すでに旬はとっくに過ぎているのはわかっている。
だが鳥人間コンテストをリピートしてて感動してやった。
反省はしてない!
思いついたタイトルは「空をかける」だけどモロ被りだったので断念。
……大人しく納涼祭書いてきます。
※想像以上に好評だったので小説家になろう様にも投稿しておきます。
三日ほどたったのでこっそりゼロ魔板に移転
***
風は穏やか、空には雲一つない。
絶好のフライト日和だ、と腹に力を入れる。
「サイト……決して無理はしないで」
近くで控えるルイズが心配そうに声をかけてくる。
その後ろでカトレアさんが見守っている。
「だいじょーぶだって、俺に任せろ!」
とびっきりの笑顔を見せてやる。
無理はしない、なんて約束はしない。
コイツの願いに応えるためにも、命を燃やし尽くす勢いで飛んでやろうと決意している。
「サイトくん、位置情報は改造した遠見の鏡でわかるはずだ」
「わかってますよコルベール先生」
「ああ、なんというか、感無量だよ。
魔法を使わない長距離飛行、その立役者になれるなんて」
その顔を興奮に染めたコルベール先生の激励に、ココロが震えだす。
「あなたなら、きっと風を拾える」
「サンキュ、タバサ」
タバサにもコツを教わった。
「ルイズのためにもきっちりやりなさいよ」
「問題ないさ、キュルケ」
素材の収集にはキュルケの伝手を頼った。
「ぼくと引き分けたきみだ、勿論やり遂げると信じているよ!」
「ああ、きっちり決めてくるぜギーシュ」
土メイジとしての手腕をギーシュは存分に奮ってくれた。
「まぁ万一墜落して怪我しても治してあげるわ」
「お世話にならないよう祈っててくれよモンモン」
「モンモン言うな」
試行錯誤の中、モンモランシーは怪我を治してくれた。
「じゃあ、そろそろ準備行くわ」
俺は異世界に来た。
けど一人なんかじゃない。
仲間ができた、たくさんできた。
皮のサドルに腰を下ろす。
大きく息を吸って、吐いた。
「使い魔走、一般の部!
登録者ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!
離陸を許可します!!」
「サイト!」
その声にはサムズアップで返す。
あとは何も言わない、ただ空に挑むだけ。
「いきます、3、2、1、Fly!!」
*****
メイジと平民の絶対的な違いは何か。
それは魔法を使えるという一点に尽きる。
そして、それは空を飛べるということも同時に示す。
「あんた、誰よ?」
平賀才人はハルケギニアに召喚される。
抜けるような青空はどこまでも広がっていた。
*
「長距離飛行コンテストォ?」
「そうよ、ハルケギニアで最も格式高い大会なんだから」
才人は元の世界の鳥人間コンテストを思い出す。
「ってことは、グライダーとか道具を使って飛ぶのか?」
「そんなわけないじゃない、あんたホントに何も知らないのね」
ルイズはこの頼りない平民にきっちり説明してあげることに決めた。
・ニイドの月(地球での八月)に開催される
・単走、競走、使い魔走の三つがある
・いずれのレースも総飛行距離ではなく、ゴールまでの距離が成績になる
・単走は単純に一人で飛行距離を稼ぐ
・競走は最大五十名で妨害共闘アリアリルールで距離を競う
・使い魔走は距離を競い、一般の部、軍人の部がある
・参加できるのは領地持ちの上級貴族か、シュヴァリエに限られる
「へぇ、俺のとこと結構違うんだな」
「あんたのとこも似たようなのがあるのね」
話し疲れたのか、ルイズはベッドに顔を埋めてしまう。
才人は声をかけようとして、かたまった。
彼女の肩が微かに震えている。
ルイズは泣いていた。
「わたし、魔法が使えないの」
ルイズの告白は才人の心を抉った。
彼女には姉がいる。
病弱で、ロクに外も出歩けない、優しい姉が。
その姉の願い、一度でもいいから長距離飛行コンテストに出てみたかった、という希望を代わりに叶えたかった。
自分は魔法が使えないから単走にも競走にも出れない。
だからなんとしても飛べる使い魔を召喚して、その願いを代わりに遂げたかった。
そう言って泣くルイズに、才人は胸を動かされるものがあった。
「使い魔、やってやるよ」
「え……?」
「そんで俺が使い魔走に出る、絶対に優勝してやる」
――正直、今でも異世界だなんて意味がわからない。
ルイズは高慢で乱暴なヤツだけど、お姉さんのためを思って泣けるくらい優しいヤツだ。
目の前で女の子が泣いてる。
男なら、やるしかねぇ!
