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No.29793の一覧
[0] そして魔王様へ【DQ3】(5/8新話投稿)[NIY](2014/05/08 23:40)
[1] 新米魔王誕生[NIY](2014/03/05 22:16)
[2] 新米魔王研修中[NIY](2014/04/25 20:06)
[3] 続・新米魔王研修中[NIY](2012/09/28 10:35)
[4] 新米魔王転職中[NIY](2014/03/05 22:30)
[5] 新米魔王初配下[NIY](2014/03/05 22:41)
[6] 新米魔王船旅中[NIY](2012/10/14 18:38)
[7] 新米魔王偵察中[NIY](2012/01/12 19:57)
[8] 新米魔王出立中[NIY](2012/01/12 19:57)
[9] 駆け出し魔王誘拐中[NIY](2014/03/05 22:52)
[10] 駆け出し魔王賭博中[NIY](2014/03/19 20:18)
[11] 駆け出し魔王勝負中[NIY](2014/03/05 22:59)
[12] 駆け出し魔王買い物中[NIY](2014/03/05 23:20)
[13] 駆け出し魔王会議中[NIY](2014/03/06 00:13)
[14] 駆け出し魔王我慢中[NIY](2014/03/19 20:17)
[15] 駆け出し魔王演説中[NIY](2014/04/25 20:04)
[16] 駆け出し魔王準備中[NIY](2014/05/08 23:39)
[17] 記録[NIY](2014/05/08 23:37)
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[29793] 新米魔王初配下
Name: NIY◆f1114a98 ID:9f67d39b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/05 22:41
一章 五話  新米魔王初配下


 魔法。それはハルの世界に存在せず、この世界に存在する技術。
 自身の魔力をもって、世界に変革をもたらす行動。
 早朝、誰もいないダーマ神殿の訓練所にて、ハルは一人虚空に向かって手を差し出していた。

 魔法に必要な過程は四つ。
 放出、凝固、入式、発動である。

 工程1。放出。
 自身の魔力を放出する。魔法の基本中の基本にして大前提。自身の魔力を感じることさえできたのなら、誰でもできることだ。ただし、自分が必要な量をどれだけ早く出せるかは熟練次第である。

 工程2。凝固。
 放出した魔力はそのままだと霧散する。故に、放出した魔力を一カ所に固めてやることが必要となる。熟練者なら感覚で行えるが、初心者だと放出した魔力を無駄にしてしまう。

 工程3。入式。
 凝固させた魔力に魔法式を嵌め込み魔法を確定させる。この辺りから魔法が視覚に現れ始める。魔法式はLv上昇と共に自然と浮かんでくるらしく、これがLv上昇でしか魔法を覚えられない理由である。

 工程4。発動。
 魔法式に対する【キー】を唱えることで、魔法は発動する。ランド曰く、伝承には無詠唱で発動させた魔法使いがいたらしいが、お伽噺程度の話で本当にそんなことが可能なのかは分かっていない。


「……【メラ】」


 ハルが唱えると同時、手の平で淡く光っていた魔力から炎が顕現する。拳大に渦巻く火球が、明るみが差す空へと消えていった。
 魔法の発動に必要な魔力は、一定ではない。同じ魔法でも使用者の実力、使い方如何で使う魔力が変わってくる。
 未熟者の場合。放出する魔力を纏められず余分に魔力を使ってしまったり。逆に、熟練者は一定以上の魔力を注ぎ込むことによって魔法の威力を高めたりすることもできる。
 魔法の発動に必要な魔力は、最低値と最大値が決まっている。どれだけ熟練しようとメラの魔力量でメラミを放つことはできないし、どれだけ魔力を注ぎ込もうがメラがメラミを超えることはできない。
 過剰な魔力を術式に注ぎ込んだ時点で、その術式が崩れてしまうからだ。
 ハルは手を翳したまま、再び魔力を固め始める。
 先ほどよりも大きく、先ほどよりも強固に。

「……【メラ】」

 放たれた火球は赤子の頭ほどの大きさ。大体、先ほどのものより1,5倍程度大きいか。
 術具無しで魔法を使うのは、半人前では難しい。また、過剰魔力を凝固させ入式するのは、メラのような基礎魔法でもそれなりに熟練していないと不可能だ。メラミなどの中級魔法では、難易度は跳ね上がる。メラミの過剰発動を成せるのは、この冒険者が集うダーマにおいてもランドを含め3~4人程度。そのランドは、ヒャダルコの過剰発動を可能にするというのだから、彼が優秀を通り越した魔法使いであるという事実に納得できる。
 魔法使いになってわずか一ヶ月程度で過剰発動を可能にしたハルは、そのランドにすら驚愕を抱かせる存在であるのだが。

 さらにハルは魔力を放出する。それも、今し方出したものよりも大きく。
 凝固させる。未だ純魔力と呼ばれる入式する前の魔力でも、量が増える程に凝固は難しくなるが、Lv9では到底必要と思えない量の魔力をハルは凝固させる。
 魔力を錬る感触は、土団子を作るような感触に似ているとハルは思う。なかなか纏まらない土を、水を加え、固まりやすい土を混ぜて、ギュッと圧縮して、丁寧に丁寧に形を作っていくあの行程に。
 そうして作り上げた魔力に、自らの使える魔法式を加える。この瞬間、世界はハルが望んだように変容するのだ。



 ただし、それが正しく行われた場合、であるが。



「…………やっぱダメか……」

 ハルが入式したのはやはりメラである。入式した瞬間、固めていた魔力が崩れだし、完成していた筈の魔法が霧散してしまう。それを逃がさないように、さらに形を整えようとしても、今度は中に入れた魔法式が崩れてしまう。外と内から崩れ落ちては、魔法を維持しようとしても不可能だ。
 無論ハルとて魔法の前提条件は承知の上であるが、それでも毎日同じ事を繰り返している。

「……Lv以上の火力を出そうと思ったらこれが一番なんだが……」

 呟いて、ハルはため息を吐く。まだ魔法を使えるようになってたかだか一ヶ月と少しだが、手応えが掴めないどころか違う結果を導き出すことすらできないことに、陰鬱とした気分になってしまう。
 本当に無理なのか。それとも自分の持っている材料が足りていないのか。ランドも共に研究しているが、現状を抜け出す糸口すら見つけられない。

