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No.29793の一覧
[0] そして魔王様へ【DQ3】(5/8新話投稿)[NIY](2014/05/08 23:40)
[1] 新米魔王誕生[NIY](2014/03/05 22:16)
[2] 新米魔王研修中[NIY](2014/04/25 20:06)
[3] 続・新米魔王研修中[NIY](2012/09/28 10:35)
[4] 新米魔王転職中[NIY](2014/03/05 22:30)
[5] 新米魔王初配下[NIY](2014/03/05 22:41)
[6] 新米魔王船旅中[NIY](2012/10/14 18:38)
[7] 新米魔王偵察中[NIY](2012/01/12 19:57)
[8] 新米魔王出立中[NIY](2012/01/12 19:57)
[9] 駆け出し魔王誘拐中[NIY](2014/03/05 22:52)
[10] 駆け出し魔王賭博中[NIY](2014/03/19 20:18)
[11] 駆け出し魔王勝負中[NIY](2014/03/05 22:59)
[12] 駆け出し魔王買い物中[NIY](2014/03/05 23:20)
[13] 駆け出し魔王会議中[NIY](2014/03/06 00:13)
[14] 駆け出し魔王我慢中[NIY](2014/03/19 20:17)
[15] 駆け出し魔王演説中[NIY](2014/04/25 20:04)
[16] 駆け出し魔王準備中[NIY](2014/05/08 23:39)
[17] 記録[NIY](2014/05/08 23:37)
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[29793] 駆け出し魔王買い物中
Name: NIY◆f1114a98 ID:9f67d39b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/05 23:20
二章第四話  駆け出し魔王買い物中


 イシスの郊外。オアシスに点在する草むらの一つに、彼らはいた。

「水たまりー♪」
「クウ! クウゥ♪」
「あ、止めてクウ。ピチャピチャできないから!」
「クウ?」
「………………相変わらず無駄に柔らかいわねあんた……そんなに体の形変えられるスライムなんてあんたぐらいよ。というか水たまりというよりもバブルスライムとかそっち系に見えるわね……」


 はっきり言うのならば、暇なのである。
 普段ならふざけているボウに対して怒るリンですら、いつもよりもからだを伸ばして呆れ声を出すだけ。ハル達が居らずあまり町から離れるのも危険であり、かといって人に見つかる訳にもいかないので身動きは殆ど取れない。
 今までも似たような状況はそこそこあったのだが、ハルが彼らから長時間離れるということは殆ど無かった。
 クウがもっと小さい頃はハルの荷物袋の中に入り常に一緒に行動していたし、ボウやリンが加わってからは直ぐにジパングで、生け贄の洞窟内でわざわざ隠れて行動する必要もなかった。ダーマに行ってからも、ハルは必要以上に町中で行動することはなく、大体彼らと共に過ごしていたのだ。
 もちろん、ボウやリンとてハルと共に行動してきただけあり、この辺りの魔物相手でも逃げることぐらいはできるだろう。クウも成長しそれなりに強くなったことを思えば、町から離れて行動することだって不可能じゃない。
 しかし、この辺り一帯は砂漠ばかりで何があるわけでもなく、わざわざ危険を冒して行動するほど彼らの興味を引くものはない。ハルに迷惑を掛けるわけにもいかず、結局こうしてダラダラと過ごすことしかできないのだ。

「クウ……クウ……?」
「そうだねー……ハル様早く帰って来たらいいのにねぇ……ねえリン。ハル様いつぐらいに戻ってくるかなぁ?」
「…………分からないわよそんなの。心配しなくても夜には戻ってくれるでしょ? ハル様だって私たちのことは気に掛けてくれてるし……色々やることあるんだからしょうがないじゃない」
「クウゥ…………」

 シュンと、リン達より遙かに大きな体を縮こませて、クウが拗ねたように一声鳴く。クウからすればハルは育ての親であり、ボウ達よりも依存度はずっと高い。体は大きくなってもまだまだ子供だ。親が近くに居て欲しいと思うのは当然である。

