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No.29737の一覧
[0] 試される大地【北海道→異世界】[石達](2012/11/29 01:19)
[54] 序章[石達](2012/11/29 01:05)
[55] 起業編1[石達](2012/11/29 01:06)
[56] 起業編2[石達](2012/11/29 01:07)
[57] 起業編3[石達](2012/11/29 01:08)
[58] 国後編1[石達](2012/11/29 01:08)
[59] 国後編2[石達](2012/11/29 01:09)
[60] 転移と難民集団就職編1[石達](2012/11/29 01:09)
[61] 転移と難民集団就職編2[石達](2012/11/29 01:10)
[62] 礼文騒乱編1[石達](2012/11/29 01:10)
[63] 礼文騒乱編2[石達](2012/11/29 01:11)
[64] 礼文騒乱編3[石達](2012/11/29 01:11)
[65] 礼文騒乱編4[石達](2012/11/29 01:12)
[66] 戦後処理と接触編1[石達](2012/11/29 01:12)
[67] 戦後処理と接触編2[石達](2012/11/29 01:13)
[68] 嵐の前編[石達](2012/11/29 01:14)
[69] 北海道西方沖航空戦[石達](2012/11/29 01:14)
[70] 大陸と調査隊編1[石達](2012/11/29 01:15)
[71] 大陸と調査隊編2[石達](2012/11/29 01:16)
[72] 大陸と調査隊編3[石達](2012/11/29 01:16)
[73] 魔法と盗賊編1[石達](2012/11/29 01:17)
[74] 魔法と盗賊編2[石達](2012/12/08 01:24)
[75] 決戦[石達](2012/12/08 01:20)
[76] 盗賊と人攫い編1[石達](2012/12/31 22:47)
[77] 盗賊と人攫い編2[石達](2013/01/19 21:24)
[78] 盗賊と人攫い編3[石達](2013/01/19 21:23)
[79] 道内情勢(霧の後)1[石達](2013/02/23 15:45)
[80] 道内情勢(霧の後)2[石達](2013/02/23 15:45)
[81] 外伝1 北海道航空産業の産声[石達](2013/02/23 15:46)
[82] 東方世界1[石達](2013/03/21 07:17)
[83] 東方世界2[石達](2013/06/21 07:25)
[84] 東方世界3[石達](2013/06/21 07:26)
[85] 幕間 蠢動する国後[石達](2013/06/21 07:26)
[86] 東方世界4[石達](2013/06/21 07:27)
[87] 東方世界5[石達](2013/06/21 07:27)
[88] 東方世界6[石達](2013/06/21 07:28)
[89] 東方世界7[石達](2013/06/21 07:28)
[90] 世界観設定[石達](2013/06/23 16:49)
[91] 人物設定[石達](2013/06/23 16:57)
[92] 東方世界8[石達](2013/07/15 01:51)
[94] 帝都ティフリス1[石達](2013/08/09 02:02)
[95] 帝都ティフリス2[石達](2013/08/12 00:21)
[96] 帝都大脱走1[石達](2013/09/23 00:16)
[97] 帝都大脱走2[石達](2013/09/22 22:47)
[100] 帝都大脱走3[石達](2014/02/02 03:03)
[101] 対エルフ1[石達](2014/02/02 03:03)
[102] 対エルフ2[石達](2014/02/05 22:45)
[103] 対エルフ3[石達](2014/02/05 22:45)
[104] 対エルフ4[石達](2014/02/05 22:46)
[105] カノエの素性1[石達](2014/02/05 22:46)
[106] カノエの素性2[石達](2014/02/09 13:13)
[107] 別れ、そして託されたモノ1[石達](2014/02/09 13:14)
[108] 別れ、そして託されたモノ2[石達](2014/02/09 13:16)
[109] 決意[石達](2014/02/09 13:42)
[110] 新しい風[石達](2014/04/13 10:41)
[111] 交流拡大、浸透と変化1[石達](2014/04/13 10:41)
[112] 交流拡大、浸透と変化2[石達](2014/06/04 23:46)
[113] 交流拡大、浸透と変化3[石達](2014/06/04 23:47)
[114] 交流拡大、浸透と変化4[石達](2014/06/15 23:55)
[115] 交流拡大、浸透と変化5[石達](2014/06/15 23:55)
[116] 平田、大陸へ行く1[石達](2014/08/16 04:02)
[117] 平田、大陸へ行く2[石達](2014/08/16 04:02)
[118] 対外進出1[石達](2014/09/14 08:19)
[119] 対外進出2[石達](2014/08/16 04:04)
[120] 対外進出3[石達](2014/10/13 01:58)
[121] 回天1[石達](2014/10/13 01:59)
[122] 回天2[石達](2014/10/14 20:24)
[123] 回天3[石達](2015/01/18 08:20)
[124] 回天4[石達](2015/01/18 08:24)
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[29737] 回天2
Name: 石達◆48473f24 ID:bd0b9292 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/10/14 20:24
となる月の綺麗な夜。
それは考え事をするには丁度いい静かな夜だった。
誰にも邪魔されることのない静寂のひと時。
私は狭い無機質な一室で、慌ただしかったここ一か月の出来事について思い出していた。
豪華客船で行く諸国漫遊ツアーから、一本の呼び出し状によって道内に呼び戻され、相応の気合を入れて臨んだ弾劾裁判。
まずあれが、今月の私の運へのケチの付き始めだった。

『被告人は証言を認めますか?』

『認めません。
野党内で盗聴器が見つかったと言っていますが、それに政府は関与していません。
原告の自作自演です』

弾劾裁判の中で日々続くこんなやり取り
裁判中、私は断固として罪は認めていない。
ステパーシンが工作に動き、最初の証言以外の有力な証拠を検察は出せないのだ。
この裁判自体、政府に対し含むところのある者たちが見切り発車的に臨んだ所もあり
十分な信憑性のある新たな証拠は現在捜索中なのだろう。
その為、時間稼ぎとしか思えない次々出てくる証拠品も出てくるが、私の弁護団は全て否認している。

