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No.29737の一覧
[0] 試される大地【北海道→異世界】[石達](2012/11/29 01:19)
[54] 序章[石達](2012/11/29 01:05)
[55] 起業編1[石達](2012/11/29 01:06)
[56] 起業編2[石達](2012/11/29 01:07)
[57] 起業編3[石達](2012/11/29 01:08)
[58] 国後編1[石達](2012/11/29 01:08)
[59] 国後編2[石達](2012/11/29 01:09)
[60] 転移と難民集団就職編1[石達](2012/11/29 01:09)
[61] 転移と難民集団就職編2[石達](2012/11/29 01:10)
[62] 礼文騒乱編1[石達](2012/11/29 01:10)
[63] 礼文騒乱編2[石達](2012/11/29 01:11)
[64] 礼文騒乱編3[石達](2012/11/29 01:11)
[65] 礼文騒乱編4[石達](2012/11/29 01:12)
[66] 戦後処理と接触編1[石達](2012/11/29 01:12)
[67] 戦後処理と接触編2[石達](2012/11/29 01:13)
[68] 嵐の前編[石達](2012/11/29 01:14)
[69] 北海道西方沖航空戦[石達](2012/11/29 01:14)
[70] 大陸と調査隊編1[石達](2012/11/29 01:15)
[71] 大陸と調査隊編2[石達](2012/11/29 01:16)
[72] 大陸と調査隊編3[石達](2012/11/29 01:16)
[73] 魔法と盗賊編1[石達](2012/11/29 01:17)
[74] 魔法と盗賊編2[石達](2012/12/08 01:24)
[75] 決戦[石達](2012/12/08 01:20)
[76] 盗賊と人攫い編1[石達](2012/12/31 22:47)
[77] 盗賊と人攫い編2[石達](2013/01/19 21:24)
[78] 盗賊と人攫い編3[石達](2013/01/19 21:23)
[79] 道内情勢(霧の後)1[石達](2013/02/23 15:45)
[80] 道内情勢(霧の後)2[石達](2013/02/23 15:45)
[81] 外伝1 北海道航空産業の産声[石達](2013/02/23 15:46)
[82] 東方世界1[石達](2013/03/21 07:17)
[83] 東方世界2[石達](2013/06/21 07:25)
[84] 東方世界3[石達](2013/06/21 07:26)
[85] 幕間 蠢動する国後[石達](2013/06/21 07:26)
[86] 東方世界4[石達](2013/06/21 07:27)
[87] 東方世界5[石達](2013/06/21 07:27)
[88] 東方世界6[石達](2013/06/21 07:28)
[89] 東方世界7[石達](2013/06/21 07:28)
[90] 世界観設定[石達](2013/06/23 16:49)
[91] 人物設定[石達](2013/06/23 16:57)
[92] 東方世界8[石達](2013/07/15 01:51)
[94] 帝都ティフリス1[石達](2013/08/09 02:02)
[95] 帝都ティフリス2[石達](2013/08/12 00:21)
[96] 帝都大脱走1[石達](2013/09/23 00:16)
[97] 帝都大脱走2[石達](2013/09/22 22:47)
[100] 帝都大脱走3[石達](2014/02/02 03:03)
[101] 対エルフ1[石達](2014/02/02 03:03)
[102] 対エルフ2[石達](2014/02/05 22:45)
[103] 対エルフ3[石達](2014/02/05 22:45)
[104] 対エルフ4[石達](2014/02/05 22:46)
[105] カノエの素性1[石達](2014/02/05 22:46)
[106] カノエの素性2[石達](2014/02/09 13:13)
[107] 別れ、そして託されたモノ1[石達](2014/02/09 13:14)
[108] 別れ、そして託されたモノ2[石達](2014/02/09 13:16)
[109] 決意[石達](2014/02/09 13:42)
[110] 新しい風[石達](2014/04/13 10:41)
[111] 交流拡大、浸透と変化1[石達](2014/04/13 10:41)
[112] 交流拡大、浸透と変化2[石達](2014/06/04 23:46)
[113] 交流拡大、浸透と変化3[石達](2014/06/04 23:47)
[114] 交流拡大、浸透と変化4[石達](2014/06/15 23:55)
[115] 交流拡大、浸透と変化5[石達](2014/06/15 23:55)
[116] 平田、大陸へ行く1[石達](2014/08/16 04:02)
[117] 平田、大陸へ行く2[石達](2014/08/16 04:02)
[118] 対外進出1[石達](2014/09/14 08:19)
[119] 対外進出2[石達](2014/08/16 04:04)
[120] 対外進出3[石達](2014/10/13 01:58)
[121] 回天1[石達](2014/10/13 01:59)
[122] 回天2[石達](2014/10/14 20:24)
[123] 回天3[石達](2015/01/18 08:20)
[124] 回天4[石達](2015/01/18 08:24)
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[29737] 国後編1
Name: 石達◆48473f24 ID:a6acac8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/29 01:08
異変18日目


道内某所 スーパーにて




異変後、道内では物資統制が始まり、生活必需品に関しては完全な配給制になっていた。
しかし、一見するとスーパー等の商店への客の量はあまり変わっていない。
そんな中、一人の初老の婦人が買い物に来ていた。

「はぁ… スーパーがそのまま配給品の交換所になったから見た目には変化はあまりないけど、
配給外の品物の物価はすごい事になっているわね」

道は、道内で自給できる食品については配給制を敷き道民の食糧事情を保障したが、再入荷の見込みの無い食品は早々に統制をやめた。
生鮮食品の場合は腐るのですぐに無くなるし、何より南国の果物等が少々無くなっても命にかかわるというものではない。
そんな事情もあり、彼女は驚きの表情で値札を見る。
みかんやパイナップルの缶詰が恐ろしい価格になっていた。
すでに定価の10倍を超えている。
生のバナナなどは既に姿を消し幻の食品となっている。
温暖な地域の果物は北海道では取れない為、在庫が無くなればそれまでだった。
彼女は、そんな事を考えながら店内を回っていると、前方から見知った女性がやってきた。

