていったら間違いなく没収だろうし、理由を問われかねない。かといってナイフのようなものを鞄の中に仕込もうとも思わない。っていうか銃刀法違反です、はい。玄関を出てセイバーに見送られ屋敷を後にする。どうなるかはまだ分からないが、やれる限りは自分の力で何とかするしかない。昨夜のキャスター戦は全く無事であったが、バーサーカー戦のように彼女に負担をかけたくはない。セイバーの言った約束は守るができる限りのことはすると心に決めて空を仰ぐ。朝の冷たい空気が肺を満たす。少しの不安を胸に学校へと向かった。―Interlude In―「お、氷室」「………美綴嬢か。おはよう」あたしはバス停に並ぶ氷室を見つけて、声をかけた。「おはよう。どうした? ちょっと不機嫌?」「いや、特別不機嫌なわけではない。朝にちょっとイベントがあっただけだ」少しそのイベントとやらに興味があったが、何か“突っ込まないでほしいオーラ”を放っているのでここはあえて質問しないでおこう。「ふうん………。ま、あたしも今朝は少し嫌な夢みちまったからな。イベントっちゃイベントだよな」「嫌な夢………?」「そ、まあ聞かないでくれると助かるかな」ではそうしておこう、と氷室は引き下がった。バスがやってきて乗車する。後は約30分乗っていれば学校に到着する。「そういえば、昨日衛宮とマンション近くで会ったんだけどさ。変な喪服姿の人と一緒だったんだ。氷室、あんたは知らないかい?」なんとなく気軽に尋ねた。あいつがマンション近くを歩いていたなら氷室も知っていると思ったからだ。「…………いや、いることは知っていたが、彼女が何者かは私は知らないな」が、返答はNO。昨日の衛宮の反応からしてただ街の紹介でここに来たとは考えにくい………というよりあんなマンションを案内するか? 普通。となると、別の目的でここに来たと考えるのが普通だろう。で、あの言葉からしてあたしのマンションに何かあったように感じた。ならば同じマンションに住む氷室なら何か知ってるかと──────「………なぁ、氷室? 昨日衛宮と一緒に学校に帰った?」「な、なんでそんな結論になる?」少し慌てたような感じで氷室が問いただしてくる。「いやだって、喪服姿の人って言っただけなのにあんた『彼女』って言ったじゃんか。あたしは女だとは言ってないよ?」「…………あ」しまった、というような顔をする氷室。とりあえず何となく読めた。「………氷室、今日は自爆する日? その朝のイベントとやらの影響か?」「………これ以上聞かないでくれるとありがたいのだが」氷室は、はぁ と軽いため息をついてた。これ以上は氷室に聞くより衛宮に聞いた方がいいかな、なんて思いながら外を眺める。バスは大橋を渡って深山町に入っていた。―Interlude Out―いつも通りの時間より遅く学校に到着する。というよりホームルームぎりぎりだった。正門を通り抜けて、校舎へと向かう。「────」しかし足は止まり気分が悪くなる。間違いない。この結界は絶対によくないものだ。甘ったるくて粘ついた液体の中にいるような不快感。そんな状況にいる所為か、敷地内に活気がないように感じられる。校舎に向かう生徒たちだけではなく、木々や校舎そのものも、どこか色褪せて見えるような錯覚だった。「よう、衛宮。どうしたんだ、遅刻するぜ?」背後から声をかけられる。聞き覚えのある声。「慎二」いたのは間桐 慎二。桜の兄で弓道部の副部長をしている。士郎とは旧知の仲である。しかし最近は疎遠になっていたが。「あれ? なんだ、顔色悪いんじゃないの? それにその鞄どうしたんだ?」自分の顔はそんなにも苦しそうな顔をしているのか、とその言葉を聞いて思う。「ああ、いやなんでもない。ただの立ちくらみだ。鞄はちょっと家でなくしちまって見つけられなかったからこれにいれてきた」ふうん、と特に興味もなさそうに慎二が士郎の横を通りぬけて校舎へ入っていく。