札幌
北海道連邦政府ビル
夕方、定時の退社時間を過ぎたビル内に、慌ただしく職員や報道関係者が走り回る。
その2階、記者会見室と看板がつけられた室内は異様な熱気に包まれていた。
ざわつく室内は、新政府発足時の会見にも勝るとも劣らない混雑ぶりである。
そんな雑音で溢れる会見場も、職員のこれから会見を始めるというアナウンスにより空気は一変した。
壇上に向かい歩いてくる高木に、報道陣のフラッシュの嵐が襲い掛かかる。
高木は、暴力的な光の氾濫に臆することなく、咳払いを一つした後に会見を始めた。
「えー 皆さんの中には断片的な情報をお持ちの方もおられると思いますが、国民の皆様に重要なお知らせがあります。
本日 午前11時頃、北方の大陸から出発したとみられる船団が、海保の巡視船と接触、領海外への退去を通告するも、巡視船へ向け武力行使が行われるという事態が発生しました。」
室内がどよめく、転移早々に"武力行使"を受けるという衝撃の政府発表に、報道陣の目の色は大きく変わる。
高木は彼らのどよめきを余所に発表を続ける。
「巡視船攻撃後の武装集団は船団の一部を礼文島に上陸させ、残る船団は礼文島東方沖で稚内より駆けつけた巡視船と戦闘に入りました。
結果、船団は無力化出来ましたが、礼文島に上陸した武装集団により民間人に多大な被害を出しながら南下を試みたものの、空軍と陸軍部隊の奮闘により、現在は完全に上陸した武装勢力を制圧・拘束いたしました。
本件について、多大な被害を受けた礼文島 船泊地区の被災住民の方々に対する支援は国が約束いたしますが、詳細は別途ご報告させていただきます」
高木が言葉を区切ると、会場内のざわめきは更に大きくなる。
転移後いきなりの武力侵攻。
とんでもないニュースである。
記者たちの興奮は天井知らずに大きくなり、司会の職員が「これより質疑応答に入ります。」と言ったとたん、襲い掛からんばかりに挙手をする記者たちの姿が関心の高さを物語っている。
「北見日日新聞です。武装集団からの攻撃とありましたが、軍隊等の侵略と思ってよいのでしょうか?それとも海賊等のならず者なのでしょうか?」
「それに関してですが、現在、拘束した構成員の取り調べを行っていますが、彼らはゴートルム王国エルヴィス辺境伯の兵士を名乗っており
海賊などではありません。詳しくは取り調べが進み次第、発表の場を設けさせていただきます。」
「そのエルヴィス辺境伯?とやらの軍隊との衝突は、戦争を意味するのでしょうか?」
「現在、この世界のどの国とも国交を樹立していない為、宣戦布告の通告も受けていません。
まぁ これについては此方の世界に宣戦布告の概念や慣例があるのかは分かりませんが…
再度の侵攻が有るか否かは現在調査中ですが、全軍の警戒レベルを引き上げましたので、今後の着上陸侵攻は一切許しません」
「それは先制攻撃を認めるという事ですか?」
「着上陸の可能性がある場合、先制攻撃も辞しません。国民の生命・財産を守ることが国家の使命です」
先制攻撃の解禁。これは既に北海道がロシアと混ざりあい、東シナ紛争でも守り抜いた古き日本の国是との決別を意味していた。
時代の変化を記者たちは肌で感じる。
こんな言葉、転移前なら即座に左派やマスコミに叩かれた。
それが今は国のトップが公然と宣言している。
「では次の方」と司会が次の質問を促すと、記者たちの興奮は留まるところを知らなかった。
「しんぶん赤星です。民間人に被害が出ているという事ですが、どのくらいの被害が出ているのでしょうか。
これについて、軍の対応に問題は無かったのですか?」
「現段階までに寄せられた情報によりますと、十名弱の負傷者が出ていますが、幸いなことに死者はありません。
ですが、物的な損失はかなりのものになるでしょう。現在も消化活動が続いていますが、船泊地区で大規模な火災が発生した模様です。
それと、軍の対応ですが、礼文分屯地の部隊及び現地警察の協力により、損害を受けつつも武装集団の南下を食い止めた事で、民間人全員の退避が完了しました。
よって、適切な対応が取れたものと思います。」
「そもそも、着上陸侵攻を許した時点で不手際では?」
「対応に当たった部隊の行動は適切な物であったと考えますが、何処が悪かったかを探るとなると
着上陸侵攻を許した原因は、大まかに言えば2点。
一つは、接触した巡視船が撃沈されたポイントが本土に近すぎた事が原因となります。
現在、本土に接近する全ての船に音声による警告を行っていますが、明確な侵略の意思がある場合、第一撃は甘受せねばなりません。
事前に侵略部隊の出港情報を掴めればその限りではありませんが、国外の情報が極度に不足している現状では難しいでしょう。
二つ目は、防衛戦力の絶対的な不足。
最初の巡視船が撃沈された時、現場付近に対処可能な船は無く、一番近い船で稚内に停泊していた巡視船一隻のみという有様です。
現有の海上兵力は、巡視船を除くとミサイル艇2隻及びコルベット1隻のみ。これでは対応能力に限界があります。
これらの事から我々の取るべき方針は、周辺地域に調査部隊を派遣し情報を収集する事と、対処可能な戦力の拡充。
せめて沿岸海軍と呼べる程度の戦力を保持することです。」
それを聞いた記者は、椅子から立ち上がり、興奮した声で質問する。
「それは軍拡という事ですか?
