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No.29737の一覧
[0] 試される大地【北海道→異世界】[石達](2012/11/29 01:19)
[54] 序章[石達](2012/11/29 01:05)
[55] 起業編1[石達](2012/11/29 01:06)
[56] 起業編2[石達](2012/11/29 01:07)
[57] 起業編3[石達](2012/11/29 01:08)
[58] 国後編1[石達](2012/11/29 01:08)
[59] 国後編2[石達](2012/11/29 01:09)
[60] 転移と難民集団就職編1[石達](2012/11/29 01:09)
[61] 転移と難民集団就職編2[石達](2012/11/29 01:10)
[62] 礼文騒乱編1[石達](2012/11/29 01:10)
[63] 礼文騒乱編2[石達](2012/11/29 01:11)
[64] 礼文騒乱編3[石達](2012/11/29 01:11)
[65] 礼文騒乱編4[石達](2012/11/29 01:12)
[66] 戦後処理と接触編1[石達](2012/11/29 01:12)
[67] 戦後処理と接触編2[石達](2012/11/29 01:13)
[68] 嵐の前編[石達](2012/11/29 01:14)
[69] 北海道西方沖航空戦[石達](2012/11/29 01:14)
[70] 大陸と調査隊編1[石達](2012/11/29 01:15)
[71] 大陸と調査隊編2[石達](2012/11/29 01:16)
[72] 大陸と調査隊編3[石達](2012/11/29 01:16)
[73] 魔法と盗賊編1[石達](2012/11/29 01:17)
[74] 魔法と盗賊編2[石達](2012/12/08 01:24)
[75] 決戦[石達](2012/12/08 01:20)
[76] 盗賊と人攫い編1[石達](2012/12/31 22:47)
[77] 盗賊と人攫い編2[石達](2013/01/19 21:24)
[78] 盗賊と人攫い編3[石達](2013/01/19 21:23)
[79] 道内情勢(霧の後)1[石達](2013/02/23 15:45)
[80] 道内情勢(霧の後)2[石達](2013/02/23 15:45)
[81] 外伝1 北海道航空産業の産声[石達](2013/02/23 15:46)
[82] 東方世界1[石達](2013/03/21 07:17)
[83] 東方世界2[石達](2013/06/21 07:25)
[84] 東方世界3[石達](2013/06/21 07:26)
[85] 幕間 蠢動する国後[石達](2013/06/21 07:26)
[86] 東方世界4[石達](2013/06/21 07:27)
[87] 東方世界5[石達](2013/06/21 07:27)
[88] 東方世界6[石達](2013/06/21 07:28)
[89] 東方世界7[石達](2013/06/21 07:28)
[90] 世界観設定[石達](2013/06/23 16:49)
[91] 人物設定[石達](2013/06/23 16:57)
[92] 東方世界8[石達](2013/07/15 01:51)
[94] 帝都ティフリス1[石達](2013/08/09 02:02)
[95] 帝都ティフリス2[石達](2013/08/12 00:21)
[96] 帝都大脱走1[石達](2013/09/23 00:16)
[97] 帝都大脱走2[石達](2013/09/22 22:47)
[100] 帝都大脱走3[石達](2014/02/02 03:03)
[101] 対エルフ1[石達](2014/02/02 03:03)
[102] 対エルフ2[石達](2014/02/05 22:45)
[103] 対エルフ3[石達](2014/02/05 22:45)
[104] 対エルフ4[石達](2014/02/05 22:46)
[105] カノエの素性1[石達](2014/02/05 22:46)
[106] カノエの素性2[石達](2014/02/09 13:13)
[107] 別れ、そして託されたモノ1[石達](2014/02/09 13:14)
[108] 別れ、そして託されたモノ2[石達](2014/02/09 13:16)
[109] 決意[石達](2014/02/09 13:42)
[110] 新しい風[石達](2014/04/13 10:41)
[111] 交流拡大、浸透と変化1[石達](2014/04/13 10:41)
[112] 交流拡大、浸透と変化2[石達](2014/06/04 23:46)
[113] 交流拡大、浸透と変化3[石達](2014/06/04 23:47)
[114] 交流拡大、浸透と変化4[石達](2014/06/15 23:55)
[115] 交流拡大、浸透と変化5[石達](2014/06/15 23:55)
[116] 平田、大陸へ行く1[石達](2014/08/16 04:02)
[117] 平田、大陸へ行く2[石達](2014/08/16 04:02)
[118] 対外進出1[石達](2014/09/14 08:19)
[119] 対外進出2[石達](2014/08/16 04:04)
[120] 対外進出3[石達](2014/10/13 01:58)
[121] 回天1[石達](2014/10/13 01:59)
[122] 回天2[石達](2014/10/14 20:24)
[123] 回天3[石達](2015/01/18 08:20)
[124] 回天4[石達](2015/01/18 08:24)
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[29737] 魔法と盗賊編2
Name: 石達◆48473f24 ID:a6acac8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/08 01:24
メリダ村 酒場

ヘルガに魔法の手ほどきを受け、日もとっぷり暮れるまで練習に打ち込んだ拓也達は
宿の一階にある酒場にて食卓を囲んでいた。
テーブルの上には芋とカボチャがメインの料理が並ぶ、普段ならばもっと色々な種類の食材があるそうなのだが
麦が不作な上、他の地域で豊作だった芋の市場価格の下落が激しい為、領主に税としての麦を納めて、必需品を得る為に換金作物として麦を売ったら
村には芋とカボチャしか残らなかったらしい。
これが暗黒時代のヨーロッパだったら麦の不作は飢饉を引き起こしそうだが、さすがは異世界。
地球みたいに大航海時代を経て南米から導入しなくてもジャガイモ?やカボチャが栽培されている為、貧乏になっても命にかかわるほど飢饉にならないそうだ。
運悪く麦系の食べ物は無いものの、今日は豚を一頭捌いたのと干したタラ?を料理してもらったお陰で調査隊の面々のテーブルは豪華に見える。
普通の村民にとっては何かのお祝いかと思えるような食事だが、拓也達は遠慮なくそれらを注文する。
物資の市場価値の違いにより、砂糖1kgで豚一頭と交換できたのと、北海道で現在敷かれている物資統制のせいで肉類を大量に手に入れるのが容易ではないという理由により
こと食事に関して、金に糸目はつけなかった。
まぁ 調査の期限が近づいているので、持って帰っても仕方の無い換金物資は使ってしまおうという思惑だったのだが……

「この煮豚、このタレと合わせると美味いなぁ」

「ガルムです、社長。こっちの一般的な調味料で魚を醗酵させて作るんですよ」

拓也はヘルガの説明を聞きつつ、切り分けた煮豚を口に運ぶ
魚醤特有の匂いと風味が口の中に広がり、ただ煮ただけの豚も美味しく感じるようになる。

「いやぁ 食べ物に関してはケチらんで良かった。さすがに芋とカボチャだけの飯はキツイわ。
昼にカボチャの煮物だけの食事を見たとき"ギギギ……あんちゃん、白い飯がくいたいのう"とか呟やいちゃったもん」

