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No.29723の一覧
[0] 【習作】長谷川千雨の約束(ネギま!)完結しました。[una](2019/01/03 11:10)
[1] 第二話(改稿済)[una](2017/09/17 14:51)
[2] 第三話(改稿済)[una](2017/09/17 14:51)
[3] 第四話(改稿済)[una](2017/09/25 17:21)
[4] 幕間1[una](2011/11/25 16:02)
[5] 第五話[una](2017/09/17 15:06)
[6] 幕間2[una](2017/09/25 17:37)
[7] 第六話[una](2018/03/07 00:31)
[8] 第七話[una](2018/03/09 20:25)
[9] 第八話[una](2018/03/08 07:58)
[10] 第九話[una](2018/03/10 21:37)
[11] 第十話[una](2018/03/12 21:28)
[12] 第十一話[una](2018/09/24 00:38)
[13] 第十二話[una](2018/03/18 02:47)
[14] 第十三話[una](2018/03/25 01:52)
[15] 第十四話[una](2018/04/05 14:11)
[16] 第十五話[una](2018/03/30 01:31)
[17] 第十六話[una](2018/04/02 19:13)
[18] 第十七話[una](2018/06/17 22:52)
[19] 第十八話[una](2018/08/16 18:17)
[20] 第十九話[una](2018/08/17 23:21)
[21] 第二十話[una](2018/09/23 04:35)
[22] 第二十一話[una](2019/01/02 01:19)
[23] 第二十二話(最終話)[una](2019/01/02 13:53)
[24] あとがき[una](2019/01/02 13:51)
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[29723] 【習作】長谷川千雨の約束(ネギま!)完結しました。
Name: una◆69987168 ID:91cbb6c6 次を表示する
Date: 2019/01/03 11:10
第二十一話投稿しました。 20190101
第二十二話投稿しました。 20190102
あとがき投稿しました。 20190102

ハーメルンにも投稿しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー












 夜風がほほを鋭く叩く。
 街灯一つ灯らない闇の中、魔帆良大橋の物陰で。彼女はネギ・スプリングフィールドと向かい合っていた。
 足元には淡い光を帯びた魔法陣。人語を解するあまりかわいくない妖精オコジョが描いた、仮契約を結ぶものだ。
 幼い頬を両手で捕え、呆けてわずかに開かれている唇へと顔を寄せていく。
 主観としては二回目の仮契約。
 人生二度目のキス。
 子供相手だから、なんて理由でノーカウントになんかしてやらないと彼女は強く思う。前回は一度目で、今回は二度目だ。それは誰が何と言おうと覆らない。そして両方とも彼女が得た感想は同じだった。

 ――やわらけー。

 そして、仮契約は成った。
 彼女は新しく手に入れた絆の形を見つめる。オコジョに渡された仮契約カードに描かれた自分は、カメラを意識した頭の悪いアイドルのように能天気な笑みを顔に張り付けている。
 息をつく。
 これで最初の関門は突破できた。
 でもまだ安心はできない。所詮はまだスタートラインに立っただけ。これから乗り越えなくてはならない障害は山ほどある。それは考えるだけで気の遠くなるほど長く、尻込みするほど細い道だ。
 
 ――でも、約束だもんな。

 そう、約束したのだ。
 傍観者であり、観察者であり、常識人であり3-Aの数少ない突っ込み要員であった少女が、唯一ネギ先生から与えられた言葉。
 彼女から言葉を与えることは幾度となくあった。そのたびにネギは歪んで、曲がって、折れて。中身の伴わない素人考えの助言に右往左往した揚句に辿りついた結末は予想外で、でも今考えれば当たり前の喜劇だった。
 だから、彼女は約束した。