対処できないから軍を拡大するのでは、将来的に軍事国家への道を歩む危険性があるのでは!?
それに武力に頼らなくても周辺国との話合いを密にすることで防げるのではないのですか?」
その質問に高木はこめかみを押えながら答える。
「必要な防衛力の整備は必須です。
これを怠るのは、国民の安全を守るのを怠るのと同義であり、主権国家にとって許される事ではありません。
それと話合いと仰られましたが、国交の樹立はおろか情勢すら不明な状況下では現実的ではありません。」
「ですが、軍拡は、軍事的緊張を増せど平和には繋がらないのではないのですか!?
そもそも、未だ民主的な選挙が行われてない新政府の行動は、独裁国家への序曲だという市民の声もありますが
そんな中で軍拡を推し進めることを如何お考えでしょうか!?」
ヒステリックなに叫ぶ記者を見て、自称リベラルを謳うメディア達から同調するヤジが飛ぶ。
反論を封じるかのようなヤジの中、高木はメディアの圧力に若干押されつつも、答弁を返した。
「軍拡と仰られましたが、不足するものを必要数確保するだけであり、生存圏を確保する以上の戦力は保持いたしません。
それに選挙は混乱が収まり、国家の基礎が出来次第実施すると以前より広報から告知していますが、その方針に変わりはありません。
恐らくあなた方は、我々が軍拡の末に侵略戦争を起こすと想像しているのかと思われますが、現在の北海道と南千島にはそのような余力はありません。」
おわかりになられましたか?と高木は言葉を区切ったが、記者の興奮は収まらなかった。
「現在と仰られましたが、未来の戦争の可能性は否定しないわけですね!?
その生存圏の確保とやらが、かつての大戦のように侵略を肯定する方便にならない保証はあるのですか?」
鬼の首取ったと言わんばかりに記者は高木に質問をぶつける。
だが、それに対して高木の対応は素っ気ないものだった。
「…まぁ 民主的な選挙の結果誕生する未来の政権が侵略戦争を行う可能性は否定しません。
ですが、我々の政権では侵略戦争を行う意思も余力も無いことは記憶に置いてもらえればと思います。
それと生存圏の確保については、全て戦争でもぎ取るかのような誤解をなさっておられるようですが、戦争は外交上の一形態に過ぎません。
他勢力と生存圏の競合がある場合、協議や取引等あらゆる手を尽くす所存です」
このような記者たちとの遣り取りの結果、記者会見は罵声や質問を求める記者達の攻勢により、傍から見たら暴動かと思えるような格好にまでヒートアップしたが、
高木の次のスケジュールを優先するという事で、終了予定時刻を大幅に超えて幕を下ろした。
高木は足早に記者会見室を去ると、次なる目的地である大統領室に隣接した会議室へ向かった。
バタンとSPを引き連れて室内に入ると高木は大きく息を吐く。
「ふぅ~ 取り殺されるかと思ったわ。」
耳を澄ませば、階下の記者会見室の喧騒がかすかに聞こえる。
そんなどっと疲れた高木を見て、室内から声を掛けられる。
「まぁ いつの世もメディアはそんなもんだよ。
時代が変わるような大ニュースは奴らの飯のタネの中でも特上の御馳走だからな。
これからは、これまで以上にメディアに叩かれることも覚悟せにゃならん」
ははっと壮年の男達が笑う。
武田勤、鈴谷宗明、いずれもメディアに痛い目に遭わされた事のある人物だった。
声を掛けた鈴谷が笑いながら言葉を続ける。
「だが、スキャンダル等には特に注意してくださいよ、大統領閣下。
大統領制を敷いたことで任期の間は世論に振り回されなくて済むが、あまりに支持率が下がりすぎると次の選挙で勝てなくなる。
特に大統領は色気が溢れてますからな」
鈴谷はそう言って、高木のタイトスカートからツンと突き出した形のいいヒップに笑いながら目を向ける。
それを横で聞いてたステパーシンも笑いながら口を開いた。
「まぁ 私生活をスッパ抜かれた時は、下手に弁明するよりは開き直られた方が宜しいかと
日本人はスキャンダルに対して異常に過敏ですが、私が"英雄色を好む"とコメントして擁護しますよ。
不倫程度で大臣が変わる日本の伝統は、ここでも引き摺って欲しくは無いですからね。」
そこかしこから笑いが噴き出す、高木は眉をひそめながら席に着いた。
「これ以上のセクハラ発言を続ける方は更迭しますよ?
