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No.29737の一覧
[0] 試される大地【北海道→異世界】[石達](2012/11/29 01:19)
[54] 序章[石達](2012/11/29 01:05)
[55] 起業編1[石達](2012/11/29 01:06)
[56] 起業編2[石達](2012/11/29 01:07)
[57] 起業編3[石達](2012/11/29 01:08)
[58] 国後編1[石達](2012/11/29 01:08)
[59] 国後編2[石達](2012/11/29 01:09)
[60] 転移と難民集団就職編1[石達](2012/11/29 01:09)
[61] 転移と難民集団就職編2[石達](2012/11/29 01:10)
[62] 礼文騒乱編1[石達](2012/11/29 01:10)
[63] 礼文騒乱編2[石達](2012/11/29 01:11)
[64] 礼文騒乱編3[石達](2012/11/29 01:11)
[65] 礼文騒乱編4[石達](2012/11/29 01:12)
[66] 戦後処理と接触編1[石達](2012/11/29 01:12)
[67] 戦後処理と接触編2[石達](2012/11/29 01:13)
[68] 嵐の前編[石達](2012/11/29 01:14)
[69] 北海道西方沖航空戦[石達](2012/11/29 01:14)
[70] 大陸と調査隊編1[石達](2012/11/29 01:15)
[71] 大陸と調査隊編2[石達](2012/11/29 01:16)
[72] 大陸と調査隊編3[石達](2012/11/29 01:16)
[73] 魔法と盗賊編1[石達](2012/11/29 01:17)
[74] 魔法と盗賊編2[石達](2012/12/08 01:24)
[75] 決戦[石達](2012/12/08 01:20)
[76] 盗賊と人攫い編1[石達](2012/12/31 22:47)
[77] 盗賊と人攫い編2[石達](2013/01/19 21:24)
[78] 盗賊と人攫い編3[石達](2013/01/19 21:23)
[79] 道内情勢(霧の後)1[石達](2013/02/23 15:45)
[80] 道内情勢(霧の後)2[石達](2013/02/23 15:45)
[81] 外伝1 北海道航空産業の産声[石達](2013/02/23 15:46)
[82] 東方世界1[石達](2013/03/21 07:17)
[83] 東方世界2[石達](2013/06/21 07:25)
[84] 東方世界3[石達](2013/06/21 07:26)
[85] 幕間 蠢動する国後[石達](2013/06/21 07:26)
[86] 東方世界4[石達](2013/06/21 07:27)
[87] 東方世界5[石達](2013/06/21 07:27)
[88] 東方世界6[石達](2013/06/21 07:28)
[89] 東方世界7[石達](2013/06/21 07:28)
[90] 世界観設定[石達](2013/06/23 16:49)
[91] 人物設定[石達](2013/06/23 16:57)
[92] 東方世界8[石達](2013/07/15 01:51)
[94] 帝都ティフリス1[石達](2013/08/09 02:02)
[95] 帝都ティフリス2[石達](2013/08/12 00:21)
[96] 帝都大脱走1[石達](2013/09/23 00:16)
[97] 帝都大脱走2[石達](2013/09/22 22:47)
[100] 帝都大脱走3[石達](2014/02/02 03:03)
[101] 対エルフ1[石達](2014/02/02 03:03)
[102] 対エルフ2[石達](2014/02/05 22:45)
[103] 対エルフ3[石達](2014/02/05 22:45)
[104] 対エルフ4[石達](2014/02/05 22:46)
[105] カノエの素性1[石達](2014/02/05 22:46)
[106] カノエの素性2[石達](2014/02/09 13:13)
[107] 別れ、そして託されたモノ1[石達](2014/02/09 13:14)
[108] 別れ、そして託されたモノ2[石達](2014/02/09 13:16)
[109] 決意[石達](2014/02/09 13:42)
[110] 新しい風[石達](2014/04/13 10:41)
[111] 交流拡大、浸透と変化1[石達](2014/04/13 10:41)
[112] 交流拡大、浸透と変化2[石達](2014/06/04 23:46)
[113] 交流拡大、浸透と変化3[石達](2014/06/04 23:47)
[114] 交流拡大、浸透と変化4[石達](2014/06/15 23:55)
[115] 交流拡大、浸透と変化5[石達](2014/06/15 23:55)
[116] 平田、大陸へ行く1[石達](2014/08/16 04:02)
[117] 平田、大陸へ行く2[石達](2014/08/16 04:02)
[118] 対外進出1[石達](2014/09/14 08:19)
[119] 対外進出2[石達](2014/08/16 04:04)
[120] 対外進出3[石達](2014/10/13 01:58)
[121] 回天1[石達](2014/10/13 01:59)
[122] 回天2[石達](2014/10/14 20:24)
[123] 回天3[石達](2015/01/18 08:20)
[124] 回天4[石達](2015/01/18 08:24)
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[29737] 礼文騒乱編2
Name: 石達◆48473f24 ID:a6acac8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/29 01:11
礼文島

船泊港


沿岸部への攻撃の後、北海道側から船泊港と呼ばれる港にクラウスは降り立っていた。
兄上の指示通りガレー船と別れた輸送船団は、目につく陸地の中でも一番近い陸地に上陸し、先陣を切って海岸に展開したクラウスの手勢は最寄りの集落を制圧すべく即座に南下を始めた。
辺りには警報なのか、けたたましい音が鳴り響いている。
既に近隣の建物からは人影は無く、付近の建物を兵士が捜索しているが、やはりもぬけの殻だった。
クラウスも占拠した建屋や港を見て回り、驚きの目であたりを物色している。
というのも、今回上陸した港を見た時から、クラウスはその港に目を奪われていた。
傍目は小さな集落だが、その港の整備状況には驚きを隠せない。
活気と言った面では寂しいが、その岸壁の丈夫なつくりはプラナスの港以上である。
石積みの埠頭ではなくモルタルの様な岩の塊で作られている。
それを見たクラウスは似たような物の伝聞を思い出した。
以前、税を納めに来た密貿易を商う商会(海賊の表向きの顔なのだが)の会頭が東方の異教徒の国で使われている、火山灰を練って作る巨大建造物の事を話してくれたことがあったが
おそらく、これもその一種だろう。
モルタルなんてレンガの間に挟むだけの弱いものだと思っていたが、実際に目にしてみるとその技術力に驚く。
触ってみるそれは、まるで本物の岩のように頑丈であり、船着場として理想的な形に自由に形作られている。
是非とも、この技術を我が領内に使えないだろうか。
そのためには職人を多数捕縛しなくては…
そう考えた、クラウスは部下に命令を発する。

「よし、進軍だ!ただし、住民は殺すな!すべて生かしたまま捕縛するんだ!」

次々に上陸する軍勢が南下していく、クラウスの知らぬところで海上の戦闘は終わり向かっていったが、
陸上の戦いは今これから始まろうとしていた。






侵攻軍襲来1時間前


礼文島

船泊村



島の北側に位置する船泊村。
この村に一つだけある駐在所に平田信吾巡査部長(27)は勤務していた。
道内が転移後のゴタゴタでてんてこ舞いになっている中、コンブ漁を主産業とするこの村には特別な変化は無かった。
いや、変化と言えば海の向こうに巨大な陸地が現れたという大変化はあったのだが、少子化と高齢化が進んだ静かな村には

「ありゃ なんだべな~。まぁ、役場が調べてくれるっしょ」

くらいの騒ぎにしかならなかった。
そんな静かな村で、今日も平田巡査部長は勤務に励む。
まぁ、犯罪と言う言葉が村人の辞書から消えそうなほど平和な村では、一人暮らしの高齢者の見回りがメインの仕事なのだが…
そんなこんなで、朝から自転車で数件の家を回って、未だ極楽浄土へ旅行に出た人がいない事を確認し、次の旅行準備者宅へ行こうとしたところで、前方から一台の軽自動車がやってきた。
見れば、運転席の窓ガラスを全開にしながら走る車内から手を振っている。

