<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.29737の一覧
[0] 試される大地【北海道→異世界】[石達](2012/11/29 01:19)
[54] 序章[石達](2012/11/29 01:05)
[55] 起業編1[石達](2012/11/29 01:06)
[56] 起業編2[石達](2012/11/29 01:07)
[57] 起業編3[石達](2012/11/29 01:08)
[58] 国後編1[石達](2012/11/29 01:08)
[59] 国後編2[石達](2012/11/29 01:09)
[60] 転移と難民集団就職編1[石達](2012/11/29 01:09)
[61] 転移と難民集団就職編2[石達](2012/11/29 01:10)
[62] 礼文騒乱編1[石達](2012/11/29 01:10)
[63] 礼文騒乱編2[石達](2012/11/29 01:11)
[64] 礼文騒乱編3[石達](2012/11/29 01:11)
[65] 礼文騒乱編4[石達](2012/11/29 01:12)
[66] 戦後処理と接触編1[石達](2012/11/29 01:12)
[67] 戦後処理と接触編2[石達](2012/11/29 01:13)
[68] 嵐の前編[石達](2012/11/29 01:14)
[69] 北海道西方沖航空戦[石達](2012/11/29 01:14)
[70] 大陸と調査隊編1[石達](2012/11/29 01:15)
[71] 大陸と調査隊編2[石達](2012/11/29 01:16)
[72] 大陸と調査隊編3[石達](2012/11/29 01:16)
[73] 魔法と盗賊編1[石達](2012/11/29 01:17)
[74] 魔法と盗賊編2[石達](2012/12/08 01:24)
[75] 決戦[石達](2012/12/08 01:20)
[76] 盗賊と人攫い編1[石達](2012/12/31 22:47)
[77] 盗賊と人攫い編2[石達](2013/01/19 21:24)
[78] 盗賊と人攫い編3[石達](2013/01/19 21:23)
[79] 道内情勢(霧の後)1[石達](2013/02/23 15:45)
[80] 道内情勢(霧の後)2[石達](2013/02/23 15:45)
[81] 外伝1 北海道航空産業の産声[石達](2013/02/23 15:46)
[82] 東方世界1[石達](2013/03/21 07:17)
[83] 東方世界2[石達](2013/06/21 07:25)
[84] 東方世界3[石達](2013/06/21 07:26)
[85] 幕間 蠢動する国後[石達](2013/06/21 07:26)
[86] 東方世界4[石達](2013/06/21 07:27)
[87] 東方世界5[石達](2013/06/21 07:27)
[88] 東方世界6[石達](2013/06/21 07:28)
[89] 東方世界7[石達](2013/06/21 07:28)
[90] 世界観設定[石達](2013/06/23 16:49)
[91] 人物設定[石達](2013/06/23 16:57)
[92] 東方世界8[石達](2013/07/15 01:51)
[94] 帝都ティフリス1[石達](2013/08/09 02:02)
[95] 帝都ティフリス2[石達](2013/08/12 00:21)
[96] 帝都大脱走1[石達](2013/09/23 00:16)
[97] 帝都大脱走2[石達](2013/09/22 22:47)
[100] 帝都大脱走3[石達](2014/02/02 03:03)
[101] 対エルフ1[石達](2014/02/02 03:03)
[102] 対エルフ2[石達](2014/02/05 22:45)
[103] 対エルフ3[石達](2014/02/05 22:45)
[104] 対エルフ4[石達](2014/02/05 22:46)
[105] カノエの素性1[石達](2014/02/05 22:46)
[106] カノエの素性2[石達](2014/02/09 13:13)
[107] 別れ、そして託されたモノ1[石達](2014/02/09 13:14)
[108] 別れ、そして託されたモノ2[石達](2014/02/09 13:16)
[109] 決意[石達](2014/02/09 13:42)
[110] 新しい風[石達](2014/04/13 10:41)
[111] 交流拡大、浸透と変化1[石達](2014/04/13 10:41)
[112] 交流拡大、浸透と変化2[石達](2014/06/04 23:46)
[113] 交流拡大、浸透と変化3[石達](2014/06/04 23:47)
[114] 交流拡大、浸透と変化4[石達](2014/06/15 23:55)
[115] 交流拡大、浸透と変化5[石達](2014/06/15 23:55)
[116] 平田、大陸へ行く1[石達](2014/08/16 04:02)
[117] 平田、大陸へ行く2[石達](2014/08/16 04:02)
[118] 対外進出1[石達](2014/09/14 08:19)
[119] 対外進出2[石達](2014/08/16 04:04)
[120] 対外進出3[石達](2014/10/13 01:58)
[121] 回天1[石達](2014/10/13 01:59)
[122] 回天2[石達](2014/10/14 20:24)
[123] 回天3[石達](2015/01/18 08:20)
[124] 回天4[石達](2015/01/18 08:24)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29737] 転移と難民集団就職編1
Name: 石達◆48473f24 ID:a6acac8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/29 01:09


道庁

緊急対策本部



状況の急変後、道庁内の対策本部は膜発生時以来の慌ただしさを迎えていた。
各地より入る連絡。メモを片手に駆け回る職員。
完全分離後の混乱に備えて、道庁では行動マニュアルも作成したし、その訓練も行っていた。
それ故、大抵の事態が起きても対応出来る筈だった。
想定外のファクターが無ければ…



「それにしても、時間は1か月は有ったのでは無いのですか?
まだ五日近く完全隔離まで時間があったと思いますが」

対策本部の中心で、怒り半分に高木が言う。
というか、実態は完全に怒っていた。
「話が違う」と…
高木は、キッと睨みながら対策室に詰めている学者連中に話を振る。
それに対して、対策室に詰めている学者の一人が知らんがなとでも言いたげにひょうひょうと答える。

「確かにあの膜の変化スピードなら、青函トンネルが塞がるまでには時間がありました。
だが、実際にはそれ以前に変化が起きた。
現在の所、何が起きたのかは不明ですがね…
報告では、トンネル内の膜があった地点より、浅い深度の所の所で変化があったそうです。
なんでも地下約200mの地点で、それ以下が水平な岩盤によって塞がってしまったとか。
まぁ 詳しい調査をしようにも、トンネル内の湧水の為、青函トンネル自体が水没しつつある現状では確認のしようがありませんな」

我々にもお手上げですといった感じで、説明を行っていた学者が言葉を止める。
そんな俺の責任じゃないというオーラを全身から漂わせている彼らの様子を見て高木は思う。
肝心な時に役に立たない
まぁ 前例のない事態なので誰にもわからないのは当然だと思うが、手におえなくなったのでそれ以上は知らんと言わんばかりの態度には腹が立った。
その様子を忌々しく思いながらも、高木は黙って今後の事を考える。

「一体、何が起こっているの?」

そう誰となく言葉を放った高木は、正面を向きなおす。
その視線の先、対策室正面のスクリーンには、異変後の状況が時系列的に映されていた。

15:05 膜消失
15:06 政府との連絡途絶。
15:10 道外・衛星から一切応答なし 
15:15 千歳基地より空自機がスクランブル発進
15:30 青函トンネルより本土側に続くトンネルが消失し、浸水発生
15:35 千歳より発進したF-15、函館沖に本州が確認できず
15:40 全道に非常事態宣言
15:45 海保より、稚内沖で領海を超えて進んでくる国籍不明の小型船舶を多数発見…








稚内沖



海上




穏やかな海上を小さな船の船団が進む。
船団というのもおかしいかもしれない。
実際には小舟や筏が多数だ。
最大の物でも20人が乗れる程度、小さいものだと丸太に跨って曳航されている者までいる。
その中でも一番大きい船に彼はいた。

「ラバシ様 波が穏やかで助かりましたな。」

老いたドワーフが声をかける。

「あぁ もし波が高ければ、筏の者たちの8割は波間に消えていたかも知れぬ。」

南方に浮かぶ陸地を見ながら一人のドワーフが応える。

ラバシ・マルドゥク

彼方此方に傷があるが威厳を失っていない男。
彼はドワーフの中の一部族で戦士長をしていた。
平穏だった彼の村では、時々現れる大型の獣を退治するのと村祭りの武術大会くらいしか活躍の場がなかったが
人種共が村に攻めてきたことで全てが変わった。
巨大な斧を繰り、一騎当千の技を持つ村の戦士たちも、集団で組織的に狩り立ててくる人種の兵隊の前に、一人、また一人と打ち取られていった。
彼は逃げる村人の盾となりながら、他の避難してきた部族と合流し、ついには避難民と共に海の上にまで来ていた。