馬鹿な事はこの位にして、会議の方を始めましょう。
皆様、お手元の資料をご覧ください。」
高木は強引に話を打ち切って会議を始める。
先ほどまで笑っていた者達も顔つきが真剣に変わった。
「まずは今回の紛争についての戦闘経過とその結果についてのおさらいです。
経過の詳細は資料にありますので割愛しますが、問題はその結果です。」
高木がそう言うと会議室のスクリーンに数字が表れる。
(民間)
被災世帯:220世帯
負傷者:8名
死者・行方不明者:0名
(軍・警察)
礼文分屯地:半壊
負傷者:16名(警察1名)
戦死:21名
(敵武装集団)
捕虜:23名
死者:500名以上
「まず、我が方の損害ですが、先ほどの発表でも言いました通り、礼文島北部は完全に焼けました。
一から町を作り直すレベルの復旧計画が必要です。
そして軍・警察の被害ですが、彼らは技官等も含めて40名弱しか配置されていなかったのにもかかわらず
寡兵でよく持久してくれました。
報告によれば、防御戦闘に打って出た部隊では無傷の者はいないとか…
それに現地の警察は、敵が迫る中で住民の避難を支援し、その後も軍と共に脱出の協力を行ったと聞いております。
後日、彼らを英雄として表彰を行いたいと思います。」
高木の言葉に全員が頷く。
少なく見積もっても10倍以上の敵と戦い、民間人の避難に貢献したことは賞賛されてしかるべきだ
そんな全員が同意する中、ステパーシンが一つの提案をする。
「これについては、例えばソ連邦英雄やロシア連邦英雄等の称号を参考に、称号制度を創設するのはどうだろうか?
おそらくこちらのメディアは死者数の事で捲し立てるだろうが、大々的に彼らに英雄称号の授与を宣伝することで国民の意識はそちらに流れる。
それに称号の特典により、彼らと遺族も手厚い支援を受けられると知れば、国民に新国家への愛国心を根付かせるきっかけになると、私は考えるよ。
まぁ これは転移前の東側での制度だが、もう今となっては西も東もあるまい?」
それを聞いた全員が頷きかけるが、そのなかの一人、熊のような顔つきの武田がある懸念を口にする。
「制度としては申し分無い。しかし、感情的な問題となると右の連中がいささか五月蠅いぞ?