「それが何のネタかは分かりませんが、こっちじゃ割りと普通ですよ。
特に都市部の貧民層は、大抵が芋かカボチャの毎日です」

「それは悲惨だなぁ」

「まぁ 稼げないのが悪いんです。世の中、楽して美味しいものが食べれるほど甘くありません」

ヘルガは鼻息を荒くして力説する。
貧乏なのは、頭か体の使い方が足りないからだと……
実際のところは、過去数十年に渡る教会の新農法の普及活動が、食糧生産の急激な増大と食料価格の低下を引き起こし、餓死者・子供の間引きの減少を減少させたのと
急激に増大する人口に対し、その勢いに追いつかない労働力のニーズが、雇用の需給バランスを崩してい等の要因があるのだが
そういったマクロな経済についてヘルガは知る由も無かった。

「なかなか厳しいなぁ。
まぁそれはそれとして、魔法の練習についてだけど、意外に難しいな。
なんというか、かなり気張らないと魔力の集中ができない」

「あはは。
当たり前ですよ社長。最初は誰でもそんなもんですよ。
私とかは子供のころから練習してたから自在に使えるんです。
むしろ、いきなり自然に使いこなせたら逆に驚きます」

「なかなか魔法をマスターする道は険しいなぁ」

「まぁ 国後に戻ったら皆で一緒に練習しましょう。
私でよければ何時でも講師をさせてもらいます」

「あぁ それは良いね。
だけど、この霧が晴れない限りは帰りようも無い。
本当に、この霧はあと5日くらいも続くのか?」

「平均して10日くらいです。早い時は5日くらいで終わる時もありますし
遅い時は半月も続くことだってあります。
まぁ 気長に待つしかないですね」

「そういうものか……」

そう言って、拓也がヘルガの説明に納得したときだった。
ドカンと木製のドアを叩きつけるような音と共に、ドサリと人影が宿の中に倒れこむ。
急な乱入者に、その場の全員の視線が入口に集まった。

「たっ……助けてくれ!」

突然の乱入者は、息を切らしながらに叫ぶ。
よほど疲れているのか肩で息をしつつ、駆け込んできた男はその場にへたり込んでしまった。

「一体どうした?」

蜂蜜酒の入ったコップを片手に持ったエドワルドが、男に近づいて覗き込むように声をかける。

「むっ村が!ややや奴らに!助けてくれ!」

男は近づいたエドワルドの服を掴むと動転しながら縋りついた。
何やら言いたい事が多々あるようだが、それをうまく整理できないくらい慌てているのは見ただけで分かった。

「まぁ 酒でも飲んで落ち着け。
……で、何があった?」

男はエドワルドから蜂蜜酒の入ったコップを受け取ると、一口飲んでやっと落ち着いたのかようやく普通に話すことが出来た。

「あぁ 村が襲われたんだ。
霧のせいで詳しくは分からなかったが、女たちはまだ生きてる!
頼む!どうか助けてくれ!」

縋りつかれるエドワルドもどうした物かと拓也に視線を送るが、急な事なので拓也も返事のしようが無かった。

「まぁ 災難だったな。でも、俺たちもこの村の人間じゃないから
取りあえずこの村の村長に相談してみてくれ」

そう言ってエドワルドは男の肩をポンと叩くが、男の方も必死なのかなおもエドワルドに纏わりついた

「そんな…… じゃ、じゃぁ 村長さんは何処にいるんだ!?案内してくれよ!」

「まぁ まて、落ち着け、ちゃんと教えてやるから。村長の家はこの隣の……」

「わしならココにいるぞ」

エドワルドが教え終るより早く、男の後ろから声がかかる。
見れば開いたままのドアの向こうに、騒ぎを聞きつけたのか村長が立っていた。

「どれ、一体何があったのか話てもらおうか」


………………


「なるほど、隣村が襲われたと……」

村長は男の話を聞き、ゆっくり噛みしめる様に呟いた。

「今ならまだ間に合う。どうか救援をお願いできませんでしょうか」

男は膝を折って村長の足に縋る。
その表情は、もう後が無い為か、今にも泣き出しそうな顔だった。

「じゃがなぁ。わしらは普通の農民じゃし、守りに入るならまだしも
打って出るには不安がある。
聞けば、蹄の音が聞こえたそうだから、相手には騎馬もいるだろう。
そんな相手にわしらが攻めても勝てるとは思えん。
領主様にお願いした方が確実じゃないか?」

「そんな!お願いです!お礼は村をあげて致します。
どうか助けてください。プラナスまで走ったのでは妹たちはどうなるか分かりません。
お願いです!」

「うーん…… そう言われても、わしらにもにも守るものが有るでなぁ。
そう簡単に首を縦には振れんよ」

「……そんな」

男は村長の言葉に両手を地面につけてがっくりと項垂れる。

「だが、今ちょうど村に学者様とその用心棒の一行が来ているんだが、そちらに頼んでみてはどうかね?」

そう言って村長が拓也の方に視線を向けると、拓也は慌てて飲んでいたワインをテーブルに置き
左右に手をぶんぶんと振る。

「え?! 駄目ですよ。こっちには教授らを守る契約がありますもん。
そっちをほっぽって危険な真似は出来ません!」

男は最後のチャンスとばかりに拓也の下へと駆け寄る

「そんな事を言わずにお願いします。お礼は弾みます!」

男は拓也の手を握り間近に迫る。

「駄目。無理。他をあたってください」

拓也は、視線を合わせないようにオーバーアクションに首を左右に振り
全力で拒否の姿勢を見せた。

「お願いしますお願いしますお願いします……」

「駄目だって言ってんのに、聞き分けがねぇなぁ……」

半ば呆れながら拓也が男を振りほどこうとしていると、背後から伸びた手が卓也の肩をたたいた。
振り向けば、いつの間にやら騒ぎを聞きつけて二階の自室から降りてきた教授が後ろに立っている。

「まぁ いいじゃないか石津君」

「教授?」

「部屋で報告書でも書こうかと思ったら、下の騒ぎが聞こえてきてね。
途中からだが話は大体聞かせてもらったよ。
そこで…… どうだね石津君。彼も家族を守ろうと必死なんだよ。
それに、まだ人質を救出するには間に合うんじゃないか?」

「でも、仮に救援に行ったとして教授たちの安全は誰が確保するんです?
いっちゃぁ何ですが、彼らに対し、救いの手を差しのべる義理も何も我々にはありません」

むふぅと鼻息を荒くして拓也は語るが、それでも教授は諦めた様子は見せない。

「我々はココに残り君たちの帰りを待つよ
それに、村へと繋がる道は1本、西へ行く道とこの村へ繋がる東へ行く道しかない
西の村を食い潰した後、奴らの向かう先は一つじゃないかい?
それにね。子供時代に東シナ紛争とかを見て育った君らと違って、戦後の平和教育の中で情緒形成された私にとっては
例え自分たちの利益は度外視にしても困っている人々には手を差し伸べたいんだ」

「それが私たちに危険を強要する事だとわかっていても?」

拓也は教授の言葉に皮肉で返す。

「それは……」

教授も拓也の言葉に言葉が詰まる。
双方共に頭では分っているのだ。
自分に縋って来る弱者を放置するのは気分が悪い。
だからといって救いの手を差し伸べるのには相応の覚悟がいる
ノーリスクでリターンなどありえない。
2010年代の少年時代に東シナ紛争などのキナ臭い匂いを間近で嗅いで育った拓也と
戦争など所詮どこか他の世界のことと感じて育った教授の間には、普段は意識しないほど目立たないが、根は深い精神発達の違いが存在した。
その違いは今、見詰め合う両者の間にはっきりと横たわっている。
そこを何とかと訴える男と教授の目
それを正面から拓也は受け止め、一瞬とも永遠ともつかない緊張が走ったが、拓也が折れることでその緊張も収束する。

