第13話 騒乱への案内人─────第一節 巡回開始─────「はぁ………間抜け。まず始めに謝らないといけなかっただろうにさ」マンションから再び外へと出て、冬の夜空の下で呟く士郎。さっきの言葉が未だに頭の中に残っていた。そしてきっかけがあると思い出すのが人間。不意に浮かんだ光景は昨夜の鐘とのやりとり。今思えばトンデモナイ光景だと思い出して、口が微妙に引き攣るのが自分でもわかった。そんな自分に喝を入れる為に一度深呼吸をして両手で頬を思いっきり叩く。「………修行不足だな」小さく呟いてため息をつく。今日学校に行く道中に話した“思い出せない云々”の件は正しいんじゃないだろうか、などと考えながら周囲を見渡す。周囲はすでに暗い。人影もぱっと見た限りでは見当たらなかった。「シロウ、これからどうしますか。当初の目的通り一旦家に戻るのでしょうか」相変わらず控えているセイバーが尋ねてくる。「ん、そうだな………」当初の予定では、夕食を食べ終わってから再び見回りに出る予定だった。この時間帯ならまだまばらではあるが人はいるだろうと思ったからである。だからこそ人がいるであろうこの時間帯に家に戻り準備を整えて………と思っていたのだが見込みが大きく外れた。すでにこの時間帯から動き出している敵はいる。さきほどの長身のサーヴァントの様に。綾子の一件を受けて考えを改めて方針を変更する。「いや予定変更だ、セイバー。さっきの奴を探そう。まだ近くにいるかもしれない」そう言ってマンションの周囲を回る様に歩き始める。このマンションには狙われている知り合いが二人もいる。重点的に調べまわるのは当然であった。巡回する、ということは自分を危険に晒すという事でもある。囮になると決めた以上は殺される覚悟を決めなければならない。自分から戦うと決めた以上は、ランサーやバーサーカーの時のような過ちを犯す訳にはいかなかった。半人前かもしれないが魔術師としての心構えは毎夜鍛えてきたつもりである。一度深呼吸をして周囲を警戒しながら歩みを進めて行った。「そういえばセイバー。さっき鎧姿だったのに今はまた喪服だよな? あれ、どうしたんだ?」さっき気になった疑問をぶつけてみる。「あの鎧は私の魔力で編まれた物です。解除すれば消すということであり、自分の意志と魔力で着脱はいつでも可能なのです」「ふうん。なんだ、あの武装はいつでも出したり消したりできるって訳か」「はい。ですから心配は無用です。ここで敵が襲ってきても、シロウは私が守護します」「そっか。うん、そりゃ頼もしい」今さきほど自分の状況を改めて意識してしまった反動か、つい本音でそんな感想を漏らしてしまった。セイバーは気づかれない程度の僅かな反応を見せたが何も答えずに、とつとつと歩いていた。◇30分ほどマンションの周辺を巡回した。目に見えて判る異常などは全くなく、セイバーもサーヴァントの気配を感じなかった。「────ここら辺に異常はなし、か。これだけ無防備に歩き回れば何か反応の一つくらいあると思ったんだけど」時刻は午後7時半。歩き回った結果、会社帰りの人間をたまに見かける程度であり、サーヴァントやマスターらしき人物は見当たらなかった。「まだ近くにいるものだと思っての行動だったんだが、考えが甘かったか?」「いえ、シロウの行動自体は正しい。少し時間帯として早いとは思いますが、夜の巡回は決して無駄ではありません。今は手応えがありませんが、続けて行けば何等かの成果は上がる筈です」「………、まぁそうだといいんだが」どうも自分のスキルの無さの所為でうまいこと捜索できていないのではないか、と不安になる。だが不安になったところでいきなり自分のスキルが上達するわけでもないのでそこは諦めていたが。「とにかく次はもうちょっと範囲を広げよう。 セイバー、大体どれくらいの距離までなら感知できるんだ?」