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No.29793の一覧
[0] そして魔王様へ【DQ3】(5/8新話投稿)[NIY](2014/05/08 23:40)
[1] 新米魔王誕生[NIY](2014/03/05 22:16)
[2] 新米魔王研修中[NIY](2014/04/25 20:06)
[3] 続・新米魔王研修中[NIY](2012/09/28 10:35)
[4] 新米魔王転職中[NIY](2014/03/05 22:30)
[5] 新米魔王初配下[NIY](2014/03/05 22:41)
[6] 新米魔王船旅中[NIY](2012/10/14 18:38)
[7] 新米魔王偵察中[NIY](2012/01/12 19:57)
[8] 新米魔王出立中[NIY](2012/01/12 19:57)
[9] 駆け出し魔王誘拐中[NIY](2014/03/05 22:52)
[10] 駆け出し魔王賭博中[NIY](2014/03/19 20:18)
[11] 駆け出し魔王勝負中[NIY](2014/03/05 22:59)
[12] 駆け出し魔王買い物中[NIY](2014/03/05 23:20)
[13] 駆け出し魔王会議中[NIY](2014/03/06 00:13)
[14] 駆け出し魔王我慢中[NIY](2014/03/19 20:17)
[15] 駆け出し魔王演説中[NIY](2014/04/25 20:04)
[16] 駆け出し魔王準備中[NIY](2014/05/08 23:39)
[17] 記録[NIY](2014/05/08 23:37)
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[29793] 駆け出し魔王勝負中
Name: NIY◆f1114a98 ID:9f67d39b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/05 22:59
二章三話  駆け出し魔王勝負中


 夜深まった町の中。イシスはアッサラームほど夜に活発的な動きはないので、風の音が聞こえる程度には静かである。
 そんな中、ハルはジッと耳を澄ます。捉えるのは、若干砂がつもった石畳を叩く音。僅かに感じる衣擦れの気配。
 ハルにとって盗賊に転職して得られた一番の恩恵は、感覚が今までより遥かに鋭敏になったことだった。元より非才の身である。この世界に来る前でも、ハルには特別秀でた才能などはなく、平凡な存在でしかなかった。故に、経験さえ積めば才能のいらない思考力を鍛えたのだ。
 目に見えるもの、耳に入ってくる音、肌で感じる空気の流れ、それらの情報全てから分析し、答えを導き出す。経験と知識こそが、ハルの最大の武器なのだ。だから、盗賊特有の五感の発達は何よりもありがたいものであった。
 ハル達が今いるのはそこそこに裕福な住民が住む区画である。かなり狭い感覚で建物が建ち並んでいるため、道にそこまで多く砂が積もっているということはなく、こう静かだと足音でもよく響く。城に近い位置にあるため治安もよく、数こそ少ないが夜でも人通りがあった。
 分析する。音の間隔から歩幅を。音の反射から履き物を。衣擦れの気配から服の面積を。それら全てから総合した歩き方の癖を。

「………………………………女」

 ポツリとハルが呟くように言う。その言葉から5秒後、ハル達の死角となる場所から先ほどから聞こえていた足音の人物が姿を現した。
 砂漠の町特有の寒い夜に対応した、ゆったりとした暖かそうな服装。履き物はイシスでは一般的らしい、牛の皮を鞣し樹脂に似た物質を固めた厚底の靴。女性はそのまま、また通路の向こうへと姿を消した。
 後ろから、ほっと息を吐く気配を感じる。ハル以上に緊張していたタクトのものだろう。

「……これであんたが3回正解外しなし。次俺が外したら俺の負けって訳だ。……久しぶりだなこんな楽しいのは」

 深く笑みを作るのは、フリードと名乗ったあの格闘場の男だった。ハルが当てたことで劣勢だというのに、それに慌てるような素振りはなく、言葉通りに楽しくて仕方ないといった様子だ。
 ハル自身、リスクに突っ込んでいくどこかおかしい部分が自分にあることは承知しているが、フリードはその遥か上を行く。むしろリスクを求め、そこに喜びを覚えている節がある。ハルでさえそれが演技であるかも見抜けないこの男は、相当に『深い』。
 と、再び足音が耳朶に触れる。ハルに遅れて、タクトとフリードもそれに気付いたようだ。