検察は意地でも私を有罪にしたいのか、色々なモノを並べてくるがクリティカルな物証は存在しない。
別件で盗聴器が見つかったそうだが、それ自体と政府を結ぶ繋がりはステパーシンが綺麗サッパリ消した。
それに、本件に関して私の指示は口頭だけであったし、そこから末端までの間に何かの文書があったとしてもステパーシンが消してしまったのだろう。
だが、法廷での雰囲気は明らかに私の有罪ありきのモノであった。
私のいない間に、野党とマスコミ、道内のイグニス教信者の行ったキャンペーンが効いているのだろう。
かつて鈴谷宗明が斡旋収賄で失脚したときと同じ空気を感じる。
結論ありき、原告が何を言おうと、世論とそれに押された検察は全く取り合わない。
だが、そうはいっても私は一国の元首。
権力を最大限に使って集めた最強の弁護士団は屁理屈を並べて検察に対抗している。
と、そんな感じで法廷内での主導権は未だに相手には握られてはいなかったが、道内の政治情勢は随分旗色が悪かった。
裁判所と官邸との往復生活を送っている為、ワイドショーは連日面白おかしく騒ぎ立てる。
私の権力維持が直接利益に繋がる地方以外、つまるところ都市部の支持率は酷い事になっていた。
ある日、ふと見た放送の事を思い出すと、今でも腸が煮えくり返りそうになる。
特にマスコミの取材で意気揚々と政権批判をする野党の面々の映像……
なんというか、もう政権は貰ったなという思考が漏れ出していて癪に障るのだ。
だが、そんな個人的感情の波もあったが、結果だけ見ると、マスコミの空虚な扇動による一時的な支持率の低下だけならばまだよかった。
それらは今後いくらでも挽回できる余地があったからだ。
でも、事はそれだけでは収まらなかった。

イライラと共に迎える幾度目かの朝。
それは詰まる所、今朝の事なのだが、あまりのストレスに月のモノも不定期なり不機嫌がMAXになっていた私は、
新聞を手に取った瞬間、口をつけていた代用コーヒーを盛大に口からぶちまけた。

『石津製作所 石津拓也氏逮捕』

その見出しを見て、私は吹き出したコーヒーを拭いつつもクラっとした立ちくらみを覚えた。
野党は私個人への攻撃だけでは飽き足りず、シンパまで標的にしているのだろう。
というか、このような情報が新聞の朝刊に載って私の所まで届くまで、何の連絡も無いとは政府の官僚内にも私に見切りをつけ始めたモノが出始めているのだろうか……
私は胃がさらに痛くなるのを感じつつ、一体何が起きたのか紙面に目を進めた。

『・死の商人、大陸との麻薬取引?
・輸送船から大陸で出回り始めたクロコダイルが押収される。エルヴィス領内に意図的な薬物汚染か?
・連邦英雄執念の捜査。礼文島にて逮捕
・死の商人と大統領の黒い関係』

その時は、私は見出しを読むだけでクラクラした。
この大事な時に捕まり、ご丁寧に私との関係まで邪推されている。
記事が真実だったとして、一体彼は何をやっているのであろうか。
仮に何かの間違いであっても、記事は石津製作所と私との関係も邪推して書き立てている。
これでは何と弁明しても、支持率は又落ちるだろう。

「はぁ……」

思わずため息が出た。
そんな遠い目で現実逃避を始めつつあった私の所に、ステパーシンから電話があったのは、丁度そのあたりであった。
彼は、私が電話に出るなり、開口一番こう告げたのだ。

「既にニュースは見たかね?」

彼の声色から、顔は見えなくとも苦笑いを浮かべてそうなのは感じ取れる。
そして、気分は私も同じだった。

「……えぇ。お蔭で最悪な朝です。
ステパーシンさんはこのニュースが真実だと思いますか?」

「いや、あの会社にいる子飼いの連中からは、クロコダイルを石津が扱っている事実は無いと言うことだ。
嵌められたか……若しくは何者かが奴の物流網に便乗しているのだろう」

「……それは誰か分かります?」

「今の所情報は無い。
何せ製造方法は簡単だ。咳止め薬と石油があれば作れる。
こっちの勢力が仕込むことは勿論、大陸の連中がこちらのアウトロー連中とつるんで情報を得たという可能性もある。
だが、個人的に一番怪しいのはエルヴィスだ。
なにせ、領地が薬物汚染にあったといっても、それを使って領内の教区から対立宗派を一掃してる。
今回の件で、被害を受けつつも、一番得をしているのは他ならぬクラウスだな。
流石は手段を選ばぬイグニス教純粋派というべきか」

そう言ってステパーシンは楽しげに語るが、私は全然楽しくない。
別に、私は政治駆け引きに快感を覚えるような変態ではないのだ。
なので、私は楽しげなステパーシンに怒気を込めた声色で抗議する。

「感心している場合じゃないでしょ?
なんでそれを阻止しないんです?
属国が勝手に工作してたお蔭で、宗主国が迷惑するんですよ?」

「だが、現段階で証拠がない。
今のも私見だ。
だが、彼らなりに色々と君の事を考えてくれているのかもしれん。
その証拠に、今からテレビを点けてみろ。面白いものが見れるぞ」

ステパーシンにそう言われ、わたしは渋々テレビのリモコンを手に取った。
くだらないバラエティーからチャンネルを変え、何度かボタンを押したところで私のボタンを押す指が止まる。

『――報道では、貴国の企業が麻薬取引に関与したということですが、我々はそうは思っていません。
今回逮捕された彼は、アーンドラ騒乱の折り、戦地で何度か面識はあります。
そんな彼は、麻薬取引に手を出すような人間ではありませんでした。
それに彼は閣下とも交流があるとか。
あの素晴らしい閣下の友ならば、おかしな人物であるはずがないでしょう」

見知った顔、レポーターからマイクを向けられるクラウスが、今まさにインタビューを受けようとしているところであったのだ。
それもカメラ目線で、落ち着いたイケメンオーラを十二分に発している。
この数年で彼もマスコミへの対応も随分と心得たものだ。