「しんちゃ~ん」

乗っていた女性ドライバーがこっちに声を掛けながら横に止まる。

「さとちゃんじゃないの。なしたの?」

「いんや。姿見えたから、声かけただけ~」

彼女の名は林野さと子。
同じ礼文島で育ち小学から高校まで同じクラスだった同級生だ。(まぁ一学年が10名弱しかいないので当然だったが)
そんな彼女は高校卒業後、札幌の専門学校へ進学し、そのまま向こうで結婚していた。
当時、結婚式の招待状を貰った信吾は、おめでとうと言いつつも仕事があると言って式には出なかった。
出来る事ならば彼女を祝福してやりたかったが、未だ彼女に抱いていた淡い感情の反動が彼にそれをさせなかった。
それから数年がたち、信吾も彼女の事を忘れかけた頃に、彼女は島に戻ってきた。
偶然、フェリー乗り場に来ていた信吾は桟橋から降りてくる彼女を見つけた。
最初は声をかけるか悩んだが、もう吹っ切れたと自分に言い聞かせて彼女に声をかけた。
声を掛けられた彼女は最初は驚いていたが、昔と変わらぬ笑顔で信吾に言う。

「帰って来ちゃった。」

てへっと表情では笑う彼女だったが、その目は赤い。
彼女曰く、旦那がクソ過ぎて別れてきたそうだが、その時は、信吾は黙って長々と続く愚痴を聞いてやることにした。
そんなこんなで、彼女も今は実家に戻り、礼文島の観光ガイドの職に就いていた。

「仕事はもういいの?」

信吾が聞く。

「観光客が激減したのにガイドもないべさ。
転職の考え時かなぁ~」

「でも、島の仕事っつたって、なんか良いのあるか?」

さと子は口を人差し指で押さえながら考える。

「ん~~、色々と厳しいよね~
もう島外には出たくないし、誰かの嫁にでも貰ってもらうかなぁ」

「バツイチですが宜しくって?」

「うっさいわ!馬鹿ぁ」

笑いながら信吾が言い、さと子も笑いながら拳を振り上げる。

「まぁ 冗談はいいとして、これからお父さんのいる漁港にお弁当持っていくから、もう行くね。」

「あぁ こっちもあと一件ほど昼前に回るんだわ。それじゃぁ またな」

「うん、ばいばーい」

彼女を乗せた軽自動車が走りさる。

「嫁ね…」

信吾はそう呟くと、少し物思いにふけりながら自転車に跨って次の巡回先へ向かうのだった。




………

「…でねぇ、お巡りさんが来てくれるのが楽しみでねぇ。
毎日こうやってまってるんだわ」

人付き合いに飢えている人ほど話が長い。
この岡田のばぁちゃんもその例に漏れない人だった。
既に何十分滞在しているだろうか…

「じゃぁ おばあちゃん。俺、そろそろ…」

申し訳なさそうお暇しようと信吾が言うが、立ち去ろうとする彼を押しとどめて彼女は話を続ける。

「あぁ そういえば、おはぎ作ったんだけど食べてってくんないかい?
一人じゃ食べきれなくてね」

「いや、俺、そろそろ戻らないといけないんだけど…」

「今回は特別出来がいいんだよ」

帰ろうとするたびに、何かしらの理由を作って引き止める彼女に信吾は思う。
…うーん、意図的に聞いてねぇなこりゃ
そう思った信吾は、どうやって逃げようか本気で考え始めた時、警察無線が唐突になった。

『香深駐在所より、平田巡査部長へ。 
香深駐在所より、平田巡査部長へ 応答求む』

無線から聞こえる自分を呼ぶ声。
信吾は、これでこのばぁちゃんから逃げられるなと思い無線に応答する。

「こちら平田。 なにかありましたか?」

『稚内署から連絡だ。
現在、本島へむけ西方海上から武装集団の船が向かっている。
ついさっき島の北側に避難勧告が出されたから住民を島の南部へ誘導をしてくれ。
言っとくが悪い冗談の類じゃないぞ。大マジだ!』

武装集団?冗談じゃないのか?
余りに唐突な連絡に信吾の思考は止まるが、それとほぼ同時に周囲に響く防災無線から鳴るサイレンで現実に引き戻された。

『着上陸侵攻情報。着上陸侵攻情報。当地域に着上陸侵攻の可能性…』

「マジかよ…」

けたたましく鳴るサイレンと繰り返されるアナウンスが、無線連絡が本当だと証明し、信吾はそれを呆然と聞く。

『分かったか?平田!』

しばらく黙って放送に耳を傾けていたせいで、無線に返事をするのを忘れていた。

「了解しました。これより、住民の避難誘導に入ります」

信吾は無線を戻すと真面目な顔で目の前の岡田のばぁちゃんに向き直る。

「聞いてたか?ばぁちゃん!避難だよ避難!」

激しく動揺しているばぁちゃんは、あわあわと返事をする。

「ちょ、ちょっと待ってね。着替えやら用意してくるよ」

「そんなのいいから!貴重品だけ持ってさっさと逃げるよ!
俺は他の世帯を見に行くけど、ばぁちゃんは貴重品もったら早く避難してね!」

そういって信吾は家の外に飛び出した。
外では、放送を聞いた村人が何事かと表に集まってきている。
一体何の冗談かと住民たちが話し合っていると役場支所からスピーカーの付いた車が走り出てきた。

『避難警報が発令されました。住民の皆様は貴重品だけ形態して島南部へ避難してください。
車のある方は自主避難をお願いします。車の無い方は役場が車を出しますので、中学校グラウンドへお集まりください…」

最初は誤報かと思ったが、同じ内容を役場の車が流している。
表に出ている皆は、未だ信じられないのか固まっていた。
これはいけない。それを見た信吾は、手を叩いて皆の目を覚まさせるように叫ぶ。

「みなさん!放送のあったように避難警報が出ました!すぐさま貴重品だけ持って避難してくださーい!」

信吾がそう叫んだ瞬間だった。
遠くで連続した爆発音が聞こえる
その場の全員が何事かと海岸へ走ると、湾の西端にある漁港から黒煙が上がっている。
閃光が走り、遅れて爆発音が響く。
見れば数隻の帆船が湾内に侵入し始めていた。

「避難!避難だ!急げ!」

その声に目が覚めた村人は蜘蛛の子を散らすように貴重品を取りに家々に戻っていった。

「なんてこった。もうそこまで来てんべさ。
急いで住民を避難させなきゃヤバいべや」

信吾は急いで周囲の家々を回り、住民が避難を始めていることを確認して回る。
役場の放送などがかかっているが、耳の悪い年寄が聞き漏らしている可能性もある。
集落の北側から役場支所にかけて、避難状況を確かめながら信吾は駆け回った。
一通り回って、住民が避難を始めるのを見ると信吾はその列に加わる。

「誰かいない人はいませんかー!
ご家族、近所の方はちゃんといますかー!」

避難民の最後尾について叫ぶが、特に申告は無くどうやら皆避難できているらしい。
だが、順調な避難とは裏腹に爆発音はどんどん近づいてくる。
最初は西側のスコトン岬に近い漁港から爆発音と黒煙が登っていたが、今では湾の中心の港からも黒煙が登っていた。

「あぁ 浜中港が…」

漁港が攻撃され、停泊していた船が燃えている。
一同は建物の間から海を眺めつつその光景に息を飲んでいた。

駄目だ。皆、その光景に目を奪われて足取りが止まってしまった。早く避難しなくちゃならんのに!
信吾は歩みが止まってしまった避難民の列に力の限り叫ぶ。

「みなさん!止まらずに避難してください!役場支所までもうすぐです!
役場の車が待機してますので早く逃げてください!」

信吾がせかす。
それに動かされて皆が再び動き出す。
老人が多いため、決して早い移動ではなかったが、それでもやっと支所についた。
すぐさま役場の職員が、用意した車に避難民を乗せていく。
もちろん役場の車だけでは数が足りない、地元の有志の車に便乗させる形でなんとか数を確保していた。
信吾は職員の一人を捕まえて現状を聞く。

「村の北半分は避難してきたさ。残りはどうなってるべ?」

「浜中より西は避難完了です。ですがそれ以東は、地元の有志が近隣のホテルからマイクロバスを借りて
車の無い高齢者世帯の救出に向かいましたよ。」

「そうか。わかった!ありがとさん!」

刻一刻と謎の船団は近づいているが、避難自体は順調に進みそうだ。
信吾とその職員は発車する車に乗った村人を見送る。
そして最後の車を見送った時に、あることに気が付いた。