「それにしても、あの陸地は本当に我らの安住の地たり得るのでしょうか?」

老いたドワーフが不安な表情で波間のかなたに浮かぶ陸地を見る。
その問いは、ラバシも何度も考えていた。
族長が精霊の神殿へと向かい、その直後に陸地が現れた。
族長のおかげだという確証はなかったが、無関係とも思えない。
そして、自分の指示のもとで船団の進路を新たに表れた陸地に向けている以上、下手なことは言えなかった。
むしろ、無理にでも信じるより他は無い。

「あぁ!間違いない!族長が精霊より賜った土地だ!これより、かの地が我らの新たな故郷となる!」

彼は、周囲の船にも聞こえるように大声で答える。
先導者は弱気を見せてはいけない。
さらに周囲を見渡しながら、ラバシは大声で皆を鼓舞する。

「さぁ もっと帆を張れ!櫂を漕げ!安住の土地はすぐそこだぞ!」

それを聞いた船の全員と、周囲の船からも"おぉーー!!!"と声がこだまする。
それを見て、声が聞こえなかった船や筏からも歓声が木霊し、ラバシの船に向かって手を振っている。
…族長無き今、この俺が彼らの為にも彼の地を安住の地にせねばならぬ。
ラバシは船団の端に向かって歓声が広がっているのを見て決意を固めた。
その時だった。

「戦士長さま! 前方から船が来ます! すごい速さです!」

見張りの一人が声をあげる。
彼が指差す方向をみると、陸地の方から白い一層の船が白波を立てながらこちらに向かっているのが見えた。

「…すでに先住の民が居るのか。」

ラバシは小さく呟きながら舌打ちをする。
だが、もうこの流れは止められない。船団は既に動いている。
どんなことをしてでも、安住の地を手に入れねばならない…






同時刻



稚内沖


海上保安庁

巡視船 なつかぜ



膜の発生後も、海上保安庁はその任務を継続していた。
その活動領域は、膜によりかなり制限されていたが、その日も巡視艇なつかぜは稚内沖で職務を遂行していた。
そして、いつもの哨戒中に突如として膜が消失する。
久方ぶりに見る膜の無い海。
だが、その光景は見慣れたものとは随分と違っていた。
稚内から見えた樺太。
だが、膜の消失後は明らかに樺太より広大な大地が広がっているように見える。

「艇長… あれは…」

部下の一人が呆然としている。

「とりあえず、署に連絡だ。それと、これより北へ進路を取る。
何が起きているのか少しでも確認せねばならない。」

宜候との声の後、船の進路は北へと変わる。
穏やかな波を切り裂き、白波と航跡を残しながら船は進む。
そして、見張り員が移動する虫の群れのような船団を発見するのにさほどの時間は要らなかった。

「艇長!前方1kmに小型の船舶多数!道の方向へ進路を取ってる模様です!」

「なに?船だと? 漁船じゃないのか?」

「それが、小型の帆船が数隻と後は小型のボートです。数は…わかりませんが百隻はありそうです!」

艇長が双眼鏡を覗く。
そこには多数の小舟の集団があった。
見れば、オールを漕ぐような動きをしている。
動力付きの船じゃない?
まさか、脱北者か? 
だがしかし、こんな海域にあんな小舟で到達できるとは思えない。
それに、あの集団は樺太の代わりに現れた陸地から来たように見える。
一体彼らは何なのか…
いや、考えても仕方ない。
艇長は頭を振って余計な雑念を振り払う。
己の職分を忘れてはいけない。
謎の船団が日本の領海に向かっている以上、我々は職務を遂行するだけだ

「署に連絡だ!稚内沖に国籍不明の小型船多数が北海道方面に向けて南下中。我々はこれより、彼らに接触する。」

その号令と共に巡視艇は速度を上げ、波を切って船団に向かってゆくのであった。






難民船団

ラバシ座乗船


船上で彼は迫りくる白い船を見ていた。
大きさは自分の乗っている船くらいあるだろうか。
だが、帆が立っていないにもかかわらず、恐るべき速度でこちらへ向かってくる。

「魔法船か…」

ラバシは考える。
帆もなく、オールもないそんな船が動いている。
聞くところによれば、何処かの大国で魔法によって動く船があると聞いていたが、ラバシはこの船の事かと思っていた。
だが直ぐに別なことも考える

魔術師が居るのか… これは不味いな

この世界には魔法がある。
それは大まかに3つ、エルフの使う大魔法。人間の使う魔術。そして亜人の使う精霊魔法に分かれる。
その中のエルフは、大魔法と言う強力な魔法を生身で使うため、特に魔法の道具は作らない。
亜人の精霊魔法に至っては、亜人の部族ごとによって使える魔法が狭く限定されているのと、文明のレベルが人種より劣るので、魔法の道具は作れない。
それに比べて人種は、強力ではないものの個々の適性によって様々な魔法が使えた。
そんな彼らは、更に強力な魔法を使うべく魔道具の開発に心血を注いでいた。
そんなこともあり、魔法の道具を使用してくるのは、まず人種だと思ってよかった。
だが、ラバシ達にとってみればそれが不味かった。
人間の魔術師は、人種達の教会が管理しているらしい。
そして、教会は亜人たちを人間とは認めていなかった。
彼ら曰く、神の愛を忘れた人の形をした獣だそうだ。
そんな彼らが我らを見つければどうなるか…

「…全員に戦いの用意をさせろ。ただし、感づかれるなよ。
戦いは交渉が決裂した場合だ。」

それを聞いて部下の一人が黙って頷くと、船の縁に隠しながら全員に武器を配る。

「負傷者と女子供ばかりの船団だ。なんとしても戦いだけは回避せねばならぬ。
ここはどうしても、話し合いで済ましたいのだがな…」

静かに重く呟くとラバシは接近する船を睨んだ。






海上保安庁

巡視艇 なつかぜ


「艇長!前方の船団に進路変更の動きはありません」

「スピーカーで呼びかけろ」

「は!」

命令を受け、部下がマイクを取る。

『前方の船団に告げる。これより先は日本国の領海である。速やかに停船するか進路を変更せよ。繰り返す…・』

英語、ロシア語、中国語、韓国語、言語を変えて繰り返し呼びかける。
何度目かの呼びかけの末、先頭の船から一人の男がこちらに向かい何かを叫んでいた。
その後ろでは、乗組員が帆を畳んでいる。少なくとも話し合いの意図はあるようだ。

「○▽■×◆◎!!○▽■×■×◆◎!!」

「艇長。なにやら代表と思われる男が叫んでいます。
如何いたしましょうか?」

「停船して話し合いの意図があるようにみえる。
とりあえず、臨検の準備をしたまえ。乗り込むぞ」

謎の船への臨検の指示に、艇内がにわかに慌ただしくなった。




難民船団

ラバシ座乗船



近寄ってきた船は、先ほどから人種とは思えないほど大きな声で何かを呼びかけている。

「ラバシ様。何を言っているのでしょうか?」

老いたドワーフがラバシに尋ねる。

「わからん。だが、いきなり攻撃をかけてこないところを見ると、話し合いの余地はありそうだな…
よし!全船一時停船!これより前方の船と交渉する!」

その声を聞いて、乗組員が周りの船に停船を呼びかける。
その命令が伝わっていくのを見るとラバシは船首に登って白い船に向かって叫んだ。

「私は、ドワーフがゴタニア族の戦士 ラバシ・マルドゥク!
我々は訳あって故郷を追われた一団を率いている!
もし、そちらに慈悲の心があるならば、このまま、そちらの土地へ向かわせてほしい。
我々はそちらに害は与えぬことを約束しよう!
お願いだ!このまま進めさせてくれ!」

ラバシが力の限り叫ぶ。
しかし、ラバシの叫びにもかかわらず、白い船からの反応は無い。

…駄目か
ラバシがそう思いかけた時、沈黙を保っていた白い船が動いた。
その船はノロノロとラバシの船に接舷すると、中から紺色の服を着た数名の人種が出てくる。
彼らは我々を見ると酷く驚いていたようだが、その中で船長と思われる男が表情を無理に固めて、平然を装いながら話しかけてきた。

「teisen no gokyouryoku kannsyasuru.
kokuseki.shimei.koukoumokuteki wo kikasetekurenaidarouka.」