「――本日は法廷で戦われているという閣下の応援に裁判の傍聴に来ました。
結果がどうなろうと、我等エルヴィスは北海道の友誼は変わりません。
それに、閣下とは個人的な信頼関係も深めたいですから」

そう言ってカメラ越しに微笑を浮かべるクラウス。
そんな中性的な容姿の彼の微笑みを見て、私は宝塚の俳優に憧れる少女のように少々キュンときてしまった。
普段は和製サッチャー等とも陰口を叩かれる年増女に芽生えた久方ぶりの感情であった。
だが、電話越しから聞こえるオッサンの声が、そんな淡い心を無残にもぶち壊す。

「まぁ 結審の結果で訪問先が野党本部に代わりそうではあるが、一応は君を応援してくれているそうだ」

彼も彼なりに私を励ましてくれているようなのだが、最初の一言が余計である。
そんな事は、誰しも判っているのだから、一々声に出さなくてもいいのに……
まぁでも、一瞬キュンと仕掛けた相手が面倒事を増やした張本人だという可能性もあるわけで
そう考えれば、淡い少女心は一瞬にて心の奥底に沈み、それに取って代わって心のサッチャーが再び表に現れた。
どんな状況になろうとも、鉄の女のようにしっかりと対応していこうと……

…………

……




そうして時系列は今夜に至る。
色々と状況が最悪な中、今日までを思い出してみても良い事は一つも無い。
石津君が捕まった日も最悪だったが、色々と回想してみれば今日というこの日が一番呪われている。
何故、呪われているかと言うと、それはこの日の公判での出来事が決定的であったからだ。
いつものように繰り返される検察と弁護側とのバトル。
だが、この日の検察は一味違った。

「では証人をどうぞ」

裁判にて、今日もグダグダな遣り取りが続くのかと思っていた私は、裁判長のこの一言の後に現れた人影を見て、私は言葉を失った。

「!?秘書官!?
なんでここに?」

驚いた私は目を疑った。
証人として出廷したのは、長く苦楽を共にした秘書官その人。
普段とは違う生気の抜けたような顔つきではあるが、そこにいるのは彼に他ならない。
私は彼が証人として出廷するなんて知らない。
彼からはそんな事は一切聞かなかった。
だが、慌てふためく私に対し、彼は私のなぜと言う質問に答える事無く、淡々と裁判の中で証言を行った。

「政府の関与は明確です。
大統領はそれをもみ消そうとしました。
ここにその証拠の録音が有ります」

そう言って秘書官の合図と共に、室内に聞き覚えのある声が響く。
私は、一体証拠とは何かと、最初はそれが何の録音か解らないでいたが、内容を聞いた途端、それがいつのモノであるかを理解した。

『どうした?何をぼーっとしている?』

それは私とステパーシンの会話であった。
確かにあの時、私は色々と彼に指示をし、そして余計な事まで口走った。
これは不味い。
そう思いながら驚愕の表情で秘書官を見る私に、彼は背広の内ボタンの一つを私に見せた。

「な!?」

内ボタンとしてつけられていたのは、見覚えのある小さな模様。
それはイグニスの紋章だった。
いつからであろうか、彼も浸透を受けていたのだ。
そう言えば、ステパーシンとあの会話をしていた時から少々様子がおかしい。
魔術による洗脳があったのかもしれない。
だが今は、秘書官の洗脳の有無を確かめるよりも、あの音声を止める事が先決だ。
アレがここで再生されるのは不味い。
何せ傍聴席には彼がいるのだ。

「今すぐこの音声を止めなさい!」

私は立ち上がり、再生の即時停止を求める。
だが、内容を知らない裁判長は私の言葉を認めない。

「静粛に!」

「いいえ!それは聞けないわ!これは国家の安全保障に関わります!
大統領として公開は認めない!!」

「今は裁判中ですぞ大統領。
それにこれは検察から証拠として上がってきた品です」

激昂する私と宥める裁判長。
だが、そんな二人を無視するかのように録音は淡々と再生される。

『まずいな、特に証人の存在がまずい。
最初は魔術によってかもしれんが、今は野党が身元保証したのか自発的にペラペラとよくしゃべる。
ヤツは完全に裏切ったな。
奴は野党専門の工作員だったが、他の件についても暴露を始めた。
そして、その通りに他の野党施設内から盗聴器が見つかった』

政府の関与を示すこの発言。
これを聞かかれれば、裁判の先行きは決定的だ。
だが、それと合わせてこの時の会話には外交的により不味い点があった。
この音声の十数秒先、対外関係について私が言及した所に一番の問題がある。

『……個人的な信頼ではクラウスより、ゼノビアのお嬢ちゃんの方が私は信頼できる』

ポロっとでた私の本音。
個人的な信頼関係とは別に国家元首と見た時の私の評価。
それが傍聴席にいるクラウスに全て聞かれてしまった。
この程度の事では属国と宗主国との関係は壊れはしない。
だが、クラウスと私の国家元首間の関係は音を立てて崩れたような気がした。
その証拠に私はチラリとそちらを見ると、彼は氷のような目でこちらを見ていた。
彼のポーカーフェイスが私の心に突き刺さる。

「これは昨日の官邸内での会話です。
これからも分かるように政府の関与は明らかです」

「そんな……」

この秘書官の締めの一言で私は察した。
私の政治生命が終わり、そしてそれと同時に失われる高木個人に起因する外交的信頼も崩れた……
全ては野党……近衛らにかっさわれたのだ。

それから後の事は私もあまり覚えていない。
ふと正気に返り、あたりを見渡せば、既に場内にクラウスの姿は無い。
後でステパーシンから聞いた話によると、彼はここを後にしたその足で野党の本部に出向いたと聞いた。
ポスト高木を意識して野党と関係強化に乗り出したのだ。