「ままならんなぁ……」

 肩を竦めて、最後にもう一度胸の前あたりに両手を上げて、魔力を凝固させる。放出量はメラの最低限と同じ。それを、ぎゅっと圧縮していく。
 小さく、小さく、圧縮すればするほど魔力は散ろうと暴れるが、外へ逃れようとする動きを制御して円運動をさせるかのように流れさせる。
 魔力凝固の基本訓練の応用である。本来なら凝固させ形を整えた時点でどれだけ待機できるかというものだが、そこにさらに手を加えたのがこれだ。イメージにあるのは、どこぞの大魔道士がやった収束ギラ。同じ魔法でも圧縮させ密度を高めることで、威力を上げられないかというもの。
 こちらは一応一定の結果を出せた。魔力圧縮により最低限の魔力ながら過剰魔法に近い威力を出すことに成功したのだ。
 ただし、今のハルでは両手を使う必要があり、圧縮に掛かる時間も長く、戦闘には到底使えるものではない。
 しかも魔力量が増えるごとに圧縮は難しくなり、過剰魔法を圧縮させるとなると最低でも1分ほどじっと魔力を錬らねばならない。基礎魔法でこれなのだから、中級魔法を扱うとなると、もはや冗談もいいところだ。
 ハルはそのまま押しつぶすように手の中の魔力を霧散させ、グッと背を伸ばす。既に剣を振り軽く体を動かした後なので、大体これで朝の日課が終わりである。
 と、ひょっこりと訓練場に新たな人物が顔を出した。
 その人物はハルの顔を見つけ、童顔にニパッと人懐っこい笑みを浮かべる。

「相変わらず朝早いですねハルさん。おはようございます」
「あぁ。おはようエベット」

 寄ってくるエベットに、ハルは手を挙げて応えた。

「ほんと努力家ですよねハルさん。僕らも結構早く起きないといけないのに、それより早く鍛錬してるんだから」
「才能無いからな。早く強くならんといかんし、やれることはやるべきだろ」
「それにしてもですよ。好きな人の為でしたっけ? 普段凄い冷静沈着って感じなのに、情熱的だなぁ。そんなに想って貰えるなんて、その女の人は幸せですね」
「どうだかな……まぁ、命を賭ける程度にいい女ではあるな」

 返ってきた言葉に、エベットはタラリと汗を流す。やぶへびだったとばかりに、口元が引きつっている。どうやら、意図的に会話の方向を操ろうとしていたらしい。

「あ、あははは。あっ、そろそろ朝ご飯の時間ですよね? 行きませんか?」
「ん? そうだな。んじゃ、飯食ったらとりあえず外行くか。さっさとLv上げんとな」

 なりふり構わず、どうにか誤魔化そうとしているエベットに向かって、おそらく一番聞きたくないであろう言葉をハルは選んだ。素直に手加減してくれと言えば、ある程度で連れるのは止めるというのに、下手に策を練った罰である。ロドリーからも頼まれているので、しっかりと鍛錬させてやろう。

「あう……はい……」

 がっくりと、エベットが肩を落とす。この後待っているデスマーチ(ハルと外での魔物退治)に思いを馳せているのだろう。
 ハルとて、彼がいなければこんなことできないのだから、感謝している。できるだけ命の危険がないようには配慮しているし、守りきってみせるつもりだった。エベットが望むのならば一人で戦う事も別に構わないのだが、そんなことを言い出せば無理にでも付いてくるだろう。何とも、お人好しな少年である。
 グシグシと、エベットの金髪を乱暴に撫で回しつつ、ハルは訓練場を後にした。




***




 修道女に教えられたのは、神殿に程近い宿屋だった。巡礼してきた者や神殿に長らく通う者等がよく利用しているらしい。
 値段も手頃で、特に高きを求めない長逗留する者が多いそうだ。
 大きさ的には、少し大きめの大衆食堂といったところか。修道女から聞いたところ、食事だけ取ることも出来ると言うことなので、おそらく建物の二階部分が宿泊施設になっているのだろう。
 おもむろに扉を開き、中へと入る。ハルの想像通り、入ってすぐの広間にテーブルが幾つか並べられ、カウンターの向こうに厨房が見えた。俗に言う『冒険者の宿』的なイメージだ。こちらの世界にはこういった宿の方が多いのだろうが。

「おや、珍しい時間帯のお客さんだね?」

 入ってきたハルを見受けて、床掃除をしていた女性が声を掛けてきた。
 色の濃い茶髪をサイドテールにした、活発そうな女性である。二十代の半ば頃と思われるが、店を構えるには少々若い。

「先に用事を済ませてきたんでな。少しばかり長く滞在したいんだが、あんたに言えばいいのか?」
「そうさね。私に言うのが一番適当なんじゃないかな?」

 試すような物言いに、ハルは理解して両手を挙げる。降参の意だ。

「……すまなかった。しかしまぁ、いくら何でも分からんだろう? この店を持つには、あんたはちょっと若い」
「おやまぁ、今のだけでそこまで分かるかい? あんた私より年下だろうに、随分と鋭いね。無駄に年ばっか取ってて、本当のこと言っても信じない馬鹿もいるんだけどね」

 驚きながらも楽しそうな女性に、ハルは肩を竦める。

「それだけが取り柄でね。今日転職したばかりでしばらく厄介になりたい。名前はハルだ。部屋はあるか?」
「おやおや、転職か。それはおめでとう。三年ぶりってとこかな? 部屋なら空いてるよ。元々、お客さんみたいな人や巡礼に来た人の為に父親が建てた宿屋だからね。泊まる人があんまりいなくて食事提供のみもしてるけど」
「それは重畳。なら、長期宿泊で頼む。とりあえず、一ヶ月ぐらいはいると思う」

 言って、ハルは肉なりなんなりを売りさばいた金を出す。小銭袋には、大体300G程度収まっていた。

「んー、一泊5G。一月で140Gだね。食事は朝食はタダ。昼食と夕食は自前か、ここで食べるなら宿泊客は1G負けてるよ。はい、こっちは返しとくね」

 小銭袋から140G抜き出して秤で重さを確認した後、残りを手渡される。修道女に言われたとおり、他の宿と比べて三分の二程度の値段だった。
 小銭袋を懐にしまいながら、ハルは一応確認をしておく。

「親父さんは病気でか? 結構前みたいだが」
「あや、随分と聞きにくいところをあっけらかんとまぁ。そうさね。五年ほど前にはやり病でね。しっかしまぁ、よく分かるもんだね? ひょっとしたら寝込んでるだけとかありえない?」
「物の位置がな。殆どあんたが扱いやすいように収まってる。厨房はこっから見ただけでも動線が分かるし、他にも身長とか手の長さ的にな。少しばかり寝込んでるとかじゃ、あんたの好き勝手にしすぎだ。んで、この状態になるには一年やそこらじゃ無理だろ。まあ、経験込みで大体二年以上。年齢的に考えたら五・六年以内か。あんたが継ぐほどで、そんだけ長い期間があれば後は大体想像がつく。ついでに、見た感じ気にしてないというか、むしろ気にした方が嫌がられそうだったからな」