「大よそ半径200メートルといったところでしょうか。ただし相手が何らかの能力を行使している場合に限ります」「そうか。なら、このマンションを基点として半径200メートルの距離まで足を運ぼう。それでも変化がないようなら新都の方にまで範囲を広げるか」感知できないところまで離れるのは少し躊躇われるが様々な場所へ赴き、自分の存在を示す必要もあるため決断するしかなかった。「わかりました。───ですが、シロウ。夕食はどうするのでしょうか。休養を取る必要もあるかと思いますが」「いや、今はまだ大丈夫。それに腹減ったらコンビニに寄って何か買えばいい………ってそうか。セイバーは嫌か?」「いえ、私たちサーヴァントは基本的に食事は必要としないため嫌も何もありません。食事をとれば多少なりとも魔力補給ができるのは確かですが量は多くありませんから不要でしょう」つまり食事はないよりはあった方がいいということだろうか。「ふうん…………まあサーヴァントがどうのっていうのはわかったけど。セイバー自身はどうなんだ? 食べたいのか食べたくないのか」「用意してもらえるならば是非。食事は重要な活力源ですから」最初からそう言えばいいのに なんて思いながらまだ巡回していない場所を歩き始めていた。未だマンションに変化は見られない。願わくば今夜は何も起きないでほしい、などと感想を漏らしながら巡回を続けていく。―Interlude In―私は夕食を食べ終えて母親と二人でリビングにいた。「最近、物騒になってきたわね」ニュースを見ていた母親がそんな言葉を口にする。今現在報道されているのは深山町………学校がある方の町で起こった殺人事件。学校に比較的近い、ということもありこの事件に目が行くのも当然か。私もまたそのニュースを見ていた。こちらの町………新都で続発しているガス漏れ事件。欠陥があっただのなんだのという理由で起こったと言われているが、それにしても数が多い。確かに開発を急いでいた所為ということもあるだろうがそれにしたって多い。「鐘、部活動があるのはわかるけどおわったら早く帰ってきなさいね」父親は自室に籠って何やら難しい問題を抱えているらしく、書類とにらめっこ状態。父親はこの冬木の市長であり、当然ここ最近の事件への対策も考えない訳にはいかない。「できるだけ早く帰ります」そう返答だけはしておく。昨夜の事は言っていない。言ったって信じないだろうし、巻き込みたくもないから。傷のついた鞄は親に見つからないように隠し通している。こんな状況で余計な不安を煽るのもいやだから。ピピッ と電子音が鳴る。湯が溜まり終えたということを知らせる音だ。「お風呂先に入りますね」「ええ、どうぞ」母親にそう伝えて風呂場へと向かう。服を脱ぎ、風呂場へ入りシャワーを浴びる。家に帰ってきてから今まで特に変わったことはない。ちょっとした物音に敏感に反応してしまうという私自身の変化は多少あったがそれ以外には何も変わっていない。ここまで何も変わっていないと今までのやりとりが嘘のようにすら感じてきてしまう。(いけない。気を抜くな………)頭からシャワーを浴びる。湯が長い髪を伝い濡らしていく。そんな中で瞼を閉じて最悪のケースを想像する。もし家にいる間にサーヴァントなる者、マスターなる者が強襲してきた場合。それを考える。私はこの場合どう行動すればいいか。私だって死にたくはない。だが、母親や父親を巻き込みたくなんてない。襲って来た者は私に用があるはずである。ならば両親が巻き込まれる前に大人しく捕まるべきか。「────────」そう想像したとき少しだけ震える。捕まるという事は死ぬことになるのだろうか。衛宮と別れてから『自分は一体何ができるのか』ということを何度も考えてきた。普通は一般人である私は知りえることなどない“聖杯戦争”ということについて教えてもらった。