「あれ?岡田のばーちゃんは?」

「岡田さんの所のおばあちゃんですか?
いや、見てませんが、他の車に便乗して避難されたのでは?」

新語の言葉に、自分たちも逃げる準備をしていた職員が答える。
信吾は嫌な予感がした。
確かに、あのばーちゃんには最初に声をかけたが避難しているところを見ていない。
もしかしたら、未だ避難していないのでは…

「ちょっと、俺、見に行ってくる。戻ってくるまで車一台残しておいてくれ」

「え? ちょっと!」

職員の返事も聞かず信吾は駆け出した。
道なりに住宅地を抜け、ばぁちゃんの家を目指す。

「まだ時間は大丈夫だろうか」

こうしている間にも、謎の船団は近づいてくる。
あとどれほどの猶予があるのか。
気になった信吾は家々の隙間からちらりと海を見た。
だが、そこには既に信吾の願望を裏切るかのように、真っ白な帆を掲げた船が港に入港する姿が見えた。
甲板には多数の人影が蠢いている。時折反射する光は、彼らの手にある大型の刃物の反射光だとすぐに分かった。

「あいつら、船泊港に上陸する気かよ… 冗談じゃないぞ」

焦った信吾は必死に走る。
頭の血管が切れそうになるほど必死にダッシュして、ようやく集落の北側に近づいた所で、目の前の道路上に小さな後ろ姿が見えた。

「ばっ…・ばぁ…っちゃん! 何…してん…だ!

信吾は目の前の後姿に向かって本気で叫ぶ。
全力で走ったため中々声が出ないが、それでも岡田のばぁちゃんは気づいてくれた。

「あら、お巡りさんどうしたの?そんなに息切らして」

現在の状況が余り理解できていないのか、特にあわてた様子も無く彼女は信吾に聞く。
そんな落ち着いた様子の彼女に、肩で呼吸をしながら信吾は彼女の肩を掴んだ。

「どしたのじゃないよ! ばーちゃんこそ何してるの!早く避難しなきゃ!」

「いや、ちょっと忘れ物を取りにね。年取ると忘れっぽくていかんわ」

彼女は、はっはっはと能天気に笑うが、それに対して信吾は語気を強めて叱る。

「忘れ物じゃないよ!もうすぐそこまでワケの判んないやつらが来てるんだから
そんなものほっといてさっさと逃げるよ!」

「駄目」

彼女は首を振って言い放つ。

「駄目!?一体、何を忘れたの?」

もうそんなに時間は無いのにと焦りつつ、呆れたように信吾が聞く。

「おじいちゃん」

「おじいちゃん?」

おじいちゃんを忘れた?
信吾の頭に?マークが浮かぶ。

「去年死んだあの人を残して行けないよ」

「何言ってるんだよ。ばぁちゃん!」

「せめて位牌くらいは持っていかないと、一人にしちゃ可哀想だし…」

彼女の目には、悲しげな光が宿っていた。
おそらく、この雰囲気は諦めるように説得しても聞かないだろう。
そう思った信吾は、今一度大きな深呼吸をした。

「よし!じゃぁ俺が取ってきてあげるから、ばぁちゃんは役場の支所まで逃げろ
そこに役場の人が待ってるから早く逃げるんだ。いいね?」

「で、でも…」

「いいから、まかせて。そのかわり、ばぁちゃんも必死に逃げるんだよ?」

信吾は岡田のばぁちゃんを回れ右させて背中を叩くと、その反対方向へ駆け出した。
岡田家は村の北側に位置する。
彼女と会えた地点が既に彼女の家からさほど離れていない場所だったため、200mばかり走るとすぐに目的地に到着した。
幸い玄関に鍵はかかっていない(というか鍵なんて無かった)
信吾は土足で家の中に上がり、すぐさま目的の物を探す。
あまり大きくない家だったため、目的の物はすぐに見つかった。
位牌は、仏間の小さな仏壇にちょこんと置かれていた。
信吾は一応仏壇に手を合わせた後、それを懐にしまう。

「よし!位牌は回収したし、俺も逃げるか!」

そう気合をいれて玄関から出た瞬間だった。
丁度、此方の家に侵入しようとしていた鉄の鎧を着た髭面の男と目があう。

「ヒャッハーーー!!!」

男は、信吾が言葉を掛ける暇も無く、風切音と共に男は剣を振り下ろしてくる。
なんとか間一髪で信吾はそれをよけたが、イキナリの事なので体勢を崩してしまった。

「な!ななな何だ!お前!」

尻餅をつく信吾は男に問うが、その答えは更に続く斬撃だった。
横に跳び、転げまわって避けるが相手は止める素振りをみせない。
何度かの斬撃を避けると、その男は無様な逃げ様を面白がってか、笑いながら剣を構えて近づいてくる。
これはヤバイ。
そう思った信吾は、取り出した銃を構え男に向けた。

「止まれ!止まらないと撃つぞ!」

男はにやけた顔のまま近づいてくる。
全く怯む様な様子はない。
それどころか信吾の姿を見ながらニヤニヤと笑っている始末。
そして雄たけびと共に再び剣を再度振り上げたところで、信吾は撃った。

パァン!

最初は威嚇として空に撃ったが、いきなり響いた大きな音に、流石に驚いた男は慌てて身構える。
目を丸く見開いてこちらの様子を伺っている。
だが、大きな音がしただけで、特にこれといった怪我が無い事を男は確認すると、男はニヤリと笑って再び剣を振りかぶる。
信吾の頭を叩き割らんと振りかぶる男。
その男に、信吾の二発目の弾丸が放たれた。

パァン!

「グァァァアァ!!!」

着弾と共に、太ももを押さえて男が倒れる。

「やったか!?」

初めて人を撃った。
本来ならば、その事に対する葛藤があってもよかったのだが、状況がそれを許さなかった。
最初の銃声を聞きつけ、付近の家を荒らしていた他の仲間が通りに出てくる。
そして二回目の銃声で仲間が倒れるのを見ると、怒りの表情を浮かべて此方に走り出してきた、

「やっべ。逃げるぞ!」

信吾はダッシュした。
流石に鎧兜で武装した集団と、制服だけの信吾とでは速さが違う。
みるみる武装集団を引き離す。
これなら逃げ切れるかと思った瞬間、信吾の視界に岡田のばぁちゃんの後ろ姿が目に飛び込んできた。

「いかん!ばぁちゃんコッチに気付いてない!」

耳が遠いのか異変に気付いていない様子でひょっこりひょっこり歩いている彼女に、信吾は力の限り叫んだ。

「おーい!!ばぁちゃん!逃げろー!!」

信吾の何度目かの呼びかけにようやっと気付いたのか、彼女は一度こちらを振くと血相を変えて走り出した。
だが老婆の全速力は強歩と大差なかった。
既にかなり近くまで来ていたこともあり、あっという間に信吾が追い付く。

「ばぁちゃん!掴まってろよ!」

「うひゃぁ」

信吾は、説明も無しに彼女を肩に担ぐと再び走り出す。
だが、人一人担いで走るのは、信吾の速力を大いに落とした。
先ほどまでに稼いだ武装集団との差もみるみる内に縮まっていく。

「畜生!こんな所で死んでたまるか!」

そう気合を入れるが状況を変わらない。
もう十数mの所まで奴らが追いかけてきている

「あと300m!」

このままでは追いつかれてしまう。
流石の信吾も老婆を担いだ全力疾走でスタミナもとことん使い果たし、もうだめかと思われたその時、
数十m前方の橋の周囲に緑色の集団が小走りに並ぶのが見えた。
信吾は最後の力を振り絞りその方向へ駆け抜ける。
信吾が走りきり、その集団の横を通過した瞬間だった。
ゴールテープの代わりに、辺りに耳をつんざく銃声が鳴り響く。
体力の限界からか崩れ落ちる信吾。
振り向くと迷彩服の男たちが追ってくる集団に銃撃を加えている。
それにより、信吾を追いかけていた者達が血潮の花を咲かせながら道路に積み重なっていった。

「自衛隊ですか」

老婆を背負った全力疾走に、息も絶え絶えになった信吾は聞く。

「あぁ よく頑張った。
我々はここに防衛線を張って持ちこたえるから、君らは島南部へ避難してくれ。
役場の車も後方で待っているから、疲れているかと思うがもうひと踏ん張りだ」