「あら、奥さん。こんにちわ。
奥さんも配給を受けに来たの?
それにしても大変よね。さっき鮮魚コーナーを見てきたけど、沿岸の魚ばっかりで外洋の魚がさっぱり無かったわ。
配給券では、冷凍マグロとかは対象外だし…」

まったく!嫌になっちゃうわねとその女性が自分に語ってくる。
そうか、お魚も種類が減っちゃったのね。
そうがっくりしながら老婦人は目の前の主婦と話を続ける。

「でもそうなると、お肉はどうかしら?
北海道には牧場もいっぱい有るし…」

その疑問に対し、目の前の女性は手を横に振りながら答える。

「お肉のコーナーも見たんだけど、確かに一通りはあるんだけど一パックごとの量が少ないわ。
まぁ アメリカ牛もオーストラリア牛も入ってこないんじゃ、道民全てに行渡らせるには量を削るしかないそうよ。
店員さんもそう言ってたもの」

「じゃぁ 一体、何を食べればいいのかしら?」

老婦人が不満を口にする。
魚も種類が限られ肉も量はない。
いったい今日のおかずは何にすればいいのか。

「じゃがいも、たまねぎなんかは大量に配給されてるわね。あと、大豆も大量に配ってたわ。」

そういって主婦は、先ほどゲットしてきた食品を老婦人に見せる。

「なんでも、道内産の農産物が出荷できないんで大量に余っているそうよ。
しばらくは豆腐ハンバーグでも作って乗り切るしかないわね」

そういって苦笑を浮かべるながら話す主婦に、老婦人も苦笑いを浮かべるしかなかった。
なんたって非常事態である。
困っているのは自分だけじゃない。
そんな状況下では、日本人の忍耐力は強かった。

「それはそうと、お宅の息子さん達って帰省中でしょ?
こんな事になって、北海道に閉じ込められちゃったらどうするの?」

主婦は食料の話を打ち切ると、唐突に老婦人の息子の事を質問する。
彼女は、老婦人の子供たちが夏の帰省シーズンに帰ってきた事を前に会った時に聞いていたが、その後どうなったかは聞いていなかった。
それについて聞かれた老婦人は、それについてはねと頬に片手を当てながら説明する。

「この間、役所から調査が来てね。
家族構成から職業、仕事の内容まで根掘り葉掘り聞いた後に冊子を置いて行ったわ。
なんでも、道内に取り残された帰省中の人や観光客を集めて保護してるらしいの。
閑古鳥が鳴いている道内の観光地の宿泊施設を住居として一時的に開放するらしいわ。
なんでも、業界ごとに地域を分けて保護してるんですって」

それを聞いた主婦は、昼間に見たワイドショーを思い出した。
番組内では、道が道内の技術者を強制的に移住させている反権力的な思想のコメンテーターが批判をしていた。
彼女は、それが嘘かホントかわからないがテレビのいう事に疑問は持たなかった。
何より、目の前の老婦人の子供たちが其処に引っ越していったそうである。
テレビの言葉を借り、強制移住であると決めつけた女性は、非常時に強権を発動する道が悪者であるというイメージのまま話をする。

「息子さん、騙されているんじゃないの?
そもそも、食糧の不足も道が機械の輸送だか何だか知らないけれど、汽車の輸送を独占してるのが悪いのよ。
機械だの戦略物資?だの送る余裕があるなら、市民生活を守るために食料品を送るべきだわ」

不満を口にする女性に、そうなの?と疑問を口にする老婦人だが、次第に彼女も主婦の愚痴に感化されていった。
その老婦人も息子たちと一緒に孫まで出ていってしまった事に少なからず不満があったからだ。

物資統制後の北海道では、このような光景が道内各所で見られた。
異変前と変わらず、無責任な報道をするマスコミ。
そして、物資の欠乏と先の見えない不安感は道民の忍耐でなんとか抑えられているが、内部に発生した不満はゆっくりと、そして確実に溜まっていくのだった。













異変20日目




国後島 ユジノクリリスク



ロシア人が来る前は、古釜布と呼ばれた場所。
眼前に広がる海。
その中へちょこんと飛び出したかのような半島に、その町はあった。
そんな町の中に、一台の車が港から高台へ向かって走っていた。
アスファルトの上を滑る様に進む車内には、拓也達と案内人の男の3人が乗っている。
そんな車内の後部座席に座っていた拓也が、案内人の男に声をかける。

「いやぁ~ すいませんね。工場用地の斡旋までしてもらっちゃって。
それにしても、ステパーシン氏には後でお礼を言っとかなきゃダメですね。」

ホント、助かるなぁとエレナと笑顔で語る拓也。
彼らは、ほんの一時間前までは独力で用地を探そうと考えていた。
地図は見たが、初めて来る土地である。
そんな所で工業用地なんていう重要な物件を探そうというのだ。
彼らは好物件を探そうと気合を入れ上陸した。
だが、予想外にもそんな彼らを港で待っていたのは、ステパーシン氏から拓也達の案内を頼まれたという男だった。
彼は、名前ををエドワルド・コンドラチェンコと名乗ると、既に島内で好物件を何件か見繕っており、それを紹介してくれるといって二人を車に押し込んだ。
あれよあれよという間に、島内を案内されながら2件ほど物件を回り、最後の物件へと向かおうとしているところでエレナが指をさして拓也に言う。

「見てよ拓也。あっちに埠頭のすぐそばに工場が出来てるわよ。
なんだか凄い大きな機械を搬入してるし。
私たちも港のそばの方が便利なんじゃないの?」

その疑問に対し、エドワルドが横から説明する。

「あぁ あれは、国営のガスブランの工場ですね。
資金に物を言わせて立派な工場を建ててますが、当初は油田の修理部品を作るって話でしたね。
それと、あの立地は本来は港の倉庫を建てる予定だったのを、奴らが中央に話をつけて強引に取得したとか。
まぁ 一般の人には真似できませんね。
でも、異変のせいで、機械積んだ船が入港できなくなってしまって建物が浮いてしまったって噂ですよ」