先日もロシア側と率先して協力しようという私の下に、斬奸状なんて時代錯誤のモノが届いたよ。」
今の新政府は、ロシアと協力して(相応のポストも用意して)連邦軍を創設した結果、新政府の主要人物は自称平和団体の極左を始め、日本人中心の国作りを目指す極右から狙われ始めていた。
曰く、「新政府は軍国主義者のファッショ」、「新政府はロシアの手先である売国奴」等様々である。
それだけではない、未だ国の形態がハッキリと固まっていない時期という事もあり、国内の様々な団体の活動が活性化していた。
良い制度は何でも取り入れていきたい。
だが、蓄積する不満によって貴重な人材が失われるような事態は何としても避けたかった。
そんな思いを感じてか、ステパーシンは不安を払しょくするよう穏やかに言った。
「国内の不穏分子の扱いは、我が内務省警察の役割だよ。
既に南クリル内にいた国民ボルシェビキ党をはじめとする過激派の中でも、特に危険だと思われる人物は新政府発足の発表前に処理済みだ。
何、グロズヌイから来る連中に比べれば実に易しい相手だ。
大統領の命さえあれば、ホッカイドウ内の不穏分子も一掃して御覧に入れますよ?」
ステパーシンはニッコリ笑って答えるが、高木を初めとした周りは若干引いていた。
これからやってのけると言うのではなく既に一部は実行済みと言うあたりが、言葉では生存のためには何でもやると決めたものの、未だに日本人としての感性を引き摺っていた者達には些か刺激が強かった。
「と、とりあえず、その件に関してはまた別途協議しましょう。
ですが、今回の功労者に対して称号を授与するのは中々いいと思います。
これに関しては前向きに検討するとしましょう。
彼らを英雄として前面に押し出すことは統治上も好ましいでしょうし」
高木がそこまで言ったところで、今度は別サイドから手が上がる。
その手の主は道警のトップ、安浦吉之介。
「英雄称号については良いですが、唯一の警察の人間が重体だという報告があります。
医師の話では、内臓をやられていていつ死んでもおかしくないとか…
損傷した臓器を移植で取り替えようにも、損傷個所が多くそれだけの臓器が集まるかは未知数。
全身義体化という手段も転移前には有り得たが、道内にはいまだ設備が無い。
だが、このまま彼を亡くすのは惜しい。
何か手は無いものですかな? 矢追博士、なんとかなりませんか?」
天才に聞けば何とかなるのではないか、そう淡い期待を抱いて安浦は聞く。
対して矢追は、政治的な話が続いていたので自分の出番は無いと半ば船を漕ぎ始めていたのだが
急に振られた話に"う~む…"と少々考えるふりをしつつ、頭の中を整理して口を開いた。
「まぁ なくは無いですな。
様は本人に適合する臓器を培養すればよい。その程度であれば実用化された再生医療の範囲内だ。
普通に考えれば、培養だけで数か月は必要とされるが、それは細胞を普通に培養した場合の事。
遺伝子操作した細胞による促成培養なら短期間で技術的には可能だが、一つハードルがある。」
天才の口から希望の言葉が出る。
それを聞いて安浦の顔に笑みが浮かぶ。
ハードルがあるとか言っているがそんな事は安浦には些細なことだ。
生きている英雄と死んだ英雄では影響力がまるで違う。
このままでは軍に生きた英雄を独占されると危惧していた彼にとって、矢追の言葉はまさに希望の光だった。
「それは何ですか博士!技術的な問題ですか?」
詰め寄る安浦に矢追は気圧されつつも説明した。
「技術的な問題は低いよ。
iPS細胞技術や遺伝子操作の効果的な手法は2010年代の後半には確立されている。
人一人分の培養ならば、既存の研究設備で事足りる。
問題は、それを実行するという事だ。
遺伝子操作の細胞培養は、新たな種の創造に繋がる技術だ。
生命は神によって作られたという欧米の倫理観に沿えば認められるものではない。
まぁ 他人の価値観を押し付けられて、それを律儀に守るなんて本当に馬鹿らしいと私は思うがね。
それでも転移前は、その倫理に従わなければ国から予算がもらえなかったので大ぴらには研究しなかったが、今となっては、そんな配慮をする必要はない。
いい機会だから、言わせてもらうよ。
これからは、欧米の倫理観によって抑制された技術開発を認めるべきだ。
デザイナーズベイビーしかり、クローンしかり、というか認可を要求する。」
矢追はドンと机を叩いて高木を睨む。
"NO MORE 規制"と矢追は要求するが、高木には一つ気がかりがあった。
現在、国家の主要人物は日本的な価値観を持つ人物だけではない。
その思想信条的な違いも考え、高木は確認を取ることにした。
「ですが、キリスト教的な価値観といえばロシアは正教会でしたよね?