指揮官と思しき人が信吾に手を貸して引っ張り起こす。
そう、まだ助かった訳ではない。
あの職員が待っててくれている。早く戻らねば…
信吾は足に鞭打ち岡田のばあちゃんを連れて急ぐ。
防衛線から役場の支所まではさほど離れていなかった。
拓也が彼らと会った場所から100mほど移動すると支所の駐車場についた。
そこでは、車をアイドリング状態にした職員が一人で待っていてくれた。

「ご苦労様です!ささ!早く乗ってください」

そういって彼がスライドドアを開けると、信吾は急いでばぁちゃんを押し込む。
信吾もフラフラとした足取りで助手席に乗り込むと、やっと落ち着くことが出来たため、懐に持っていた位牌をばぁちゃんに渡した。

「おばぁちゃん。これだろ?おじいちゃんはちゃんと連れてきたよ」

信吾は金色で縁取られた黒い位牌を彼女に渡すと。
岡田のばぁちゃんは、両手で大事に受け取り涙ホロリとを流して頭を下げた。

「ありがとう。ありがとうね」

何度も繰り返される彼女の感謝の言葉。
その言葉を聞き信吾もやり遂げた気分になり、疲れが若干引くかのような感じを覚えた。

「じゃぁ 行きますか」

運転席からそのやり取りを見ていた職員は、一度信吾の顔を笑ってチラリと見るとゆっくり車を出した。

「ふう これで避難は完了か…」

一息ついて信吾が言う。

「そうですね西側の地域へ向かったマイクロバスが戻れば完了です。
あ!見てください!ちょうどこっちへ戻ってきましたよ!」

見れば前方からマイクロバスが戻ってくる。
東南部へ向かうには道道40号線の一本道なので、西方からの車は全てこっちを通過しなければならない
信吾らは交差点にてバスを待つと、戻ってきたバスに避難状況の確認するため車を降りた。
だが、バスの運転手が窓を開ける前に信吾の携帯が着信を知らせる。

「誰だ?こんな時に…」

画面に表示された名前は、"林野さと子"

「ん?さとちゃん?なしたんだべ?」

不審に思った信吾は電話を取る。

「さとちゃん!大丈夫か!?」

「あぁ!良かった!しんちゃん助けて!」

電話の向こうから緊迫した声が聞こえる。
相手の声色からしてただ事でないのはすぐに感じ取れた。

「いったいなした!?」

信吾が真面目な顔になり聞き返すが、信吾が電話をするその横でも緊迫した会話がなされていた。

「バスが向かえない!? 一体どうしたって言うんですか!」

職員が叫ぶ。
それに対するバスの運転手の答えと電話の向こうのさとちゃんの答えは奇しくも重なった

「「攻撃で燃えた車が道を塞いでて避難できないの(んだべ)」」

信吾と職員はお互いの顔を見合わせて絶句した。
かれらの長い一日は、まだ始まったばかりだった。









信吾たちを追う集団を撃退した元陸上自衛隊 第301沿岸監視隊派遣隊は、礼文島の北側、久種湖から流れ出る大備川に沿って展開していた。
現在は組織名が連邦軍へと肩書は変わったが、編成的には何ら変化は無い。
だが、そんな彼らも、自分たちを取り巻く戦略環境がガラリと変わってしまった事を橋の上に転がる敵の死体を見ながら実感していた。
そんな防衛線を展開する部隊の中に、一人の隊員が駆け寄ってきた。
彼は一直線に、階級が一番高い人物の所まで駆けてくると、彼に向き直って敬礼をしながら報告する。

「隊長!報告します。船泊湾西部の集落が道路上の火災の為、孤立している模様です。
先ほど走ってきた警官と役場の職員が、住民の救出に向かいましたが如何しますか?」

その報告を受けた辻3等陸佐は島北部の地形をイメージすると考えるまでも無く指示を出した。

「分屯地の通信隊に連絡して応援を出してもらえ。
防衛地点からは人員をこれ以上割けん」

この場で援軍が現れるまで持久しなければならない以上、前線から救助に割く人員を抽出する余裕はない。
5隻の船に満載された武装集団を相手にするには、彼らは少なすぎる編成だった。
それに、彼らは敵の規模を現状で一番熟知している。
なぜなら、今回の騒乱で異変を一番最初に察知したのは彼らのレーダーだった。
不明船団の接近、海保の接触、そして沈没に至るまでを彼らは監視し報告し、リアルタイムで敵の情報を集めている。
そして敵船団の一部がこちらに向かってくるのを見た時は、部隊に非常呼集をかけられたが、その時点ではまだ敵が上陸してくるとは本気で思ってはいなかった。
冷戦時から現代まで、礼文島の戦略的価値はレーダーサイトであり、それに対する航空攻撃は十分なリアリティを持って考えられていたが
島自体の占拠は、あるとしても北海道の占領後。
実際の所、隊員たちはそのくらいにしか考えられていなかった。
だが、彼らの先入観は転移後には通用しなかった。
敵船団の湾内突入という事態が、彼らの予想をぶち壊す。
ここに来てやっと、敵上陸部隊との陸戦を想定した臨戦態勢が敷かれたが、もともと分屯地全員で40名ほどしかいない。
その内訳も、沿岸監視隊派遣隊・基地通信中隊礼文派遣隊そして業務隊の3つを合わせて40名である。
最小限のレーダー運用要員と守備を除いて、ほぼ全力出撃の臨時編成を行ったが、それでも3個分隊が精一杯だった。(これには業務隊も守備にぶち込んだ。)
その甲斐あってか、水際での上陸阻止こそできなかったものの、川を防御陣地として敵の阻止には成功したようである。
だが、彼らは知っている。
5隻もの船に満載された兵員があの程度では無いことを…

報告に来た隊員に指示を出した辻三佐が、視線を眼前の橋に戻して皆に聞こえるよう大きな声で隊員を鼓舞する。

「さぁ 次がお出ましだぞ!民間人の避難が終わるまで、死んでも奴らをここから通すな!わかったか!」

各所に展開する隊員から、それに応えるように威勢のいい返事が返ってくる。

稚内には難民監視の部隊がまだいるはずだ。
増援が間に合えば勝てる。間に合えさえすれば…

辻三佐はそんな事を考えながら、続々と現れた敵の集団に向かって次の射撃を命令する。
命令と共に耳をつんざく銃声があたりを支配し、橋の上に赤い血を流す肉袋が積み重なっていく。
だが、幾ら倒しても敵の流れは止まらない。
戦争は数だと古来より言われているが、それを質でカバーする。
旧自衛隊の是とした理念の本懐を見せる時が来たのだった。




船泊港


もぬけの殻だった港で、クラウスは物資の揚陸の指示を取っていた。
既に斥候と、揚陸の終わった歩兵主体の貴族の部隊から順に南方に見える集落に向かっている。
今の所、制圧した港も付近の集落も、住民全てが逃げた後であった。
逃げた住民も未だに補足出来てはいない。
これは間違いなく、この島の領主に我々が上陸したという情報が行ったと見て良いであろう。
その確信の下、クラウスはいずれ来る守備兵の来襲に備えて、揚陸される兵を逐次集落へ向かうのではなく、港に残って物資の揚陸を優先した。
他の貴族の兵が嬉々として乱取りに向かうのを見て、配下の兵は、焦る気持ちが体から溢れんばかりになっているが
クラウスは「命令違反は即座に斬り捨てる」と宣言してそれを抑え込んだ。
乱取りは早い者勝ちである。
兵達の焦燥感もわからないでもない。
だが、準備不足のまま兵力を投入するなど愚の骨頂である。
一部の馬鹿貴族は、先陣を切って乱取りに向かい、統率なんて有って無いの如し。
配下の兵も、船を降りた順に集落へ走って向かう。
あれで敵の待ち伏せにあったら如何するんだろうか。
いきなり頭を潰されて潰走なんて事態になったら目も当てられない。

