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No.29737の一覧
[0] 試される大地【北海道→異世界】[石達](2012/11/29 01:19)
[54] 序章[石達](2012/11/29 01:05)
[55] 起業編1[石達](2012/11/29 01:06)
[56] 起業編2[石達](2012/11/29 01:07)
[57] 起業編3[石達](2012/11/29 01:08)
[58] 国後編1[石達](2012/11/29 01:08)
[59] 国後編2[石達](2012/11/29 01:09)
[60] 転移と難民集団就職編1[石達](2012/11/29 01:09)
[61] 転移と難民集団就職編2[石達](2012/11/29 01:10)
[62] 礼文騒乱編1[石達](2012/11/29 01:10)
[63] 礼文騒乱編2[石達](2012/11/29 01:11)
[64] 礼文騒乱編3[石達](2012/11/29 01:11)
[65] 礼文騒乱編4[石達](2012/11/29 01:12)
[66] 戦後処理と接触編1[石達](2012/11/29 01:12)
[67] 戦後処理と接触編2[石達](2012/11/29 01:13)
[68] 嵐の前編[石達](2012/11/29 01:14)
[69] 北海道西方沖航空戦[石達](2012/11/29 01:14)
[70] 大陸と調査隊編1[石達](2012/11/29 01:15)
[71] 大陸と調査隊編2[石達](2012/11/29 01:16)
[72] 大陸と調査隊編3[石達](2012/11/29 01:16)
[73] 魔法と盗賊編1[石達](2012/11/29 01:17)
[74] 魔法と盗賊編2[石達](2012/12/08 01:24)
[75] 決戦[石達](2012/12/08 01:20)
[76] 盗賊と人攫い編1[石達](2012/12/31 22:47)
[77] 盗賊と人攫い編2[石達](2013/01/19 21:24)
[78] 盗賊と人攫い編3[石達](2013/01/19 21:23)
[79] 道内情勢(霧の後)1[石達](2013/02/23 15:45)
[80] 道内情勢(霧の後)2[石達](2013/02/23 15:45)
[81] 外伝1 北海道航空産業の産声[石達](2013/02/23 15:46)
[82] 東方世界1[石達](2013/03/21 07:17)
[83] 東方世界2[石達](2013/06/21 07:25)
[84] 東方世界3[石達](2013/06/21 07:26)
[85] 幕間 蠢動する国後[石達](2013/06/21 07:26)
[86] 東方世界4[石達](2013/06/21 07:27)
[87] 東方世界5[石達](2013/06/21 07:27)
[88] 東方世界6[石達](2013/06/21 07:28)
[89] 東方世界7[石達](2013/06/21 07:28)
[90] 世界観設定[石達](2013/06/23 16:49)
[91] 人物設定[石達](2013/06/23 16:57)
[92] 東方世界8[石達](2013/07/15 01:51)
[94] 帝都ティフリス1[石達](2013/08/09 02:02)
[95] 帝都ティフリス2[石達](2013/08/12 00:21)
[96] 帝都大脱走1[石達](2013/09/23 00:16)
[97] 帝都大脱走2[石達](2013/09/22 22:47)
[100] 帝都大脱走3[石達](2014/02/02 03:03)
[101] 対エルフ1[石達](2014/02/02 03:03)
[102] 対エルフ2[石達](2014/02/05 22:45)
[103] 対エルフ3[石達](2014/02/05 22:45)
[104] 対エルフ4[石達](2014/02/05 22:46)
[105] カノエの素性1[石達](2014/02/05 22:46)
[106] カノエの素性2[石達](2014/02/09 13:13)
[107] 別れ、そして託されたモノ1[石達](2014/02/09 13:14)
[108] 別れ、そして託されたモノ2[石達](2014/02/09 13:16)
[109] 決意[石達](2014/02/09 13:42)
[110] 新しい風[石達](2014/04/13 10:41)
[111] 交流拡大、浸透と変化1[石達](2014/04/13 10:41)
[112] 交流拡大、浸透と変化2[石達](2014/06/04 23:46)
[113] 交流拡大、浸透と変化3[石達](2014/06/04 23:47)
[114] 交流拡大、浸透と変化4[石達](2014/06/15 23:55)
[115] 交流拡大、浸透と変化5[石達](2014/06/15 23:55)
[116] 平田、大陸へ行く1[石達](2014/08/16 04:02)
[117] 平田、大陸へ行く2[石達](2014/08/16 04:02)
[118] 対外進出1[石達](2014/09/14 08:19)
[119] 対外進出2[石達](2014/08/16 04:04)
[120] 対外進出3[石達](2014/10/13 01:58)
[121] 回天1[石達](2014/10/13 01:59)
[122] 回天2[石達](2014/10/14 20:24)
[123] 回天3[石達](2015/01/18 08:20)
[124] 回天4[石達](2015/01/18 08:24)
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[29737] 戦後処理と接触編2
Name: 石達◆48473f24 ID:a6acac8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/29 01:13
季節は冬。

転移後の冬も例年と変わらぬ白銀の世界に覆われた大地は、深雪に全ての音を吸収されたかの如く穏やかだった。
もっとも、礼文の一件以来、武力衝突は起きていないとはいえ、様々な勢力と接触すべく札幌の一部ではお祭り騒ぎが続いているのだが
ここ北見市の朝は静寂に包まれていた。
雪に覆われた白樺の森の中、エゾシカが餌を求めて走り回り真っ白なキャンパスに足跡を残しながら樹木の皮を齧っている。
そんな変わる事のない自然の情景を、ヘルガは森から少し離れたホテルから見ていた。


12月末。
現地で雇ったパートのおばちゃんをはじめとするロシア人達は、ヨールカと呼ばれるロシア式のクリスマスと正月が合わさった行事を家族で過ごす文化が有り
その為、国後の石津製作所は2週間の冬季休業に入っていた。
だが、雇った亜人達は新年を祝う風習はあるものの、まだ移住から日が無い事から生活にそれほど余裕が無く(それに、そもそも暦の新年の始まりが転移してきた北海道とずれていた!)
何もせず暇に休暇を過ごすと思われたが、社長である拓也の一言により彼らの休暇は非常に賑やかなものとなった。

「正月だし帰省する。でも、彼らを置いていくのは可哀想だから一緒に連れて行くか。
どうせ、兄ちゃんの農場も彼らを使ってるし一緒に宴会やろう」

そんな太っ腹な拓也の思いつきと、ノリの良い彼の兄の計らいにより、ヘルガ達一行は北見の外れにある古ぼけた宿泊施設に訪れていた。
ヘルガにとって雪を見るのは初めてでは無いが、ここまで寒い冬は今までに体験したことが無かった。
南に行けばいくほど寒くなるのは知っていたが、大陸の南海岸より海を越えて南下したことは無かったし、ここ北海道の家は、何故か南向きの建物が多い。
なぜ太陽の動く方向とは逆に家を建てるのかと聞いたら、この世界に来る前は太陽は南側を通過していたから南向きの家が多いそうだ。
社長は南半球と北半球がどうのこうのと言って、世界は球体をしていると言っていたが、世界がそんな形をしていたら、世界の端に住んでいる人は断崖絶壁の急斜面に住んでいるのであろうか
色々と興味深かったが、社長の説明が勝手に脱線を始め、宇宙やら公転やら何やら訳のわからない事を熱く語り始めたので、ヘルガはそれ以上聞くのは止め、今度話を聞くときは社長の奥さんか誰かにしようとヘルガは心に決めた。
そんなこんなで日当たりの悪い室内の窓から外の銀世界を眺めていると、2台の車がホテルに戻ってきた。
先頭の荷台付きの小さな車には、運転席に社長、その横にエドワルドさん、後続の車にはアコニーと社長の奥さんであるエレナさん達が乗っていた。
ヘルガが彼らが車から降りるところを見ていると、アコニーがそれに気付いて手を振ってきた。