「はぁ…… 分りましたよ。
あまり顧客要求を拒否するのも何ですしね」

「それじゃ!」

その言葉を聞いて男の顔に希望の光がともる。
が、拓也は男が何かを言い終えるより先に、男に右手を差し出して制止する。

「救出を約束するものじゃありません。
敵の規模も知らずに、そんな約束なんてできませんよ。
まず、敵の状況を把握し、しかる後に対応を決めます。
数が多いようだったら我々の手に余るかもしれませんから」

「あぁ それでかまわない。何もせずに見捨てるよりは余程マシだよ」

「ですが、教授たちの安全も考え、調査隊の非戦闘員と護衛2名は村で待機してもらいます。
教授らは何があっても我々が戻るまでは村から出ないでください。いいですね?」

「あぁ 分った」

そういって拓也は教授の了解をとると、くるりと踵を返してエドワルドに向かい直る。

「と、いう事だけど。まぁ 良いよね?」

拓也は軽くエドワルドにそういうが、対するエドワルドは腕を組んで口をへの字に曲げていた

「要らぬ戦闘に部下を巻き込まれたこっちは堪ったもんじゃないんだが
まぁ、お前がそう決めたのなら仕方ない。
俺たちは与えられたミッションで最大限の成果を出すだけだ。
それと、手持ちの中で使える装備と言えば、霧の中でもある程度有効な遠赤外線方式の暗視装置が、BTRに付けた車載のが一つと個人用が三つある。
コレさえ有れば、敵に姿を晒すことなく様子を伺えるからリスクは意外に少なくなるかもしれないな」

「じゃぁ部隊編成は一任するよ」

「まかせとけ」

そういって、エドワルドは胸を叩く
こと戦闘に関してはプロフェッショナルに任せるのが一番だ。
拓也は使用機材や人選などは全てエドワルドに一任することにした

「さぁ これで文句ないですかね?教授」

「……すまないな。ありがとう」

拓也が教授に再び振り向いて言うと、教授は実にすまなさそうに礼を言い
その足元では生き残りの男が涙を流しながら二人に感謝している

「ありがとうございますありがとうございます……」

泣きながら鼻声になりつつも繰り返し繰り返し礼をいう男に拓也はそっと手を差し伸べる

「礼なら教授に言ってよ。自分は教授がいなかったら普通に見捨てたし」

「え、でも……」

「それに別になぁなぁで引き受ける訳じゃありません。
教授、後でこの件の追加見積もりと、部隊を分けたときに何かあった場合、それは保障対象外とする特約事項を契約書に盛り込みたいのですがいいですか?
こういう事は、何かあった場合に言った言わないの話になると面倒なので、キッチリ文書に残しましょうね」

「…………」

そう笑顔で言うと、どこからか取り出した紙とペンに一連のやりとりを議事録として作成しだした拓也に
教授は引きつった笑みを浮かべるしかなかったのだった。





未だ夜明けの訪れぬ村の中心で、真っ白なライトの光が霧越しに一帯を明るく照らす。
霧のために視界が利かないが、それでも闇夜の中に浮かび上がる白い光源はどこか神秘的なものであった。

「おい、これも積んでくれ」

「はいよ」

明るく照らされた光源の下、二両の車両のエンジン音が響き渡る
その中の一台、無骨な鋼鉄の車体にトラックから降ろした武器のうち、厳選されたものが積み込まれていく

「おい、今積み込んだドラグノフとAKに暗視スコープを付けとけ。付け方は分るな?」

「Rog」

エドワルドの言葉に兎人のラッツが返事をする。
彼は今回のミッションでエドワルドからキーパーソンと見られていた。
視界が制限された状況で、仮に機械の力を借りてもその視界は限られている。
そんな中、エドワルドが目を付けたのはラッツの聴力だった。
まるで潜水艦のソナーのように、敵の居場所を割り出す彼の耳は今回の状況にうってつけだった。
だが、周囲の期待をよそに彼の表情は硬い。
今まででエドワルドによる地獄の訓練をかいくぐってきた彼だが、実戦は今回が初めてだった。
聞けば、何より戦いそのものが始めてらしい。
それもそのはず、彼の部族の魔法は聴力の向上による空間把握。
あまり戦闘向きではないため、難民として北海道に来る前は、戦いの雰囲気を感じたら相手の位置を正確に感じ取れるのを利用して逃げの一手だったらしい。
まぁ そんなか弱いウサギさんだった彼も、エドワルドの地獄の訓練を潜り抜けた後は、敵の腸を喰い千切らん勢いの獣になってしまったのだが……

「おい、拓也。お前もついて行くんならこれでも着てろ」

そう言ってエドワルドが拓也に向かって黒い物体を放り投げる。
ドスンと音をたてで地面に落ちたそれを拓也が拾い上げてみれば、それはボディーアーマー。いわゆる防弾チョッキだった。

「あぁ ありがとう」

そういって拓也は重量感のあるチョッキを身に着けた。
ごわごわした手触りとズシっとくる重量感は何とも頼もしい気がして安心する。
実の所、みなの前では飄々としている拓也であったが、内心は結構ビビッていた。
それもそのはず、一応は国後島で命の駆け引きを一度経験したとはいえ、今回の騒動を含めても、まだ2度目の事である。
今回は前回と違って自ら銃を持つことは無いが、それにしたって危険地帯に自ら足を踏み入れるのには違いない。
だが、そんなトップがビビってるなんて醜態を晒す訳にもいかないので、無理やりにでも自分に言い聞かせて堂々たるポーズを決めていると
荷作り中の車両に教授が一人現れた。

「さっきはすまないね」

「いえ、教授。顧客満足を優先するのは企業として当然のことですよ」

拓也は、最初はイヤイヤ言っていたのを無かった事にするかのように、笑って教授に答える。

「そうは言ってもね。私の自己満足からのお願いなのだが、実際に命を張るのは君たちで、私たちは安全な場所から結果を待つだけだ。
だが、そうは言っても、助けを求めている者の姿を見ていると何とか救ってやりたくてね。
今の私にできる事は、厄介ごとを押し付けてしまった事を謝る位しかできないんだよ」

拓也はその言葉を黙って聞くと、一拍の間をおいてフフフと笑いながら答えた。

「まぁ それが普通ですよ。何か出来る事があるなら助けてやりたいって気持ちは大事ですよ。
それが人間的に徳の高い行為なのは間違いないです。
教授は自らの正義感に従って善を成す。……それでいいじゃないですか。
依頼に従って行動する自分らも教授には胸を張ってもらったほうがやり易いです」

「そういってもらえると助かるよ」

「まぁ そんなに気にする必要ないですよ。待っててくださいあっという間に全員救ってきますから」

「あぁ。期待している」

教授はそう言うと、やっと笑顔を見せた。

「では、そろそろ準備も終わったぽいので自分らは出発しますが、最低限の護衛は残すとはいえ
あまりウロウロしないでくださいね。何かあったら困りますから」

「あぁ わかった」

そう教授に釘を刺すと、丁度エドワルドが準備完了の報告をしてくる。
準備完了。既にメンバーは車両に搭乗し、あとは拓也が乗り込むだけとなっていた。
見れば、教授の他に荻沼さんや護衛として残すアコニーなどと共に村人たちも見送りに集まっていた。
拓也はじゃぁ行ってきますと皆に告げて一瞥するとBTRに乗り込む。
BTRと武装ピックアップの2両の車両は、手を振る人々に見送られて村の出口へと進んでゆくのだった。






