<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.29737の一覧
[0] 試される大地【北海道→異世界】[石達](2012/11/29 01:19)
[54] 序章[石達](2012/11/29 01:05)
[55] 起業編1[石達](2012/11/29 01:06)
[56] 起業編2[石達](2012/11/29 01:07)
[57] 起業編3[石達](2012/11/29 01:08)
[58] 国後編1[石達](2012/11/29 01:08)
[59] 国後編2[石達](2012/11/29 01:09)
[60] 転移と難民集団就職編1[石達](2012/11/29 01:09)
[61] 転移と難民集団就職編2[石達](2012/11/29 01:10)
[62] 礼文騒乱編1[石達](2012/11/29 01:10)
[63] 礼文騒乱編2[石達](2012/11/29 01:11)
[64] 礼文騒乱編3[石達](2012/11/29 01:11)
[65] 礼文騒乱編4[石達](2012/11/29 01:12)
[66] 戦後処理と接触編1[石達](2012/11/29 01:12)
[67] 戦後処理と接触編2[石達](2012/11/29 01:13)
[68] 嵐の前編[石達](2012/11/29 01:14)
[69] 北海道西方沖航空戦[石達](2012/11/29 01:14)
[70] 大陸と調査隊編1[石達](2012/11/29 01:15)
[71] 大陸と調査隊編2[石達](2012/11/29 01:16)
[72] 大陸と調査隊編3[石達](2012/11/29 01:16)
[73] 魔法と盗賊編1[石達](2012/11/29 01:17)
[74] 魔法と盗賊編2[石達](2012/12/08 01:24)
[75] 決戦[石達](2012/12/08 01:20)
[76] 盗賊と人攫い編1[石達](2012/12/31 22:47)
[77] 盗賊と人攫い編2[石達](2013/01/19 21:24)
[78] 盗賊と人攫い編3[石達](2013/01/19 21:23)
[79] 道内情勢(霧の後)1[石達](2013/02/23 15:45)
[80] 道内情勢(霧の後)2[石達](2013/02/23 15:45)
[81] 外伝1 北海道航空産業の産声[石達](2013/02/23 15:46)
[82] 東方世界1[石達](2013/03/21 07:17)
[83] 東方世界2[石達](2013/06/21 07:25)
[84] 東方世界3[石達](2013/06/21 07:26)
[85] 幕間 蠢動する国後[石達](2013/06/21 07:26)
[86] 東方世界4[石達](2013/06/21 07:27)
[87] 東方世界5[石達](2013/06/21 07:27)
[88] 東方世界6[石達](2013/06/21 07:28)
[89] 東方世界7[石達](2013/06/21 07:28)
[90] 世界観設定[石達](2013/06/23 16:49)
[91] 人物設定[石達](2013/06/23 16:57)
[92] 東方世界8[石達](2013/07/15 01:51)
[94] 帝都ティフリス1[石達](2013/08/09 02:02)
[95] 帝都ティフリス2[石達](2013/08/12 00:21)
[96] 帝都大脱走1[石達](2013/09/23 00:16)
[97] 帝都大脱走2[石達](2013/09/22 22:47)
[100] 帝都大脱走3[石達](2014/02/02 03:03)
[101] 対エルフ1[石達](2014/02/02 03:03)
[102] 対エルフ2[石達](2014/02/05 22:45)
[103] 対エルフ3[石達](2014/02/05 22:45)
[104] 対エルフ4[石達](2014/02/05 22:46)
[105] カノエの素性1[石達](2014/02/05 22:46)
[106] カノエの素性2[石達](2014/02/09 13:13)
[107] 別れ、そして託されたモノ1[石達](2014/02/09 13:14)
[108] 別れ、そして託されたモノ2[石達](2014/02/09 13:16)
[109] 決意[石達](2014/02/09 13:42)
[110] 新しい風[石達](2014/04/13 10:41)
[111] 交流拡大、浸透と変化1[石達](2014/04/13 10:41)
[112] 交流拡大、浸透と変化2[石達](2014/06/04 23:46)
[113] 交流拡大、浸透と変化3[石達](2014/06/04 23:47)
[114] 交流拡大、浸透と変化4[石達](2014/06/15 23:55)
[115] 交流拡大、浸透と変化5[石達](2014/06/15 23:55)
[116] 平田、大陸へ行く1[石達](2014/08/16 04:02)
[117] 平田、大陸へ行く2[石達](2014/08/16 04:02)
[118] 対外進出1[石達](2014/09/14 08:19)
[119] 対外進出2[石達](2014/08/16 04:04)
[120] 対外進出3[石達](2014/10/13 01:58)
[121] 回天1[石達](2014/10/13 01:59)
[122] 回天2[石達](2014/10/14 20:24)
[123] 回天3[石達](2015/01/18 08:20)
[124] 回天4[石達](2015/01/18 08:24)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29737] 礼文騒乱編3
Name: 石達◆48473f24 ID:a6acac8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/29 01:11
船泊中学校グラウンド

侵攻軍本営



村中心部を制圧後、クラウスらは延焼の炎が届いていない船泊中のグラウンドに本営を移していた。
丁度いい広さの敷地が、部隊の再編に打ってつけだったのである。
敵が撤退し、集落全域を制圧した今、彼らは負傷者の手当てと軍議を行っていた。

「今回の戦闘により、350名ほどの損害が出ています。
内訳は、パヘロ様隷下の200名全滅。各部隊より抽出された弓兵と魔術兵に100名、それと敵の追撃時に爆発に巻き込まれ歩兵50名に損害が出ました。」

損害の多さにその場の全員が唸る。
敵は寡兵、撤退する敵を見た兵によると20名ほどのようであったという。
地の利は敵にあるとはいえ、このような一方的な展開は信じられなかった。
その重苦しい雰囲気を打ち破るかのようにルイスが口を開く。

「確かに敵兵は強力なようだが、無敵ではない。みろ、我が方も奴らを討ち取っている。」

ルイスが積み上げられた敵兵の死体を指差して言う。

「それに囮に使ったパヘロの部隊以外の損害は、例の爆発によるのが大半だ。
私の副官であるメディアが検分を行っているが、どうも燃えているのは特殊な油だそうだ。
それさえどうにかできれば、数を武器に圧殺してしまえるのではないかね?」

