- AD2011 - 湯船につかって身体を伸ばす。ぬくもりが身に沁みこんできて、風呂が命の洗濯だと実感する瞬間だ。 伸ばした両腕をそのままに、お湯の中で指先を曲げ伸ばし。あまり無理をせずに握力を鍛えるには、このエクササイズがいい。 お風呂で温まるついでにできるし、慣れると、水を掴んだような感覚が経験できて愉しい。 発令所から転落することになったあの事件で痛感した、体力のなさ。初号機を操縦する時には関係ないとはいえ、基本的な身体作りくらいやっておくべきだったと反省することしきりだった。 とはいえ、本格的なトレーニングに時間を割けるはずもないから、早朝のジョギングとこのエクササイズぐらいしかできることはないのだけれど。 荒事を専門とする分野での握力の最低ラインは、自分の体重の80%くらいとされているから、とりあえずそれが目標だ。 私の体重からすると、低いハードルのはずなのだけど… 「ユイか?」 ランドリースペースからガラス戸越しに確認してきたのは、ゲンドウさんだろう。遠慮がちに距離を置いているらしく、そのシルエットが判然としない。 「あら? 今日はお戻りになれなかったはずではないですか?」 「ああ、そのつもりだったのだがな。担当者が何人か倒れかねなかったので、スケジュールを延期することにしたのだ」 少しタイトに組みすぎたかもしれん。との呟きには、ずいぶんと反省の色がにじみ出てるように感じる。 「お疲れ様でした」 心からそう思ったから、続く言葉は素直に口をついた。 「よろしかったらご一緒しませんか。お背中くらい、お流ししますわ」 「…」 絶句した気配。それは予想できた反応だけれど。 「ゲンドウさん?」 「ああ、いや。思ったよりも疲れているようだからもう休む。君はゆっくりしていてくれ」 まるで捨てゼリフを残すような勢いで言い切って、ゲンドウさんがランドリースペースから立ち去った。まさしく、逃げたと形容していい素早さで。 実は、私が来てからはおろか、その前でも、一緒に入浴したことがないのだ。 何を今さら。と私でも思うというのに、ゲンドウさんは首を縦に振ってくれない。なにかコンプレックスを抱えてるようにも見受けられないのに。 案外、幸せに導くための努力を最も振り分けてあげるべきは、ゲンドウさんなのかもしれない。 終劇2007.10.25 DISTRIBUTED ボツ事由 発令所転落後の体力強化ネタ第2弾およびカスパーの落書きが減ってる理由の伏線の予定だったが、ゲンドウとの夫婦生活に好感触が少なかったので割愛。それに合わせてエヴァシリーズとの決戦でコアを握り潰す時に、握力について言及していた部分を削除。