「ヘルガー!鹿獲ったよ!お肉だよー!」

満面の笑みでエレナさんと共に獲物の鹿を荷台から引きずりおろすアコニー。
その大声で目が覚めたのか、同室だったカノエものそのそと起きてきた。

「……何の騒ぎ?」

「アコニー達が鹿獲って来たそうよ。まぁ 行ってみましょ」

ヘルガは北海道にやってきて買ったお気に入りのダッフルコートを手に取ると、未だに目覚め切っていないカノエを誘う。

「…みんな寒いのに元気だね」

布団に戻ろうとするカノエをヘルガは無理やり引っ張りだす。

「まぁ ちょっと見に行きましょうよ。ほら、さっさと上着来て」

布団から引きずり出したカノエに上着を放り投げるが、彼女は再び布団に戻ってしまう。

「もうちょっと…」

そんな際限なくだらけるカノエを引き摺ってヘルガたちがホテルのエントランスまで来るころには
アコニー達の周りに人だかりが出来ていた。

「遅いよヘルガ達… 何してたの?」

アコニーが頬を膨らませて尋ねる。
その問いに対して、カノエはどこか遠くを見て答えた。

「…すべては、ココの寝具が快適すぎるのがいけないのよ。
ふっかふかの毛布や布団に包まれて、朝起きれる方が異常なのよ。
…ここに慣れてしまったら、もう大陸に戻るなんて無理ね」

仕方が無かったんだと言わんばかりにカノエが説明するが、ヘルガもアコニーも既にまともに聞いていなかった。

「ふぅ… もうそれはいいよ。
それよか見てよ!鹿獲ったよ!鹿!
この銃を使ってみたら、一発で仕留めれたよ。
これって凄いなぁ。今まで試し打ちで木の板しか撃ったことが無かったけど、生き物に対しても凄い威力だね」

アコニーは満面の笑みで肩にかけていた銃のケースを降ろした。
その中身は、いつも工場で作っているAKとは少し違っている。
石津製作所は、5.56mm弾用のAK100シリーズへ装備の更新を進めるロシア軍から、7.62mm弾を使用する中古の小銃を格安で購入していた。
その用途はと言うと、供給の途絶えたレミントン等の猟銃の代替として民間用にフルオート機能を無くしたセミオート銃へ改造を施し、市場に出すことを狙っていた。
事実として礼文島の事件以来、道民の安全に対する意識は変わり始めており、郊外の人間ほど自分の身を守る最低限の用意を欲し、更に道内の食糧事情として肉類が不足する中で猟師が鹿肉を食べている姿は、中古の猟銃市場を高騰させるのに十分だった。

「それにしても、まだ訓練を始めて日が浅いのに、よく飛び道具を扱えるわね」

ヘルガが鹿の首筋に開いた銃創を突きながらアコニーに聞く。

「そりゃ 毎日いっぱい鍛えられたもん。
射撃練習で的はずしたら尻尾踏まれるし。エドワルドのおっさんは人族の皮を被った悪魔かダークエルフに違いないね」

よほど踏まれたのだろうか、その尻尾の毛並みは所々乱れていた。
アコニーは尻尾をさすりながら声を小さくして二人と話ているつもりだったが、悪口の部分も含めていつの間にか真後ろに立っていたエドワルドに全て筒抜けであった。

「踏まれたくなかったら、的を外すんじゃない!」

そう後ろからアコニーの耳元で怒鳴るようにエドワルドが言うと、アコニーは驚いた猫の様に毛並みを逆立たせて気を付けの姿勢をとる。
同時に「ハイ!教官殿!」と反射的に叫んでいるあたり、本当にしごかれているんだなとヘルガ達は思った。

「パッキーを見ろ。余計な事も言わず作業しているぞ」

エドワルドは、捌く為に鹿を運んでいる兎型の獣人を指差しながらアコニーの尻を叩く。
急に尻を叩かれたアコニーは「きゃん!」と短い悲鳴を漏らすと、きゃいきゃいと鹿を引きずって裏手へ消えていった
そんな彼女らを尻目に、エドワルドは拓也に話かける。

「まぁ 頼まれた通り鍛えているけど、本当にいいのか?」

「もう決めた事だから、このまま石津製作所 警備部の設立は続行で頼みます」

エドワルドの問いに拓也は迷いなく答える。
石津製作所 警備部。
全ては礼文の騒動の後に始まった。
あの日、拓也らが皆と共に夕食を取っている時、宿舎の食堂に備え付けられたテレビから外部の勢力に礼文島が侵攻を受けるというニュースが飛び込んできた。
既に大半は制圧し、残敵の掃討を行っているというニュースだったが、その直前に難民たちに対して『守ってやるから安心しろ』的な事を約束していた拓也には、非常に重い内容だった。
周りを見れば、彼らが不安げな表情で拓也に視線を送っている。
対人同士しか言葉が翻訳される力が働かない為、テレビから流れる日本語を彼らは理解できなかったが、燃える集落や捕虜となった敵兵の姿を見て、何事が起こったかは大筋で理解したようだった。
一瞬、食堂内は重苦しい空気に包まれたが、拓也は残りの夕食をかきこむとガタリと席を立った。

「えー、今のニュースによると、大陸からやってきた武装勢力が此方の島の一つに侵攻したそうだ。
でも、既に制圧して騒動も沈静化に向かっているらしい。
こういった事で色々と不安になると思うけども、君らの安全は自分が責任を持つ。
具体的なことは後程発表するけど、安心してもらって構わない」

そう一言皆に告げると、拓也はエレナやサーシャ達に後で自室に来るよう耳打ちして、そそくさと自室に消えていった。
そうこうするうちに少々重苦しい雰囲気の夕食も終わり、拓也から声を掛けられたメンバーは彼の部屋に集まっていた。
拓也、エレナ、サーシャ、エドワルド、この四人が揃った所でデスクに腰かけた拓也が口を開いた。

「さっきのニュースの事だけど、皆はどう思う?」

拓也の口から出たのは、先ほどのニュースであった大陸からの侵略についてだった。

「彼らが言うには大陸で大規模な侵略に遭い、それで難民化したという事だから
その大陸から来た好戦的な軍勢… おそらくは、彼らを襲ったものと同一と見て良いだろう。
大規模な侵攻については軍に任せればいいが、一度上陸を許したって事実が彼らを不安にさせるだろうな」

エドワルドは腕を組んで思った事をそのまま言った。

「それに工場設立時に他の勢力から襲撃を受けてる事も、パートのロシア人経由で聞いているそうよ。
かれらは表面上は隠しているけど、やっぱり不安でしょうね」

エレナもニュースの件以外にも不安材料はあるとして過去に工場を襲撃された件を口にする。

「まぁ 皆が言う安全面での懸念は前々からあった訳だ。
そして、彼ら相手に大見得切った手前、何もしないという訳にはいかないので、以前から温めていた腹案があるので皆に聞いてほしい」

「というと?」

拓也の腹案とやらにエレナが食いつく。
そんな話があるなんて、全く聞いていなかった。

「武装した警備部の設立と将来的な民間軍事会社(PMC)化。
自分の身は自分たちで守りつつ、警備だけで人材を遊ばせておくのも勿体無いので、なおかつそれで商売しようと思ってる。
どうせいつまでも道内だけで自給なんて出来ないんだし、その内、道外と交流を深めるなら護衛のニーズはあるんじゃないかな。
難民が発生する紛争地帯が近くにあるのは確実。
それにこの世界の文明レベルはあまり高いとは言え無さそうだし、山賊や海賊が居てもおかしくない。」

「治安が意外にも安定していたら?」

エドワルドはその前提が崩れていた時の懸念を口にする。

「その時は、連邦軍の補給屋か、PMCとして独自の国際協力するだけだよ。
火種があれば叩き潰し、紛争があれば戦局をひっくり返す感じで。
でも、あくまで政府の意向に沿う感じで行動するよ。
南アフリカのEO社みたいに会社を解体されたくないしさ」

楽しそうに拓也は話出すが、あくまで政府の掌の上でと強調するあたりがチキンだった。

「でも、誰が訓練するの? トップは? 人材は?」

一体誰が音頭を取ってやるんだというエレナの質問に拓也は笑う。

「それはもう決まってる。
教官は、エドワルドのおっさん。
どうせ監視とか言いつつ、エロ本読んで寝てるだけなんだから、人の役に立ってもらいます」

「いや、俺は内務省警察所属で「授業料は給料の1.5倍出します」…まぁ ちょとくらい手伝ってやってもいいかな」

エドワルドの言葉を金の力で黙らせると、拓也はエレナの方を向く。

「んでだ。 事業部長はエレナ。君に決定」

全く知らされていなかったエレナは目を丸くして驚く。

「え? 私?何で?」

その問いに拓也は目を閉じ、言い聞かせるように説明する。

「武器屋の統轄はサーシャ、傭兵屋の総轄はエレナ。
んで、それを取りまとめるのが俺。
いや、商売柄政治工作がいるし、そうなると本道に行きっぱなしって事もあるから、俺抜きでも事業は回る体制にしたい。
それに、エレナさん銃持たせたらマジ強いし」