「伝令!あのバカ共に単独で突っ込み過ぎるのは危険だと言ってこい!」

そもそも今回の遠征は、指揮系統がおかしい。
兄上が未だ戻ってこぬため、我々の輸送船団は頭を失った状態になっている。
クラウスの船以外は兄上の直臣ばかりであり、そして、そのどれもが影響力の強い家臣ばかり。
抜きんでている者もいなければ、特に序列が低いものもいない。
言い換えるならば、誰もが主導権を握れずにいる。
その為、先ほどのような独断専行がまかり通ってしまった。
どうしようもないなと思いながらも、クラウスは着々と進撃の準備を整える。
そんなクラウスの船から10羽ほどの軍鳥が渡し板を伝って揚陸されてくるのが見えた。
人の背丈を超える体躯に、頭部を覆う純白の羽毛と胴体を覆う漆黒の羽毛が、強靭な足と、人の頭くらい平気で噛み砕く巨大な黄色い嘴を相まって勇壮な姿を晒している。
その中の一羽。
一際煌びやかな面蓋いを被った個体にクラウスは近づく。
そしてクラウスは、その横顔を撫でながら語りかけた。

「待ってろよ。すぐに思う存分働いて貰うからな」

鳥は「クェーーー」と主人に返事をするかの如く鳴く。

そして、丁度その時だった。
斥候や一部の馬鹿貴族が先行した集落の方向から連続した炸裂音が聞こえた。
まるで鉄板をハンマーで叩いたかのような連続音があたりに木霊する。
クラウスは鳥の横顔を撫でながら真剣な表情で音のした方角を見た。

「やはり来たか… 残りの荷揚げは水兵に任せ、騎兵は直ちに騎乗!
歩兵、魔術兵も装備を確認しろ!準備完了次第、敵の掃討へ向かう!」

その命に、兵達からは待ってましたと声が上がる。
士気旺盛、戦意も上々。王国でも屈指の練度を誇るクラウスの兵。
鎧袖一触。
誰もが勝利を確信していた。
兵たちは素早く隊列を組み、揚陸を終えた他の貴族や騎士と合流しながら集落へ向けて南下する。
だが意気揚々と進軍した彼らであったが、それも集落の入り口に来たところで彼らの足が止まってしまった。
先行していた兵が我先にと逃げ戻ってきたのだ。
わらわらと蜘蛛の子をを散らしたように戻ってくる男たち、そんな彼らを見て何事かと思っていると
逃げ戻る彼らに交じってクラウスの放った斥候が戻ってきた。

「先行していたパヘロ様、待ち伏せしていた敵の陣に果敢に切り込むも、あえなく討死なされました!」

斥候がクラウスに状況を知らせる。
なるほど
言わんこっちゃない。
聞けば勢いのまま突撃し、配下の兵の1/4数を道連れにやられたとか。
彼の兵は総勢で200名ほどだったから、いきなり50名も無駄に浪費したことになる。
クラウスは勝手に突っ込んで死んでいった馬鹿に呆れ返ったが、50名の代価で、軍を乱す無能な馬鹿が一人排除されたと前向きに考えてみる事にした。
武人にとって無駄死にこそ最も恥ずべきことの一つである。
そう考えてやらなければ、彼に道連れにされた兵達が無念すぎる。

「それで、敵の詳細は?」

無能のために道連れにされた兵たちの無念を思いつつも、クラウスは、軽く頭を振り思考を切り替えて斥候に問う。

「この先の川に沿って陣を張っている模様で、橋へ殺到したパへロ様の兵に対し付近の家や障害物の陰から攻撃してきます。
見た目にはさほど数は多くないようですが、未知の武器を持っているようです。
破裂音の後、兵がバタバタ倒れたのを見る限り、新手の魔道具かと思われます。」

「敵は魔術師か?」

一人の貴族が斥候に尋ねる。

「おそらくは… 私はあのような魔術は初めて見たので、わかりかねます。」

詳しい事は分からないという斥候の様子を横目に、クラウスの横に立つ騎士が小さく呟く。

「もしかすると… 噂のアレか…」

「なにか御存じなのですか?ルイス様」

何か思い当ることがあるような表情の白髪の混じった口髭を蓄えた騎士にクラウスは聞く。
それに対し、ルイスは確証は無いのだがとの前置きの下、話し出した。

「破裂音のする飛び道具の武器と聞いて、子飼いの商人から聞いた話を思い出してな。
東方の異教徒の国に、彼の国で作られた燃える粉を使った武器が有るそうなんだが
それが斥候の報告に似ていると思ってな。」

「燃える粉?」

そんなもので一体どうするのか。
粉が燃える程度でどうにかなるとは思えない。
クラウスはルイスの説明にいまいちイメージが掴めなかった。

「あぁ 何でもそれで魔法の真似事をするそうだ。
イグニス教を認めないがために魔法が使えない彼の国の奥の手らしい。
実際に見た商人の話では、我々の魔法には遠く及ばないというのだが…」

商人の話では大した脅威ではなかったはず、そう聞かされていたルイスだったが、実物を見ない限りは何ともいえなかった。
そんなルイスの言葉に横で聞いていた貴族の一人が口を挟む。

「その遠く及ばない謎の武器に、パヘロ殿の部隊が叩きのめされてしまったというのか」

既に損害が出ている以上、侮ってかかるわけにはいかない。
そう遠まわしに語る言葉にクラウスも同調する。

「敵の攻撃が、魔法にしろ未知の武器にしろ、我々の知らぬモノである以上、それを見極めねば無駄に損害が広がるだけだ。」

「だが、こんな所でいつまでも道草を食っているわけにはいくまい。」

クラウスの消極的な意見に他の貴族から即座に突っ込みが入る。
ではどうするか、双方が黙りこくって考え始めたとき、そのやり取りを聞いてたルイスが口を開く。

「ではこういうのはどうだろうか。
まずは魔術師と弓兵の援護の下、パヘロの残存兵を突撃させ、敵の攻撃の特性を見極めた上で、我々の本体が敵を叩く。
これで、我々の配下の無駄な出血は抑えられると思うが、どうだろうか?
もちろん、統率を失った彼の兵は、私自ら督戦を行うので安心してくれ。
一人残さず戦意溢れる兵士として突撃に加えさせようぞ」

ルイスのこの意見に一同が頷く。
当のパヘロの配下の兵達は、この場にいないため異議の出しようもなかったが、恐らくは、無駄ではない意義ある死を迎えられると泣いて喜んでくれるだろう。
一度は潰走したものの、再び最前線に立てるのだ。
その恐れを知らぬ行動に神もお喜びになるはず。
クラウス達はのルイスの案に同意すると、潰走したパヘロの兵を集結させる様に配下の兵に指示する。
戦いの本番はこれからなのだ。





船泊村

大備川沿い第301沿岸監視隊陣地


最初の敵の突撃をしのいだ後、あたりには不思議な静寂が広がっていた。
立ち込める硝煙の匂いと、それに混じる血と臓物の匂い。
それらが潮風に乗り、あたりに展開する隊員の鼻腔をくすぐる。
あまり好ましいとは言えないその匂いは、隊員たちの緊張を維持するのに一役買っていた。

「来ませんね」

辻の隣で小銃を構える隊員が言う。

「あれで終わりでしょうか?」

更に言葉を続ける隊員に辻は答える。

「敵は船5隻で上陸してきたんだぞ。たったあれだけの訳がない。
無駄口聞かずに黙って構えろ」

敵の襲撃は、戦略もない力押しだった。
次々に向かってくる敵を、まるでゲームか何かのように淡々と撃つ。
高ぶる緊張とは裏腹に、その様子は単純作業そのものだった。
真っ直ぐ突っ込んでくる敵を照準に捉え、撃つ。
その繰り返し。
だがそれも、一際目立った甲冑の騎士を撃ち取ったのを境にピタリとやんだ。
指揮官だったのだろう。
その騎士が銃撃に倒れ、血だまりの中でピクリとも動かないのを見ると、残りの敵は潮が引くかのように撤退していった。
今、この場に残っているのは隊員を除けは、物言わぬ敵の死者しかいない。
どのくらい静寂が訪れただろうか、実時間にして10分程度かと思うが、臨戦態勢で待ち受ける彼らには数時間にも思えるくらいに長く感じた。
銃を構える彼らの周りで羽虫が踊り、彼らの皮膚の上で休み始める頃。
その静寂は、大地に響き渡る喊声によって破られた。


ヴァアアアァァァァ…・!!!