全員がその意見に聞き入る。
敵は無敵ではなく、矢が当たれば倒れ、魔法で焼かれるのだ。
ならば、多少の損害が出ようとも、征服後の領地配分を考えて積極的な攻勢が得ではないか。
ここで、怖気づいては配分が削られる可能性が高い。

「では、兵達全員へ鼓舞の魔法を掛けた後、進軍を再開しましょう。」

貴族の一人が欲にまみれた笑顔を浮かべながら言う。

「うむ。メディアが検分から戻り次第、全軍に魔法の支援を行う事にしよう。」

彼の副官は、高位魔術師であり一般の魔術兵が使えぬような魔法も使えた。
その一つ、鼓舞の魔法は遥昔より戦場で使われてきたが、鼓舞という名とは裏腹に、その真実の効果は別であった。

”死の恐怖の抑制”

完全に恐怖を消すことは出来ないが、これを抑制することにより、どんな弱兵も勇猛な戦士に変わった。
ゆえに太古より戦場で使用され、この世界では玉砕するまで戦うのは珍しい事ではなかった。
パヘロの部隊は独断専行により一度潰走したが、ルイスの督戦とこの魔法により、見事に玉砕するまで戦闘を続けたのであった。
そんな高位魔術師のメディアがしばらくすると検分を終えて戻ってきた。

「ルイス様。どうやらこの油は、家々の横にある箱に詰められているようです。
それらを避けて戦えば、再度火炎にまかれることは無いかと」

キリっと凛々しく姿勢を正し報告するメディア。
ルイスはご苦労と彼女の肩を叩いた。

「諸君。聞いての通りだ。
我々は、その点に注意しながら敵を追撃し殲滅する。なにか意見はあるかね?」

軍議に参加している騎士や貴族は、異論はないとして早く敵を叩き潰そうと息巻いている。
そんな空気の中、一本の腕が軍議の中にスラリとあがる。

「クラウス殿。何かおありかな?」

まだ何かあるかねと言いたげにルイスはクラウスに尋ねる。

「敵の追撃自体には異論はありません。ですが、一つ気になる点が」

「気になる点?」

全員の注目が集まるが、クラウスは東の山の尾根を指差す。

「ここからも見えるが、あの山の尾根に大きな建物がある。
この集落の家の形から察するに、おそらく普通の住居などではない。
あのような見晴らしの良い山の上にある事からも砦か何かだと思う。」

「なるほど…」

「仮に軍事施設だった場合、敵の追撃に出ている間に船団が襲われる可能性が捨てきれないと思うのだが、皆はどう思うだろうか?」

全員の顔が険しくなる。
現在、船団は食糧等の揚陸中であり、もし襲われでもしたらひとたまりもない。

「ですが、軍を分割するのは出来れば避けたいですな」

貴族の一人が言う。
戦力の集中という戦術のセオリーから見れば真っ当な意見だが、補給の遮断はそれ以上に忌むべきものだ。

「そこで、戦力の分割は最小限にするため、私の部隊が単独で事に当たろうと思う。」

この一言に全員が驚いた。

「単独ですか?それは逆に危ないのでは…」

もっともな疑問だった。
先ほどの戦闘で敵は寡兵でも十分な戦闘力を見せた。
それに対し200名足らずの部隊ではパヘロの二の舞ではないのか。
その疑問に対し、クラウスは淡々と己の策を語る。

「単独で向かうが、包囲のみに留め攻勢は行わない。
あくまでも船団襲撃への備えであり、攻略は皆と合流後だ」

なるほど、あえて包囲のみで睨み合うのであれば、敵の動きを拘束できる上に損害も出ない。
その答えに全員が納得した。
これで安心して追撃が行えると。
そんな皆の心の内を代弁してルイスがクラウスに言う。

「では、クラウス殿は敵砦への対処へ向かい。
その間に我々は敵の残存兵を追撃する。異議のあるものはいるか?」

全員が頷きながらルイスを見つめている。
異議など出ようは無い。
確かに敵の別働隊に対する備えは重要だが、積極的な攻勢に加わらないのであれば戦果が得られぬ。
戦後の論功行賞を思えば、クラウスがここで貧乏くじをあえて名乗り出るのは、他の者達にとっても有難かった。

「では、異議は無し。
さぁ 戦場に戻ろうではないか!
敵兵が我々の蹂躙を待ちわびているぞ!」





礼文島船泊村

道道507号上


赤々と燃える集落を尻目に一台のトラックが西へ向かって走っている。
荷台には負傷した兵士と意気消沈した兵士が立ち上る黒煙を眺めていた。

「クソ!」

彼らを率いる辻三佐は悔しげに吐き捨てる。
寡兵であるが故、敵の攻勢圧力に耐え切れず正に撤退中という状況であるから無理もない。

防衛線を再構築しなければ…

辻はそう考えながら、脳内に広げた島の地図から防衛に適した地点を考える。

未だ避難民は西側に取り残され、南部への唯一の道は敵に抑えられた。
となれば、海から脱出させるしかないか。
湾内の港はやられているから、そうすれば残るは一つしかないな…

考えを纏めた辻は、部下の隊員に無線をよこすように言う。

「礼文分屯地。礼文分屯地。こちら辻三佐。聞こえるか?」

その呼びかけに、少し掠れた音声で、返信が直ぐに返ってきた。

「こちら礼文分屯地。辻三佐ご無事でしたか?」

「あぁ 村を焼き払っておきながら、のうのうと生きてるよ」

自分への皮肉をたっぷり込めて返事をするが、無線の相手は、本当に自分たちを心配してくれていたようだ。

「こちらからも爆炎が見えましたから心配してました。それで要件は何でしょうか?」

「あぁ それなんだが、道道40号線が敵に抑えられた。
戦力的に陸路での避難は不可能。よって海路での避難を行うため船を寄越してほしい」

「船ですか?」

「あぁ これより我々は道道507号上のホロナイ川に防衛線を張り、住民の避難が終わるまで持久する。
その間に礼文西漁港から避難民を回収してほしい。それと、避難民の所へ向かった奴らにもこの事を伝えてくれ」

