『それじゃあ、お先に。おやすみ、シンジ』
「おやすみ」
このところの習慣として、ワタシはシンジより1時間ほど早く寝ている。もちろん、単に感覚を遮断するだけなんだけど。
何のために。なんて野暮は言わない。シンジも問い質したりしない。暗黙の了解の上でワタシの気遣いを素直に受け止めて、短いプライベートタイムを満喫しているようだ。
Auf Regen folgt Sonnenschein
こっちだと、雨降って地固まる。だったかしらね?
あれ以来、シンジとの絆が強くなってきているのを実感する。
嬉しいのは、ワタシの話し相手になってくれることを、シンジが厭わなくなってきたコト。場合によってはシンジの方から話しかけてくれたり、相談してくれるようになった。
意外だったのは、ほとんどが家事とかについての相談だってコト。シンジの家事能力がワタシより高いことは判っていたので、それらについて協力できるとは思ってなかったもの。だから、ワタシから持ちかけるのは使徒戦の反省とかが多い。でも、味付けの感想を言ったり、献立の希望を言ったりするくらいのことがとても助かるって、シンジは言ってくれた。毎日のことだから、相談に乗ってくれるのが嬉しいって。
こないだも、結局押し付けられることになった洗濯当番で、ミサトの下着を手洗いしていいものかどうか。二人で延々と討論した。とりあえず洗濯ネットで洗っておいて本人の意向を聞くことになったんだけど、その時のミサトの顔は結構な見ものだったわ。
…思えば、一緒に暮らしてた頃には文句を言うばかりで、こんな些細な協力すらしてなかった。どれだけシンジに甘えていたのか、今頃になって解かるなんてね。
話し相手がシンジしか居ない今の状態で、シンジとの会話はワタシにとって大切なものになりつつある。一方的に喋ってもいいんだけど、やっぱり相手してくれるのとくれないのじゃ張り合いがずいぶんと違う。
…そろそろ、いいかな?
このところのもう一つの習慣が、シンジが寝入ったあとで、シンジの五感を受け入れることだった。
シンジの寝息と、鼓動。
孤独を際立たせるとばかり思っていたシンジの寝息が、今やワタシの揺りかごだった。
もちろん、ホントに眠れるわけじゃない。ただ、何ごとにも思い煩わされずに、心穏やかに過ごせるってだけ。
シンジのリズムに心を委ねていれば、余計なことを考えなくて済む。
独りっきりで考え事をしてると、なぜだかどんどん悪いほうへと思考が加速してしまう。比類なき頭脳ってのも考え物よね。
シンジのリズムはゆっくりとしていて、ワタシのココロにブレーキを掛けてくれてるんじゃないかって思う。
なにより、すぐ傍に誰かが居てくれる。という安心感がこの上ない。
…もしかして、ママのお胎の中って、こんな感じなのかも。
****
…
開いた口が塞がらないって、こういうのを言うんじゃないかしら。
ファーストの部屋のことよ。
コンクリート打ちっぱなしの壁。土足で上がってるらしい足跡だらけの床。血のこびりついた枕と無雑作に脱ぎ捨てられた制服。使用済みの包帯が詰まったダンボール箱はゴミ箱のつもりで、あのビーカーはグラス代わり?
…ファーストって、どんな育ち方したってのよ。
好奇心に負けてか、シンジがチェストの上のメガネをかけた。ヒビいってるし度が合うはずもないから、ちょっと視界が怪しい。
背後でした音は、アコーディオンカーテンでも開いたのかしら?