 ハルがつらつらと述べた答えに、女性は惚けたように関心をする。

「はっは~、見事だね。人を見る目もありそうだし、諜報とかめちゃくちゃ得意なんじゃないかい? っと、そういやまだこっちが名乗ってなかったね。この宿屋『小枝』亭の主人、ロゼッタだよ。そんな立派なとこじゃないけど、これからよろしくね」
「十分過ぎるさ。こちらこそよろしく頼む」

 互いのことを理解したところで、ロゼッタはハルを部屋へと案内した。ハルに宛がわれたのは、二階の一番奥の部屋。部屋の中はシンプルにベッドと机、小さなクローゼットのみ。窓からはダーマ神殿がよく見えた。
 元々、ハルは荷物は少ない。部屋に置いておけるのは少量の着替えぐらいだ。まぁ、リメイク版以降の四次元袋でもない限り、冒険者であるなら誰もがこの程度なのだろうが。

 荷物を置いて、予定通りにハルは町へと繰り出した。
 最初に行ったのは、よく情報収集の場とされる酒場。まだ夕方にも差し掛かっていないのに、冒険者風である連中が既に飲んでいた。まぁ、ハルのように毎日戦いに明け暮れる事など普通しないのだから、別段問題はないのだろうが。
 この世界の冒険者は、基本数人でパーティを組んでいる。ハルのように一人で戦っていては、命がいくらあっても足りないからだ。Lvはまちまちで、駆け出しはそれこそ5とか6などもいるが、平均的な冒険者としては8・9辺り。20を超すような者はまさしくトップクラスである。そのような者は宮仕えしていることも多々あるが、個人的理由によって冒険者を続けているような者もいるようだ。
 冒険者達は基本、こうした酒場に張り出される依頼をこなして生活をしているらしい。
 依頼内容は、簡単な雑用から、薬や道具・武具などの素材を採取してくること。町から町へ移動する際の護衛などが主である。
 ハルのように魔物の皮や燻製を売ることもできるのだが、魔物を倒す労力の割に稼ぎは少ない。依頼でもない限り、魔物退治は割に合わないのだ。

 ハルが次に向かったのは、武具を売っている店だ。ゲームでは一つの町に一つが原則であったが(アッサラームは例外として)、普通にダーマには三・四軒存在する。大きな町であるから当然と言えば当然だろう。
 ドラクエ世界と言えば、やたら武具が高いイメージがある。何故たかがひのきの棒が5Gもするのか(宿屋は一泊2Gとかなのに)。ゲームバランスを考慮した結果なのだろうが、幼心にも納得できなかった覚えがあった。
 しかし、ひのきの棒は武具屋で売られていなかった(当たり前だが)。棘付ハンマーみたいな棍棒が10Gで売られている時点で必要無いと言えばそうなのであるが。
 実際問題、魔王が現れて以降、武具の値段は上昇しているらしい。理由は素材が安価で手に入らなくなった事。鉱山などにも魔物が出現するため、護衛を雇わねばまともに取る事もできないのだとか。その分需要も増えているので、爆発的に上昇しているという訳ではないようだが。
ちなみに、ゲームほどには高くない。ハルの持っているような鋼の剣で大体1000Gほどだ。ロゼッタの宿で200日分と考えれば高いが、マッドオックス一匹が大体50程度で捌けたところから見れば妥当か。
 戦士ならば鋼の剣を持つほどになれば一流であるとされる。依頼をこなして貯めようと思っても、諸費諸々が嵩んでなかなか貯められないのが現実らしい。ハルがジパングで鋼の剣を手に入れたのは相当運が良かったようだ。
 できることなら防具を買いたかったのだが、いかんせん金がない。今の金だと、生活費だけでカツカツである。Lvも1であるし食費が足りなくなった時点でロゼッタにツケを頼まなければならないと思うと、一刻も早く外で稼げるようにならなければならない。

「……無難に雑用の依頼とかこなすか? しかしそれじゃLv上げんの遅れるしなぁ」

 夕飯を路地にあった格安の店で食べて、ハルはそのまま店の机に突っ伏していた。

 ある程度は訓練施設で頑張れば上がるだろうが、ダーマ周辺の魔物に勝てるまで上げられるかといえば無理である。
 いくら転職して能力が元より高いとはいえ、一人で戦うならばやはりLv10は必要だろう。こちらにはイヨもいないので、回復手段が教会に行って神官に頼むか、ちまちま薬草を塗って宿で休養をとるしかない。前者はただでさえ金欠なのにそれを加速するし、後者なら二・三日に一度戦闘することしかできない。魔物を倒して処理できなければ、大怪我一つで即終了だ。
 かといって、冒険者用の依頼なんかこなしていてもLvが上がるのが遅くなる。雑用など経験値が入らないし、商隊の護衛なんかでも十数人単位で雇われるから、ちまちま攻撃呪文で削ったところで自分に入る経験値がいかなものか。毎日戦ってもLv15に届くまで一年とか掛かりかねない。毎日戦ったとしてそれだから、実際そこに届くまでよほど危険な場所へ行って二年か、果ては三年か。この世界のLv平均が低いのも納得である。

「…………どうするかなぁ」

 つくづく、ジパングでは恵まれていた事を実感させられる。ヒミコにおんぶに抱っこでこれだから、自嘲の笑みすら出てくるほどだ。
 調子に乗っていたことは否めない。しかしながら、時間がないのも事実。何とかして、Lvを上げる方法を模索しなくては。

「…………ハルさん?」

 と、うんうん悩んでいたハルの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。この町でハルが知っている者など、たかが知れている。
 果たして、顔を上げた先にいたのは見覚えのある金髪―――エベットだった。

「やっぱりハルさんじゃないですか。何だか落ち込んでるみたいですが転職上手くいかなかったんですか? あ、これからお食事でしたら、お邪魔でしたか?」
「ああいや……転職は上手くいったんだがな……」
「ふむ、何やらお困りの様子ですな?」
「うお!? あんたどっから出てきたんだっ!?」

 普通に近づいてきたエベットはともかくして、気配すら感じさせず現れたロドリーにさしものハルも驚きを示す。ハルはこれでも気配察知にはそこそこ自信があったために、思わず声を出してしまった。
 ハルの驚きを見て、ロドリーは口髭を触りながら朗らかに笑う。どうでもいいが、フォーテといいロドリーといい、教会関係者で髭を生やした人物は皆そんなに口髭が自慢なのか。それとも何だ。髭を生やしているのが偉いのか。