「さて……どっちかね……………………男にしておこうか」

 ハルのようにじっくりと音を聞き推測したような様子はなく、極めて簡単にフリードは答えを口にする。タクトに確認したところ、フリードの職業は遊び人。限界Lvは若干高めで31だということだが、現在のLvは12。それだけを見ると下手な兵士などよりも高いが、特に目立ったスキルは無く、能力値的には平凡と言わざるを得ない。しかし、単純な能力値だけで計りきれないものが有るのは確かだった。
 そして、角から姿を現したのは男性。これで、フリードもハルと同様に三連続で正解だ。確率的に考えれば半々。偶然三回連続で当たることもあるだろう。が、本当に運だけとはとても思えない。
 フリードの手番でも、ハルは辺りの気配をずっと探っていた。しかしながら、どれほど集中しても答えを外部から得ているような様子はない。確かにタクトの能力とて完璧ではなく、相手が内に蓄えた経験や持ち合わせる素質などは判別出来ないが、気配察知能力が高い盗賊の、さらにLvでも勝っているハルよりも五感などが優れているとは考えにくい。
 本当にあるのだろうか。ハルもタクトも知らない、全く気取られることなく外部から答えを得る方法が。

「へへ、俺のカンも捨てたもんじゃないね。これで二人とも三回とも外れなしのパーフェクトだ。このままじゃ引き分けなんだが……それじゃ面白くないよな? どうだい? 次から二人同時に張って先に外した方が負けのサドンデスってのは?」
「…………わかった。俺が足音を聞いてから10秒後にタクトが合図をする。そのタイミングで同時にってことでいいな?」
「了解だ。ま、そんなもんだろ」

 おおよそ二人にとって平等なラインでハルは条件を提示する。ハルが足音を聞いて10秒は、フリードが答えを出していたタイミングより少し遅い程度。足音を聞くのはハルの方が早いが、答えるのはフリードよりも遅かったので、大体これでイーブンの筈だ。

「……俺に合図を出せってのは分かったが…………お前随分楽しそうだな? 口元、笑ってるぞ?」

 タクトに言われ、ハルは初めてそのことに気が付いた。自分では分からなかったが、言われると気分が高揚していることを自覚する。命が掛かっているわけでも、勝ったからといって劇的に何かが変わるわけでもない。その程度の勝負だ。それなのにこういった気分になれるのは、フリードの所為か。この男、他人を乗せるということに関しては超一流である。
 つくづく面白い男だと、フリードの評価を上げながら、ハルは新たなる足音を耳に捉えていた。




***




「勝負……ねぇ……」

 得体の知れない男からの提案に、ハルは目を細める。

「俺にはあんたと勝負する理由なんてないんだが?」
「まま、そう言わずに。絶対面白いからさ」

 明確に拒絶の意志を示しているというのに、少しも気にした様子もなく男は言う。本当に勝負することだけが目的なのか。

「…………何か賭けるのか? ただ勝ち負けを決めてそれでお終いってことはないだろ?」
「お、おいハル……?」

 まるで勝負を受けるかのように聞くハルに、タクトが若干狼狽を見せる。慎重と言うよりは臆病と言った方がしっくりくるような性格をしているだけに、こういった場面では尻込みしてしまうようだ。自信のなさの表れか流されやすいところもあり、どうにも頼りない。今までハルが見てきた限りだと、それなりに有能な素質は持っていると思うのだが。

「ん? おおそりゃそうだな。何か賭けた方が面白いな。何にする? やっぱ単純に金か?」

 勝負を持ちかけてきたくせに、本当に何も考えていなかったのような口調。ハルは眉を顰めそうになりつつも、あたかも呆れたが如く肩を竦める。

「なんだそりゃ。そんだけ意気込んで来ておいて何も考えてなかったのか?」
「はっはっは、あんたと勝負したくてついついな。ふーむ……でも金だとあれだな。今さっきあんたが儲けた分と俺が儲けた分じゃ、ちょっと釣り合いがとれないな……。よし、なら負けた方が勝った方の言う事を一つ、何でも無償で聞くってことで」
「…………その方がよほどリスキーじゃないか? 相手が何を言ってくるか分からないのに」
「あぁ、勿論拒否権はありだぜ? あんまり無茶なことは言わないって前提でだからな。まぁあんたなら負けた場合多少の不利益は被ってくれるだろ?」
「さてね。俺はよく我が侭だと言われるからな。で、勝負の内容は?」