「ぐぁっはは! 酒はシケてるが女は良いな。オラ、もうちょっと気合い入れて腰振れ」

男達は夜通しで酒を飲み、女を犯していた。
村を略奪し、金品や食料を奪い、散々村の女を辱め続けている。
女のほうを見れば、既に何人に犯されたのであろうか、衣類は完全に剥ぎ取られてボロボロになっていた。
そんな女に、男は動きが悪いと暴力を振るう。

「うぅぅ……」

殴られた女も、既に泣き叫ぶことも止め、只うずくまって殴られた箇所を押さえて唸るだけだった。
乱暴狼藉の数々。
暴行強姦ありとあらゆる悪行がなされている。
周りを見渡せば、逃げられないように首を縄でつながれた女達が、犯されるかドロドロに汚された状態で地面に転がされている上に
殺された村人の死体は、殺された状態そのままで路上に放置されていた。
耳を澄ませれば霧の向こうから似たような声が聞こえるので、おそらくは村のあちこちで似たようなことが行われているのだろう。
殴られている女のいる所も、そんな地獄の一つであった。

「おらガキ、しっかり中に出さないとカーチャンを殺すぞ」

犯されている女の横で、酔っぱらったクズ共が面白半分で捕えた母子を囲み、互いに抱かせながら嗤っている。

「かーちゃん……」

強要されている男の子が今にも泣きそうで罪悪感に溢れた表情で母親を呼ぶ。
だが、呼ばれた母親は、何を言うでもなく悔しさと息子の命だけは助けねばという使命感からか、口を一文字に結んでぎゅっと男の子の頭を抱く。

「おいおい何だよ。早くしろって言ってんだろ、面白くねぇなぁ。
よし、ガキ。早くいけるように俺様が尻を犯してやる。感謝しろよ」






「……吐き気がするな」

その様子を離れた所からうかがっていた拓也が呟いた
視界は相変わらず乳白色の霧に閉ざされているが、車載の暗視装置という目と
ラッツの持つ耳により、そこで何が起きているか知る事が出来た。

「社長、奴ら人質を集めて暴行しているようです。
暴行が行われている場所以外からは話声は聞こえません。
それと、やつら女子供を犯すだけじゃ飽き足らず、捕まえた親子を弄んで遊んでやがります」

ラッツは眉間にしわを寄せ、まるで汚物の詳細を説明させられたかのような表情で報告する。

「どうしようもないクズだな。ルワンダやユーゴの真似事を目の前でやられると非常に胸糞が悪い」

ラッツの報告を聞いていたエドワルドも暗視装置のディスプレイを覗き込んで言う。
実際のところ、妊婦の腹を割いて夫に食わせるようなことが行われたアフリカの内戦等よりは幾分か大人しい物であるが
それでも、拓也達一行の心象を決定的に悪化させるのには十分なことが行われていた。

「社長、一刻も早くあの悪人共の頭の皮を剥いでやりましょう」

義憤に駆られたラッツが、早く天誅を下そうと拓也に進言する。

「同感だ」

最初は色々と面倒事は嫌だったが、今はハッキリと拓也は断言できる。
奴らは生かしておけない。拓也の心から"人を殺す"という事へ戸惑いがきれいさっぱり霧散した瞬間だった。
正義感から出た感情という事もあるが、それと併せて法の支配の及ばぬところで行われている悪行に対し、私刑を加えても咎められないという状況も拓也達の背中を後押しする。
仮に北海道で犯罪者を勝手に処刑すればこちらも同じ犯罪者となってしまうが、ここは大陸……
村人を襲う極悪非道な悪漢を皆殺しにしても咎められはしないだろう。

「尋問用にリーダー格っぽいのを見つけたら生かして捕えて。あとは好きにしてくれ。別に国外の盗賊を皆殺しにした所で俺ら正規軍じゃないし、全ては霧の中だ」

そう言って拓也はディスプレイを凝視していたエドワルドの肩を叩いた。




「がははは!!」

酔っ払った鎖帷子を着た男が後ろから女を犯している。
その男は集団の頭目なのか、装備も他の男達よりしっかりしており、傍らに置かれた剣も装飾が施されている。
そんな男が女を後ろから犯しつつ、手に持っていたジョッキを近くにいたほかの男に突き出す。

「おい、酒だ!」

男は哀れなまだ若い農婦の肉を味わいつつ、周りにいた手下に新たな酒を催促する。

「へい。隊長」

そう答えた一人が、ジョッキを受けとりワイン樽に向かって走る。
男は手下が酒を汲みに走っていくのを見届けると、犯している真っ最中の農婦に視線を落とし、その尻に向かって平手打ちする。

パァーーーン!

男の平手と共に周囲に乾いた音が響き、農婦の尻に真っ赤な手形が残る。
農婦はくぐもった悲鳴を必死にこらえて、それを耐える

「オラ、どうだ?お前の死んだ亭主と俺様のイチモツ、どっちがいい?」

男は下種な笑いを浮かべながら、唇を噛んで必死に耐える農婦の顔を覗き込む
だが、農婦は下を向いたまま答えない。

「さっさと答えねーか!死にてぇのか?」

そう言って男は更に農婦の尻に向かって平手を打つ
だが、農婦は涙を流しつつも男の問いには答えない
目の前に転がる夫の死体を見つめる農婦は、心までは決して屈しないと誓ったかのように
頑として男の言葉に返事をしなかった。

「こんの!」

そんな農婦の態度が癪に障ったのか、男が怒りに任せて再度平手を打とうと手を上げた
その時だった。

パァーン!

   ドサ……

辺りに平手の音より乾いた音が響き渡る

「あん?なんだ?俺はまだ叩いちゃいねーぞ?」

男は不思議に思って自分の手と農婦の尻を交互に見ながら周囲に目をやると、先ほど酒を取りに行かせた手下が地面に酒を溢して倒れていた。

「こんのグズ!酒の一つもまともに運べねーのか!」

男は激高して手下に怒鳴るが、その手下は倒れたままピクリとも動かない。

「おい、聞こえねーのか」

パーン!