「はっはっは、いくらハル殿でも落ち込んでいる時に敵意無く気配を断っている者は発見できますまい。それで? 何をお悩みですかな?」
「…………あんたに会ったことだって言ってやりたいんだが……いや、金が心許なくてね」
「お金ですか? 確かマッドオックスを売り捌いて幾らか稼いでましたよね?」
「あーダメ。あの程度じゃ宿泊代で半分消えるし、食事考えたらもうな。一食3Gに抑えても一ヶ月もたん。しかしLvを上げないことには外で魔物を狩ることもできんからなぁ」

 ハルの答えに、エベットは軽く頭を傾げる。

「? でしたら危険のない依頼とかすればいいんじゃないですか? Lvが低い間はそうした依頼をして生活するものだと思っていたんですが」
「他の奴はそうらしいがな。そうするとLv上げんのに時間が掛かりすぎるんだよな。ざっと考えて一月でLv5行ったらいい方か? この辺で戦えるようになるまでいくら掛かることやら……」
「って、そんな直ぐにLv上げようと思ってたんですか!? いくら何でも無理ですよ! 一月でLv5まで上げるのだって、ハルさんが転職してなかったら絶対無理ですし、この辺りの推奨は10ですよ? Lv10まで上げるのなんか、転職した人でも二年は必要じゃないですか! それこそ、転職してない人じゃ10まで上げるのに何年も掛けるのに……」

 あまりにも常識外れなハルの発言に、エベットは声を上げずにはいられなかった。
 ハルも自分がいかに無茶な事を言っているかは理解している。そんなに簡単にLvを上げられるのなら、この世界のLv平均はもっと高かっただろう。
 だが、ハルには時間がなかった。いつ勇者が旅立つのかも分かっていない今、一刻も早く力を付けなければならない。

「……訳ありですかな?」

 静かに、ロドリーが問いかけてくる。普段はどうにもアレな人物ではあるが、柔らかく笑んでいる目の奥には、人生経験豊富な聖職者の顔が見えた。
 隠しても無駄かと、ハルは肩を竦める。

「俺には時間がない。他の奴みたいに、何年も掛けてLvを上げている訳にはいかない」
「ふむ……理由を聞いても?」
「…………惚れた奴がいる。そいつの為に、俺には力がいる。力が無くちゃ、あいつを救えない。最高四年っていう時間制限付きだ。できることなら、魔王を倒せる程に」

 ハルの言葉に、エベットは絶句する。

「魔王を倒すって……本気ですか!? あの英雄オルテガだって倒すどころか、たどり着く事もできなかった相手ですよ!?」

 絶叫するようなエベットの声に、周りがざわざわと反応した。エベットの話し相手であるハルに視線が集まり、あちらこちらで囁きが聞こえてくる。
 しまったと、エベットが慌てて口を押さえるももう遅い。

「…………場所変えるか」
「ですな。あまり目立ちたくないご様子であるし」
「……………………すいません」

 へこむエベットの頭をポンポンと軽く叩いて、ハルは立ち上がった。
 場所を変えると言っても、静かに話が出来るところなどハルには限られている。それではとロドリーが、町に設置された小さな教会へと案内してくれた。
 大きさは一軒家程度である。ダーマにはこうした小教会がいくつか造られており、町の人間の悩みなどを聞いたりしているそうだ。確かに、相談者の全部がダーマ神殿の方へ押しかけては大変な事になるだろう。中にいる神官は完全に固定ではなく、数ヶ月ごとの持ち回りだそうである。ロドリーの用事とは、このことだったのだ。
 夜になり相談時間も終わった教会内は、静かであった。

「それで、ハル殿は本気で魔王を倒せると?」

 個室でテーブルの周りに座ったところで、改めてロドリーが口を開いた。

「本気だよ。世界を救おうだなんて馬鹿げた理由じゃないがね」
「しかしながら、今まで多くの人間が挑んで成し遂げられなかったことです。その中にはもちろん、ハル殿よりも遙かに強い人物はいくらでもいた」
「分かってるさ。それでも、やれなくちゃ俺が生きてる意味がない。俺が生きてるのは、惚れた女の為だけだ」
「なるほど……」

 ロドリーは今の問答だけで納得したのか、コクコクと頷いた。話していない部分があることも分かってるだろうに、眩しいものを見るかのように、目を細める。

「見た目によらず、随分と情熱的なお方だったようですね。あなたにそこまで思われる女性と、一度お会いしてみたいものです」
「……そりゃどうも」

 実際、ロドリーはハルの思い人とは何度も顔を見ている事だろう。年に一度はヒミコの元を訪れてるわけなのだから。

「それでは、心強き悩めし人よ。僅かながらでもその手助けを致しましょう。エベット、ハル殿に付いて修行なさい」
「へ? …………僕…………ですか…………?」

 急に話を振られて、エベットが目を白黒させる。
 確かに、僧侶であるエベットが一緒ならば、ハルはかなり助かる。ハルがもしこの辺りで戦おうと思えば、最低でもLv10は欲しいところだが、回復と補助をエベットが担ってくれるのならばもっと早くそれができる。

「そりゃ助かるが……いいのか?」
「はい。もとより教会は悩める人を助け導くためにあるのです。それを見捨てては、神の御心に適う行いなど到底できないでしょう。丁度、エベットの修行にもなりますしね」
「いや! そのっ! ロ、ロドリー様僕は!」
「いいですねエベット?」
「あ…………はい…………」

 ロドリーの有無を言わせぬ笑顔に、がっくりと頭を垂れるエベット。やはり、弟子に対してはそれなりに厳しいのか。

「それではハル殿。エベットのことをよろしく頼みます。とはいっても、しばらくは神殿内の施設で鍛錬をすることになるのでしょうが。転職したとはいえ、最低でもLv5はなかったら命を落とすでしょうから、一ヶ月ぐらいは後の話ですかな?」
「…………いや、二週間だ。戦いに行けるようになるなら、別段他のことをする必要はないからな。二週間で5まで上げてみせるさ」

 不敵に笑むハルに、ロドリーは朗らかな笑い声を上げる。その脇でしくしくと涙を流しているエベットをしっかりと無視しながら。




***




「【ギラ】」

 声と共に、ハルの手から放射状の火が生まれ出る。ゲームではグループ攻撃の魔法も、こちらでは中範囲程度のものになる。
 放出された火炎放射の先にいるのは、キラーエイプが一体とマッドオックスが二体。炎に巻かれた魔物達は、揃って痛みによる悲鳴を上げた。
 だが、この程度ではまだ倒せない。ハルが剣を構え直すと同時、奇襲に猛った魔物達はハルに向かって殺到する。
 マッドオックスは直線を走らせたら速い。巨大な角を突き出すように突進してくる。まともに受けたら、無事では済まないだろう。
 魔法使いの体では避けようがない速度の突進を、しかしハルは冷静に見ながら地面を軽く蹴った。
 瞬間、景色が一気に流れる。マッドオックスから見れば、ハルが消えたかのような速度。完全に目標を見失ったマッドオックス達に向けて、ハルは手を翳す。