振り向いた視界の中に、ぼやけてるけどファーストの姿。あの髪の色は見紛いようがない。
ファースト。アンタ居たってんなら返事くらい…って、何で裸なのよ!ううん、自分の部屋だもの百歩譲ってそれはいいとするわ。
問題は、シンジのことを認識したんだろうに、逃げも隠しも、悲鳴をあげることすらしなかったこと。
「いや、あの……僕、別に…」
それどころか、まなじりを吊り上げてシンジに迫ってくる。…アンタ、そんな表情も出来たんだ…って、感心してる場合じゃない。
ちょっとは恥じらいってモノを憶えなさいよ!見てるこっちが恥ずかしいって…
『いつまでも見てんじゃないっ!』
ワタシが怒鳴るのと、ファーストがシンジの顔に手を伸ばすのがほぼ同時だった。
慌てて顔をそむけ、逃げようとしたシンジが、足を滑らせてファーストを押し倒す。
…
ぱらぱらと周囲に降りかかるのは…下着? そう云えば、チェストの抽斗に詰め込まれてたっけ。今の拍子にぶちまけちゃったみたいね。
…
それでも悲鳴の一つとして上げるでもない。ファースト…アンタって…
「…どいてくれる」
ようやく喋ったかと思えば…
手の下の柔らかい感触がファーストの胸だと気付いて、シンジが慌てて飛び退いた。
おおよそ恥じらいとは無縁といった起き上がり方をしたファーストが、シンジをまるっきり無視してベッドの枕元のほうに。
シンジの左手が、何かを確かめるかのように指のカタチを求めた。何度も宙をまさぐっている。目で追った先でファーストは、置いてあったショーツを、これまた頓着せずに穿く。
「…なに?」
ようやく見るべきではないと気付いたらしいシンジが、視線を逸らす。
「え、いや、僕は…その…」
ファースト、アンタ。ブラの着け方、間違ってるわよ。っていうか、ワタシが見てるって事は、つまり…
『シンジ…』
向けてた視線を、慌てて逸らしてる。
「僕は、た、頼まれて…つまり…何だっけ…」
シンジがやたらと左手を気にしてるのが、なんだか腹立たしい。なんだろ? 何かを盗られたような、この焦燥感みたいなの…
「カード、カード新しくなったから、届けてくれって」
聞こえてくる衣擦れの音は、制服を着ているのだろう。シンジの喉がゴクリと鳴った。なんでオトコノコって、こうバカでスケベなのかしら!
「だから、だから別にそんなつもりは…」
見苦しいわよ。
「リツコさんが渡すの忘れたからって…ほ、ほんとなんだ。それにチャイム鳴らしても誰もでないし、鍵が…開いてたんで…その…」
慌ててるシンジは気付かなかっただろうが、足音が去っていった。
続いて聞こえてきたのは、無雑作にドアが閉まる音。
…
『僕、相手にされてないのかな?』
シンジの肩がかくんと落ちた。無理もない。女の子の裸をあんな風に見ることですら大事件だっただろうに、そのことへのリアクションがないんだもの。
騒がれて問い詰められたいってワケじゃないんだろうけど、ちゃんと非難されて謝れなければ、シンジも罪悪感の持って行き処がナイんだと思う。
『代わりに、ワタシが怒ったげよっか?』
自分でも意外なことに、口調に刺が無かった。
シンジのデリカシーの無さに、ワタシ自身腹を立ててないわけじゃない。それに、胸元に凝ったような熱い塊を吐き出したい思いもある。だけど、さすがにファーストのあのリアクションを見たあとでは、そんな気になれなかった。
道端に裸の人形が落ちてたのを見つけたようなモンで、それだけじゃあ叱りようなんかないもの。
『それ…、意味がないよ』
などと言いつつ、シンジの嘆息は安堵の成分を多分に含んでそう。ファーストの態度に関して、ワタシが同じモノを共有しているらしいと感じたんじゃないかしら?