だが、その説明を聞いてもエレナは渋る

「でも、そんな事業部なんて纏めれる自信ないし…」

そんな自信なさげな彼女の元に拓也はズカズカと近寄ってその手を掴む。

「成せば成る!成さねば成らぬ何事も!」

「え… でも…」

「まだ計画の段階だから、問題点はこれから出してくれればいいよ!」

拓也はエレナの肩を両腕で叩いた。
満面の笑みで任されたエレナはそれ以上の言葉を封じられてしまった。

「と、いう事で動こうと思うけど、最初は少数を訓練して軌道に乗ったら
一部隊作ってみたい。まぁ 当然人数が要るわけだから、中央に追加の難民派遣を頼まなきゃならない。
まぁ 人材については今でも少し不足気味だし、経営の収支予測的にも人を増やす余力はある。
何か質問は?」

くるりと振り返り、拓也は残りの二人を見まわした。
すると、いままで黙っていたサーシャが静かに手を上げる。

「何かな?サーシャ」

サーシャは、これ以上ないほど真面目な顔つきで拓也に言う。

「今回の件、よくわかった。
特に僕にはやることは無いが、警備部の制服のデザインは任せてくれ。
タイトなミニスカートを基調とした良い案が浮かんだよ」

サーシャは拓也にニヤリと笑う。
実に良い笑顔だった。
本気モードのサーシャは良い仕事をするに違いない。
拓也はデザインが出来上がったら詳細を詰めようと親指を立てて応える。
礼文での事件後の夜、拓也の自室でそのようなやり取りが有り、石津製作所 警備部の設立は始動した。



その後、色々な試行錯誤の末、生産業務に支障をきたさない範囲で志願者の募集が行われ
数人の亜人とエレナを加えたメンバーで訓練も行われていた。
本来ならば管理職であるエレナは訓練に加わる必要性は無いのだが、健康(ダイエット)の為との本人の要望により一緒に訓練に参加している。
今回のエゾシカ猟も、猟銃に改造した小銃のテストを兼ねた冬季訓練という名目で行われていた。

「そういえば、エドワルドさん。
ステパーシンさんにアポ取れます?ツィリコ大佐でもいいや」

鹿が引きずられた雪の跡の上を歩きながら拓也はエドワルドに話を振る。

「まぁ 出来んことは無いが、何故?」

「一応、立ち上げる時に連絡は入れたけども、まだ面と向かい合って話て無いでしょ。
色々と役に立ちますよーと売り込んでおけば、組織として安泰だし、仕事が来るかも。
それに、今の内に政府に役立つと認識させて既成事実化しておけば、本道とクリルの法制度完全統合時に不利な法律は作られにくいでしょ」

それを聞いてエドワルドは一理あるなと頷き言葉を返した。

「まぁ それもそうだな。一応上には話をしてみる。
もう正月だから、年明けでいいか?」

それを聞いて拓也は満足そうに答えた。

「それでいいよ。というかあまり急がれても困る。
今夜は大みそかだから皆で宴会、明日は正月で宴会、その後はコネの為に親父と兄貴について行って武田勤主催の新年会と民自党北見支部の新年会…
正直、毎日宴会で死ぬかもわからんね」

「まぁ それも全て会社の為だ。諦めることだな」

エドワルドは笑って拓也の背中を叩くが、当の拓也はひきつった笑顔を浮かべる事しかできなかった。




大晦日の晩。

すでに日が落ちた北海道の空は、街の光とそれを反射する深雪により深い紺色に包まれていた。
時折、雪もちらつく寒い夜だったが、川辺にぽつんと佇む建物の窓からは、明かりと大きな笑い声が漏れている。
大宴会。
北海道の大晦日に質素という文字はない。
豪勢な夕食を、囲み飲んで騒ぐのが北海道の伝統だった。
そういった意味では、100人近い亜人と道民そしてロシア人達による大宴会は、非常に正しい北海道の大晦日の風景だった。
最早何度目かわからない乾杯の声と共に、ビールや日本酒、ウォッカなど各々の手に握られていた飲料が皆の喉を鳴らす。
見ればテーブルの上には豪勢な料理と共に空のビンがいくつも転がっている。
サッポロから、エールや黒ビールといった地ビールに紫蘇焼酎など銘柄もさまざまである。
亜人たちはこんな美味しいエールは初めてと喜び、ピルスナーや焼酎、ウォッカ等の初めて飲む酒に喜んでいたが、上質なビールやエールに自然と杯が進み、若干酒が回ったところに同じペースで物珍しい焼酎やウォッカをガブガブと飲む。
そしてビールと度数の高い酒等をちゃんぽんで飲のむという愚行の結果、会場全体がとんでもない乱痴気騒ぎと化してしまった。
抑えて飲もうとしていた者達も、既に酒に飲まれた者達に強制的にジョッキに焼酎等を注がれ次々に酒ゾンビの仲間入りを果たす
そんな様子を上座に座る二人が眺めていた。

「どうしようかね。兄ちゃん」

「どうしようもねぇべ。拓也。
まぁ ホテルに出入り禁止を食らわない程度に楽しむのがいいべさ」

そういって、最早制御不能な宴会を見ながら兄はビールを煽る。

「それより、よく鹿なんて取ってきたな。
物資統制下で鳥以外の肉類がちっとも手に入らねぇから、肉の塊にホテル側も驚いてたぞ。
…だが、ちゃんと捌いてから持ってくるのはいいけど、ホテルの敷地で捌くのは止めてくれ
さっき、代表者って事でフロントに呼ばれて怒られたべや。
ホテル裏の雪が血で染まってるって」

「あー… 次からは気をつけるわ」

拓也は鹿を捌いている光景を思い出した。
亜人たちによってホテルの裏へ引きずられていった鹿はあっという間にバラバラに解体され肉の塊へと変化していった。
あまりに上手に解体するものだから、片付けは任せて一足先にホテル内に戻ったのだが…
奴ら… 内臓とかはどう処理したんだろうか?
あまり宜しくない想像が頭の中を駆け巡るが、今は宴会中である。
後で後処理はどうしたのか彼らに聞こうと拓也は考え、目の前のビールに口をつけた。

「それより、すごい量の料理だわ。兄ちゃんの農場とウチの工場で100人近くの宴会になったけど、よく食材を調達できたね。」

拓也は素直に感心して目の前におかれた刺身の船盛に手を付ける。

「まぁ 足りないのは牛や豚の肉類と従来の外洋魚だしな。他の野菜とかは結構あるし
あと、足りない食材は持ち込みって事で、今日の宴会代はかなり安くしてもらった。
お前が食ってる魚だって、俺が網走で仕入れてきたやつだよ」

拓也は食べていた刺身のひとつを箸で摘むとまじまじと見る。

「へぇ これ兄ちゃんが仕入れたのか。切り身じゃ何の魚かわかんないけど旨いね。
これ、なんて魚?」

感心したように拓也は言い、持っていた魚を口へ運ぶ。
拓也の疑問に兄は素っ気なく答える

「知らん」

「え?」

「いやだから、名前は知らん。
獲った漁師も今までこの辺じゃ見たことなかったそうだ」

予想外の答えに拓也の目が点になる。

「・・・は?」

そんな訳のわからないものを食わされていたという事実を聞かされても、突然の事で、拓也は言葉が出てこなかった。

「でも、安心しろ。
仕入れる前に、漁師さん達から『見たこと無いけど旨かった』と聞いてから持ってきたから、味は大丈夫だったろ。
それに毒があるなら、既に漁港が滅んでいるはずだから」

普通、得体の知れないものは調べるのが先だべ、いきなり食ってみた漁師の度胸はハンパねーやと
兄は笑って答える。
その能天気な笑顔をみて拓也も次第に考えることが馬鹿らしくなってきた。

「まぁ 一度食っちまったんなら、山盛り食おうが同じだよね。
もう覚悟決めて食っちまおう!」

そう言って拓也は謎の刺身を摘むとバクバクと口へ運ぶ。

「そういや、変な食材といえばトド食った事あるか?」

話題を変えて兄が拓也に聞く。

「トド?観光地に売ってるトドカレーの缶とかそんなのなら少し」

「漁師の話によると、異世界だから冬の風物詩のトド撃ちが無くなるかと思ったら、海から別なもんが来るらしい。
んで、その別もんも同じように漁具を荒らすもんだから、それをトドと呼称して駆除しているそうだ。」