本来秘匿されるべき事柄をそれでも教えてもらったというのは“何も知らないよりも知っている方が行動に差が出るから”。知っている方が僅かにでも今後の活動に影響がでるだろうという配慮。だからこそ何をどうすべきかを私は考えなければならない。しかし考えても考えても現状を打破できるような考えが浮かんでこない。「全く………自分の手持ちのカードがここまで意味を成さないとは」疲れ切った頭をほぐすように髪を洗い、体を洗う。こうしている瞬間に後ろから殺されるかもしれないという恐怖はある。だが、そればかりを気にしていたら何もできなくなってしまう。彼が周囲を警戒してくれているのならばせめてその不安で体の調子を崩さないようにしなくてはならない。冷静に、冷静に。そう言い聞かせて目を開く。考えをまとめよう。私は殺されそうになっている。なぜか。勘違い、もしくは見たから、という理由が主。勘違いの方はすぐに誤解が解けるだろうが、見たからと言う理由で狙ってくる敵は問題なく狙ってくるだろう。ではこれから逃れる方法は?私自身には術がない。どう考えても私一人ではどうしようもない。となると彼に甘えるしかない。もうこれに関する思慮はやめだ。なってしまった以上は彼に守ってもらおう。ならば次。「どうすればこの『聖杯戦争』とやらが被害を出すことなく早期に終わらせることができるか」これに限る。取り払えない脅威ならば早々に終局に持ち込むほかない。湯船に浸かりながら今後の方針を決める。こうなったら現状を打破するために逃げるのではなく立ち向かうべきだ。私ができることは少ないだろう。いや、もしかしたらないかもしれない。しかしいつ殺されるかもしれない恐怖に怯えながら、自分が人質として捕まるかもしれない不安を抱きながら毎日を過ごしたくはない。またその所為で彼に余計な負担もかけたくはない。「………明日、衛宮達とも話合うべきだな」オカルトの分野を全く知らない私が一人で考えても限界がある。「手伝えることと言えば………彼の家に泊まって負担を減らす、があるか。私ができそうなことは」しかし理由をどう説明すればいいか………。「ふむ。これはまた別の意味合いで難関だな………」湯船にしっかり浸かりながらどうしようかと悩んでいた。―Interlude out―「で」現在の時刻は午後9時半を過ぎたあたり。士郎とセイバーはマンション入り口付近にあるベンチに座っていた。このマンションにきてからだと既に3時間、見回りを開始してからだと2時間半が経過していた。「結局何の手がかりも反応もなしか」大よそのところを歩き回ったが何一つとして変わったことはなかった。そして流石に小腹が減ったので途中コンビニに立ち寄りおにぎりを購入して現在座って食べている。軽い夜食、といったところだ。「セイバー、口に合うか?」隣で同じくおにぎりを食べるセイバーに尋ねる。「ええ。問題はありません。ですが、このおにぎりよりもシロウが作ってくれた昼食の方が美味でした」「………そうか。じゃあ明日はセイバーが満足するようなものを用意するよ」おにぎりを食べ終えて今後の行動をどうするかを確かめる。次は新都の中心近くまで歩いての捜索である。「ふぅ………流石に冷えるな」冬の夜の下で3時間も歩き回っていた。時折吹く風は容赦なく体温を奪う。「シロウ、大丈夫ですか」「ああ。ま、何とかなるだろ。風邪はひく性質じゃないから大丈夫」ベンチから立ち上がり巡回を再開しようとする。これだけ探し回って気配の欠片も見つけられないのであれば今夜は誰も襲ってはこないのではないだろうか。「シロウ、この巡回が終えたら一度家に戻り体を休めるべきです。万が一の時に体が調子を崩していた場合は元も子もありません」「────む。確かにそうかもしれないけどさ、その間に襲ってきたりしたら………」「可能性として無くはないでしょうが、疲労を残したまま戦っては勝てる戦いも勝てません。