「ふーん。でも、何か搬入してるみたいだね?」

彼の話では搬入する予定の機械が手に入らなかったというのだが、実際は目の前で何かを搬入している。
その疑問を拓也は口にしてみたが、エドワルドの口から期待するような答えは返ってこなかった。

「さぁ? あの連中が何を運んでるのか自分にはわかりませんよ」

案内人にも分からないと言われれば、これ以上知りようがない。
それに、たいして自分たちに関わりがなさそうな話だったので、拓也はこの話は終わりと話題を変え、次の物件へ向かう。
そうして着いた最後の物件は、町の外れにある工場跡地だった。
工場が閉じてからさほど時間は経っていないらしく、少々の割られたガラス等を修理をすれば直ぐにでも使えそうだった。

「ここは、以前は何だったの?」

中々よさげな物件をみて、エレナが詳細を訪ねる。

「資料によると、以前は水産加工場だったようです。
しかし、事業者が欲を出して不動産の投機に手を出した結果、手放したと書いてあります。
ちなみに、建物の裏に小さな桟橋があって、小舟程度なら繋留できるそうですよ」

桟橋?そんなものまであるのか。
どの程度の物だろうかと、拓也がワクワクしながら裏へ回ると、そこには小さな桟橋と倉庫があった。
倉庫のカギは壊れているようで、中を開けてみると台車に乗った小さなモーターボートが一艘あった。

「これも付いてくるの?」

拓也の質問にエドワルドが資料を読み返しながら説明する。

「えー 敷地内の全ての物の付で賃貸に出されてますから、これらも付いてきますね。」

正直なところ、船舶の免許は持っていなかったが、思わぬオプション付きの物件に拓也は心ひかれた。

「エドワルドさん。ここに決めました。即決です。」

まぁ 建物については他の物件も大差なかったが、拓也はそのオプションが気に入った。
拓也がこれを借りることを決めるとことを伝えると、普段は相談なしに物事を決める拓也に対し、彼の独断専行にしょっちゅう怒っていたエレナも同意して頷く。
どうやら彼女も気に入ってくれたようだ。
もっとも、彼女は「桟橋があるなんて素敵ね。今度、子供を連れて三人でクルーズでもしたいわね」
とビジネス以外の事を想像していたのだが。
そんな彼らを満足げに見たエドワルドは「では、契約に関することは不動産屋の事務所でしましょう」と、そそくさと車に乗り込んでいった。
その彼に続いて車に乗り込もうとする二人だが、乗り込む直前、エレナが何かに気付いた。

「ねぇ。さっきから、あの人たち私たちの事監視してない?」

エレナが指差すと300mほど離れた所に一台の車が止まっており、その周囲で2人組の男たちがこちらを向いているのが見えた。
しかし、距離が離れているため、ハッキリと確認できない。
拓也は気のせいだよとエレナに言い聞かせて、エレナを車に押し込むが、彼女は彼らが視界から消えるまでじーっと見つめていた。

「まぁ このあたりも石油が出るようになってからチンピラが増えましたからね。
注意するに越したことはないですよ」

エドワルドはチンピラなんて珍しくも無いと言うと、島内に用意した事務所まで車を走らせる。
エレナも「ふーん」とその言葉を聞くと、それまでの興味を失ったようだった。
そして、あれよあれよという間にエドワルドの事務所に着くと、その後の展開は早かった。
既にステパーシン氏の手回しで契約書類などがすべて揃っていたため、必要書類にサインし、小切手で支払いを済ませた。
物件自体が地価が恐ろしく低いために格安の賃料であった為、賃貸料を支払ってもかなりの金額が手元に残る。
機械設備も格安で手に入れたし、とりあえずは需要の高い弾薬の製造を始めれば、何とか事業は軌道に乗せられるはず。
そんな事を考えつつ全ての手続きがおわると、ホテルにチェックインして今日はもう休むと二人は決めた。

「これで、拠点が手に入ったわね。」

ホテルの部屋で、窓辺に腰かけながらエレナが満足そうに言った。

「そうだね。あとは機材を運ぶだけだから、道庁と運送屋に連絡するだけさ。
これで機材が到着するまで、少しだけの休暇というわけさ。」

本来は工員の採用から、社則の制定など、やることは色々あるのだが
拓也はあえて考えないようにした。
何せ、異変の開始から今日にいたるまで精力的に道内を飛び回り、果てには国後島まで来ていた。
少しばかりの休息が必要だった。

「でも、こんなに自然が綺麗なところなら、武ちゃんも連れて来たら良かったわね。」

実家に預けてきた子供を思いエレナが寂しそうな顔をする。

「全部の準備が整えば、いつでも来れるよ」

拓也はエレナに優しく声を掛けつつ彼女の肩に手を置いた。
そんな二人を窓の外から見つめる影がある。
しばらくすると、新たな影がやってきて、もう一方の影が離れていく
だが、正確に言えば、その影を見つめるもう一つの影があった。
エドワルドである。
彼は拓也達を見つめている影から巧妙に姿を隠しつつ、その後をつける。
尾行されているとも知らず、その影は一つの建物に入っていき、その様子をエドワルドはバッチリ見ていた。

「やはり、奴らか…」

影が入っていった建物は、昼間に拓也達に説明した真新しい工場だった。
拓也達に島内を案内してる途中、エレナが不審に思うずっと前からエドワルドは尾行に気付いていた。
そもそも、なぜ彼がこんな事をしてるかというと、それは数日前に遡る。