…なんだこの言葉は

さっきの船から聞こえた大声といい、聞いたことがない。

「すまんが、何を言ってるのかわからない。
こちらの分かる言葉で喋ってくれないか?」

ラバシはそう話すが、向こうもさっぱり分からないらしく部下と思しき男と顔を合わせて戸惑っている。
ラバシは、しばらく彼らと色々なコミニュケーションを模索してみたが、結果はやっぱり駄目であった。

「ラバシ様。言葉が全く通じませぬな。いかがいたしましょう?」

「う~ん。そうだな。このままでは埒が開かない。何か良い手は無いものか…」

そう考え込んでいると、後ろからラバシの服を引っ張る者が居た。

「ラバシ様!任せてよ!僕たちの事をこの人たちに説明すればいいんだよね?」

二人のドワーフと獣人の子供がラバシに笑って言う。

「あぁ だが、どうやって?」

二人は簡単だよ!と元気よく言うと小芝居を始めた。
最初は木こりの真似をし、普通に働いている芝居をする子供に、もう一人の子供が武器を持って襲い掛かる演技をする。
そして木こりは逃げ出し、追いかけられ、ついには海岸に到達。
絶望する子供に、今にも襲い掛かろうとする子供。
そして逃げる子供が何かに気付く、指差す先には陸地があり、船で逃げる様子を演技した。
最初はあっけにとられて全員がそれを見ていたが、紺色の服を着た男たちも理解したようで、納得した表情の船長が部下を残して一旦船に戻っていく。

「ね?上手く言ったでしょ?」

こういう時の子供は凄いもんだ。
ラバシは感心しながら子供を撫でてやった。
しかし、かれらは何者であろうか。
こんな格好は見たことがない
それに、彼らが着ている服の生地も上等な物であった。
まるで貴族がきるような生地である。
そして、驚いているのは彼らも同様であった
特に獣人に興味があるようである。
ネコ族の獣人の子供の耳をしきりに眺めている。
あるものは後ろに回って尻尾を観察している。
舐め回される様に観察され、獣人の子供が戸惑っていると、船から船長と思しき男が戻ってきて、部下に何かを言っている。
それを聞いて部下たちはそそくさと船に戻っていき、残った男は陸地を指差した。

「進んでも良いということか?」

「そのようにも見えますね」

ラバシはドワーフの老人に自分の判断を確認すると、後続の船団に向かって声をあげる。

「よし!問題は無くなった!進むぞ!帆を張れ!」

船団は歓声に包まれ、ある船は帆を張り、ある船は櫂を漕ぎだし、船団は再び前進を開始するのだった。




海保の職員は、船上からその光景を見ていた。

「いいんですか?艇長。」

本当に大丈夫なのか?そんな目で艇長を見る。

「道知事が許可した。まぁ 一隻ではこの数は止められん。
それに、彼らの話…というかボディランゲージでは、難民だそうだ。
向こうも命がけだよ。帰れと言って帰るわけがない。
我々の仕事は、道の指定した上陸ポイントに彼らを誘導するだけさ」

艇長は政治的な話は上が考えるから、我々は黙って職務を遂行すればいいと尋ねてきた部下の背中を叩きながら言うのだった。






同時刻


道庁

緊急対策本部

海保の連絡を受け、高木知事は苦虫を噛み潰したような表情で頭を抱えた。

「道外の全てが消えたと思ったら、稚内には難民…
その先には陸地が見えるというけど、これからどうなるのかしら…」

何というか、すべてが想定外かつ急すぎた。
道としては、何も起こらず元に戻るという想定を筆頭に、某東京ジュピターのように隔離されたり、戦国自衛隊のように
異なる時代の何処かに飛ばされるというフィクションのような事まで一応は検討はしていた。
だがしかし、何処かに飛ばされた上、いきなり難民が押し寄せるような自体までは想定していなかった。
彼女は、もう現実を受け入れるより仕方ないかと抱えていた頭をブンブンと雑念を振り払うかのように左右に振り覚悟を決めた。

「とりあえず。
、稚内に難民が押し寄せて我々にそれを止める手段がない以上、彼らを一時保護します。
小型の船で100隻以上という話ですので、港ではなく砂浜等に上陸させてください。
詳細は宗谷支庁に一任します。
稚内市と連携して対処に当たるようお願いします。
それと、陸自に出動を依頼します。保護の名目で彼らが拡散しないよう監視してください。
各課各員の働きに期待します。」

本当にどうなってしまったのか。
指示を飛ばしながらも高木は冷静に考える。
内地の消滅に新たな陸地の出現。
北海道は一体何処に漂着したのだろうか。

「せめて安心して暮らせる所がいいわね」

北海道の将来を憂いつつ、知事はそう願うのであった。

















国道238号

膜が消え、久々に表れた青い空の下。
宗谷湾に沿って通っている道路上に一台のトラックが走っていた。
見れば荷台が改造され店舗のようになっている。
その移動販売らしきトラックの運転席に、一人の初老の男が座っていた。

「おぉ~ 久々に見る青空だべや~」

異変が消えた直後、付近の車はラジオをつけるか路肩に止めてテレビの情報に釘付けになっていたが、この男は特に気にした様子もなく運転を続けていた。

「しっかし、こんな良い天気なら俺のフレンチドッグも一杯うれるべなぁ」

異変後、道内の観光客は道の用意した施設に保護され、めっきりと観光地を訪れる人は減っていたが、この男はそれでも客を求めて全道を巡りながら商売を続けていた。
まぁ この男の場合、少ない退職金の殆どをつぎ込んで移動販売トラックを手に入れた為に、他に生活する道がなかったというのが本音だが…
そんなこんなで、彼の車が国道を走っていると、ある光景が目に止まった。
海岸に多数の人が集まっている。
そして物凄い数の船が砂浜に乗り上げていた。

「おぉ ヨットか何かのイベントだべか?」

これぞチャンスと思った男はちょうど集団の中心近くの道路にトラックを停め、その集団に向かって歩いて行った。
だが、近くに寄ってみると、男のイメージとはかけ離れたその光景に男は驚いた。
海岸に次々と上陸してくる人々は、全員がボロボロの服を着ている。
それはまるで、映画で見た昔のヨーロッパ人の様な格好であった。
だが、それ以上に気になるのが、彼らのかなりの割合で何かしら動物の仮装をしている。
それは実にさまざまで、耳と尻尾を付けただけの少女がいれば、もう二足歩行の動物そのままの男まで色々である。

「こんな北の果てで、こすぷれのイベントとは時代は進んだもんだなぁ」

男はそう呟くが、彼らをよく観察してみるとその顔色が変わった。
かなりの人数が怪我をしている。
それも重傷だと一目でわかるようなのもいた。
何だ?事故か!?そう思った男は、これは大変だと男は怪我人の一人に駆け寄る。

「おめーら、なした? こんな怪我して。
ああぁ おめー腕が変な方向いてるべや。なんもちょすなや。
ぼっこ当てておとなしくしとけ。それと119番に電話したか?」

男が心配して尋ねるが、彼らは難しい顔をしてお互いの顔を見るだけで意思が通じないようだった。

「外人さんか!こりゃまいったな~ とりあえず、俺が救急車呼んでやるからおとなしくしとけ。な?」

そういって身振り手振りで座るように促すと119番に電話する男。

実はこの時、稚内の警察署は道庁から難民の連絡は受け取っていたが、膜消失後の混乱にて人員が市内各所に散らばっていたために満足な初動が取れていなかった。
その為、警察があたりを封鎖する前に男が接触できたのである。
そんな彼らの下に電話を終えた男が戻ってくる。

「すぐに救急車来るそうだから、そのまんま動くなよ?」

そういって改めてあたりを見渡す男。
海岸には続々と新手が上陸してきおり、遠くの沖を見ると海保の船が見える。
何やら、彼らを誘導しているようである。

「海保までいるとなると、お前たち船が難破でもしたんか?」

男が問いかけるが、言葉が通じず誰も答えない。
そして、その全員の顔には酷く疲労の色が見えた。

「よっし!困った時はお互い様だ!俺のトラックにあるフレンチドッグ振る舞ってやるから元気だせや!
日本人は災害があった時は、皆が協力するって有名なんだわ。だから安心しとけ!」

男はニカっと笑うとトラックを変形させて調理を始めた。




『フレンチドッグ』
アメリカンドッグに似たその食べ物は、もともとは道東の名物ジャンクフードであった。
内地ではアメリカンドックにはケチャップだが、こちらでは魚肉ソーセージが入った本体に砂糖をまぶす。
その美味たるや天下一品であり、2025年現在、各地のB1グランプリを制したフレンチドッグは、道内にとどまらず全国を制覇する勢いで勢力を拡大する
道東発の超一級ジャンクフードである。