男が怒鳴る間にも謎の乾いた音が再度響くが、男は手下が自分の声を無視して起き上がらない事に腹を立て
音の正体を探ろうともせずに犯していた農婦を投げ捨てて手下の元に近寄った。

「おい、さっさとおきねーか!」

男はそう言って、手下の脇腹に蹴りを入れ、その体を仰向けに転がすと驚愕した。
倒れていた手下は胸から血を流して死んでいた。
一瞬、こぼれたワインかとも思ったが、手下の胸に開いた穴からは、ドクドクと鮮血が漏れ出ている。

「うぉ!」

男は慌てて飛び退くが、ここでやっと先ほどから絶え間なく乾いた音が響いている事を意識した。

「なんだこりゃぁ…… 野郎ども!武器を取れ!敵襲だ!」

その声を聞いて、他の手下たちも何事だと動きだすが、霧の中でいくつもの驚きの声が聞こえる
おそらく、他にも殺された仲間が居たのだろう
周りの手下たちの声も途端に慌ただしいものへと変わる。

「霧の中でバラバラになるな!俺の所へ集まれ!」

「へい!」

霧の向こうから手下たちが応え、駆け足で武器を身に着けた者達が男の元へとやってくる。
だが、いくら待っても全員が集まらない、良くて半分といったところだろうか。

「他の奴らはどうした?」

「ここに来る途中、いくつか仲間の死体を見たんで、もしかしたらやられちまったんじゃないかと……」

怒気を漏らしながら男は手下に聞くと、手下はその気迫に押されておずおずと答える。

「なんだと?ちぃ…… とりあえず、霧の中に何かが潜んでいるのは確かだ。
一度、村の倉庫に籠城して防御を固める。人質は2~3人確保して、残りはそこらの家に押し込んどけ
暴れるようなら外から火をかけろ。足手纏いはいらん」

男がそう指示すると手下たちはすぐさま動きだすが、男の視界にあるものが映った事により男はすぐさま手下を制止させる。

「おい!待て!動くな!」

男は見た。
眼前に広がる一面の乳白色
それが確かに揺らいだ。
霧が揺らいだのだ。
さらに目を凝らすと、一面均一な乳白色の世界に、風と共に一瞬だけ霧の切れ目が現れた。

「聖霧の終わりだ……」

ニヤリとして男は呟いた。

「はっはっは!野郎ども神は俺たちの味方だ!霧が晴れるぞ!」

高らかに笑う男の声の通りに、あたりを覆っていた霧はまるで雲が通り過ぎるかのように流れてゆき
村から少し離れた丘の上に霧によって隠されていた得体のしれない物体と人影が姿を現した。

「なんだありゃあ?」

男は疑問を口にする。
なにやらくすんだ緑色をして、車輪の付いたナニかが二つ。そしてその周りには数人の人影が見えた。
一体あれは何であろうか、男には皆目見当もつかなかったが分かる事が一つあった。
霧が晴れて奴らが姿を現した辺りから謎の音が止まっている。
恐らく奴らが犯人だろう。霧が消えた事に戸惑っているのか、謎の攻撃がやんでいる。

「野郎ども!舐め腐った豚共が丘の上にいるぞ!
妙な魔術を使っていたようだが、霧が消えたのが運のつきだな。野郎ども、用意はいいかぁ!」

「おおぅ!!」

「魔術師は、奴らが逃げないように退路を炎で囲め、だが焼き殺すなよ?舐めた真似したお礼に生きたまま生皮剥いでやる!」

「応!」

「突撃ぃぃぃぃ!」

その掛け声と共に生き残っていた手下たちが、凶暴な本能を発露させたような雄叫びを上げて走り出した。
各々の武器を手に、まるで兎に襲い掛かる野犬の群れの様に目を血走らせながら丘の上に陣取るナニかに向かって襲い掛かる。






その終わりは唐突だった。
霧の中から装備の優越を利用した一方的なマンハントを行っていた拓也達だったが
まるで雲が切れるかのように、急速に霧が風に流されて去っていく

「霧が…… 聞いた話じゃ更に数日続くって言ってたじゃないか?」

「社長、そりゃ毎年の平均です。早い年もあれば遅い年もありますよ」

拓也の独り言にラッツが答える。

「クソ、こりゃみつかったな。射的遊びは終わりらしい。やつらが来るぞ」

エドワルドが急速に霧が晴れてゆく村を見ながら、舌打ちして呟く
事実、ドラグノフのスコープの先に見える悪漢どもは、こちらに気付いたようで、しきりに拓也達の方向を指差している

「総員戦闘用意。一方的な狩りはココまでのようだが、見つかってもそれはそれで好都合だ。
奴ら、こっちへ向かってくるぞ。十分引きつけたら射撃再開。殲滅する。」

「了解!」

その返事と共に暗視装置を持っていなかった他のメンバーも射撃姿勢に付く
ピックアップトラックの荷台に据え付けられていた14.5mm機銃もその銃口を獲物の方へと向け
BTRや他の小銃と同様に愚かな獲物が、その咢に自ら飛び込んでくるのを待つ
敵とこちらとの位置関係は、村からこちらに向かってなだらかな上り坂になっているのだが、そんなこともお構いなしと言わんばかりに敵はこちらに向けて疾走してくる。
そして彼我の距離が150mを切った所でエドワルドは冷静に言った。

「ビェーイ(撃て)」

それはまるで、銃弾のダムの堰を切ったかのような光景だった。
2本の14.5mm機関銃の火線と5.56mmの複数の火線は、此方に向かって走ってきていた人影をバタバタと倒していく
小銃によって撃たれた者は、驚愕と苦悶の表情を浮かべて倒れていったが、BTRとピックアップの荷台に備え付けられた14.5mm機銃で撃たれた者達の光景は凄まじかった
弾が命中した途端、腕や頭が千切れ飛び、文字通り人体が銃弾によって砕かれていく。
撃たれた方は何が起こったか分からなかったろう。
突撃の段階で20名弱まで減っていた敵だが、それでも此方への敵意は未だに健在だった。
突如として敵の目の前に火の玉が発生したかと思うと、此方に向かって一直線に飛んでくる。
話には聞いていたが初めて目の当りにする攻撃魔術にエドワルド等は身を竦めて躱す。
外れた火球は着弾と同時に燃え上がり、付近の下草を焼き払うが、それ以上の攻撃は無かった。
いや、正しくは出来なかった。
火の玉を飛ばす魔術は飛ばす直前に術者の目の前で火球が生成される。
そしてその一瞬は術者の位置を敵に教えている様な物だった。
最初の攻撃によってどの人影が魔術師か特定され、エドワルド達が身を竦めて躱している間に
魔術の行使にも全く動じなかったラッツ等の亜人達の射撃により魔術師たちは瞬く間に撃ち抜かれていく
向かってくる人影を粉砕しつつ、その中に火球が生じた瞬間、火球がこちらに向かって飛ぶよりも早く銃弾が敵魔術師に集中する。
ほとんど遮蔽物の無いなだらかな上り坂での戦闘は、30秒に満たない射撃の末に立っている敵は一人もいなくなるという状況だった。

「射撃中止!」

エドワルドの声で動く影に止めを刺していた銃撃もピタリとやむ。

「いかん。少し捕まえる筈だったのが、生き残りが一人も居ないかもしれん」

少々オーバーキル気味の様子に拓也がつぶやく。
尋問用に少しばかり残しておきたかったが、倒れた目標にも配下の亜人たちが執拗な射撃を加えたため
形の崩れていない敵の姿がまったく見えない。

「しかし、亜人達の魔法と違った炎を操る魔法には驚いたな。
さすがはファンタジー世界と言ったところか。
あまり舐めてかかると痛い目を見そうだ。
ラッツ、どうだ?どこかに生き残りの声が聞こえるか?」

エドワルドが統制が執りきれていないことへの追求がある前に、話題を変えようとラッツに話かける。
当のラッツは、さっそく兎人族特有の大きな耳を立ててあたりの音を探る。
十秒ほどキョロキョロと耳だけ動かして音源を探ると、彼の耳がある一方向で止まる。