札幌

ロシア領事館


この日、彼はツィリコ大佐に呼ばれていた。
出頭に応じ、案内された一室に入ると
そこには、ステパーシン南クリル臨時代表とツィリコ大佐が立っていた。

「やぁ よく来たね。コンドラチェンコ大尉。
どうだね?君も一杯飲むかね?」

ステパーシンがウォッカのグラスを片手に声をかけてくる。
それを丁重に断りつつ、敬礼を返すとエドワルドに対しツィリコ大佐が今回の呼び出しの説明を始めた。

「忙しいところすまんな大尉。
今日呼び出したのは、君にある人物の護衛をしてもらいたい。」

「護衛…ですか?」

エドワルドが聞き返す。
それは一体どのような任務なのであろうか。

「あぁ それも、護衛対象には秘密でだ。
護衛対象は石津拓也という日本人と、彼の妻のエレナ。ちなみに彼女はロシア人だ」

そういって、大佐は二人の写真をエドワルドに見せた。

「この二人ですか… しかして、この二人は一体何者ですか?」

エドワルドは率直な疑問を口にする。
すると、グラスを持ったまま椅子に腰掛けたステパーシンが説明を始めた。

「彼らは、国後に我々の補給を担う武器工場を作ろうとしている。
君の任務は、私から工場用地の紹介を依頼された案内人として彼らに接触し、彼らに感づかれないように護衛してくれ」

なるほど、武器商人か。
エドワルドは彼らが何者かは納得がいった。
だがしかし、それが分ると当然次の疑問が湧いてくる。

「しかし、彼らは一体何から狙われているんですか?それに護衛していることを隠す意味は?」

護衛をする以上、必要な情報は多い方がいい。彼の疑問の内容はもっともだった。

「単刀直入に言おう。
ガスブランの奴らが不穏な動きをしている。
つい先日、奴らもまた武器製造の許可を求めてきた。
だが、すでに彼らにも許可を与えていることを知ると、強硬に認可の取り消しを要求してきたよ。
なぜだかわかるかね?」

その質問にエドワルドは率直に答えた。

「武器生産を独占する為ですか?」

その答えを聞いて、フフンと鼻で笑うとステパーシンは続けていった。

「半分は当たりだ。だが奴らにはもう一つ思惑がある。
奴らは武器の生産を独占することで軍との関係を強化し、十分な手回しの後に私を失脚させる腹積もりだ」

エドワルドは驚いた。
一介の国営企業がそこまでやるのか。
それに何の証拠があって臨時代表はそう断言できたのか。
その表情を見て、今度はツィリコ大佐が説明をする。

「実はな、私の所に一部の士官からタレこみがあった。
ガスブランの幹部の一人が内密に接触してきたそうだ。
賄賂と一緒にその計画を語り、その計画では臨時代表はもとより、軍内部でも中央の息のかかってないものを一掃しようというものだったそうだ。
その後、士官は贈賄を受け取って承諾の返事をしたそうだが、奴らの思惑が外れたのは、その士官がそのままこっちへ報告に来たことだな」

その話を聞き、難しい顔を崩さずにエドワルドは質問を続ける。

「しかし、彼らはなぜ其処までしようとするのでしょうか。
派閥は違えども同じロシア人同士じゃないですか」

それを聞いたステパーシンは、愉快な話をするかのように笑って答えた。

「なに、それは簡単なことだ。
異変前、奴らは大統領の後ろ盾を得て、さも極東の支配者のようにふるまってきた。
それが膜に隔離されるや否や、大統領の息のかかっていない者が首班となり、今までのような強権が使えなくなった。
奴らは、それがたまらなく気に入らないのだよ。」

難儀な奴らだと呟きながらステパーシンは持っていたグラスを空けた。
あのクソ共めとステパーシンは悪態をつく、エドワルドはそうした全ての説明が終わった時、とんでもない騒動に巻き込まれたことを悟るのだった。



異変21日目



拓也は、その日の朝から取得した工場に来ていた。
その工場は、傍目にはまだ十分使えそうだったが、所々窓ガラスが割れていたり、床に結構な雨漏りの跡もあったりした。
そんなわけで、現地の工務店に修理を依頼し、現在は見積の為の調査中だった。

「この程度なら、工期は5日程度ですね。」

工務店の社員が言う。
まぁ そんなもんか…
素人目には大がかりな修理は要らないかなと思ってはいたが、工務店に見てもらったところ、窓ガラスの交換と屋根の補修だけで大丈夫なようだった。

「これなら、補修している横で機材の搬入を行っても大丈夫ですかね?」

拓也が質問に工務店の社員は、にこやかに答えた。

「大丈夫ですよ。
それにしても、この島で何を始める気なんですか?
この前も、ガスブランの方が工場建ててましたけども、やっぱり石油関係ですか?」

「いや、石油じゃないんですけどね。
ちょっとした機械類ですよ。」

拓也ははぐらかして答える。
何せ兵器工場だ。
正式に稼働するまでは余りベラベラと関係者以外に喋るべきではない

「へぇ~… で、何時ごろ搬入されるんです?」

「既に機械類は北海道で出荷準備は終わってるので、連絡を入れれば3日で搬入できますね。
工場の補修の方も並行作業で大丈夫という事ですので、これから連絡しようかと思います。」

拓也がそう教えると、工務店の社員は「3日後ですか…」と呟きながら頷き、見積は後程お送りしますと挨拶をして帰って行った。
それを見送った拓也にエレナが後ろから話かける。

「で、これから搬入を運送屋さんにお願いするとして、その後は?」

「そうだね~ まぁ 社則や品質マニュアルといった決まり事を作りつつ、人を雇う準備をしよう。
俺は、社標準を作ってるから、エレナは島の職業安定所で求人を出してきてくれ。」

「わかったわ!で、何人くらい集めてくればいいの?」

「まぁ 最初は工場作るから面接やるよって感じで告知だけしてきてよ。
設備が全部来た後で面接やって、それで必要数だけ採用するから。」

分かったわと言って、エレナは張り切りながらエドワルドの車に乗ると国後の職業安定所へ向かう。
土ぼこりをあげて車が走り去った後、一人残った拓也は背伸びを一回すると、「じゃぁ 俺は俺の仕事をやりますか」と独り言を呟いて工場の中に入っていった。
工場の中は、前の所有者の機械等は既になかったものの事務所の机や椅子などは、そのまま残っていた。
拓也はその内の一つの埃を払うと、椅子に座ってノートパソコンを広げた。