「心配させんなよな。今にも死にそうな顔してるぜ?」心なしかニヤニヤと笑っているように見えた。今日は機嫌がいい日なのだろうか なんて考えながら一度目を瞑り深呼吸。(焦るな。まだ結界は発動はしていない。学校の人全員を人質に取られたようなもんだが、下手打って思惑から外れたら無駄になる)まずは相手の尻尾をつかむ。結界が一体どれほどの威力を誇っているのかは知らないが、今日学校に入ってみて理解できた。こんな結界が良いものであるはずがない。ならばこれを張った相手の尻尾をまず掴む。それまでは無暗に動いてチャンスを潰さないようにしないといけない。気を持ち直して歩みを再開する。校舎前に昨日関わった二人がいた。「よ、氷室、美綴も。おはよう」「ああ、おはよう衛宮」「…………おはよう、衛宮」鐘が少しだけ元気がない。どうしたのだろうか、と思っているところに綾子が話しかけた。「衛宮、昨日は結局何時くらいに家に帰ったんだ?」「ん………確か12時すぎていたのかな?」実際にはそのあとにキャスター戦をしていたので実質1時近くになっていたのだが。「何でまたそんな時間まで………。そこまでしなくても警察呼べばよかっただろうにさ」まあ正論ではあるが、今回に限ってはそれは間違い。「まぁまぁ。美綴にも俺にも何も問題はなかったんだからそれでいいじゃないか」深く突っ込まれると厄介なので流す。綾子の横にいる鐘は二人の会話を聞いて何か考えていた。「とりあえず教室向かわないか? ホームルームが始まっちまう」深く突っ込まれても困るので適当に切り上げて教室に行くように促した。時計はもうすぐでホームルームが始まる時刻を示している。「ん、そうだな。っていうか衛宮。聞きたいことがあるんだけど」「私も聞きたいことがある。………が、時間がないな」綾子と鐘が士郎に問いかけようとするが、士郎が学校に来る時間が遅かったために保留となった。「っていうかさ。衛宮、今日は遅かったわけだけど、どうしたんだ? もしかして寝坊? で、その鞄はどうしたんだ?」「美綴………。いっぺんに訊かれても一つずつしか答えられないぞ」そう前置きを入れた上で「いや、朝に少し時間かけすぎただけだ。決して寝坊ってわけじゃない。鞄の方はなくしてしまって見つからなかったからとりあえずこの鞄に入れてきた」朝は鐘と電話してセイバーと話し込んで、セイバーの分の昼食とおやつも用意して、喪服も準備してと、とりあえずいつもやる事とプラスしてやることが多かったため時間がかかった。鞄については昨日の一件通り。三階に上がって教室に向かう。人で溢れる廊下。その雑踏の途中、廊下の壁にもたれかかっている一人の生徒が目に留まった。─────遠坂 凛である何をしているのか知らないが、腕を組んだまま背を壁に預け目を閉じている。教室はもうそこなのに、本当に何してるんだろうか。それを思ったのは士郎だけでなく、後ろの二人も同様の事を考えていたらしい。「よ、遠坂。何してるんだ? こんなところで」綾子が凛に問いかける。その疑問に特に慌てた様子もなく「別に。何となくこうしてただけよ」そう言って視線を綾子から外して士郎と鐘に向けた。その視線が気になりはしたが────「おはよう、遠坂。それじゃ、氷室、美綴。俺、教室向こうだからいくな。また後で」特別親しいわけでもないので軽い挨拶だけして前を通り過ぎる。と、すれ違う瞬間。「………そう。舐められたものね」なんて、呆れと怒りの入り混じったような声が聞こえた気がした。だがその音も同じく廊下にたむろする連中の雑談や朝の挨拶の声に掻き消され、本当に凛が呟いたものかどうかも怪しかった。振り返ってみても、そこには既にさっきまであったはずの凛の姿はない。綾子と鐘の姿もなかった。