たとえ無理でもやるしかねぇんだ!!
才人の挑戦がはじまった。
*
俺はまず過去の優勝記録を調べようとした。
知り合った学院のメイド、シエスタに訪ねてみた。
「すいません、平民は遠くから観戦するくらいしかできないんです。
だから規則については何も知らなくて……」
これは困った、と考え込む。
それでも落し物を拾ってあげる程度の余裕はあった。
うんうん食堂で悩み込む。
「君のおかげで二人のレディが傷ついたじゃないか」
そしたらイチャモンつけられた。
たくさん傷をつけられて、でも決闘には負けなかった、勝てもしなかった。
でもガッツを認められて、そして友達になった。
キザっぽい貴族はギーシュと名乗った。
「使い魔走……まぁ君は使い魔だから一般で出れるの、かな?
いいとも、僕の知る限りを教えてあげよう」
・高度は十メイルを超えてはならない
・最高記録は会場であるラグドリアン湖の長さでもある八十リーグ、ただし初回大会のもの
「初回大会だけって、なんでそれ以降は出なかったんだ?
あと高度十メイルって……」
「それが、普通すぎて面白くないから水の精霊に撃墜を頼んだんだ」
十メイル以下なら熾烈なバトルが楽しめるらしい。
それ以来最高記録は十リーグ程度になってしまった。
「なかなか水の精霊も楽しんじゃって……心を壊すようなことはされないらしいけど」
「うーん、じゃあ滑空はあんまりよくなさそうだな」
この時俺の頭に浮かんだのはプロペラだ。
ただこの世界にあるかはわからない。
「そういうモノならミスタ・コルベールが詳しい。
案内してあげようじゃないか、感謝したまえ」
「へいへい」
*
知性が輝くコルベール先生は快く俺を迎えてくれる。
シエスタを呼んで紅茶でもてなしてくれた。
「ほう、プロペラですか」
「そうです、そうするとよくわかんないけど飛べるんですよ」
「これ……竜の羽衣に似てますわね」
「「なんだって!?」」
コルベール先生とともにすぐタルブ村へ向かった。
道中、コルベール先生は色んなことを教えてくれた。
ハルケギニアの技術、歴史、宗教。
そして、俺のルーン、ガンダールヴの意味を。
「ぜ、ゼロ戦じゃないか……」
「ゼロ戦ですか?」
「ああ、俺の世界の空飛ぶ機械……」
「それは興味深い!」
残念ながらエンジンタンクにはほとんど燃料が残ってなかった。
それでもこれなら再現できる、とコルベール先生は力強い言葉をくれた。
石碑を読めたら引き取れることになったので魔法学院に移送した。
「なるほど、この角度がプロペラの秘密に違いないですな!」
「ミスタ・コルベール、頼まれていたものの錬金が終わりました」
「さすがギーシュくんだな! これでさらに研究が進むよ」
ギーシュが燃料の錬金を成功させて一週間、少しくらいのフライトなら問題ない程度の量がたまった。
詳しい風の流れを知るため、大人しいタバサという娘に助力を頼んだ。
「いい、貸しいっこ」
「サンキュ」
タバサには後部の奇妙な空きスペースに乗ってもらう。
左手のルーンが輝いて不思議なことに操作法が分かってしまう。
爆音とともに凄まじい速度でプロペラが回転する。
コルベール先生のゴーサインとともにゆっくりとゼロ戦を前進させる。
そして、人生初のフライトに挑んだ。
「すっげ……これが空か」
「シルフィードよりはやーい……!」
遥か後方で青い竜がきゅいきゅい泣いていた。
*
十メイルという制限と、水の精霊の妨害がある以上、でかいゼロ戦は使えない。
大人しくデータ取りと設計思想をくみ取るだけにとどめた。
それからコルベール先生の研究はあれよあれよという間に進んでいく。