「さて、社則から品質マニュアルの作成まで、事務仕事もいっぱいあるなぁ」

転移後、会社に出られなくなったが故に事務仕事から解放されていた拓也であったが、こちらでも働かなければならない以上、それらから逃げることはできなかった。
凄く面倒くささがにじみ出た表情で、観念したかのように1枚のSDカードを取り出すと拓也は中に入っている書類の確認を始める。
このSDカードは、国後に渡る前、なんとか連絡を取った会社の後輩に頼んで送ってもらった前の会社での仕事データだった。
拓也は異変の前はメーカーで品質保証をしていたが、その内容は部品検査から外注業者の監査まで多岐に渡った。
その中で、拓也は外注業者の品質システム監査記録を全部スキャンさせ送らせていた。
まぁ 後輩は机の中で山となった書類をスキャンするので文句を垂れていたが、個人持ちの道具類を全部譲ることで渋々やってくれた。
そんな訳で、拓也が今作ろうとしているのは品質マニュアルと呼ばれる文書だ。
これは、簡単に説明するなら、安定した品質を維持するための会社全体としての決まりである。
もし、今後、自衛隊との取引があった場合(拓也はやる気満々だ)、品質が低いと自衛隊の検査に通らない。
何せ官需の顧客検査では、提出書類に少々の誤記があっただけで検査中止である。
そんな非常に厳しい顧客要求に備え、会社を立ち上げる時から形を整えなくてはならないと拓也は思っていた。
まぁ 実際やってることは、似た業務形態の会社の品質マニュアルを自分たちに合わせて切り貼りしているだけなのだが…
そんな作業を1時間ばかりしていると、不意に工場内に物音が響いた。



カコーーーン…



工場内で何か倒れた音がする。

「エレナたちは、もう帰ってきたのかな?」

そう思い拓也が事務所のドアを開けようとすると、完全に閉まり切っていなかったドアの隙間から見知らぬ男たちが見えた。


!!!!


咄嗟にドアを開けるのをやめ、拓也は隙間から様子を伺う。
そこには屈強な体つきをした2人組が工場内を物色していた。

なんだ??泥棒か?
やばい!やばいぞ!!取られるものは特に無いがあんなゴツいやつと喧嘩して勝てるとは思えない。
それも複数だ。
下手したら、口封じに殴り殺されるかもしれない…

拓也は縮こまりながらその様子を伺うと、この状況をどう乗り切るか考えていた。

「逃げるか?」

入口は奴らがいるし、窓から逃げるしかないか…
そう決めた拓也は、息を殺しノートパソコンを回収すると、静かに窓を開け、そのサッシに手をかける。

その時だった。

ガチャリと開くドア。
一瞬、ドアを開けた男と目があった。

……

凍る空気

次の瞬間、拓也は一心不乱に窓から飛び出した。

「ヤバイヤバイヤバイ!見つかった!」

全力で駆け出す拓也、後ろで男も大声で何かを叫び追いかけてくる。
いかん!普段から運動不足の上、ノートパソコンまで持ってる。このまま捕まったら、殺されてケツを掘られた上で殴られる!
拓也は混乱した思考のまま全力疾走した。
走って走って足の筋肉が悲鳴をあげても走り続けた。
そして、追手の姿を確認しようと一瞬だけ後ろを向くと、そこには既に追手の姿は無かった。

ブロロロロ…

近くで車のエンジン音が聞こえる。
その音の方角を見ると、すぐそこまでエレナ達の車が来ていた。
尋常じゃない拓也の様子を見て、エレナが車から降りると心配して駆け寄ってくる。

「どうしたの!?」

全体力を使い切った拓也はその場にへたり込み、エレナに何が起きたか説明を試みる。

「ど…ど…どど…」

全力疾走の後の為、なかなか声が出ない。

「どど? ドドリアさん?」

「違う!どっ泥棒が出た!」

ようやく落ち着いた拓也はエレナ達に事情を説明する。
事務所で仕事をしていた事。
物音に気付いてドアの外をのぞいたら見知らぬ二人組がいた事。
窓から逃げようとしたら、一人が入ってきて全力疾走で逃げた事。
全てを話終えた後、介抱してくるエレナの後ろに立っていたエドワルドが、拓也の話を聞いて真剣な顔つきで口を開く。

「とりあえず、警察に電話しましょう。それと、今日はもうホテルに戻りましょうか。」

拓也はエドワルドの提案に乗ることにした。
何にせよ、今日はもう仕事をする気にならなかったので、早くホテルで休みたかった。
エドワルドは即座に携帯で警察に連絡をすると、通報を受け駆けつけた警官がパトカーに乗って現れる。
拓也は警官らと一緒に一度工場に戻り、特に何も盗まれていなかった事を確認したのち工場を離れてホテルへ向かった。

「ここら辺ってそんなに治安が悪いの?」

エレナがエドワルドに聞く。

「いや、もともと人口の少ない町なので、泥棒すら滅多にないんですが…」

「でも、不審者が出たわ。
それにしても、まだ何にもない工場に何しに来たのかしら? 不思議ね」

エレナが疑問を口にする。
その通りである。
あの工場自体、今朝までは施錠されて閉鎖された工場だった。
それがまた稼働するので、住民に求人をだして告知したのは、不審者が現れたのとほぼ同時刻
泥棒なら、何もない工場に来るだろうか…
まぁ若者がアンパンを吸うために集まったっていうなら話は分るが、あの場にいた不審者はとてもそんな感じには見えなかった。
拓也はそんな事を考えつつ、不審者の正体について憶測を広げていると、何時の間にやらホテルのそばまで車は来ていた。
そして拓也は目を疑った。