 聞かれた男は、クイッと親指で格闘場の入り口を指さした。

「ここで単純に予想するのでもいいけどな。それじゃ勝負にならないかもしれないだろ? そろそろ暗くなってくる時間だ。ちょいと人通りの少ないところで、性別当てってのはどうだ? 角から見えない相手の性別を当てるって感じで。男か女か、確率は半々だ」

 言われて、ハルは口元に手を当てる。
 これが本当に一対一で、条件が同一ならば確かに確率は半々である。むしろ、自分ならばほぼ確実に当てられる自信がハルにはあった。たとえ相手のフィールドであったとしても、引き分け以上を狙うことができる筈だ。
 しかしながら、男に勝負以外の目的があった場合、それほど戦闘能力を持っていないタクトがいる分リスクが高い。よほどの事がない限り、二人で逃げることぐらいはできるだろうが……。

「………………いいだろう。その勝負受けよう」
「え”? マジで!?」

 ハルの了承に、タクトが後ろで声を上げる。普段ならば、こんな意味のない勝負など受けないハルである。リスクばかりが高く、目に見えてメリットが少ない。
 しかし、先ほどから見るこの男の挙動や、周囲から微かに感じる『気配』を考慮すると、提示されたリターンに大きな価値がある可能性はある。よしんば危険があったとしても、クゥ達を連れていない今ならば、どうとでもできるだろう。
 ハルの答えに、男は深く笑みを作る。

「よし、それじゃ決まりだな! さっそく移動しようぜ。あんまり遅くなったら勝負にならなくなるからな。あぁそうだ、俺はフリード。よろしくな」
「…………ハルだ。後ろのはタクト。ま、お手柔らかにな」




***




「「男」」


 ハルとフリードの声が重なる。サドンデスルールを適応してから、三回目の勝負だ。未だ二人の答えは違えない。
 果たして、角から現れたのは男であった。その姿が通路の向こうへ消えるのを見届けて、ハルは軽くため息を吐く。
 自分が不利であることを、ハルは認めていた。
 人間の集中力の限界には諸説あるが、30分から90分というのが一般的である。だから大学の講義は90分なのだとも聞くが、それが正誤どちらであろうとも、今のハルにとってはあまり関係ない。
 足音を捉えてからの、極限の集中。その繰り返しは、予想以上にハルを蝕んでいた。即ち、集中力の低下である。最初ならば確実に当てられたであろう答えが、今ではかろうじて当てられるかといったところだ。
 フリードがなぜ当てられるか。ハルの辿り着いた答えは、人からすればあまりにも荒唐無稽だという他なかった。だが、ハルの知らない通信方法でもない限り、そうだとしか思えない。
 その答えが真であるならば、ハルの求めている物は確実に手に入るだろうが、フリードの答えの精度は最初から最後まで一貫して変わることはないだろう。このまま続けば、いずれ負けるのはハルだ。フリードにとって『予想外』の事が起きない限りは。
 先ほどから既に半刻ほど時間が過ぎた。基より人通りの少ない通路である。先の男が出てきたのも、前から一刻ほど数えた後のことだ。下手をすれば、もう人が来ない可能性すらある。

「ふむ……もう来そうにないな……」

 ポツリと呟いたのはフリードである。『彼が』言うのであれば、それはほぼ間違いのない事なのだろう。
 引き分け。その事実を受け止めたとき、ハルは微かに安堵を覚えた。それを自覚し、敗北感が胸を苛む。まさか、このような思いを抱かされるとは考えてもいなかった。
 手を当てながら頭を軽く振り、嫌な気分を振り払う。この場は引き分けだ。ならばそれでいいではないか。

「いやはや、まさか引き分けになるとはなー……」
「―――――待て、来たぞ?」

 フリードが終わらせようとした時、ハルの耳は新たな足跡を捉えた。
 言わなければ、このまま引き分けで終わったであろう。下手をして、わざわざ負ける可能性のある勝負を受ける必要などない。