教室はすぐそこだから、中に入ったのだろう。「……………?」その音が妙に気になったが、それも教室に入ると上書きされてしまった。教室にもあの違和感が漂っている。お菓子のような、微かに甘い香り。「これからどうするべきか…………」そう呟きながら男連中に挨拶をして席に着く。あと少ししたら担任の大河が駆け込んでくるだろう。─────第二節 昼休み─────昼休みになった。「………一成の奴、もう行ったのか」気がつけば一成の姿がなかった。今日の彼は少し様子がおかしかった。どことなく眠そうに見えたのだ。寺の一日は規則正しい筈なので眠たいように見えたのは気のせいか、それとも彼が単純に夜更かししたのか。士郎もまた先に行ったであろう一成の後を追って生徒会室に行こうと席を立つ。教室で弁当を広げる気にはならない。教室にいると人の弁当を虎視眈々と狙うクラスメイトに襲われる危険性があるからだ。「衛宮」教室を出たところで声をかけられた。「ん? 美綴か。どうした?」「どうした、って今朝言ったろ。聞きたいことがあるって」やれやれ、と言った面持ちで言ってくる綾子。今朝のやり取りを思い出す。確かにそんなことを言っていた。「ああ、そういえばそうだったな。で? 聞きたい事って?」「ん、それなんだけどさ。とりあえずメシ食いながら話さないか? せっかくの昼休みなんだからさ」その言葉を聞いて吟味する。(ということは今日は美綴と一緒に弁当を食べることになるのか)いつもは生徒会室で一成と一緒に食べている。が、別に約束しているわけでもないので問題はないだろう。というより(そういえば氷室が言ってたよな………。俺と一成がそっち方向の気があるとか…………)思い出して少しだけ苦笑いの表情になってしまった。こりゃあ一成には悪いが今日は美綴と一緒に過ごさせてもらおう なんて結論を出した。が、目の前にいる綾子は士郎の苦笑いを見て別方向の事を考えてた。「む、何だい衛宮。そんな苦笑いしちゃってさ。あたしと食べるのがそんなに嫌か?」「違う違う。別のことを思い出してただけだ。よし、一緒に食べるか。俺も美綴と一緒に食べたいと思ってたし」「…………へ?」一瞬言葉に詰まった綾子。そんな彼女に気付くことなく「じゃあどこで食べる? やっぱり食堂か?」なんて普通に問う。「あ、ああ。そうだな、じゃあとりあえず弓道部に行こうか。昼は開いてるし人もいないから静かでいいだろ」一瞬フリーズした綾子だったが、次には元に戻り場所を提案してきた。弓道部、と聞いて少し考える。もと弓道部員とはいえ、今は辞めた身。そこに入っていいものなのだろうか。そう考えたが、目の前にいるのはその弓道部の主将である。彼女がいい、というのであればいいのだろう。加えて射をしにいくわけではない。「わかった。それじゃ弓道部にいこうか。美綴、他に誰かいるってことは?」「ないな。昼は活動してないし鍵は職員室か私か藤村先生が管理してるから誰かが入り込むってことはないよ。で、その鍵は今あたしが持ってる、と」チャリ と音を鳴らして鍵を見せびらかす。「さすが弓道部主将。それじゃ、行こうか」◇「で、聞きたいことってなんだ?」士郎は弁当を広げて食べていた。対する綾子は売店で買ったパンを食べていた。「ん、昨日のことなんだけどさ。その事を話すのにここ選んだんだ。なんか人にはあんまり聞かれたくないだろ?」なるほど、と納得する。確かにここなら誰かの視線を気にする必要はないし、誰かが聞き耳を立てていると警戒する必要もない。「衛宮。昨日アンタ氷室と一緒に帰ったんじゃないの? で、その帰りにあたしと出会った、と」箸が止まる。「………なんで美綴が知ってるんだ?」「ってことはやっぱり氷室と一緒に帰ったわけか」なるほどね、と一人納得する綾子。一方の士郎はまたやっちまった と言わんばかりの顔をして額に手をあてた。