「あ、そうだクウ。あっちの茂みに湖に入れるところがあったから行かない? 周りから見えないから遊べると思うんだ」
「ク? クウ!」

 気を遣ったか、または自分が遊びたいだけか。ボウの提案にクウが元気よく了承する。気分がコロコロ変わるのもやはり子供らしい。

「…………まぁいいけど、気をつけなさいよ? 私たちが見つかったらハル様に迷惑掛かるんだから」
「あれ? リンは行かないの?」
「私はここで休んでるわよ。行くんならあんた達だけで行ってきなさいな」

 そっけないリンの言葉にクウとボウは顔を見合わせるが、無理に誘おうとすることはなく、ポンとボウが飛び上がっていつもの定位置であるクウの頭の上へと収まる。

「じゃあちょっと行ってくるねー」
「クウー」
「暫くはないだろうけど、ハル様が帰ってくる前には帰ってきなさいよ」
「はーい」「クウー」

 二人が行くのを見届けて、リンはふうと一息ついた。
 以前、アリアハンの霊樹にいた時はいつもこんな感じであった。適当に過ごし、人間や他の魔物に見つからぬよう食料を探しに行き、暗くなれば月明かりの下で眠りに就く。あの頃は一度だって暇などとは思った事はなかった。変わったとしたら、やはりハルの所為だろう。
 ハルと行動するのは、今までよりもずっと大変だった。一歩間違えたら死ぬようなことはこの数ヶ月の間で何度合ったかもわからない。弱小種族である自分が、何故ごうけつ熊だのマッドオックスだのと正面から向き合わねばならないのか。霊樹の力が及ばぬ場所で、聖水と薪の火だけを頼りに緊張して眠るなど、ありえないとしか言えない。
 それでも、霊樹の下で安穏と暮らしていた時よりも、今の方が『楽しい』と感じている自分がいる。
 アリアハンにいた頃では見た事がなかった景色。初めて見る町や魔物達。危機一髪の状況を抜け、皆で火を囲い合って取る夕食。ハルに付いてこなければ知らずに終わっていたものばかりだ。
 毎日新しい発見をする充実感。それを知ってしまった自分は、もうあの頃に戻れないだろう。
 初めは長老に言われたから渋々付いてきた筈なのに、今では早くハルが帰ってこないかと待ち望んでいる。そんな変化さえこそばゆく感じながら、リンはクスリと笑って空を仰ぎ見た。


「あーあ。ハル様早く帰ってこないかな……」




***




 イシスという国は、巨大なオアシスの周りに沿って弧を描くように作られている。さらに、地域ごとに影響力の強い人間がおり、大きく三つの区画に分けられる。
 イシスの女王、パトラが強い影響力を持つ王城から近い西の区画。良く言えば落ち着いた雰囲気、悪く言えば活気が薄い区画で、元々イシスで古くから暮らしていた人間が住んでいる。霊樹の一族を匿っているのもこの区画であるが、彼らが噂にも上がってこないように、女王に迷惑を掛けている存在として忌避されているようだ。
 イシスでもっとも力を持つ豪族の男、アッシャが強い影響力を持つ中央の区画。イシスの玄関口を押さえており、同区画内に格闘場を持っているのもこの男だ。女王の区画と同範囲ほどの大きさがあり、冒険者などを雇い入れているため活気はある。流石に女王の膝元と比べると治安は若干悪いが、アッシャという男はろくでもない人間でありながらも金儲けには賢く、あまりにも治安が悪いと景気が悪くなるということで、私兵を使い大通りなど人通りの多い場所はそこそこの治安を保っている。目立って国に悪影響を与えておらず、むしろ国力を上げる原因でもあり、女王も彼に口をはさむ事ができないようだ。
 そして、アッシャの傘下に降っていない豪族が互いに牽制し合っている東の区画。間にアッシャを挟み、女王の力も殆ど届かない。貧富の差が特に激しい地区で、貧民街も存在し治安は悪い。小さいながらも無視できない力を持つ豪族達の無法が罷り通る、そんな区域だ。
 その東の区画内に、中規模ほどの公園のような広場があり、そこに張られた大きなテントの中にイシス内の豪族達や力を持った商人達などが集まっていた。護衛の人間を含め、かなりの人数がいる。