「お? まじか?」

 しかし、この最後の足跡はフリードにとっても予想外であった筈だ。今までと僅かに違う表情の動きと声色。些細な変化であるが、それはハルに訪れた勝機の欠片だった。

「あっ、か、カウント。10、9、8……」

 タクトが慌ててカウントを数え始める。捉えてから若干のロスはあったが、微々たる差だ。よもやこれで文句を言われることはないだろう。
 深く息を吐き、全神経を研ぎ澄まさせる。目を閉じて腕を組み、来る足音の持ち主の姿を捉える。
 体はかなり大きい部類だろう。おそらくはハルよりも二回りほど大きい。力強く踏みしめられている足音。体の運びからすれば、幾ばくか修練を積んだ者の動きだ。
 それだけならば、特徴としては男のものだと考えられる。しかしながら、衣擦れの音は非常に僅かで軽く、鎧などを着込んでいるような金属の擦れる音は聞こない。ヒラヒラとした踊り子が来ているような品物のように思える。
 ストロークは大きめで、そこからも体格の良さを思わされるが、歩くリズムは女性寄りである。聞く限りでは踏みしめている足は一直線上に近い軌跡。内股気味に歩いているのであろう。少し斜め気味に歩いているようだが、これも先ほどから女性にみられる特徴だ。理由も分かっている。
 男か、女か。これが最後として、今まで周りにも向けていた意識を完全に集中させているのだが、それでもなお判断が付かない。

「2、1、0、せーの……」
「……女」「……男」

 ここにきて、初めて二人の答えが分かれた。ハルが選んだのは女。フリードが選んだのは男である。両者とも、答えに迷いがあるのは明白であった。
 コツン、コツンと足音が近づく。一瞬先に見えた足先は、イシスの女性が好んで履くものである。
 そして、次に現れた全貌は――――



 ――――一瞬、脳がそれを生物と認めるのを拒否した。



 踊り子が着込む、ヒラヒラと男性の欲求を煽る薄手の服。そこから出る四肢は、丸太を思わせるような筋骨隆々とした逞しいもの。占い師のような透き通るヴェールに、神秘さを描き出す紫のルージュ。そして、顎に残る青髭。


 俗に言う、オカマである。


 彼?(彼女?)は思わず固まってしまったハル達三人を見て、『いやねぇ……怪しい男が居るわ……襲われないかしら』とでも言いたそうに眉を顰め、通路の向こうへ足早に去って行った。
 後には、言葉を忘れた三人が残されるばかりである。


「「――――っく」」


 笑い出したのは、ハルとフリードのどちらかだったか。ハルは片手で顔を覆い、それでも堪えきれぬ声が零れており、フリードは両手で腹を押さえて爆笑している。タクトはそんな二人を呆然と見つめていた。

「あーくそっ、なんだよそりゃあ。そこでそれはないだろ。いくらなんでも」
「しかしまぁ、生命体としての性別を言うなら男になるわけだが、その場合は俺の負けか?」
「そうだなぁ……ハル、あんたならあれに向かって男だって言えるか?」
「いや、俺も命は惜しい」
「……だよな?」

 言葉を交わしつつ、また二人はくっくっと笑い声を押し殺す。一人置いてきぼりのタクトは、困ったように頭を掻くことしか出来ない。

「えーっと……結局どういうことなんだ?」

 問いに対し、ハルが軽く苦笑する。

「あれを男だと言える蛮勇なんか俺もフリードも持ち合わせちゃいないが、逆に女と言えるほど達観しちゃいない。二人とも間違いで引き分け、だな」

 ハルの言葉を裏付けるように、フリードもまた仕方無しとばかりに肩を竦めた。
 それに少し落胆したような、ホッとしたような複雑な感情をタクトは抱く。どうにも、勝負にのめり込んでいたのは二人だけではなかったらしい。

「さて、どうする? ノーゲームってのもありだが……」
「そうだなぁ。俺もここまで決着つかないとは想定してなかったしな。最後は二人とも外した事だし、二人負けでお互いに貸し一つずつってのはどうだ?」
「ふむ……」

 実のところ、ハルはよほどの事でなければ賭けていた通り、フリードの言う事を聞いてもいいという気になっていた。勝負の中で得た信頼感というのもあまり信用出来るものではないが、この男はそう無茶な事は言い出すまいと思えたからだ。
 だが、一つだけ明らかにしておかねばならないこともある。

「まぁとりあえず、その辺りのことは上にいる奴と角の向こうにいる奴をこっちに来させてからな」
「は?」

 何を言っているのかと声を出すタクトの横で、今度こそ、フリードの目が驚愕の色を湛える。先ほどのように微妙に揺れたという程度ではない。確かな同様と驚きがそこにあった。

「…………いつ気付いた?」
「上のは何となく感じてたんだが、確信したのは外出て暫くしてからだな。優秀だとは思うが、少しばかり直情的すぎないか? 俺の一動作に注視しすぎで、気配が隠し切れてない。角のは勝負中。こんな時間に壁際に誰か立ってりゃ、距離を取ろうと動くのは普通だろ。特に女性は殆どこちら側の壁から一番遠い所を通ろうとしてた。気配の消し方は上手いんだが、注意力不足だな」