気を取り直して、シンジがファーストの後を追った。
****
「さっきは、ごめん…」
「…何が?」
むやみに長いエスカレーターの上。ここまできてようやく切り出せたシンジの謝罪なのに、ファーストの対応はすげない。
…
「あの、今日、これから再起動の実験だよね。…っ、今度はうまく行くといいね」
シンジは誤解したんだろう。やはりファーストが怒ってるんだと。むりやり見つけた話題を話す声が、上ずってる。
それは、やはりオトコノコだからなんだろう。それに、シンジだからなんだろう。罪悪感の裏返しで、相手のコトをいい方向に解釈してしまうのは。
だけど、オンナノコには判る。ワタシには判る。ファーストには羞恥心が欠けてるってことに、なぜ謝られるのか本気で解かってないってことに。
「ねえ、綾波は恐くないの? また、あの零号機に乗るのが」
「…どうして?」
ファーストは振り返りもしない。それをちょっと寂しいと、シンジの視線が言ってるような気がする。
「前の実験で、大怪我したんだって聞いたから…平気なのかな、って思って」
「…あなた、碇司令の子供でしょ?」
うん。とシンジ。言葉に力がない。父子だなんて実感、ないんでしょうね。
「…信じられないの? お父さんの仕事が」
「当たり前だよ!あんな父親なんて」
半身を引いてシンジの顔を振り仰いだファーストが、向き直りながら一段ステップを上がる。かんこん、と鳴った足音がなんだか寒々しい。
「うっ!」
間近から見上げられて、シンジがうろたえた。
行動の唐突さの割に、ファーストの表情はいつもどおり。ずかずかとシンジのパーソナルスペースに踏み込んでおきながら、感情ってものを覗かせもしない。
…
「あの…?」
戸惑うシンジに、きっつ~い平手打ち。乾いた音がこだまして、まるで追い討つよう。
アンタ、そんな顔できんじゃないのよ。まるっきりのお人形さんってワケじゃあ、ないみたいじゃない。シンジの頬を叩く、その一瞬だけ感情を閃かせるトコがアンタらしいのかもしんないケド。
…それにしても、解からないのがシンジのパパの態度だわ。あきらかに実の息子よりファーストの方を気にかけてるように見える。暴走時に救出したって話しにしても、昨日語りかけてた様子にしても。
それに較べてシンジの扱いは…、って思い出したくもない。
ファーストの方も、今の平手打ちはシンジがパパを侮辱したからでしょ?
シンジが誰かにパパの悪口を言われたとしても、とても殴りかかるとは思えないから、実の親子より強い絆を持ってるように見える。
その割に、ファーストの部屋はあの有様で、ファースト自身も不満に思ってるわけじゃなさそうだからワケが解からない。
シンジは、頬を押さえたまま呆然としてた。…ううん、憮然としていた。かしらね? ただでさえパパのことを快く思ってなかったのに、今また言いがかりも同然に叩かれちゃあ ねえ…
テイクバックも充分だったし、ファーストは容赦なくひっぱたいたみたいね。まだ頬が痛いわ。
『ま、見物料だと思いなさい。安いモンでしょ』
って声をかけてあげたのに、返事もない。むっ、ワタシを無視したわね。そんなツレない真似すると、エスカレーターが終わるってコト教えたげないわよ。
…
ほら、いわんこっちゃない。
****
最近、シンジの視界の中の、焦点のあってないところに注目できるようになった。
つまり、シンジが見ていながら意識してないものを 見分けられるようになってきた。ってコト。
視線が定まらない時とかに酔わないよう、シンジの目の焦点と、ワタシの意識の焦点を合わせないようにしていたのが、そもそもの始まりなんだけどね。
そうして今、発進準備が進められている初号機の中からファーストの姿を見つけた。ケィジの、最上段のキャットウォークに。
もちろん、シンジは気付いてない。
ファーストは、なんだか寂しそうに初号機を見下ろしてる。それがシンジに向けられたものとは思えないから、対象は初号機…かしら?
でも、今までにそんな顔して見てたことはないと思う。
≪ 了解。第2拘束具、外せ ≫
着々と進む発進準備。水中スピーカーから聞こえてくる作業内容の声に、閃くモノがあった。
ファースト。アンタ、出撃する初号機を羨んでない? 出撃できない自分を蔑んでない?
再起動実験を成功させたのに出撃を許されないことを、自分に何かが足りないからだと、己を責めてんじゃない?