体を休めるという事もまた戦いです。動き回るだけではいずれ敗北します。それに3時間も探し回った結果何の手がかりもつかめないということは、もうこの周囲にはいないかと思われます」「………まあ、そうだろうけどさ」それは感じていたことでもあった。というより普通に考えれば当然といったところか。いくらなんでもこれだけ探し回って影すらも捉えられないのだからこの場からとっくに去ったとみていいだろう。「他サーヴァントに関してもそうですね。なるべくならば人に見つからないように単独になっているところを狙う。もうこの建物には多数の人がいます。ここで派手な行動はできないでしょう」つまりはマンションという場所が功を奏したということなのだろうか。「美綴を狙ってたやつがもう一回人目を気にしてマンションに侵入するのは考えにくいか………? 聞けば美綴は何もしてないっていうことだから通り魔として判断してる。そこまで躍起になって狙ってくることもない?」そう考えれば彼女が再び狙われるということは限りなく低くなるだろうが別の問題も発生する。なぜサーヴァントが通り魔のようなことをしているのかということ。「なあ、セイバー。サーヴァントが一般人を襲って利点なんてあるのか?」「あります」きっぱりと言い切るセイバー。「簡単に言いますが、我々霊体であるサーヴァントの最も効率的な魔力の補充方法は他者を襲い魔力を奪う事です。通常魔力を持たない一般人も魂はある。その魂を奪えば魔力は補充できます。マスターからの供給でも十分でしょうが、“保有する魔力は多いに越したことはない”。故に人を襲うことに利点はあります」「人を襲って魔力補充………!? まさかどのサーヴァントもこんなことを平然とするのか………!?」「いえ、少なくとも私は断じてそのようなことはしない。昨夜のランサーやバーサーカーも同じでしょう。それこそ令呪で命令されない限りは己の魔力補充の為に人を殺そうとはしない」これまた言い切るセイバー。確かに彼女は昨夜といい先ほどといい一般人である二人の知り合いを助けた。そう言える奴でよかったと安堵しながら考えを巡らせる。「じゃあ美綴が襲われたのもそれに沿った行動ってことか。なら美綴に固執することはないか」なら大丈夫かな、と完結させる。「氷室についてだけど………」「彼女の場合は先ほど助けた女性とはケースが違う。一概に安全とは言い難いでしょう」「だよなあ………」綾子を守るというのももちろんだが当初の目的である彼女を守るということが達成できなかったら意味はない。「えーっと、氷室を狙ってくるかもしれない奴はどいつだっけ?」「わかっている者はランサーですね。キャスターとアサシンに関しては可能性でしかない。アーチャーは大橋のやり取りを見て勘違いしている可能性がありますが、私たちが囮として歩き回っているのですからいずれ真実に辿り着くでしょう。バーサーカーはヒムロではなくシロウを狙ってきているので可能性はあってもかなり低いです」「で、ライダーはこのことを恐らく知っていないと………」つまり一番警戒するのはランサーということか と結論を出して今後の方針を決める。昨夜の戦闘でランサーはこの新都の方へ逃げたと聞いた。ならばこの新都にマスターがいるということなのだろうか。「よし、じゃあ次は新都の中心まで足を運ぼう。何も異常がなかったらそれでよし。家に帰る前にもう一度ここによってから帰るってことでいいな?」「わかりました。マスターがそういう方針で行くのならば従いましょう」そうして二人は中心街へ向かって歩き出した。現在時刻は午後9時半すぎ。新都の見回りをしてから家に帰るとなると時刻は12時を超えるだろう。─────第二節 骨の軍団─────―Interlude In―─────不自然な闇を抜ける。