 ――絶対、殺してやるからな。


 彼女は、長谷川千雨は、そのためにここに戻ってきたのだから。

「見せてあげますよ先生。アンタの従者がどれだけ強いのか」

 自分の従者の言葉に、ネギはコクリと強く頷いた。
 それを見返し、千雨は笑みを顔に浮かべて見せた。
 笑えたはずだ、と千雨は信じることにした。




      長谷川千雨の約束  第一話




「貴様、長谷川千雨か?」

 麻帆良大橋入口付近が一瞬だけ光に包まれた。それは、仮契約の執行による魔力の奔流であった。エヴァンジェリンが空から視線を向ければ、そこには英雄の息子、ネギ・スプリングフィールドと、2年以上机を並べていた見覚えのある少女がいた。
 ふむ、とエヴァンジェリンは首をかしげる。たしかぼうやは神楽坂明日菜と契約を結んだのではなかったか、と。疑問の意を込めて己の従者を見やれば彼女もわけがわからないらしい、小さく横に首を振った。

「おい長谷川千雨、なぜ貴様がここにいる」
「入場券はもってるぜ」

 片頬を釣り上げて、問われた少女が右手に持つなにかを掲げて見せた。
 それは一枚のカード。ネギ・スプリングフィールドと長谷川千雨の契約の証。掲げ持つ表情が語る、我に資格あり。

「なるほど。しかし入場はできてもアトラクションは別料金だぞ?」
「言い値で買ってやるさ」
「言ったな? 小娘が。あまりの値段に腰を抜かすなよ」

 ふん、とさらに千雨の頬が持ち上がる。笑みにも見えるその表情にエヴァンジェリンは興味を持った。口元には勝算が、目には覚悟が。そしてその震える膝にはエヴァンジェリンへの恐怖が容易に見て取れた。

「行け茶々丸。見極めてこい」
「了解、マスター」

 隣を飛んでいた従者は、主の指示を聞くや否や自由落下に近い速度で眼下に並ぶ二人の元へと向かっていった。
 ネギを守るように立つ千雨。その姿にエヴァンジェリンは首を捻った。その体つきも、重心のかけ方も格闘技術を習得している者とは思えない。後方支援型の従者ならばすでになんらかの詠唱に入っていなければおかしい。まるきり素人の動き、構え。これではなんの役に立つのか。隣のネギも不安そうな視線を長谷川千雨に送っているが彼女は見向きもしない。ただこちらを睨みつけているだけだ。タッグを組んでいる身でありながら意志の疎通もおろそかにしている。
 これならバカレッドのほうがまだ――そんな侮りが頭に過ぎり、眼下ではついに茶々丸が千雨を己の間合に納めようとして、

「悪いな、茶々丸さん」

 茶々丸は千雨を素通りした。
 背中のジェットエンジンから得られる推進力を姿勢制御だけにあてて、落下の勢いを殺さないまま茶々丸は長谷川千雨に接近し攻撃を加えようとした。長谷川千雨を素人と見て、しかし油断なくその額にデコピンをぶつけようとしていたのだ。
 なのに茶々丸はそのまま千雨の横を通過し、力の抜けた両足が絡まり転倒。橋のアスファルトに亀裂を走らせながら二転三転し、バウンド込みで十メートルは転がったところでようやくうつぶせの状態で止まった。
 その右手はまだデコピンを構えたままだった。
 そのまま動作を停止した茶々丸を、エヴァンジェリンとネギはぽかんと口を開けて見つめていた。が、千雨はちらりとも視線を向けない。茶々丸が向かってきたときも彼女はエヴァンジェリンから一切目を逸らさなかった。

「……何をした?」

 エヴァンジェリンが静かに問う。明らかな怒りをその目に浮かべておきながら、声からはむしろ濃い警戒の色が伺える。怒りを極力抑えた冷静な声。彼女は心の重心をどこに置くかを承知していた。