それを聞いた分屯地の無線員は、しばしの沈黙の後に辻に返信する。

「分かりました。すぐさま上へ救援要請を行います。
ですが…・ 辻三佐。」

「なんだ?」

「生きて戻ってくださいね」

それを聞いて辻は吹き出した。
よほど可笑しかったのか、彼は笑いながら返事をする。

「はっは! 当たり前だろ、俺にはまだ、家が燃えた住民のクレームの矢面に立つという仕事が残ってるしな!
それとも何か?俺が死ぬとでも思ってたのか?」

笑いながら辻は返す。
それに無線の向こうでも小さな笑い声が聞こえ、杞憂だったですねと一言謝りの言葉があった後に連絡は終わった。
無線機を置くと、辻はトラックに搭乗している隊員らに向かって振り返る。

「聞いてた通りだ!俺たちにはまだまだ仕事が残ってるぞ!
特に貴様らは、マスコミに叩かれる俺を慰めるという重要な任務がある。
任務放棄するような奴が出たら、連帯責任で制裁だから覚悟しとけ!」

辻の言葉にさっきまでの沈んだ表情をしていた隊員達の顔に笑みが戻る。
そう、彼らにはまだやるべきことが残っている。
沈んでいられるような余裕は、彼らにはまだ与えられていないのだ。







分屯地からの連絡を受け、避難車両の先頭を走る鈴木らに緊張が走った。

「既に40号を抑えられたか…」

「分屯地からの連絡では、上が船を調達するという話ですが大丈夫ですかね?」

下唇を噛み呟く鈴木に石井が運転席から不安げに聞く。

「その点については、上を信用するしかないな
それよりも、そろそろホロナイ川だけど… お!いたぞ!」

鈴木が指さす先。
そこには、今まさに陣地構築中の友軍の姿が見えた。

「おい、交差点で止めろ。俺は後続車に進路変更を伝えるから、お前は先導して漁港を目指せ」

降りると言い出した鈴木に石井は慌てて聞く。

「え!?でも、3曹殿はどうするんですか?」

「俺は、最後尾の車両に乗るから心配するな」

そういって鈴木は交差点に差し掛かると、減速した車からスタリと道路に降りた。
そして、急な進路変更に戸惑う後続の避難車両に、事情を説明しながら交差点を曲がるように誘導する。
彼の言葉と誘導により、後続車は次々に漁港へ向かって進路を変えていく。
そして最後尾のマイクロバスが来たところで、鈴木はそれに乗り込んだ。

「なしたんですか?」

マイクロバスを運転する信吾が、何が起きたのかと鈴木に聞く。

「40号線が敵に抑えられたんです。これから船で脱出するため礼文西漁港へ向かいます。」

淡々と答える鈴木の言葉に、信吾は驚きを隠せなかった。

「え?船?それって間に合うんですか?」

その驚きも、鈴木は心配をかけないように冷静に説明する。

「上からの報告によると、迎えの船が向かっています。
大丈夫。みんな助かりますよ」

鈴木は車内を見渡し、他の避難民にも聞こえるよう助かるという言葉を強調して伝えた。
大丈夫。
彼らが我々の盾になって必死に戦ってくれる。
そんな彼らを疑うなど、誰が出来るか。
鈴木は、車窓から徐々に離れていく彼らの陣地を見ながら、彼らを信じると心に決めたのだ。







礼文島北方海上

巡視船れぶん




今まさに戦闘が起きている島の沖をれぶんは航行していた。
その姿は、先ほどの戦闘前と寸分かわらず、白い船体にブルーの帯が入った瑕一つ無い勇姿を保っている。
だが、見かけの姿は変わらずとも戦闘続行は厳しい状況に置かれていた。
なぜならば、先ほどの戦闘で敵船を撃滅したはいいが、搭載している弾薬の大部分を消費していた。
陸上部隊を支援する為、湾内に突入し残りの弾薬を撃ち尽くすことも考慮されたが、上からの指示は、洋上警戒に徹せよとの事だった。

「船長。こうしている間にも上陸した武装勢力が進撃していきます。
せめて、味方と交戦している敵に射撃許可を!」

苛立ちを隠せない副長が船長に詰め寄る。
そんな彼を、船長は落ち着いた様子で宥めた。

「まぁ待て、上は狭い湾内での戦闘に難色を示している。
弾薬が枯渇寸前の我々が、射程のアドバンテージが取れない狭い湾内で損害を受けることを恐れているんだ」

それを聞いて副長は落ち着くどころか逆に激高する。

「そんな!上は我々に、この状況を見過ごせというのですか!
敢闘精神が不足しているんじゃないでしょうか!?」

先ほどの戦闘の興奮が冷めやらず、まるで関東軍か何かのような過激な物言いをする副長に、なおも船長は冷静に語りかける。

「なにも我々は決戦を行っているわけではない。
もし仮に、このれぶんまで沈む事態になった時、誰が北海道沿岸を守るのかね?
今の我々にこれ以上の船舶を喪失できる余裕は無いよ。
我々に出来ることは、増援の到着まで陸の連中が持久するのを祈ることと、上からの命令を待つことだけだ。」

今の我々には可能な限りリスクを避け、最大の効果を上げる義務がある。
増援が向かってきているならば、それを信じて各々の職分に全力を傾ける必要がある。

「ですが…」

それでも頭では分かっているが、感情では納得できないといった様子で副官は言葉を漏らす。
かれは奥歯を噛みしめて前方を見つめる。
その視線の先は、前方の島から黒々とした煙が空に広がるように立ち上っている様子が見える。
礼文島が燃えている。
守るべきモノが、目の前で侵されている現実に、胸を潰す感情が溢れかえる。
その胸を焦がす焦燥感は、体感時間を限りなく引き伸ばす。
その為、上から新たな連絡が来たときは何時間も待ち焦がれていたかのような感覚にとらわれた。

「本部から連絡!取り残された避難民救助の為、至急礼文西魚港へ向かうよう指示が出されました!」

無線員の報告に副長は飛び上がって船長に詰め寄る。

「船長!」

その声に船長は無言でうなずき命令を発した。

「これより、避難民救助の為、礼文西魚港へ向かう。全速前進!」

れぶんは、その船首を力強い加速によって生み出された大きな純白の白波に染める。
皆が待っている。その思いを背負って、れぶんは再度戦場へと舞い戻るのだった。








道道507号線

ホロナイ川陣地


船泊村内での戦いとは違い、見晴らしの良い海岸線に沿った道路に彼らは布陣していた。
海と山に挟まれ、川という自然の要害が守備側にアドバンテージを与える。
そんな万全の体勢で迎える彼らの後方を、避難民の車列が通過していった。