響き渡る軍勢の咆哮を聞き即座に辻は身構える。

「来るぞ!射撃用意!」

その言葉に反応し、隊員たちは気を引き締めて銃を構え直した。
そして家々の影から敵の第二陣が現れた瞬間から、地獄の第二幕が始まった。

「撃てー!!」

タン!タタタン!タタンタタタン…

乾いた連続音が続き、バタバタと人影が倒れる。
だが、それにひるまず敵も突撃を続ける。
此方に向けて走り出したそばから一人、また一人と血潮をまき散らして倒れていく。
まるで先ほどの再現。
あまりに単純で張り合いの無い攻勢に辻の表情に余裕が現れ始めていたが、それもある時を境に一変した。
突撃してくる敵の後方から幾つもの光弾が飛来し、彼らの展開している川縁の一部から、轟音と共に炎が上がる。

「一体何だ!?何が飛んできた?」

「わかりません!グレネードか何かでしょうか?」

辻は着弾点を見る。
そこには赤々と燃え上がる炎があった。

「火炎瓶か何かか?」

未知の攻撃に思考を巡らせようとするが、それも目の前を掠める矢の襲来によって遮られた。

ヒュ… タス!

「!!!」

振り返ると光弾を撃つ謎のローブを纏った敵と共に、弓兵が展開してきていた。
ただ突撃してくるだけの敵ならば、一方的な展開が期待できたが、飛び道具を使うとなるとこちらも危険にさらされてしまう。
何より、ここは地形的に障害物が多いため、銃の射程の優位性は失われている。
新たな敵の出現に、辻は新たな指示を出した。

「第一分隊と第二分隊は敵の阻止、第三分隊は敵弓兵とローブを着た奴らを狙え!」

獲物を指示された隊員達の射撃により、新たに表れた弓兵とローブを着た兵が次々に血を吹いて倒れていく。
襲ってくるものを着実に打ち倒してはいるが、それを上回る速度で増えていく敵兵は、隊員たちに少なくない出血を強要する。

「ぐぁぁああぁ!!」

辻の横で絶叫が上がる。
見ると部下の一人の腕に深々と矢が刺さっていた。

「隊長!松崎が負傷しました。左腕に矢が…」

そこまで言ったところで、伏せながら報告する部下に、放物線を描いた光弾が飛来した。

「ぎゃぁぁあああぁ 熱い!あつい!熱い!」

一瞬で火包まれのた打ち回る隊員。

「白石!」

目の前で火だるまになった隊員に、辻は隠れるのも忘れて火を消そうとする。
だが、叩いても土をかけても全身に広がった火は消えない。
そして辻の努力むなしく、のた打ち回った末に彼は遂に火が付いたまま動かなくなった。

「畜生!なんだこの火は?ナパームか!?」

消火を諦め、配置に戻って射撃に戻った辻は、横目で黒ずんだ塊になりつつある白石隊員をみて言った。
少なくても普通の炎ではない。
周りを見ると、撃ち込まれるその炎は隊員達の周りで燃え盛り、彼らの行動範囲を炎の壁によって狭めていく
その壁のすぐ近くでは、矢にやられたのか負傷した隊員が少なからず蹲っている。


このままではすり潰される。
だが、住民の避難は完了してない…
最早、市街への損害を考えてる余裕は無いな。

辻は考えた。
国民の生命と財産を守ることが自分たちの使命だが、状況が悪すぎる以上、市街地の損害を配慮して戦うことは無理だと。
このままいけば、自分たちはおろか後方の民間人にも犠牲者が出てしまう

辻は決断した。

「第三分隊!対岸の民家にある灯油タンクを狙え!」

その号令と共に、それまで弓兵とローブの兵士を狙っていた射撃が、対岸の家々に付けられている灯油タンクに集中する。
それによって、各世帯ごとに設置されている冬の暖房用に設置された大型のタンクは、鈍い金属音を立てながら文字通り蜂の巣となり、噴水のごとく中の灯油をまき散らした。

「よし、全員伏せろ!絶対頭を上げるなよ!」

その命令と共に辻を覗く全員が身を隠す。
ただ一人射撃姿勢を維持した辻は、敵が展開している付近にあった民家のプロパンボンベに射撃を集中する。
辻の行動の意味が分からない敵は、自分たちへの射撃が止まったのを見て、ここぞとばかりに殺到してくる。
それまで物陰に隠れていた後続も、射撃に怯えながら突撃を繰り返していた前衛も一丸となって向かってくる。
兵士が塊となり、川となって隊員に襲い掛かろうと橋へ向かった時。
今まで彼らが経験したことのない大爆発が彼らを吹き飛ばした。

大音響と共に人が木の葉のように吹き飛び、飛び散る破片が彼らの肉を抉る。
千切れた肉片が宙を舞い、ぶちまかれた臓物が地面に広がる。
そしてそれに追い打ちをかける様に、先ほどの射撃により噴水と化していた灯油タンクに炎が引火し、巨大な炎が彼らを包んでいく。
その炎は大量の火の粉をまき散らし、更に爆発で損傷を負った他のタンクにも燃え移る。
辻は続けざまに他のボンベに対しても射撃を加えた。

「うぉぉぉぉおお!」

辻の咆哮と共に爆発音が続き、更なる延焼がおきる。
視界に入るボンベを粗方撃ち尽くした時には、彼らの眼前には巨大な炎の防護壁が作られていた。

「よし、今だ!負傷者を後方のトラックへ運べ!手の空いている者は弾薬を補充しろ!」

何時まで持つか分からないが、集落の北側を焼き払ってまで作った時間だ。
無駄にするわけにはいかない。
増援が来るまで、いや、せめて西部の住民の避難が完了するまでは時間を稼がねばならない。
じりじりと肌を焼く熱気を放つ炎の壁を見ながら、辻は次の手を考えていた。



船泊村北

上陸軍部隊



突然の爆発と、立ち上る巨大な炎の壁を目にしてクラウス達は言葉を失っていた。
急な事態にその場の全員が言葉を失っている。

「…なっなんだ!?敵の魔法か!」

やっとこさで言葉を取り戻した一人が口にする。
それによって、目の前の爆炎に当てられて硬直していた周囲の将兵の意識も呼び戻され、驚きの言葉が口ぐちから漏れた。

「どうやら敵側にも強力な魔術師がいるようですな」

ルイスが冷静に語る。

「どうやら一筋縄ではいきませんね。」

ルイスの言葉に頷くように答えると、クラウスは考える。
先ほどまでは、敵は強力な飛び道具を使うが寡兵であり、弓兵と魔術兵の援護の下で突撃をかければ、十分に粉砕できると思っていた。
いくら強力な武器でも遠距離攻撃にて牽制し、敵の対応能力を超える兵で突撃をかければ一撃で勝負は決まるというのが彼らの予想だったのだが、
それは目の前で起こった大爆発によって打ち砕かれた。
この惨状、よほどの大魔術師が敵にいるに違いない。
次々と前線から入る連絡が、そのクラウスの考えを確信に変えた。

「報告します!前線に展開していたパヘロ様の残存兵全滅!
そして、他の部隊より抽出されていた弓兵と魔術兵の半数が負傷もしくは死亡した模様です!」

その報告を聞いて貴族の一人が思わず叫ぶ。

「なんて事だ!状況が一発でひっくり返されたぞ。
パヘロの残存兵と我らの弓・魔術兵の半数とは…
一撃で300名近くやられたというのか!」

まさに大損害である。
思わず継戦意欲が挫けそうになるが、そんな動揺する彼らの様子を見てクラウスが発言する。

「敵にはかなりの魔術師がいるようですね。
だがしかし、寡兵であることには変わりなく、先ほどまでの戦闘で奴らにも少なからぬ損害を与えているでしょう。
ここは、ひとつ敵の陣地へ突入し、接近戦でもって敵魔術師を討ち取れば、我らの勝利は揺るぎないでしょう」

「突入か… だが一体どうやって?」

「奴らの作った炎の壁を利用します。
見たところ、奴らも炎と黒煙に遮られて攻撃出来ないでいる。
これを利用して敵へ一撃を決めて見せましょう」

クラウスの言葉に全員が傾注する。
クラウスは堂々とその場の全員の視線を一身に受け止めると、自身の策を語りだした。





船泊村

大備川沿い第301沿岸監視隊陣地


炎の壁のお蔭で攻勢が一時的に止んだ彼らの陣地では、負傷者の移送と弾薬の補給が行われていた。
少し離れた所に止められたトラックへ負傷者を収容し、荷台から弾薬を取り出して各々へ配っていく。