一方の俺はフーケとかいう泥棒のゴーレムは機銃で一掃したし、使い魔品評会ではアクロバット飛行でドギモを抜いた。
アルビオンとかいう国にルイズと一緒に姫さまのラブレターを送りにもいった。
不思議パワー風石で浮いているらしく、平和でのどかな国だった。
そうこうしている内に試作人力プロペラ機の第一号が完成した。
「コルベール先生、俺ダメだ、ルーンが働かない」
「……コレは武器ではないからね。
だが、きみの熱意はルーンの有無なんかで決まらないだろう?」
コルベール先生は巧みに男の意地をついてきた。
そこまで言われてやらないわけにはいかない。
「うぉぉぉおおおおお!!!!」
「くっ、これではダメだというのか」
飛ばなかった。
コルベール先生の試行錯誤は続いた。
俺も自分のできる範囲で手助けはした。
「これでどうだ!」
「……ハァ、ハァ、やっぱり、ダメです」
脚力を鍛えて、スタミナを増やして、体を絞る。
改良と同時にパイロットとしても鍛えたけど第六次試作機も飛ばなかった。
地面をただ進むだけだ。
「地面を進む……?」
「どうしたかね、サイトくん」
日本の鳥人間コンテストはどうしてた。
動く前にプロペラを回しまくって、それから。
補助台があった気がする。
高いところから落ちていた気もする。
「だ、大丈夫かいサイト」
「ああ……下にはコルベール先生もキュルケもタバサもいる。
いざとなったらレビテーションでなんとかなるだろ」
俺よりも緊張しているギーシュを後目に、狭い試作機に乗り込む。
火の塔の屋上、向かい風も申し分ない。
大きく息を吸って、吐いた。
「いきます!」
「いいとも!」
後ろにはワルキューレが七体、全力で押し出してくれる。
タイヤを固定したままプロペラを回す、回転数をひたすら稼ぐ。
「3、2、1、Fly!!」
「いっけぇぇえ!!!」
落下。
いや、飛翔した。
ハルケギニアできっとはじめて、人力飛行に成功した瞬間だった。
そのままゆっくりと旋回しながら降りる。
方向転換はバッチリだった。
操縦席から降りても実感がわかない。
でもコルベール先生は目を潤ませていた。
「やった……やったぞサイトくん!!」
「おめでとう、ダーリン!」
「よくできました」
「ああ、ありがとうみんな!」
ニイドの月まであと二か月を切っている。
歓びに浸っている時間はなかった。
まず本番のスタート地点のような小高い崖を再現する。
加速を得るための発射台も作り上げる。
ゴーレムの機構を利用して押し出すことに成功した。
*
「サイト……」
ベッドに転がりながら、わたしは悩んでいた。
召喚したのはどこの誰とも知れない平民、そのはずだった。
なのにわたしの願いを叶えようと死力を尽くしている。
火の塔の屋上から飛び降りた、と聞いたときは心臓が飛び出るかと思った。
「ご主人様のことを、忘れてるんじゃないわよ」
わかってる。
あの使い魔ががんばっているのもわたしのためだってわかってる。
それでも、無性に心がもやもやした。
「……ばか」
ばん! とドアが開いた。
肩がびくっと跳ね上がる。
「ハァイ、ヴァリエール」
「……なによツェルプストー」
このゲルマニア女は勝手に人の部屋に侵入したうえに椅子に座りこんだ。
「あいかわらずちっちゃくてシケた顔してるわねー」
「うるさいわね、どっかいってちょうだい」
ニマニマ笑いながらこっちを見ている。
正直不快だ。
「なんでダーリンのところにいかないのかしら。
彼、すごいわよ? あんな方法で空を飛んだ人なんて今までいないでしょうね。
使用人たちも『お前こそ我らの羽根だ!』って騒いでるわ」
「ふんっ、わたしの使い魔なんだからそのくらい当然よ!」
嘘だ。