「隊長。車列の通過を確認しました。」

辻の部下が報告をあげる。
辻はそれを確認し、不敵な笑いを浮かべて言った。

「よし、後は船が来るまでここで粘るだけだな。
なに、先ほどとは違って射程を生かせるから、こんどはこっちが叩き潰してやる番さ」

先ほどの戦いは、集落を守ることも念頭に入れたため、小銃の射程を生かせる場所に布陣できなかった。
だが、今回は違う。
避難する時間を稼ぐため、限りなくこちらが有利な地点に布陣した。
これならば、弾薬の続く限り持久できるだろう。
辻はそう言って部下を鼓舞し、視界を前方へとを戻す。
そこにはこちらに向けて進撃する敵の姿が現れ始めていた。

「みろ、敵さんお出でになったぞ。 総員射撃準備!
絶対にここを通すな!死ぬ気で守れ!」

そして、ゆっくりと前進する敵の軍勢が射程に入ると同時に、再び戦闘の火ぶたが切って落とされた。

「撃てぇ!!!」

その号令と共に道路上の敵がバタバタと倒れる。
予想外の距離からの攻撃だったのか、身構える暇もなく先頭を歩く兵から血潮を吹いてその場に倒れ
それに続く兵も逃げる間もなく同じ末路を辿る。
一斉射が終わるころには、先頭集団は積み重なった死体に変わり、後続は我先にと物陰へ隠れて動けなくなっていた。

「よし!各自好きに撃て。近づく敵には容赦するな。
だが、無駄弾撃つなよ。時間稼ぎが俺たちの仕事だからな!」

その言葉の後は、一方的な殺惨だった。
まるで、第一次世界大戦の塹壕戦のように万全の陣地を目指し突撃してくる敵。
それを防御側が一方的に射殺する単純作業。
絶対的な防御側有利に、全てはうまくいくかに思われた。
だが、その淡い願いも目の前で起こる怪異によって暗雲が立ち込める。

「…来やがったな」

辻はその怪異を凝視する。
道の向こうに人の背丈ほどの土壁がのそりと現れる。

「なんだよありゃ」

辻は目を疑う。
長さは3mほどの壁が、まるでバリケードのようにアスファルトを突き破って地面から生えていく。
敵もよほど慎重なのか、かなり離れた距離から壁を作っている。
射程で負けている事を悟り、弾除けの壁を作って徐々に距離を詰めていく作戦のようだ。
辻たちにとって幸運だったのは、その進撃スピードは非常にゆっくりとしていた。
それを見て辻は考える。
一つの壁が生えた後、次の壁が発生するまでおよそ30秒。
恐らく、ここまで到達するのには暫く猶予はあるはず。
だが、あんなもんに隠れられたら、小銃じゃ役に立たんし手榴弾には限りがある。
何か使えそうなものは無いか…
そこまで考えて、辻の目にあるものが留まった。
彼は部下を呼びつける。

「これから各分隊から一人抽出して、俺の言うものを準備しろ。
材料は付近の物資を接収してかまわん。いいか、よく聞け……」

そうして辻の伝令を聞いた部下は、各分隊に向かって走り出す。

「これで、少しはマシになるはずだ」

己の策を信じ、辻は満足げに呟いた。







新たな防衛線との接敵から時は少々遡る。

同道路上
侵攻軍本隊

クラウスの隊と別れたルイス率いる侵攻軍本隊は、辻の部隊の追撃に向かっていた。
真っ直ぐに伸びる街道に沿って西へ西へと隊列は進み、その後方に騎鳥に乗ったルイスらが続く。

「敵の奇襲に備えよ。奴らはきっと何処かに潜んでいるはずだ。」

ルイスから兵に向かって言う。
いかに精強とはいえこの兵力差だ。
敵は何かしらの策を仕掛けてくるはず。
そう考えるルイスは、特に家々に付いている油の入った鉄の箱には近づかないように兵に厳命していた。
敵の襲撃を警戒し、兵の緊張が適度に維持されているのを見て満足したルイスは、隊列の先に視線を向ける。

「ルイス様。それにしても、ここは不思議な島ですね。」

通り沿いの家々を見ながらメディアがルイスに言う。

「あぁ 家々の作りやこの街道。このような作りは見た事も聞いたこともない。
恐らくは、未知の異民族の文化がこの地に根付いているのだな」

先ほどまでの戦闘中は気づかなかったが、この島では、どんなみすぼらしい小屋も鉄板の屋根を持っていた。
それも唯の鉄ではなく、全てに塗料が塗られている。
普通、下層の領民の家など茅葺か、上等な民家でも木の板か素焼きの屋根である。
それに、この地に来てから思うのだが、道沿いの柱に吊るされたロープは一体何だろうか。
延々と道沿いに張られているので結界の類かと思ったが、特に何も感じない。
分からない事だらけである。
その様な感じでメディアが辺りの風景を眺めていると、隊列の先から斥候が戻ってきた。

「報告します。半ミリャほど先に敵が陣を張っています。
先ほどと同じく、川を自然の堀として利用しているようです」

先ほどまで島の文化について思いを巡らせていたルイス達は、その報告により一瞬で戦場の顔つきに戻る。

「ご苦労だった!では、これより我々は敵200パッスス手前で一度隊形を整え、しかる後に突撃する。
貴様らは伝令として先頭集団にこれを伝え、その後は本隊に合流しろ。」

「は!」

斥候は大声で返事をすると、そのまま先頭集団へ向かって走っていった。

「敵も芸が無いな。」

斥候を目で追いながらルイスは言う。

「そうですね。確かに歩兵の突撃は多数の損害を受けましたが、魔法の打ち合いでは我々の数にすり潰されるのは自明の理でしょうに」

メディアも敵を哀れむかのように答える。
彼らの判断は、確かに弓兵と魔術兵の有効射程が50~100パッススであるというこの世界の常識からすれば間違いは無い。
それに、先ほどの戦いでは、民家の陰から撃ち合うという射程を生かし切れない戦闘だったため、彼らが誤解するのも無理は無かった。
だが、このわずか数分後に、その常識がこの敵には通用しない事が将兵の血を持って証明された。
断続的な炸裂音と共に先頭集団から阿鼻叫喚の断末魔が響く。
ルイスは、驚愕の顔を浮かべる。