――――――道東のフリーペーパー "伝書鶏"の特集記事より抜粋




ラバシは男が荷車に戻っていく様子を黙って見ていた。
最初は、馬も竜も引いていない荷車が走っているのを見て魔術師が魔法の車を操っていると思い警戒したが、その中から、出てきた何とも人のよさそうな顔をした男は、心配した様子で此方の事を気遣ってくれた。
何を言っているのかは分からないが、敵意は感じない。
とりあえず、後続が到着するまで海岸で待機しようと思っていた。
だが、しばらくすると海岸で起こったある変化に待機していた全員の注目が集まる。
男が戻っていった魔法の荷車から、何とも言えぬいい香りが漂ってきた。
その匂いを嗅いで、ぞくぞくと皆が集まる。
もちろんラバシもその先頭にいた。
見れば荷車の中では、男が何かを揚げていた。
全員が疲労困憊の中、その匂いは麻薬以上の誘惑だった。
ごくりと皆ののどが鳴る。
その腹ペコの集まりを代表して、ラバシが男に話しかけた。

「すまないが、これを皆に振る舞ってはくれぬだろうか。
もちろんただとは言わない。出来る限りの礼はしよう。
なぁ、どうだろうか?」

ラバシの言葉に対し、男は静かに笑うだけである。
やっぱり言葉が分からない為、意思疎通が難しかった。
ラバシが何とか意思疎通に勤めようと頑張るが、相手の男は串に刺さった何かを揚げ終ると、その内の一本を黙ってラバシに差し出した。
ラバシはまじまじと見る。

「小麦を揚げたように見えるが… この表面の粒は砂糖か!なんと、そんな高級な食べ物だったのか!」

見た目は小麦を揚げたシンプルな何か。
しかし、その表面はこれでもかというくらいに砂糖がまぶしてある。
ラバシが驚愕の顔をしていると、男はさして気にした様子も無く他の皆にも配り始める。
だが、ラバシは一体、対価がいくら必要になるのか考えていた。
飢えているとはいえ、そんな高級な食物を振舞われて、一体いくら支払えばよいのだろうか。
そんな串を持ちながら考え込んでしまうラバシを見て、男は身振りで食べろとでも言うかのように促してくる。
流石にラバシも限界だった。
疲労困憊で空腹の上、手には見たこともない美味そうな食べ物。
支払いの事など忘れると心に決め、一口噛り付く。

「…!!!!」

うまい!
表面の小麦の衣も絶品だが中に入っている肉の腸詰と砂糖が絶妙なハーモニーを作り出している。
ラバシが食べたのを見て、他のみんなも貪りつくように食べ始めた。
その顔は、至福の表情に包まれていた。


「いやぁ~ 疲れているときは甘いものに限るべな!」

男が次々に揚げながら、皆の表情を見て満足げに言う。

「ブヒブヒブヒ!!」

このイノシシ頭の男など、既に何本目であろうか。
満面の笑顔で中のソーセージを指差し何かを言っている。

「お! 気づいたか!普通はフレンチドッグは魚肉ソーセージを使うんだが、俺の店は特別でな!
なんと道産ポーク100%のソーセージだ!うまいだろう!」

そういって男は紙に豚の絵を描いて見せた。
だが、笑顔で語る男の絵を見た直後、イノシシ頭の男の顔色が悪くなる。
そして次の瞬間にはドーンと地面に倒れてしまった。

「おい!どうした!?のどに詰まったか!」

心配して駆け寄る男の声は、もうイノシシ男には届いていなかった。

「ラバシ様!ティンゼーイ族のオットゥクヌシ殿が倒れました!
いかがいたしましょう!?」

…豚の腸詰だったか。

「とりあえず、横に移動させろ。こんな所で横になっていたら邪魔でかなわん。
それと、彼の部族の連中には、中身は豚なので気になるなら周りだけを食べるよういっておけ」

それを聞いた部下たちが、巨大なイノシシ男の手足を持って移動させ始める。
せっかく皆でおいしく食べているときに、怪我でもないのにぶっ倒れているような奴は邪魔だ。
そうしてズルズルと引きづりながらやっとのことで、片づけていると、彼らを囲むように騒々しい音を響かせ赤い光を放つ魔法の荷車が道路に集まってきていた。
おそらく、この地の兵隊か何かであろう。

「さて、やっとお出ましか。一世一代の交渉だ。絶対に成功させなければな」

ラバシは続々と集まってくるそれらを見ると、キッと覚悟を決め、男に一言礼を言いながら集まってきた荷車に向けて一人歩き出した。

「指揮官はどなたか!?話をさせてくれ!」

ラバシが集まってきた集団に向かって叫ぶ。
だが、それに対する回答はない。
彼らは淡々とラバシらに対する包囲を築く作業に追われるだけ。
ラバシは困った。
彼は何度目か叫び、道路を封鎖するこの地の兵隊らしき者達に近づいて、近くにいた一人に身振り手振りで話を試みるが、どうにも通じなかった。


おかしい…
船上で子供らがやった時は、もっとすんなり通じたではないか一体何が違うのか?
それに彼らも彼らである。
海岸に集まっている中で、ただ一人接触を試みているのだから、もう少し関心を払ってほしいのだが、彼らは等間隔で我らを囲み監視するだけだった。
それに彼らは、全員が鼻と口を蓋う仮面をつけるため表情が読めない。
彼らの包囲を出ようとすると当然の如く身振りで制止を求めてくるが、それだけだった。
特に攻撃的に扱われるわけでもなく、かといって相手にもされない。
いいかげん埒が開かないとイライラしていると、後ろから食糧を振る舞ってくれた男が近寄ってきた。
彼は、なかなか戻ってこない私を見て心配しているようだ。
ラバシは、彼なら何とかできるのではと、根拠もなく期待して彼に託すことにする。
どうにも私の演技は絶望的に何かが欠けているようだし。

「後は任せた!」

ラバシは、ドンと彼の肩を叩いた。



男は急に肩を叩かれた。
フレンチドッグを揚げていると、さっきまで集団の先頭にいた男が、集まってきた警官の方に向かっていくのが見えた。
だが、その後は芳しくない
男が身振り手振りで話しているが、警官に伝わってるようには見えなかった。
ちょっくら助け舟をだしてくるか。
そう思って在庫のフレンチドックをあらかた揚げ終えると、男は彼らの方へ向かっていき、男に声をかける
すると、天の助けとばかりに満面の笑みで男は肩を叩いてくる。

「○*▽#☆!」

ドン!

ガタイのいい男から繰り出される一撃は初老の男には中々厳しいものがあった。

「痛ぅ… もうちょっと加減しろや。ちくしょうめ」

男は肩を摩りながら付近を囲む警官に声をかけた。

「あー お巡りさん。ご苦労様です。」

その声を聞き、日本語が話せる人がこの中にいた事にほっとした様に警官も返事を返す。

「こりゃどーも。こんにちわ。
それはそうと、失礼ですがあなたは?
あなたも海岸から来ましたけど、彼らの知り合いですか?」

「いんやぁ 俺はたまたま通りかかっただけだよ。
したっけ、怪我人がわらわら居るし、みんな疲れた顔してるから、ボランティアでフレンチドッグ振る舞ってやったさ。
あぁ そんで、俺は北島五郎っつってフレンチドックの移動販売やってるモンです。
身振り手振りで俺のフレンチドッグ振る舞ってやったら仲良くなってな。
こいつらを何とかしてやりたいんで救急車は呼んでやったけど、この人数だし、怪我人も一杯なんでお巡りさんも介抱手伝ってくれんべか?」

五郎は笑って警官に頼むが、その依頼にたいして警官はすまなそうに言う。

「申し訳ないですが、手伝うことはできないし、救急車も来ませんよ」

「え!?」

五郎は警官の言葉に耳を疑った。

「なしてさ!?なして救急車が来ないんだ?」

五郎は驚愕し警官に掴みかかろうとするが、他の警官に制止される。
それをなだめる様に警官が言葉を続ける。

「知事命令で防疫の為にココは隔離しました。
海保からの報告で、正体不明の難民が向かってると知った知事の命令があり、今、名寄の駐屯地から自衛隊が向かってきていますので、それまで待ってください。」