「何をしたと思う?」

 ふふん、と千雨が鼻で笑う。彼女が恐怖と、そして大きな安堵を得ていることにエヴァンジェリンは気付いている。千雨さんすごいですでも茶々丸さん大丈夫なんですかあれ! なんて騒いでいるネギの肩に腕を回した。そうでもしないと立っていられないのだろう。緊張から安堵への感情の振り幅が大きすぎて筋肉が勝手に弛緩してしまった、俗に言う腰が抜けたというやつだ。
 エヴァンジェリンは先ほどの光景を振りかえった。
 茶々丸を一瞬の交差で戦闘不能にした千雨の技能。そしていつの間にか右手に握られているファンシーな杖。茶々丸の受けた反撃は体術ではない、あの杖、おそらくアーティファクトの効果によるものだろう。仮契約の直後でいきなりアーティファクトを使いこなせるのかという疑問はあるが。

「心配すんなよネギ先生、茶々丸さんは別に死んじゃいない。単に意識が落ちただけだ」

 つうかあの程度じゃ死なないだろ、と千雨はつぶやいた。それはネギへの言葉ではなくエヴァンジェリンへの確認だ。

「……まあ、そうだな。あの程度の衝撃で壊れるほど茶々丸は軟にできていない。それで動かないというなら貴様のやらかした『何かしら』以外に原因は見当たらんな」
「そうかい、なら安心だ。麻帆大工学部もってきゃすぐ目を覚ます」
「ずいぶんとお人よしだな、敵の心配とは」
「先生に似たんだよ」
「え、僕ですか?」

 会話を続けながらもエヴァンジェリンの思考は続く。あの一瞬で敵の意識を奪うアーティファクト。おそらく射程距離は短い。もしエヴァンジェリンの今いる位置がすでに射程内なら、こんな悠長な会話は続けてられない。茶々丸とエヴァンジェリン、二人まとめて意識を奪うことができたはずだ。
 接触することで相手の意識を落とす、あるいは操る? ちらりと、千雨たちの背後で横たわる茶々丸に警戒の視線を向けた。なるほど敵にとってこれほど厄介な前衛もない。
 ならばやるべきは魔法戦、遠距離からの魔法の撃ち合い。エヴァンジェリンはそう結論付けた。おそらく千雨は魔法は素人。体からは魔力や気がかけらも感じられない。魔力の蛇口がいまだ開いていないのだろう。魔法を知ってからそれほど日にちが経っていないのだ。
 つまり、魔法戦となれば長谷川千雨は役に立たない。

「さて、おしゃべりはここまでだ」

 エヴァンジェリンの言葉に、そして体から放たれる魔力の奔流にネギが顔を引き締める。千雨もネギから体を離し、距離をとろうとして、

「……なんのつもりだ?」
「なにって、決闘の続きだろ? お前が言ったんだろうが」
「そうじゃない、貴様がぼうやの前に出てどうするつもりだと聞いてるんだ。優しく言ってやるが邪魔だからどけ」

 千雨はネギとエヴァンジェリンの間に入ってきた。この状態でエヴァンジェリンとネギが魔法戦を始めれば、千雨は前後から魔法を受けて多分世界で一番面白いミンチになる。千雨の行動にネギも困惑気味だ。

「どうするもなにも、従者が主を守るのは当然だろ。それにさっきな、ネギ先生と約束したんだよ。先生の従者がどんだけ強いか見せてやるってな」
「……なに?」
「かかってこいよ、600万ドルの賞金首。私みたいな素人なんて、得意の魔法で一瞬だろ? なんせ私は仮契約しただけの素人だからな。どんだけ手加減されても600年生きたあの闇の福音様の魔法だ、ド素人の私なんか木端微塵だ。あぁいや遠慮すんなよ、覚悟はある。毛も生えていない素人の私にだって矜持ってもんがある、死んでも枕元に立つくらいだ」
「未練たらたらだろうが」