そして、悪い事はそれだけではなかった。
少々呆然としている間に私は留置場に入ることとなったのだ。
今、私がここ数日の事を思い出して整理している殺風景な部屋は留置場と言う訳だ。
結審まで数日あるようだが、それまでここが私の住まいとなる。
なぜなら、失脚が確実視された今、海外逃亡の恐れがあるとの理由だった。
正直な所、海外に隠し財産があるわけでも無い私が逃亡なんてするわけないのだが……
そんな訳で、帰り着いた先は豪華な官邸とは違い、無機質な鉄格子が並ぶ場所であった。
これから結審まで何日かここで過ごすのか……
辺りを見渡し、私は一層とブルーになる。
そもそも、誰かを殺したわけでも無いのに、投獄されるとは思ってもみなかった。
まぁ 転移前の某国では、クビになった大統領は犯罪者として訴えられる国もあったが
今回の私の立場もその様な感じなのだろう。
世論が味方になると、検察や裁判官も独立性が怪しい……
また権力を掌握できる機会でもあれば、今度は強引に終身大統領にでもなった方が楽そうだ。
チトーあたりを手本にしてみようか。
まぁでも、そんな事を考えていても次なんてないのだが……

私はそんな事を考えながら、備え付けのベットに五体を放り出した。
状況を整理するのにも飽きたのだ。
外から新しい情報でも入ってこない限り、特にすることも無い。
私はそうして目をつぶると、いつの間にやら深い眠りに落ちていた。




「――大統領。大統領……」

夢の中で誰かが私を呼ぶ声がする。
もう放っておいてほしい。どうせ失職するのだし、ゆっくりさせてほしいものだ。

「大統領、起きてください!」

うるさい……
いい加減に諦めてくれないかな。
私は眠いんだ。

「……いつまで寝てんだよ。起きろよババァ」

夢の中で聞き捨てならない言葉を感じ、私はムクッと起き上がる。

「うわ!」

眠たい目をうっすらと開けながら、声がした方を向くと、声をかけたと思しき人物から驚きの声が上がる。

「誰よ。ババァって言った奴は……」

確かに年齢は既にアラフィフに届かんとしていたが、肉体年齢はエルヴィスより仕入れた魔法薬により実年齢マイナス20あたりと転移前より若返っている。
実年齢以外にババァと言われる云われは無い。
私は不機嫌な態度で、聞き捨てならない発言の主を誰何した。

「い、いえ。誰もそんなこと言ってませんよ。
寝ぼけてたんじゃないですか?」

そう言って、言い訳するのは見知った顔。
今回の件で、色々と巻き込んでしまった男が向かいの牢に立っていた。

「あなた…… 石津君よね。
あなたも此処に収監されたの?」

見れば、鉄格子越しに立っているのは石津拓也。
ズボンと草臥れたYシャツ姿で此方を覗き込んでいる。

「はい。
自分は大統領が収監される前には別の所にいたんですが、大統領が収監されると決まった後でこちらに移されまして……
いやぁ、ステパーシンさんの手は思ったより広いようですね」

そう言って、彼は頭を掻きながら私にココに居る理由を説明する。
どうやら、ステパーシンの工作は未だに続いているらしい。

「そう…… となると彼はまだ諦めていないのかしら?
まぁいいわ。何にせよ私は失職するの。
どんな工作も無駄に思えて仕方ないわ。
……それより、あなたは大丈夫?色々と容疑を掛けられてるようだけど」

「あー それについては大丈夫です。
特に麻薬密売は全く身に覚えが有りません。
宗教とか啓蒙思想の本とか民衆にとって麻薬的な効果が有りそうなものは大量にバラ撒く手伝いはしましたが、薬物は違います。
製薬関係では、モルヒネの委託製造で儲が出てるのに、それをぶち壊すようなマネするわけないじゃないですか」

「じゃぁ やっぱり冤罪なのね」

「まぁ 薬物に関してはそうです。
というか、最初に捕まった時は大統領の差し金かと思いましたよ」

「なぜ?」

「何故って、私と捕まえに来たのが例の連邦英雄ですよ?
あれって、この前に大統領が親族の護衛とか言って送り込んできた奴じゃないですか。
私はてっきり前回来たのは内偵かと思ってましたよ。
これはヤバいと思って、一時は開拓地まで逃げちゃいましたし。
それに捕まった状況も、大統領の紹介でゴートルムの女王が呼んでるって事で、開拓地からホイホイ戻ってきたらお縄ですよ。
大統領がここに来るまでは、自分は口封じで殺されるのかと思ってました」

彼はハハハと笑いながら私にそう説明した。
それにしても、彼がそんな事を思っていたとは……
まぁ 真紀に付けた護衛が、今回偶然にも彼を逮捕して誤解していたのであろう。

「あぁ 平田とか言った彼ね。
私は別に彼に何の指示もしてないけど……
まぁ 彼も礼文紛争の被害者ですものね。
紛争で色々と失ってる彼としては、あなたのビジネスが気に食わないのかもね」

「気に食わないで捕まったこっちは冗談じゃないですよ」

「まぁ でも、薬物は別としても、色々と余罪もあるんでしょ?
それに、私の内偵を恐れてたって事は、他にも何かしてたんじゃないの?」

「いいえ?
そんなこと…… あるわけないじゃないですか」

こいつは何かを隠してる。
その時、私は確信した。
明らかに一瞬イントネーションがおかしかった。
色々追求したい思いに駆られるが、ふと自分も鉄格子の中だった事に気付くと、それはどうでもいい気持ちへと直ぐに変わった。

「まぁいいわ。
どうせ結審後に失職する身……
消えゆく者としては、今更、深くは知ろうと思わないわ。
それに他の皆と同じく、あなたも私に見切りをつけて何も語ろうとはしないでしょ」

どうせ権力を失った女。
今の私には何も残されていない。
色々な人間が私から離れていくだろう……
力を失うとは、概してそういう物だ。

「……自分は既にここでの暮らしも一週間位で、今の外の雰囲気が分かりにくいんですが
大統領の個人的な資質ってのは、そんな軽くは無いですよ。
今、私の会社がここまで大きくなったのも、大統領の影響が大です。
他にも大統領に恩義を感じている奴は多いですよ?
何より、純日本人以外の連中が国後や道東でやって行ける様になったのは大統領がレールを敷いた道東と四島開発によって
生活基盤が整えられたからです。
諦めるには早いですよ。
それと、これはステパーシンさんからの伝言ですが、”希望を捨てず3日待て”だそうです」