ステパーシンさん、そちら側は本件に対してどう思いますか?」
そんな高木にステパーシンは要らぬ気遣いだと言わんばかりに答えた。
「我々の主要な宗教はロシア正教ですが、毎週ミサに行くような敬虔な教徒は全人口の5%程度ですよ。
それに政教分離を謳っているなら、宗教界からの口出しを気にする必要はないでしょう。
それに彼らも分かっている。
宗教は国家の支援が無ければ、非常に辛い運命が待っているとソ連時代に身に染みたはずだ。
少々の反感はあれど大々的に反対を口にすることは無いでしょう。
なにせ、ハリストスへの祈りはレーニンを止める事は出来なかったのだから」
ステパーシンは言う。
そんな些細なことを気にする必要はないと。
「そうですか。
では、倫理問題から来る規制解除については、作業チームを作るとしましょう。」
「素晴らしい!」
高木の言葉に矢追は歓喜する。
「では、取りまとめを決めるとしましょうか。それでは…」
作業チームの取りまとめの部署を決めるべく、高木は室内を見渡す。
転移前では諦めてかけた倫理規定の再検討。
矢追はそれを待ってたかのように満面の笑みで挙手をした。
「まかせ「武田さんでお願いします」てくれ!!」
「!!?」
矢追は驚愕する。
てっきり自分が倫理規定改定の首班になると思っていたからだ。
だが、驚いているのは彼一人である。
片やマッドサイエンティスト、片や新設された科学技術復興機構の理事長。
どちらに倫理規定の検討チームを任せるかは明白だった。
その任を命じられた武田は「あぁ 任せておけ」と一言言うと、こちらを凝視してくる矢追から目を逸らした。
「では、話が逸れましたが本筋に戻しましょう。
彼らの英雄称号の授与は、もう決定でよろしいですね。
あぁ それとステパーシンさん。
こういう事については、映画にあるように逸話をかなり脚色して広報すべきなんですよね?」
「英雄はそれに相応しい逸話が必要になる。失敗は改変し、成功は10割増しで発表するのがキモだよ」
新しい土地でも自分たちの古き制度が利用されると決まり、ステパーシンは満足げにプロパガンダのコツを語る。
「なかなか参考になりました。ありがとうございます。
では次の議題としましては、政府発表を行った防衛力の整備と情報収集についてですが
どちらも人員の問題がネックですね。
大規模な殖産興業を推進しているため労働人口すら不足気味の現状で、これを打開する方案が鈴谷外務大臣より提出されています。
では、鈴谷さん。ご説明お願いします」
先の戦後処理と北海道の今後を考える会議の席で、鈴谷は高木に北海道の将来像の試案をプレゼンするためにガタリと席を立つ。
「それでは、現在の問題点とその解決案について、ご説明させていただきます。
皆さんもご存じのとおり、大規模な殖産興業を推し進めている現状で、最大の問題点は人材の確保であります。
現在は、需要の無くなった業種からの転換を進めていますが、それも一朝一夕にできる事ではありません。
そんな中、防衛力の整備で若い人材が大量に必要になるという場合、取るべき手段は限られてきます。
一つは、かつてイランイラク戦争時にイランがやった様な国家圧力による出生率の増加。
…これは論外、まず不可能ですな。
仮に実施したとしても、時間が掛かりすぎる上に若年層の急激な増加は社会の不安定材料になる。
2000年代から2010年代にかけて、イランが強行な態度を取り続けたのもこの為です。
血気盛んな若者が、自らの主張を押し通そうと暴動を起こすんですな。
まぁ これは、規模さえ違えど我が国の団塊の世代に対しても同じことが言えたでしょう。
そして二つ目、徴兵制の実施。
これは経済問題として難しいです。
今は国のゴリ押しで産業の整備を進めている時期、早期の熟練労働者育成を行っている中で、若者を軍に拘束するのは経済的に好ましくありません。
それに徴兵を実施する場合、「軍靴の音が聞こえる」とマスコミ全体が反対に回る事が予想されます。
そして三つ目、これが本命です。
移民の導入とグリーンカード兵士の育成。
現在、難民の産業界への導入が試験的に行われていますが、彼らの特徴は中々に興味深いものが有ります。
例えば、ドワーフ族を例を挙げると、魔法による身体強化をした彼らの鉱業への適応性は素晴らしい。
高温多湿の坑道を物ともせずに作業し、多少の低酸素状態にも耐えると太平洋コールマインより報告もあります。
他の亜人達の魔法についても、科学技術復興機構の方で産業への導入を検討されているのは皆様もご存知かと思います。
そんな亜人達を、移民として大々的に受け入れます。」
移民の導入。
転移前の世界で何度か議論され全て立ち消えになった言葉に、議場の全員が顔をしかめる。
「一ついいかしら?
移民の導入は社会の不安定化と失業率の上昇に直結するとして、前の世界では立ち消えになったと思いますが
そんなにホイホイと導入して大丈夫なのですか?」
高木の質問に全員が頷く。
「もっともな質問ですね。
では、まずそれからご説明しましょう。
先ほど大統領閣下が仰られた懸念は、ヨーロッパが移民を導入し、後に「間違いだった」と語ったものと同一のモノだと思いますが
今回の移民は、まずコンセプトが違います。
かの移民政策は、移民の大半が低賃金労働者として労働力を提供していますが、我々が募集する移民は昔のアメリカ型と言いましょうか、夢と希望を抱いた移民を兵役の義務の後、一般の国民と同様の将来の内需として期待できる労働力に育て上げます。
この新世界では、中国のような価格競争の相手もおらず、適正価格で商売が出来る上、有事という事で部分的統制経済を実施していることがコレを可能にします。
軍での基礎教育の後、光る人材は民間へ。希望者はそのまま軍に。
あぶれた人材については国営農場や工場を新設し雇用して失業者によるスラムの形成を阻止します。」
鈴谷は熱く語るが、高木らは未だにこの案を信じられなかった。
なので、高木は少々のトゲのある言い方で鈴谷に質問をぶつける。
「とても良い事を仰られているとは思うんですが、少し理想的すぎませんか?