どんな平民より貴族よりも空に憧れたわたしが、そのすごさを一番知っている。
風石や魔法の力なしで飛ぶすごさを知っている。
「あなた、妬んでるでしょ」
「……」
どうしてこの女は人の心がわかるんだろう。
心の片隅に、少し積もった埃程度のものなのに。
「まだあなたは魔法を使えない、空を飛べないものね」
そう、あの召喚以来わたしはやっぱりゼロのままだ。
飛ぶことなんてできそうもない。
「ま、お金を出している点だけは評価してあげてもいいわ」
好き勝手言ってくれる。
あのジンリキプロペラキとかいうヤツはとても金食い虫なのだ。
グリフォンの骨格を組み立てて、ワイバーンの飛膜を張り合わせている。
軽くて頑丈でないといけない、というのはわかるけど、姫さまからの報酬とあわせてもう千エキュー以上使っている。
「でもね、ルイズ」
「ルイズって言わないで」
ツェルプストーなんかに名前を呼ばれたくない。
「いいえ、言うわよルイズ。
ダーリンはそもそもなんでがんばってるのよ。
それを理解できないあなたじゃないでしょ?」
「……わかってるわよ、そのくらい」
そう、あのバカはわたしのためにがんばっている。
わたしの願いを叶えるために、魔法も使えないのに火の塔から飛び降りたりした。
「だったらどうすればいいか、わかるでしょ?」
ちい姉さまみたいに優しい声だった。
はっと顔を見てもさっきと同じ、ニマニマ笑っている。
「わかったわよ……」
翌日、わたしは“めかにっく”というヤツになった。
それと、少しだけ、ほんの少しだけ素直になろうと思った。
*
熱中していると月日はあっという間に過ぎる。
人力プロペラ機もマイナーチェンジを繰り返して正式版になった。
名前は「オストラント号」、はるか東方まで飛びたいというコルベール先生の、俺たちみんなの願いが込められている。
訝しい顔をされたけど、登録審査も無事通った。
ルイズの実家の力かもしれないけど、あとは本番で結果を示せばいい。
「明日ね……」
「ああ、いよいよ明日だ」
ラグドリアン湖のほとり、山間に沈む夕日を二人で見ている。
明日の昼一番にはこの湖を飛ぶと思うと、身震いしそうだった。
「サイト」
「ん……どうした?」
黄金に染まる世界の中、俺とルイズは見つめ合う。
「ありがとう、わたしのところへ来てくれて」
「……」
湖面に目を向ける。
なんだか無性に恥ずかしくなってしまう。
「それと、ごめんなさい。
サイトを元の世界に戻す魔法はまだ……」
「いいよ、なんだかんだいって楽しかったし」
日本のことを思うと懐かしさがこみ上げる。
でもそれだけだ。
今はこの可愛い女の子と一緒にいたい。
ころがっている石を拾って投げる。
四回、水切りに成功した。
「ルイズ、明日飛び終わったら、話があるんだ」
「な、なによ。今いいなさいよ」
「それは無理かな」
軽く笑う。
ギーシュあたりに言ったら笑い飛ばされそうだ。
貴族と平民の恋だなんて、って。
「わかった、待ってる。
だから明日がんばって」
「もちろんだよ、ご主人様」
すべては、明日だ。
***
出だしは好調だ。
今までにないくらい全身に力が漲ってる。
「……直進するッ!!」
対岸からの距離で成績が決まってしまうから距離は無駄にできない。
声を張り上げて自身を鼓舞する。
漕ぎ足は快調、気分も上々。
今ならロバ・アル・カリイエまでだって飛んで行けそうだ。
「水の精霊の妨害がはじまるのは確か五リーグ地点……体力の消耗を抑えながらだ」
十メイル程度とはいえ、上空から見下ろすラグドリアン湖は綺麗だ。
真上からの太陽光をキラキラはじいて様々な表情を見せてくれる。
「いや、前を見よう」