投げやりな気持ちになった私に、彼は淡々と励ましの言葉を紡ぐ。
私のお蔭で生活が向上した者が居るのは否定しないが、それを面と向かって言われるとくすぐったくなる。
それにステパーシンの伝言として3日待ていうが、たった3日でどうなると言うのか。
私は少々可笑しくなって彼に言葉の意味を聞いた。

「3日?何よそれ?」

「さぁ?
しかして、あのオッサンは3日で事態を好転させてくれるんでしょう。
諦めるのは、それを待ってからでもいいんじゃないですか?」

まぁ、それが何にせよ。
待って見るのも悪くはない。
どうせこれ以上失う物も無い。

「……そうね。
彼にどんな策があるのか知らないけど、期待して待ってみましょうか」

「その調子ですよ大統領」

期待していいのか分からない希望だが、それを待とうと二人で決めると、自然に二人の顔には笑顔が戻る。
あまり悲観的になるよりも、何かを信じて待っていた方が精神衛生上も好ましい。
そうしてポジティブになろうと決めた私たちは、暇をつぶす為に暫く取り留めもない事を話していた。
石津君のお嫁さんの話から、子供の話、それから私の男の趣味に至るまで、どうでもいい事が話題に上る。
そうして私たちは談笑していると、ふとコツンコツンと誰かが廊下を歩く音が聞こえた。
私は誰かと足音の方を見つめるが、彼は足音だけでそれが何だか分かったようだ。

「どうやらオツトメの時間の様です。
大統領。それでは、また後で……」

それはどうやら彼の尋問の時間と言うことらしかった。
聞く所によると、彼の尋問は寝不足にさせ判断力が低下する様に夜中に行われているらしい。
だが、彼も慣れたモノ。
かれはちょっと所用を片づけに行くかのように笑顔で手を振って牢を出る。
そんな看守に連れられ牢を後にする彼を、私は笑って見送った。
彼は笑顔で、彼自身の戦いへと赴いたのだ。












暗い室内で二人の男が机を挟んで座っている。
一人は相手を睨み、もう一人はヘラヘラと笑いながら座っている。

「英雄さんも暇だね」

取調室に連れてこられた直後、拓也は椅子に踏ん反り返りながら、向かい合って座る人物にそう言った。
彼の目の前には逮捕された時から色々な意味でお世話になっている平田がいる。
拓也は、また今日もつまらない尋問で時間を潰すのかと辟易しながら、余裕の表情を浮かべて彼に対峙する。
何せ麻薬取引については冤罪であるし、その他の雑多な疑惑についても、立件できるほどの証拠は無いはずだ。
にも拘らず、拓也の商売を平和の敵として、正義感に忠実に真正面から平田は食らいついてくるのだが、今回はいつもとは勝手が違った。
いつもなら余裕の表情を浮かべる拓也に、いつもの如く平田は使命感からか決意を秘めた目つきで拓也を睨んで来るのではなく、今日はニヤッと笑ってみせる余裕があった。

「あぁ
平和の敵相手にはどんだけでも付き合ってやる。
それより今日はプレゼントを持ってきてな。
ちょっとこれを見てほしいんだ。」

そう言って取調べの開始早々に平田が差し出した一枚の紙。
それは細切れにされた紙をくっ付けたものであったのだが、その内容を見て拓也はギョッとした。

「これは?!」

「お前の家のゴミから見つけたシュレッダー屑を回収して復元したよ。
わざわざ家まで仕事を持ち帰ってるとはご苦労だな。
それとも、これは会社では不味いと思って家でやっていたのか?
まぁ、それはどうでもいい。
何にせよ今は便利な世の中でな。
アンドロイドに任せれば、こんな面倒くさいパズルも人間の何百倍もの速さで復元してくれる。
それにしても、キッチリと仕事の管理が出来ているのはいいが、盗賊を使っての襲撃予定リストがあったのは不味かったな。
内容を確認したが、リストにある日時と場所が盗賊に襲われた大陸の村などと一致した。
T向けの弾薬を調達したすぐ後に、リストの村や商家が盗賊に襲われてる。
んで、盗賊の残虐さを見た近隣の村や商家はお前と警備の契約を結ぶ訳だ。
実に良いマッチポンプだと思うよ。
自分で襲わせて不安をあおり、警備契約を結ぶとか中国の馬賊みたいな商売だな。
大方、クロコダイルも同じように教会から金を吸い上げる為のマッチポンプなんだろ。
クロコダイルを撒き、ゾンビのような中毒者が発生したら、ゾンビ退治の名目で教会に雇われる。
……どうだ?図星じゃないか?」

そう言って平田は勝ち誇ったように拓也の顔を覗き込む。
言い逃れは出来まい……そう言いたげな表情であったが、それに対して拓也は無表情でその書類を読む。

「……」

「……」

黙々と文面を読む拓也と、今か今かと自白を待つ平田。
両者の間に沈黙が流れるが、それをさきに破るのは平田の予想通りに拓也であった。

「……っぷ」

「どうした?
何がおかしい?」

先に沈黙を破ったものの、それは拓也の吹き出し笑いであった。
平田は、拓也にこの証拠品について何がおかしいのか尋ねるが、拓也は笑いを堪えながら彼の質問に答えた。

「いやさ、見た目美少女にドヤ顔でそんなこと言われると、正直吹いちゃうよ。
それに実に興味深い分析で面白かったよ」

「面白いだと?」

「そうだ。
実に面白い空想だ。
特にクロコダイルのあたりだな。
実に突拍子もない発想で両者をくっつけてる。
世界妄想コンクールが有れば、優秀賞に推薦したいよ」

そう言って、拓也は再度吹き出しながら笑うが、そんな態度を見て平田の表情に段々と怒気が篭る。

「おまえ……
馬鹿にしてるのか?」

ギラリとした眼光で見据える平田。
そんな本気で怒っている空気を察してか、拓也も態度を改めた。

「まぁ まて、俺が空想だと切って捨てたのは後半だけだ。
前半は別に否定してない。
むしろ認めるよ。
俺は盗賊とツルんでる」

「やっぱりそうか!」

それ見た事かと、平田は鬼の首を取ったように拓也を指差す。
だが、そう自白しても尚、拓也の表情から余裕は消えない。
むしろ開き直りによって、より落ち着いたようにも見える。