未だこちらの事を殆ど知らない亜人達が、どうやってこちらに夢や希望を抱くんです?」
だが、鈴谷はその質問も想定済みとニッコリ笑って説明した。
「大統領閣下は、転移前の日本で世界に最も影響力を持っていたモノは何だと思いますか?」
急な質問返しに高木は言葉を詰まらせる。
「え? …科学技術と経済力でしょうか?」
高木はオーソドックスな答えをしたつもりだったが、鈴谷に鼻で笑われた。
「違いますな。確かに、科学は世界の先端を走っていましたが、他国を圧倒する程の差ではない。
それに経済についても世界3位といえども、独走する米中とは3倍以上の差があり、更に4位に浮上した破竹の勢いのインドに比べれば勢いがない。
そんな中、ひときわ世界に輝いていたのはコンテンツ産業です。
これはもう、自覚無き文化帝国主義と言っていいくらい世界に浸透し影響力をもっていました。
この世界でも、これを使います。
まず、産業文明と我らの文化にドップリと漬けこんだ難民を、行商に扮して北方の大陸へ送り込みます。
幸い北方の大陸には、国家の支配が及んでいない亜人の地があるそうな。
そこに送り込んだ難民の工作隊で集落を廻り、各地で北海道の食品や酒、嗜好品を売りさばき、歌や噂でこちらの宣伝をする。
さらに、酒場などの人の集まるところにラジオや色っぽい電子ポスターを配布すれば、人々は酒場で此方の歌や情報を聞き、壁に張られたポスター等から想像力を膨らませ、その憧れは居住権を得るための兵役を決意させる。
軍の生活で接触する産業文明は、彼らから故郷に戻るという選択肢を放棄させるでしょう。
正にアメリカンドリームを抱いて市民権の獲得を目指すグリーンカード兵士の新世界版です。」
鈴谷は拳をギュッと握って力説する。
「はぁ… それにしてもラジオですか?テレビの方が良いのではないのですか?
それに、移民を受け入れるとして、その準備施設がいると思いますが、用地の候補は考えているのですか?」
移民を受け入れ軍で教育すると言っても、移民にも家族がいる。
高齢者や子供まで軍に入れるのは無理だし、こちらの常識を身に着ける為の教化施設が要ることは明白だ。
だが、鈴谷は、かなり案を揉んだようで、全く戸惑うことなく質問に答える。
「ラジオと電子ポスターという案にしたのは、単純に電力の問題です。
テレビを導入しようと思うと、どうしても発電設備などの導入も必要になりますが、
流石にそこまで供与となると、財政的な負担が大きい。
それに比べラジオであれば資源・経済的にコストが低く、電池で手軽に動きます。
配布を受けた側としても、娯楽を維持するために定期的な電池を入手しなければならず、こちらへの依存度は高まるでしょう。
電子ポスターも同様です。あれも消費電力が低く、此方からの電波で表示を一斉に操作できるのが利点です。
同時にこれらの工作隊にこちらからの人材を混ぜることで、現地の情報収集にも役立ちます。
ここで、ノウハウを築いておけば、いずれは亜人の地以外にも情報収集を目的とした工作隊の派遣に役立ちます。
それと移民導入の為の準備・教化施設ですが、道内や大陸等色々と検討させていただきましたが
道内に設置する保安上のリスクや、大陸に設置する場合の安保上のコスト等を勘定しつつ、そんな最中に起こった今回の事件によって有力な候補地を選定できました。」
「今回の事件によって?」
今回の事件により、礼文島は多大な損害を受けた。
それによって示唆を受けることがあるとすれば、その候補地は一つである。