「【ボミオス】」
「「グモオッ!?」」

 ハルの手から生まれたのは、緑色の光。それに当てられたマッドオックス達は、ズシリとたたらを踏んだ。普段より遙かに重みを感じる体に、バランスを崩したのだろう。
 速度を落としたマッドオックス達に向けて、新たなる声が掛けられる。

「【ラリホー】!」

 唱えたのは、草むらに隠れていたエベットだった。マッドオックス達の目の前で紫色の球体が弾け、ズンとその体を横たえる。魔法による強制睡眠だ。抵抗されることもあるが、今回は狙い通り二匹に効いた。
 と、ハルは再びその場から飛び退く。横凪による風圧は、キラーエイプの右腕が起こしたもの。

「グオォォオオ!」

 ズンと重い足音を鳴らしながら、ピオリムで補正されているはずのハルの速度に、キラーエイプは付いてくる。
 その巨体に似合わない速度で繰り出された左手による平手は、違わずハルを捉えていた。ハルはそれを剣で受けるが、ハルの筋力では押し勝つ事などできるはずもない。キラーエイプの力を利用するように、ハルは自ら地面を蹴った。

「っと、【イオ】!」

 幾ばくかの衝撃に堪えながらも、ハルは体制を立て直して魔法を放つ。一直線に飛んだ光の玉が弾け小さな玉になり、それが連鎖を起こしながら爆発する。
 爆発にはその場にいた魔物全員が入っていた。眠っていたマッドオックス達は為す術もなく吹き飛ばされ、声も上げられず絶命する。が、キラーエイプはそんな衝撃など感じてもないかのようにハルに向かってくる。
 もとより、キラーエイプの体は衝撃に強い。強靱な肉体に加え、体毛が衝撃の殆どを吸収してしまう。
 ハルもそのことは承知していたが、今回はマッドオックス達を始末することを優先させた。ギラではマッドオックスに届かず、眠った彼らが起きたときに、エベットが危険にさらされるからだ。イオで少しでも牽制になればと思ったが、効果は今ひとつだった。

「ハルさん! このっ!【バギ】!!」

 エベットは最近覚えたばかりの攻撃魔法を放った。真空の刃が渦を巻いてキラーエイプに襲いかかる。

「グオオ!」
「なっ!?」

 されど、キラーエイプは怯むことなく拳をハルに振るう。傷つきながらも動きを止めなかったキラーエイプにエベットは驚きの声を上げ、ハルは狙い澄ましたかのようにその腕をかいくぐった。
 この辺りは戦闘をいかにこなしてきたかの経験則である。バギを受け、勢いを落とされた攻撃ぐらいなら、予測さえできていれば今のハルでも躱すのは容易い。
 懐に飛び込んだハルは、そのままキラーエイプの腹へと剣を突き立てた。が、力が足りていないためにその一撃は致命傷には至らない。

「グガアアアアアア!」

 懐にいるハルに向けて、キラーエイプが腕を振り下ろす。下手をすれば致命傷になりかねない拳を、しかしハルは無視して剣が突き刺さった場所に手を添えた。

「【ヒャド】!」

 キラーエイプの体内に、直接氷の刃が作られる。本来ならばそこまでの威力は無い呪文だが、過剰魔力により生み出された力はキラーエイプの体を内から完全に凍らせた。
 振るわれた腕は途中で止まり、キラーエイプは彫像と化した。
 剣を引き抜いて、ハルは刀身を確かめる。今みたいな無茶な使い方ばかりしているせいか、手入れを欠かしていないというのに、鋼の剣はかなり傷みが激しくなっていた。

「もうそろそろ替え時かもな。まあ、一応金もそれなりに貯まったし、新しいのも買えなくはないんだが」

 呟きつつ、ハルは剣を鞘に戻す。その頃には、エベットもこちらへと近づいてきていた。

「ハルさん、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、問題ない。受けたのも一発だけだからな」
「すいません……止められると思ったんですが……マヌーサの方が良かったのかな……」

 ハルを危険に晒してしまった事に罪悪感があるようだが、ハルはその頭をポンと軽く叩いてやる。

「いや、あれでいい。マヌーサ使ったって効かなかったらそれまでだし、効いたところで勢いが変わる事はないからな。バギで勢い殺せてたから、あの攻撃を躱せた。ま、その後驚いて動き止めたのはまずかったがな。助かった。ありがとう」
「あ……はい!」

 礼を言われ、エベットはいつもの笑顔を浮かべる。前向きなのも、この少年のいいところだ。
 エベットと共に戦うようになって三ヶ月。ハルはLv13。エベットはLv12まで上がっていた。最初の頃こそエベットは辿々しい戦い方で、ハルも危険な目に何度もあったが、ここ一ヶ月ぐらいは非常に安定して戦えている。ハルの方がLvが高いのは、前線にいて敵の攻撃に晒されているか、後ろで援護しているかの差である。

「ハルさん、戦いの組み立て上手ですよね。相手の動き読んだりとか、有利な状況作ったりとか。状況判断とかほんと一瞬ですし、僕もそれだけ動けたらなぁ」
「まあ、そうしないと間違いなく死ぬからな。状況判断は経験だよ。お前だって、最初に比べたらだいぶ早くなってるしな」
「そうですかね……うん、でもこんな短期間でLv5も上げられるとは想像もしてませんでした。もう一度同じことやれって言われたら絶対拒否しますけど……」

 後方で援護しているだけでも何度か死にそうな目にあった最初の頃を思い出し、エベットは苦笑する。ハルも同じように苦笑を返して、とりあえずマッドオックスを処理しようかと足を向けた。
 と、少し離れたところから爆発音らしきものが耳に届く。

「…………誰か戦ってるんですか?」
「……みたいだな。少し見に行くか?」
「ちょっと体力的にはきついかも知れませんけど、危なそうなら手助けするべきですよね?」

 聖職者らしい答えに、ハルは軽く肩を竦めて了承の意を示した。二人は周りを警戒しながらも、戦闘音がする場所へ向けて移動する。
 果たして、そこでは魔物と戦っている者達がいた。
 三人の冒険者達。装備を見る限り、構成は戦士、盗賊、魔法使いか。戦っている相手はスカイドラゴンである。