「だが、それが何だと言うんだ?
武器を渡した相手が犯罪者?
だから何だ。誰が俺を裁くんだ?
襲われたのはエルヴィス領内だし、俺は間接的にしか関わっていない」

「それは武器密輸の罪で――」

「その線は無理だな」

拓也はそう言って、平田の言葉をバッサリと遮った。

「何?!」

「無理だと言ったんだ。
その程度じゃ俺は捕まらん」

「何言ってる?
既に証拠もある。
そして現に、身柄は此方が確保しているだろ」

「無理だよ。
じゃぁ、なぜ俺が裁かれないか答えようか。
一つ、お前は思い違いをしている。
盗賊とつるんでいた理由は、別に近隣の村との警護契約なんてシケた物を取る為じゃない。
連邦英雄様は襲われた村や商家のリストを良く調べたのか?」

「調べたかだと?
ちゃんと襲撃された日や場所なら正確に――」

「その様子じゃ調べが足らんな。
リストの上から説明してやるよ。
道産高級苺の品種無断栽培
貴族が主導して偽ブランド製造工場
定年した老害が、技術指導で第二の人生とか言って企業の機密技術情報流出
商標無断使用
村の儀式で邦人殺害
魔法健康器具詐欺――」

スラスラと拓也の口から出る言葉の羅列に、平田は拓也が何を言い始めたのか理解できなかった。

「……何を言っている?」

平田は何の事だと拓也に問う。

「そいつらの罪状だよ。
特に情報資産を無断で使用したり、パクリ製品を造ろうとしたところが多いな。
北海道は一般人でも知り得る基礎技術は広く無償で開示しているが、情報資産の全てが無償ではない。
当然制限も有れば、パテントを要求することもある。
だが、そういった情報資産の認識が無い奴らには、それらを守れと言っても聞かない奴が多い。
それに、そいつらを裁こうにも国内法の手が届かない。
お巡りさんはワンワーンと海外まで行ってくれないからな。
そこで我々に仕事が来る。
法的又は政治的に手が出せないが、制裁か消し去りたい相手が要る時にウチが出るんだ。
まぁ 秘密裏に提携している盗賊が、悪人をこの世から消し去ってくれるわけだ。
全ては国益の為という事さ。
大企業からお役人様、お得意様は色々でな。そういえば電脳化者の団体からも依頼があったな。
彼等は野党の支持母体だが、あの依頼は君も知ってるのか?
なんでもエルフを一体攫ってこいと言う他とは毛色の違う依頼だったが……
いやぁ、あれは南方大陸まで行ったから骨が折れたよ。
君も野党やあの団体の仲間じゃないのか?」

「……俺は別に野党支持者って訳じゃない。
それに義体化した者の互助団体が有るのは知っているが……
そのような依頼をしているのなんて……
そんなの……俺は知らない」

世の裏事情を離され言葉に詰まる平田。
そんな平田を見て、拓也は意外そうな顔を浮かべた。
大統領との関係が否定された今。
てっきり、拓也は平田が野党の息がかかっていると思ったのだが……

「ふむ。
完全義体に電脳化している君なら、あの団体について詳しそうだったが……
メンバー全員がドップリって訳でもないのか。
話は変わるが、君は電脳化後、ネット接続中に自我が何かと混ざった様な感覚に陥った事はあるかい?」

「何を言ってるんだ?」

「その様子じゃシリカとの人格融合は起きていないようだな。
まぁ 知らないならいい。
だけど、一つ忠告するなら、電脳内の人格形成に関する記憶野は強固にロックしとくべきだよ。
ネットの海に飛び出したカノエの一族は、電脳化した人間と積極的に融合していると彼女は言っていたからな。
自分の自我を保ちたければ忠告を聞いた方が良い」

急に飛び出した拓也の突拍子もない話に平田は首を傾げる。

「何だそれは?ゲームか何かの話か?」

「まぁ 俺も深くは話さないから気にしなくていい。
話を戻すが、政府・財界・その他の団体……彼らに取って見れば俺は必要悪だろう?
だが、彼等はそれを公には出来ない。
与野党関係なく依頼者は存在してるからな。
政権が変わろうと何をしようとも彼らには俺が必要だから。
そして、俺を追求すれば彼らとの線がボロッと出かねない。
よって、各方面から俺を不起訴にするように圧力がかかる」

拓也はそこまで言うと、話を区切って平田の顔を見た。
彼は半信半疑といった感じで何やら思案を巡らせている。
拓也のいう事を信じるわけではないが、もしも本当であれば……
そのような苦悩を浮かべ迷っているような表情であった。
黙り込む平田。
そんな彼を見て、何を思いついたのか今度は拓也の方から彼に話をかけた。

「そういえば、古い映画でも同じような事があったな。
有る武器商人が紛争地へ武器の密売容疑で捕まったが、それらの依頼主は政府が多かった。
今回もそれと同じだよ。
映画の主人公と同じく俺も予言でもしておこうか?」

「何を馬鹿な」

映画と現実は違う。
平田はいきなり馬鹿な事を言い出した拓也に対し、怪訝の眼差しを向ける。

「まず予言1.
この部屋へ繋がる長い廊下に、この部屋へと向かう足音が響く」

「何を……」

「そして、足音はこの部屋の前で止まり扉がノックされる」

「……」

「そして、君は足音の主に呼ばれ昇進と栄転を告げられ、俺は君の栄達の陰でヒッソリと自由の身となるのだ」

「"LOAD OF WAR"気取りか……」

確かにかの映画は、拓也の言うような流れで、主役の武器商人は解放された。
だが、その主人公は、死の商人であったことが暴露されると、家族から絶縁されると言う末路であったが、拓也は違う。
彼の嫁は同じ会社にて働いているし、その程度の事で三行半を突きつけられる心配も無い。