「礼文島。
今回の事件によって壊滅的な打撃を受けた礼文島北部を、亜人の教化・移民準備地区として復興させる事を進言します。
元の住民と施設と陸続きになる南部の島民に補償が必要になると思いますが、本道と海で隔てられ、場所も大陸との間とロケーションも良く
最低限のインフラもあるが住民は居ないという条件が、本案の要求すべき立地条件を満たしています。
新生礼文は、我らと新世界の架け橋となるでしょう。」
鈴谷がやり切った顔で説明を終えると、室内からパラパラと拍手が聞こえ。
やがてそれは全員に伝播していく。
「ご説明ありがとうございます。
色々と考えさせられる所が多々ありました。
将来の内需… これは重要ですね。
いずれにしても、500万の人口で産業文明の維持は難しい。
移民受け入れの問題は、この世界に来た我々がいずれ避けては通れぬ問題だと思います。
それに、現地情報の入手も今は喉から手が出るほど欲しい。
難民の話から西にゴートルム王国と、東に何らかの帝国がある事は分かりましたが、その詳細及び"その先"は不明です。
ある程度の情報は捕虜から入手することも出来そうですが、現地に工作部隊を送って情報を集めるというのは直ぐにでも必要でしょう。
せめて使節を送るべき首都の位置くらいは押さえておきたいものです。
移民の是非については、更に案を議論しなければならないと思いますが、情報収集については、直ぐに準備に入ってもらって構いません。
大統領としてこれを許可します。鈴谷さん、よろしいですか?」
大統領の許可を得た鈴谷は、改めて大統領に向き直り任せておけと言って席に着く
その顔は、元々の精力絶倫とした丸顔が更にエネルギッシュになったようなヤル気に満ち溢れていた。
そんな重要事項が話合われた会議は、続々と寄せられる被害情報や捕虜の情報を受け、更に夜更けまで続くのであった。
数日後
陸上自衛隊 札幌駐屯地
この日、礼文から移送された一人の捕虜が尋問を受けていた。
尋問と言っても、直接相手と話すのではない。
捕虜の魔法を警戒し、マジックミラー越しに尋問が進められていた。
「では… 繰り返しになるが、名前は?」
姿の見えない相手の質問にクラウスはぶっきら棒に答える。
「一体何度目の質問だ!?
エルヴィス辺境伯領主アルド・エルヴィスの弟。クラウス・エルヴィスだ!」
捕虜になってから幾度となく同じ質問が続いたが、今回は尋問する側の顔ぶれが違った。
「彼、男という割には綺麗な顔してるわね」
頬に人差し指をあて、クラウスを舐める様に高木は見る。
しかし、そんな事を露とも知らず、マジックミラー越しのクラウスは、同じ質問に飽き飽きしていた。
「身体検査の結果、生殖器に一部人工的な術式の跡が有りました。
多分、それが原因でホルモンバランスが崩れているのでしょう。」
検査に当たった医師が高木にそう説明する。
「へぇ~… 文化的なものかしら?…後で聞いてみたいわね。
まぁ それは置いといて、質問を続けてください。」
職員は分かりましたと言った後、事前に決められた質問をしていく。
「貴方の国は何という国ですか?」
「ゴートルム王国エルヴィス辺境伯領」
「今回の侵略は王国の命令?」
「辺境伯家単独の行動だ」
「侵略の意図は?」
「亜人の討伐と新たに出現した土地の平定のため」
「亜人とあなた方の関係は?」
「神の祝福を受けた人種と、神の愛を受け入れぬ亜人に特別な関係などない」
「今回の首謀者は?」
「……」
「今回の侵略の首謀者は?」
「いい加減にしてくれ!