「何人やられた?」

辻が負傷者の収容作業を終えた隊員に尋ねる。

「は!現在までの所、死亡2、重傷4、軽傷3です。死亡と重傷者の半数は、例の光弾による火傷が原因です。
軽傷の3名については、手当の後、戦闘可能です。」

それを聞いて辻は唸る。

「死亡2、重傷4か…」

唯でさえ少ない戦力が更に減ってしまった。
元々3個分隊、24名の戦力しか無かったのが、今では18名になり、これ以上の持久は更に厳しいものとなっていくのは明白だった。
眼前に転がる死体から察するに、既に敵を200名以上始末したと思われるが、敵船団の規模から察するにまだまだいるはずだと辻は予想する。
重火器があればもっと持久できるのかもしれないが、虎の子の12.7mmは稚内の本隊に配備されているくらいで、分遣隊として配置された島内には無い装備であった。

それに、人数的・時間的制約上、川沿いに防衛ラインを張ったが、川沿いの民家が障害となり

小銃の射程が制限されて、弓や例の光弾とまともに撃ち合っている様相になっている。

「これは、正面戦闘だと持たんな…
おい!分屯地に連絡して増援の状況を… !?」

辻がそう部下に指示を出した時に、配備に付いている隊員からどよめきの声が上がった。
辻が振り返ると、海から何本もの水柱が何本も伸び、まるで蛇のようにのた打ち回りながら、炎の壁に向かって落下する。
大量の水が落下した後には、炎の壁を切り裂いて何本もの焼け焦げた突破口が彼らの正面に出現した。

「総員戦闘準備!!」

辻が絶叫する。
何だあれは?これは現実なのか?
俺たちは一体、何と戦っているんだ!?
これまでの常識を覆す敵の戦いぶりに辻は若干の混乱に陥っていた。
だが、敵は現実を受け入れるための猶予など待ってくれない。
敵は果敢にも燃え盛る炎の中に出来た道を渡り、突撃を繰り返してくる。
敵の突撃は正面のみ、残りの隊員を正面に集中して辻は対応した。
先ほどより更に限定したルートを敵は突っ込んでくる。
水柱が次々と道を切り開き、突入路の数を増やしつつあるが、その阻止は、先ほどの戦闘より格段に容易いものだった。
何より、燃え盛る炎のお蔭で、敵は満足に弓や光弾を狙って放てない。
時より矢が降り注ぐが、その着弾地点は的外れな物ばかりだった。

これはいけるか

隊員の誰もがそう思い始めた時、予想外の方向からズシンと重量物が落下したかのような音が部隊側面の山側より響いた。
そこには何条もの土色の柱がそびえ立ち、ズシンと低く響く音を立てながら燃え盛る炎を押しつぶす光景があった。
大量の土砂が炎を鎮火させ、その道の上を新たな敵が向かってくる。

「しまった!!」

辻がそれをみて叫ぶがもう遅かった。
正面に戦力を抽出したため、手薄になった左翼から敵の突撃が始まる。
それを食い止めようにも、正面の敵の勢いは一向に弱まらない為、対応が不足する。

「うわぁぁあぁ!!!」

左翼に展開していた数少ない隊員が絶叫しながら発砲するが、数に押し切られ、目の前の敵を始末しても横から襲い掛かってきた敵によって首と胴を両断される。
ゴロゴロと転がる首。
敵の一人がその首を掴んで頭上に掲げ声高に何かを叫ぶ。
今まで一方的にやられてきた敵も、その光景を見て一層勢いづいた。
より積極的に、より果敢に敵は突撃を繰り返す。
その旺盛な戦意と防衛ラインの一部が破られた事により、辻はついに撤退を決意した。

「総員トラックに搭乗!撤退する!」

その命令により、展開していた隊員は発砲を続けながら後退し後方に控えているトラックへ向かう。
だが、敵もその隙を見逃さなかった。
左翼から侵入した敵は、撤退する隊員によって数を減らしつつも、一人、また一人と退避の遅れた隊員に群がり、その命を奪っていく。

「急げ!全員早く乗り込め!」

次々にトラックに乗り込んでいく隊員。
辻は荷台の前に立ち、残る隊員に向かって叫ぶ。
だが、最後の隊員がトラックにたどり着く前に、敵によって切り伏せられると、辻は奥歯が割れんばかりに噛みしめ荷台へと飛び乗った。

「よし。出せ!」

「どこに向かいますか?」

「道道40号側を敵に抑えられた。
これによって、島南部への退避は最早不可能だ。
よって、我々はこれより西進し避難民の最後の盾となる」

辻は全員にも聞こえるよう荷台から運転席に向かって指示を出す。
それを聞いた運転席の隊員は唇を強く噛みしめアクセルペダルを踏む。
その間も後方から敵が追いかけてくるが、荷台からの射撃と投擲された手榴弾により次々と吹き飛ばされる。
なおも後方から追いかけて来るが、急発進するトラックによって、全て巻くことに成功した。
だが、このままではいずれ追い付かれる。
何かいい手は無いものか…
そう考える辻の目に、役場支所の駐車場にあるものが映り込んだ。
道側からガソリンスタンドに燃料を供給するためのタンクローリー。
非難のドサクサで事故でも起こしたのか、側面が損傷し、近くには突っ込んだと見られる乗用車が前部を大破させて乗り捨てられていた。
辻は運命の女神に生残るチャンスを与えてくれた事を感謝すると、前部座席に座っている部下に向かって叫ぶ。

「タンクローリー目掛けて発煙筒を投げ込め!」

一体何事かと前部の座席に座っていた隊員は驚いたが、すぐさま指示にしたがって、助手席に乗っていた隊員が発煙筒を点火して投擲する。
そして辻はトラックが駐車場を通過すると、射界がとれるギリギリの距離でタンクローリーに向かって発砲する。
カンカンカンという音と共にタンクに穴が開き、そこからジョボジョボとガソリンが漏れる。
そうして破損したタンクから小さな小川を作って流れ出たガソリンは、赤く燃える発煙筒に到達すると、その秘められたエネルギーを解放した。
先ほどの爆発とは比べ物にならない巨大な爆炎が辺りを照らす。
小さな爆発の炎にきらめくキノコ雲が上がり、付近の家々に延焼する。
キノコ雲が大きな黒煙に変わる頃には、あたり一面火の海と化していた。
凄まじい熱量が敵との間の道を塞ぐ。

これで暫くは時間を稼げるだろう。
だが… これでこの集落は終わりだな。
辻はそんな光景を見ながら心の中で呟く。
集落の中心部で起こった爆発は、徐々にその周囲に広がっていく。
これでは、仮に敵を撃退しても、ここには廃墟しか残らないであろう。
辻は悲しげな表情で燃える集落を見ながら、しばしトラックの揺れに身を任せる事にした。

避難の時間を稼ぐため町を焼き払った。
だが、それをもってしても防衛線は敵に押し切られ、避難経路も抑えられてしまった。
他にやりようは無かったのか。
一息ついたことで、彼の頭の中にそんな自責の念が渦巻き始める。
気づくと荷台の全員が辻の顔を見ていた。

いかん、部下の前で不安にさせる表情になるべきじゃないな。

辻はそう思うと、ピシャリと頬を叩いて気持ちを切り替える。
なにせ、彼らの戦いは未だ終わっていない。
自責の念で悩んでいる余裕など今の彼には許されていないのだから。







道道507号線


一台のマイクロバスが西へ向かって進む。
平田信吾巡査部長と役場職員の二人は、岡田のばぁちゃんをマイクロバスに乗ってきた住民に託すと、車を交換して避難民の救助に向かっていた。
一刻も早く向かわなければという気持ちが、アクセルを踏む右足に力を入れる。
その為、燃える車が道路を塞いでいる地点まで、信号も横断歩道もない道のりだった事もあり、ほんの数分で目的地に到着することができた。
車を降りた二人は、道路をふさぐ燃える車の位置の悪さに思わず額を抑えた。
片方は崖、もう片方は海という道路が一番狭くなっている部分。
そこを塞ぐように車が横転して燃えていて、その向こうには立ち往生する車列が見える。
迂回しようにも崖の斜面はキツ過ぎ、海側は波消しブロックが積まれた護岸なので、車での通行は完全に無理という有様だった。
それを見て、二人がどうしようか考えていると、炎の向こうから知った声が聞こえてくる。