「いや何、昨日聞いたときから少し違和感はあったんだけどそれが確信に変わったのは今朝かな。氷室と一緒になったときに聞いてみたら気になる反応したからね」「氷室が? 珍しいな、氷室の行動で確信に変わったなんて。てっきり俺が地雷を踏んだのかと………」「ん、何やら今朝イベントがあったらしいよ? で、その影響で少し浮ついてたみたい」イベント? と疑問符をうつ。そういえば今朝は何か取り込み中だとか言っていた。もしかするとそれかな、なんて考える。士郎の行った行為それ自身がイベントだとは気づくことはないだろう。「で、もう一つ訊きたいことがあるんだけど。なんでセイバーさんは男装してたの?」「…………は?」次もまた箸が止まる質問。えーっと、それはつまり?「ん、いやセイバーさんって女性なんでしょ? なのに男性用の喪服着てたし。まあ恐ろしいほど似合ってたから問題ないけどさ」つまり目の前の弓道部主将はセイバーが女性だということを知っているわけです。「………まあセイバーは女性だけどさ。どうしてわかったんだ? 氷室に訊いたのか?」「いや、訊いたっていうよりは自爆して漏らしたって言った方が正しいかな?」………自爆? と頭の中に疑問符が大量に出てくるが答えはでない。ちなみにその自爆も士郎の所為なのであるが、もちろんそれを知る士郎ではなかった。◇昼食を食べ終わり、お茶を飲む二人。風はまた少し肌寒いが冬の日差しは温かく、食堂の様な喧騒もない。食堂ならばこんなゆっくりとはできないだろう。「いつもは生徒会室で食べてたから何か斬新な感覚がするな」「まああたしはたまにここで食べる事があるからそうは思わないけどね」ずずず と二人して温かいお茶を飲む。外の気温とも相まって絶妙な熱さ加減となっていた。「美綴」「ん? なんだ、衛宮?」ふと思い出す様に案が出た。昨夜の一件。セイバーについて知っている。鐘と同じ場所に住んでいる。ならば。「今日は一緒に帰らないか?」「え…………?」まあある種当然の反応を返してくる綾子。そんな反応を見ながら「いやだってさ、昨日美綴を狙ってきた奴いたろ? あいつ、結局見つからなかったんだ。もしかしたら美綴を狙ってるかもしれないから、それなら一緒に帰った方が少しは安全かなって」昨夜は綾子一人で帰っていた。その結果無防備の彼女を狙った奴がいるのだから、サーヴァントという存在を知っている士郎からすれば当然の申し出だった。いくら彼女に固執していないだろうとはいえ、それは可能性。また狙ってくる可能性だってあるのだから予防線は張っていても損はないだろう。「ん、そりゃあそうかもしれないけどさ。衛宮ン家って真逆だろ? そこんところは─────」「昨日だって真逆の場所にいただろ。問題ないぞ」あぁそういえばそうだった なんて呟きながら考え込む綾子。しかしそんな彼女に考える時間はなかった。鳴り響く予鈴。午後の授業開始の一分前になる予鈴だ。「っと!次は確か葛木先生の授業だった筈。やばい、急がないと!」話し込んでいた所為で時間を忘れていた。慌てて士郎は弁当を持って弓道部を出る。「ほら、美綴。急ごう!」「あ、ああ。わかってる!」靴を履いて外へ。綾子は弓道場に鍵をかけて、急いで二人は校舎へと走っていった。─────第三節 分岐点─────夕方。「おわ………ったぁー」ぐてっと机に突っ伏すのは蒔寺 楓。陸上部短距離走エースで、氷室 鐘の友人の一人。「よっしゃー!これからまた走りこむぜぇ!」しかし次の瞬間には勢いよく立ち上がってやる気マンマンになっていた。陸上部の部活動に励むのはいいが、もう少ししたら学期末テストがあるということを彼女は覚えているのだろうか。(いや、覚えていない………というより存在していないだろうな)冷静に分析しながら自分も鞄の中に教材を入れる。