「今日、俺の気分はニコラス・ケイジだよ」

だからか、そう語る拓也の表情には常に余裕が見て取れた。
そうして笑みを浮かべる拓也と、睨みを利かせる平田が無言で退治する。
1分、2分、短いようで長く感じる無言の衝突が二人の間にせめぎ合う。
そうして二人で退治していると、無音の空間で聴覚が研ぎ澄まされているからか、どこか遠くから建屋内を走る足音が聞こえてきた。

……タッタッタッタッタッタ

「……噂をすれば聞こえてきたな」

拓也はそう言って勝ち誇った笑みを平田に浮かべる。
拓也にしてみれば、事件の背景を語り両者の立場が逆転した所で、ちょっと冗談を言っていたに過ぎない。
その上で、拓也は丁度聞こえてきた足音を利用し、平田をからかってやろうとしたのだが、そんな拓也の言葉を聞いて平田は激高した。

「ば、馬鹿にするな!!
そんな事がある訳が無いだろう!!」

「それはこれからわかる事だ。
足音が部屋の前で止まったぞ?
ドアの前で上官を出迎えなくていいのか?」

聞こえてきた足音も、何かの偶然か丁度部屋の前で止まる。
拓也としては冗談半分で言っているだけなのだが、平田の表情には既に余裕は無くなっていた。

「……ちょっと待ってろ。
此方から見てく――」

ドゴォン!

ドアが吹き飛び、平田が拓也の視界から消えた。

それは一瞬の事だった。

見てくると言いかけた平田の体は、吹き飛んだドアに巻き込まれ反対の壁まで吹っ飛んだのだ。
急な出来事に、拓也もビックリして反射的に身を屈めたが、もうもうと立ち上る土埃の中から聞こえてきたのは、良く見知った声であった。

「あ!居ましたよ!
エレナさん!社長は無事――」

埃の中から現れたのは両手でパイルバンカ―を持つアコニーであった。
彼女は、拓也の無事を知らせようと叫ぶが、言葉の途中で次に現れた人影から拳骨を食らった。

「馬鹿!なんで中を確認せずにパイルバンカ―使うの!!
あの人がドアに巻き込まれたらどうするの?!」

「す、すみません……」

アコニーは申し訳なさそうにシュンと謝る。
だが、アコニーに拳骨を喰らわせたエレナは、アコニーの横を素通りして拓也の前に来ると、彼を優しく抱きしめた。

「エレナ」

「大丈夫?」

エレナは優しく拓也に聞く。

「あぁ ちょっと退屈してただけだ。
俺は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

感謝と同時に拓也はエレナに軽いキスをした。
言葉よりハッキリと伝わる夫婦の意思疎通の証だ。
エレナは拓也より感謝の印を受け取ると、気を取り直して拓也の手を取った。

「んっ…… 
よし!じゃぁ逃げるわよ」

そう言って部屋の外へと向かうエレナ。
拓也もそれを追いかけようとしたが、ふとある事を思い出し、部屋の片隅に犬神家状態で倒れている平田に言葉をかけた。

「そういや、あんたは結果的に大統領の失脚に手を貸してる状態だけど、今の人種の坩堝と化した礼文が気に入らないのかい?
今のあそこは高木大統領だから維持されてるけど、野党の近衛が政権獲ったらどうなるかな?
純血主義者は何を考えるかわからんぞ?」

拓也は言いたい事を言うだけ云うと、平田の返事は要らぬとばかりに部屋の外で待つエレナを追いかけて外に出た。
周りを武装した部下にガッチリと囲われて走る拓也。
自由への奔走。
救出され自由になった。
その素晴らしさを拓也は全身で感じる。
だが、そんな自由に対し、拓也には一つ疑問があった。
彼はとりあえず助けられてから思っていた事をエレナに聞いてみた。

「それはそうと、助けてもらって悪いんだが、なんか行動が早くないか?
ステパーシンは3日後だと言ってたぞ。
急に来たって事は、外で何か動きがあったのか?」

「予定が変わったのよ。
大統領の失脚が確定して直ぐだったわ。
野党党首の近衛が、日本人の権利拡大と国後の自治権制限を含めた演説がネットで配信されて、まず、道東の亜人達が大統領擁護のデモを始めた。
それはSNSが一気に広まって、ドンドン参加者が増えて手が付けれない有様よ。
しかも猟銃で武装した親大統領派の連中まで集まって、ついに北見、釧路、帯広でデモを制止する警官隊と衝突が起きた」

エレナは拓也の手を握り、並走しつつ拓也の質問に淡々と答える。
どうやら、外の状況は色々とダイナミックに動いているらしい。

「……それで?」

「三都市では警官隊が逆に制圧されたわ。
道東は、一般人も防疫ワクチンで半ドワーフ化した住人も多いから、その能力差がモロに出たのよ。
それに自治体自体もデモに呼応して野党批判の声明を出したの。
色々とグチャグチャよ。
ステパーシンは、その混沌した様子を見て全ての法律を一時停止し、民意を行使すると言って内務省警察を展開してる。
今、内務省警察の部隊が政府中枢と野党本部、メディアを掌握して弾劾裁判の無効と権力の再掌握に動いてるわ」

エレナの言葉は拓也にとって余りに意外過ぎた。
ステパーシンが何か策を練っているのは知っていたが、それはもっとスマートに進むのだ思っていた。
おそらく、予想外の住民の暴発がトリガーとなり、ステパーシン自身も振り回されているのだろう。
それにしてもステパーシンの子飼いの内務省警察がクーデターとは……
正直な所、拓也はもう少し穏便な方法で助けられると思っていただけに驚きを隠せなかった。

「そうか。
で、今の我々の立場は?」

「大統領救出の部隊と一緒にあなたの救出に参加してるわ。
大統領収容後、官邸に戻って権力の再掌握を武力でサポートよ。
今は、離反した内務省警察の依頼で、2班が道東のデモ隊を武力で支援してるわ。
兵力は開拓地に最低限残している以外はすべて引き揚げたから、私たちもほぼ全力出撃よ」