「う~ん…… あっ 生き残りが居ます。
人質を閉じ込めた小屋の裏で、生まれたての子鹿みたいに震えてるのが一人……
他は…… 駄目ですね。全員死んでます」

流石は武装ピ○ターラビット。
飛び抜けた聴覚とほぼ全周を見渡せる目のお蔭で斥候としては飛び抜けた能力を持っている。
特にその耳は物陰に隠れた敵の存在も察知する。
実に素晴らしい能力だ。
それに当初、彼の視力は兎らしく人間よりも弱かったが、北海道でコンタクトレンズを装備したことによりその弱点も無くなった。
後は、単独行動時に寂しいと鬱になる事を克服すれば、最高の斥候に育つことは間違いなしであった。

「そうか。まぁ 一人確保できればいいや。
ラッツはイワンと一緒にソイツを確保し来て
他は人質を解放しに行こう」

既に戦意も喪失しているなら、ラッツと屈強なイワンの二人がいれば大丈夫だろう。

「あぁ そうだな。
よし、全員傾注。聞いてのとおりだ。
ラッツとイワンを除いて人質の解放へ向かうぞ」

「了解!」




ガコン……
車両に乗り込んだ拓也達は、倉庫の前までやってくると「助けに来たぞ」と、中によく聞こえるように叫んでから閂を外す。
閂を外しても無反応な扉を開けると、扉を開けたのが先ほどまで暴虐の限りを尽くした奴等と違うのを確認したのか
ボロボロになっていた女たちが、泣きながら外に飛び出してきた。

「大丈夫。大丈夫。落ち着いて。悪党はやっつけたから」

安堵の涙で顔をぐしゃぐしゃにして駆け寄ってくる彼女らは、拓也らがそう言って宥めても止まない。
見れば体のあちこちに殴られた跡や色々な汁がこびりついている
拓也は飛びついてきた女性を引き離し、自分の服に色々とこびり付いたのを見て一瞬表情が固まったが
それでも対外的な笑顔は忘れずに彼女らを宥めた。
だがしかし、緊急時とはいえ目のやり場に困る。
彼女らは全員がほぼ全裸の上、容姿も普通かそれ以上の女子供たちだった(恐らく悪漢どもの目に適わないものは殺されたのだろう)
レイプ被害者に対し鼻の下を伸ばしたのでは一気に信頼を無くす。
そう思った拓也は、全員に家に戻って水浴びと着替えをするように言った。

「皆さん。もう大丈夫ですよ。
とりあえず、裸のままではいけないので水浴びと着替えをお願いします。その後で状況を整理しましょう。
私たちに出来る事が有れば、可能な限りお手伝いはしますから」

その言葉に泣きじゃくっていた女や子供たちも少しは正気に戻る。
羞恥心は理性を呼び覚ますようだ。女たちは腕で裸体を隠し、顔を赤くしながら各々の家にと小走りに去っていく
そんな女達について行く様に子供達も消え、やがて全員が走り去ったのを確認すると、拓也は小屋の裏へと歩いて向かうが、その途中でエドワルドが声を掛けてきた。

「おい。人質たちを気にするのも良いが、それよりお前のほうこそ大丈夫か?」

エドワルドが心配そうに拓也の顔を覗き込む。
その顔は表情こそは平然を装っているものの、顔色が優れない。

「あー、バレた?
まぁ 何というか、実戦は国後のときを含めて二回目だけど、ちょっとショックがね……
前回は夜で敵の死体は良く見えなかったけど、今回は昼じゃん。
悪人成敗したことについて罪悪感は微塵も感じないけど、グロ耐性がまだ無くてさ。
爆ぜた脳みそとか黄色い脂肪分とか見たらちょっと気分が……」

そういって拓也は積み重ねられた死体を見ながら口を引きつらせる。
だが、それを聞いたエドワルドは何だそんなことかと肩をすくめた。

「最初は誰しもそういうもんだ。その内、嫌でも慣れる」

「そんなもんなの?」

「そんなもんだ」

拓也はエドワルドの受け答えに、ここがまだ引き返せる地点だという考えが頭を掠めるが、その思いは口にしない。
既に自分だけじゃなく大勢を巻き込んで事業は動き出しているのだ。
自分の中の甘さなど押さえ込んで当然だと拓也は自分に言い聞かせ、その歩みを進める。
そうして二人とも黙ったまま歩き続けると、直ぐに倉庫の裏手に到着した。

「確保できた?」

裏に回った拓也が開口一番声をかける。

「あっ 社長、ちゃんとふん縛っておきましたよ」

そう言ってラッツの蹴りを食らった人影が物陰からよろよろと出てきた。

「たっ、たすけてくれ!」

両手足を縛られたむさくるしい男が芋虫のように地面を這いずりながら拓也に懇願する。

「それはお前の態度次第だな」

そう言って拓也は、ラッツの持っていたナイフを借りると男の首筋に当てる。
死体を見て若干気分が悪くなった拓也であったが、ブラフでナイフをチラつかせる位であれば何も感じない。
むしろ悪人征伐だと思えばニヤリと笑みさえこぼれる。

「なんだ?おまえら盗賊か?」

拓也は抑揚の無い声で男に尋ねる。

「いや、俺たちは盗賊じゃねぇゴートルム征伐軍団のラグナル隊だ」

「ゴートルム征伐軍?」

「あぁ、王家に弓引く逆賊エルヴィスへ対して諸侯が連合して討伐軍を編成したんだ」

拓也は男の言葉に耳を疑う。
軍の広報では多少キナ臭くなっているという報告はあったが、霧で情報が途絶している間に戦争状態になってたのか?
そんな眉間にしわを寄せながら尋問する拓也に男は更に補足する。

「知らないのか?勝手に独立宣言したエルヴィス辺境伯を王国に代わって成敗する為に諸侯が軍を発したんだよ」

独立宣言したのは知っていたが、まさか既に内戦に突入しているとは知らなかった。
少々情報網から隔絶されていただけでここまで状況が動いているとは……

「んで?なんで、討伐軍とやらが村を襲ってんだ?」

「それは…… どうせ逆賊の村だし。集合までの間に小遣い稼ぎをしようって隊長が……
そもそも俺らは囚人部隊だから、どうせ戦働きしても刑期が短くなるだけ……
なら、集合地点移動するまでに霧にまぎれて村の一つや二つ摘もうって隊長が言い出して……
ホントなんだ!隊長が!あの野郎が全て言い出したことなんだ!だから、命だけは勘弁してくれ!」

男は正直に知っていることを話すと、泣き叫びながら懇願する。
だが、それを見つめる全員の目は冷めたものだった。

「なるほどね…… それで村を襲ってたと。
うん、そこらへんは良ーーくわかった。だが、もう一つ聞きたい事がある」

拓也はそういってしゃがみ込み男の目を見据える。

「何処を目指していた?その集合地点とやらは近いのか?」

男の言が真実ならば、近々戦があるのだろう。
現状、拓也達の装備は本格的な戦闘は想定していない調査用のもの。
何より護衛対象の安全を確保するために危険地帯があるなら早々に避難しなければならない。
そう考えた拓也は真剣な眼差しで男を睨む。

「あ、あぁ そりゃもう、すぐそこだ。
他の隊はもう集まってる頃だろう。俺たちは集合地点の近くに村を見つけたから戦の前にちょっと摘んでたんだ。
なぁ?もういいだろ?俺なんか下っ端だから知ってる事は大体話した。お願いだから助けてくれ」