 フリードならば、ハルの言い分が決してハッタリではないと悟れるだろう。否、はったりではないと悟ったからこそ、惚けるような真似をしなかったのだ。

「ついでに―――――」

 言いつつ、ハルは剣に手を伸ばし抜きはなった。瞬間、ハルが指摘した二人が動き始める。
 上から降りてきたのは、軽金属の鎧を身につけた戦士風の男。二回転職し、身軽さが売りの盗賊であるハルと比べたら劣るが、並の人間ならば対応するだけで精一杯といった速度。少なくとも、剣の腕だけならばハルよりも明らかに優れている。
 角から出てきたのは、ローブを身につけた魔法使い風の女。その動きは滑らか且つ正確で、十分訓練されたものである事を匂わせる。魔力放出から凝固まで殆ど無駄がない。さすがにハルやランド程ではないが、十分熟練した魔法使いだと言えよう。

「ハルッ!?」

 タクトが声を上げる。流石に旅の間に少しは鍛えられたか、動揺しながらも身構え動ける体勢は整っている。もっとも、ハルが動けなければ、それにどれだけの意味があったか定かではないが。
 ピタリと、空気が制止した。戦士の男の剣はハルの剣を止めるように、魔法使いの女の杖は真っ直ぐにハルに向かい、ハルは二人に見せつけるように片手に魔力を固め、抜いた剣はフリードの首筋で止まっている。 
 そんな一触即発の状況で、ハルは口元の笑みを崩そうともしなかった。

「……今の俺では少し厳しさを感じさせる人間が二人も護衛に付いている。並の冒険者程度なら一蹴できるだろうし、この二人であんた一人を逃がす事ができない相手なんか殆どいないだろう。違和感はあったんだ。あんた、貴族か何かだろ」
「どうしてそう思った?」

 首筋に剣を突きつけられてる状態で、先ほど以上の動揺など存在せず、たた単純に聞き返すフリード。ハルもまた、それが妥当だとばかりに言葉を続けた。

「匂い、としか言えないな。演技も上手かった。着てる物だってそこいらの平民と大して変わらず、実はこっそり上等な物ってこともない。判断できる材料は高レベルな二人の護衛だけ。まあ、最後のだけでもそれなりに判断材料にはなるが」

 演技の為か別段気品などは感じなかったが、俗物的な行動と話し方なのに不思議と下卑た印象は受けず、裏社会で生きてきた人間とは思えぬ人となり。
 これ程短い間接しただけでも、もし誘われたら付いていってもいいと思えるような人を従える者が持つカリスマ性。高レベルの二人の護衛。
加えて……

「随分とこの町のことに明るいみたいだな。この勝負の解答。全て『知っていた』だろ?」

 妄想だと、そう言われても仕方のないハルの言葉。しかし、それを受けてフリードはニイっと深く笑みを作った。

「勝負中。護衛二人と何か連絡しているような様子はなかった。だが、普通に勘だけで二択を当て続けてたというには確率的にもあんたの性質的にもなさそうだ。能力的に俺と同じ真似ができるとも考えられない。さて、ではどうして当てられるか。言葉にすれば簡単だ。この辺りを通る連中のことを全て『知っておけば』いい」

 情報を網羅する。今日はどこの誰がどこで仕事をしていると。町全体に変わった事はなかったか。普段と違う行動を起こした人物はいなかったか。新しい人間が入ってきたりしなかったか。ありとあらゆる情報を網羅し、各人々の行動を推測する。
 無論、そのようなことを完璧にできるわけがない。予測不可能なことなどいくらでも存在するし、ちょっと一人が気まぐれを起こすだけで何もかもが変わってしまうことだってある。
 だがしかし、ここはフリードが選んだ極端に人通りが少ない路地。利用する人間が限られているということは、その分の情報量は少なくてすみ予測が外れる確率も減少する。当然100%とは言えないが、それでもかなり深い予測まで立てられるはずだ。大前提として、恐ろしい程の思考能力が必要ではあるが。
 町の隅々まで網羅した情報と、桁違いの思考能力。それがフリードの武器だとハルは考えた。そして、それほどの人物が只の人間であるわけもない。
 ハルの答えが正解かどうか、フリードはただ笑みだけで答えていた。