「・・・まさか、その謎の生物をトドと言って売ってるとか?」

拓也の言葉に兄はニンマリを笑って答える。

「正解!でも、役場に見つかったら怒られるかも知れないと言ってたから、食べたいなら早いとこ行ったほうがいいぞ。
俺も網走で、首長竜の串焼きを食べるなんて貴重な体験をできるとは思わなかったべや。」

答えを言い当てられた兄は笑って拓也の肩を叩く。

「この世界はそんなモンまでいるのか。
だけど、本当にそんな変なもん食べて大丈夫なの?病気になったらどうすんの?」

「まぁ 十分焼いて食えば大丈夫っしょ。不安なら征露丸飲めばいい。」

「そういうもんかね」

「そういうもんだ。
それより見ろよ。お前の所の猫娘がテーブルの上に載って踊ってるぞ。」

既に謎の魚を食べる箸を止め、やっぱり不安な拓也。
そんな彼に兄は宴会場の一角を指差した。
見れば石津製作所のかしまし娘の一人であるアコニーが、兄が連れてきた農家ロイド39型達の歌声をバックに踊っている。

「それにしても、歌うまいなぁ あのロボット集団」

アンドロイド達は、アカペラでケルト調の曲を絶妙なハーモニーで紡いでいた。

「そりゃ 音声系はボーカロイド系譜だもんよ。
彼女らに歌わせたら一級品だよ。まぁ 俺の調教の賜物でもあるんだが」

妙に自慢げに兄は言うが、拓也はクルクルと曲に合わせて見事なタップを踏む彼女らに魅入ってしまった。
流れるように舞い、コーラスに合わせて激しいタップを刻む。
時に激しく、時に官能的に、そんな彼女の踊りに、拓也は閉じるのを忘れて凝視してしまう。
だが、タップの度にギシギシと悲鳴を立てるテーブルの音で、無理やりに拓也の意識は引き戻されてしまった。

「アコニー踊るなら、テーブルの上じゃなく前の壇上で踊れ!」

拓也の叫びにアコニーも「はーい」と応えて踊りながら前に出てくる。

「しゃっちょー。飲んでます~?」

タップを踏みながら拓也の横を通るアコニーが、すれ違いざまに絡んでくる。

「エレナはどうした?絶対に何かやらかすと思ってお前らの監視役に付けたのに」

よほど飲んだのだろう、焦点の合わない目つきでアコニーが答える。

「奥さんなら~ あそこでカノエと飲み比べしてますよ。
あの二人は信じられません。正直、化物かなにかです~」

そう言って、テーブルの一角を指差して彼女は壇上に向かって去っていった。
その指先の方向には、見覚えのある栗色の髪と目立つ青色の頭の二人が居た。

「なんだ拓也? 嫁と飲まないのか?」

兄が夫婦で別々に飲んでいる拓也に質問する。

「エレナは監視役として向こうに入れた。
つーか、ロシアにいた頃、友達と二人で瓶ビール40本あけたとかいう猛者だよ?
最初から一緒に飲んだら死ぬし。程良い頃合いまで待つよ」

拓也の言葉通り、テーブル上には無数の空のショットグラスとウオッカ
まるで酒の神バッカスの化身というかのようなウワバミだった。
だが、その前に座るカノエも負けてはいない。
フフフ…と笑うと飲み干したショットグラスを音を立てて机に置く。
そんな常軌を逸した二人の周囲には、おそらく下心で飲み比べに参加したのであろう男共が何人も青い顔をして床に伏している。
もし最初から彼女らと一緒に飲んでいたら、拓也もあの中の一員となっていただろう。

「そういえば、3人娘が一人足りんな?」

拓也は周りを見渡すが、どこにも一人見つからない。

「おい、アコニー。
ヘルガはどこ行った?トイレか?」

微妙に女性への配慮に欠ける拓也の問いに、アコニーは踊りながら答える。

「え~? ヘルガなら副社長とどこかに行きましたよ?」

「サーシャと?」

拓也の脳裏に悪い予感がする。
前々からロリコンの気が有るサーシャは、ロリ体形のヘルガに好意を寄せていた。
それが二人でいずこかに消えた。
最早、介抱に見せかけた犯罪的お医者さんごっこしかイメージできない。

「いかん!ヘルガを助けねば!」

拓也は慌てて席から立ち上がったが、それと同時にロボット達の歌声が止まる。

「今度は何だ?」

急に音楽が止まった事で踊っていたアコニーも何が起きたのが分からないという感じだったが、その一瞬の混乱も、宴会場に置かれていたスピーカーから聞こえてくる声によって静まった。

『北の大地は 別れの地 故郷を離れ 何思う
北の大地は 女の心 酒と人肌 氷を溶かす
雪の大地に女が一人

ヘルガが歌います。

スターリングラード冬景色』

サーシャの口上と共に室内に入ってきた浴衣姿のヘルガが、イントロにのってマイクを持ちながら壇上へ、皆あっけにとられている。
当の歌っている本人は酒のせいもあるのか自分だけの世界へトリップしていた。

「サーシャに襲われたんじゃなかったのか…
そういや彼女、よく演歌が好みに合うって言ってたな」

着々とこちらの文化に染まっていく亜人達
演歌を歌うドワーフ娘を見ながら拓也は彼らの順応具合を知り
初日の出が見えるまで続く乱痴気騒ぎの中、彼女の歌声を皆で聞き入る事で、一時の休息を得るのだった。







年も明け、異世界での2026年は無事平穏に過ぎていこうとしていた。
統制経済の中、町では初売りのセールが始まり、比較的数に余裕のある規制のかかっていない商品をつめた福袋に、長蛇の列が出来ていたのも数日前の話だ。
そんな正月ムードも終わりに近づきつつある中、拓也、エドワルド、サーシャの三人は丘珠空港に降り立っていた。
北見―札幌間は特急で4時間半、車で行った場合は冬の石北峠を超える為に更に時間が掛かるが、最寄りの女満別空港と丘珠空港を結ぶ空路なら、45分と短時間で移動が可能だった。
短い空旅の後、駐機場で停止したプロペラ機から降り立った拓也は、エドワルドに話かける。

「いやー、やっぱ飛行機は早いわ。
これなら特急の倍の料金でも喜んで払うよ。北海道エアコミューター最高!」

笑顔で感想を述べる拓也にエドワルドも笑いながら言うが、その感動はあまり共有できていなかった。

「旅費は全部そちら持ちだから、俺は快適であれば何でもいいよ。」

「まぁ それについては会社も順調に動き始めてるし、旅費なんて経費で落とせばいいよ。
今、政府からきている注文を何事も無く収めた場合、利益も結構な金額になるから、チマチマと節税対策しないとね」

そういって笑顔でタラップを降りる二人だが、それに遅れて覚束無い足取りの人影が現れる。
青い顔のロシア人
タラップの手すりに縋りつくように、よろよろとサーシャが降りてくる。

「ちょ… 待って…」

彼を置いてズンズン進む二人にサーシャは擦れそうな声で助けを求める。
だが振り返った二人の返事は冷たかった。

「調子に乗って飲み過ぎるからだろ。たかが二日酔いでだらしない」

「ロシア人たるもの、少々の酒くらいでへばるな!」

全く同情する事のない二人にサーシャは涙目になる。
その様子に流石に哀れになったのか拓也はタラップまで戻っていった。

「仕方ないなぁ 肩貸すけど、元旦の朝みたいなことは本当にやめてね?」

やれやれと拓也はサーシャに肩を貸し、最悪だった元旦の朝を思い出した。
年越しの宴会の夜、適度に飲んで部屋に戻って寝た拓也は、翌朝、朝食を取るために起きてくると、その惨状に目を覆った。
宴会用の広間ではほぼ全員が酔いつぶれて寝ている。
所々で備品も壊れており、衣服が肌蹴たまま廊下で寝てる奴までいる。
拓也は、とりあえず廊下で寝てる奴をどうにかするため近寄るが思わず声を掛けるのを躊躇ってしまう。
なぜならば、廊下で寝ていたのは、昨晩は嫁のエレナと飲み比べをしていたカノエであった。
肌蹴た豊満な胸元から桜色の何かが自己主張しているが、このまま放置というのも不味い。
拓也は目の保養として十数秒の至福のひと時を堪能すると、一言「ご馳走様でした」と手を合わせて礼を言ってからカノエの肩をガクガクと揺らした。