「まぁ待て、最後に一つ。すぐそこってのの詳しい場所だ」

「あんた達の来た丘とは反対側の丘を越えたら見えるよ。
ここに来るまではなだらかな丘しかなかったから直ぐに見えるはずだ」

男の言葉に拓也は眉を顰める。
丘を越えたら見える?
そんな至近で戦が起こるのか!?
拓也は立ち上がると、男の示した丘の方向を見る。
まずは確認せねば。

「そうか、ご苦労さん。おいラッツ、このクズを村の真ん中に縛って放置な」

「おい!話が違うぞ?助けてくれるんじゃないのか?」

「そんな約束をした覚えはないが……
少なくとも俺たちはお前を殺さないよ?まぁ 生き残りの村人はどうか知らんがな」

そう言って拓也は虫を見るような目で男を見る。

「そ…… そんな…… 騙したな!?おい!」

男は自分を無視して歩き去る拓也にあらん限りの罵声を浴びせるが、当の拓也はまるで聞こえないかのように無視する。

「じゃぁ エドワルドとラッツは来てくれ。ちょっと丘の向こうを見に行こう。
他は村人たちを介抱してやってくれ。殺された村人たちを埋葬しなきゃならないし、手伝えることが有れば手伝ってやって」

「了解」

そうして拓也達は男が言う丘に向かって歩きだした。
なだらかな丘であるが、登ってみると結構な標高がある。
ふと振り返ってみると村を一望しそれでいて周囲を結構見渡せる眺めの良さだ。
拓也達は周囲の様子を伺いつつ丘を登る。
そしてやっとこさで尾根を越え、その丘の上から見えた物に息を呑んだ。
それは、拓也たちのいる丘から数kmは離れた地点で向き合っている大軍勢。
彼我の距離と一つ一つの方陣の大きさから考えれば、数万人規模の大部隊だとわかる

「おぉ スゲェ……」

思わず驚きの声が漏れる。

「あぁ。あの旗は知ってるぞエルヴィスの旗だ。という事はもう一方が王国軍だな。
あぁ それにしても、これは……」

エドワルドが軍勢を見つめたまま唸る
遠目に見てもエルヴィス側と王国側の兵力差は3倍はある様に見えた。

「社長。エルヴィス側の後陣に総大将を見つけました。劣勢だってのに堂々としてますね」

そういってラッツが双眼鏡を覗きながら片方の陣営を指差す。
拓也はラッツから双眼鏡を受けとると、彼の言葉に従って陣営の中を覗き込み、軍勢の中央集団の中でそれを見つけた。
その視線の先には、馬やチョ○ボのようなデカい鳥に乗った騎士たちにまれながら敵陣を睨む凛々しい姿。
騎士に囲まれて白銀の甲冑を纏った美女が騎上から色々と指示を出しているので、彼女が総大将だとおおよその見当はついた。

「おぉ エルヴィス側の総大将は某クシャナ殿下みたいだ。「薙ぎ払え」とか言ったら似合いそうな美人だわ」

拓也はその外見を率直に表現する。
だが、拓也のその感想に対して、エドワルドは面白いものでも見たかのように笑いながら拓也の肩を叩く。

「拓也、お前知らないのか?あの顔はクラウス・エルヴィス辺境伯だぞ。内務省のデータベースで見たが、あれは男だ」

拓也はそれを聞いて驚いた。
あのなりで男とは……
それは過去にタイでGOGOバーに行き、お持ち帰りした女の子が実はニューハーフだった時に匹敵する衝撃だった。

「え?嘘でしょ?」

「残念ながら本当だ。それよりも奴の周辺を見ろ、こっちの軍事顧問団の連中も何人かいる。
この戦には政府も介入してるらしいな」

見ればこちらの甲冑の下に、迷彩服を着た人影も本陣に何人か見える。
この前、テレビで航空戦を中継していたと思えば、すぐさまこっちで戦争指導。
政府軍の勤勉さには本当に恐れ入る。
そんな事を拓也が考えていると、双眼鏡の向こうで何やら動きがあった。

「社長。王国側に動きがありました。数騎が旗を掲げて出てきます」

大きな翼を広げた鳥の紋章が描かれた旗を掲げた騎士が両陣営の中間へと進み、それに対してエルヴィス側もクラウス自ら
数騎の手下を引き連れて会合地点へと向かう。
どうやらいよいよ始まるらしい。せっかくの機会だ。特等席から見物してやろう






霧の晴れた草原に3騎の騎士が疾走していた。
緑の草の海を駆け抜け先頭の1騎に付き添うように2騎の騎士がその後を追う。
周囲は先ほどまでのミルクのような霧が嘘のように急速に晴れ、その霧の中から対峙する二つの軍勢が姿を現していた。
霧の終焉。
それは戦の始まりを意味するものであった。
片側の陣営から出てきた3騎に呼応するように、もう片側の陣営からも数騎の騎士が出てきて陣営の中央に向かって飛び出してくる。
そんなにらみ合う陣営の中間。
そこには更にもう一つの小さな集団が佇んでおり、両側の陣営は彼ら目指して集まってくる。

「さて、両陣営とも集まったようだな。
では、これより神の名の下に決戦を執り行う。
双方、何か言いたいことはあるか?」

両陣営の騎士が集まったのを確認して、彼らを待っていた男たちの中から一人の痩せた男が双方に向かって言う。
男は白い僧衣を着た司祭であった。

「最後の通告だ。
降伏しろ。今ならまだ辺境伯の首だけで許してやる」

「馬鹿め。
愚かな王家の犬が。神の前でその首切り落としてくれる」

クラウスは諸侯軍を束ねているマヌエル・アサーニャ伯爵に氷のような視線を送り、降伏勧告を拒否する。
だが、双方ともに分っている。
ここにきてクラウスが降伏勧告を受諾するなどありえない。
観戦する司祭もそれを分っていて淡々と儀礼を続けた。

「では、双方とも準備はいいな。
神の御前で、その勇気を示さんことを!」

司祭の戦場への祝福と共に戦いの開始が宣言される。
クラウスは剣を抜き、自陣営に向けて鬨の声をあげながら陣営に向かって駆けた。
その声にこたえる様に歓声を上げる軍勢は、海が割れるようにその中心へと続く道を作ってクラウスを迎え入れる。
本陣へと帰還するクラウス。
そこでは配下の騎士とともに北海道からの客人も待機していた。

「開会式は終わりましたか?」

客人の一人がクラウスに尋ねる。

「ええ。
教会の主導権を正統派が握っている以上、これも必要な儀式です。
それにしても、現教皇が正統派でよかった。
儀礼を重視する正統派が決戦を認めた事で、国境からの兵力の引き上げも間に合ったし、略奪を受けた領民も限定的だ。
これが純粋派なら、戦に儀礼など無用と割り切って全面的な侵攻を受けてましたから」

「でも、そのせいで我々の全面的な支援は受けられないのでしょう?」

そう言ってクラウスに尋ねる男は、北海道が辺境伯領に使わした軍事顧問団のひとりだった。
今回の騒動で、大陸側に従順な味方を作りたい北海道側は、クラウスに軍事顧問団の派遣と航空支援の提案をクラウスにしていた。
強力無比な空爆とヘリ部隊による掃討で敵部隊を一気に殲滅しようというのである。
だがしかし、北海道側の予想に反して、クラウスの回答は感謝の言葉に包まれた辞退の申し出であった。
言い分は、目立ちすぎる大々的な援助は要らないという。
しかしながら、余り目立たないように配慮してくれるのであればと援助して欲しいという申し出も同時に出たので
北海道側は首をかしげながらもそれを飲んだ。
辺境伯領軍に扮した少数の連邦軍部隊と共に、軍事顧問と少々の機材を融通するというのである。
そういった両者の合意もあり、軍事顧問として着任した彼は、普段の軍装から此方の甲冑に身を包んだいでたちで本陣に待機している。
そんな男の問いかけにクラウスは、事情を説明する。