「それで? これからどうするんだ?」
「さて……このまま押し切って二人を降し、あんたから命と引き替えに色々貰うって手も無くはないが……」

 フリードとハルが話している間も、護衛の二人はピクリとも動くことなく、ハルの動きを注視していた。普通にやれば、今ハルが言った事を達成するのは間違いなく不可能だ。
 が、そんな中でハルが固めた魔力が変化を始める。魔力の中心から現れだしたのは、氷の塊。急速に肥大化を始めたそれを見て、戦士と魔法使いが初めて動揺を露わにした。

「なっ―――――!?」

 思わず声を出したのは魔法使い。それも当然だ。ハルはまだ【発動】の為の【キー】を唱えていない。無詠唱での魔法の発現など、魔法使いの常識からしたらありえない。
 同時に、完全に不意を打たれた彼らにとって、均衡を崩してでも動かなければならなくなった瞬間だった。

「フリード様!」

 通常、剣と魔法では威力において魔法の方に軍配が上がる。中にはそれを覆すような”例外”も存在するが、そんなもの世界中を探しても片手に足るかどうかだ。
 しかし、近距離においては圧倒的に剣の方が有利である。魔法を放つまでの四行程を剣を振るうより早く終わらせられる魔法使いもまず存在しないからだ。
 だが、この場においてそれは否定された。ハルの魔法はいつ放たれてもおかしくなく、それを止める手だてがない。この二人が真にフリードに仕える身であるならば、取るべき道は一つのみ。
 戦士が即座に剣を捨てフリードの盾になる。同時にハルは戦士の影へと移動し、魔法使いの攻撃を封じた。ハルの行動を予測していたか、魔法使いは既にフリードを守るべく駆けだしていた。
 ハルの腕には既に大人の頭ほどの氷が作られている。放つ前から発揮されている魔力は、明らかに低級魔法のものではなかった。直撃を受ければ、戦士すら一撃で落ちるかもしれない。そもそも、ヒャダルコ以上の魔法から守るのに、人一人の壁では到底足りないだろう。
 魔法使いから伸ばされた手は、フリードに届くことはなく。守らなければと、そんな二人の意志を嘲笑うようにハルの手は向けられ――――――


「―――なんてな」


 言葉と共に、ハルは手を握り込んで魔法を消滅させる。発動している筈の魔法を消滅させるなど、やはり魔法使いの知識にはなく、彼女は二人に手を伸ばしたその体勢のまま絶句していた。フリードを背に守ったまま、戦士も困惑したように振り向く。

「……くくく」

 漏れ出した声は、戦士と魔法使いの中心の人物、フリードから。口元を抑え、堪えきれないといった様子で、非常に楽しそうである。

「フ、フリード様?」
「おおよそ、忠誠心辺りを確かめたのか? しかしまあ、殆どお前らをからかうのが目的だったみたいだが」

 フリードの言うとおり、ハルの行動は確認のようなものだ。二人の雰囲気からしたら、ほぼ貴族の方面で確定だろう。商人に雇われた護衛だったとしたら、命すら投げ出すことなんて決してしない筈である。もっとも、ハルからしたらそこまではっきりとさせる問題でもないので、からかい半分というのも間違いない。
 ハルもまたニッと口元を歪め、楽しそうに笑いあう二人。タクトはガクッと脱力し、護衛達は顔を顰め怒り半分といった呆れ顔を見せた。

「…………心臓に悪いよお前ら……」

 タクトが呟くと、護衛二人と目があった。そこに妙な共感を感じたのは、共に振り回される者故か。
 ひとしきり笑いあった後、フリードが口を開く。

「つくづく面白いなあんた。ま、もう遅いしここらでお開きが妥当だが、結果はさっき言ったのでいいか?」
「条件が最初のでいいのなら、それでいい。あんたなら、俺の欲しいものが手に入りそうだ」
「へぇ……何が欲しいって言うんだ?」
「情報を。五・六年前、魔物と共にいた連中がこの国で捕まったと聞いたが、そいつらが今どうしているかを知りたい」
「…………ふむ。また随分と珍しいことを聞くもんだな……そんなことを聞く以上、格闘場がその時捕まった魔物達を使って運営してるってのは知ってるんだろうが、人間の方は町の外れ……この辺りで暮らしているな」