「では、この没落貴族のお嬢様は17番の方が4000Gで落札されました!!」

 行われているのは、奴隷のオークションである。
 どこから連れられてくるのか、今競り落とされたのは明らかに貴族と分かる少女であった。着ている物は痛んでいながらも元はそこそこ値が張ったであろう赤いドレス。十分に整った顔立ちには、これからの自分の未来を想像したか、絶望した暗い色しか見えない。
 落としたのは、恰幅のいい商人の男だ。少女を見て下卑た表情を浮かべる男が何を考えているのか、一目見たら分かる。
 哀れだとは思うが、今のハルには彼女を助ける余裕などなく、その姿を見送るしかない。

「…………あの子さ…………」
「どうしようもない。あれは俺の目的には関係ない」
「………………ああ、そうだな」

 ともすれば目の前の悲劇を無視したようにしか聞こえない台詞に、タクトは頷くしかできなかった。
 ハルは、ジッと腕を組みオークションの様子を見守っている。念のために二人ともフード付きのローブを着衣し目深に被っているため、タクトからもその表所は見えないが、落ち着かない指先は常に腕を、足は地面を叩き、止まる事はない。彼とて、助けられるなら、力があったのなら、助けようとは思うのだろう。苛立っているのは状況に対してか、連れて行かれる少女に対してか、届かない自分に対してか、あるいはその全てか。そこにタクトは己の感傷だけで何かを言う事はできない。
 そんな彼らを余所に、オークションは進んでいく。入り口で配られた番号札を掲げ、値段を言い合う人々。今日競りに出される人間は20人ほどのようだ。値段は様々で、先ほどの少女のような高額の者もいれば、1000G以下で売られていくような人間もいる。
 有用な者は当然のことながら、希少価値が高い者や見た目がいい者はコレクション感覚なのか値が吊り上がっていく。高ければ4、5000と、普通の人間が一年よほどの節制しながら貯めないといけないような値段だ。
 いや、逆に考えるならば、普通の人間でもたった一年あれば高額奴隷に手が届くということか。これが高いのか低いのか、ハルには判断がつかない。ハル達の世界において奴隷は平均的な労働者の年収並の値段で取引されていたこともあれば、本当に端金で扱われていたこともあった。倫理観が発達するには豊かな生活が必須であるが、今のこの世界の状況では人の値段とてこのようなものだということだろう。これに憤るほどハルは子どもではない。良い気分でないのは確かだが。
 オークションを眺めること十数回。ハル達の目的が出てきたのは、一番最後のことだった。

「さぁ、次が今回最後のオークションでございます!」

 司会の言葉の後に、両手足を鎖で繋がれた二人の褐色の少女が連れてこられる。うり二つな顔立ちからすぐに双子と分かるが、同時に競られるということか。
 年の頃は、10代の前半から半ばぐらいだろうか。あまり満足に食べられていないのであろう。発育の悪さと共に、ボロ切れのような服から伸びる手足の細さが目立つ。こんな場所で売られる自分たちの末路など分かりきっているだろうに、轡を咬まされた上に見える目は、気丈にも強い光を灯している。それでも、ハルの目には彼女らの足が恐怖に震えているのが見えていた。
 その姿を、ハルは美しいと思う。彼女たちとて、もし十分な食事を得て、人並みに着飾れば周囲の視線を集めることも不可能ではないであろう。だが、今の彼女たちはお世辞にも綺麗だとは言えない。
 霊樹の一族が捕らえられて6年以上。その時彼女たちはまだ一桁の年齢だ。さぞ蔑まされたであろう。さぞ虐げられたであろう。不安定で、もっとも多感な年齢の間にそんな生活を強いられて、それでも尚自らの誇りを失わずにいられるのか。
 周囲に対して怒りを向けられるというのは、尊厳を失っていない証拠だ。だから、どれほど見た目が悪かろうが、ハルには彼女たちが眩しく見える。