「おい!こんな所で寝たら風邪ひくぞ!さっさと部屋に戻れ!」

ガクガクと起きるまで頭を揺らすと流石の彼女も目を覚ます。

「…あぁ? あ、社長… おはようございます…」

「一体何だ!このありまさは? エレナに皆の面倒を頼んだのに、奴はどこへ行った?それにサーシャは?エドワルドのおっさんは?」

「えー… エドワルドさんは途中でもう寝ると言って部屋に戻っていきました。
サーシャさんは知りません。そこらで潰れてませんか?
奥さんは… あれ? 昨晩は一緒にトイレに行こうとして席を立ったんですが、そこから先が思い出せません」

カノエは額に人差し指を当てて昨晩の事を思い出そうとするが、どうにも覚えていないようである。

「じゃぁ とりあえずトイレを探してみようか。一緒に来てくれ」

拓也はカノエの手を握って引っ張り起こすと、一緒にトイレへ向かう。
そして、二人でトイレへやってくると、案の定、女子トイレのエリアからイビキが聞こえた。

「…カノエ。連れてきてくれ」

「あ、はい」

流石に拓也が女子トイレに入るわけにはいかないのでカノエに頼む。
そのカノエも拓也に頼まれると女子トイレへスタコラと入っていった。

「…しっかし、サーシャはどこに行った?」

拓也は、カノエがエレナを連れて戻ってくるまで待つ間、ふと男子トイレを覗いてみる。
そして拓也は後悔した。
トイレの床のあちらこちらに積もる嘔吐物の山。
量的に恐らく一人二人ではない。恐らく、調子に乗って飲み過ぎた馬鹿共が所構わず粗相したのだろう。
現に馬鹿の一人であるサーシャがむせ返る吐瀉物の海の中で寝息を立てていた。
この事が原因で、後にホテルから石津製作所は出入り禁止を食らうのだが、そんな人生の汚点となる出来事を、拓也の肩を借りて歩くサーシャは思い出していた。

「大丈夫。もう、あんな事にはならないよ…」

息も切れ切れにサーシャは言うが、拓也は信用していない。

「じゃぁ 今の体たらくは何だよ?
あの日から毎晩正月気分で飲んでるけど、本当に大丈夫か?」

「あの晩が異常だっただけで、それ以降は吐いてない。大丈夫。大丈夫…」

「これからお前の親父さんに挨拶するんだから、ちゃんとしてくれよ?」

「あぁ…任せろ…」

そんな未だに顔の青いサーシャを連れ、拓也達は空港の外に出ると、ステパーシン内務相のいる連邦政府ビルへと向かうためタクシーに乗った。
途中、あまりに青い顔をしているので、何か飲み物をくれと言うサーシャにガラナドリンクを与えると目的地の到着する頃には、顔色は幾分かマシになっていた。

「これ良いな。うまいよ。何だこれ?帰りに箱で買っていこうぜ」

ペットボトルに残る赤茶色の液体を揺らしながらサーシャは言う。

「そうか、ガラナは北海道でポピュラーなドリンクだけど、飲めるのは今だけだぞ」

「何故?」

「原材料が南米産だから。もっと飲みたかったら、この世界で似た植物を探すしかないんじゃないか?」

「マジか…」

せっかく気に入った飲料を見つけた瞬間、もう生産は無いと言われた絶望感でサーシャの口元が情けなくへの字に曲がるが、サーシャは再度ガラナを口へ運ぶ。

「まぁ 無いなら探すまでだな。それにしても、この味… 癖になりそうだ」

サーシャはこの一件でガラナ飲料を非常に気に入り、「ガラナは命の水(アクアウイタエ)」とロシア人に宣伝しまくった。
その事が原因で後日発見されたガラナに似た植物の炭酸飲料は、この世界の代表的な飲料になるのだが、又それは別の話である。
そんなこんなで拓也達一行はステパーシン内務相の部屋にやってきていた。
ノックして扉を開くと、そこには机に座ったステパーシン内務相と、その横にはツィリコ大佐が立っていた。

「お、来たようだな」

ステパーシンは読んでいた書類から顔を上げると拓也達を見る。

「あけましておめでとうございます。ステパーシンさん。それと大佐も」

「おめでとう石津君。それと愚息の面倒を見てくれていつもありがとう」

拓也達は挨拶と握手の後に応接間へ案内され、お茶を持ってきた女性職員が退室するまで軽い世間話で間を潰すと、拓也は本題を語りだした。

「今回来たのは、新年のあいさつと一つお願いがあって来たのですが」

若干身を乗り出して説明を始めようとする拓也に、ステパーシンは全てを見越したように笑って答える。

「あぁ 言わなくても分かる。PMCの件だろう。
エドワルド君からの報告書に色々と書いてあったよ。
まぁ 設立から連邦の法制度の統一までは便宜を図ってやろう」

警護と監視という名目でエドワルドが来ている事から、此方の情報は筒抜けなのは当然だった。
拓也も好意的な回答が来ることを予想していたので、ステパーシンの話の途中から既に笑顔を隠していない。

「まぁ 国家に属さない部隊というのも色々と必要になってくるのだよ。
特に此方の人民は、国軍に対する姿勢が厳しい。
そんな中、国軍よりフットワークの軽い民間は使い勝手がいいわけだ。
とりあえず、この資料に目を通してくれ」

ステパーシンは持っていた電子ペーパーをバサッと拓也の前に置いた。
拓也も「なんですか?」と書類を拾い上げると、その最初のページには次のような文面が並んでいた。



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第25回 北海道連邦戦略会議資料

短期的対外戦略と国内開発について

1、礼文島戦後処理と和平交渉準備
  ・エルヴィス辺境伯領及びゴートルム王国との窓口構築
  ・大陸からの移民教化地域としての礼文島再開発

2、新世界の調査隊派遣準備と派遣地域選定
  ・北方大陸と亜人居住地域の探検と調査
  ・人種国家の文化、宗教面での学術的調査
  ・資源分布調査

3、他勢力との国交樹立の準備開始
  ・西方人種国家との交渉と国交樹立準備
  ・西方国家群と対立する東方諸国家、部族と国交樹立準備


4、魔法研究と技術的応用
  ・亜人の産業導入の研究
  ・礼文戦捕虜からの魔法技術導入

5、新世界の人体及び環境への影響
  ・ワクチン接種の副作用による魔法力の付与
  ・非ワクチン接種動物の肉体変化







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拓也は手に取った電子ペーパーをタッチし、気になるトピックの詳細を読んでいくが
内容が連邦政府の機密にかかわりそうな文面が載っており、それに驚いた。

「これは… いいんですか?自分に見せちゃって。
機密に類するものもあるのでは?」

拓也は見せられた文書に戸惑うが、ステパーシンは別にどうってことないといった感じで拓也に言う。

「まぁ 真に秘密となるような事は、この書類には載ってないよ。
それに、どれもこれも調査等が済み次第、公表される予定のものばかりだ。
そんな事より、2番目の項目を開いてみてくれ」

拓也はステパーシンに言われるままに該当する項目をタップする。
すると電子ペーパー上の画面が切り替わり、新たな文面が現れた。


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2、新世界の調査隊派遣準備と派遣地域選定

  2-1 北方大陸と亜人居住地域の探検と調査
     将来の労働力供給地及び市場として開発するための調査を行う。
     これには民間の学識経験者を混じえた調査隊を複数編成し、現地情報の収集に当たる。
     亜人居住地域については、統一国家は存在せず、集落・部族単位で自治をしている為
     長期に渡り各集落へ調査隊を派遣する


  2-2 人種国家の文化、宗教面での学術的調査
     捕虜の本国である西方諸国との交流を念頭にした文化的背景の調査を行う。
     国家間交渉を円滑に進める為、相手方の文化的バックボーンを体系的に研究する。
     現地宗教団体(イグニス教)との接触による相互理解促進


  2-3 資源分布調査
     戦略資源の確保を目指し、あらゆる資源情報を収集しその確保の準備行動を行う。
     本項目は2-1、2-2を目的に派遣された調査隊も、主任務に支障のない範囲で対応する。