「何だと!?奴らは、この距離で攻撃できるのか!」

敵との距離は未だ目視で300パッススはある。
攻城兵器でなら理解できない事もないが、兵士の携帯する武器でこの射程は異様だった。
だが無情にも、これが現実だと証明するように、ルイスらが現状を把握しようとしている間に前方の兵がバタバタと倒れていく。

「くっ!魔術兵!防壁を張れ!」

命令が配下の魔術兵へ飛ぶ。
しかし、焦る声と裏腹に魔法は一向に発動しない。

「一体何をやってる!」

ルイスの怒号が飛ぶ。

「先ほどの戦闘で、土系統を得意とする魔術師があらかた戦死しました。
残った土系統の魔術師はクラウス様の配下だったため、こちらには残っておりません。
現在、他の系統の魔術師が作業に当たっています。しばしお待ちを!」

「なんだと!?」

奥歯を噛みしめ怒りを抑えるが、それは何の役にも立たない。
結局、防壁の展開が終わったのは、先頭集団が犠牲になった後だった。

「40名程やられましたね」

メディアが苦々しく言う。

「だが、対処法は確立した。奴らにこれ以上の策が無ければ、我々の勝ちだ」

そう言ったルイスの視線の先では魔術兵が斜めに構築した防壁を交互に張り、敵への進撃路を築いている。
だが、土系統は齧った程度の魔術師たちではその作業は非常に遅いものだった。

「でも、これでは敵が後退した場合、如何なさるおつもりですか?」

メディアの疑問はもっともだ、敵が後退した場合、更に時間と労力を掛けねばならないし、そんな時間を敵に与えたところで良い事など何もない。

「まぁ これ自体は囮だ。対処法の真の答えは別の所にある。」

「別の所?」

メディアが首をかしげる。

「まぁ 見ていればわかる。それより突撃の準備をしろ。次が敵の最後だ。」







道道507号線

ホロナイ川陣地


2回目の接触から20分が経とうとした頃、陣地では各隊員に火炎瓶が配られていた。
辻の命令により、物資を調達してきた隊員が持ってきたのは様々な形状の容器で作った火炎瓶。
まぁ、灯油は付近の民家で大量に調達できる上、混合するガソリンも付近の倉庫に無施錠で置いてある家庭用除雪機や、農機具等の燃料タンクから調達したもので必要量は確保できた。
それに、ボトルはゴミを漁れば結構な量が確保できたため、簡易武器としては申し分無いものだった。

「敵はまだまだ時間が掛かりそうだな」

辻が前方でにょきにょきと生えてくる防壁を見ながら言う。
敵との距離は未だ200m程あり、しかも壁の生成スピードは徐々に遅くなっているようにも見える。
その様子を横で一緒に見ていた隊員が、射撃姿勢を崩さずに呟いた。

「壁の向こうで何やっているのか見えないのが気になりますが、敵がもたついた分だけ避難の時間が稼げますからね。
時間稼ぎが目的の我々には、願ったり叶ったりですよ」

口元だけで笑う隊員。
死線を乗り越えた事で、精神に余裕が出てきたらしい。
だが油断は禁物である。辻は皆にも聞こえる様に彼を注意する。

「確かにこのまま敵がノロノロしてくれるに越したことは無いが、別働隊なり何なりの策を用意しているかもしれん。特に山側に注意しろ。
森のお蔭で大部隊の移動は出来んが、少数の斥候や工作の兵が浸透してくるかもしれん。
特に少人数でああいう視認しにくい茂みに…」

辻が例を示そうと指をさして固まる。
その視線の丁度先、木陰の暗闇の中に人影が一つ。
手で印を組み、口をパクつかせて何かを喋っている。
まさか、適当に指差した所にいるとは思わず、一瞬固まってしまった辻だが、即座にその人影に向かって発砲を開始していた。

「いたぞ!敵だぁ!」

敵本隊に向けていた銃の先を翻しながら咆哮する。
その銃身から放たれた弾丸は、木立の中に潜む人影の周りに砕けた木々の破片が舞わせたが、仕留めるより先に敵の魔法が発動してしまった。
彼らが展開している場所よりすぐ手前、敵から自分たちの方向へと続く道路のアスファルトが割れ、その隙間の地面から分厚い土の壁が出現する。

「なに!!?」

その壁は、人の背丈を超えたぐらいで成長を止めたが、新たに出現した障害により、辻たちの位置から敵の姿が完全に見えなくなってしまった。

くそ! これでは射界が封じられる!
糞、だが逆に防塁として利用… 駄目だ!高さがありすぎる。

辻は思慮を巡らせたが、一つの結論に至るのには時間はかからなかった。

「第一及び第二分隊!手榴弾及び火炎瓶投擲用意!第三分隊は射撃にて壁を超える敵の頭を抑えろ!!」

そう叫んで命令を下すが、壁の向こうからは、その辻の声を掻き消さんばかりの雄叫びが、徐々に大きくなりつつあった。

「くるぞ!構えぇい!」

接近する敵の咆哮。
姿が見えない分、その声だけが相対距離を教えてくれる唯一の情報となる。
そして、隊員たちの緊張と敵の咆哮が最大になった時、壁を乗り越えた敵の波が現れた。

「撃てぇぇ!」

敵の咆哮を更に掻き消す全力射撃。
敵の先頭が崩れたところに火炎瓶と手榴弾が降り注ぐ
重なり合う爆発音と炎。
防塁は肉片と炎に包まれるが、敵の戦意は衰えない。
屍を超え、炎の合間を縫い、続々と殺到する。

「くっ! 射撃しつつ後退!無理をせず足止めに終始しろ!」

突出する敵を血だまりに沈めつつ、じりじりと後退する。
このままではいつまでも持たない。

迎えの船はまだか!?