人気の途絶えた夜。月明かりに照らされながら一寸先も見えぬ通路を抜けて、彼女はその室内に踏み入った。そこはとある新都の中心地から少し離れた場所にある建物。その建物の一室で収容された従業員は50人程度。そのほとんどが男性であり、皆糸が切れた人形のように倒れていた。「─────」彼女は歯を食い縛る。闇で視界が制限されているのが幾分かは救いになった。そして室内には草の香りが煙となって満ちていた。「何の香だろう、これ。アーチャー、貴方はわかる?」「魔女の軟膏だろう。セリ科の、愛を破壊するとかいうヤツだろう」「それってドクニンジンでしょう。愛を破壊って………ああそういうコト。男に何か怨恨でもあるのかしらね?」「だとすると相手は女かな。いや、何の恨みがあるかは知らんが、サーヴァントになってまで八つ当たりするとは根が深い」「能書きはいいから窓を開けて。………倒れてる連中は────まだ息はあるか。一応連絡は入れておくか。用が済んだら手早く離れるわよ、アーチャー」一面の窓を開け放ち、特別状態の悪い人間の手当をして、彼女は室内を後にする。「………チ。服、クリーニングに出さないと」くん、とコートの匂いを嗅ぐ。特別触れたわけではなかったが、密室空間の中の床には五十人もの人間が吐き出した血が溜まっていたのだ。臭いがコートに残ってしまっていた密室となっていた部屋がある建物の屋上へと足を運ぶ。彼女の背後にいた気配がカタチを得る。彼女───遠坂 凛の背後に現れたのは、赤い外套を纏った騎士だった。霊体として遠坂 凛を守護していたサーヴァント、アーチャーである。「それで? やはり流れは柳洞寺か?」「………そうね。奪われた精気はみんな山に流れていってる。新都で起きている昏睡事件はほぼ柳洞寺にいるマスターの仕業よ。マスターがどれだけの奴か知らないけど、こんなのは人間の手にあまる。可能だとしたら、キャスターのサーヴァントだけでしょう」「柳洞寺に巣くう魔女か。───となると、些か厄介そうだな」「キャスターは七騎のサーヴァント中最弱に類する。けど───いえ、だからこそ搦め手で他のサーヴァントに対抗しようとする。この大規模な魔力の蒐集もその一環でしょう」「だろうな。ならば厄介な事になる前に叩き潰すのが定石と言えるが………さて、どうする?」キャスターの気配は薄らとではあったが残っていた。気づきにくくなってはいるが、今から追えば尻尾くらいは掴めるかもしれなかった。それに何よりも、魔術師のルールを逸脱した振る舞いを自分の管理する土地で行う“敵”に怒りが沸き起こっていた。「まだ、仕掛けない」だが、彼女から零れたのはそんな感情を押し留める言葉だった。冬の風が黒髪を揺らす。彼女が告げた言葉には友人の誘いを断るような気軽さと上品な優雅さが窺えた。「賢明な判断だな。先の戦いで君は疲れているだろうし、その手の輩相手に深追いは厳禁だ。自ら火に飛び込む必要はない。それに逃げに徹する魔女を捕らえるのは骨が折れる。古代より魔女の逃げ足は速いものと相場は決まっているからな」「………それ、どこ情報よ?」「私の情報だ」ふーん、と微妙な反応を見せて、先ほどまで行っていた戦闘を回想する。通路に夥しく蠢いていた骨作りの雑魚ゴーレム達。その全てを、彼女は一人で破壊し尽くした。事実、その程度の軍勢にアーチャーの力を借りる必要などなかったし、そんな事でアーチャーの能力を晒け出す気もなかった。ただ外道を行く敵に怒りがあっただけ。だから戸惑いすら見せず、徹底的に敵勢を粉微塵に砕いた。たとえその骨の材料がつい先日まで生きていた誰かだとしても、一切の情をかけることなく滅した。「─────」その戦いで彼女が負った傷はない。ただ一つ。必死に、吐き気を堪えながら戦った代償に、唇を噛み切ってしまっただけである。「今判っている敵は四人。