「防疫?」

「そう 海保の報告映像を見た学者さんが進言したらしいんです。
まぁ 私らも対策室に詰めてる上の人間から聞いた話で詳細はわかりませんがね
彼らの中に明らかに普通の人間じゃない方も混じってますよね?
まぁ そこらが原因だと思いますよ。我々のガスマスクも防疫上の処置です」

それを聞いて五郎の疑問の一つが消える。
確かに、ここで警備している警官たちは全員がマスクをしていた。
そのことに気がついてはいたが、質問の優先度が低かったため特に聞かなかったのだが
今の警官の話で理解が出来てしまった。

「それであんたらは、そんなマスクしてるのか」

「はい。もし悪性の病原菌やウイルスが居た場合に備えての処置です。
それと、そういった理由で今後は我々の許可無しに出入りは禁止となります。
…つまり、あなたも出入りが制限されます。」

警官は気の毒そうに言う。
親切心で助けに入ったら、自分まで隔離されてしまったのだ。
普通ならショックを受け激怒することもあるだろう。
だが、意外にも男はそれほどショックは受けていなかった。

「えぇ~ 俺も隔離か!
まいったなぁ~…
これからどうすっべなぁ。
まぁ でも、嫁さんも死んじまって居ないし仕事っつっても移動販売だけだし、カゼでも引いたと思って、まぁ 諦めるか。
どうせ問題ないって分れば、また自由になるんだろ?」

仕方ねぇな~と愚痴を零すも、ひょうひょうと事実を受け入れている。
男はなかなかメンタル面でも強かった。
そして、彼は警官たちから離れた所で見守っているラバシの所に戻ると、彼に警官の言葉を伝え始める
もちろん、言葉ではなく手に持っているメモに絵を書いて伝える。
まぁ 絵を書いて説明するので細かくは伝わらないが、以外に絵心のあるそれは、これから他に人の集団が来ること、それまで待たなければならない事
五郎も一緒に隔離された事は伝わったようだった。
だが、それが伝わると同時にラバシも申し訳なさそうな表情になる。

「どうやら、我々のせいで貴方にも迷惑をかけてしまったようだな。…申し訳ない」

ラバシが目を瞑って謝罪するが、言葉は通じなくても五郎には雰囲気からラバシが何を言いたいのか伝わったようである。

「まぁ 気にすんなや。もうちょい俺と一緒に待とうや」

まぁ 好きで助けたんだからしゃーねーべやと言いながら、今度は五郎がラバシの肩を叩く。

「あぁ そういえば、自己紹介はまだだったな。
俺は北島五郎。五郎だ。ゴロー。わかるか?」

思い出したように語りだす五郎が、自分を指差しながら名前を連呼する。
ラバシもそれを見て理解する。

「ラバシ・マルドゥク。ラバシでいい」

同じように自分を指差しながら名前を連呼する。

「ラバシか!良い名前だな!」

現実を受け入れた男たちは、仕方が無いと笑いながら海岸に向かって歩き始めた。
何も全てが悪いほうに流れると決まったわけではないのだ。
それよりも、海岸ではラバシの部下が後続の介抱を行ってはいるが、いまだ続々と避難民の上陸は続いている。
その様子を見ながら移動販売車へ戻っていく五郎だが、ふと何か思いついたように警官の元に戻ってくる。

「そうそう!隔離はされたけども、物の搬入は大丈夫だべか?」

笑って警官に尋ねる五郎に警官は戸惑いながら答える。

「それは問題ないですが、一体何ですか?」

ニッと笑って五郎は言う。

「それなら、フレンチドックの材料や水を調達してきてくれ。
あんたらも、自衛隊待ってる間に彼らが衰弱死したら困るでしょう?」

警官達はそれを聞き頷くと、そそくさと無線で署に連絡を取り始める。
確かに自分たちが隔離しているせいで死人が出ては色々と不味い。
そんな責任回避のための公務員の仕事は非常に速かった。
程なくして、稚内署名義で海岸に大量のフレンチドックの材料が届けられることになったのだが、
それらはあっという間に難民の胃袋に納まってしまうのであった。





その日の夜

道庁

緊急対策本部


「獣人ですか…」

海保から上がってきた映像を見ながら知事が呟く。
それに応える様に、対策室に詰めている学者が説明する。

「はい。明らかにホモ・サピエンスと異なります。
それどころか、類人猿かすら疑問です。
明らかに二足歩行している他種動物もおりますし…
それに、この事と、空自の撮影した周辺の地形等の情報から総合的に判断しますと、我々は違う世界に転移した可能性が高いと思われます。
まぁ何より、後ほどの休憩時にでも外に出てもらえれば分りますが、星座すら全く違うというのは同じ地球ではあり得ませんからな。
何せ天の川が十時にクロスしておりますし、このような事態は数十億年後のアンドロメダと銀河系の衝突時に起きるかどうか…
まぁその頃には地球の海洋は全てマントルに吸い取られていますから、未来という可能性もない。
よって、異世界か別の星系であろうと推測されるわけですな」

そう説明する彼の名は、矢追純二博士
異変後、道内にいた各界の専門家が対策室に招聘され
その中でも彼は飛びきりの天才であった。
その彼が言う
ここは元の地球ではないと…
その答えに知事は眉をひそめて聞き直す

「違う世界?」

「そうです。異世界ですな。
膜消失後の地形の大幅な変化。それに元の地球ではありえなかった生物種の出現。
数ある並行世界のどこか、まぁこれが5次元平面上に分岐した世界なのか、6次元上の別の宇宙なのかは定かではありませんが…
又は元の世界内でも異なる時空間に転移したのではないかと推測します。」

「それが本当なら、一部地域を隔離して防疫体制を敷いただけでは弱いんじゃないかしら?
人間を隔離しても、鳥や小動物から病原性ウイルスが入ってくるのではなくて?」

矢追博士の進言に従い難民は隔離した。
彼が言うには正体不明の人種?の集団はどんな病気を持っているかわからない。
下手をしたらヨーロッパ人上陸後のアメリカ大陸先住民と同じ運命をたどるかもしれないとの話だった。
この世界に対するイレギュラーが彼らだけならそれで良かった。
だがイレギュラーが自分たちであったなら、鳥インフルエンザよろしく野生動物から伝播もあり得るのではないか。
そう考えて知事が発言したが、それに対する答えは、すぐに博士から出た。

「それについては、彼らを徹底的に調べることにしましょう。
彼らの中には人間とあまり変わらぬ姿の者たちもいますし、動物に似た姿をしている者もいます。
何かしらの免疫を持っている事でしょう。
既に我々はワクチンだけではなく、免疫細胞自体を大量に培養して移植する技術があります。
これで最悪でも、人間と彼らの種に対応する家畜は守れます。まぁ 道内の野生動物に対しては見捨てるしかありませんが…
その為にも、多少の非人道的な扱いも止むをえません。
我々の生存が最優先です。」

彼は断言した。

----多少の非人道的な扱いも止むをえない----

少々心に引っ掛かることがあるが、施政者としてこの判断を避けることはできない。
道民の生命と財産を保護するためには多少の犠牲には目を瞑らねばならない。
政治とは大を守るために小を見捨てることなのだから。
今回の事で、高木知事は改めてそれを認識し心に深く刻み込んだ。
そう、我らの生存のためには手段は選んではいられない。
本国と…元の世界と切り離された事が現実味を帯びている今、我々に許される選択肢は多くは無い。
知事として、高木はるかとして心を決めた。

「…わかりました。
防疫に必要な物資・人材は道が集積して支援します。
自衛隊による彼らの保護後、私たちに出来ることを全て行いましょう。
それと、今後の方針を決めます。
各組織の代表者を集めてください。
もちろん、ステパーシン氏を含むロシア側もです。
我々は新しい一歩を踏み出さねばならないでしょう。」

転移、そして決断。
北海道は新たな一歩を踏み出したのだった。




道庁でそんなやり取りが行われている頃から時は少し遡る。
稚内沖に見える陸地で、一つの集団が海を渡る難民を眺めていた。
既に難民は岸から遠く離れているが、その行く先は明らかだった
船団というのもおこがましい小舟と筏の群れが蟻の行進のように一筋の線となって沖に浮かぶ未知の陸地へと続いている。

「逃げられましたな」

海を眺めていた集団の中で騎士の一人が呟く。
その言葉を聞いて集団を統率していると思われる若い騎士がフンと鼻を鳴らす。

「なに、仕方ないさ。父上が満身創痍の蛮族どもを駆除しようと追って入った森の奥で逆に打ち取られるとは予想外だった。
奴らめ…。どんな魔法を使ったか知らんが覚えておけ。
地の果てまで駆り立ててくれる!」