辻は敵を撃ちながら願うが、その連絡はなかなか来ない。
一人殺して手近な物陰まで後退し、味方の後退を援護するため又殺す。
そのローテーションを繰り返し、200mは後退しただろうかという時、ついに待ち望んだ無線が入った。

「分屯地より連絡!海保の巡視船が接舷し、避難民の収容を始めた模様です!!」

その報告を聞いて辻の顔に歓喜が湧く。

「よし!あとは俺たちも撤退するだけだ!この先に停めたトラックまで後退!我々も一時脱出する!」

その号令により、後退のスピードが加速する。
遅延の為の後退から、撤退の為の後退へ。
そして最初の一人がトラックまで戻った時、それは起きた。

辻らの頭上を飛び越え飛来する光弾。

それらはトラックに吸い込まれるかのごとく命中し、次の瞬間、トラックは炎に包まれた。
運転席に手を掛けた隊員は吹き飛ばされただけで無事だったが、荷台に乗っていた重傷者は、逃げることは叶わなかった。
耳を塞ぎたくなる断末魔と共に、生きたままその身を焼かれていく。
もともと衰弱していたためか、すぐにその声も聞こえなくなる。
炎に包まれるトラックから聞こえたうめき声は、まるで焼け落ちるトラック自身の断末魔のようであった。

「畜生!トラックまでやられたか!」

辻は舌打ちする。

敵を巻ける移動手段が失われてしまった。
このまま普通に走ったら、港まで敵を誘引するだけだ。
最悪、船に乗り込まれでもしたら、今まで何のために戦ってきたのか分からなくなる。

辻は決めた。

選択肢は少なくなったが、諦めはしない。

「総員、必要な装備以外投棄しろ!これより漁港まで走る!
なに、たったの2kmぐらいだ!家の中で便所に行くような距離だろ!
死ぬ気で走れ!落伍は許さん!」

撤退するなら少しでも距離を離しておきたい。
そう思った辻は、率先して水筒等の装備を捨てる。今必要なのは走る事と敵を撃つ事。
それ以外の目的の装備はデッドウエイトになるだけだ。
流石に無線機だけは残したが、部下の装備も同じように捨てさせた。

「よし!一斉射撃の後、総員漁港まで走れ!
弾切れになった小銃は投棄してかまわん!いくぞ!」

その号令と共に、全員が振り返って追撃してくる敵に射撃を加える。
全力射撃を前に敵が崩れ落ちるが、その倒れこむ様子を確認する前に、彼ら再度振り返っては走り出す。
これが、後にこの戦いを生き残った者達が語る死の2km走であった。









辻とルイスが死闘を繰り広げている頃、また別の所でも戦が始まろうとしていた。
旧陸上自衛隊礼文分屯地。
島の北側、見晴らしの良いなだらかな尾根の上に建つ、現在は連邦軍の施設となっているレーダーサイト。
普段ならば隊員以外は余り近寄らない場所なのだが、この日はいつもと空気が違った。
じりじりと施設を包囲する影。
あきらかな敵意を持ったその群れは、施設から伸びる道を塞ぎ、退路を完全に絶ちつつ、包囲を狭めている。
これが攻城戦ならば、矢の一つでも射かけているところだが、包囲した集団は包囲が完全に完了すると、そこからぱったりと動かなくなった。
まるでこれから絞める鶏を、ゆったりと籠の外から眺める様に静かに包囲を続けているが、包囲を続けている個々の兵たちは、また違う状況であった。

「おい。突撃はまだか? あんな堀も防壁もない砦なんてすぐに落とせるぞ?」

一人の兵がしびれを切らして誰となく聞く。

「まぁ待て、クラウス様は包囲しつつ停止と仰っておられる以上、勝手な真似はできんさ」

それを聞いて、最初に口を開いた兵士は、んなこと判ってる!と言葉を返すが、餌を前にしてお預けを食らった犬の如く地団太を踏む。

「だが、折角の乱取り自由でも本隊の奴らが返ってきたら俺らの取り分が減っちまうんだぜ?」

そう言いながら男は、腰に付けた袋から金色に光る仏像を取り出した。

「これを見ろよ。ここに来るまでの間にあった民家で見つけたんだ。
何の神かは知らんが、この金ピカの光ようは金だろ?
あんな小さな家の祭壇に祭ってあったんだ、この砦にはもっと凄いお宝が眠っているとみて間違いないだろ」

満面の笑みで戦利品を誇る男の像を、横に立っていた兵士が奪い、齧る。

「何すんだお前!! これは俺のだぞ! 返せ!!!」

いきなり自分の戦利品を齧られた男が慌てて掴みかかるが、齧った兵士はすんなりと像を返した。

「鍍金だな」

その口から語られた言葉に、男は怪訝な顔をする。

「はい?」

「いやだから、鍍金だよ。金ぴかは表面だけ。中身は別もんだ。
なんだお前知らなかったのか?」

そういって兵士は哀れむ視線を男に送る。
それを周りで見ていた他の兵士が、ニタニタと男をバカにするように笑うのを見て、男は、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「う、うるせぇ!しかたねーだろ。
普段、金貨すら殆ど拝んだこと無ぇんだよ!
他の奴らも同じだろ?銀貨や銅貨しか見た事の無い貧乏人ばっかりだろ?
むしろ、商人でもないのに、そんな事を知ってるお前がおかしい!!」

俺は普通。おかしいのはお前と訳の分からない理論を展開してくる男に、噛み付かれた兵士はやれやれといった具合で答える。

「お前が貧乏なのは給料を飲み代で使い果たすからだし、金貨をまじまじと見た事が無いのは戦でロクな戦功を立てた無いからだろうが。
俺なんか、前の戦で敵の頭を討ち取った褒賞に金貨2枚もらったぞ?」

お前の無知は、放蕩と無能の結果であると結論づけられ、泣きたくなる男であったが
その事実を受け入れてしまうと、もう立ち直れなくなりそうな気がしたため、更に男は兵士にかみついた。

「そういうお前はどうなんだ?まさか目利きが効くとかいいつつ、オケラじゃあるまいな?」

男は半泣きで睨みつけるが、逆に待っていたかとばかりに兵士は袋から戦利品を取り出す。

「おぉ。…なんだこりゃ!?」

男が驚くのを横目に、彼は戦利品を地面に並べて見せた。
見た事もない透明な袋に入った白い粉。
金属製で出来た腕輪のような工芸品。
そして、色鮮やかな色彩で染められた本。
兵士は男が驚くのをみてニヤリと笑いながら説明を始める。