 あと素人連呼しすぎだ。
 言いながらエヴァンジェリンは、千雨がこれ見よがしにハンドリングしているアーティファクトの杖を見た。
 魔法を使えば一瞬で終わる。それは千雨の言うとおりだ。自分を素人と蔑み、相手を持ち上げる発言を繰り返して、「こんな自分に本気出しちゃって恥ずかしくないの?」と言っているのだ。そしてそんな素人のアーティファクトを恐れて接近戦を避けるなんて、600歳を超える吸血鬼としての矜持が許すのか。そんな挑発を繰り返している。
 つまり千雨は必死に、悲しくなるほど必死に、エヴァンジェリンを接近戦へと引き込もうとしているのだ。その必死さにエヴァンジェリンは愛しささえ感じた。長谷川千雨は、戦いを前にして震えるこの愚かな素人は、無知であるわけでも危機感が足りないわけでもない。真祖の吸血鬼を敵に回したことの意味を十分把握した上で、まだ生存を諦めていないのだ。
 この決闘が終わって、命があれば向こうの勝ち、なければこちらの勝ち。本来なら勝利条件があまりにもこちらに不利だが、それくらいの差が人間と吸血鬼の間にはある。その圧倒的な差を正確に認識しておきながらもやつは本気で勝ちを狙っている。

「私はな、長谷川千雨」
「ああ」
「貴様を素人とは思わん」
「……あ?」
「本気で挑んでくる者には本気で応えるべきだろう。それが決闘の流儀だ。どんなルールであろうとな」
「よしお前の言いたいことはわかった。ここはひとつウノで勝負しようじゃないか二人で。ドローとかスキップの枚数によってはずっと俺のターンとか1ターンキルとかできたりして超楽しい」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 詠唱が始まる。十歳で体の成長が止まった吸血鬼の声は高く、しかし重い。

「来たれ氷精闇の精・闇を従え吹雪け常夜の氷雪」

 600年の研磨を経て届いた、術式の密度と速度。エヴァンジェリンを観察するネギは、彼女が最強の魔法使いと呼ばれる所以の一端を垣間見た。彼女に比べれば自分は魔法を使えているうちにも入らない。

「闇の吹雪!」

 それに対し千雨は何をしているのか。ネギが横目で確認すると、彼女は目を閉じ、半ば俯いて何かをつぶやいている。だがその漏れ聞こえる音節は魔法に使われるラテン語ではない、まるで誰かと電話をしているように聞こえる。大魔法が目の前に迫る恐怖で頭がどうにかなっちゃったんだろうかとネギは本気で思う。障壁を張ろうとポケットの中にある練習用の杖を出そうとして、やめた。千雨との約束を思い出したからだ。
その時、ネギと千雨の足元を何かが駆け抜けた。
光り輝く無数の玉が、千雨を囲むように目にも止まらぬ速さで駆け巡る。その速さは軌跡に残像が映るほどである。

「アギテ・エクストラクティオー」


 そしてネギは、千雨のつぶやきを耳にした。
 彼女の後ろに控えているネギの耳にかろうじて届いたそのつぶやき。
 なぜ聞こえたのか、それはネギにもわからない。空からはエヴァンジェリンの放った『闇の吹雪』が轟音とともに迫っていたし、千雨だってネギに聞かせるために口に出したわけではない。むしろネギには聞かれたくなかったはずだ。
 あえて理由を挙げるとすれば、むさぼるように習い覚えたラテン語に対しネギの耳が敏感になっていたからかもしれない。
 それはラテン語の響きだった。


 ネギカ・マギア・エレベア キルクリ・アブソルプティオーニス

 ネギ流闇の魔法 敵弾吸収陣。


言葉と共に、千雨とネギを守るように、巨大な魔法陣が展開された。




「なんだ? 今のは」

 エヴァンジェリンは困惑した。彼女のこんな表情は珍しい。600年を生きた彼女にとって、戦場で起こりうる大抵の現象はすでに経験済みであるからだ。
 長谷川千雨を殺すつもりはなかった。千雨のすぐ横を通過させ衝撃でアーティファクトを手放させ、その隙に瞬動で一気に接近し意識を刈り取る。人間ごときが真祖の吸血鬼に抗ったことは腹立たしいが、闇の福音の復活祝いとして『生存』というささやかな恩赦をくれてやるつもりだったのだ。
 とはいえ今放った『闇の吹雪』は確かに全力だった。全力には全力で相手をする。その意志は変わらない。
 それを、長谷川千雨は、

