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No.29793の一覧
[0] そして魔王様へ【DQ3】(5/8新話投稿)[NIY](2014/05/08 23:40)
[1] 新米魔王誕生[NIY](2014/03/05 22:16)
[2] 新米魔王研修中[NIY](2014/04/25 20:06)
[3] 続・新米魔王研修中[NIY](2012/09/28 10:35)
[4] 新米魔王転職中[NIY](2014/03/05 22:30)
[5] 新米魔王初配下[NIY](2014/03/05 22:41)
[6] 新米魔王船旅中[NIY](2012/10/14 18:38)
[7] 新米魔王偵察中[NIY](2012/01/12 19:57)
[8] 新米魔王出立中[NIY](2012/01/12 19:57)
[9] 駆け出し魔王誘拐中[NIY](2014/03/05 22:52)
[10] 駆け出し魔王賭博中[NIY](2014/03/19 20:18)
[11] 駆け出し魔王勝負中[NIY](2014/03/05 22:59)
[12] 駆け出し魔王買い物中[NIY](2014/03/05 23:20)
[13] 駆け出し魔王会議中[NIY](2014/03/06 00:13)
[14] 駆け出し魔王我慢中[NIY](2014/03/19 20:17)
[15] 駆け出し魔王演説中[NIY](2014/04/25 20:04)
[16] 駆け出し魔王準備中[NIY](2014/05/08 23:39)
[17] 記録[NIY](2014/05/08 23:37)
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[29793] 新米魔王誕生
Name: NIY◆f1114a98 ID:4f54f8a1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/05 22:16
一章 一話 新米魔王誕生


 カサカサと、草の擦れる音で青年は目を覚ました。

「…………生きてる?」

 自分が寝ているのは草むらの上か。チクチクと葉が肌に刺さる。
 濃い新緑の香り。おおよそ以前では関わり合いの無かったものだが、五感がここまではっきりしているとなるとこれは夢ではあるまい。
 死んだ経験などないから分からないが、感覚があるということは自分が生きているということなのだろう。たぶん。

「…………何でだ?」

 青年は誰とも無しに問いかけた。もちろん答えが返ってくる事などない。
 とりあえず、寝転んだままでは仕方ないので体を起こす。手のひらを見てみても火傷など一つもなく、体のどこかが痛むという事もない。

「…………何で俺は生きてる?」

 青年は再度問いかける。
 確かに、自分はオロチの洞窟へと赴いた。何故か魔物と遭遇する事こそなかったが、溶岩の熱で肌は火傷していたし、最後にはヤマタノオロチの目の前にまで到達したのだ。ボロボロの服と、もはや使い物にならなくなっているスニーカーがあれが現実であったことを証拠づけている。
 だが、それだけに何故自分が無事なのかが理解できない。ヤマタノオロチに手を出されるまでもなく、自分の死は確実に訪れていたのだから。

「全滅して城から再スタートだったら、まじもんでゲームなんだがな……」

 呟いて、青年は考えを放棄した。考えたところで実際の検証なんてできないからだ。
 そして、回想したことで思い出す。鮮烈なまでに焼き付いたヤマタノオロチの姿を。


 ―――ただ、美しかった。


 溶岩の中に浮かび上がる翠玉の鱗。一つの体に八つの頭という地球上の生物ではあり得ない姿ながらも、完成された一を思わせる巨躯。ゲームで描かれていたものとは違う、黄金色に輝く瞳。
 しかし、青年が彼の龍に抱いたイメージは、その圧倒的な存在感とは真逆の儚さだった。


 触れれば消えてしまいそうだった。少しでもバランスが崩れただけで壊れてしまいそうだった。

 故に、青年は魅せられた。あまりにもアンバランスな雰囲気を抱えた龍に。

「…………会いに行くか」

 青年の疑問を解消できるのは、知りうる限り一人だけ。もとより、それ以外の選択肢など存在しなかった。
 ゆっくりと立ち上がる。一応点検をしてみたが、どこにも痛みは感じない。