「……珍しいな。こんなところにスカイドラゴンがでるか。あれの生息地はもう少し北東の山手だった筈なんだが」
「ガルナの塔近くにも出ますから、そっちから流れて来たのかもしれませんね」

 茂みに隠れつつ、ハル達は戦闘の様子を眺める。優勢なのは冒険者達だ。
 おそらくはそこそこLvが高い。装備も一般的な冒険者よりも質が良さそうである。

「離れろお前ら! 【イオ】!」

 魔法使いの男の声に合わせ、戦士と盗賊が飛び退く。直後、スカイドラゴンに爆発が襲いかかった。

「クギュオオオ!」

 ボロボロの体に衝撃を受け、スカイドラゴンが叫びを上げる。そこへ戦士と盗賊が飛びかかり、双方の武器を突き立てた。

「クオオォォォオオオオオ!!」

 断末魔。耳を劈くような声を上げ、スカイドラゴンが地に伏せる。完全に冒険者達の勝利だった。

「ま、一対三ならスカイドラゴンでもあんなもんか」
「ですね。ハルさんならどうですか?」
「んー、まだ一対一ならきついかもしれんな。お前がいりゃ何とでもなるが」
「えへへ……ありがとうございます」

 ハルからの信頼に、エベットが嬉しそうに笑む。相変わらず、無駄に女性陣に人気が出そうな顔だ。

「んじゃ、帰るか。さっきのマッドオックスはもうやられてそうだしな」
「ちょっと勿体なかったですね。仕方ないかもしれないですけど」
「まあ、一日ぐらい稼ぎが無くても大丈夫だ。お前のお陰で結構貯まって……ん?」
「? どうかしたんですか?」

 ハルが何かに気付き声を上げ、エベットがそちらを振り向く。二人の視線の先では、先ほどの冒険者達がなにかを見つけたようだった。

「あれは……スカイドラゴンの子供か?」

 目を凝らしてみれば、倒れたスカイドラゴンの肉体にまとわりつく小さな影が見えた。
 なるほどと、ハルは推測する。おそらく、あのスカイドラゴンは子育てのために生息地を離れたのだろう。この辺りは人が入ってくることはないし、キラーエイプなどの強めの魔物が少ない。
 どうやら、冒険者達はその子供も殺そうとしているようだった。
 仕方の無いことではある。あの子供が大きくなったとき、人を襲わぬとも限らない。いや、ほぼ間違いなく襲うだろう。たとえ人里から離れた所へ行ったとしても、親を失った子供が生き残れる筈がない。他の魔物に襲われたら、結局同じ道を辿ることになる。
 弱肉強食。特にこの世界では強い摂理だ。
 スカイドラゴンの子は、もはや動かぬ親の体を揺らしながら鳴き声を上げていた。その声を聞きながら、戦士らしき男は顔に笑みを浮かべ剣を振り上げる。

「……あーったく」
「え? ハルさん!?」

 髪を掻き上げるように頭を掻きながら、ハルはその場所へ向けて歩き出した。いきなり行動したハルに驚きながら、エベットが慌てて付いてくる。
 冒険者達は、突然現れたハル達に動きを止めていた。

「何だお前ら?」

 剣呑そうに言うのは、盗賊風の男だ。明らかにハルを警戒している。折角仕留めた獲物を横取りするつもりかと思っているのか。
 いつでも動けるように相手が身構える中、ハルは軽く手を挙げる。

「いやなに、大した事じゃないんだがね。親はともかくして、そんな小さい魔物殺したって何の徳にもなりゃしないだろ? 経験値にもならんことだし」
「はぁ? 何言ってんだお前? 魔物何だから殺されて当然だろうが」

 魔物であるから、それは人間の殆どが持つ共通認識であろう。ハルとて、Lvを上げるために数多くの魔物を殺してきたのだ。彼らを責められる立場ではない。

「ま、そりゃそうだけどな。ただの気まぐれだよ。俺の顔に免じて、逃がしてやってくれないか?」
「何でてめえの顔に免じなきゃなんねぇんだよ。どこのどいつかも分からん奴に。それに、こんな小さい奴でもスカイドラゴンだぜ? こいつの剥製がいくらで取引されてるのか知ってるのか?」

 この世界には、魔物の剥製をコレクションしている好事家が存在している。スカイドラゴンはそれなりに見栄えのする強力な魔物だ。ハルも、大体の金額は把握している。

「そのちっさいのでも200ってとこか? 傷が少なけりゃそれぐらいはいくだろうな」
「はっ、分かってんじゃねぇか。じゃあ逃がすわけないよなぁ?」

 凄む男達に、ハルは威圧された風でもなく肩を竦めた。そして徐に、腰の剣を取り外す。

「じゃあ、この剣と交換してくれ。かなり使い込んでるが、一応鋼の剣だ。売れば、400にはなるだろ」
「は、ハルさん!? そんな! それずっと使ってきた剣じゃないですか!」

 ハルの言葉に、エベットと冒険者達は目を剥いた。鋼の剣は、特に戦士にとっては憧れの一品である。それを抜きにしても、400Gという大金が降って沸いてきたのを驚かない訳がない。エベットにしてみたら、魔物の子供一匹助ける為に自らの愛用の武器を手放すなんて、馬鹿げてるとしか言いようがない。

「そっちの親の死体は好きにしても構わん。なら、これで十分すぎるほど元は取れてると思うが?」

 言われて、冒険者達の目に思案の色が浮かぶ。ハルがなぜ魔物の子供なぞ助けようとしているのかは分からないが、こんなおいしい話はない。

「本気なら、その剣を寄越せよ。それが本当に鋼の剣なら、考えてやらなくもないぞ?」

 盗賊が嫌らしい笑みを浮かべ、手を差し出す。ハルは何も言わず、男に剣を手渡した。
 盗賊は剣を戦士へと渡し、検分させる。剣を抜き刃を見て、戦士が頷くと、盗賊はさらに嫌らしく笑った。

「へっへっへ、じゃあこれはありがたく頂戴してやるよ。ところで、考えてやるとは言ったが、逃がしてやるとは誰も言ってないよな?」
「そんな! ハルさんは約束守ったじゃないですか!」

 盗賊のあまりにもありきたりな台詞に、エベットが抗議の声を上げる。ハルとしては、割と予測していただけに、軽く目を細める程度だった。

「てめぇらの有り金全部出したら、命だけは助けてやってもいいぜ? なぁ、魔物を庇ったなんて人間の裏切り者。殺されても文句は言えねぇだろ?」
「なっ―――――――!?」