「こちらにいるのは魔物と心を通わしていた一族の少女! 魔族の双子でございます!」

 ざわりと、司会の言葉に会場が波立つ。あれがそうかと目を細める者もいれば、半信半疑で見ている者もいた。

「見ての通りまだまだ反抗的な目を浮かべる彼女らをどう御するかは競り落とすあなた方次第であります! さぁ双子なので少々お高めですが1000Gからのスタートです!!」
「1300!」
「1500だ!」
「2000!」

 開始と共に、会場のあちこちから声が上がる。値は落ち着くことなく、3000、4000と数を数え、5000を超える頃には半分以上の人間が脱落していた。

「5320!」
「5330!」
「ええい! 5500だ!」

 最後の声と共に、会場内に上げられていた番号札が殆ど降りてしまった。声を上げたのは、どこかの貴族然とした身なりのいい男性。最後まで競り合っていた周りの番号札が下がったために、彼は勝利の笑みを浮かべる。


「…………6000」
「なっ!?」


 ハルが初めて上げた声に、男性は驚愕したようにこちらを振り向く。今まで一度も札を掲げることなく、壁際でジッとしていた者がいきなり値を吊り上げたのだ。会場の視線がハル達に集中してくる。

「6000! 6000が出ました! 他にありませんか!?」
「ぬ……6100だ!」
「6200」
「くっ……6250!」
「6300」
「ぐぬぬ……ろ、6400!!」

 淡々と値を上げるハルに、憤怒の表情でついてくる男性。もはや周りの者達はただ経過を見守るだけに徹している。

「……7000」
「くっ……くそっ!」

 最後に止めとばかりに値を上げたハルに対し、男は自分の札を地面に叩き付けた。動揺する事すらなく値を上げ続けたハルには余裕があるように見えたであろう。実際は昨日の格闘場での勝ち分も通り越し、既に限界が見え始めていたのだが。
 何にせよ、もはや対抗してくる者はいない。ハル以外の誰も札を掲げていないのを確認した後、司会が終了を宣言する。

「それでは、魔族の双子は28番の方が落札されました!」

 係員に連れられてきた双子は、顔の見えないハルをギッと食いしばるように睨み付けてくる。ハルはその視線に特に反応することなく、無言で係員から二人を繋いでいる鎖とそれを外す為の鍵を受け取った。

「以上で全ての競りが終了致しました! 今回のオークションはこれにて解散になります! 皆様、ありがとうございました!」

 閉場の言葉と共に、集まっていた人々はゾロゾロとその場から退場していく。奴隷を連れている者、収穫無しと若干の落胆を見せている者と様々だが、ハルはすぐに出ようとはせず、人の波を眺めていた。

「…………どうした? これから行くんじゃないのか?」

 居たたまれずに双子の視線から逃げていたタクトが、ハルに問う。この双子を手に入れたのならば、次に向かうところは決まっているのだから当然だろう。

「ん、これから向かうのは間違いないがな。タクト、外出たら……」
「…………はぁ? ちょっと待てよなんでそんなこと……」
「ちょっとばかし露払いだ。変に動かれると困るしな」

 少し考え、ハルの言葉がどういう意味かを理解して、タクトは眉を顰める。一応顔を隠しておけと言われた時に変に慎重だなと思ったが、こうなると正解であったのが分かる。
 やがて、出入り口が空いてきた頃にハル達は動き出す。未だに双子はハル達のことを睨み付けているが、特に目立った行動を起こそうとはしていない。いや、途中何度か互いにこっそりと目配せをしていたので、何かを狙っているのか。
 テントから出て、そのまま東の区画の路地を進む。枷は付けたまま、鎖を引いているのはタクトだ。臆病な性格故にお人好しであるのでさぞ気は引けているだろうし、これから行う事もやりたくはないのだろうが、ハルの言うとおりにしないと逆に危険である事も理解している。少々酷ではあるが、仕方あるまい。
 そしてもう少しで東の区画を抜けようというところで、ハル達の前を三人の男が遮った。同時に、二人の男が今歩いてきた道を塞ぐ。