これから孤独な戦いがはじまる。
下ではきっとコルベール先生がボートで待機してくれている。
でも今頼れるのは自分自身だけだ。
そんなときに下を見ているのはよくない。
まっすぐ、前を睨みながら漕ぎ足を進める。
それからしばらく、体感で四リーグ近く飛んだ時にそれは起きた。
「……! 遠見の鏡が!?」
コルベール先生が無理言ってオスマン校長に作ってもらった遠見の鏡、その映像が切れていた。
かなり上空からの俯瞰風景を見せてくれるそれがなければ、体力消耗を抑えた直進飛行は難しい。
心に不安が押し寄せる。
折あしく風向きも変わってきた。
どんどん流されている気がする。
「対岸は見える……けどさっきより断然近い、近すぎる。
だからこれはダメなんだろう……?」
漕ぎ足を止めるわけにはいかない。
プロペラで推進するオストラント号はグライダーとは全く違うんだ。
無心になってこぎ続ける。
方向転換はききそうにない。
「ちっ! 鏡が切れたら、俺は運転も出来ないのかよ!!」
狭い空間に一人、自然独り言が増えてしまう。
「もう半分くらいの体力を使ってる……。
たどりつけるのかよコレで!」
精神的プレッシャーが強い。
訓練の時とはけた違いなほど疲労が早かった。
「悪いね……ヘボパイロットで……エンジンだけは……一流のところを見せてやるぜ」
この日のために半年近く体を苛め抜いてきた。
その努力と根性を見せつけるのは一年でこの瞬間しかない。
「クソォッ! フルパワーだぜっ! 信じらんねぇ!!」
風が強い。
バランスを崩さないよう懸命に機体を制御する。
進路もゆっくり旋回して取り戻そうとする。
丁度スタート地点が見える。
ルイズが見えた気がした。
彼女は膝をついて祈っていた。
その時、前触れもなく遠見の鏡が復活する。
「戻ったか!? だいぶ流されてるな」
体感時間で三十分くらい迷走を続けている。
だいぶ距離を無駄にしていた。
進路をまっすぐゴールに向ける。
ついに、五リーグ地点を超える。
「これかッ!?」
煌めく湖面から水の弾丸が何発も飛んでくる。
漕ぎ足を加速させてギリギリ回避できた。
それからも水弾は散発的に機体を襲う。
時に機体を傾け、時に加速し、なんとか回避を続けていた。
「俺の人生は……晴れときどき異世界。
いいね! いい人生だよ!!」
そもそもなんでこんなところでこんなことをしているんだろう、という考えが脳裏をよぎった。
それを強引にねじ伏せる。
今は考えない、ただ空をかける。
でも度重なる襲撃は俺の体力を急激に奪っていった。
「ハァ……ハァ……!」
無心に、という考えも消え去った。
応援してくれたみんなの言葉が蘇る。
タバサの言葉を思い出す。
「風を……風を拾うんだ!」
シルフィードに乗せてもらってその感覚を掴む練習はした。
今こそ成果を発揮すべきだ。
けれどオストラント号を襲う水弾と変わりやすい湖上の風が俺を翻弄する。
「押されてる……わかってる……けど!」
息が荒い。
肩で息をする、とかいう話じゃない。
叶うなら体の中全部を肺にしたいくらいだ。
その時、水弾だけだった攻撃が変化する。
大波が俺を飲み込もうと迫ってくる。
「ぁぁああアアア!!!」
咆哮する。
あらん限りの力を両脚に込める。
オストラント号はそれにこたえてくれた。
大波を回避した。
それは同時に俺の肉体も破壊した。
「左脚が……つってる!」
ギリ、と奥歯を噛み締める。
体を丸めて叫びたい。
けどまだ脚は動かす。
まだゴールを目指してる。
「片脚だけで回すのは……右も、限界に近い……」
辛い、もうやめてしまいたい。
お姉さんへの義理ももう果たしただろ!?