「HP全快ってとこなのかねこれは……」

 適当にシャツを破って足に括り付ける。瓦解寸前のスニーカーだが、少し歩くくらいならこれで大丈夫だろう。
 何とも見窄らしい格好だと、青年は自嘲気味に苦笑した。この世界に来てから大体二日ぐらいか。一度死を体験したせいか、随分と心に余裕が出来ている。今では、あれほど自暴自棄になっていたのが馬鹿馬鹿しいと思えるぐらいだ。
 別段死にたがっている訳じゃないのだから、わざわざあんな洞窟に赴くまでもなく、ヤマタノオロチには会いに行ける。今のジパングの状況から鑑みるに、既にヒミコと成り代わっているのだろうから。
 自分でもどうしてか分からないほど、心が沸き立っていた。どうせ一度死んだ身だ。使うなら、好きなようにこの命を使わせてもらおう。



***



 村の中は相も変わらずどんよりとした空気が漂っていた。
 どことなく暗い村人たちは、浮浪者同然の青年の姿を遠巻きに見ながら顔を顰めている。

(辛気くさいこった)

 そんな不躾な視線を浴びながらも、青年は堂々と村の中を歩く。目指す場所は、村の一番奥に見える大きな屋敷だ。
 村の中は青年が思っていたよりもずっと広かった。ゲームでは簡単にたどり着けた屋敷がえらく遠い。画面上では存在しなかった建物も沢山ある。まあ、これだけの人が住んでいるのだから現実としては当たり前なのだろうが。
 それでも何となしに周りを見ていると、村の中央にある井戸やおそらく後の生け贄が隠れることになるだろう地下倉庫の位置やらとゲームと同様の部分があって面白い。

 そうしている内に、ヒミコの屋敷の前へとたどり着いた。
 幾つかの鳥居の先に見える、明らかに豪勢な屋敷。ここの住民はヒミコを神と同一視しているらしいので、祀るための神殿という意味合いもあるのかもしれない。
 そのまま正面から屋敷に踏み入った直後、青年の前へ剣が突きつけられた。

「待て! 見窄らしい奴! ここが誰の屋敷だと思っている!」

 剣を突きつけているのは門番らしき二人の男だ。ゲームではあっさりと中へ入っていただけに意外だったが、統治者の屋敷なのだから当然かと考え直した。きっとあれは勇者補正だとか何かだったんだろう。

「誰って……ヒミコのだろ?」
「なっ!? 貴様ヒミコ様を呼び捨てにするとは何と無礼な!」
「貴様のような外来の下郎が、ヒミコ様を呼び捨てなど言語道断である!」

 青年の発言にいきり立つ門番達。ホームレス同然の男が、神に等しく崇められている存在を呼び捨てにすれば当然か。どうにも正直に行き過ぎたらしい。

「外来だからこそとは思うんだがね……で、ちょっとばかしヒミコに聞きたいことがあるんだが通してくれないか?」
「き、貴様また―――――」
「―――――――っ!!」

 威圧されても尚、飄々とした態度を取る青年に、門番達は声も出せないほど憤った。どうしたもんかねと、青年は振り上げられた剣を見るが、こうなってしまってはどうしようもない。一応それなりに心得はあるが、長らく本格的な訓練などしていない自分には対処は難しい相手のようだ。
 そも、青年は何となく求めて来ただけで、徹底的に足掻いてまで会いたいという強い意志が有るわけでもない。そうでなければいくら彼でも、ここまで無計画で無謀な真似はしなかっただろう。



 だから、その声が聞こえたときに、青年は少しばかりは運命というのを信じてみてもいいかもしれないと、本気で思ってしまった。



「どうしたのじゃ騒がしい。何をしておる?」

 威厳もあるが、非常に美しい女の声。それが聞こえた瞬間に、門番の二人はピタリと動きを止めていた。
 奥から現れたのは、見目麗しい妙齢の女性。顔立ちは凛々しいと言うのが適当だろうか。切れ長の瞳を中心に整えられたパーツ。薄く引かれた紅は蠱惑的でありながらも、それを感じさせない力強さを称えた口元。流れる黒髪は高く結われ、そこから一束背中に落とされている。
 誰もが目を奪われるだろう美女だ。赤が基調の派手な着物が、彼女の美しさをより引き立てている。

 しかし、青年は彼女の姿形などまるで目に入らなかった。

 青年が吸い寄せられたのはその瞳。あの時、龍の瞳にも見えた、揺れるように浮かぶ儚い光。



 間違いない。彼女こそヤマタノオロチである。



「ひ、ヒミコ様!」
「な、何故こちらに!?」

 慌てふためく門番達に呆れたように首を軽く振って、ヒミコは青年の方へ視線を投げ掛けた。

「あれだけ騒いでおれば奥におっても聞こえように。して、そなたが騒ぎの元凶らしいが一体何者じゃ? ずいぶん哀れな格好をしておるが」
「いや何、あんたに少しばかり聞きたいことがあったんでやってきたんだが、そこの二人のお怒りに触れてしまったらしくてね。後、格好については言わないでくれると助かる」