「………………何のようだ?」

 驚き身を固くした双子を尻目に、ハルは問うた。目的は分かりきっているが。

「そこの双子を置いていけ。そうすれば命までは取らん」
「ふむ、これは俺の物なんだが?」
「承知している。だが、自分の命とどちらが大切だ?」

 話しているのがおそらくリーダー格なのだろう。あのハルと競り合っていた貴族の近くで見かけたし、他のと比べて多少気配に隙がない。それでも、昨日の護衛二人とは比べものにならないが。
 他はいくら高く見積もっても一人前にも満たないか。凄み方に品も格もない。ハルからしたらちんぴらに毛が生えたようなものだ。
 何せ、魔法使いらしき男ですらハルがローブの下で編んでいる魔力に気づかないのだから。


「【ヒャダルコ】」「悪い!」
「んむっ!?」「んっ!?」


 ハルがローブから手を出し魔法を唱えたと同時、タクトが双子の鎖を思いっきり引っ張ってそばに寄せる。混乱に乗じて逃げようと思ったか、走り出そうとした双子は機先を制され、逆方向から掛かった力に地面に倒れ込んだ。

「なっ――――」
「遅い」

 ヒャダルコを放ったのは後方の道を塞いでいた男二人に向けて。ハルの手から出現したのは、1mほどの大きさがある数本の氷柱である。完全に不意を打たれた男二人は、身構えることすら適わずに、あっさりと氷柱に腕と足を貫かれた。
 さらに、ハルは魔法を放つと同時に前へと踏み込んでいる。驚きに固まっていたリーダー格の男は、自分よりも遙かに早いハルの動きに対応することすら許されず、抜き放たれた剣に腕を飛ばされた。

「「「がああああっ!?」」」

 一呼吸の内にリーダー格の男を含む三人が戦闘不能にされ、残された二人はそれでも何が起こったのか理解できず棒立ちになっていた。
 それらに向けてハルはスッと剣を向ける。

「で、どうする?」
「「ひっ……ひいいいいいいいい!!」」

 圧倒的有利な立場から、いきなり絶体絶命の立場に落とされた男達は、訳も分からないままに逃げ出した。当然ながら、その場に蹲った男達は見殺しである。

「すぐ回復魔法を掛ければ、その腕やら足やらも動くようになるだろう。これからは、実力も分からない相手に油断するのは止めておくことだな」

 鎧袖一触とばかりに戦いを終えたハルは、倒れている双子を立たせて歩き出す。傷ついた連中が回復魔法を受けられる場所までたどり着けるかは知らないが、どうでもいい連中の面倒を見る理由など一つもない。

「お前達も、実力差が分かったのなら大人しくしておけ。よしんば俺から逃げられたとしても、さっきみたいな奴らがいたら逃げられんだろう?」
「「……………………」」

 わざわざハルが双子の前で戦ったのは、今の自分たちの状況を思い知らせる為であった。
 変に暴れられても面倒であるし、霊樹の一族が暮らしている区画まで大人しくしていて貰いたかったのだ。実際、ハルの実力とまだ他の人間から狙われているということを理解して、彼女らが何かしようとする様子は全く見受けられなくなった。目から意志の光が失われることはなかったが。
 双子に何も告げることなく、ハル達は町中を進んでいく。南の区画を通り越し、西の区画へ。最初こそどこへ連れて行かれるのかと思っていた双子は、やがて困惑の表情を浮かべ始める。