 こちらに向かって威圧的に戦闘態勢をとる冒険者達に、エベットは絶句する。ハルはメインの武器もなく、人数的にも不利な中で、ただ黙って手を前に向けた。

「……折角穏便に済ませてやろうとしてるのにな」
「何だと?」

 ハルが何かを仕掛けてくると見て、今にも飛びかかろうとしている戦士と盗賊。だが、魔法使いだけがその顔を青ざめさせた。

「ま、待て! なんだその魔力量は!? 中級魔法の比ですらないぞ!? というかお前まさか、魔法使いなのか!?」
「ああ、分かるか。身の程知らずなりに、それぐらいの実力はあったんだな」

 事も無げに言うハルと、魔法使いが上げた声に、戦士と盗賊もまた顔色を変えた。
 魔法使いが見たのは、上級魔法に届く魔力が凝固していく過程。ありえないという思いと共に、自分では絶対に成し得ない行為がそれを否定させてくれない。
 即ち、目の前にいるのは自分が足下にも及ばない相手だと。

「な、何で魔法使いがこんな剣なんか持ってやがる!?」
「ちっ、そんなの撃たれる前にやりゃあ……」
「待てお前ら! あ、あいつあの魔力量の凝固に10秒も掛かってないぞ! そ、速度が違いすぎる! 動いた瞬間に撃たれるぞ!?」

 驚愕する冒険者達を、ハルはあくまで冷めた目で見つめていた。もはや、その存在などどうでもいいように。
 魔法使いの言葉が、ハルの態度が、冒険者達の動きを止める。完全に、この場はハルによって支配されていた。

「イオナズンか、ベギラゴンか、マヒャドか。好きなのを選べ。どれでも大して結果は変わらん。まぁ、一番綺麗に死体が残るのがマヒャドか」
「「「ひっ!?」」」

 国家レベルでももはや殆ど聞くことがない上級魔法の羅列に、冒険者達は顔を引きつらせた。既に魔法使いは腰を抜かし、地面へ座り込んでいる。

「最後通告だ。その剣はくれてやる。今すぐこの場から消え、ここでの事を誰にも言わなかったら、命だけは助けてやろう。貴様らの顔を見るのももはや不愉快だ。街に帰ったとき、俺の悪い噂が立っていたら、探し出して殺してやる」

 それが、決定打だった。
 もはや分け目もなく一目散に戦士と盗賊は魔法使いに縋り、ルーラを要求する。魔法使いは恐怖に震えた体で何とか魔法を作り出すと、三人そろって光に包まれ飛んでいった。
 その姿を見届けた後、ハルはため息を吐いて魔力を掻き消す。そしてどっかりとその場に座り込んだ。

「あ”ーくそったれ。もう魔力残ってねぇよ馬鹿野郎」
「ハッ、ハッ、ハルさん! 何でこんなことを! あと少しで危ないところだったじゃないですか!」

 ハルが魔力を放出して以降、後ろで完全に固まっていたエベットが抗議する。ハルは面倒そうに頭を掻きながら、またため息を吐いた。

「何となくだよ何となく。お前だって、魔物とはいえ何の罪もない子供が殺されるのは嫌だったろ?」
「そ、それはそうですけど……でも、あの人達が言ってたことだって間違いじゃないですし……」

 今回ハルが動いたことで、確かにこのスカイドラゴンは助かっただろうが、もしこれが大きくなったときに、人を襲うのは間違いない。その時に死人が出てもおかしくないのだ。
 ハル自身、これが単なる偽善だというのは分かっている。だが、だからどうしたというのだ。ハルが惚れたのは、その魔物よりももっと強大な存在なのだ。彼女に言わせれば、人間と魔物の命の重さなど比べるまでもない。きっと、平等に慈しむことだろう。
 ハルは魔物の命を奪って強くなってきた。それは確かな事実である。しかし、あくまでも対等の立場で奪い合って得たものだ。こちらにも命の危険があり、向こうにも命の危険がある状況下で戦ってきたのである。
 否、結局は全て言い訳か。しかしながら、何も関係あるかとハルは思う。自分は、自分の好きなように命を助けただけなのだ。今この場は、それだけでいい。

「ま、何が起こったってなるようにしかならんさ」
「もう……楽観的なんですから……さっきのだって、あのハッタリ魔法で逃げてくれなかったら死んでたかもしれないのに……」
「あーあれな。あれは大丈夫だろ? 魔法使いがいるから分かるようにしてやったし。ああいった連中は自分の命守るのに必死だからな。十中八九逃げると予測してた。お陰さんで、残ってた魔力殆ど使っちまったけどな。あ、ルーラ一回ぐらいならできるぞ?」

 放出と凝固だけならば、収束魔法の訓練をしているハルにとっては造作もない。入式するとなると難易度が跳ね上がるので、もし上級魔法を覚えていても、先ほどの速度のまま撃てるとは到底思えないが。
 加え、ハルはあの魔法使いが一度魔法を使ったのを見て、大体の実力を把握していたのだ。あれでは、ようやく基礎魔法の過剰ができるかどうかといったレベルだろう。勝算は十分にあった。
 あくまでも軽いハルに、エベットはため息を吐いた。もっとも、この三ヶ月の間でハルの性格は大体把握しているから、仕方ないと諦められたが。
 それに、ハルの分析と状況判断に関しては、エベットは全幅の信頼を置いている。エベットはロドリーのお供で、どこぞの国の実力者も何人か見たことがあるが、ハル以上にそれができる存在は知らなかった。

「さて、帰るか。剣も新調せんといかんしな」
「そですね。あーあ、貯まったお金殆ど使っちゃうんじゃありません? またお金無いって困っても、僕は知りませんよ」
「その時はその時だな。まぁ、またマッドオックスあたり狩って凌ぐとするさ」
「クウウゥ」

 と、二人は近くから聞こえた鳴き声に目を向けた。見れば、先ほどのスカイドラゴンの子供が二人の元へと近づいて来ている。

「なんだ、お前まだいたの? ほれ、さっさと逃げな。せいぜい頑張って生きろよ。でっかくなって俺の前に出たら、殺すかもしれんけどな」
「またそんなこと言って……いや、ほんとにするんでしょうけど……」
「クウウゥゥゥウウ!」
「うお!? 何だ、今やるのか!?」

 シッシッと、手を振るハルに向けて、スカイドラゴンの子供が飛び込んできた。体当たりをするように、しかしぶつかった後は体をハルに擦りつけるように動いている。

「……………………ハルさん。懐かれたみたいですけど?」
「………………………………おう、これは予想外だった」

 本来なら黄金色の体をしているスカイドラゴンの子供は、まだその色は薄らとしていて、顔も小さい。鱗もどちらかといえばむしろ柔らかく、その体温が服ごしに伝わってきた。

「あー、おい、分かってるか? 俺はお前の親殺したのと同じ種族だぞ?」
「クウゥウ?」

 剥がすように持ち上げて、顔を合わせて言っても、スカイドラゴンは軽く頭を傾げて何を言っているのかといった風だ。
 スカイドラゴンはそのままクルリと視線を動かす。その先には、冒険者達が置いていった母親だか父親だかの死体があった。