「まずは、この袋だが… 聞いて驚け。砂糖だ。
初めは塩かと思って舐めてみたら、驚くほど甘い。
こんな上等な砂糖が2ポンド近く…おそらく80ペンスにはなるだろう。」
それを聞いて男は目を丸くした。

「80ペンス!!なかなか良い額だな!」

男が驚くのも無理はない。
豚の丸焼きが1頭で8ペンスぐらいが相場の世の中で、80ペンスはちょっとした額である。
男の声により更に集まってきた仲間たちに見せつけるかの様に、彼は説明を続けた。

「次はこの腕輪だが… 恐らく魔導具の一種だな。
なにやら文字盤が埋め込まれていて、中で針が回転している。
用途は分からんが、さぞかし値の張る一品だろう。
精巧な作りだし、値段は… 見当もつかんな。 金貨3枚か… 4枚は欲しいところだ」

「金貨4枚!?」

男が一際大きな声で驚き、そして思う。

くそ!
俺はこんなガラクタ掴まされたのに、何でコイツばっかり堅実に値の張るもん抑えてやがるんだ。
畜生!こいつ実は商人が化けてるんじゃないのか?

悔しさを滲ませた羨望の眼差しで、男は戦利品を見せびらかす兵士を睨むが、同時に複数の同様の視線が兵士に突き刺さる。
男の他にも、金色に輝く仏壇を荒らし、金メッキどころか金塗装の仏具を嬉々として持ち出したものが少なからずいたし、そもそも半分以上が燃えた集落で、乱取りすら出来なかった者も多数いた。

「まぁまぁ 俺がその位は欲しいと言ってるだけで、いくらで売れるかはわからん。
もっとも、安値で売りさばくつもりはないがね。」

嫉妬の視線を物ともせず自慢する兵士に、妬みの視線の嵐は最高潮に達した。

「ふん!せいぜいガラクタじゃ無い事を祈るんだな。
で、最後のこれは何だ?本か?」

男は表紙に少女の絵が描かれた本を指差す。
その絵はデフォルメされつつも特に胸を強調された肉感あふれる官能的な代物であった。
知る人がみればモグだとかそういう単語が出るかもしれないが、今の彼らに知る由もなかった。
その本について説明を求められた兵士は、これまでで最高の笑みを浮かべて説明する。

「これは… 売るつもりはない。 俺の宝にする。」

そう言って彼はページを開く。
そこにはアンリアルなデフォルメでありながらも、性欲をそそる絵が並ぶ。
物語を綴るかのように絵が配置されているが、言葉が読めないのが残念であった。

「これを見たら、今までに見た裸体画が全てゴミ屑に思えてならない。
市場などで売ってる木版画は当然のこと、娼館に飾ってるような絵やレリーフも屑みたいなもんだ」

賢者のような眼差しで熱く語る彼を傍目に、最後の戦利品には賛否両論が巻き起こったが、それまでに自慢した物のせいか、かれらの付近では異常な興奮状態が広がった。
彼らの思う所は一つである。

『絶対にコイツより金目の物を手に入れる!』

嫉妬という油を注がれた欲望の炎は、今まさに燃え広がらんとしていた。








同時刻

礼文分屯地施設内


守備隊が出払い、最低限の技官等しか残されていない駐屯地内はかつてない緊張に包まれていた。
緑の草が生え茂る尾根にポンと立つレーダーサイトと白い建屋。
その周りを鉄色の鎧兜を身にまとった集団が一定の距離を保ったまま取り巻いている。
そもそも、日常的な戦闘訓練を受けていない彼らが、接近している敵の姿に気が付いたのは完全に囲まれて退路を断たれた後だった。
彼らに残された手は、既に施設全体を守り切れる人数を切っている為、レーダーサイト以外の施設棟を放棄し
出入り口にバリケードを設置して援軍の到着まで持久するのみ。
このまま敵が動かなければ、時間が彼らの味方をするのだが、実際に小銃を持って二階の窓から構える彼らにはそういった事を考えている心の余裕は残されていなかった。

「畜生!俺は業務隊だぞ。なんで小銃構えて戦わなくちゃならねぇんだ!」

小銃を構えた一人が愚痴をこぼす。
見れば彼の銃口は小刻みに震えている。

「うるせぇ、それは俺も同じだ!それに、そんな事言ったって敵が来てるんだから仕方無いだろ。
死にたくなかったら黙って銃構えろ馬鹿が」

その横から愚痴を聞いてた仲間が相手をしてやるが、彼の緊張は収まる様子は無かった。

「畜生。怖くなんかねーぞ。
来るなら来てみろ、脳味噌ぶち抜いてやる… 畜生… 畜生…」

照門から覗く彼の視線が敵の集団の方を向く。
そして照門の間から見える照星が、なにやら賑やかな敵の一角の中心に立っている人物と合わさった時
彼はこう呟いた。

「この屑共… やられる前に… やってやる!」





それはクラウスが布陣を完了し、ルイスらと本隊の到着を待とうと腰を落ち着けた直後の事だった。
見たところ敵は少数、内部にどの程度の兵が潜んでいるかはわからないが、向こうから仕掛けてくることは無いだろうとクラウスは読んでいた。

「あとは、本隊の合流を待つだけだな」

クラウスは眼前の敵の建物を見ながら言うが、その言葉に、部下が不思議そうに首をかしげる。

「クラウス様。見たところ敵は少数。それに防御らしい設備もございません。
本隊の到着を待たなくとも制圧可能なのではないでしょうか?」

彼の意見はもっともである。
施設には堀も防壁も無ければ、窓から見える敵兵も数名程度。
なにも恐れる必要などないのではないか。
だが、クラウスが返した答えは、また別の理由であった。

「たしかに、本隊と別れたとはいえ200名の兵力があれば、あのような防御など無きに等しい建物など
鎧袖一触で制圧できる。
だが、私はルイス殿らと約束したのだ。抜け駆けせず、本隊を待つと。
戦場での約束をたがえることがあれば、神は私の信仰に疑いを持つだろう」

