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No.29778の一覧
[0] 【短編】かすみのとてもちいさな とてもおおきな とてもたいせつな たからもの[鈴雪](2016/01/26 23:03)
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[29778] 【短編】かすみのとてもちいさな とてもおおきな とてもたいせつな たからもの
Name: 鈴雪◆a2e3942f ID:d0fa170c
Date: 2016/01/26 23:03
 あの人が、白銀さんがいなくなってから、博士が言う通り、みんながあの人を忘れてしまいました。

『白銀って誰のことよ』

『ごめん社、白銀って誰だっけ?』

『はあ、武ね。思い出せないわねえ。ところで、霞ちゃん、今日も鯖味噌でいいのかい?』

 誰に尋ねてもそういう返事が返ってきます。誰も覚えていない。それが無性に悲しくて、寂しかったです。

 この世界を救ってくれたあの人を、たった一人の女の子を助けるためにずっと頑張っていたあの人のことを、私しか覚えてなかったことが。

 そして、あの人がいなくなってから一ヶ月でしょうか、私は気づきました。私も思い出せなくなってていることに。

 あの人の顔を、声を、言葉を、私も思い出せなくなってる。

 あんなに大切だったのに、忘れないって約束したのに、私の宝物も他の人のように消えていっていく。そのことに私は愕然としました。

 嫌! 絶対に嫌!!

 だから、私は博士に相談しました。

 最初、博士は私の妄想と切り捨てようとしたけど、私の話が自分の研究の根幹に関わることと、実際に白銀さんがいないと納得のいかない事象があると理解してくれたら、少しだけアドバイスをくれました。

 それは、文字にすること。文章にして遺すことでした。

 記憶はなくなる。でも、文字はなくならない。

 確かに以前の博士も同じことををしていたのを思い出しました。

 でも、あの時と違って本当に消えないのかわかりませんでしたが、それでも、私にはそんな手段しかありません。

 私は一心不乱に書きました。覚えてること、忘れそうなこと、そうしているうちに思い出せたこと。

 初めて会った時のこと。私と何度もお話ししてくれたこと。何度も起こしに行ったこと。貝殻をプレゼントしてくれたこと。一緒に寝たこと。一緒にご飯を食べたこと。あーんをしたこと。

 ……神宮寺軍曹が殺されたショックであの人が逃げ出したこと。

 純夏さんのこと。

 桜花作戦で私も純夏さんやあの人たちと一緒に戦えたこと。

 お別れの時に約束したこと。

 全部全部、私は書きました。大切な思い出を、私の大切な宝物を。

 それを、博士に見せたら「子供の日記ね」なんて笑っていました。そうだと自分でも思います。

 難しい技術用語や隠喩は博士の横にいたから、自然と覚えることができましたが、私自身の語彙はあまり豊富じゃありません。

 それでも私には十分でした。

 だけど、博士はそれに何かを書き込んでいきました。そして、

 ――はい、あたしなりに修正箇所を記したから自分で直しなさい。

 博士の突然の言葉に私は戸惑いました。だって、私と違って、博士自身にはこれになんの価値もないはずなのに。

 なんでそんなことをするのかと尋ねたら、

 ――実験よ。ただの、ね。

 そう博士はなにかを企んでいるときに浮かべる笑みをしていました。

 私には博士の考えていることはわかりません。私があまり使いたくないリーディングという手段も博士に対しては阻害されます。

 でも、博士がやれというならなにか意味があるはずと私は言われた通りに直しました。

 直しては博士に見せて、修正を指示されて、時には周りの人にもどうすればいいのかを聞きました。

 それを何度も繰り返すと、博士にもういいと言われました。

 そして、博士は私の書いた文章を、あの人と私の物語を改めて纏めると、世界中にそれを流しました。

 確かに私はみんなにあの人のことを知ってほしいとは思ってましたが、何も覚えてない博士がどうしてこんなことしたのか、機密に抵触する内容のはずのそれをなんで世界中に流したのか、本当にわかりませんでした。

 世界に広まったそれの評価はいろいろです。荒唐無稽と切り捨てる人、あの人の物語を純粋に楽しんでくれた人。

 そして、世界中でその物語は有名になりました。

 一人の少年の、とてもちいさな とてもおおきな とてもたいせつな あいとゆうきのおとぎばなし『マブラヴ』は。














 あれから数年が経ちました。

 あの人の残したもののおかげで、人類はついにユーラシア大陸の一部を奪還しました。

 でも、私の心にはまだ曇りがかっていました。

 なぜなら、ついに、私もあの人の顔も声も思い出せなくなりました。何度も自分の書いた物語を読み直して、何度も何度も記憶の補填を続けたのに、そういう人がいたと霧がかかったようにしか思い出せなくなり始めました。

 私はあの人とお別れをした桜並木に来ました。

 かすかにあの人の輪郭が見えた気もしますが、もうわかりません。

 ――白銀さん

 そっと名前を呼びました。

 私はうつむきます。その呼びかけもなにかが欠けている気がしました。

 ――武ちゃん

 純夏さんのように呼びかけて、

 ――なんだ霞?

 返事が返ってきました。

 え?

 目の前を見る。そこに一人の青年がいました。

 ああ、この顔です。この声です。私の大切な、私の大好きなあの人、白銀武。

 自然と私は笑みを浮かべ、涙を零していました。

 ――ただいま霞。

 ――おかえりなさい白銀さん。









 
~~あとがき~~
はじめまして、鈴雪といいます。
これは、少し前に小説家になろうで投稿したものです。
クロニクルをやってから久しぶりにオルタネイティヴをやって、唐突に思いついた内容です。
武と霞の再会は一つの奇跡であり、夕呼の企み。
世界中に武の物語が知れ渡ることによって、因果情報が補填され再び武がこの世界に現れるための。
この後二人がどうなるかはみなさんの想像にお任せします。


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