 果たして、彼らはそこへ辿り着いた。


 西の区画のさらに端。そこへ行くには西の区画を横切り、抜け道のような目立たない細い路地を通らねばならない。知らなければまず近寄ることはないだろう。
 そうして着いた場所は、人一人歩いていない寂れた通りである。立ち並ぶのは三~四人が何とか暮らせるかという程度の小汚いバラック。おそらく、ここに住み着いた当初から改善はされていないのだろう。何とか修復して使っていますとばかりに、古い木で補強し今にも倒れそうなものが殆どだ。
 ただ、バラックの中に人の気配は確かにあった。滅多に誰かがやってくることなどないのだろう。何者がやってきたのだと、ハル達のことを小屋の中から伺っているようだ。
 そして、鎖で繋がれた双子の姿を認め、明らかに集落の中の空気が変わった。どよめき、動揺しながらも、間違いなく敵意を向けられている。
 当たり前だ。いなくなった集落の仲間の手足に枷を填め、喋れぬように轡を咬まされた姿を見て、憤らぬ者などそういない。ましてや、他に味方がいない彼らの繋がりは相当強いことだろうから、余計である。

「さて……どこが一番偉い奴の家かね……?」

 呟きながら、ハルは双子の鎖を引いて通りを堂々と歩く。対照的に、後ろから着いてきているタクトは、キョロキョロと周りを見ながら落ち着かない様子だ。
 そのまま集落の中心ほどまで進んだとき、バンッと大きな音を立ててバラックの一つから人影が飛び出てきた。

「ルナ! マナ!」

 それは双子の名前か。現れたのは30代前後の女性である。二人の母親にしては若いように思うが、ハル達の感覚とこの世界では基準が違う。若くして子を儲けるのも決して珍しい事ではないだろう。
 その女性を皮切りにして、ぞろぞろとバラックの中から人が現れた。誰もが敵意を隠す事もなく、今にも襲いかからんという姿勢を見せている。

「んむー!!」「んー!! んー!!」

 轡の下から声を上げて、双子がブンブンと首を振る。それを見て、ハルがタクトに轡を外せと動作だけで示した。何もかもハルに任せる事しか術のないタクトは、恐る恐る双子の轡に手を掛ける。

「んっ! …………皆ダメ!! こいつ、たぶんフターミ達よりも強い!」
「動かないで!! 殺されちゃう!!」

 あわやというところで双子の制止が入り、身を乗り出すような体勢で人々は止まった。それを確認しつつ、ハルはわざとらしく手を掲げ、既に形になりかけていたヒャダルコを握りつぶす。
 ハルが到達できる最高階位の魔法である。少し戦いの心得がある程度の者なら、一撃で命を奪いされるだろう。双子の言葉が嘘ではないという証拠を目の当たりにし、血気にはやった人間が一歩後ずさった。双子の母親らしき女性を除いて。

「お願いします!! その子達を返して下さい!! 私の……私の大切な子ども達なんです!!」
「「お母さん!!」」

 周りの人に止められながらも、女性は必死に双子に手を伸ばし懇願する。ハルはそれを見ながら、考えるように口元に手を当てた。

「ふむ……俺はこいつらを七千で買ったわけだが……そうだな……一万出せるなら考えてやらないでもないぞ?」
「いちっ――――!?」

 提示された条件に、女性は息を呑む。
 この集落や人々の姿を見る限り、彼らの生活水準は底辺に等しいだろう。どれだけひっくり返したところで、そんな金が出てくるわけがない。

「そんなお金は……!!」
「無いのなら返しては―――」
「待ってくれ!!」

 ハルの言葉を遮り、人垣を割って出てきたのは、大柄な男だった。ハルは確かに背が高い方ではないが、それでも自分よりも頭一つ分高いとなると相当な大きさである。

「あなた…………」
「「お父さん…………」」
「フルガスさん……そうだ、フルガスさんなら魔法使いの一人ぐらい……」

 これが双子の父親か。確かに、身のこなしを見る限りでは中々に強そうだ。体格差もあり、近接戦ではあるいはハルと戦うこともできるかもしれない。
 だがしかし、周りの人々と同じだけの期待を双子は持てなかった。彼女らは、一瞬だったとはいえハルの戦いを見ているのだ。彼女たちの父親がハルに勝てる姿が、全く想像できない。
 そしてそれは、フルガスとて同様だった。
 ざわりと、人々が動揺する。フルガスがしたのは、その大きな体を小さくし、地面に低頭することだった。