若い騎士は奥歯を噛みしめ海上の船団を睨む。
過去最大の規模で始まった今回の亜人討伐は、開始から順調に推移していた。
亜人に占拠されている土地を奪還し、この地から亜人を追い出すという目的は完璧に達成出来たと思われた。
最後に海岸に集まる亜人どもに突撃し、これを殲滅する最終段階で父であるエルヴィス辺境伯は、森の奥へと向かうドワーフを見つけてしまい。
それを追いかけていってしまった。
その結果は、轟音と火の手。その後に見つかる父の焼死体。
予定外の司令官の死亡により討伐軍は混乱に陥った。
その混乱を息子のアルドが収拾したときには、亜人は海の上だった。

「悔しいが、一度本拠に戻るぞ。
父の葬儀と家督の相続、それが終わり次第、再度討伐軍を出す」

「目的地はあの謎の陸地ですか?」

アルドの横に立っている肥満気味の騎士が笑みを浮かべて確認する。

「勿論!他にどこがある!
父が死に、謎の陸地が出現し、そこに獲物が逃げ込んだ。
私には、これが神が私に辺境伯家の当主として領地を拡大せよといっているように思える。
これは神の試練であり恵みだ!と」

それを聞いて家臣達も色めき出す。
今回の亜人討伐で領地が加増されるが、更に加増のチャンスが目の前の海上に広がっているからだ。

「では、一度帰還いたしましょう。
若が家督相続の手続きを行っている間、私めは軍船の準備を致します。
我らの力、更に見せつけてやりましょうぞ!」

肥満の騎士は闘志を燃やす。
あの未知の土地を征服する先にある栄華を求めて…








3日後


道庁内会議室

この日、道庁には道内にある各機関からの代表者が一同に会していた。
会議室の中央に高木知事が座り、その両翼に日露の代表が座っている。
会議室内に全員が揃ったことを確認し高木知事が開始の挨拶をする。

「みなさん集まりましたね?
それでは、これより我々の今後を検討する会議を始めたいと思います。」

その声と皮切りに北海道の今後を決める会議が始まった。

「お手元の資料にもある通り、水面下での調整の結果、北海道と南千島の合併は決定事項で了解しているかと思います。
ですが、国家体制、軍事、法制度等の決定に皆さんのご協力が必要と思い、本日の会議を招集しました。
ですが、それを決める前に、現在の我々の置かれている状況を整理してみましょう。」

会議室のスクリーンに数枚の写真が写される。
何名かの初めてその写真を見る者はどよめいた。
有るはずのものが無く、有るはずの無いものが有る写真だった。
それは、松前半島上空から南を眺めた本州の写っていない写真と稚内沖にあるサハリンより遥かに広大な陸地が写った航空写真だった。

「現在、空自の偵察機による観測では、本州の消滅と稚内沖20kmに未知の大陸が出現したことが判明しております。
更に詳細は不明ですが、北海道南方200kmにも陸地があるという情報も入っております。
その中でも、特に北方の大陸について特筆すべき点があります。
ご存知の方もいらっしゃいますが、3日前、稚内沿岸に大陸から渡ってきたと思われる多数の難民が漂着しました。
現在は、稚内CCを接収して作った難民キャンプにて保護しておりますが、注目すべきは彼らの姿です。」

スクリーンに獣人やドワーフの写真が写される。
それを見て、先ほどとは比較にならないどよめきが上がった。

「ご覧のとおり、彼らは現生人類とは著しく異なります。
わりかし我々に近い個体でも、やはり詳しく調べてみるとホモサピエンスとは別種だと報告がありました。
現在は、防疫上隔離に近い処置を取っていますが、彼らが大陸から来た以上、今後は彼らとの大々的な接触は不可避でしょう。」

スクリーンがまた変わり、再度航空写真が写る。
そこには、集落らしきものが写っていた。

「これは空自が撮影した大陸沿岸部の集落の写真です。
これが示すのは、我々とは異なる文明が存在しているという事実です。
彼らの政治体制、文化レベルは不明ですが、そこから難民が大挙して押し寄せた以上、必ずしも平和的な政権であるとは言い切れません。
よって、我々は生存を賭けてあらゆる手を講じなければなりません。
過去の確執、個別の利権は捨て去り、新国家を創造することが我々に課せられた使命であることを心に刻みましょう。」

高木の説明とその大儀の確認に室内に拍手が溢れる。
この場に出席した全員が再確認した。
もはやなりふり構っている時ではないと…

だが、高木知事の説明から始まった新国家建設の為の会議は、初っ端から紛糾した。
丸2日に渡る喧々諤々の議論が巻き起こり、時には殴り合いにまで発展しそうになったが、大まかには以下の事が決定した。


・統一国家の政治体制

なりふり構ってられないといっても、もともと日露は別国家である。
双方ともに自らの政治体制をメインとした政治体制を主張した。
北海道側は議院内閣制、南千島側は連邦制の大統領制。
最初は譲らなかった北海道側も南千島側の一言で何も言えなくなった。

「この有事に、日本の議院内閣制を導入して毎年政府首班が交代したら国が亡びる。
あなた方は、まだ懲りていないのか?」

言い返せる人物はいなかった。
日本の政治はコロコロと首相が変わり、特に2010年代からは特にひどかった。
転移前の国内の混乱を思い出した北海道側はこれに押し切られてしまった。
これにより、北海道は南千島との連邦国家として大統領制を選択することになる。


・安全保障

これについては双方の兵力によって主導権が分かれた。
陸上兵力については指揮権の統一については異論は無く、総司令部が道内に設置すると兵力で圧倒する陸自が押し通した。
だが、装備の統一で揉めに揉めた。
兵力では陸自が圧倒的であるものの、陸自の小火器については、道内への生産設備移転が事実上断念していた。
何故なら、何度か道内に工場を誘致する計画が上がったものの、その度に何処から情報が漏れたのか市民団体が殺到。
しまいには火炎瓶まで出てくる始末で1か月では準備できなかった。
此れには、ロシア側がリークしていたとの噂もあったが確たる証拠は無かった。
その点、ロシア側は国後に生産能力を手に入れていた。
そんな事もあり、自衛隊の物資を有効活用するためにも自衛隊はNATO弾規格のAK74を89式の補充として導入し
最終的には一本化すること、ロシア側もNATO弾規格の物に交換することで両軍の規格統一が最終的には同意した。
そして、大型兵器については、両軍ともに生産設備が無かったので、後日、北海道の生産基盤整備の際は日本側装備をメインとすることになった。
だが、航空兵力や海上兵力については主導権は逆だった。
空自は2個飛行隊のF15を配備していたが、機体寿命が切れかかっていた。
F4の時のFX騒動を踏まえ、F15の機種交換では国産の新型戦闘機F3を量産することが早々に決まっていたが
配備は西側方面が優先され、千歳に配備が始まる前に転移してしまった。
それに対し、ロシア側はかつてPAKFAと呼ばれたステルス戦闘機Su51を一個飛行隊20機配備している。
だが、双方ともに航空産業の基盤が無い。
在庫の交換部品が切れたら終わりである。
そこで、双方からリバースエンジニアリング用に機体を出し合うことにし、部品の供給を行うことにした。
だが戦力価値により、補給部品はSu51が優先されることになり一応は話がまとまるのだが、海上に至っては更に日露の差がついた。
海保とロシアの国境警備隊については余り差が無く、すんなりと統合に向かったが、問題の海自の装備は、道内にはミサイル艇2隻と掃海艇だけだった。
それに対し、ロシア側は偶々択捉に寄港していたステレグシュチイ級コルベットが一隻あった。
双方ともにあまりに貧弱な海上兵力だったが、海上兵力整備の際はステレグシュチイ級をドッグ入りさせそのコピーを量産することになった。
それに伴い海兵の教育もドッグ入りした際にロシア式で行うことが決まった。



その他にも法制度は、2年は準備期間として両地域の現行を維持し、その後で統一する事や、転移後のロストテクノロジーを回復するために科学技術復興機構の創設が決まった。
内容としては、道内の技術者・科学者を一元的に管理し、科学技術の復興を迅速かつ効果的に行うというものだった。
これについては、武田勤氏が裏で調整していたようで、初代理事長には彼が収まった。