「ストップ!!!」

車内に拓也の声が響く。
あわててエドワルドがブレーキを踏み急停車し、不意に急停車したため姿勢を崩したエレナが起き上がりざまに拓也に問う。

「いったい何よ?」

「あ あいつだ!!」

拓也がホテルの入口に立つ集団を指差す。

「いったい、どいつよ?」

「あの!集団の真ん中に立ってる奴!間違いない!今日見た奴だ!」

拓也の指差す先には、ホテルの前で取り巻きに指示を出している男がいた。

「なんであいつがホテルの前にいるんだよ!」

拓也が叫ぶ。
そしてエドワルドは拓也の叫びを聞きつつ、声のトーンを落として拓也に話かける。

「…なんにせよ、今はホテルに戻らない方が良いでしょう。
とりあえず、工場に戻って対策を考えましょうか。」

そうしてそのまま完全にビビってる拓也を気遣いながら、一行は来た道を引き返す事にした。









その日の夜。


工場の応接室のソファーでエレナが寝息を立てている横で、エドワルドが持ち込んだランタンの明かりを囲むように拓也とエドワルドが座っていた。
その手にはグラスが握られ、足元には蓋の開いたウイスキーが置いてある。
エドワルド曰く、栄養ドリンク替わりだそうだが、飲みすぎて潰れても困るし、断っても失礼だと思ったので、一杯だけという断りを入れてグラスを受け取った。

「一体、奴らは何だと思う?」

グラスのウイスキーを見つめながら拓也が聞く。

「さぁ 私にはサッパリ見当がつきませんな。
まぁ しかし、警察も付近を巡回してくれるといったし、用心棒も雇ったので今晩の所は大丈夫でしょう」

どこかとぼけた様に応えると、エドワルドは拓也に大丈夫だと言って気遣ってくる。

用心棒

今、彼らは工場の周囲を見張っている。
ホテルの前に不審者がうろついてるのを見つけた後、エドワルドはホテルに戻るのを取りやめて、警察と、ある人物に電話をかけた。
その電話からしばらくすると、3人の男が工場にやってきて、待っていたとばかりにエドワルドが出迎えた。
聞けば、この4人は兄弟だという。
その割には顔が全然似てないような気もしたが、工場の周りを見張っていてくれるというので是非にとお願いした。
見れば、手に猟銃を持っている。
実に頼もしかった。

「しかし何故、兵器工場を?」

グラスを口につけながらエドワルドは質問する。
前にも聞かれたような質問だった。
もっと普通の事でも良かったんでは?と聞いてくるエドワルドに少し飲んでることもあってか、拓也はどこか照れながら話す。

「正直なところ、安全保障だの両地域の友好だの建前はどうでもいいんだ。
ただ、ちょっと自分の運に賭けてみたというか、生きている実感が欲しかったというか…」

拓也が見つめるウイスキーのグラス越しに、拓也は淡々とエドワルドの質問に答える。

「生きている実感?」

興味深そうに聞くエドワルド。

「あぁ 実は、結婚する前は海外旅行が趣味でね。
バックパック一つあれば世界中どこにでも行ったよ。
まぁ その中で、エレナに出会って結婚したんだけどね。
そんな海外旅行の中で一番楽しかったと思ったのが、内戦中のスリランカや戦争直後のグルジアだね。
カンボジアはプノンペンの夜なんて特に良かった。
自分が、何かに巻き込まれてあっけなく死ぬんじゃないかというスリルが堪らなかった。
今日も、ちょっとビビりつつも興奮してたよ。
そんな、どうしようも無い趣向もあって、こんなことをしてるんだ」

馬鹿だよと呟きながら拓也は語る。

「でも、あんたは家族持ちだろ?いつまでも、そんな事じゃ駄目じゃないか。」

エドワルドの言葉に拓也は眼を閉じて一瞬考えた後、再び言葉を返す。

「あぁ わかっちゃいるんだ。
でも、やめられない。
だが、エレナも息子の武も愛してる。
そこまで分かってるから、スリルを求める自分と、家族を守りたい矛盾した欲張った考えを本気でもってる。
本当にどうしようもない馬鹿だよ。」

そこまで呟くと、拓也はウィスキーのグラスに口を付ける。
エドワルドは、それを聞いて口元だけで笑っていた。

まぁ 男なんて馬鹿でなんぼだよ。

何も言わず、静かに笑う男の顔がそう言っているように感じた。
ランタンの明かりの中で、薄暗い室内に静寂が訪れる。


タン!タタタタン!!


そう遠くない場所で、急に発生した連続音が静寂を切り裂く。
何の前触れも無く発生したその音に、エドワルドと拓也は身構え、エレナは飛び起きてあたりを確認する。

「ななな何?」

エレナが動転しながら拓也達に聞く。
拓也達も何が起きたのか分からない。
連続音はすぐにやみ、ドタドタ階段を駆け上がる音が聞こえた。
とっさに拓也はエレナを庇う体勢に入ったが、エドワルドは何時の間に出したのか、拳銃をドアに向けていた。

「大尉!入ります!」

その声とともにドアが開くと、入ってきた人物の顔を見てエドワルドは銃を下した。

「何事だ!?」

エドワルドが聞く。

「武装した集団がこの工場を囲んでいます。斥候と思われる小集団と接敵し、向こうが発砲してきたため応戦。これを無力化しました。
現在、イワンとビクトルが入口を押さえています。」

確か、名前はセルゲイとかいったか、エドワルドの兄弟だと聞いていた男が、エドワルドに敬礼して報告した後、鹵獲品ですといって数挺の自動小銃とマガジンを部屋に持ち込む。
それらの銃には少々の血がついていた。
そのまだ血の乾いていない銃を手に取ったエドワルドは、作動を確認した後、鋭い眼光でこちらに質問する。