「頼む。私がその子らの代わりになる。この命をどう使ってくれても構わない。だから、その子達を助けてやってくれ」
「あなた!!」「「お父さん!!」」

 フルガスの懇願に、人々は悲痛な声を上げる。ハルはそれを見ても微動だにせず、タクトはもう見ていられないと、周りから顔を背けていた。

「フルガス! あんたがいなくなったら誰が俺たちをまとめるんだ!」
「そ、そうだよフルガスさん! フルガスさんの後に長になれる人なんていないよ!! それより相手はたった二人なんだ! フルガスさんと一緒に全員でやれば……」
「駄目だ! 後ろのはともかく、こいつはただの魔法使いじゃない。私たちでは、どう足掻いても犠牲が出るだけだ!」

 喧々囂々と上がる声を、低頭したままのただの一括のみでフルガスが黙らせる。なるほど、随分若いように思うが、確かに彼がこの者達の長らしい。

「へぇ……まさかまさかこの二人、長の娘か。なるほど、思ったよりいい買い物だったらしい」
「なら…………」
「しかし足りないな。色々使いでのある少女二人と、たとえ長だろうが俺より弱い男一人での交換とは」
「――――――っ!!!」

 あくまで要求を呑もうとしないハルに、フルガスの背が震える。
 と、長の姿を見かねたか一人の男が輪から歩を進めた。

「………………なら、五千出す。俺たちの蓄えを全部出せばそれぐらいにはなる筈だ。後五千も必ず払う。何なら、俺だけで五千払うと約束していい。だから、その子達を解放してくれ……」
「―――っ! それは! その金は!!」

 男の言葉に、フルガスが思わず顔を上げた。よほど必要な金だったのだろう。それこそ、自分の子達よりも優先するほどに。
 だが、呼応するように声が上がる。

「お、俺も千払う!」
「僕もだ!」
「俺も! どれだけ時間が掛かろうと、必ず払うから!」
「「みんな……」」

 ボロボロと、自分たちを助けようとする人々を見て双子は涙を零す。それを見ながらハルは、実に場違いにも冷静な口調で問いかけた。

「………………一つ聞く。お前達の蓄え五千。それは何に使うものだった?」
「…………なぜそんなことが聞きたい?」
「いいから答えろ。自らの娘二人と天秤に掛けてもなお重いその金は、一体何の為の資金だ?」

 ジャラリと首輪の鎖を鳴らし、答えなければ双子は連れて行くと無言の圧力を掛ける。
 フルガスは苦渋の表情を浮かべながら空を仰ぎ、再びハルの顔を見据えた。

「私たちの仲間を……格闘場で殺し合いの見せ物にされている仲間を助け、この国から離れる為に我らが五年の歳月を掛けて必死に貯めた金だ……」
「ほお……魔物達を仲間と呼び、さらにそれを助ける為……ねぇ……。どうやって助けるつもりだったんだ? よしんば助けられたとしても、魔物は国の外に出すことはできんだろう?」
「…………最悪、傭兵を雇って格闘場を襲撃するつもりだった。外へは……霊樹さえ見つかれば……」

 追い詰められすぎて、もはや冷静さなど殆ど残っていないのだろう。フルガスはハルの質問の違和感に気づかない。なぜ、ハルが魔物達が国の外へ出て行けないことを知っているのかと。
 あまりにも無計画。あまりにも無謀。彼らが格闘場を襲撃しようが、どうして圧倒的資本を持つ相手に勝てるというのか。襲撃の後、どこへ逃げようというのか。彼らはただ無駄死にするだけだ。無意味にも程がある。自分たちでもそれは理解しているようだが。
 しかし、悪くない。相手がいくら強くあろうとも、いかに自分たちが虐げられようとも、仲間を助け、未来を求めるその誇りは悪くない。
 もしも、彼らが今の境遇に負けきっていたのなら、格闘場の魔物達を助けようともしなかったのなら、最悪ハルは双子を連れてまた別の手段を探そうとしていただろう。これならば、金を出した価値もあるというものだ。
 ニイッと、ハルはフードの下で笑みを作る。