単独行動をするランサー。柳洞寺に巣食うキャスター。学校に結界を仕掛けた何者か。そして────」昨夜確認したセイバーのマスター、クラスメイトの氷室 鐘。「────ふむ」そんな彼女の言葉を聞いて今一度考えるアーチャー。「キャスターの動向も気になるけど、目下の敵は学校の結界の主と氷室さんかな」「その氷室という人物が結界を張っているとは思わないのか? もしくはキャスターが学校に結界を張っているとは?」「キャスターは外道だけど、最後の一線は守ってる。さっきの人達も誰一人死んではいなかったし。けど学校の結界を張ったヤツは畜生よ、際限ってものを知らない。キャスターは街全体から魔力を吸い上げれるのに、わざわざ学校に結界を張るのもおかしい。それに根こそぎ吸い取るのならとっくにやってるはず」「では、セイバーのマスターは?」「………氷室さんはそんな事をするとは思えないわね。彼女は頭もいいから、もしやるとしても学校には張らないわよ。もっと自分の関係ないところでやるわ、考えれる人ならね」これらはあくまで推測である。だがどちらにしても結果は同じだ。キャスターだった場合は“わからない誰か”がキャスターになるだけだし、セイバーのマスターであるならば“わからない誰か”が氷室 鐘になるだけである。なら敵は複数いると考えて動く方が足元を掬われ難いだろう。「氷室さんは手強いかな。クラスメイトでありながらその実魔術師だなんて全く気付かなかったし彼女もそれらしい言動も行動もとってないから見抜けなかった。相当隠れるのが上手みたいね」そんな彼女にセイバーか、ある意味納得もできるかな なんて一人の世界に入り込んで考える凛。「けど私だってボロは出してない筈だから少なくともサーヴァントのマスターとは気づかれていない筈。これは有利な点よ。いろんな作戦が立てられる」そんな彼女を見てアーチャーは声をかける。「凛、一つ尋ねていいか?」「? 何よ?」「いや何、本当にセイバーのマスターはその少女だったのか、と言う話だよ」「何が言いたいの? アーチャー」「私たちが大橋で見た光景だけで言うならば、なるほど彼女がマスターと見て取れても問題はないだろう。だが、セイバーが“本来の主の命令で”彼女を救ったとするならば?」「………やけに否定したがるわね。何? もしかしてマスターが女だったら敵対したくない、とかいうワケ?」「いいや、そんなことではない。だがセイバーのマスターは彼女ではないのではないか、と思ってな」「………ちなみに聞くけど、それは確証があってのこと?」ジトリ、と効果音が合いそうな視線をアーチャーに向ける凛。確かに凛自身も氷室 鐘が魔術師だったとは知らなかったが、昨日の一件でセイバーの後ろで戦いを見守っていた。「いや、確証はない。強いて言うならば勘や感覚、といったところか」「つまりは第六感ってワケね。なによ………あてにならないじゃない」天高く聳え立つ摩天楼より夜に飛び込む。アーチャーは主の身を包むように手を添え、凛は己の従者を信頼しその身を預ける。星空は遥か遠く、地上も悠遠の彼方。夜に沈む深淵なる闇を、赤き主従が翔けて征く。「………全ては明日。学校にいけば確認できる。氷室さんがいなければ黒。いてもサーヴァントがいたら黒。いなくてもかまかけてみて反応次第では黒。これなら問題ないでしょ?」全ては明日────学校にて。―Interlude Out―「………結局新都にもマンションにも異常なし、か。まあ何もないのが一番なんだけどさ」とあるマンションから歩いて離れていく士郎とセイバー。巡回初日となる今日は長身の女性………恐らくは消去法からしてライダーと思われるサーヴァントと出会っただけで他は何もなかった。現在の時刻は11時過ぎ。今から家へ向かえば日付が変わって数分後くらいに家に到着できるだろう。「────深山町に戻ろう。