 ハルが彼らの情報を求める理由。提供する側からすれば当然疑問に思うところだろうが、特に言及することなく、地面に簡単な地図を書きながら説明する。
 この町で暮らしているというのは少しばかり予想外だった。町で聞いてみても、いまいち情報が集まらなかったが、てっきり格闘場周りで奴隷にでもなっているのかと思っていたのだ。

「そいつらが町で暮らすようにした女王だが、当然のことながら周りから迫害され、おまけに仲間だった魔物達は金儲けの道具だ。相当人間不信になっているぞ? 普通に接触しようにも、難しいのは間違いないな」

 ここで暮らしているのなら、迫害も人間不信になっているのも普通に想像できる。しかし、なぜイシス女王は彼らにこの町で暮らすことを許したのだろうか。ハルの考えている事は容易に分かったか、フリードが言葉を続ける。
 イシスは、実のところ女王の力がそこまで強くないらしい。これはあまり強硬に権力を振るうことを好まない女王の性格もあるが、何より豪族の力が強いのが大きい。
 魔王との戦いの最前線として、冒険者を雇っているのは七割豪族だという。さすがに女王の兵よりも私兵が多いということはないようだが、霊樹の元で暮らしていた者達を捕らえたのも豪族で、しかも質の悪い部類の者だった。
 魔物達は格闘場で戦わされ、人間は奴隷にさせられるところを、せめて人間達だけは助けてやって欲しいと女王が口添えしたらしい。魔物達は完全に敵として認定されているため助けることは適わず、何とか助けられた人間も女王から保護を与えることはできず、迫害されているのを止められないのだという。
 そうなれば、彼らが自身の身を守るために外からの接触を断とうするのは自然の成り行きだろう。
 追放されているのならば、何とか足取りを辿って接触することもできたかもしれないが、下手にこの町で暮らしている分面倒な状況である。
 だが、これ以上はハル自身の役目だ。とりあえず、話をする席を作らなければどうにもならない。

「ん、感謝する。それで、そっちの要望は?」

 向こうにそのつもりがなくとも、ハルにとっては大きな価値のある情報を提供してくれたのだ。よほど無理な事でなければ応えるのが義理というものだろう。
 しかし、フリードは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。

「いやぁ要望な。うん、今んとこ何にも思い浮かばなねぇんだよなぁ……そうだな、次に会うまで貸しにしておいていいか?」
「………………会う保証なんてできんが?」
「いいさ。こっちも大したことしたわけじゃないしな。それに、また会えた時も面白そうなことがありそうだ」
「別に俺はエンターテイナーじゃないんだがな……そっちがそれでいいならまぁいいさ。じゃあ、そろそろ俺たちは失礼させて貰う」
「ああ、じゃあまたな」
「縁があったらな。タクト、行くぞ」

 言って歩き出すハルを、少し慌ててタクトが追いかける。朝から放置していたボウ達のことが若干気懸かりだ。まあ、外壁の外側で隠れている為大丈夫だとは思うが。
 と、ハル達が路地を曲がろうとした時、後ろからフリードの声が聞こえてきた。

「そう言えば、東の区画で奴隷がオークションに掛けられてるけど、明日に何か”魔族の双子”ってのが出るらしいな。魔族だなんて、大嘘だろうけどな」

 ピタリと、ハルは足を止める。サービスのつもりか、既にフリード達は反対方向へ歩き出していた。
 魔族というのは、本来ヒミコのように力を持った魔物か、人間に近い姿か形を持つ魂型の存在のことを言う。ゴウルに聞いたことなので間違いなくこれが正解なのであるが、人間ではそんな違いを知ってる者などほぼいないだろう。
 魔法オババや魔女などの種族もこの部類に属するが、彼女らの棲息域を考えると奴隷として連れ去ってこられるとは思えない。奴隷というからには間違いなく人型であるだろうし、それならば何をもって魔族としているのか。
 理解できない存在。人の枠から外れた者。即ち、魔物と共に生きていた霊樹の一族だろうことは想像に難くない。
 借りばかり作らされると、ハルは苦笑しながらその場を後にした。 




***




「で、お前らから見てあいつはどうだった?」

 拠点に帰る道すがら、フリードがおもむろに二人に尋ねた。

「……剣の腕は並か、それ以下です。ただ、身体能力はそれを補って余るほど。速度だけならば私よりも上でした。ダーマで盗賊の祝福を受けているものだと思われます。剣だけでも、一兵卒程度ならば圧倒できるでしょう。魔法も使っていたので、最低一度……身体能力を鑑みれば二度転職を行っているのかもしれません」