 苦笑し頭を掻きながら青年は言う。対して、ヒミコは目を細め、門番達は我慢ならないと剣を構え直した。

「この無礼者が!」
「もはや我慢ならん! 切り捨ててくれる!」
「……止めぬか、お前達」

 再び振り上げられた剣を止めたのは、やはりヒミコだった。さすがに感情が上回っているのか先ほどのようにすぐさま剣を下ろしたりはしないが、それでも動き自体は止めざるをえない。

「しかしヒミコ様!」
「……別に妾は気にしておらぬ。そんなことよりも、切られた者の血で玄関先が汚れる方がよほど不快じゃ。毎日掃除をしておる下女に余計な苦労をかけるでない」

 ヒミコにそう言われては、門番達も従わないわけにはいかない。明らかに渋々剣を納めた二人を尻目に、青年は軽く肩を竦めた。

「助けられたかな?」
「……知らん。そなたも不愉快じゃ。さっさと去ね」

 ふいっと顔を背けて、ヒミコは背を向けた。
 そのまま去られては、こうして出会った甲斐もない。その背に向けて、青年は呼び止めるように声を掛ける。

「何で俺を生かした?」

 果たして、その言葉にヒミコは足を止めた。予想通りと、青年は顔に笑みを浮かべる。

「あんたなんだろう? 俺を助けたのは。放っておいたら死ぬ人間を、わざわざ回復させて外に連れ出したのは何でなんだ?」

 門番の二人は青年の言葉を理解できず、さりとてヒミコに言われた手前動く事もできない。ヒミコは、背を向けたままじっと話を聞いていた。



 最後に青年は爆弾を投下しようとする。



「なぁ、教えてくれよ。ヤマタノ―――――」


 瞬間、押しつぶされそうな威圧感が青年に襲いかかった。出そうとしていた言葉は途切れ、息をすることすら困難な状態に陥る。

「ごほっ!? がひゅっ!?」

 そのまま倒れそうになるも、青年はそれを良しとしなかった。くの字に折れ曲がった状態から、無理矢理顔を上げにぃっと笑みを作る。
 見上げた先にあったのは、ちらりとこちらに向けられた顔。恐ろしい程の冷たい瞳。
 振り返ることすらせず、ただ一瞥されただけでこれ程の圧迫感を与えられる圧倒的強者に、青年は喜びすら感じていた。それでこそ、自分の求めていた存在だと。

「……付いて参れ」

 一言だけ述べて、今度こそヒミコは奥へと歩いていった。圧迫感から解放され、青年はその場で荒い息を吐く。

「お、おいどうした?」

 急に倒れ込んだ青年に、門番達は動揺している。本当に、あれは青年にだけ向けられていたものらしい。
 何度か深呼吸をし、息を整えて青年は立ち上がった。

「いや、ちょっとした持病だよ。すぐ治るモンだから気にしなくていい。それより、奥へ行ってもいいな?」
「…………ヒミコ様が認められたのだから、我らには止める権利はない」
「それは重畳」

 笑顔一つ返して、青年はヒミコの向かった方へと歩き出した。最後に、背中ごしに声が掛けられる。

「くれぐれも粗相のないようにな! ヒミコ様に何かあれば、その命無いものと思え!」


 それには特に言葉も返さず、青年は歩きながら軽く手を振って答えた。




***




 青年が通されたのは、50畳ほどの大きさがある広間だった。だだっ広い空間の中に、ヒミコの寝所と思わしき場所が設置されている。部屋は人払いをされ、青年はただ一人ヒミコと対峙していた。
 ヒミコは無言のまま、青年を計るかのように眺めている。対する青年は、座り込んで腕を組み、見る者が見れば嘲りとも取れる笑みを浮かべていた。

「さて……いささかムードが足りないような気がするが……」
「囀るな小僧。貴様、何を知っておる?」

 この状況下においてもふざけた言い回しをする青年に、有無を言わせぬと問うた。

「何をって言われても大したことは知らんがね。あんたがヤマタノオロチだってことぐらいじゃないか?」
「ほう……妾の一体どこがあの化け物だというのじゃ? 妾がこのジパングの支配者であることは知っておろうに、その言は冗談で済ませられることではないぞ?」