新都がダメなら、次は地元を見て回ろう」正直に言うとこのマンションから離れてしまうことに不安はあった。だが、総計約5時間歩き回り探し回って何も収穫がなかった以上は見切りをつけなければいけない。「わかりました。こちらの護衛も必要ですが自分の足場の確認をしなければ落ち着くこともできませんね」深山町へ戻る。大橋に人影はなく、道路を走る乗用車の影もない。戦闘の痕も残っていないところからして痕跡を残さないように細工したのだろうか。そんな静まり返った夜の中、士郎とセイバーは大橋を渡っていた。「確かここで戦ったんだよな? セイバー」大橋を歩きながらすぐ傍にいるセイバーに尋ねる。「はい。昨夜はランサーとここで打ち合いとなり、アーチャーの攻撃により戦闘が終わりました」「にしては、全く元通りになってるよな」戦闘があったという大橋を歩きながら周囲を見渡す。そこには不自然な戦闘の痕など全く残っていなかった。まさか痕が残らないように考慮して全員戦っているわけではあるまい。となると誰かが戦闘の痕跡を隠滅したということになる。まあある種当然か と内部で完結させる。目撃者がいたら即殺そうとする者すらいるくらいなのだ。隠滅が可能な範囲の戦闘痕跡などすぐさま消してしまうだろう。特にこの大橋の様な朝には人が大量に行き来する場所は。「狙撃されたっていうけどさ、どこら辺から狙撃されたとかわかるか?」「ええ。攻撃が飛んできた方角は今私たちがいた街の方から、あのビルになります」指差された方角の先にあるビルを二人で見る。「………センタービル? また物凄い距離があるんだが。アーチャーのサーヴァントってどれだけ目がいいんだ?」センタービルを一瞥して視線をセイバーに戻す。魔力で強化してセンタービルを見てもよかったがそんな事をしてもあまり意味はない。仮に見えたところで士郎には攻撃手段などないのだから。「アーチャーのサーヴァントは鷹の目を持つと言われています。アーチャーにとってはこの距離など何の問題もないのでしょう。それにアーチャー………弓を射る者が目が悪い訳がない」「まあそれもそうだよな。遠くにいる相手が見えなきゃ弓使って攻撃あてるなんて無理だろうし」大橋を渡り終えた直後。「───シロウ」背後にいるセイバーが肩を持ってきた。「ん? どうしたセイ………」言おうとした言葉が出なくなる。それはすぐ近くに彼女の顔があったから、というのもあるがそれ以上にその顔が真剣な表情をしていたからだ。「敵が………近くにいます」「………………!」違えようのない感覚。この大橋からセイバーが感知できる距離内にまるで挑発するかのように気配を放っている。その者は明らかにセイバーを意識していながら、しかしゆっくりと距離を離す様に遠ざかっていく。「我々を誘っているようですね。シロウ、どうしますか」「……………」誘う敵。戦争だというのだから当然倒さなければならないだろう。が、誘ってくる敵に合わせて喧嘩を売りに行くのはどうなのだろうか。そこが相手に有利な場所だったならば? そこに致命傷に至りかねない罠があったならば?危険はかなり高いだろう。ならばそこにむざむざ足を踏み入れるのはどうなのだろうか。「罠の危険性もあるから行くのに気乗りはしないな。…………けど、深山町に敵がいて、俺達に対して威嚇してきてるってことはこのまま家に帰れば危険は増すだけ、か」少し考えた後に出した結論は「よし、追う。放っておくわけにはいかないし。けど、セイバー。深追いはするなよ、あと危険だと感じたらすぐに退く。誘ってきている以上は何らかの手段があってのことだろうからな。いいな?」「わかりました。それに今はシロウには身を守る武器がない。そんなマスターの傍を離れる訳にはいきませんし、離れるつもりもありません」士郎は学校に昼食を届けに来てからそのまま現在まで巡回をしていた。