「ふぅ… なかなかしんどいわね」

高木が額の汗をぬぐう。
その様子をみて鈴谷宗明がそれ以上に汗の浮いた顔で彼女を励ます。

「なに。最初にうんと苦労すれば後は屁みたいなもんだよ。
だがしかし、予定では初代大統領になるお方がこの程度で疲れてちゃいかん。
君はもっともっと苦労する予定なのだからな」

笑いながら鈴谷は高木に言う。
それを聞いて高木は少々げんなりした。
まぁ この状況下になってしまった以上、政治的空白を作らずに新体制へ移行するには、自分がこのまま横滑りしなければならないのはわかっている。
だけど…やっぱりしんどい…
そんな事を思いながらため息を一つ吐きながら会議の進展を見ていると、会議室の外から一人の職員が早足でやってきて高木の耳元で静かに報告する。

「稚内の矢追博士から連絡です。
隔離地域で何やら進展があったようです」

「博士は免疫のテストで現地へ行ってた筈だけど、何があったの?」

「何でも免疫細胞移植後に想定外の反応があったそうです。詳細は博士が直に説明するそうです。」

一体何だろうか、手段を選ばないと決めた後、難民と一緒に隔離された不幸な市民を使って免疫系の人体実験が非公式に行われていることは知っていた。
想定外とは一体何であろうか…










稚内CC


難民上陸後、到着した陸自の部隊により、市街より離れたこのゴルフ場に難民キャンプが築かれた。
周囲はフェンスで囲まれ、その中に無数に立つテントの中に2万人もの亜人達が保護されている。
そんなテントの一つに五郎はいた。

「すごいぞ!ラバシ!言葉が通じる!」

「いったいどうしたんだゴロー!すばらしいぞ!」

人種のおっさんとドワーフの男が手を組んで踊っている。
そして、その周りでは数人の研究者たちがその様子を見ていた。

「博士… これは一体…」

「原理はわからん。だが、彼本人には難民の言語が翻訳されて聞こえているようだ。
だが、発音は全く違うし、はたから見る我々には双方共に別言語を話しているようにしか見えない。
おそらくはテレパシーの一種かもしれない」

矢追博士は目の前で起こっている現象を真剣に観察しだした。
もはや、なぜ起きたかは重要ではなく、なぜ会話できているのかに興味が移っているようである。
だが、一緒にいる研究員は思う。
一体なぜこうなったのか、と…
警官から隔離されると聞いた後、五郎は自衛隊と一緒に難民キャンプにやってきていた。
難民は血液検査ということで全員採血され、負傷している者は治療を受けた後、彼も一緒に数日をキャンプ内で過ごした。
その後、矢追博士と名乗る人物と出会い、伝染病の予防と称して彼らの持ってきた注射を打って貰ったのだが、想定外の効果は数時間後に現れた。

「いやぁ 言葉が通じるって良いもんだべや」

彼らの言葉が分かる。
最初は何だかわかる気がする程度だったが、時間を置くと徐々にハッキリわかるようになった。
その結果が、今、ラバシと二人で踊っている状況になっていた。


「おそらくだが」

唐突に博士が研究員に話しかける

「彼らの免疫細胞という体組織を移植したことにより、未知の要素が五郎君の体に宿ったのだ。
彼らの体に他にも秘密があるのなら、まだまだ未知の現象が見れるかもしれんな。実に楽しみだよ。
それに君も見ただろう、あの免疫細胞を。
我々の知りうる病原菌、ウイルスを無効化してしまった強靭な免疫だよ。
今の所、被験者に副作用やショックといった異常もなく容態は落ち着いている。
もしかしたら、全道民に処方することになるかもしれないな。
何より移植後に言葉が通じるようになるという未知の現象が素晴らしい。
あぁ!…もう我慢できん!君!早速、私の分を用意したまえ。
私自ら実験を行う!」

ドタバタと人体実験の用意を始める博士。そしてそれを押しとどめる研究員たち。
そんな踊ってるかのような喧騒劇を繰り広げる博士たちを横目に、五郎たちも踊る。
その後、やっと観念した博士たちが次の実験の準備のためにテントから出ていきテント内に静寂が戻ると
五郎たちも気が済んだのか踊りをやめた。
そこでやっと一段落付いたような気がした五郎は、ラバシと出会った時から思っていた疑問をぶつけてみた。

「話が分かるようになったんで聞くが、お前ら一体どこから来たんだ?」

にこやかに笑いながら五郎が訪ねる。
その瞬間、ラバシの表情が明らかに暗く凍る。
そして、重くなった口を開きラバシは五郎に語った。

「俺たちは大陸の人種共に迫害され、命からがら逃げてきた避難民だ。
奴らは俺たちを根絶やしにする気でいたから、最早故郷には戻れない。
この土地で暮らさせてほしいんだ。
その為にゴロー、是が非でも君たちの長に合わせてくれないか?」

その告白を聞き、五郎の顔からも笑いが消える。
彼らの事情は予想以上に深刻で、悲しいものだった。
五郎は、ラバシの話を聞いているうちに、それがあたかも自分に起こったことのように彼らの苦難を悲しみ、怒り、同情していった。

「そうか… そんな事があったのか
残念ながら俺は使えるツテとかは無いけども、取り敢えず博士に相談してみるべか?」

「あぁ 是非とも私の話を伝えてほしい」

ラバシが頭を下げる。
それを見て五郎は。おう 任せとけ!と胸を叩き、二人は早速、博士のいるテントへ向かう。
彼のテントは一発でわかった。
赤十字のマークが入ったテントから、博士と助手の研究者の騒がしい声が聞こえる。

「待ってください博士!もう少し経過を見てからにしましょう!」

「君は馬鹿かね?あんな面白い現象を前にして黙って待っていられる筈がなかろう!」

テントの外にまで漏れるその声に、五郎はつい呆気にとられてしまったが、気を取り直して入り口をあける。

「博士。ちょいとお邪魔しますよ」

見れば、今まさに注射器を自分の腕に刺そうとしている博士だったが、自分のテントを訪れた五郎とラバシを見て手を止める。

「おぉ 君たちか!どうしたのかね?
まぁ そんな所に立っていないで、ゆっくり座ってくれ」

彼らを笑って迎え入れる博士。
五郎達は勧められるままに椅子にこしかけると真剣な表情でラバシの話を始めた。

「博士、ご相談なんですが………」


…………


「そうか… 海を渡って来たのはそういう事情だったのか。
まぁ ちょうど良い、私もこれから知事に連絡しなければいけない用があったから、一緒に話してみるとしよう」

その言葉を五郎から通訳してもらったラバシは、博士の手を取りブンブンと振り回して喜んだ。
急に手を捕まれ振り回されて若干ビックリした表情になる博士だったが、解放されるなり電話を取り、その言葉通り道庁に電話をかけ始める。


一方その頃。

道庁
会議室内

「知事、博士とテレビ電話が繋がりした」

「スクリーンに出してちょうだい」

知事の指示に従い、職員が映像を会議室のスクリーンに繋げる。
そのスクリーンには博士が映っていた。
画面の中で博士は、「お!映った」と呟きながら知事に挨拶する。

『どうもお疲れ様です知事。会議はどうですか?』

博士のその言葉を聞いて高木は溜め息を漏らす。

「順調に紛糾中です。
会議は踊る。されど進まず。…みたいなウィーン会議よりはマシと言っときましょうか。
まぁ、そちらはそんな事は気にしなくていいです。
それより博士。報告事項があると伺いましたが?」

その返事に博士は興奮して説明を始める。

『そうなんですよ知事!
免疫の人体実験に使った後ろにいる五郎君なんですが、免疫細胞を移植後に面白い変化が現れました!』

そう言って、博士は後ろに立っている北島氏を指さす。
というか博士、非公式の人体実験をそんなにペラペラ喋らないでほしい
高木はそんな事を考えながら、人払いせずに博士との電話をつないだことに後悔した。
当の北島氏は、あまり自分の立場を理解していないようで、手を頭に当てて照れながら挨拶しているが、この事を知らなかった職員がこちらに厳しい視線を送っている

「…それで、どんな変化が起こったのですか?」

高木は、一部職員の視線を無視しつつ話を続ける

『それが、移植後に五郎君と彼らの言葉が通じるようになったのですよ!
彼らの発音している言葉自体は別言語ですが、原因不明のファクターにより、意志疎通が出来ている。
おそらくテレパシーの一種ではと推論しますが、仮に全道民に予防接種として免疫細胞を移植した場合、我々と彼らの言語の壁はぐぐっと下がるでしょう!』