 再び襲い来る圧迫感に、青年はグッと腹に力を入れ堪える。その態度自体が青年の言葉を肯定していると同じ事であるが、向こうもそんなことは重々承知だろう。これは、ヒミコが青年を警戒しているからこその態度である。

「知っているから、としか答えようがないな。俺はあんたの過去なんざ知らないが、あんたがヤマタノオロチであることと元の支配者を喰らって成り代わったってことは『知っている』」

 青年の言葉に、ヒミコは肯定も否定も返さない。下手に言葉を返そうとも、青年が確信を抱いていることはもう理解したのだろう。
 ヒミコの視線を受けながら、青年は言葉を続ける。

「だからこそ聞きたいんだが、何であの時俺を助けた? あんたにとっちゃ俺なんて虫けら同然だろう? 助けられる理由なんか思いつかないんだが?」
「…………何故妾が助けたと? そなたの言うようなら妾が助けたとは考えにくいじゃろう?」
「状況的にあんたしか考えられないからだ。あんな所までわざわざ来る人間なんていやしないだろうし、もしいたとしても助けた人間を外に放置するとか行動に一貫性がない。他の魔物でもあそこにいるのは大抵あんたの配下だろう? 最低でもあんたの許可がいるはずだ。ま、あんたに言われでもしない限りそれもなさそうなんだが」
「………………では何故、妾に会いに来た? もしそなたを助けたのが妾だったとしても、気まぐれだったと考えぬのか? 本当に妾がヤマタノオロチなら、正体を知っている者を生かしておく訳はあるまい?」
「言っただろう? 何で俺を助けたのか聞きに来たんだ。気まぐれなら気まぐれで別にいい。どうせ死ぬつもりであんたのとこに行ったんだ。あんたに殺されるなら万々歳だね」

 問答を経て、二人の間に沈黙が降りる。双方互いを見つめたまま、動かない。

 痛いほどの静寂の中、先に動いたのはヒミコだった。

 ヒミコの足下から炎が噴出する。彼女の体を包み込んで、さらに大きく肥大化していく。
 その炎を割るように出現したのは、昨日見たヤマタノオロチそのものだった。

「そうまで望むのならば答えてやろう。気まぐれに過ぎぬわ! 折角拾った命を捨てに来るとは、まことに愚か者じゃったか!」

 ヤマタノオロチの啖呵に、青年は反応しなかった。自分を一呑みにしてしまいそうな顎に恐れる訳でもなく、じっと、ヤマタノオロチの姿を目に焼き付けていた。

「時世の句でも唱えるがいい。もはやその命が助かることなどありえぬのじゃから!」
「……………………ああ」

 襲いかかってくる威圧感。昨日のように朧気な状態でなく、はっきりとした意識の下で見る龍は、やはり美しかった。
 これ程まで自分を魅了する相手に殺されるのは、悪くない。
 死を甘美だとすら思い、差し迫る顎を見ながら、青年は夢見心地に呟いた。




「……本当に、綺麗だ」




「は?」

 その一言で、目の前にまで迫っていた顎が止まる。息が互いに掛かるほどの距離で、青年は言葉を続けた。

「綺麗だと言ったんだ。あんたは本当に綺麗だ。その姿も、その目も、存在も、人間の姿の時でさえ、全て」
「…………何を言って……」

 ヤマタノオロチは当惑し、思わず青年から顔を遠ざけた。青年自身、考えて話しているわけではない。思いつくままに、浮かんだ言葉を話しているに過ぎない。それ故に、全てが本心であり、本人ですら理解し切れていない感情の答えであった。

「ああそうか。俺は、あんたに惚れたんだ。惚れたから、あんたに逢うためにここにきたんだ。他の事なんて、全部後付だ。こんなどうしようもない状況で、惚れた奴に殺されるなんて、最高じゃないか」