…
…そっか。 そういうことか…
ワタシがそうで、シンジもそうなんだから、ファーストだけが別ってことはなかったんだわ。
アンタも、心の欠けたトコロにエヴァが嵌り込んでいるのね。あの部屋を見れば、アンタがどれだけエヴァに囚われているか、解かるような気がする。
…ワタシたち、まるでジグソーパズルのピースみたい。隣り合うこともなく、エヴァってピースを咥え込んで、それでかろうじて繋がっている。
お互いは酷くそっくりなのに、それゆえに触れ合えない。補い合えない。
ワタシ、アンタのこと嫌いだと思ってた。…でもそれは、ワタシがワタシを嫌いだったからなんだわ。
≪ 発進! ≫
きちんと確認したくてシンジを促そうとしたんだけど、無情にもミサトが命令を下してしまった。
≪ 目標内部に高エネルギー反応! ≫
≪ 『なんですってぇ!?』 ≫
あ!この表示…
≪ 円周部を加速、収束していきます! ≫
『シンジ、使徒の攻撃が来るわ。地上に出ると同時にATフィールド!』
『えっ? あっ、うん。判った』
きちんとした訓練を受けてないシンジは、発令所の様子を窺うってコトができないし、プラグ内に映し出されている情報の意味も読み取れない。
≪ だめっ!よけて! ≫
そんなあいまいな指示で、素人が動けるワケないでしょっ!
『テキは正面!場合によってはロックボルト、力づくで壊すわよ』
シンジの返事は、初号機が地上に到達するのと同時。
目前のビルの中ほどが赤熱化して、そこから光の奔流が襲いかかってきた。
ロックボルトが思ったより固い。零号機の暴走、初号機のノンエントリー稼動への反省から強化されたと漏れ聞いた憶えが、…余計なコトを!
ATフィールドが、一瞬。本当に一瞬だけ保ち堪える。
ようやく拘束具を引き千切った右腕で、せめて庇おうと、しかし間に合わない。
易々とATフィールドを貫いた光が、胸部装甲板を熔融し始めた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
痛覚を遮断する。これも最近になってできるようになった芸当だ。もちろん、シンジと同じ痛みを感じるコトがイヤってワケじゃない。冷静に状況を判断するための、止むを得ない選択。
≪ 戻して!早く! ≫
マズい!内壁近くのLCLが沸騰してきてる。熱対策の一環でLCLの沸点は低いらしいケド、このままじゃ…
人間は、100℃くらいまでは耐えられる。サウナだって平気でそんくらい有るもの。だけど、それは乾燥しているからだ。
『シンジ、息止めて!肺が火傷しちゃう!』
思い出したのは、熔岩滾る火口へ潜ったときのこと。あの時は「熱い」で済んだけど、この勢いだとシャレになんないくらい加熱しちゃうっ!今はLCLが盛大に気化することで熱伝導を抑えてるケド、そんなに保つワケじゃないはず。
ようやく初号機が引き戻されたんだろう。LCLの過熱が鈍った。シンジの絶叫が止まったのは、ワタシの忠告を聞き入れたからじゃない。瞳孔の散大で視界が霞がかって、…ダメ!
『シンジっ!シンジしっかりして』
シンジの状態を確認するために、痛覚を受け入れた。途端に襲ってくる痛みは、文字通り胸を抉るよう。早くっシンクロ切りなさいよっ!
自分の身体じゃないって解かっていても、息が詰まりそうだ。って違う!シンジの心臓が止まりかかってんだわ!
『シンジっ、シンジ!』
こんなトコロでシンジが死ぬわけない。と、漠然と思ってた。でも、でも…
っ痛!