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「資料のとおり、新世界調査のための調査隊が編成されるが、その範囲には他の主権国家の勢力下も含まれる
本来なら大々的な軍の護衛を付けたいのだが、侵略だのなんだのと五月蠅い団体がこちらに数多くあってね。
亜人の居住地域は主権国家が存在しないという事で問題は薄れるが、その他は色々と問題がある。
無論、水面下で調査活動も行うが、スペツナズやKGBの居ない連邦からは大規模な調査隊は抽出出来ないだろう。
そこで国家の軍事力ではないPMCの使い勝手の良さが必要となるわけだ。
亜人居住地は軍の護衛で大々的に、他国の調査は民間の護衛を付けた学者らが行う。
まぁ 対世論の建前でしかないんだが、それでも今は重要なことだよ」

ステパーシンは溜息を一つ吐いてソファーにどっしりと背を預ける。
恐らくは、北海道での政治を見ている内に、過剰なまでの平和主義を唱える団体の相手もさせられたのか色々とストレスを溜めているのだろう。
そんな疲れの色を見せるステパーシンに対して拓也は満面の笑みだった。

「海外調査の護衛ですか!
こちらも、そういった需要を見込んで事業を立ち上げたのですが丁度良かった。
自分も早く新世界に行ってみたくてウズウズしてたんですよ。
あぁ… でも、それはいつからですか?
現在は未だ訓練中で、更に追加で人材を補充しようと思っているので戦力化はまだ先ですよ?」

身を乗り出し、目を輝かせノリノリで喋る拓也。
特に自分が行ってみたいと言った辺りで目の輝きが違った。

「それについては、そう直ぐに派遣という事ではないから安心してくれ。
緊急性の高いエルヴィス辺境伯領との停戦交渉は既に準備が行われているが、その他については
これから準備を開始する所だ。
なんなら新兵訓練の施設などを貸し出すが、
ツィリコ大佐、問題ないかね?」

「別段問題はありません。」

ステパーシンの後ろに立つツィリコ大佐は特に笑顔を崩すことなく答える。

「だ、そうだ。
他に何か要るものはあるかい?」

拓也達にとって、ステパーシンの至れり尽くせりの援助の申し出は非常にありがたかった。
他に何か必要な物は無いか拓也が考えていると、横にいるエドワルドが話に加わった。

「大佐。こちらに転移した者の中でスペツナズの経験者を調べることは出来ませんか?
クリル在住の退役軍人の中に経験者がおれば特殊工作の指導に役立つのですが」

「ふむ、それについては調べてみる事にしよう。」

それからステパーシンとツィリコ大佐は、拓也らに他に要求は無いか聞いてくるが
拓也としても、今回は事業立ち上げの後ろ盾を貰いに来ただけだったので、そこまでは考えていなかった。

「そうですね・・・ とりあえず、必要なものは無いか帰ってから検討させていただいても良いですか?
口頭でチョロチョロとお願いするよりも、そちらの方が纏めやすいのですが」

「何、別に構わんさ。
それじゃ、次は此方から頼みが有るんだが、聞いてくれるかね?」

ステパーシンがもたれ掛っていたソファーから身を乗り出してくる。
どうやらこっちが彼らの本題のようだった。
拓也がもちろんですと答えると、待ってた様にステパーシンの横に立つツィリコ大佐が彼に代わって喋りだした。

「現在、クリルの部隊にて装備の更新が始まっているが、それに伴い大量の弾薬が余る事になる。
連邦の方には在庫は実弾射撃の訓練で全て使用すると言ってあるのだが、膨大な数の為に完全な管理は難しいな
間違って君たちが猟銃に改造している小銃の梱包箱に混ざってしまうかもしれない。
所で、話は変わるが君たちが改造する銃の弾について生産計画は十分かね?
銃規制については今後は緩和の方向に動くと予想されるが、消耗品の在庫は大事だよ」

非常に回りくどくツィリコ大佐は言っているが、要するにコレは弾薬の横流しの取引である事に拓也は気づいた。
実弾射撃で弾を撃ち尽くしたと中央に報告しつつ、一部をこちらに流し、拓也らが販売を始める猟銃の弾薬として使用させる気だろう。
そこで得た資金を何に使うかは知らないが、どうせ最初からこちらに拒否権は無いのだろうと拓也は予想した。

「そうですね。
生産計画については一度考えさせて頂きます。
ですが、ここまで助言していただいて業績が伸びた場合、どのように還元させて頂こうか考えてしまいますね」

資金の流れは重要である。
場合によっては綺麗に洗ってから渡さないといけない。
拓也はそんな心配をするが、答えは意外に身近にあった。

「いや、それには及ばないよ。
まぁ どうしてもというならば、ウチの愚息の給料を弾んでくれたまえ」
ステパーシンから急に話題に出されたサーシャは「え?俺?」といった顔をしているが、既に資金のやり取りは息子を通じて行う気なのだろう。
何も知らされていなかったサーシャは哀れとしか言えなかったが、拓也は今回の取引の大まかな流れは掴むことが出来た。
詳しい"助言"は後日、ツィリコ大佐からエドワルド経由で連絡が来るという事になったので、今回の会談はこれにて終わり、雑談を交えながら礼を言って席を立つ拓也にステパーシンは一言

「政治活動には金という名の実弾がいるんだよ」

と、去り際にステパーシンは拓也に言ったが、この言葉の意味を彼が実感するのはしばらく後になってからだった。




それから拓也達は、連邦ビルを離れ、北見へ戻るために丘珠空港のロビーで帰りの便を待っていた。
男三人で横並びに待合席に座り、端に座るエドワルドのおっさんは雑誌を顔の上に乗せてイビキを立てている。
残る二人も待っている間は特にすることが無いので、出発ロビーのテレビをぼけっと見ていると
唐突に真ん中に座る拓也に向かってサーシャが声を掛けた。

「それにしても、横流しに協力させられるとは思わなかったな」

「そう? 俺は、いつかはあると思ってたよ。
色々と便宜を図ってもらってるんだし、貰うばっかりでいられるわけがないってね」

サーシャの言葉に対して拓也はひょうひょうと答える。

「そうか、まぁ 多少の事はしょうがないのかな」

「それもそうさ、それに俺らは武器商人だよ。
清廉潔白なままで商売はできないさ」

拓也は自分を納得させるように言う。
これからは、自分たちの作った武器で多くの人命が失われるだろう。
とても、潔癖症な精神では死の商人はやっていけないのだ。

「それにここまで来た以上、従業員の生活も全部背負ってるんだ。
皆を食わすために頑張らないと。官民癒着上等だよ!
それにサーシャもヘルガ達を路頭に迷わすわけにはいかんだろ?
やるなら皆で栄華を極めよう」

ヘルガの名前が出た事で一方的な恋心を持つサーシャの顔も真面目になる。

「そうだな… 後悔やら何やらは警察に捕まってからで十分か!」

「いや、むしろ捕まえられないくらいにズブズブの関係を構築するのがいいかも!」

笑いながら二人は語るが、今回の札幌出張により、サーシャの心には大きな変化があらわれた。
今まではコネでの入社という事もあり、どこかのほほんとしていたサーシャであったが
将来を見据えた事で、仕事にも本腰を入れようと心に決めるのだった。





ゴートルム王国

首都 トレトゥム


北海道より遥か北西、エルヴィス辺境伯領を超え、更に北西へ進んだところにその都はあった。
蛇行する川沿いに囲まれるようゴートルムの首都として建設されてから、およそ二千年の長きにわたりゆっくりと発展してきたその都市は、古都特有の美しさがあった。
素焼き瓦の赤茶けた家々の屋根は町全体の色彩に統一感を持たせ、丘の上に立つ大きな聖堂は、独自の美意識によって作られた天を突く鋭い尖塔を市民に誇らしげに見せている。
そんなトレトゥムの中心に立つひときわ大きく、防御よりも威厳を重視したスタイルの宮殿を一人の男が歩いていた。
日の光がさす長い回廊の先、ひときわ大きな扉を目指して彼は歩を進める。
回廊の両脇に立つ衛兵たちの横を通り抜け、煌びやかな装飾を施した扉の前に彼が立つと、衛兵の大きな衛兵の声と共に軋む音を立てながら扉が開いた。

「アルド エルヴィス辺境泊様御入来!」

重く軋む扉の音が止み、完全に扉が開いたのを見計らってアルドは謁見の間へ入室する。
謁見の間の奥に鎮座する金銀玉をふんだんに使った玉座から、無礼に当たらないくらい離れた位置でアルドが跪くと、跪いた先から野太い声がかかる。

「辺境伯殿、面をあげよ」

アルドは声の主から許しを頂くと、その方向に向かって顔をあげる。
キッと見つめるアルドの視線の先、そこには赤髭を蓄え精力に満ち溢れた目をした男が玉座に座っていた。
彼こそゴートルム王国の諸侯を束ね、その頂点に立つレガルド6世であった。