弱気な心はそう叫んでる。
でも俺はまだ漕いでいる。
また水弾が飛んでくる。
「っぁあああああああ!!!!」
必死に避ける。
また脚に無理をさせてしまう。
「左脚が、つってる……!」
泣きそうだ。
むしろ泣いてるかもしれない。
でも俺はまだ漕ぎ続ける。
再び湖面がせりあがる。
加速する。
「あああアア脚がぁぁぁぁあっ!!!」
突き刺されたような痛みをこらえるためにも叫ぶ。
ひたすら声をあげる。
今度は喉が痛くなってくる。
ルイズのことを思い出す。
ゼロのルイズとバカにされていた。
いつも一人だった。
高慢ちきだと思った。
お姉さんのことが大好きな、優しい子だった。
俺が、コイツのことを守ってやる、って思った。
「ゼロの使い魔だろ……ッ!
ガンダールヴだろォ!!」
なおも水弾はオストラント号を阻む。
左手のルーンが微かに輝いている気がした。
それに気を取られて、あれほど回っていた脚が止まりかけている。
「回れっ……! 回らんかぁぁぁあああ!!!!!!」
限界を超えて脚を動かし続ける。
オストラント号は自分一人だけのものじゃない。
みんなが力をあわせて作り上げた飛行機だ。
夢を乗せた飛行機なんだ。
ルイズの夢を叶えるための、武器なんだ。
咆哮をあげる。
ルーンの光が、狭い機内を満たした。
「ルイズゥゥウウウウ!!!!!」
*
「す、すごい記録が出ました……!
水の精霊に阻まれて以来達成することのない快挙!!
記録は十八リーグです! 落ちるかと思われた瞬間盛り返してこの飛行距離!
ゆっくりとはしていたものの、使い魔の、いや人間の限界を感じさせる飛行でした!!
どうでしたか水の精霊さん」
「ふむ、さすがはガンダールヴといったところか。
我の襲撃をああも見事に切り抜けられたのははじめてだ」
「サイト……!!」
青髪のコンテスト審査長が興奮しながら捲し立てている。
これまでの記録を倍近くも更新した快挙だった。
わたしは立ち上がって、ちいねえさまを振り返る。
嬉しそうに笑っていた。
わたしは涙がこぼれた。
「おめでとう、ルイズ。
あなたの騎士殿が、あなたのためにやってくれたのよ」
「ちいねえさまぁ……!」
「ほら、一緒にいきましょ」
ちいねえさまが手を引いてくれる。
サイトは息も絶え絶えだった。
「るいず……」
「サイト、ありがとう」
サイトは黙って、サムズアップを返してくれた。
*
この年以降、長距離飛行コンテストに”平民機械走”ができる。
より広く開かれた窓口に人々は熱狂し、様々な飛行機でレースに挑んだ。
しかし、いずれも飛行距離は一リーグ未満で、十八リーグという大記録を塗り替える飛行機は出現しなかった。
今年までは。
「よし、父さんの記録なんか塗り替えてやるぜ!」
「へいへい、できるもんならやってみろっての」
「はいはい、二人ともそんくらいにしときなさい」
桃髪の少年が、ハルケギニアの空に挑む。