ようやくスーツのAEDが動き始めたらしい。除細動の衝撃で、シンジの身体が反りかえる。…意識のある状態で電気ショックなんて、味わうモンじゃないわね。痛いったらありゃしない。
でも、それでシンジの心臓が動き出すなら易いモノだ。
―√ …シンジの鼓動が、再び。
『シンジっ!?』
だけど、シンジは返事をしてくれなかった。
****
「綾波っ」
シンジが全速力で目指すのは、零号機のエントリープラグ。過熱されてるだろうそれは、夜気に触れて盛大に湯気を立ててる。
【00】と書かれたプラグの中は、緒戦での初号機のそれと同じ状況だろう。あの時のシンジの絶叫が、ファーストの姿に被さって聞こえてきそうだわ。
…………
シンジが、スーツのフィットスイッチを入れた。
スクリーンカーテンの向こうに、ファーストのシルエット。無造作に下着を放り落としてるのが、視界の隅に見える。
「これで死ぬかもしれないね…」
「…どうしてそう云うこと言うの?」
それはね。シンジが少し弱気になっているから。今までと違って、目に見えるカタチでアンタの命まで預かるハメになったから。なにより、それが自分の不甲斐なさのせいだと思っているから。
それを、こんな言い方でしか表現できないのよ。コイツは。
意識を回復したあとで、いろんな想いを話してくれてなかったら、今のワタシでも誤解したでしょうケドね。
でもね。そういう言い方をするのも、シンジなりにアンタに打ち解けてきてんのよ。
…もっとも、実はシンジが生意気で反抗的な皮肉屋だってことに、ワタシも最近気付いたばかりなんだけど。気弱で裡に篭るから判りにくいけど、ミサトとのやりとりなんか見てると結構実感するわ。
もっと素直になれれば、いいのにね。
「…あなたは死なないわ」
向き直ったシンジの視界の中で、ファーストのシルエットが面を上げた。
「…私が守るもの」
そうね。アンタはシンジを守るでしょう。それが任務だもの。
でも、シンジが気にしてるのは自分の命ばかりじゃないわ。シンジはいつでも自分の心を押し殺して、人のために戦ってきたんだもの。
そのことを、アンタにも解かって欲しいと思っちゃ、ダメ?
***
「綾波は、何故これに乗るの?」
搭乗用に用意されたリフトのデッキの上で、シンジの呟きが夜風に乗った。
「…絆だから」
「絆?」
…そう、絆。と呟くファーストは、言葉の意味とは裏腹に、とっても孤独に見える。
「父さんとの?」
「…みんなとの」
みんな、ね…。それが誰を、どこまでを指すのかワタシには判んない。でも、アンタが実は寂しがり屋なんだって解かっちゃった。だって、特定の誰かではなくて、みんな。なんでしょ?
存在しない絆を、エヴァに乗ることで勝手に見出してるのよ。アンタは。…そうして寂しさを誤魔化してる。
ううん、誤魔化してるってコトすら、判ってないんじゃない?
「強いんだな、綾波は」
「…私には、ほかに何もないもの」
そう。やっぱりアンタも、エヴァに乗ることでしかアイデンティティーを確立できないのね。
「ほかに何も無いって…」
「…時間よ。行きましょ」
シンジの当惑を振り払うように、ファーストが立ち上がった。
「…じゃ、さよなら」
…………
「綾波っ!」
過熱した救出ハッチをむりやり開けて、シンジがプラグ内を覗きこんだ。
「大丈夫か!」
シートの上にファースト。ぐったりとして…
「綾波!」
うっすらと目を開けたファーストが、頭を起こす。
「自分には…自分にはほかに何も無いなんて、そんなこと言うなよ…」
シンジの鼻の奥を襲った熱が、急速に目頭を沸き立たせる。
「別れ際にさよならなんて、哀しいこと言うなよ…」
シンジと同じ痛みに耐えて、宣言どおりにシンジを守りきって、今こうしてシンジに心配されてる。…何故かしらね? なんだか、アンタが羨ましいわ。
泣くまいとして、シンジが何度もすすり上げた。
「…なに泣いてるの?」
身を起こしたファーストが、本当に解からないって口調で。…ううん、違うわね。アンタ、解からないんじゃなくて、知らないんじゃないの? そうでなきゃ、あんな生活に疑問を覚えないはず、ないもの。アンタがどれほど割り切ってたとしたって、あんな、…まるで実験動物のケィジみたいな部屋で!
…
…ワタシが同情したからって、アンタが喜ぶとは思えないケドさ…。それでも…ね?
「…ごめんなさい。こういう時、どんな顔すればいいのか、わからないの…」
目尻に涙を溜めたシンジが、無理やり笑うのが判る。
「笑えばいいと思うよ…」
シンジの言葉を呑み込んで、ファーストがそれはそれは不器用に、実にぎこちなく微笑んだ。
不思議ね。アンタの笑顔、ワタシでもなんだか嬉しいわ。
つづく