当然武器となるような得物は持っていない。そんなマスターを残してまで戦いにめり込む彼女ではない。◇「どうだ? セイバー」「近いですね。………恐らくは先に見える公園内かと」見えてきたのは深山町にある少し大きめの公園。とはいっても新都にある中央公園や大橋のすぐ傍にある公園に比べれば小さい方ではあるが。罠がないか十分に確認した後に公園に入る。公園内にある街灯が公園のところどころを照らすがそれでも暗く、視界は悪い。見通しのきく広場とベンチやテーブルなどが設置されて憩いの場として設けられている場所があった。「見える限りでは罠も人影もないな。…………セイバー、もしかしてアサシンか?」もしそうだとするならばこの状況はいかがなものか。「いえ───」だが、セイバーは否定する。視線は目の前の闇。「敵が“今”現れました」そこには今宵別の場所でアーチャーのマスター、凛が片っ端から排除した骨の兵がいた。「! こいつら…………一体どこから?」周囲を見渡すと姿かたちは違えども同種の兵士が取り囲んでいた。数は二人の数倍以上。加えて士郎は武器になるようなものを持ち合わせていない。そして当然だがこの兵士達はサーヴァント、アサシンではない。この様な事ができる可能性が一番高いのは…………「キャスターだな。なるほど、自分は誘うだけ誘っておいて影から兵士を操り私たちを襲うか」鎧化し、不可視の剣を構えるセイバー。一方の士郎は何か武器がないか周囲を見渡していた。だが都合よく武器になるようなものが落ちている訳がない。最近物騒になってきていることもあり、昼間の間に凶器となりえるものは役員たちが回収しているだろう。となるといよいよ武器などなくなるわけだが、そこは強化魔術を使える士郎。武器ではない物もある程度の強度を持った武器にすることはできる。そう、例えば少しだけ太い木の枝とか。「セイバー。あそこの木の枝を斬れるか? 強化して一時的に武器にしたい」無論、手に入れた枝がたまたま木刀のように形の整ったものだったなどはありえない。だがそれでも手ぶらよりは断然マシであるためにこの後の行動は早かった。動き出そうとした骨の兵士を一瞬で斬り伏せてすぐさま木の傍へ移動。枝を斬り、木をそのまま足場として跳んで再び士郎の傍へ舞い戻ってきた。セイバーが離れた一瞬に近づこうとしたゴーレム達だったが、“それ以上に速い”セイバーによって阻止された。セイバーが渡してきた枝を手に取る。なるべく木刀に近い形にするために余計な枝を折り、強化を施す。「同調、開始トレース・オン────」何度もやってきた工程。故に間違えることはなく、数秒後の士郎の目の前には強化が施された枝があった。たがこれも気休めではある。長さにして木刀には遠く及ばない。短剣を少しだけ伸ばした程度のリーチしかない。「このような木偶をいくら集めようとも!」セイバーは襲いかかってくる骨の兵士を片っ端から斬り崩していく。一介の魔術師にすら劣る骨の兵士が英霊の、しかも最優と謳われるセイバーの相手が務まるわけがない。対する士郎も自身に強化魔術を施し、襲いかかってくる骨の兵士を迎撃していた。強化した枝木によって崩れていく骨の兵。が、当然ながら急ごしらえのリーチもない武器では多対一など対応できるわけもなく、何とか踏ん張っているところにセイバーの援護が入って敵が崩れ去る、という光景だ。「けど、これじゃきりがないぞセイバー!減っている気がしない!」「ええ、恐らくは術者の術を止めなければいけないでしょう。────しかし」ザン! と振り返りざまに剣を振るい骨の兵を切り崩す。その振り返った背後。士郎の視線の先。そこに自分たちを取り囲んでいる者とは別の者が立っていた。その者が手をセイバーに向けて翳したと同時に閃光が起こり「セイバー! 後ろ!」ドォン! という爆発音を響かせて爆炎がセイバーを包み込んだ。