「して、此度は何用だったか?」

王の問いにアルドはかしこみながら答える。

「は、此度は国王陛下に兵をお借りしたく参りました」

兵を借りる。
つまりは増援である。
辺境伯が亜人の居住地を平定したということは知っていたが、その際は大した損害を出したとは聞いていない。
その後、軍船を仕立てて何処かに出征したと聞いたが、王として許可したのは亜人居住地の平定だけであり
一体どこに向かい、誰に敗れたのか。
仮に王国内の他の諸国領に攻め込んだなら辺境伯家の取り潰しも有り得るのだが、諸侯からそのような連絡は無い。
王はその疑問をアルドにそのままぶつけた。

「事と次第によっては兵を貸すのも構わんが、それで一体どこを攻める?
亜人の地は平定したのであろう。一体、諸侯の中で一番勢いのある辺境伯でも敵わぬ相手とはどこぞ?」

アルドは"敵わぬ相手"というフレーズに、一瞬顔をしかめるが王の御前でもあり無理にでも平静を取り繕って説明する。

「此度、陛下のお力をお借りしたい相手は、我らが平定した亜人の地の南方に浮かぶ島にございます。
この島は、亜人の地を平定した際に突如として現れた島にございまして出現前に亡き父上が亜人を追って古代の神殿に立ち入った後、神殿の爆発と共に現れました。
恐らくは神殿の力によるものかとは思いますが、ここの島民が中々に脅威でございます。
島に逃れた亜人を追い、我らも軍船10隻を仕立てて攻めましたが、敵の船一隻を沈めるも、新たに表れた敵船にガレー船5隻を瞬く間に沈められ
敵地に上陸した弟の軍勢も今では消息がわかりません」

敗北の屈辱を思い出し、それを淡々と語る事でアルドの瞳に怒りの色が増していく。
だが、忌々しい記憶に歯を食いしばりながら話すアルドの言葉に、王は興味を持った。

「ほう、辺境伯家には大型のガレアスもあったと思うが、それもやられたのか?」

「…はい。敵の船は一隻でしたが、敵の武器の射程・威力共に我々を凌駕しております。
我々のバリスタの届かぬところから撃たれ、逃げ様にも速力で向こうが勝っていたため、悔しながら一方的に沈められました」

「たった一隻に一方的に負けたのか?」

辺境伯の軍船は王国内でも良い部類の船である。
それがたった一隻の船にやられたというのは流石に王も予想外だった。

「悔しながら… それに私が逃げ帰った後、敵地に上陸した弟が戻ってくる様子も連絡もありません。
恐らくは死んだか捕縛されたと思います。
このような屈辱、我が兄弟は耐えがたきものがありますが、先の戦いで手持ちの船は失ってしまったために雪辱を晴らす事が出来ませぬ。
そこで、陛下に兵をお借りし、徹底的に敵軍を叩いた後、かの地を征服してゴートルム王国の徳にて治める地にしたいと思います」

復讐。
つまるところ、これが彼の思考のすべてだった。
彼に敗北を味あわせた蛮族の地を徹底的に破壊しつくしてやりたい。
この欲求のためならば、征服後の土地は王家に丸々差し出してもいい。彼はそう思っていた。

「ふむ、確かに王家の軍船は総動員ならば100隻は用意できるが、敵の船の武装は我々より長射程で大威力なのだろう?
ましてや1隻で5隻のガレーやガレアスを葬った船が何隻いるかもこちらは掴んでいない。
現状、このまま侵攻したなら甚大な被害が出るのは火を見るよりも明らかだ。
ホイホイと軍は出してやれんな」

アルドの期待とは裏腹に、王から返ってきた答えはやわらかな拒否だった。
だが、アルドもそうなることは予想していたし、次に王へ頼む事柄も事前に予定した物だった。

「なれば、"神の箱船"のお力を貸して頂きたく思います」

アルドの言葉に王は目を見開いて驚いた。

「"神の箱舟"だと?
あれはならん!軽々しく使えるものではない!
それに、アレはキィーフ帝国の南進を抑える要、あれを動かすと国境の軍備に穴が出来てしまうぞ!」

レガルド王はまさかアルドが其処までの願いをしてくるとは思っていなかった。
兵を貸すと言っても最初は渋り、交易で莫大な富を得ている辺境伯領からの金と引き換えに軍船を都合しようと思っていたくらいだった。
それが"神の箱舟"を出せとの事である。
確かに長きにわたり、北の帝国の圧力を受け止め続けたアレならば、どのような戦も楽だろうが、神という名がつく通り神代に王家が神より賜ったという由緒正しいシロモノをつまらぬ紛争に使いたくは無い
だが、アルドもおとなしく引き下がることは無かった。

「無論、ただでとは申しません。
お力をお貸しいただく代わりに、フロー金貨20万枚を国庫にお納めします。
それと北方の警備については、我が陸上兵力はほぼ無傷で残っておりますので、半分の1万を国境警備へと回します。
それに彼の島の軍船は脅威です。
あれが相手では我が方の軍船をいくら集めても相手にはならないでしょう。
そんな奴らが我らが王国の目と鼻の先にいるのは危険ではありませぬか?
ここは一つ、早めに潰しておくのが得策かと思われます」

アルドは王に侵攻を進言するが、その代償は辺境領にとっても軽いものではなかった。
王国内で一番豊かな辺境領でも、フロー金貨20万枚というのは蓄えた財貨の1/4を占めるものだし、兵力の半分を国境へ抽出するのも簡単な事ではなかった。
しかし、彼の傷ついたプライドは、それらを天秤にかけた以上に重かった。

「ほぅ フロー金貨20万枚か…
まぁ それはそれとして、そこまでにそちはその蛮族が危険だと?」

まず金額を口にした王の反応に、レガルド王の心も動き始めているとアルドは感じた。
それもそのはず、王家は辺境伯領から毎年税として莫大な金を吸い上げており、日頃から良い収入源とみられている。
日ごろから吸い取られた富は王家の贅沢と首都の発展に使われ、王の放蕩振りは国内に知らぬものがいないほど有名な事実であった。
そんな王の態度に納得して、アルドは言葉を続ける。

「神の下僕以外に強大な力は要りません。
即刻、滅ぼすべきでしょう」

金で釣り、大義名分として神の名を出す。
アルドの言葉にレガルド王は目を瞑り、しばらく考えた後に括目してアルドに言う。

「よかろう。辺境伯の熱意には勝てんな。
神の力を見せつければ、蛮族も悔い改めるかもしれん。」

「陛下!それでは!」

その言葉にアルドの顔に笑みがこぼれる。
思わず感謝の言葉を言おうとするが、それを言う前に王が言葉を続けた。

「だが、しかし!
軍を発するにはもう少し金がいる。
フロー金貨30万枚だ。
なに、"神の箱舟"がある以上、我々の勝利は揺るがない。安心したまえ」

ニヤリと笑うレガルド王。
アルドは心の中で王に罵声を浴びせつつもそれに頷く。
足元を見られはしたが、これで神の箱舟を動員できる。

彼がそう思ったそんな時だった。

謁見の間の扉が開き、二人の前に一人の役人が割り込んでくる。

「陛下、報告します!
南方を航海していた王国の船が、未知の国の軍船に拿捕されたそうです。
その結果、王国宛の手紙を託されて解放されましたが、その手紙によると、ある国家が我々との交渉を希望している模様です。
手紙に書いてある内容によりますと、国名はホッカイドウ。
我が国から南東に現れた国とあります」

報告を聞き、レガルド王とアルドは目を合わせる。

「蛮族が向こうから来たようだな」

王は口元に笑みを浮かべたままアルドに話かける。

「では、どうします?」

「我々の方針は決まっている。
交渉で従属させることが出来れば最良だが、出来なければ予定通りに事を進める。
唯一つハッキリしているのは、彼らに最終的な運命の選択権は無いという事だ」

勝利を確信する二人の笑い声はいつまでも謁見の間に響く、奢りと狂気の混じったその声は、宮殿と王国の空に消えていく。
そして彼らの選択は、後に世界情勢を激変させる最初の切っ掛けとなるのだった。




北海道連邦政府ビル

会議室


ゴートルム王国との交渉を行うため、付近を航行していた王国籍の船を拿捕する数日前。
政府ビルの一室で定例の会議が行われていた。
出席者は高木大統領をはじめとする政府閣僚と有識者の面々。
会議の内容は、現在の懸案とその処置、及び新たに発生した問題や変化の報告が主であった。