「……止めただと」

 千雨に掠めるように横切る瞬間、彼女はアーティファクトを握る右手を突き出したのだ。同時に足元に展開される魔法陣。その陣は半径二メートルほど、さほど大きいものとは言えない。中級の儀式魔法に使われる程度だ。
 だが吸血鬼の動体視力はその脅威を正確に捉えていた。その魔法陣の密度、精密さ。エヴァンジェリンはたまにハカセや超の研究室へと出向くことがあるが、彼女たちが持つパソコンのモニターを滝のように流れる意味不明な文字列。それをエヴァンジェリンは連想した。
 そしてそれが展開すると同時、巨大な障壁が現れ、エヴァンジェリンの全力の『闇の吹雪』が爆音を立てて止まった。
 せめぎ合い、拮抗は一瞬ともたず、最後には爆発して『闇の吹雪』は魔法力を使い果たした。
 闇の吹雪や雷の暴風などの系統の魔法は、大量の魔力を術式で固め一直線に走らせるものである。その売りは回転を加えることで得られる貫通力であり、障壁などの影響を受けて拡散してしまうことはあっても『爆発』をおこすことなどありえない。
 それが爆発した。
 しかも込めた魔力とは到底釣り合わないほど小規模。砂煙が舞ってはいるが周囲への被害はそれほどでもない。ネギが鼻で吸い込んでしまった塵で元気にくしゃみを連発しているくらいだ。
 ただの障壁ではありえない。身を守る盾に宝石を飾るバカがいないように、魔法障壁一つ貼るだけの為にあんな複雑な術式を組む魔法使いはいない。
まるで、魔力が吸収されてしまったような。
 そこまで考えたところで砂煙が唐突に晴れる。ネギがくしゃみのせいで風魔法を暴発させたらしい。彼の魔力制御の甘さに呆れもあるが、今は千雨の状況の方が気になる。

「あぁー……いてえ、くそ。起動のタイミングミスった」

 声がした。
 聞き間違えではない、どこかひねくれて、でも内に一本の芯がある声。千雨だ。視界の悪い砂塵から姿を現した彼女は、突き出していた右腕から大きく出血していた。

「こっち狙ってくると思ったのに、ちょっと狙いを外してただろ。おかげでタイミングずれた。お人よしはどっちだ、ったく」

 千雨の変化はそれだけではない。まず目につくのはその肌の色。闇を垂らしたように黒ずんで、人間にはありえない色になっている。次いで気になるのはその髪か。茶色に近いはずの彼女の髪は、ところどころに雪のような白が混じっていた。
 だが外見の変化など大したことではない。つい先ほどエヴァンジェリンは『長谷川千雨は魔力をもたない』と判断したばかりなのだ。なのに今の彼女は暗い魔力をその体に満たし、溢れ出た魔力が冷気となって立ち上っている。

「……私の場合は『お人よし』ではない、強者の余裕というんだよ」
「なるほど、その有り余る魔力を分けてくれたわけだな。もっと優しく分けてくれりゃあ良かったのに」
「分けたんじゃない、貴様が強奪しようとして失敗したんだ、自業自得だ」