「しんちゃーん!」

炎の向こう側で、さと子が叫びながら手を振っている。

「おーい!さとちゃーん!大ー丈ー夫かー!」

信吾も大きな声で返事をする。
さと子は、信吾が自分に気付いたのを確認すると状況を伝えてきた。

「私は大丈夫だけど、怪我人とジジババが多くて車無しじゃ避難できないのー!」

「待ってろよー!今、何とかしてやっからなー!」

信吾は、さと子が「待ってるねー」と間延びした声で返事をするのを確認すると
さて、一体どうしたものかと考え始めた。

「さて、どうすんべか。怪我人やジジババが多いとなると、徒歩で崖登るのは無理だし
波消しブロックの方に迂回させたら、おそらく半分以上は其のまま岸を離れて彼岸に行っちまう気がするな」

信吾は職員に意見を聞く。

「やっぱり、車をどけるしか無いんじゃないですかね?」

「んなら、まず車に何が載ってるか確認するべ。車どけるにしても最低牽引ロープが必要だべさ」

信吾のその一言で、二人は車内の捜索を始めた。
車内を引っ掻き回した末、二人は幸運にもなんとか工具類と牽引ロープを見つけることができた。
だが、見つけたそれには一つ問題があった。

「ナイロン製ですよ。コレ…」

職員が牽引ロープを手に取って言う。

「燃える車に引っ掛けるのは不安だなぁ…」

「あ、でも車体への引っ掛けは漁網用のロープを使ってみたらどうですかね?
幸い漁港はすぐ横だし、多重にかければきっと持ちますよ!」

職員は閃いたとばかりに笑顔で言う。
それを聞いた信吾は、特に他にアイデアも無かったので、じゃぁ とりあえずやってみるかと動き出そうとして足踏みするが、一つ気にかかることがあった。

「でも、流石に二人だけは時間的に辛そうだなぁ」

頑丈な漁網を繋ぐロープ。
イカにも重量がありそうであり、それを二人で燃える車に引っ掛けるのは骨が折れそうであった。
だが、そんな信吾に職員は笑って言葉を続ける。

「それについては解決しそうですよ。ほら、あれを見てください」

彼は信吾の後方を指さす。
そこには一台のオリーブグリーン色をした車がこちらに向かってきていた。

「ありゃ 陸自のパジェロだな。丁度良かった。」

人通りの無い一本道を疾走して一台の車が信吾らの車の後方に停車する。
エンジンが停止するのと同時に、応援にきたと思しき隊員が二名、すぐさま信吾たちの下へ駆け寄ってきた。

「応援に駆け付けました鈴木3等陸曹と石井1等陸士です。
避難民の状況はどうですか?」

敬礼して応援に来たことを告げる隊員に、信吾も敬礼で返しながら状況を伝える。

「船泊駐在所の平田です。現状ですが、炎上した車が道路を塞いでいるんだわ。
その向こうに避難民がいるんだが、怪我人とジジババが多くて徒歩での避難は無理。
そこで、どうしても車をどかさなければならないんだが、すまないけど手を貸してくれ」

更に漁網を引っ掛けたらどうかという信吾の話に、隊員達もすぐさま手伝い始めた。
重い漁網を4人で引っ張り、崖を超えて反対側へ回す。
そして反対側は、残りのロープの端を海側から回収する事で作業は10分程度で完了した。

「やっぱ、男4人だと早いべや」

信吾は一息つくと職員とそう話す。
正直、漁網を抱えての崖越えなど、二人ではやっていたらどのくらい時間が掛かったのか分からない。
そう感心する彼らから少し離れた所で、鈴木3曹はパジェロに牽引ロープで繋いだ漁網をセットした。

「よし!引っ張っていいぞ!」

それを合図に動き出す車。
引っ張られる漁網の太い綱は、炎上する車を引き摺られながら巻き込み、それをずるずると道の脇へ移動させた。

「やったぁ!」

信吾と職員はお互いに抱き合って喜ぶ。

「後は、路面で未だ燃えてる火を消すだけですね!」

「じゃぁ 俺はすぐそこの漁協事務所から消火器取ってくるわ」

そう言って信吾は、襲撃された漁港の中で唯一破壊を免れた建屋に向かって駆け出す。
その時だった。
駆け出した先の方角から、赤い爆炎が立ち上るのが見えた。

「!!?」

全員の動きが止まる。
10秒ほど経っただろうか、遅れて低い爆発音が聞こえる。

「な!?村の北側の方じゃないか?」

「え?何?爆発?」

それを見ていた避難民にも動揺が広がる。

「こりゃ いよいよヤバイべぇ…」

信吾は思う、向こうでは軍と武装集団が交戦しているはずだが、あんな爆発が起きたという事は、ただ事ではない。

「一体、何が起きた!?」

信吾は石井の元に駆け戻り、無線で情報を貰うように言う。
見れば、すでに鈴木3曹が車載無線で分屯地と連絡を取り合っている。
何度かのやり取りの後、彼はこちらに戻ってきて状況を告げた。

「交戦中の部隊が、敵の侵攻を阻止する為にやったそうです。
詳しくは分かりませんが、予想以上に敵の圧力が強いと…
もう、ぐずぐずはしてられません。
一刻も早く非難民を誘導しましょう。」

それを聞いた信吾も覚悟を決める。

「もう、路面を消火する時間も惜しい。彼らには車で一気に突破してもらうべ。
したっけ、俺ら二人で向こうに渡って事情を説明するから、合図を出したら彼らを先導してくれ」

その信吾の声に全員が黙って頷き、一斉に行動を開始した。
信吾らの乗り込んだマイクロバスは、強引に燃える路面を突破。
避難民の側に着くと彼らに掻い摘んで状況を説明した。

「只今、武装勢力が南下中です!みなさん一刻も早く非難しなければなりません!
これより、前方の炎を突破し軍車両の先導の元で避難を開始します。
高齢者の方等で運転に不安のある方は、マイクロバスに移乗してくださーい!」

何度か同じ呼びかけを行うと、高齢者ドライバーの車等から人々がバスに集まってきた。

「みなさん!ゆっくり奥に詰めて乗ってくださいね。」

高齢者を気遣いながら車に乗せていると、信吾の目の前にさと子が怪我をした彼女の父親を連れて現れた。

「しんちゃん。お父さんをお願い。それと… 私も乗っていい?」

さと子は、父親を信吾に託した後、上目使いにで信吾に聞く。

「ああ 座席は足りると思うから大丈夫だべ。そんなら、さとちゃんも他の年寄乗せるのも手伝ってよ」

「うん」

そういうと嬉しそうに笑ってさと子は、他の老人の手を引いて手伝い始めた。
相手に老人と怪我人が多い以上、無理に急かせる事が出来ない。
無理して転んだりしたら簡単に骨折してしまう危険もあるからだ。
過去に自分のばぁちゃんが転倒して簡単に骨を折ったのを思い出した信吾は、彼らに出来る無理のない最大限のスピード(はたから見れば、かなりもたついているのだが)で移乗を行った為
移乗希望者を全員収容すると15分も時間をくってしまった事に気が付いた。

…やっぱ、個々の車で行かせた方が良かったかな?
でも、パニックになって事故でも起こされたら逆に面倒だし、これで良いはずだべ。
信吾はそう一人納得すると、運転席に乗ってクラクションを鳴らす。
それを合図に避難民の車列が、一台づつ未だに燃える路面を越えてゆく。

「これで助かる?」

すぐ横の補助席に座るさと子が不安げに信吾に聞く。
信吾も安心させようと笑って答えた。

「ああ、後は避難するだけだから安心…」

安心してやと続くはずだった言葉が止まる。
その視線の先には、赤々と上る巨大な爆炎。
それにやや遅れて到達する大音響の中、信吾はさと子に向けて呟いた。

「…必ず守ってやるさ」


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