「クウウウウウ!」
「…………ああ。ったく、仕方ないな」

 本来なら捌いて素材にしてしまうのだが、さすがのハルも子供の前でそれは憚られる。
 疲れている体を無理に動かしてずるずると円を描くと、その中心の地中に向け直接エベットにバギを唱えさせた。エベットの魔力制御訓練にもなり、延々と穴を掘る必要もなく、一石二鳥である。
 地中にいきなり出現した真空の刃は、密度に耐えられなくなったか形を崩し、土を空へと巻き上げた。結果を予想して隠れていたハルとスカイドラゴンの子はともかく、当然、上にいたエベットは悲惨なことになったが。
 エベットの非難の視線を背に、ハルはスカイドラゴンの死体をできた穴の中へと入れ、吹き飛んだ土砂をかぶせる。最後に、墓石代わりにポンと大きめの石を載せてやった。

「……これでいいか?」
「クウ!」

 ハルが聞くと、スカイドラゴンはまるで言葉が分かるかのようにグルグルとハルの周りを飛んだ。
 そして墓の前へと行くと、空を見上げて一声鳴く。

「クウウウゥゥゥゥウウウゥゥゥゥゥ……………………」

 それは、親に向けた最後の言葉だったのだろうか。スカイドラゴンの言葉を知らないハルには、何なのか分からない。
 こういった魔物は、野生動物と同じだ。自然の摂理の中において生き、その中で死んでいく。今は、バラモスの魔力によって凶暴性が高められているが、本来ならば天上の神が人間と同じように作り上げた存在なのだ。
 ヒミコに出会い、ゴウルに学び、ハルはそのことを知っている。おそらくは、殆どの人間が理解できないことだろう。
 しかしだ。いつの日か、バラモスが倒され、この世に平和が訪れたなら、向こうの世界の動物達と同じように共存していくこともできるのではないだろうか。
 どこかの世界を救った勇者が、魔物達の中で育ったことのように。
 きっと、そういった世の中こそ、ヒミコが望む世界なのだろう。

 ハルは、そこまでたどり着けるのだろうか。

「……ん? もういいのか?」
「クウ!」

 鳴き終え、スカイドラゴンはハルの近くへ再びやってきた。しかしながら、どうしたものか。

「…………一緒に来るつもりなんだよな?」
「クウ!」
「…………………………どうするんですか? 今は大人しそうですけど、連れて行くと大変だと思いますよ?」

 エベットに問われ、ハルは頭を掻いた。別段望んだ訳ではないのだが、これはこれでいい機会だったかもしれない。いずれ、必要なことでもあったのだ。
 ハルは近くで浮かんでいるスカイドラゴンの頭をポンと軽く叩く。

「んじゃ、俺の初めての配下にしてやろう。それでいいか?」
「ク? クウ!」
「いや配下って……魔王じゃないんですから」

 ハルの言いぶりに、エベットは呆れたように言う。しかし、ハルは巫山戯る訳でもなく、意味深な笑みを浮かべた。

「だったら、どうする?」
「…………え?」
「もし、俺が魔王になるために魔王を倒そうとしてるんだったら、お前は俺を殺すか?」
「何ですかそれ……? 冗談……ですよね?」
「さあな」

 突き放したように言うハルに、エベットは眉を顰め思考する。
 なぜ彼がそんなことを言うのか。そもそも、これは冗談じゃないのか。今、スカイドラゴンを配下にするというのは、本当に魔王になろうとしているからなのか。
 考えて、エベットは結論に達する。


「どうでもいいです」
「へぇ? 俺が魔王だろうが何だろうが、どうでもいいと?」
「そですね。だって、ハルさんですよ? 冷静に凄い無茶ばかりして、自分の気に入らない相手がどうなろうが関係ないって言うような人で、そのくせ好きな人の為に命を賭けられるぐらい情熱的で、魔物だろうが何だろうが思ったように助けちゃうようなお人好しのハルさんですよ? そういう時のハルさんが本気なのは知ってますし、そんな人が魔王になった程度で変わるわけないです」
「…………」

 エベットとは、出会ってまだ半年も経っていない。共に過ごした時間ならイヨやゴウルの方が圧倒的に上だ。この二人は、事情にも精通しているし共犯のようなものである。
 しかし、人懐っこいこの少年は、何も知らないままにあっさりとハルのことを信じてしまう。人の敵になると、宣言しているようなものなのに。

「あ、でもハルさんが魔王だったら滅茶苦茶で楽しそうですね? その時は僕も配下にして下さいよ。で、ハルさんの住まいの近くに教会建てて貰って、ハルさんの相談事にのるんです。楽しそうじゃないですか?」

「―――――――っ!」

 エベットが本当に楽しそうに言うので、思わずハルは口元を抑えた。しかしそれでも、くっくっと笑いが出てくるのを止められない。

「あー、何笑ってるんですかー! ハルさんがそんなこと言うから、僕も言っただけなのに!」
「いやっ、ククッ、じゃあエベット、お前は俺の二人目の配下だな。俺が魔王になるまで、その席はずっと空けといてやる」
「ふふん、約束ですね?」
「ああ、約束だ」
「クウウ!」

 二人して楽しそうに笑ってるのを見て、スカイドラゴンが存在を主張するように鳴く。

「ああはいはい。覚えてるよ。そういや、なんか呼び方考えんとな」
「クウ?」
「あ、いいですね。ジョルジュマッハとかどうですか?」
「……いやお前それどっから出てきたんだよ? ねーよ」
「む、じゃあハルさんはどんなのがいいですか?」
「そうだなぁ……」

 言われて、ハルはスカイドラゴンを見る。

「クウ?」
「…………もうクウでいいんじゃね?」
「クウ? クウウ!」
「えー? ないですって絶対。ね、ジョルジュマッハの方がいいよね?」
「……クウ?」
「そ、そんなぁ……」

 明らかなる反応の差に、エベットは打ち拉がれたように膝をつく。ハルは心底どうでもよさそうに頭を掻いて、フヨフヨと浮かぶクウの頭に手を載せた。

「よし、じゃあクウ。帰るぞ」
「クウ!」
「絶対ジョルジュマッハの方が格好いいのになぁ……」
「……エベット、アホなこと言ってると置いてくぞ?」

 未だにブツブツと呟いているエベットにため息を吐いて、ハルはルーラの呪文を唱えた。





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