その言葉を聞いた部下の表情は非常に残念そうなものになる。

「ですが、兵達の戦意が高まりすぎて、これ以上抑えられるかどうか…」

クラウスの思いとは裏腹に、兵たちは本隊到着前に自分たちだけで目の前の獲物を平らげたいと切に思っているのだが、その思いは一向に伝わる気配が無い。
何故ならば、辺境伯家で何不自由なく暮らしていたクラウスは、金銭的な執着があまりなかった。
それよりも戦を是とする神の教義を重んじていたため、戦場での誓いを何よりも重視し、本隊合流したら分け前が減るという彼らの焦燥感を理解できずにいた。

「兵達には、敵の逃げ道は絶ったので合戦の機会は残っているから安心しろと言っておけ」

クラウスは、兵達の動揺を鎮めようとしたが、その口から発せられた言葉は全くの見当違いであった。
彼らが今欲しいのは、戦功でも闘いの場でもなく、金銭欲を満たす乱取りである。
そんな焦らされて緊迫感の漂う状態は、ただの一発の銃弾によってダムを決壊させるかのごとく状況を変えられた。
乾いた銃声が響き、戦利品を広げていた兵士の周りに立っていた兵士の一人が、口から血を吹いて倒れこむ。
突然の事で、周りの兵士は一時呆然としてしまったが、攻撃を受けた事を認識してからの彼らの動きは早かった。
銃撃を受けた兵の周囲にいた者達を先頭に、雪崩をうって兵士たちが突入していく。
命令違反ではあったが、これ以上先を越されては堪らないという思いと、先に手を出したのは敵であるという理由が、統制の鎖を引きちぎり彼らの足を前に進めた。
その光景を見てクラウスは慌てて配置に戻るように指示を出すが、一度動き始めた流れは容易には変わらない。

「くっ! 仕方ない… 総員突撃!敵は出来るだけ生かして捕えよ!だが抵抗する場合は斬ってかまわん!」

その声と共に、未だクラウスの統制下にあった側近たちも目の前にそびえる建物に向かって走り出した。
彼らが隠れていた斜面から建物までは数十m。
途中、丸い構造物が載った建物から敵の攻撃が行われているが、窓から乾いた連続音が聞こえ、走る兵士たちの周囲に土埃が立つだけだった。
先ほどの戦闘と違って明らかに兵の被害が少なかった。
敵の守備兵の練度が低いためか、真っ直ぐに敵に突っ込む馬鹿は討ち取られもしたが敵の射撃位置に対して、横移動も加わった方向から突っ込む味方には殆ど損害は出ていない。

「敵の狙いは甘いぞ!恐れることは無い!吶喊!」

その号令により、ここを守る守備兵はたいした事が無いと確信した兵達は、更に嬉々として走る速度を上げる。
すると直ぐに最初に走り出した集団が建物に到達し内部へと侵入していく。
付随する施設は次々に制圧し乱取りの対象となったが、敵が布陣する建屋だけは強固な鉄の扉に阻まれ攻めあぐねていた。
それはクラウスが、やっと制圧した施設に到達しても変わらなかった。

「クラウス様!大方の敵施設を制圧しました。
ですが、敵が篭る建物だけが突破できません。現在、扉を破ろうとしておりますが、なかなか頑丈なため時間が掛かりそうです」

鉄の扉… どのくらいのシロモノかは見ていないので何とも言えないが、今回は攻城兵器を持ち込んでいない為、歩兵のみでそれを破るのは中々に骨だろう。

「魔術兵を使え。土の魔法で扉を、火の魔法と弓兵で二階の敵を黙らせろ」

クラウスは残る建物を眺めながら部下の報告を聞き、すべき事を即座に命令する。
命を受けた部下が去った後、その命令の効果はすぐに表れた。
敵が潜んでいた窓に向かい弓兵が矢を乱射し、同じく魔術兵の火球が窓に向かってほとばしる。
圧倒的な数と練度の差は、数少ない敵兵を無数の矢で射ぬき、火だるまにした。
そして敵からの反撃が無くなったところで、地面から無数の岩石が浮かび上がり、鉄の扉に向かって飛ぶ。
外界を拒絶する扉を開けんとして衝突する岩は、衝突するたびに扉を歪め、遂には壁に止める蝶番ごと、扉を壁から引きはがした。
ごわんと音を立てながら倒れる扉を踏み越え、クラウスも兵達と一緒に室内へと突入する。
一部屋づつ内部を制圧し、中枢となる部屋のドアを蹴破ると、中にいた全員が驚愕の顔でこちらを向く。
そこにいたのは文官か何かなのか、剣を向けると全員が手を上げ投降の意思を示した。

「それにしても…」

クラウスは敵を縛り上げた後、まじまじとその部屋を見渡す。

「一体、なんだここは…」

巨大な地図が書かれた薄く光る壁に、色々な印がかかれている。
恐らくはこの島の地図を中心とした魔法の地図か何かだろう。
見覚えのある湾に赤い印があるが、あれは私の船団だろうか?
島の周りを青い印が動いているが、兄上の艦隊はどこだろう?
疑問は尽きなかったが、その地図の中に特に目を引く印があった。
それは他とは比較にならないスピードで地図の上を滑る青い印。
一方はクラウスの艦隊へ、もう一方はルイスの向かったと思われる方向へ吸い寄せられるように動いて行った。

「!? まさか!」

嫌な予感がする。
クラウスは不穏な気配を感じとり、急いで建物の窓辺へ走り港に停泊している船団に視線を向ける。

「無事か…」

視線の先には特に何も無く健在な味方船団。
杞憂だったかとクラウスが、そう安心した瞬間だった。

頭上を、竜の咆哮の様な音と共にナニカが通過していく。

「!?」

クラウスが驚いた時は既に遅かった。
船団に向かって飛んでいく物体から何かが零れ落ち、次の瞬間、船団は紅蓮の炎と黒煙に包まれた。
それは辺り一帯を多数の爆発で覆い、揚陸した物資ごと船団は廃材の山と化して燃え始めた。
突然の事でクラウスは言葉を失う。
空に視線を戻すと、攻撃を終えたその物体は進行方向を変え、その姿を再度クラウスに誇示する。
それは盾のような形状の物体が空を舞っていた。
飛龍もかくやという速度で、力強く、優雅に、そして我が物顔で大空を支配している。
その光景に思わず見とれていたクラウスが思考を取り戻したのは、別の方向から聞こえる2発目の爆発音によってだった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.038995027542114