「銃を使った事は?」

その質問に対し、拓也とエレナは、ほぼ同時に返事をした。

「カンボジアの射撃場で、拳銃で的を撃った程度…」

「バルナウルの大学で、軍事教練の単位を履修して以来よ」

タイミングは同じだったが、内容は歴然の差だった。
それを聞くと、エドワルドは自分の持っていたトカレフを拓也に、鹵獲品のAKをエレナに渡した。

「小銃なんて学生以来ね…」

それを受け取ったエレナは、緊張した面持ちで作動を確かめる。
状況は良く分らないものの銃を手にしてエレナの中で何かのスイッチが切り替わったようだ。
そして彼女は小さく覚悟を決ると、拓也を見つめながら言い放つ。

「大丈夫よ。あなたは私が守ってみせるわ」

…あれ?
こういうのって、普通、夫が嫁を守るもんじゃないの?
拓也は役回りが逆なような気がして仕方なかったが、拓也はふと思い出した。
ロシアでは大学の単位に軍事教練があり、嫁が白衣でAKを構えてる写真を見せてもらったことがあった。
それに以前エレナは、子供の頃にはシベリアで父親とライフルで鳥撃ちをよくやり、すごく楽しかったという話をしていたので銃を扱えることは知っていた。
だが、実際に銃を構える嫁を見ると、普段の姿とのギャップに中々言葉をかけられない。

「敵の数は?」

エドワルドがセルゲイに問う。

「夜間の為、詳しくは不明ですが20人以上はいるかと…
陸側はすべて囲まれています。」

エドワルドの質問にセルゲイがキビキビと答え、その情報を聞いてエドワルドはしばし考える。
20人以上…
それに対してこっちは6人… いや、二人は戦力として期待できないので、戦力差は4:20。
5倍以上の敵と渡り合わなければならないのは分が悪過ぎる…
護衛対象を守り切るにはどうすればよいか。
陸路を強行突破…
囲まれた上、敵の総数もわからない以上、自殺行為以外の何物でもない。
電話で助けを呼び、籠城する。
…駄目だ。例え助けを呼べても、町から離れたこの工場に応援が来るまでこの人数を支えきる自信は無い。
だが待てよ?
そういえば、この工場の裏にある倉庫にモーターボートがあったはずだ。
もし、燃料が残っていれば海から脱出できるな。
そう閃いたエドワルドは決断した。

「軍曹。イワンを連れて裏の倉庫にあるボートの燃料を確認してこい。
そしてビクトルにはそのまま警戒を続け、いつでも埠頭に後退できるよう準備しろと伝えろ。」

「了解しました。大尉殿」

ビシっと敬礼し、すぐさま動き始めるセルゲイ。

「あぁ 後それからな…」

部屋から数歩出たところで、エドワルドが呼び止め、ドアの向こうで何かを伝えている。
全てを伝え終わったのかセルゲイが再度、了解しました。と言うと風の様に走って行った。

「で、大尉殿。我々は如何すればいいんですか?」

エドワルドに対し拓也が聞く。

「生き残りたければ、今から俺が言うとおりにするんだ。
今、セルゲイに船の確認に行ってもらった。
もし、船が大丈夫なら海側から脱出する。
それと、他にも色々と聞きたいことがあるようだが、それは無事脱出できた時まで取っておけ」

エドワルドがニッ笑って拓也達に言う。

何このおっさん
俺もこんな風に格好つけてみてぇな畜生
拓也はこんな状況下でも堂々としているエドワルドを見て少々の憧れと共にそう思い
エドワルドの指示に、羨ましさ半分、生き残るための必死さ半分で頷く拓也。
そんな拓也達が了解するのを確認すると、エドワルドは早速行動に移す。

「よし。とりあえずは工場の裏手口へ移動だ。そこでセルゲイを待つ。行くぞ!」

三人は、エドワルド、拓也、エレナの順番で工場内を腰を低くして移動する。
途中、入口で警戒を続けるビクトルにハンドサインを送り、エドワルド達は工場内を静かに進む。
そうしてやっと見えた裏口に、あと10歩で届くというところまで来たその時だった。

カチャリ…

静かにドアのノブが回る。

エドワルド達は急停止し、それぞれが物陰に隠れた。
薄暗い工場内に月明かりに照らされた黒い影が、足音を消して入ってくる。

1人…2人…3人…4人…

そろりそろりと入ってくる人影の四人目が完全に室内に入り、ドアが閉じた瞬間。
エドワルドのAK74が日を吹いた。

「アゴーン(ファイヤ)!!」

その声と共に、マズルフラッシュの光の点滅が辺りを支配する。
その光に照らされ最初の二人が赤い液体を吹き出しながら倒れるのが見え、エドワルドに続いて拓也とエレナも発砲する。
初めての実戦である。
狙いなんてつけてられない。
拓也は敵のいる方に向かってとにかく引き金を引き続けた。
だが、初撃を回避した残りの敵が、物陰に隠れつつ、こちらに向かって応射を始めた。
工場の鉄骨の陰に隠れていた拓也の周囲に無数の火花が散る。
頭のすぐ横を銃弾がかすめる音がした。
その応射を受けて、付近を弾丸が掠め飛ぶ恐怖に拓也は動けなくなった。
拓也は横目でエレナを見る。
彼女は、少し離れた鉄骨の陰に隠れている。
傍目には特に外傷もないようで無事だった。
だが、その眼はドライアイスより冷たい視線で敵の方角を見ていた。
それはまるで、獲物を狙う狼のように…
そんな身を縮めて隠れる拓也に対して敵の射撃が集中すると、その隙を突いてエドワルドが応射する。
AKの連続した発射音と火花が敵を包み込み、遮蔽物に隠れた奴らを釘付けにする。

タッ!