「ええ。
決戦は正統派の信じる教義的美学に則って行わなければなりません。
それは、戦闘前の宣誓から最終的なくつわを並べた騎士の突撃まで形式が決まっている。
その為、決戦の場にてこれを蔑ろにしてしまうと、例え戦場で勝利をしようとも教皇に破門され、異端として処理されてしまうんです。
だから、今回の戦いでは大々的に貴方方に頼ることは出来ないんですよ。
勝利の後に、実は勝利の決め手が他所から借りた軍勢だとバレたら、教皇に眼を付けられないとも考えられないですから」

「なるほど、美学に則った戦争…… まるで源平合戦のようですな。
いや、あの時代でもそこまで戦場作法は厳しくなかった。
なんとも、とんだ茶番ですね」

そんな男の言葉を聞いて、クラウスは戦場を見ながら鼻で笑う。

「茶番…… そうです。
戦とはお互いが戦術と技量で敵を駆逐するものです。
あらゆる選択肢を駆使して相手を滅ぼしてこそだというのに、正統派の作法に従えば、戦場で知性を放棄するのと同義です。
まるで遊びの力比べですよ。茶番もいいところだ!
まぁ それによって今回は我々の領地の被害が少なくなるという事もあったが、でもやっぱり私は正統派の教義には賛同できない。
戦争とは、もっと泥臭く、知性と知性のぶつかり合いでもあるべきだ!」

クラウスはそう熱く力説する。
だが、フンと鼻を鳴らした所で、ふと我に返った。
目の前の男を始め、他の顧問団の皆もクラウスのあまりの憤りっぷりにポカーンと置いてけぼりを食らっている。
その様子を見てクラウスは熱くなりすぎたと反省して一つ咳払いをした。

「ゴホン。まぁ 私も派閥的には純粋派にいる為、ちょっと熱くなってしまいました。
ですが、下らない作法に則っているとはいえ、この戦いに領地の未来がかかってる事には変わりありません」

そう言ってクラウスは仕切りなおすように敵の陣営を見つめたそんな時だった。
戦場の脇に位置する観戦司祭の幕屋から一筋の白い光の玉が打ちあがる。

「あぁ 開戦が近い……
では、雑談は全てが終わってからにしましょう」

クラウスは打ちあがった開戦が近い合図を視認すると、直ちに馬上へと戻り、配下の兵を呼ぶ。

「バリスタ及び魔導師に攻撃用意。
バリスタ部隊は、開戦の合図が出たら各個の判断で攻撃開始。敵後方のバリスタと魔導師を集中的に叩け。
但し、魔導師は防御に専念しろ。騎兵を出来るだけ守るんだ」

クラウスの命に伝令が走る。
クラウスはそれを見送ると、くるりと軍事顧問団の面々を見て笑う。

「折角来て頂いて申し訳ないが、正統派の戦いには、あまり戦術指導は必要ないんですよ。
貴方方の配下部隊は大いに信頼していますが、今回の戦闘については戦術指導の方々の出番はありません。
ですが、しっかりと見ていただきたい。
これが、この世界の戦いです」

そう言い切ったタイミングとどちらが早かったか。
戦場に一筋の赤い光弾が上がる。
そして、それを合図に壮絶な遠距離戦の火蓋が切られた。

「攻撃開始!」

クラウスの叫びに呼応するかのように、本陣の後方に設置された十数基のバリスタから魔力槍が次々と射出される。
そしてそれを追うかのように数人がかりで生成された魔力の炎弾も地を這うように敵陣へと殺到した。
敵陣の全面に降り注ぐ魔力槍と炎弾は、至る所で爆発の炎を上げる。
だが、敵も対処法を分っている。
地面に着弾してから爆発する魔力槍は、伏せていれば被害は最小に抑えられるし、魔法の炎弾の爆発は例えるならば油が燃え上がるような爆発であり
近くにいなければ大したことは無い。
それに敵は本陣近くには魔術師による結界を発生させ、これを凌いでいる。
そして、これはクラウスの陣営も同じことだった。
クラウス側の攻撃とほぼ同時に襲い掛かってくる敵魔力槍。
本陣の近くは配下の魔術師に作らせた魔法障壁のため被害は無いが、自陣営にあちこちから炎が上がる。

「うぉ…… これは……」

運悪く爆発に巻き込まれ肉片と化していく兵士達を見ながら、顧問団の一人が驚きの声を漏らす。

「ご心配なく、本陣は結界のおかげで安全ですよ」

クラウスがそう笑って答えるが、顧問団の面々は信じられないものを見るようだった。
先の北海道西方沖航空戦の結果、この世界にはバリアがあるということは知れ渡っていたが、それを実際に体験するのは実に刺激的なことだった。

「うぅむ…… ですが、こんな便利な物があるなら、なぜ全軍をカバーしないんです?」

顧問の一人が疑問を口にするが、それに対しクラウスは後方で術式の陣を組む魔術師を指さして説明した。

「純粋に障壁を張るには膨大な魔力がいるんです。
今は20名の魔術師を防御に動員してますが、それでも本陣の一部をカバーすることしか出来ない。
これは本当に重要な部分のみの防御にしか使えないんです。それに、一面を幕で覆ってしまえば此方の攻撃も出来なくなってしまうんですよ。
まぁそれでも本陣だけでも守れるのは素晴らしいことです。軍団規模で軍を動員しない限り、こんな贅沢に魔術師は使えませんから」

そう言ってクラウスが語る最中にも敵の攻撃は自陣営の全体に降り注ぐ。
本陣は未だ魔法障壁が破られてはいないが、徐々にではあるが減衰された爆風が届きつつある。
障壁が敵の火力に押されて薄くなっていた。
クラウスの陣営のバリスタは敵のバリスタ隊を集中的に攻撃しているが、倍以上の数を揃えた敵に次第にすり潰されていく。
そして本陣以外の部隊でも降り注ぐ爆発の炎にジリジリと損耗が広がっていた。

「クラウス殿。本当に我々が介入しなくても大丈夫ですか?
既に一部のヘリ部隊はプラナスまで展開済みです。連絡一つで救援に駆けつけますよ?」

魔法による火力戦。
それも数的劣勢の上でそれを強いられていることもあり、顧問団の一人が不安を口にする。
本当に大丈夫なのかと。
だが、それに対してクラウスは不敵に笑って見せた。

「まぁ 確かに貴方方の火力があれば、一撃で勝負は付くでしょう。
だが、まぁ見ていてください。そろそろ観戦司祭から次の合図が出るはずです。
貴方方の配下にも敵の突撃に備えるように準備をお願いします」

障壁を越えて届く爆発の風に金色の髪を揺らしながらクラウスは答える。
そして、しばらく火力の応酬が続いた後、彼の言った通りのことが起こった。
観戦司祭の幕屋より青色の光球が撃ちあがったのである。
クラウスは撃ちあがるそれを眺めると、口を真一文字に結んで呟いた。

「さぁ これからが本当の戦いだ」







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