貴様らの国を見せてくれたら、何でも話てやるって言っているだろう。
それなのに同じ質問ばかりで、一向にこちらの事を教えてくれぬ!王を出せ!会わせるまでは何も話さん!」
クラウスは椅子に手錠で拘束された状態のまま、頬を膨らませてそっぽを向く。
「今回の侵略の首謀者は?」
「………」
クラウスは完全に黙秘に入ってしまう。
彼にしてみれば、この地を深く知ることで、今後の辺境伯領の発展にいかせられると思い、最初は協力的に質問に答えていたのだが
いくら質問に答えても見返りが無い。
そもそも彼が取引を持ちかけたのは、初めての捕虜生活が想像していた(この世界の捕虜の扱いとして一般的な)劣悪環境とは違い、檻はある物の三食の食事と寝床が用意されていた事で
彼の中では特別待遇を受けているものだと勘違いしていたからだった。
その為、いくら尋問に協力しても一向に与えられない見返りに、彼はスネた。
「どうしましょうか?」
職員は高木を見る。
高木にしてみても、急に黙秘を始めた捕虜をどうするか聞かれても言葉に詰まる。
一緒に連れてきた秘書官に目配せするが、彼も肩をすくめるだけだった。
そんな時だった。
陽気な声と共に廊下を歩いてくる足音が聞こえる。
廊下の角を曲がり、姿を現した声の主はステパーシン内務相とツィリコ大佐だった。
「やぁ 大統領。
大統領も捕虜の尋問に来たのですか?」
その声はどことなく楽しそうである。
「えぇ でも、ステパーシンさんは何故ここに?」
その質問を聞き、ステパーシンとツィリコはお互いの顔を見て楽しそうに語る。
「私らも捕虜の尋問ですよ。
捕虜の尋問をやってると聞いて、何とも懐かしくなりましてね。
昔はよくやらされたものです。
そこで、ツィリコ君と一緒に捕虜尋問の手本を見せようと思いましてね。駆けつけたわけですよ。
どうせ、旧自衛隊の面々はそういう事に対して不慣れでしょうから。」
ステパーシンはそう言って、ペンチや漏斗等様々な道具を鞄から取り出す。
彼の横にいるツィリコ大佐も「コーカサスで最新の流行を取り入れた尋問です。効果はバッチリですよ。」と高木に笑ってみせる。
満面の笑みを浮かべる二人に高木は眩暈がした。
「いえ!お気持ちは結構です!我々だけで尋問の目途はついていますから、どうぞ道具は仕舞ってください。」
高木は両手を突き出して必死に二人が余計な事をしないように抑えるが、二人はなかなか諦めようとしない。
「だが、捕虜はあまり喋る様な態度ではありませんよ?」
ツィリコは未だに顔をそむけた状態のクラウスを指差す。
「大丈夫です!彼は早く喋りたいと思ってるだけです。
そのコーカサス流とかいう尋問方法は要りませんのでお引き取り願います!」
そのまま高木は彼らの背中を押し、頼み込むように帰ってくれと言う。
そう言われた二人も非常に残念そうに渋々と従うが、どうにも諦めきれないようである。
「では道具はお貸ししますので、ご自由にお使いください、大統領閣下」
「もういいから、帰ってください!」
高木は二人の背中を睨みながら叫ぶ。
そんな二人の姿が視界から消えると、どっと疲れが襲ってくるようだった。
「で、大統領閣下。いかがなさいますか?」
そのやり取りを離れて伺っていた秘書官が高木に声をかける。
「ふぅ…
そうですね。向こうもこちら側の情報が知りたいようですし、機密に触れない程度の情報は与えましょう。
聞けば、貴族の一員のようですし、外交チャンネルを開くのに使えそうですしね。
外に出して街を見せるわけにはいきませんが、映像位なら良いでしょう。」
「では、その通りに」
そして、高木が取引に応じるとクラウスに伝えると、彼は喜んでこの世界の概要を語って見せた。
逆に、こちらの情報については、プロジェクターで映し出された巨大産業文明の都市の映像や軍の映像に驚愕の眼差しで目に焼付け、
政治体制の概要については注意深く聞いているようだった。
「魔法も無しにこの様な文明が築けるものなのか…」
クラウスは映像を見ながら呟く。
この高度な文明、その"科学"の力とやらを領地の発展に生かせたら、どんなに素晴らしいだろうか。
映像を見終わった時、クラウスの心はこの未知の文明に絡みつかれるように捕らわれていた。
「随分と喋ってくれたわね。」
高木は、口を空けながら映像に見入るクラウスを見て言う。
「えぇ これで今後の戦略が立てやすくなりました。」
高木の後ろから秘書官が言う。
「では、戻るとしましょうか。」
高木はくるりと振り返り、出口へ向かおうとするが、床に鞄が一つ転がっているのを見つけた。
「これは… ステパーシンさんのね。後で届けてあげましょう。」
そういって、おもむろに高木は鞄を持ち上げると、口が開いていたのか中身がボトボトと落ちた。
それを後ろから見ていた秘書官の目に映ったのは、先ほど見た漏斗やペンチの他に、鞭や針金に生々しい造形の極太張型…
何に使うのだろうか… あまり考えたくないと彼は思う。
それに、落ちたものを拾い上げる時、一瞬、高木がクラウスと張型を交互に見ながらゴクリと喉を鳴らしたような気がしたが、それも幻聴か何かだろう。
何にせよ、この捕虜の存在により、これから北海道とこの世界との関係は、新たな局面に入るのは間違いない。
秘書官は目の前の光景から目をそむけ、今後降りかかる様々な事象に想像を巡らせ、気合を入れるのだった。