そして、その瞬間を待っていたようにエレナが駆け出した。
横目でその光景を見ていた拓也は、彼女の名前を呼ぼうとするが、咄嗟の事で声が出ない。
彼女の背を目で追う拓也。
その後の展開は、まるでスローモーションのように拓也の網膜に焼付いた。
敵の潜む遮蔽物を飛び越えながら、別の敵へ向けて一連射。
横から射撃を食らった敵は、血潮を飛び散らせながら崩れ落ちていく。
そして、そのままの勢いで敵の後ろに着地したエレナ。
突然自分の後ろに回った彼女に対し、銃口を向けようとする敵。

だが、彼の銃口が彼女をとらえる前に

彼女の放った5.45x39mm弾が

彼の頭を打ち砕いた。




拓也はその光景に呆然としていた。
いや、正しくは見とれていた。
彼女が飛び出し即座に二人を射殺した。
その彼女は、返り血を拭うこともせず、死体を見下ろしている。
月明かりに照らされたその光景は、暴力的であり、どこか非現実的であり、そして、…美しかった。

どれほどそれを見つめていただろうか、
恐らく、実時間は数秒だろう
ひどく長く感じたその時間は、一つの声で打ち破られた。

「大尉!!」

イワンがドアを蹴破り、セルゲイが銃を構えながら入ってくる。
そして、エドワルドらの姿を確認すると、銃を下して報告する。

「大尉。ボートの燃料は十分です。いつでも脱出できます。」

それを聞いて、エドワルドが満足げに答える。

「ご苦労! だがしかし、時間がない。先ほどの銃撃戦の音を聞いて敵は裏口に集まってくるだろう。

お前たちは、ビクトルと合流し陽動として工場正面で敵を牽制した後、埠頭まで後退しろ。
我々が後退した後、5分だけ待つ。
その間に役目を果たせ!」

セルゲイとイワンは了解と返事をすると、すぐさまビクトルのいる正面へ向かう。

「さぁ 我々は、倉庫まで後退するぞ!」

その合図で拓也達も脱出を開始する。
幸い、裏へ回ったのは、先ほどの4人だけだったようだ。
接敵することなく拓也らは移動時、無事に倉庫までたどり着いた。
離れた場所で銃撃戦の音が聞こえる。
セルゲイたちがその役目を果たしているようだ。
そこでハッとする。
先ほど敵に突っ込んでいったエレナに怪我はないだろうか。
撤退することに夢中で、そこまで考える余裕のなかった拓也は、一息ついたところでエレナの方を振り返る。
当の彼女は、見た目はやはり怪我などはなさそうだが、その目は呆然と空を仰いでいた。

「大丈夫か!?エレナ!」

彼女の肩を掴んで呼びかける。

「え!?えぇ… 大丈夫よ。大丈夫。どこも怪我はないわ。
ただちょっと、初めてなんで驚いちゃって」

心配しなくても大丈夫よとエレナは言う。
だが、その言葉とは裏腹に、その様子はどこか魂が抜けたかのようだった

「お二人さん。乳繰り合ってるところ悪いが、3人が戻ってきた。エンジンをかけろ!」

その言葉を聞き、拓也が慌ててエンジンスターターのひもを引く。
一発ではかからなかったエンジンも、3度目のトライでエンジンがかかったのと同時に彼らが戻ってきた。

「奴ら、倉庫の近くまで追いかけてきてます。早く脱出しましょう」

エドワルドも銃撃音からそれを心得ていたのか、イワンの進言とほぼ同時に倉庫のドアを蹴り破る。
エレナをボートに乗せ、男4人がかりでボートの台車を押した。
台車はゆっくり動きだし、海へのスロープに到達すると勢いをつけて滑り出す。
そのまま勢いよく進水したボートに、男たちが埠頭からジャンプして飛び乗っていく。

「全員乗ったな!脱出するぞ!」

その号令と共にフルスロットルのボートは、水の上を滑るように岸から離れていく。
後方から銃声が聞こえ、弾の通過する音と共に小さな水柱が周囲に立つ。
実に恐ろしい経験であったが、それもある程度の距離を離れるとすぐに静かになった。

「射程外に逃げれたのか?」

「あぁ 撤退は成功した。」

拓也の質問にもう大丈夫だというエドワルド。
だが、その表情は硬かった。
彼は岸を見つめている。
拓也もそれにならって岸をみると

空と一帯が赤く染まり、工場から火の手が上がっていた。

「燃えてらぁ…」

力なく拓也が言う。
その様子を見てエレナが拓也に声をかける。

「でも、命はあるわ。またやり直せばいいでしょ?」

「あぁ…」

力なく拓也が言う。
よほどショックだったのか、腑抜けてしまったような拓也を見て、エレナが怒った。

「あんなボロ工場の一つや二つ!何だっていうの?
あんたなら幾らでもやり直せるでしょ?信頼してるんだからシッカリしてよ!」

拓也の肩をガクガク揺らす。
そのおかげで拓也も目が覚めた。

「あ… あぁ スマン。ちょっとボーっとしてた。
そうだな。 そう!あんなクソ工場の一つや二つ!何とでもなる!
機械はまだ搬入してないから無事だし、金が足りないなら全道を回って、また金借りてきたらいいさ!」

拓也はエレナに感謝する。
こういう時、一人より二人の方が助かる。
恐らく、一人なら暫く鬱になってたかもしれない。

「で、大尉殿。これからどちらに?」

調子を戻した拓也がエドワルドに尋ねる。

「そうだな。町にも奴らが潜んでると思うからユジノクリリスクには帰れない。
となると、安全が確保されるまで島外に出るしかないな。」

「島外?」

「あぁ とりあえずは、一番近い色丹島に向かう。そこで、俺の仲間の連絡を待つ
まぁ 近いといっても海路じゃしばらくかかるからな。
一応、国境警備隊に連絡して迎えの船を出してもらうが、すぐには来るまい。」

まぁ ゆっくり休んでいてくれというエドワルドの言葉を聞き、やっと安心した拓也とエレナはお互いに支えあうようにして船に座る。
なにせ人生始まって以来の危機を二人は乗り越えたのだ。
いつの間にか寝てしまった二人の顔は、疲れ切ったようであり、安らかな寝顔だった。


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