なるほど… この世界は我々の予想を越える事が多々あるようだと高木は思った。
そもそも難民のなかにいる獣人達だって、我々の知っている進化論からは考えられない存在だ。
もう、転移前の常識は捨て去るべきかもしれない…

「そうですか。もしそれの安全性が確立すれば、これからの交流に非常に有用でしょうね。
ありがとうございます。引き続き調査をお願いします」

実に有益そうな想定外に知事は笑って労う。
こういう役に立つ系統の想定外なら、いつでも大歓迎だ。
だが通信を終える前に博士が話を続ける。

『それと、言葉が通じるようになったことで、彼らが是非とも知事と話たいといっていますが、よろしいですかな?』

「そうですね。私も彼らの話を聞きたいと思ってました。こちらこそお願いします」

その言葉を聞いてすぐ、五郎がラバシを呼ぶ。
会議室内はスクリーンに入って来た髭を蓄えた男に注視する。
その中で、緊張した面持ちで五郎はラバシの話を通訳して話始めた…


……


「……つまり、あなた方は武装勢力に追われている難民なのですか?」

『ああ だが、我々は船でこの土地に逃れてきたが、奴らは船を用意していなかったから追跡は無理だ。よって暫くはこちらも安全だと思う」

ラバシの言葉に高木の頭痛の種が又一つ増えた。
つまり、我々は敵対する勢力がある難民を保護しているのか…
これは不味い…
外交安全保障上の不安定要素だ。

「出来れば、あなた方を襲った集団について詳しく教えて頂けませんか?」

『あぁ… 奴らは我々の勢力圏と隣接するゴートルム王国のエルヴィス辺境伯の軍勢だろう。
何度か戦ったが辺境伯家の旗しか無かった。まず間違いない』

「王国とは敵対関係にあったのですか?」

『いや王国内で我々亜人は差別される事はあっても、本格的に敵対する事はなかった。
だが、あの辺境伯は違う、土地をめぐって度々小競り合いを起こしていた。
なんでも、神に与えられた土地を神の恵みを知らぬまつろわぬ者から奪還するとのたまっている。
実に自分勝手な理由だ。奪還するも何も、元々あそこは我々の土地だ!』

説明するラバシがヒートアップする。
五郎も忠実に演技付きでそれを伝え、彼の心情を的確に表現している。

「そうですか… となると、いずれこちらにも火の粉が飛んできそうですね」

高木は、むふぅ…と息を吐き、深く椅子に身を預ける。
その様子が、ラバシには彼女が此方を見限るかのように見えて、顔が青ざめる。
自分たちの安全ばかりを気にして、彼らが巻き込まれるとは考えていなかった。
見捨てられては困る。最早、行き場など無い。

『頼む!どうにかこの土地に住まわせて頂けないだろうか!我らの力と精霊の加護は、あなた方に必ず役立つと約束する。
だから… 頼む!』

そう言って、役に立つと売り込むラバシの力をこめて握った拳が紫色に光る。


!!!!!!!


突然の変化にラバシ以外の全員がざわめく。
当然、画面越しに見ていた知事も、目を見開いてその拳を見つめる。

「!? そっそれは一体何ですか?」

予想外の反応が返ってきたため、ラバシも困惑気味に言う。

『いや、決意表明のつもりだったんだが…
頼む!我らは必ず役に立つ!お願いだ!』

「いや そんな事ではなく、その光った手は何だったんですか!?」

見当外れのラバシの回答は無視して知事は聞く。
ラバシは「これか?」拳とモニターを交互に見つめ、さも当然のようにラバシは答えた。

『これか?こんなのは唯の精霊魔法だが…』

「魔法!?」

会議室の全員から声が上がる。
その様子を見て、ラバシは戸惑いながらも左手を紫色の光を灯したり消したりしながら説明する。

『あぁ 私のようなドワーフの場合は、肉体強化の魔法だ。
これがあるお陰で、他の種族が茹で上がってしまうような地底の環境をものともせずに大鉱山が作れる。
人種と違い、我ら亜人は一種類の魔法しか使えぬが、その分強力だ。
難民のなかの各部族も、それぞれ精霊魔法が使えるぞ』

その説明を聞いて全員が信じられないといった表情を浮かべる。

魔法である。
この世界は、こんなことまでアリなのか…
だが、それを見せつけられると信じざるを得ない。
というか、最早何でもありだ。
既に常識というベースラインは自分たちの足元には存在していない。
他ならぬ彼らの元に流れている常識こそ、この世界の常識であるのだ。
だが、これを見た高木には、ある一つの考えが生まれる。
おとぎ話通りに便利な力が実在するなら、北海道の産業に革命をもたらすかもしれない。
高木は声には出さずにそう考えると、ニヤリと笑いながらラバシに言う。

「良いでしょう。あなた方が此処で生きていけるように手を打ちましょう。
しかし、しばらくは準備のために窮屈な生活になると思いますが、それは我慢していただきたい。
そして、新たな隣人として改めて言います。
ようこそ 北海道に!」

その言葉にスクリーンの向こうで歓声が溢れる。
見れば、テントの膜越しに中の様子を伺っていたのか、他の亜人も歓声を上げながら彼らのテントに流れ込んできている。
ラバシと五郎は、何時の間に…とあっけに取られつつも、高木に何度も礼を言いながら通信を終えた。

「と、ご覧頂いたようになりましたが、この会議で議論すべき事が増えましたね。
彼の処遇ですが如何しましょう」

知事の問いに、出席者の一人が待ってたとばかりに発言する。

「是非とも労働力として活用しましょう!
彼らの特殊能力は産業振興に打ってつけです!」

経済界からの代表できていた一人が、これぞ天佑とばかりに提案する。
だが、それに対して公安関係の出席者が反論の手を上げた。

「だがしかし、犯罪や暴動に使われれば脅威だ。
想像してみたまえ、2万の暴徒が魔法なんて未知の力を振り回すのを…
それに防疫体制も整っていないではないじゃないか」

「だが、それにしても魅力だよ。
君は知っているか?
異変後、道内の労働者・失業者を対象とした調査によると、失業した場合に次の職に鉱山労働は考慮に含まれるかとの問いに対し
鉱山もやむ無しと答えたのは殆ど居なかったそうだよ。
内地との経済活動が途切れ、道内の労働人口の大部分を占めるサービス業から大量の失業者が出ることも予想されるが、ホワイトカラーから、鉱山労働者へ転換するのは不可能に等しい。
それに彼らを投入出来れば、我らの資源自給はかなり改善できる」

「だが、市民の安全もないがしろにはできん!」

そのまま議論は慎重派と推進派が平行線をたどる。
どうにもなかなか結論は出そうにない。
これはいけないなと、双方が譲らない議論に知事が割って入った。

「色々意見ありがとうございます。
皆さんの考えはとても参考になりました。
そこで、こういったのは如何でしょうか。
まず、彼らを小グループに分けます。
暴動が起きても対処できる人数が好ましいですね。
次に彼らを必要とする産業界に振り分けましょう。
名目は”産業文明になれるための研修”。これで、同化政策と経済対策を一度に行います。
転移前に各地の事業者が途上国の労働者を研修と称して招聘し、法定外の低賃金で働かせていたことが問題になっていましたが、今回はそれを道が主導で行います。
もちろん法定内の賃金は払いますが、あくまで研修なので最低限です。
彼らには、衣食住を保証し我々の文化になれる為に研修を行うと説明すればよいでしょう。
その後、相互に連携が取れないよう道内各地に分散させます。
防疫上、若干の不安がありますから人口密集地を避け、郊外に隔離した宿舎を事業者に建設させた方が良いですね。
その時、事業者にも治験として免疫細胞の移植を難民導入の条件として提示します。
隔離の期限は、都市部の人間の予防接種が終わるまで。
その間に難民には文明社会を叩きこみ、相互依存の関係を作ります。
…と、こんな感じでは如何かしら?」

双方の妥協できそうな中間ライン。
高木はそれを念頭に、このような草案はどうかと双方に尋ねる。

「まぁ 最初は仕方ありませんな。ですが、鉱山開発にはまとまった人数が必要ですぞ?」

「では、そういった特例的な場所については、公安の監視を張り付けさせましょう。
ですが、人数についてはこちらで一定の上限は決めさせていただく」

ココまで来て、会議は収束に向かっていく。
新体制の発足と難民の道内への導入という方針に向けて…


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.028846979141235