「なるほど……
今回の件、ステパーシンのオッサンにしては事が荒すぎるが、実はこれも計画の内って事は無いよな?」

「本人は違うと言ってたわ。
野党が想像より裏の手回しが良いのと、亜人の暴発デモのせいでスマートに事が進めなかったと。
まぁ教皇領の魔術師達やら電脳化者やらの勢力が、道内で好き勝手動いていれば滅茶苦茶にもなるわよね」

「ふむ……
まぁ、なってしまったものは仕方ない。
この先、全土の掌握か分離独立かどうなるか分からないが、とりあえず、大統領に合流するぞ」

そう言って拓也はエレナの手を離すと、他の社員に囲まれながら走るスピードを上げた。
拓也を助けに来たエレナを筆頭に、アコニー等の十名弱の社員達。
その全員が武装しており警察程度の武装では彼らは止められない。
先導するアコニーに連れられて一同は屋上に上がると、そこには既に救出された大統領がオスプレイに片足を載せて乗り込むところであった。
彼女は部下を引き連れて現れた拓也に気が付くと、乗り込んだ機体の上から静かに拓也に話かけた。

「石津くん。
言ってた事はこういう事だったのね」

お前はクーデターを知ってたのか?
そう問いかけるような瞳で高木は拓也に問う。

「ここまで状況が滅茶苦茶になるとは思いませんでしたけどね。
ステパーシンのオッサンが手を回すにしても、牢から出れば赤絨毯くらいの手際の良さを想像してました」

「……そう。
まぁ いいわ。一緒に乗りなさい。
話は空の上でしましょうか」






……

…………

全員を収納してオスプレイは大空へと飛び立つ。
機体が駆けるのは、大地の電飾に彩られた夜の札幌の空。
普段は夜景が綺麗な空の旅であるが、今日はそれに似つかわしくないBGMが札幌の街に響いている。

「あれは…… 軍のM2の音ね……」

断続的に響く小銃の発砲音。
それに混じって時折、重機関銃の音まで響く札幌の街。
仕事の中で何度も聞いた音に反応し、エレナが眼下の街を眺めながら呟やいた。

「方向からして野党本部かしら。
あと、連邦政府ビル周辺の大通公園の方からも発砲炎が見えるけど……
あ、丸丼今丼に砲弾が当たった!機動戦闘車まで出てきたわね。
あー勿体無い…… 燃えちゃう前に買い物に行っとけば良かったわ」

見れば連邦政府ビルから大通公園周辺のエリアに曳光弾が飛び交っている。
特に大通公園に面したNHKなど火の手が上がっているのが見て取れた。
それらは、一度は権力再掌握のために内務省警察が占拠した施設を巡り、戦闘が行われているのだ。
札幌の南から来る軍部隊に対し、内務省警察が大通公園を挟んで退治している。
普段は札幌の中心街として栄えた通りは、今夜は戦場と化した。
ロシア人中心の内務省警察と日本人中心の軍部隊。
ソ連の北海道侵攻があったら、こんな感じだったのかと思われる光景だ。

「買い物より、この後を心配した方が良いな。
ステパーシンが実力で権力掌握に動いたといっても、神輿は大統領だ。
そして、未だ法的には大統領が失職していないにもかかわらず、軍が内務省警察とぶつかってる。
一体誰が軍に出動を命令したんだ?
根回しにかけてはステパーシンと同等以上の奴らが敵にいるな。
なんせ正規の指揮系統を無視して軍を動かせるんだから」

「それは……
軍は既に敵だって事?
そうなったらちょっと正攻法じゃ勝ち目無いよね。
地下のトビリシから持ってきたブツでも持ち出す?」

「いや、それはまだ秘匿する。
それに軍の全てが敵だとは限らないし。
現に道東は自治体も含めて親大統領だったろ?」

空へ飛んだ後、拓也らにまともな情報は入ってきていない。
判るのは、空から見る景色によって推測した状況だけだ。
だが、その推測は決して楽観できるものでは無い。
既に軍の一部は高木の指揮命令系統から外れているのは確実だ。
そんなカオスな状況で……
もし、高木が権力の掌握に失敗したら、これからどうなるのか……
皆の顔にも不安が浮かび始める。

そんな時だった。
地上と交信する為、拓也達の一団と離れていた高木が拓也の許へとやって来たのだ。

「行き先変更よ。
東に…… 国後まで行くわ」

権力の中枢である札幌では無く、国後へ……
悪い想像が拓也の頭を駆け巡る。

「状況を……聞いても良いですか?」

ゆっくり静かなトーンで現在の状況を聞く拓也。
それに対し、高木は凛々しくもハキハキと彼の問いに答えた。

「内務省警察の部隊が政府中枢の掌握に失敗したわ。
現在は、真駒内から来た軍と交戦して後退中……
道央及び道南の軍は、完全に野党に付いたわ」

ふと下を見れば、戦線が維持できぬとして後退が始まったのだろう。
曳光弾の交差するラインが大通公園より徐々に北上を始めている。

「それは…… 権力の掌握に完全に失敗したってことですか?」

「いいえ、野党も完全に軍を抑えていない。
道東の各師団は私を支持。道北は態度を決めかねてる。国後は勿論私支持ね。
現職だけど裁判で失職が確定的だった大統領と、人口比で支持率一位の野党党首。
どちらも一長一短だけど、超法規的な行動が黙認されている状況下では、動きの鈍い方が負けよ。
現在、野党は千歳の空軍に対しても働きかけを強めているわ。
F15が上がってくる前に、スホーイのエアカバーが期待できる東へ逃げるわよ。
ぐずぐずはしてられないわ。味方の多い地域に逃げなければ殺される。
私は独裁者となろうとも、チャウシェスクの二の舞は御免よ」

そう言って、高木は覚悟を決めた眼差しで眼下の景色を眺める。
既に機体は北上を始め、札幌中心部は既に遠い。
次にあの夜景を見られるのは何時の日か……
そんな思いから、高木の目には必ず帰って見せるという決意の炎が宿るのだった。

二つの北海道。
この日、一つだった島が、長い分裂の時代を迎えたのだった。


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