 そこまで言って、エヴァンジェリンが目を細めた。

「貴様、『それ』をいつ、どこで覚えた?」

 エヴァンジェリンの言う『それ』とは、自身が開発し、理想を描き、そして挫折した、存在するはずのない魔法技術。
 闇の魔法。その理想形たる『太陰道』。

「聞きたいか?」

 得意げな顔を見せる千雨に、エヴァンジェリンは少しイラッときた。

「いや、いい」
「……なんで?」
「何を焦っている。単に貴様を殺す前に締め上げる理由ができたというだけの話だ」

 『闇の魔法』自体はエヴァンジェリンにとって既に重要度は高いものではない。あれはまだ彼女が弱者に分類されていた頃、人間が行う魔女狩りから逃げることしかできなかったころに、苦肉の策として創りだしたものだ。魔力・術式・精霊の全てを魔法という形にして取り込むことで、魔力だけを用いた身体強化を大きく上回るスペックが手に入る。ただの人間が使えばその副作用に耐えられないため禁術に属する技法なのだが、実際はただのドーピングと変わらない。600年を生き、一個体としては圧倒的な魔力量を誇る今となってはさしたる意味のないものである。
 だが、それをあえて覚えた人間が目の前にいる。
 その経歴に少しだけ興味が湧いた。

「……ああ、そりゃ合理的だな。実に脳筋らしい。安心した」
「ふん、安心とは余裕じゃないか、その体で?」

 ニヤリ、とエヴァンジェリンが皮肉げな笑みを浮かべて問う。言われるまでもない、それが千雨の心のうちに湧いた返答だった。だって見ればわかるのだ。闇の吹雪を受け止めた右腕の出血は言うに及ばず。現在進行形で全身の内外に細かい裂傷がビシビシ音を立てて走っている最中なのだ。今日の為に用意した制服やソックスの白い生地が血に浸したように染まりはじめている。メガネにまで血しぶきが飛んで視界の邪魔になる。それでも人前でメガネを外すことと天秤にかけ、結局千雨は外さない方を選んだ。指でレンズを拭おうとも思ったが、闇の吹雪を吸収した千雨の体は文字通り雪のように冷たい。その冷気に触れて、レンズに付着した血液は凍りつき霜のように貼りついてしまっている。

「先生、契約執行」
「え、でもあの、血が……」

 ネギがうろたえながら千雨を見上げた。千雨はそれに笑みを返し、低い位置にある頭を撫でてやろうとして、止めた。頭皮が凍傷になって禿げたら困る。

「大丈夫ですって。私の心配はいりません。約束したでしょう? 私の強さを見せるって。ほら、先生早く」
「はっはい! 『契約執行90秒間・ネギの従者長谷川千雨!』」

 千雨の体が光を帯びる。実は千雨にとってこれが初めての魔力供給だった。あたたかい、と千雨は呟いた。冷たい体を包み込むネギの魔力に千雨は一瞬だけひたり、小さく、ほんの小さく微笑んだ。まるで励まされているようだと思う。全身の痛みが引いてくるような気さえした。
 左手を握り、開いて、千雨は獰猛な笑みをエヴァンジェリンに向けた。 

「いくぜエヴァンジェリン。アンタを600年物の噛ませ犬に仕立ててやるよ」

 千雨の言葉を受けて、エヴァンジェリンもまた笑みを作った。

「小型犬のようにキャンキャン吠えるな、ド素人の小娘が」

 千雨が跳躍する。月を背にして浮かぶ吸血鬼に向かって、大きく。ネギからの契約執行に加えてエヴァンジェリンの魔力を上乗せした千雨の体は、人間の筋力が出せるパフォーマンスの限界を超えていた。膂力に限れば、今この瞬間彼女は世界でも五指に入る。
対するは最強の名を冠する真祖の吸血鬼。その魔力は人間の限界なぞはるかに上回る。そんな圧倒的上位存在が、油断なく、ただ強者の余裕をもって、千雨の挑戦を真っ向から受けて立った。





2011/09/12 初出


2011/09/14 修正


2011/09/16 ようやく買えた35巻を読み直していろいろ修正

2015/04/02 こっそり修正

2017/09/15 修正


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