傷のついた鞄ではあるが、カモフラージュのためにいろいろと手を凝らした結果、なんとかばれないようになっていた。といっても同じ色の布と糸を用意して無理矢理隠す様に縫い付けただけだが。そして鞄に縫い付けるという作業は中々に重労働だったので、終わった当初は指が思う様に動かなかった。「衛宮との話は帰りでいいか………」そう呟きながら席を立ち、部室へと向かうため教室を出ようとする。「おーい、氷室」「?」後ろから声をかけられる。振り向いた先にいるのは綾子だった。「何かな、美綴嬢?」「あんたってさ、今日も部活だったよね? 6時くらいまで?」「6時前には終わる予定だが………。何か用事でも?」「いや、一緒に帰ろうかなって思ってさ。おんなじマンションだろ?」と、言って肩に手を置いてくる綾子。その申し出、昨日から士郎と一緒に帰っている鐘はそれを了承するわけにはいかなかいと断ろうとするが―――「衛宮も一緒に帰ろうって誘って来たからさ。四人で一緒に帰ろうってことになったんだ」「…………む。衛宮が美綴嬢を誘ったのか?」彼女が、自分が士郎と一緒に帰っているということに気付いたのは今朝の失策だろうと考えた。なので彼女が知っていても驚きはしなかった。おそらくはその事を彼に話したのだろう、と推測をたてて横にいる綾子に尋ねる。「ああ。あたしが断る理由もないからさ。まあ、別に氷室に伝えなくてもよかっただろうけど、一応のためにあんたにも伝えておいたってわけ。………てことでまた帰りな、氷室、“衛宮”」「え?」視線を隣にいた綾子から正面に戻す。そこには赤毛の士郎が立っていた。「ああ、じゃあ部活終わったらバス停に集合な。そこにセイバーもいる筈だから。俺も6時くらいになるまでは学校内にいることにするよ」それじゃ、といって横にいた綾子は階段を下りていった。「悪い、氷室。氷室にもちゃんと伝えるべきだったんだろうけど遅れた。ちょっと時間いいか? 説明するからさ」この後には部活がある。もう恐らくは先に行っている楓と由紀香が部室にいるだろう。が、説明がほしいのも事実だったので「ああ、ではよろしく頼むとしよう。場所は移動した方がいいかな」◇屋上にきた。先ほどの場所では教室にまだ人はいたし、廊下にも人がいたために話をするわけにはいかなかった。特に昨日の件については。「────なるほど。サーヴァントに狙われていたとは思わなかった」昨夜、鐘と士郎が別れた後、綾子と出会ってそこで起きた事件の説明をうける。相手がサーヴァントでたとえ通り魔のような形で狙われたとしても、まだ狙われているかもしれないのだから一緒に帰ろうと提案したのは納得がいった。「そう、だから今日から一緒に帰ろうって誘ったんだ」「ふむ、事情は理解した」セイバー、士郎、鐘、綾子。4人も固まって移動するのだ。しかもそのうち二人は魔術師とサーヴァント。ヘタには襲ってこないだろう。「では今日もバス停前、ということでいいな?」「ああ、そういうことになる。悪いな氷室、時間とらせちまって。大会、近いんだろ? 練習頑張ってな」「善処しよう」そう言って二人は屋上を後にする。士郎は一旦教室へ。鐘はそのまま階段を下りて部室へと向かった。教室に戻り、一成がいないのを確認して生徒会室へ足を運ぶ。「一成? いるか?」と、扉の向こうへ声をかけるが返事がない。はいるぞ、と一言断って扉をあける。返事がないので当たり前だが、一成の姿はなかった。疲れているみたいだったし今日は早めに帰ったのだろう、と思って生徒会室を後にする。「さて、となると生徒会でやることがなくなったわけだが─────」これから6時まで残り1時間と少し。何をして過ごそうか?1. 陸上部の様子を見に行く2. 弓道部の様子を見に行く3. 少し早いがバス停に行って待つ4. この学校の結界について少し調べてみよう※この選択肢、あんまり意味はありません