 最初に答えたのは戦士―――ホルトである。
 戦士としては間違いなく優秀な人間である彼が言うならば、ハルの剣の腕前自体は本当に大したことはないのだろう。しかし、それでも尚十分に強いと言わせるだけの身体能力。ダーマで転職を経験している人間は非常に稀であり、あれ程の若さで二回も行っているというのは普通ならば信じがたいが、それを納得させられてしまう。

「加え、あの剣…………どこで手に入れたのかは分かりませんが、紛れもなく名剣の部類。単なる冒険者が持っていていいものではありません。あれ程の剣は、世界中を探してもそう多くないでしょう」
「なるほど。いいものだとは思ったがそれ程か。なかなか想像力を掻き立ててくれるな」

 二度も転職をしていながら、並以下だという剣の腕前。しかし持っている剣は一級品。どこぞの貴族の家宝であってもおかしくないそれを所持しながらも、他の装備は平凡そのもの。一体どこの出自の者か。フリードの情報網にも一度も引っかかったことはない。あるとすれば非常に短い期間で成長を遂げ、たまたま名剣を手に入れた者だということだが、そんなことがあり得るのだろうか。

「イレースはどうだ? 随分驚いていたみたいだが」
「…………正直なところを申し上げますと、魔法使いとしては別格かと。少なくとも、技量では私以上……下手をすれば我が師に届きうるかもしれません」
「へぇ……アザードの爺さん並とは随分大きく出たな」
「流石に並ぶかどうかは……ですが、術具も無い状態で私と同時か僅かに早く魔力凝固を終了させ、かつ無駄が全く見られませんでした。剣を抜き、ホルトと相対しつつそれほどです。魔力の扱いに関しては紛れもなく一級……名を聞いた事がないのが不思議でなりません」

 イレースの師は既に故人であるが、その実力は国の中でも一、二を争う人物であった。今世界で彼に並ぶ者など、そう多くはない。ダーマ大神官のフォーテなど、他国にまで名の知られた存在ばかりである。
 彼らにあの若さで追随できる存在。イレースともそう変わらない年齢だ。否定したいと強く思うが、なまじ腕が良いだけにそれができない。
 確かに、在野の人物で特に何の功績も残していない者ならば、たとえ実力者であったとしても噂にならないこともあるだろう。だが、命の安全も、生活の安定も無い冒険者をしているのは何故か。あれほどの実力があれば、どこの国でも簡単に仕官できるであろうし、好待遇で迎えられるのは間違いない。何の目的があって動いているのだろうか。
 そして、あの無詠唱での魔法の発現。あんなものはイレースですら知らない。発動した魔法を消す術なんてないはずなのに、あの男はあっさりそれを成して見せた。悔しいが、自分とハルの間には大きな溝があると、イレースは認めていた。

「剣の腕は並以下でありながら、高い身体能力と名剣を携え、さらに優れた魔法技術を持ち、頭の回転も速く聡明……こう言ったら少しばかり出来すぎだな。類い希なる英雄の器って感じだ。そんな人間が今まで何の噂もなく、どこに仕官するでもなく、魔族とも呼ばれる連中の情報を欲しがる。ふむ、実にきな臭いな」
「………………楽しそうですね」

 言っていることとは裏腹に、フリードは深く笑みを浮かべていた。ホルトの声に呆れたような色があるのも仕方ないことだろう。

「実に興味深いだろう? 何をするつもりなのか。何がしたいのか。格闘場で見た時から思ってたが、まさしく『大当たり』だ」
「……彼を勧誘するのですか?」

 イレースに問われ、フリードは大きく手を広げ肩を竦めた。その仕草はどこまでも演技のようで、しかしピッタリと嵌って不自然さを感じさせない。

「さて、それが問題だ。確かに俺はあいつを非常に気に入ったが、あれがそう簡単に引き込めるかと言えばそうじゃない。普通の奴の価値観とは違ったものを持っていて、何か明確な目的に向かって動いてるのを無理に引き込むのは難しい」
「では、しばらくは様子見ということですか?」

 おそらくは適当に眺めて楽しんだ後に、彼の望む物を用意して引き込むつもりだろうと従者達は予想した。いつも通りの主の行動だ。されど、そんな二人の予想を余所にフリードは笑みを浮かべる。二人は知っていた。これが、何かロクでもない悪戯を思いついた主の顔だという事を。



「どうせなら、もっと面白い方法があるだろう?」






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