 まさしく、熱病にかかっている状態で、青年は言葉を綴った。ヤマタノオロチは何を思っているのか、動くことなく話を聞いている。

「じゃあ、ひと思いに殺してくれ。俺はきっと、あんたにとって邪魔な存在にしかならないだろうから」

 身を投げ出すかのような態度の青年を前に、ヤマタノオロチは思案する。

 まず、青年の言ったことが真実であるかどうか。まぁ綺麗だの何だの、であるが、とりあえずこれは考えても仕方ない。ヤマタノオロチを持ってしても、何の意味があるかさっぱり分からなかったからだ。
 では、この男は一体何者なのか。少なくとも、ただの人間ではない。ただの人間が、ヤマタノオロチとヒミコを同一存在だと知っている筈がないのだから。
 かといって、魔物という訳でもない。この男は昨日も確認したが、紛れもなく人間である。それも、特別強いわけでもなく、むしろその辺りにいる村人と同等かそれ以下の力しか持ち合わせていない。それなのにヤマタノオロチを前にしてこの態度。全く、頭がどうかしているとしか考えられない。
 いや、本当にそうなのかもしれない。明らかに人と異なる自分に向けて、綺麗だの惚れたのだの宣うなんて、正気の沙汰とは思えない。


 考え、可能性を羅列し、絞り込み―――――ヤマタノオロチはため息を吐いた。


 淡くその肉体が発光し、フッとかき消える。一瞬の後、再びヒミコの姿でヤマタノオロチは立っていた。

「ん? どした?」
「なんだか……考えるのがアホらしゅうなったわ」

 笑みを浮かべながらこちらを見てくる青年に、ヒミコは盛大にため息を吐く。この男、本当に何も考えていない。
 その正体こそ気がかりであれ、自分だけ真面目に対応するのが馬鹿らしくなった。そもそも、こんな身元不明の男がヒミコの正体を話したところで、一体誰が信用するというのか。どこぞの国の諜報でも、自ら死にに来るような者はいやしまい。

「そなた程度なら殺す価値も無い。疾く去ね。そなたの自殺に手を貸すつもりなど、些かもない」

 興味は失せたと顔を背けるヒミコに、青年は頭を掻いた。
 殺されるためにやってきたのに、これでは甲斐がないではないか。それに、ここでヒミコと別れた後、驚くほどにやることが何もない。いくらでも選択肢はあるはずなのに、選ぼうという気すら浮かばない。



 なら、やはり思うがままに行動するのが一番だろう。




「よしじゃあヒミコ、結婚してくれ」
「……………………は?」

 あまりにも唐突な告白に、今度こそヒミコの脳は思考を止めた。何を言われたのか分からず首を傾げる彼女を可愛いと思いながら、青年は言葉を続ける。

「俺はやりたい事なんてないし、自分の故郷に帰る手段も思いつかない。んで、惚れた女が目の前にいて、そいつ以外に伝手がない。うん、これは結婚を申し込む以外の行動は存在しないな」
「いやまてその答えはおかしい」

 青年は一人で完結して頷いているが、ヒミコは何一つとして納得できない。見る者が見れば、それこそ幻覚かと疑うほど、ヒミコは狼狽えていた。

「結婚……? 人間であるそなたが妾と本気で結婚できると思うておるのか?」
「本気だぞ? 少なくとも死ぬか結婚の二択から選ぶぐらいには」
「なんだか結婚という言葉がより重くなりよった!?」

 よもやこんな話になるとは想像もしていなかっただけに、ヒミコの調子は崩されっぱなしだ。このままではいかんと、何度か深呼吸をして落ち着こうと試みる。

「……よ、よしんば妾が承諾したとしてもじゃ、妾は魔王様の配下である。魔王様が思うだけで、妾は自身の心など簡単に消し去ってしまうぞ? それでいいのかえ?」
「魔王様……ねぇ……」

 ヒミコの問いに、青年は思案するように呟く。その反応を見て、ヒミコの心も少し落ち着きを取り戻した。
 そうだ。これでいい。自分は魔王バラモスの支配下にあり、その意志を遂行するための存在なのだ。たとえ、それが望まぬ事であってもやらねばならないのだと、自身の立ち位置を再確認する。

「なぁ……」


 ヒミコは自分の心の内を誰かに悟られるなどあり得ないと思っていた。だから―――



「あんたは何を望んでいるんだ?」
「なっ!?」



 だから、青年がそう問うたとき、息が詰まるほどの衝撃を覚えた。



「何故……いや妾は……」
「ずいぶんとちぐはぐなんだよな。あんたの行動。魔王の配下で人間の敵だとか言いながら、死にかけの俺を助けたり。正体を知っている相手を何の枷もなく逃がそうとしたり。あとさ、あんた俺を見たときに、『哀れ』とか言ったよな? 汚らしいとか、見窄らしいとか、もっと嫌な表現もあるのに。本当に人間を見下してるなら、本当に人間の敵なのなら、哀れなんて思わないんじゃないか? 他にも、下女の気苦労を述べたりなんかもしてたよな。考えたこともないのなら、そんな言葉は絶対に出てこないと思うが?」
「そんなことは……!」