「タクト」
「え? て、おわっ!?」

 不意に呼ばれ、背けていた顔を戻したタクトの前に、鍵束が放られた。いきなりの行動に慌てながらも、タクトは何とか鍵を受け取る。

「鍵、開けてやれ」
「あ、ああ……」

 突如として謎の行動をし始めたハル達に、集落の人々は唖然としている。それは、今まさに枷を外されている双子も同様であった。カシャン、カシャンと、あっけない音を立てながら落ちていく枷を、信じられなさそうに見つめている。
 そうして、全ての枷が外された。

「この二人を買った事は、俺にとって最良の選択だったらしい」
「どういう……ことだ……?」

 自由になった娘二人は、ペタリとその場でへたり込んでいる。少し動けば、フルガス達の元へたどり着けるだろう。
 だが、状況が掴めずに誰もが動けずにいた。そんな中で、ハルは初めてフードを外す。ようやく日の下に現れたその顔は、不敵な笑みを浮かべていた。

「お前達に協力しよう」
「何…………?」
「行動も計画もこれから練らなきゃならんが、お前達の仲間を解放するのに協力しようと言ったんだ。助けた後のことまで面倒も見てやる。勿論、魔物達が外で呪われないまま暮らしていくための方法も知っているぞ?」

 何を言っているのかと、ハルの言葉に誰もが目を瞬かせる。彼らからしたらご都合主義も通り越して超展開としか言えない状態なのだから、無理もない。

「ま、待ってくれ! あなたは私たちにどうしろと言うのだ!」

 ハルが何者かと尋ねるのではなく、状況を把握しようとするのではなく、自分たちに何を求めるかとフルガスは聞いてくる。ハルは大仰に、演じるかのようにコクコクと頷いた。

「少しは頭も回ってきたじゃないか。そうだな。7000という大金をはたいて購入した二人を解放したあげく、自分たちでは助けることが出来ない仲間を助けることに協力し、自分たちが知らない方法で今の境遇に陥った原因を取り除くとまで言う。こんな都合のいい話はありえないよな? その話の真偽はさておいて、当然相手は自分たちに求めているものがあるはずだ」
「ならば何を……」
「まあ、長くなるだろうし少し落ち着いて話をしようか。どこかにいい場所は―――」
「――――――まあぁぁぁ!!」

 と、ハルが話の場を動かそうとした時、突然上空から声が聞こえた。見上げれば、かなり高い位置に何かの影が飛んでいる。
 ハルとタクトは、それがクウだとすぐに気付いた。一応人目を気にしたのだろう。今のクウが飛べる限界の高度で飛行している。一方で、他の人々は町中に現れた魔物に戸惑いの声を上げていた。

「ハル様ああああぁぁぁ!!」

 ハルの上まで到着したクウは、一気に下降してきた。叫んでいたのは、上にいるボウである。
 町中に大声を上げながら現れるとは、いくら何でもありえない。間違いなく何かあったのだろう。ここが霊樹の一族の集落であったのは、不幸中の幸いだ。どちらにせよ、信用される為にハルはクウ達のことを話そうと思っていたのだから、それが早くなっただけに過ぎない。

「ハル様!! 大変大変!!」
「クウ!! クウウウ!!」
「…………大変なのは分かった。落ち着け。何があった?」

 落ち着きのなく要領を得ない二人は、ハルがボウを掴み問いかけることで、ようやく内容を口にした。
 案の定、それはハルにとってよろしくない内容だったが。




「リンが! リンがいなくなっちゃった!!」






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