「…と以上が、現在の道内の産業再建進捗度と戦略資源の備蓄状況です。」

一人の職員がプロジェクターから映し出されるグラフと表を前に、北海道経済の状況を説明する。
転移後にガクンと落ちた道内生産は徐々に持ち直し、ようやっと上昇局面に入っていた。
文明崩壊の瀬戸際な状況は今でも続いているが、明るい兆しが見え始めていることに会議に出席している一同はホッとする。

「このように、電子部品を初めとする産業クラスターは、
転移前に移送した生産設備と科学技術復興機構が道外企業から接収した技術及び権利の喪失した海外企業の特許により稼働を始めましたが、問題は資源です。
道内の地下資源についてですが、転移の影響によるものか一定深度以下の地層が採掘前の状況に戻りました。」

「? 地層が戻ったというのは?」

地下資源が元に戻るという不可解な職員の説明に高木が首をひねって質問する。

「えぇと、何と言いますか。言葉通りの意味です。
一定深度以下の鉱道が消え、元の手つかずの地層に戻っています。
これにより、温泉の一部でパイプの消失により温水の供給の停止などが起こりましたが、依然として使用可能な温泉や南千島の油井が稼働していることから、入れ替わった深さにはムラがあるようです。
矢追博士の話によると、転移時に何らかのイレギュラーな事態があったのではと予想されていました。
消失した坑道付近の地層のズレはほぼ無く、我々が採掘する以前の状態に戻っていることから、我々がいた北海道とは異なる北海道の地層が、地底に眠っていると思われます。
異なる時空間の2つの北海道が転移したことに何か意味があるのかは不明ですが、ともあれ枯渇したと思われた鉱脈が復活し、労働力としてドワーフを導入したことにより、手始めとして石炭の採掘が始まっております。
今後は大規模に労働者を導入し、道内に存在する金・銀・銅・亜鉛・水銀などの各種鉱山の操業を目指したいと思います。」

職員の話す矢追博士の仮説に、その場の空気はざわめいた。
この大地の下に、我々の住んでいた北海道とは別の大地が横たわっている。
只でさえ異世界に転移したという状況を納得するのに苦労したというのに、足元には別の北海道が有るという仮説は全員の頭を再度混乱させるのには十分だった。
その為、説明を続けたい職員も全員の関心がそちらに向いてしまったために口が止まる。
そんなざわめきの中、皆のざわめきを切り裂くように高木が言う。

「そうですか、やはり鉱山施設の整備と労働力の確保は急務ですね。」

高木が確認するように職員の話を聞いて頷く、その姿を見て先ほどまでざわついていた室内は静けさを取り戻し、職員は更に説明を付け加えた。

「はい。それと、鉄等の戦略資源は道内の鉱山では必要量は確保しきれません。
道外に鉱山を建設するか、鉄鉱石の輸入が必要不可欠となります。
古くから鉄は国家なりといいますが、やはり、これ抜きでは産業文明の維持は不可能だと思います。」

現在、道内では統制経済を行っているが、それでも100%道外の顧客を狙ったサービス業や一部製造業など廃業や業界の再編が行われていた。
その為、配給という形で生活は保障されているが、失業者は確実に増加した。
これらの失業者の大半は、新たに事業展開した製造業各社に吸収されているが、鉱業に関しては殆ど労働力が集まっていなかった。

「ふむ、ではそろそろ本格的対外接触計画の始動を始めなければなりませんね。
労働力として亜人種の移民を受け入れるにしろ、資源の輸入にしろ、先の紛争の交渉にしろ、外界との接触が必要ですが、その準備はどうなっていますでしょうか」

高木の質問に鈴谷外務大臣が手を上げて立ち上がる。

「その件に関しては、既に準備は進んでおります。
特に先の紛争に関しては礼文島の一部村落が完全に焼失し、被災世帯200世帯及び4か所の漁港が焼き討ちに遭った結果、被害総額が40億円に上りました。
捕虜の処遇や賠償金の請求も含めて交渉を行いたいと思います。
その窓口についてですが、現在捕虜として尋問を行っているクラウス・エルヴィス氏から情報を収集しております。
氏によれば、兄であるエルヴィス辺境伯の座乗船が沈没し、生死が不明であるならば、ゴートルム王家を相手に交渉を持った方が今後の為になると話ています。
今回の紛争は一部地方の独断専行だったとの事ですが、今後国交を樹立するならばその中央と交渉を持つのは当然ですな。
そして、氏の話によればゴートルム王家は辺境伯家とは比較にならない軍事力を持っているとの事です。
氏は、王家とだけは絶対に争ってはならないと言っておりましたが、その根拠をご説明します。
まずは、此方の写真をご覧ください。」

鈴谷の合図により会議室のプロジェクターに一枚の写真が現れる。
そこに写っていたのは、遠距離の高高度から撮影した地表の様子。
しかし、そこには違和感があった。
中央部に城塞のようなものが写っているが、その真下に巨大な円を描くような影が出来ている。
その大きさは直径が300mはあるだろうか、巨大な空飛ぶ要塞である。

「これは?」

あまりに非現実的な写真に、高木も一体ココに写っているのが何なのか判らないでいた。

「我々には未だ長距離を飛行できる偵察機が無いため、国際線のB787旅客機の窓から遠距離で撮影した写真なので
不鮮明かと思いますが、中央部に浮遊している物体こそクラウス氏の言うゴートルム王家の軍事力。
"神の箱舟 オドアケル"です。」

「神の… 箱舟?」

鈴谷の説明する写真の空飛ぶ城塞の写真を見て一同が言葉を失う中、高木が鈴谷に質問する。

「氏の言うには、神々が居た時代に王家が神から授かったと言っておりましたが、由来はともあれ
空飛ぶ城塞などという我々の理解を超える存在は脅威です。」

鈴谷の問題提起に、ずっと黙って聞いていたステパーシンも静かに手を上げて質問する。

「このラピュタに、我々の火力は通用するのですか?」

「クラウス氏曰く、このオドアケルには強固な魔法障壁があるそうです。
古代には物量攻撃に突破された前例が有る為、万能では無いようです。
ですが、やはりその防御は未知数ですな」

その説明を聞いてステパーシンは「ふむ…」と考え込む。
バリアか何か知らないが、敵には強力な防御がある。
場合によっては、それを破るのにはそれなりの物量がいる可能性もある。
状況によっては、かつて強力な防空網に守られた米空母に対し、ミサイルの飽和攻撃で対抗しようとしたソビエトの戦術が、この異世界でも必要になるかもしれない。
ステパーシンは、世界が変われどもやることは変わらないなと一人静かに失笑する。

「それにしても、彼はよくそこまで教えてくれたな。
こんな防衛機密の塊のようなことを平然と話すなんて信じられん」

ステパーシンのいう事はもっともであった。
彼の周りの幾人かも、そうだそうだと同調している。

「それについてですが、彼は我々の文明を吸収する為に進んで情報の交換を希望しているのと、神の箱舟の話については、現地宗教の聖典に載っており子供でも知っている話だと語っておりました。
確認の為、他の捕虜にも質問しましたが、皆、箱舟の話は知っている様子でした。
と、以上の事から、紛争解決について交渉の準備を行うとともに、この浮遊要塞に対して事を交える事になった場合の対策も進めていくべきかと思います。
他の亜人種移民の募集や資源獲得については、調査隊の準備を軍と有識者の協力で進めておりますが、これの詳細については、
現在同時進行で検討している北海道南方及び東方の大陸との接触案と共に次回の定例会議にて報告させていただきます」

「…そうですか。ご報告ありがとうございます」

鈴谷が話終ると高木がゆっくりとした口調で口を開く。
それは、今後起きる事への覚悟と全ての責任を負う事への改めての決意表明であった。

「恐らく、このゴートルムとの交渉が北海道連邦初の対外交渉となるようです。
万事抜かりなく、そして一分の隙も見せぬように準備を進めてください。
ですが、我々の第一主義は平和ではなく生存です。
これが脅かされる時には、あらゆる手段を大統領として肯定します。
各員の努力に我々の未来がかかっている事を認識し、職務を遂行してください」


この会議の後、北海道沖を航行していた一隻の王国船籍の船が拿捕され、その船長へゴートルム王宛の手紙が託された。
北海道とこの世界の本格的な国家間接触が今始まるのだった。


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