 朗々と述べられる言葉にヒミコは狼狽え、返す声には力がない。確かに、ヒミコの思いを知っている者は存在する。しかし、それは長い年月の中ヒミコの思いを知れる位置にいた者だ。それにしても、数人しか知るところではない。
 故に、ただ二回出会っただけでヒミコの本音に辿り着くなど、あり得ない筈だった。

「あんた本当は、人間のこと嫌いじゃないだろ?」
「~~~~~~~~~っ!!??」

 誰が聞いても馬鹿げてると思うだろう。一つのエリアを任されるほどの魔物であるヤマタノオロチが、事もあろうか人間に敵対感情を持っていないなど。むしろ、友好的な感情を持っているなどと言うと、信じるどころか狂っていると思われても仕方ない。
 だが、確かにそれはヒミコの、ヤマタノオロチの本心であった。

「だったらどうしたというのじゃ! 妾が乳飲み子を愛らしいと思うたとて、生け贄を捧げた家族に心を痛めたとて、妾は人間の敵に相違ない! 魔王様の前に、妾の意志など関係ないのじゃ!」
「なら……」

 取り乱し、激高するヒミコを前に、青年の心は恐ろしく静かだった。
 人間の敵でありながら、人間を慈しむ龍。青年が彼女に覗き見た儚さは、この現実と相反する心から来るものであった。
 だからこそ青年は惹かれたのだ。彼女の味方になりたいと思ったのだ。



 彼女の望みを叶える為ならば―――――全てを捨ててもお釣りがくる。



「なら俺は、魔王になろう」
「何じゃと……?」

 青年は思う。自分がこの世界に来たのは、他のどこでもなく彼女の近くに現れたのは、きっとこの為なのだろうと。

「お前が魔王に縛られるのなら、俺が魔王を倒そう。お前が人間と共存したいのなら、世界征服をしてでもその望みを叶えよう。たとえ全てを敵に回すことになっても、俺はお前の為に魔王になろう」
「……………………それは、妾と結婚する為か?」
「それ以外に理由が必要か?」

 一人の女の為に世界を敵に回す。どこの物語かと誰もが思うだろうが、そこまでの決意をする者がいないわけでもない。
 しかし、出会って二日。ろくに互いを知らず、共に過ごした時間は一刻に満たない。更には人間と魔物という存在自体が違う相手と結婚するためにその決意を固める者などあり得ない。正気を疑われても仕方ないだろう。

「くく……ははは……」

 青年は本気だった。青年はどこまでも正気だった。人間にも魔物にも、このような存在はいなかった。人間でありながらヒミコの心へと平気で踏み込んで、弱小の身でありながら自らが魔王になるなどと宣う者は、世界中を探せどこの男しかいやしない。

「はは、ははははははは! ただの阿呆かと思えば、ここまでの大虚けじゃったとは思わなんだ! ほんに、ほんに大馬鹿者じゃのう!」

 こみ上げてくる笑いを、ヒミコは抑えることが出来なかった。この世に生を受けて既に百年近くになるが、これ程笑わされたのは初めてだった。
 だが、決して悪い気持ちではない。

「好評なら結構なんだが……で、答えは?」
「そうじゃのう。もし、万が一、本当にそなたが魔王様を倒して新たなる魔王になれたのなら、考えてやってもよいぞ? そなたのような面白い男と出会ったのは、生まれて初めてじゃからの」
「上等。見てろよ? 絶対魔王になってやるからな?」

 ヒミコの答えに、青年はにいっと笑みを作って見せた。それは確固たる自信の表れではないだろう。青年は今の自身の弱さをしっかりと理解している。だからそれは、絶対たる意志が作る笑みだった。
 と、青年は聞いておかなければならないことを思い出す。

「そういや名前、ヒミコでいいのか? それは元々のあんたの名前じゃないだろ?」
「構わん。妾がここに座するようになって後、それは妾の名となった。元より妾に名は有って無いようなものじゃったからの。皆、それを妾の名と認識しておる。それよりも、まだそなたの名を聞いておらぬぞ? 何というのかえ?」
「おっと、そっちの方が問題だったな。…………ま、名字はもういらんか」

 問われて、青年は少しだけ考えるように呟いた。




「ハル。俺の名前はハルだ。よろしく頼むヒミコ」



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